Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第9話 強襲(2)

「……ああ。これは」

絶望がよみがえる。この、忌々しくも美しい“これ”は――

「どうかした?」

相変わらず香月は指令然とした顔をしている。指令室で呆然と何かを凝視する彼女に気付いた香月はちらりとモニターを覗いた。

「金色。これって」

そこに最悪のものが写っていることを否応なく理解する。立場ある彼女は突っ立っている

なんて贅沢はできやしない。

「――モニターに出しなさい!」

弾かれたように叫んだ。

「は、はい!」

答える声は明らかに動揺を含んでいた。モニターに敵の姿が映し出される。その姿は曇りのない金色。完全すぎるほどに無欠な黄金。そして、それは流線形をなしており――

「戦闘機?」

確かに形は戦闘機に見える。高速で移動している。しかし、排熱は0。音波も全く反射しないためにレーダーにも映らない。

「シーモータル型か」

香月のつぶやきは喧騒の中に紛れる。

(だが、マズい。人の心を読むと言うのが正しければ――まず狙うのが避難所もしくは秘密区画。避難所ならばいい。だが、地下の研究施設が狙われるのは、これは最悪。確保しなくてはいけないのが、00ユニット、社。あと私と白銀も生かしとかなきゃいけないし。あいつらは基地に取り付いて浸食する……とか言ってたっけ? とても、悠長にしていられる事態ではない)

周りではオペレーターたちが必死の形相でコンソールを動かしている。指令は机の上こそ毅然としているが、足は震えている。

「敵の狙いは――」

移動する方向を見れば狙いは一目瞭然。補給線を叩きに行っている。上から戦闘能力の低いところを爆撃するつもりだ。明らかに“狙って”いる。

BETAのように因果不明なんていうことではない。部隊配置図を見れば子どもでも、そこの戦力が薄いことには気づく。――人間的な意思決定があるのは明白に明らかだ。

「こいつらは――っ!」

気付いた指令が戦慄の声を上げる。

「そう。フェストゥムは“戦略”を持っている……!」

香月が押し殺した声で呟いた。これは、未知のことだ。人間が人間と戦争を起こしていたのは遠い昔。年代的に見れば間違いかもしれないが、しかしそういう戦争のやり方など忘れてしまったことは事実である。

ゆえにこそ、ただ一言――脅威である。

「――指令!」

呆然としていたオペレーターの一人が指示を求める。1回目のアザゼル型の襲来は恐怖とともに脳裏に刻み込まれている。だからこそ、恐怖を知ったからこそ平和な頭のままではいられない。たるんだ精神は引き絞られ、死を前にした今まさに最高潮に達している。

「戦術機部隊を発進させろ! そして警戒を緩めるな」

檄を飛ばした。

「あれに普通の部隊を差し向けても無駄ですわ」

ゆらり、とでも擬音が付きそうな話の入り方をする。

「……香月副指令! ならば他にどうしろと!?」

「ふふ。僥倖と言ってもいいものか……私の部隊は普通とは呼べませんわ」

「やってくれるのかね?」

「ええ。しかし、あなたが恐れたように別働の地上部隊がいる危険がある。空爆でも補給線は断てますが、万全を期すのなら地上部隊は必須ですもの。まあ、人間の考え方ですが――あれはBETAよりは人間に近いのですよ」

「…………」

断言したことに違和感を覚える。専門家と言えど、BETAのことをそれほど多く知っているものか……? そして、なぜフェストゥムというものを知っているのか。大体、フェストゥム(祝祭)など誰がつけた名前だ……? 数ある疑問を飲み込む。そんな暇はない。

「いや、了解した。では、戦闘機はそちらにお任せする。こちらは――」

「――地上部隊の進行を確認!」

悲鳴はもはや金切り声に近くなっている。

「人型……? それに――」

地上を、人型だけは浮いているが――侵攻している部隊があった。この光景を美しいなどと思えない。おぞましい金色が蠢いて、こちらへ向かってきている。

「むしろ人型の方が基本らしいのですけど。人型は何体?」

つい、と目をやった香月が何でもないことのように聞いた。それはむしろ、今日の昼ご飯は何かしら? と聞くのと同じような具合だ。周りの焦りまくっている人間からは浮きまくっている。

(これはヤバイわね。逃げ出したいけれど、別に逃げれば助かるわけじゃないし――なら、とりあえず一人くらいは冷静になっておかなきゃね。ああ、怖い怖い)

と、本人だけは焦っているつもりだ。

「3です。しかし、3本脚は目視できるだけでも20以上。こんなのを相手に、私たちは生き残れるのですか?」

「へぇ。運が良いじゃない。3本脚は通常火器でも撃破は可能よ。ただし、一匹でも逃したら基地は壊滅するものと思いなさい。それと、人型の方はS-11で完全破壊した方がいいわ。こいつらに常識は通用しない。完全に撃滅するまで油断しないことね。でないと、己どころか誰一人生き残れないから」

淡々と事実を列挙するように絶望的な事実を並べていくその姿はまさに魔女。しかし、絶望的な戦力差に打ちひしがれる時期はもう過ぎている。

アザゼル型に恐怖し、クーデターを乗り切った彼らはすでに戦士だった。戦士ならば、絶望するよりもまず事態に対応する。諦めるのは、死ぬ時だけで十分だから。

「では、どうしたらいいので?」

「とにかく絨毯爆撃。やたらめったら“ぶっぱなし”なさい。効率がいい陣の組み方は指令に任せるわ。それと、今遮断されていないなら、通信が遮断される可能性は低い……だからこっちで臨機応変に対応するのがいい。即応できる部隊の数は?」

「ええ……と」

確認しようとする。

「ああ。私は聞かなくていい。どうせ個別の隊を聞かされたってわからないわ。すでに展開している護送トラックの護衛部隊はできるだけ戦闘を長引かせるように伝えて頂戴。危なくなったらすぐに逃げること」

(死ぬ気でやったって道連れにできるのはグレンデル型一体か二体程度。心が読める以上、自爆は無駄死によね。というか、大量に死ぬのはハイヴ攻略戦のときにしてくれないと困る。戦力は無限じゃないんだから)

やわらかい口調で言った。こういうのはかなりデリケートな問題で、上が逃げていいといったところで部下としてはそう簡単に逃げるような気持にはなれない。さらに、戦闘で一番死者が出るのは撤退戦の時である。

「さて、真壁と皆城にはがんばってほしいわね」

(――それこそ、死んでも)

気だるげそうに見せかけた中で、鋭く画面を見つめる。もはや事態は香月の手の中にはない。願うということはしない。無駄だから。ただ、問題はないと言いたげな顔をするだけだ。それは、現実に人に力を与えてくれるから。

「――」

「――」

「――」

叫ぶように指示が交錯する。

 

 

 

騒がしい戦術機部隊の中で、一つだけ別の意味で騒がしい部隊がある。

「ふふん。黄金馬だろうが、人面馬だろうが、この速瀬様にかかれば――」

「性的にいただいてあげるって? ずいぶんと……その……お盛んね? 速瀬中尉」

水を差された――それも、お世辞にも上品とは言えない言い方でからかわれた彼女は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

「宗像! アンタ喧嘩売ってんの? 買ってやるわよ」

「いや、私はそんな旺盛じゃないし――」

やれやれ、と言いたげな顔をする。実際、これもからかいのうちなのだろう。

「だァから!」

「そこらへんにしておけよ、二人ども。ひよっこどもに見せるにはまだ少しばかり早いだろう?」

ピシっとした声で叱りつけた。いい具合に精神を張っている。脱力しているわけでもなく、かといって緊張でガチガチになっているわけでもない。いつでも最高の力が出せる状態。

「は! 申し訳ありません。伊隅大尉」

こちらも、緊張感は抜けているが近い。

「いや、悪いのは宗像……」

そして、口をとがらせている彼女もその時が来れば戦闘態勢に移行する。

「速瀬?」

「申し訳ありませんでした。大尉殿」

「よろしい。我々が相手にするのは高速飛行をする飛行機状のアンノウンだ。そもそも我々の訓練では空中戦すら想定していない。空戦の経験がある者は?」

BETA戦では光線級の脅威があるため、飛ぶことはできない。限定的な戦域で、空から掃射することはあるがそれは経験値にはならない。だから。

「――」

しん、と静まる。

そもそも必要がないのだ。そんな“必要のない”経験ができるのは、それこそ米兵のそのまた精鋭中の精鋭だけであろう。

「だが、我々は勝たねばならない。想定したことさえない任務をも果たさなければならないのが我々ヴァルキリーズだ。どうだ――やめたくなったか、新任ども?」

「いいえ。果たさねばならない義務がある。成し遂げなければならない任務がある。ゆえに、私は引かない。戦い抜いて見せます」

キビキビとした声で答えたのは御剣冥夜だ。

「御剣か。クーデターの時も思ったが、さすがだな。芯の強さでは新任どもの中では一番だ。……で、操作技術で一番の白銀はどうだ。業腹ではあるが、XM3搭載機では先任を入れてもとびぬけている。そんな天才君はどう思う? ――ええ?」

少し、やっかみが入っている。数々の戦場を潜り抜けて、技量に自信も持っていたのに新人に抜かれた。というのは、面白くなかろう。

「俺にもやらなきゃならないことはあります。二度と逃げ出さない。諦めない。絶望的な状況でも歯を食いしばって耐えて、最後にはBETAに勝つ。こんなところで負けるわけはいかないんですよ」

静かな口調だ。しかし、その奥には煮え滾ったマグマのような憎しみと魔女の窯の底のように煮詰まった後悔がふつふつとたぎっている。冷徹な意思と熱いハート……これは戦場を経験しすぎて感情のタガがいかれた人間がなる症状だ。

伊隅としては戦慄を禁じ得ない。だが、頼もしくもある。

「――大きく出たな。しかし、その通りだ。我々はXM3の習熟が完了した後にハイヴ攻略の訓練を受けることになる。貴様ら、こんなところで死んでくれるなよ。貴様らが見なければならない地獄はまだいくらでもあるのだから」

ニタリと凶悪な笑みを張り付けてそういった。

「――聞いてくれ」

「――白銀? 秘匿回線を使うとは何事だ。何か……」

部隊内だけと話せる回線だ。こちらは友軍にはもちろん、基地ですら聞くことはできない。だからこそ、それはよほどの事態でなければ使用は禁止されている。

「アレは心を読む」

そう言った。もちろん、これは秘匿事項だ。兵が知ってはならないこと――ではあるが、白銀は香月から許しは得ている。

「……なん……だと」

あきれ果てた。なんだ、それは……なんのお伽噺だ。我々が戦っているのは銃火の交差する現実だ。ファンタジーではない、とでも言わんばかりに。

「それは真か、白銀!」

こらえきれなくなったのか、上官を差し置いて問い詰める御剣。

「ああ。香月副指令から聞いた」

「なるほど。秘匿回線を使ったのもうなずけるな。――他に何か聞いたか?」

「ゼロ次元へ向かってねじ切る歪曲回転体を使った攻撃を仕掛けてくるそうだ。よくわからないけど、とりあえず盾じゃ防げない。かわすしかない」

「――簡単に言ってくれるな。どう見ても巡航速度どころか瞬発的な加速力ですら敵わないアンノウンの攻撃をかわせと? しかも心を読む? どう戦えと言うのだ」

「あ、あいつの名前はシーモータル型って言ってました」

「名前などどうでもいい」

「はい。すみません」

「香月副指令は何と?」

「その辺のことはあんたの方が得意でしょうから、がんばってね――と」

はぁ、とため息を吐いた。まあ、何でもかんでも聞けば解決策を与えてくれるほど万能ではないことはわかっている。彼女もまた、人間でしかないのだから。

「……あの人は」

そして、伊隅は内心で頭を抱え……そんなんで、“あんなこと”を命令したのか、と憤慨する。




伊隅の回想は次話でやります。(あれ、いつやったっけ?)なんて思わせてしまったら申し訳ありません。

作中では話していませんが、日付は13日です。よって、アザゼル型が7日で生み出したのは雑魚のグレンデル型を除けば5体ということになります。傷を癒していたとはいえ、少なすぎると思われるでしょうか? 劇中でもとんでもない数のフェストゥムを引き連れていましたし。ただ、そこまで増殖スピードが速いのならとっくに地球を覆い尽くしていても不思議はないと思うんです。人類も戦えるとはいえ、勝てるわけではありませんし。(そういう前提で動いていた部隊もありました)――それでも、これは少ないかな?

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