Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第7話 決着

時刻は夕刻に差し掛かる辺り。祭りが終わった後――その一瞬だけ静かになるときだ。首謀者が降伏することで事態は沈静した。

「――終わったか」

総士がかみしめるように言う。丸二日――というわけでもないが、夜を徹して指令室に詰めていた。事態の推移を逐一見つめていたために複雑な想いが胸に去来する。

……自分に何かできたのではないだろうか。死んでいった衛士達……指令室に居たために何人死んだかも知ってしまい、その最期の言葉がここに届いた者もいる。

人と人の争いに関わらないことを選んだ――それが島の方針であり、この世界の“上”の人間たちも介入を望まないとはいえ、それでよかったのか。答えが出ない問いがぐるぐると頭で回っている。

「まあ、こっちはね」

本物を差し置いて指令然とした顔をしていた香月が皮肉げに顔をゆがめる。彼女が“偉い人”であることは間違いなく、その役目を効率的に果たすためにいわゆる……偉そうな顔をしていた。しかし、本質として苦手であり、疲れることには変わりがない。そして、仕事はまだ残っている。

「なにか?」

冷たいとも取れる態度だが、香月としてはむしろこちらのほうがありがたい。かしこまった態度は嫌いだが、馴れ馴れしい態度もまた嫌いなのである。

「いや、私は後始末とかあるからむしろこれからが本番なのよね」

やれやれ、と肩をすくめて立ち上がる。

「そうか。がんばってくれ」

にべもない。

「言われなくても、目的を達成するのに必要な労力は払うわ」

こつこつと余裕を感じさせる足取りで指令室を出る。

「もう僕たちは必要ないか?」

総士と一騎、社もまた座っていた椅子から立ち上がって後ろにつく。

「いえ――できればもう少しついていて欲しいわね。暗殺狙いなら、事が終わった直後が一番危ない。まあ、私は研究室に引き込もるけど」

「えがいた脚本通りに事態は動いたから、もう見る必要はないか?」

総士はここまでの事態が香月の予想を上回るものではないことを確信していた。指令室自体はわけもわからぬ事態に必死に対応しているようだったし、香月もまた駆け釣り回る勢いで対応していた。だが、それだけだ。驚いたことは一度もなかった。

「ここの後のお仕事は指令のよ。私のは少し毛色が違うの。それに、私が顔出したところで誰も喜ばないわよ」

香月は答えない。代わりに言い訳めいたことを言う。まあ、偉い人ならそれぞれに仕事があるのは当然なのだけど。

「そうは思わないが」

それに不器用すぎるほど愚直に会話する総士。

「そうなら嬉しいわね。――ああ、あんたなんか変な気配とか感じない? 一流の戦士だと敵の気配を感じ取れるとかいうじゃない。それってどうなの? 暗殺者がどこそこにいるとか、わかると便利じゃない?」

「人の気配を感じることはあるが――殺意や敵意などはわからない。まあ、顔を見ればそれくらいはわかるが」

「いや、それはさすがに私にもわかるから。ま、いいわ。侵入したところで無駄だし」

「そうか」

「侵入に適した時間のリミットはあと3,4時間ってところね。それが過ぎたら自室に戻っていいわ」

部屋についた。カードキーで扉を開ける。

「了解した」

几帳面にうなづき、扉の横に直立不動で立つ。一騎は反対側に背を預ける。

「それじゃ、どうせ研究室から出ないから今言っとくわ。――おやすみなさい」

「おやすみなさい――は変か。体を壊さないようにな」

「――ふふ。そんなこと言ってくれるとは思ってなかったわ。でも、ありがとう」

 

 

 

そして、扉を閉める。当然、完全防音であり人間には壁に耳を付けようが中の会話を聞くことは不可能だ。

「――社、侵入者はいる?」

「私が読める範囲ではいません」

心を読めるということは、姿を隠していても見破ることが可能だと言うことである。そして、それを知っている人間にはその事実自体が抑止力として働く。残る手段は狙撃くらいしかないが――そもそも彼女が外に出ることは少ない。

「そう」

「――」

上目づかいに見上げる社。あまり人間味を持たない人形じみた双眸が微動だにせずに見つめてくる。

「どうかした?」

「大丈夫なんですか?」

「あいつらのこと心配してるの? それとも白銀かしら」

香月はくすりとほころぶ。――社にも心配する人ができたか。計画には関係ないけれど、いい傾向ね。

「……」

まだ社はじっと香月を見つめている。

「あら……もしかして、私のこと? 珍しいわね。でも、大丈夫よ。何も問題はない。暗殺を狙うなら、大まかに分けて方針は三つ。基地が作戦行動の途中で暗殺を実行、離脱して米軍の部隊と合流し撤退。戦術機が帰ってくる混乱をついて強襲。侵入したうえで潜伏し夜、機会をうかがう。方法を考えればいくらでも手段はあるけれど、この場合はそれを考える必要もないし不毛――潰すのは方針だけでいい」

一気に言い切った。普通なら覚えきれないだろうが、社なら問題ない。そして、これを理解することも。

「だから、皆城さんと一騎さんを?」

Ⅳ以外の勢力に関わらせたくないだけかと思っていたら、意外とそれ以上に考えていた。ほとんど話さなかったが、社としては一騎と仲良くなった気になっていた。総士は――まだ少し怖いままだが。

「ええ。予測不能な要素を混ぜてやれば動きにくくなる。あいつらは立ってるだけでいいのよ。警備員なら他にちゃんといるんだから。まあ、もっとも暗殺者なんていなかったようだし、これから来ても待ちぼうけするだけよ。――居なかったわよね?」

「はい。居ませんでした」

「ここに居る時点で暗殺される危険はない。そもそも、もしここで暗殺されるような事態があれば――それはどこにいようが関係ないし、時間だって関係ない。けれど、そんなすごい暗殺者がいるかもって考えること自体、無駄なのよ。想像の暗殺者を恐れて、考えを邪魔されるほど不合理なことはない」

すごい考え方である。隕石が落ちてくるかも……なんて考えるのは無駄だが、だから考えないというものは難しい。それを簡単にやれるのが香月である。

「そうですか。私に、何か手伝えることはありますか?」

そして、こちらはおそらく雛のような心境。香月を信頼しているから、心配はしない。

「そうね。じゃ、そこの書類を手伝ってもらいましょうか……」

 

 

 

カンカンと誰かが走って来る音が聞こえる。彼はすぐに姿が見えるほどに近づいてくる。

「――ん? お前は……」

近づいてきた少年は興奮しているようだ――作戦の直後であるから当然だが。そして、ここに通いなれている。つまり、香月と深い関係があるのだろうと言うことまで推測できる。

「あんたは……」

「さっきの衛士か」

さっき、とは言っても昨日の話である。一騎と総士は交代で休息をとったが、指令と副指令だけは不眠不休である。……もちろん、社はきちんと寝た。

「そういうあんたは――えっと」

戸惑っているようだ。どうやら、一騎と総士がなんなのかまでは知らされていないらしい。

「一騎だ。真壁一騎。そして、こっちが」

背を預けたまま、手で示して見せる。

「皆城総士だ。香月副指令に何か用か?」

「あ、今寝てたり?」

「いや。彼女はこれからも働きづめだろう。用があるなら取り次ぐが」

「ああ、いや。別に用ってほどでもないんだけど――」

ほおをかく。用もないのに、訪ねてくるとは香月とかなり深い関係があるのだろう。総士は目を細める。それに、意味深に話しているところも見た。

「察するに、出撃前に話していたことか」

「まあ、そうなんだけど……でも」

「話せないことなら話さなくていい。用があるのか、ないのか?」

「いや、先生が落ち着いたらにするよ」

ちょっと考えて、引いた。そこまで大事なようではなかったのかもしれない。

「……先生?」

だが、それにしても――先生とは。あまりにも親しすぎる呼び方だ。

「――う! ああ、いや――うん。前にちょっとしたことを教えてもらったことがあって、その時の癖が抜けないっていうか……」

「別に、話したくないならそれでもいいが」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「――お前」

一騎が、ぽつりと言葉を漏らす。

「お前は……」

“じぃ”っと少年を――白銀武を見つめる。

「……うあ」

白銀は心の奥底、自分の存在まで見透かされそうな瞳に貫かれて魂を抜かれたような感覚を覚える。まるで、悪魔でも相手にしているかのよう。

「お前、そこにいるか?」

問いかけた。

「…………う…………あ」

何かを言おうとして、けれど言葉が出てこなくて胸にむかむかとしたものが溜まる。それはどろどろとしていて、目を向けたくない。

「…………」

問いかけた方はじっと、見つめている。いや――その瞳は口を開いた時からずっと向けられていた。外れない。

その目を見たくなくて、でも顔を横に向けることができない。引きずり込まれる。

「…………」

嫌だ! 何かに呑まれるような気がして、冷汗が出る。――けれど、それは気付いていなかっただけではないのだろうか。すでに、自覚なしに大きなものに呑まれていたのでは。それは――おそらく使命などと呼ばれるもの。

「――俺は」

それだけをやっと口に出せた。ただ一言なのに、ひどく気力を使った。それも、これで終わりではないのだ。

「…………」

彼はじっと見つめている。――待っている。待ってくれているのだ。白銀武の答えを。

「俺は、ここにいる。ここで、変えなきゃいけないことがある」

言った。

「そうか。お前はそこにいるのか」

「ああ。この世界に俺はいる」

「世界、か」

「やらなきゃいけないことがあるんだ」

「そうか。がんばれ」

「ありがとう。――あんたは?」

「俺がやらなきゃいけないことは、ここじゃないから」

「……? そうなのか。果たせるといいな、あんたのやること」

「やるさ。お前もやるんだろ?」

「ああ、やる」

「じゃ――お休み」

「そっちは仕事が残ってるんだよな。お疲れ」




クーデターそのものについては触れていませんが、一騎と総士は指令室でお付きをやっていただけで関わっていないためです。意見を言うこともしませんでした。(意見を求められなかった)

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