Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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今回は鬱々としています。ご注意ください。


第6話 愛国

「なるほど」

総士はうなづく。己の中で何かしらの納得を得た、ということだろう。

「なにがわかったのかしら?」

香月は何が面白いのか、からからと笑う。

「あなたの目的についてだ」

対する総士はニコリともしない。はたから見れば強靭な精神を持っているように見えるだろうが、一騎はただ彼が不器用であるだけなのを知っている。

「……へぇ。部外者においそれとわからせてしまうなんてねえ。どこまでわかった?」

くすくすと笑う。童女のような――邪悪さがにじみ出ている。

「大したことはわからない。ただ、あなたは今回のクーデターに乗じて政敵を排除し、影響力を拡大させることを狙っている」

ふるふると首を振る。ネットだけでは多くのことは知れない。この、余裕のない世界では悠長に不特定多数とおしゃべりなどしていられない。

「ふむ。まあ、正解といってもいいか」

とはいえ――核心をついている。ディテールなどどうでもよいことだ。とはいえ、補足の必要はあるか。

「……とは?」

「影響力の拡大、とはちょっと違う。欲しいものがあるから、それを“貰ってください”と言わせるためにちょっとね。ま、邪魔者の排除はおっしゃる通りってところね」

「――ふむ」

「間違っていると思うかしら?」

す、と表情を消した。

「別に間違ってはいないだろう。しかし、いくらか汚い手段ではあるな」

総士の方はというと、こちらは最初からまったく顔色が変わらない。ポーカーフェイスというよりは勝ち顔のままずっと固まっている。

「汚い手段はお好き?」

「嫌いだ。しかし、時と場所によっては採用することもある」

「現実的ね」

「あなたほどではない」

「……これでも、私は魔女と呼ばれる。魔女って、とっても――そう、ファンシーな存在よね。そんな名で呼ばれる私が誰よりも現実的って。ふふ……くふふ」

口元を抑えてくすくすと笑い続ける。なにがそんなにおかしいのか。身体を曲げ、ふるふrと震わせる。

「しかし、立場ある人間ならばできる範囲で戦力の減少を回避すべきだろう」

「あら? 今戦っている人たちが死なないようにしてほしいって言うのかしら。ずいぶんとお優しいのね」

「人が死ぬのは悲しいことだ。できる限り――そのようなことが起こらないことを望む。そして、できる限りそうなるようにしたい。だが、現実はそうはいかない」

目を伏せた。誰ひとり消えてほしくないと願い努力し、その果てに待っていたのは生き残るために仲間を切り捨てる未来だった。それでも、彼はあがくのをやめなかったから、まだ生きている。

「そうよね。救いの手を差し伸べたはずが、それをきっかけに目を覆いたくなるような悲惨な戦争に発展することもある。――と思ったら、悪巧みが巡り巡って大勢の人を救ってしまうこともある」

香月副指令とて人の子だ。人並みに他人の死を悲しみ、部下の死を背負ってきた。彼らの死を無駄にするわけにはいかないと歯を食いしばりながら、冷徹に躯を積み上げる。全ては人類救済のため。人は己の手で生きあがかねばならないと思うからこそだ。

「そうだな。――難しい」

「ええ、世界は複雑でとても読み解けるものではない。だから、せめて目的だけはどんな手段を使っても達成する」

ふぅ――、と息を吐く。

「手段を選ばず、か」

「何か文句でも?」

「手段を選ばず――と呼ばれるような行為なら僕もした」

この時、初めて後悔の色が出た。忘れてはならない罪。

「……へぇ」

「好ましくない空気が蔓延することを恐れ――その対策として島を守って死んでいったパイロットの晩節を汚した。彼女にとっては裏切りも同然の行為だろう。そして、彼女の周囲の人間も傷ついた」

この辺りは世界の違いだ。とはいえ、香月ほど人の魂を信じない人間はいないだろうが。対して、総士は無の世界というものを知っている。全員が逝くのかはともかく――死の世界であることに変わりはなかろう。

「そう。けれど、仕方のないことね。まあ、本当に仕方のないかは状況を知らないから何とも言えないけれど、少なくともあんたは絶対に必要だと思って、だからした。それがどうかした?」

「どうもしない。だが、本当にやりたくなければやらなければよかった。それと、そのあとの状況が悪くなるのは別問題だ。僕は自分の意志でそうすることを選んだ。だから――手段を選ばない、という表現がおかしく思えた」

苦笑した。

「ああ。けど、そんなんいくらでもあるわよ? 私は人一倍どころではなく人類の生存に貢献しているけれど、1倍じゃ他の人と同じよね。一回倍に……1×2倍で、×1倍じゃないってことだと思ったけれど。100倍でもいいわよね?」

そして、こちらも脱力した。

 

 

 

「それはともかく、現在の状況は?」

す、と瞳を鋭くする。

「ん? 言ったでしょ――アメリカ様がガキで遊んでるわ。今のところ、こっちにまで飛び火してくる様子はない」

「では、説得はしないのか?」

「無駄ね。大人気のなさこそアメリカよ……たとえどうなろうが、自分のいいようにできると思っているし、実際にそうしてしまうわ。大体、その手段は破壊に限られるけど。“ぶっ壊す”ということだけはとってもお上手よ、彼ら。なにせ、一個ハイヴまでぶっ壊してくれたんですもの。だから、全部をぶっ壊す手はちゃんと打っている」

「……それは」

「煌武院悠陽殿下の暗殺よ」

気楽に言った。昼下がりに友人にでも挨拶をかわすかのように、とんでもないことを言ってのけた。こういう重大なことをさりげなく言って人を驚かすのは彼女の性だ。

「そうか」

けれど、こちらには通じない。不器用な人間ということもあるが、日本人にとっては絶対であるはずの将軍に対して理解を示すものの、持っていて当たり前の絶対的な畏敬の念は抱かない。

――あなたたちがそう思うのなら、自分からは特に何も意見はない。という風に。

いうなれば彼らは竜宮島という国の出身なのだ。日本などはしょせん、昔島が属していた国程度の認識しかない。しょせん、生まれた時には滅んでいた場所だ。

「……で、あなたのことだから抜け目はないと思うが――守り切れるか?」

「問題ないわ。上をつぶして日本を乗っ取るってのは、あちらにとってもあくまで最終手段だもの。状況証拠が揃っていても、知らんぷりを決め込めば誰も逆らえないけれど、それでも戦術機で虱潰しはやりすぎ。窮鼠のごとく日本人が反撃する」

どちらにしても死ぬなら――ねえ? と付け加えた。

「確かに――それは侵攻行為だな。そして、米軍に占拠されたら男も女も生きてはいれない。この世界では人口の減少により、すでに女も徴用されている。米軍の末端として使いつぶされるよりは逆襲に一縷の望みを託すだろう。そして、ここで何もできないようなら兵士としての価値は薄い」

その後は香月副指令が引き継ぐ。

「ゆえに、暗殺者を送り込むのが手っ取り早い。そして、それは――日本人が望ましい」

わずかに沈黙が流れた。総士が重々しく口を開く。

「……国際的な評判を考えれば当然だな。将軍を討ったのが日本人であるかそうでないかは大きい。日本人であれば、先住民がそいつに愛想を尽かしたのだと――言うことはできる。はたから見て真っ赤な嘘だろうと、言えるし押し通すだけの武力がある。そうしない理由はない」

「そして、日本人にそれをさせることは可能よ。というか、そんなものはナチスやソ連の例を持ち出す必要さえない。拷問、誘拐、洗脳、あるいは特権の誘惑。ただ一人を操るだけなら、どこの国だってその程度のノウハウは持っているのがふつう」

「――日本も、か?」

「ええ、当然。ここは大日本帝国よ。国民の扇動、そして反政府勢力の鎮圧、終末論者の弾圧程度はできないと、一丸となってBETAに対抗なんてできやしない。――間違ったことを言っているかしら?」

「いいや。そして、洗脳された人間を見つけるのは容易い。そうも言いたいのだろう?」

「そう。とはいっても、私じゃないけどね。アイツを働かせた――処理も頼んでおいたわ。とても有能だけど……ええ。あなたもアレに会ったらウザイと思うことは保証してもいいかもね」

かわらぬ調子で変なことを言う。人物評価として真っ先にウザイということは、あるいはよほど腹に据えかねているのかもしれない。この場合、有能ならば可愛さ余ってと言う奴だろう。

「ふむ、強引さも有能のうちか」

そして、こちらは筋金入りの不器用者だ。調子は揺れることがないし、崩すこともない。

「……そういう反応をするとは思わなかった。誰か聞かないの?」

「名前を聞いても分からないし、聞く必要もないと思うが。まあ……必要になったら聞かせてくれ」

「はいはい。――で、社。大丈夫だった?」

カチャ、と扉の音が鳴ってそれが開く前に話しかけた。ドアノブを握っていた彼女はそのまま押し開けて、おずおずと香月副指令に近づき、背に隠れる。

「――はい。処理は完了した、香月博士によろしくとおっしゃっていました」

子どものように見える少女は、それでもしっかりオルタナティブⅣの腕章をつけている。だが、雰囲気から総士は重要な任務を担う少女だと言うことを察する。

そもそも、そういう少女にはよく見覚えがある。――あれは守り神、あるいは巫女のような存在だったが。

「その子は? 危険じゃないのか」

一騎が聞いた。

「果たして世界に安全な場所なんてあるのかしら? 大体、ここは結構安全だと思うけど。ま、そういうことを聞いてるんじゃないか。これでも、かなり重要な人材なの。詳細は話す気がないけれど」

「そうか。君はそれでいいのか?」

「――あなたは、優しい人ですか?」

こそっと、頭だけ出して変なことを聞いた。香月副指令が嫌がっていないあたり、親子のようにも見える。

「ええっと、そう聞かれて“はい”って答える人はあまりいないんじゃないかな」

「あなた、優しい人ですね」

「――へ?」

「なんでも、ない。です」

ささ、とまた隠れた

「……?」

「では、香月副指令。クーデターは予測されたものであり、すでに事態は予定された結末に収束しつつあるということでよろしいですね?」

「ええ、よろしいわ」

「少しでも傷つく人がいないことを願いましょう」

「ええ。駒は一つでも多い方がいい――」

とても不穏な話をしているというのに、ひどく安らかな空気が流れた。




個人的に、香月夕呼は完成されたキャラだと思います。己が完全に確立しているので在り方がゆらぐことはありません。
ただ、それがありえるとしたらよほどのことが起こった時で、それは人類に友好的でしかもBETAを圧倒する戦力を持つ”何か”に出会ったような場合でしょう。……二次創作だと結構見かける気がしますが。
ちなみに、本作でそれをやろうとすれば――滅亡するのは人類です。

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