Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第5話 クーデター

「警報――何が起きた?」

早々に考えることを放棄した総士が涼宮に詰問する。この世界に来たばかりでは勢力関係の把握などとても望めない。ならば変な勘違いをするよりは聞いた方がよい。

もちろん、シミュレーションで味方撃ちをやったからといって基地全体に鳴り響くような警報が鳴るなんてことはありえない。

「不明です。何が何やら」

しかし、日本人でありながら多国籍軍に所属する。つまりは人種が同じでも、よそ者であるために政治関係には敏感にならざるを得ない涼宮もよくわかっていないらしい。

少なくとも、この世界にはすぐに国家間武力闘争に発展しそうな火種は目に見える形では放置されてはいないようだが……

「ここはブリーフィングルームに移動するべきかと存じます。涼宮中尉殿」

経験の多い――ために教官になり、ゆえに逆に階級が低くなってしまった神宮寺軍曹が口をはさんだ。敬語である。

「妥当ですね」

うなづいた。というか、それ以外にない。

「はい。防衛基準体勢2が発令されました。ヴァルキリーズも出撃することになるかもしれません」

そこで涼宮は二人を見る。あの力なら何が起きたとしても助けてくれるかもしれない、と思いかけて自分を戒めた。

(――何を考えている。自分たちは人類を守る盾になると誓ったはず……それを他人に押し付けていいはずなどない。それも、どう考えても危ない“力”などに頼るわけにはいかない)

キッと前を向いて、毅然とした態度を取る。

「皆城大尉、真壁大尉。非常事態に関して何か指示を受けていますか?」

「いや。しかし、僕らの指揮権は基地司令ではなく香月副指令にある。彼女の命令がないまま行動はできない」

「了解しました。幸い私も香月副指令直属の部隊です。非常自体であればいっしょに行動してもらった方が融通も利くかと」

「了解した。君たちのブリーフィングルームに同行させてくれ。邪魔なら外にいる」

「お願いします。それでは行きましょう」

4人並んで歩き出す。

基地それ自体に不穏な空気が立ち込めているのは錯覚ではないだろう。かすかに怒号や焦りのために大きくなった声が聞こえる。

時折見かける人間も頭をすくめて足早に通り去っていく。

「涼宮中尉。この基地は襲撃を受けると思うか?」

「状況がわからないので、はっきりとは言えませんが――横浜基地が戦術機による襲撃を受ける可能性は低いかと。アメリカの犬と呼ばれているとはいえ、それでも国連軍ですから襲撃部隊が流れてくることがあっても、目標にはされないはずです。どこの国に対しても中立――という建前ですから」

「目標は日本そのものか。……どこの世界でも人間の愚かしさは変わらないな」

うなづき、かすかに暗い顔でぼそりとつぶやいた。

「……え?」

よく聞き取れなかったが、なにか人間そのものに対して“何か”を想っているようなそんな感じがした。

「なんでもない。しかし、僕たちはまだ完熟訓練が修了していない。力になれることは少なそうだ」

が、そんな確信のないことに関わっているようなときでもない。頭を切り替える。でなければ、彼の言葉を理解できない。

「……そうですか。しかし、変なことには巻き込まれたくないでしょう。その点ではよろしいかと」

多分に……政治的な会話だった。神宮寺軍曹は事情を察している――というより、さすがに一騎と総士が正体不明の機体に関わっていることは公然の秘密である。が。しかし、おいそれと口に出していいものではない。

そのうえでどうするかというものを非常に婉曲的に言い合った。つまり、関わる気はないし、関わらせる気もない。とりあえず、総士と涼宮の間では。

「戦術機との戦闘経験は?」

「演習でなら幾度か。しかし、本気の命の取り合いは初めてです」

「そうか。僕らもあまり力にはなれないが、一つ言えることがあるなら“躊躇うな”ということだ」

ひどくそっけなく……それこそゴミはゴミ箱に、ていどの気楽さで言い放った。

「――殺せ、と?」

「それでもいい。だが、救うと決めたら必ず救え。土壇場になって迷うくらいなら、その方がいい。たとえ、後でどんなことになろうがな」

「考えておきます。しかし、実は戦術機には乗らないんですよね。CPなので」

「指揮官ならばなおさらだ。上の迷いは下にそのまま降りて来る。結果的に全滅する原因となることもある。上が自信を持てなければ、下はどう動いていいのかわからない」

「……心に留めておきます」

「そうしてくれると嬉しい。――そろそろか」

 

 

「戦略……ね。結局…………崩壊して…………戦場になるのを避け…………G弾…………BETAを全滅…………君臨…………」

ごそごそと聞こえてくる。どうやら扉が半開きになっている。せっかくの防音施設が台無しである。香月副指令の声だ。

「国連が…………受け入れない…………単独でもやる」

こちらは総士には聞き覚えのない、しかし涼宮はどこかで聞いたことのあるような気がする声。男性だ。いくらか声が大きく、ひどく焦っている印象を受ける。

「ご安心くだ…………5の発動…………許しませ……」

「…………自信……………………なにが…………」

そこで総士たちが来ていることに気付いたのか、話を切り上げる。

「――仕方ない。いったん出直すとしますか」

話していたのは珠瀬事務次官であった。総士は知らないが、涼宮と神宮寺は知っている。いわゆるお偉いさんという奴だった。焦りで早足になって去っていく。

「千客万来ね? 本来、私はただの研究者だったはずなんだけど」

ニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべた香月副指令が4人を出迎えた。悪く思っている風はない。むしろひどく楽しそうである。

「研究なさっている内容が多分に政治的な部分を含んでいるので仕方ないことかと」

「――で、何しに来たの?」

「近くにブリーフィングルームがありますので。それと、皆城大尉と真壁大尉についてご指示を仰ぎたく」

「なるほど。でも、今回のは彼らに動いてもらうことじゃないから。あんたらには後でキツい仕事をお願いするけどね」

「今更ですね」

「死ぬと私が面倒だから死なないでね」

「……お手間は取らせませんよ。忠実な部下ですから」

二人ともニタリと笑っている。まるで悪巧みする共犯者で――ある種の絆が感じられる。涼宮は敬礼を残して部隊のもとへと行く。言わなければならないことは言ったし、十分聞いた。

蚊帳の外だった総士が口をはさむ。

「――で、僕らはどこにいればいい?」

「そうね。基地の人間への周知もまだだし……からまれないように私のそばにいるといいわ。……何かあったら守ってくれる?」

「わかった」

今までで黙っていた一騎が勝手に答えた。総士がやれやれまたか――という顔をして。

「了解した。あなたの身を守ろう。基地内での戦闘になる可能性はあるか?」

「この基地で……というならNOね。けど、しょせんそれは基地への襲撃は接収という形になるからでしかない。取り囲んで抵抗できないようにされるのよ。生身で戦闘になる事態はまずないとみてもらっていい」

「では、向こうが暴走しなければ暴力が必要な事態にはならないか」

「……そうね」

そして、どたどた走る音が聞こえてきて。

「――先生! クーデターって」

少年が走ってきた。3人は横によける。

「……あ。えっと……」

よけた3人を見て口をもごもごさせる。守秘義務という奴だ。

「いや。いいわよ。あんたの言いたいことなんてわかるから別に口に出す必要なんてない。いいから、とっとと配置につきなさい」

「でも――」

いいにくそうに、何を言っていいのかわからないけれど、口を尖らせた。一見すると、純朴な少年に見える。一本筋が通っている好ましい人物に思えるが、しかしこの状況ではそれが逆に頼りなさげに見えてしまう。

「でも? こんな戦い、多くても数十人しか死なないわ。そんな程度の事態はさっさと片付けなきゃいけないのよ」

「……そんな言い方って」

「なに? 確かに衛士はコストが高いから、育てなおすのも手間だしそもそも人自体もいないけどね」

「そんな人を物みたいな……」

「――あんた、本当に覚悟を持ってるの?」

けらけらと笑っていた香月は、突然真剣な顔をしてキスできそうなほどに顔を近づけて――その爬虫類じみた視線で瞳を射抜く。

「あ……」

“じい”っと見つめられた彼はうろたえる。瞳はとてつもなく不穏な気配を宿らせている。男女どうこうではなく……純粋な恐怖で口が聞けない。

「大層なことを言っていたけれど、この程度のことに一々動揺するなんて……あんた本当にやる気ある?」

「そりゃ――もちろんじゃないですか! こんな状況で、それ以外にないでしょう!?」

それは譲れない。彼は恐怖を押し込め、強靭な意思でもって瞳を見返す。

「どうかしら? 本当は逃げたいと思ってる。なんてことはない?」

「そんなこと……ありえません! 二度と、俺は見捨てないってあの時――」

「あんたの覚悟、実は自分で思ってるものほど強くないんじゃないの?」

「馬鹿な……」

「あたしはあんたを利用してるだけで、あんたもあたしを利用しているだけなのよ。利害関係の一致で一時的に組んでいるに過ぎない。――そんな奴にいったい何を望んでいるの?」

「それは――でも、“前”はこんなこと起こらなかった……」

「それは喜ばしいことよ、白銀。確実に私たちは目的に向かって前進している。そして、この事態も私たちにとって追い風となる。ぎゃあぎゃあ喚く前に自分の仕事をしなさい。どうやら――あんたの力が必要なようだから」

「……了解しました」

納得はしていなさそうである。

「じゃ、さっさと行く。これから大忙しよ――あんたも、あたしもね」

話は終わったようだ。総士と一騎には――そして神宮寺にも何が何だかわからなかったが、そのように話していたから仕方ない。

「さて、あんたもついて行きなさい。まりも。ちょっともろいところがあるけど、使える奴よ――あいつ」

友人に話すように気楽な態度だ。実際でも友人だが。

「十分承知しています。頼りないかもしれませんが、これでも教官をやっていますので」

堅い声だ。緊急事態でも、上官に対してフレンドリーな態度を取る気はないようだ。

「じゃ、お願いね。こんなところでトチってもらっちゃ困るわよ」

「全力を尽くし、任務を達成して見せます。副指令殿」

敬礼した。

「ああ、もう――そういうのはいいっていつも言ってるのに」

「それでは、失礼します」

神宮寺軍曹が駆け足で白銀を追いかける。

そのあとで香月副指令がゆうゆうと歩き出す。そして、歩きながらぐるりとかを後ろに向け――

「で、皆城と真壁は状況分かってる?」

「いや。できれば説明してもらいたい。先ほど漏れ聞こえてきた言葉で多少の推測はできるが」

「じゃ、歩きながら話してあげましょう。テロリストの主張としては、日本を統治していらっしゃるのは殿下なのに政治家が好き勝手やってるのはおかしいってことよ。まあ、要は国連……というかアメリカに尻尾を振るのが気に喰わないってことね」

「明星作戦か?」

「そ、そのオペレーション・ルシファー。人の土地に碌に被害範囲も分かってない爆弾落とすなってわけ。それも、事前の警告抜きでね。今も後ろで人類相手に爪を研いでいるのを感じない人間はそれこそ立派なアメリカ人――ま、これで友人関係続けてられたら異常性癖を疑うわね。ああ、戦争用の戦術機を開発しているのもアメリカだけよ。さすがにこっちは下の人間は知らないけど」

「しかし、アメリカの主導する国連に参加する日本人もいる。そして、アメリカ協調しようとする者も。そういう者はなぜアメリカに従うことができる? 自分の国を破壊されたのだろう」

「そういうのが嫌って感情を利用したのがこのクーデターよ。けれど、こいつらは現実をわかっていない」

酷く不気味な、のっぺりとした笑顔を張り付けている。その様はまるで、どろどろと煮詰まった地獄の窯。

「現実?」

「アメリカはきっかけさえあれば日本を見捨てる。それは安保条約を一方的に無視して日本から撤退したときに証明されている。けれど……馬鹿にされて、殴られて、いざというときには生贄にされようが――偉い人にはおべっかを使うのが大人というものでしょう?」

「……なるほど。それも一つの真実だな」

「だから、こっちは大人の対応をしなきゃならないのよ。ガキが好き勝手やった後のお片づけをね。片付け者……ってのは字が違うか」




なんか白銀を青年というか少年というかですごく悩みました。結局、どちらがよかったのでしょうね?

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