Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第2話 代償の選択

「こちら、特殊任務部隊A-01部隊長伊隅みちる大尉だ。竜宮島ファフナー部隊応答願う」

戦術機の部隊がBETAの殺戮現場にたたずむ二機へと近づいた。

「こちらMark.Nicht。先導をお願いする」

こうしてみるとファフナーは戦術機と比べて頭二つ分ほど大きい。あの常識離れした能力を見ただけに――

(怖え……)

と、戦術機の各パイロットは思ってしまう。けれど、衛士の誇りにかけて操縦をミスるようなことはない。

そして任務から逃げ出すこともない。たとえ、気分次第で抵抗もできずに殺されるようなものであっても。

そして。

(やはり、読心能力では多くのことはわからないか)

と総士は思っていた。

読心と言っても――そもそも人は何を考えているかすら曖昧だ。何かのきっかけでふわふわとした考えが霧散してしまうことも多い。

そんなものを読んでもふわふわしているだけで、行動の指針にはならない。

確かに戦闘においては絶対的なアドバンテージになるのだろうが……これからの交渉の役には立たなそうだった。

(基地の方も――人が多すぎて何を思っているのか全くわからん)

彼としては元からそんなものに頼るつもりはなかったが、これから頼りになるのは自身の交渉能力だけだった。

少しは不器用であることを自覚している総士にとってこれは難題である。それも――

(一騎は頼りにはならならないだろうしな)

ちらりと隣に立つザインを見て思った。

「しかし、こうしてみると威圧感がすごいな――」

戦術機の一機がニヒトに手を置こうとする。

「まて」

総士が止めるが――

「なんだ?」

静止が間に合わずにニヒトの肩に手を置いてしまった。

「――まずい!」

総士が叫んだ。

そして――ニヒトに接する手に結晶が生えた。それはどんどん浸食していき……

「そこのパイロット。こいつの腕を斬り落とせェ!」

いきなり振られたそいつは慌ててしまって対応できない。

「っち――私がやる。どいてろ!」

後ろにいた戦術機がおしのけ、65式近接戦闘短刀で切り落とした。切り落とされた腕は地面に落ちる前に結晶で覆われ、着地の衝撃で砕け散ってしまった。

「――な、なんだ、これは……!」

「抵抗するか! 全員、警戒体制へ移行!」

部隊長の伊隅の命令で戦術機部隊が一斉に銃を向ける。

「待て! ニヒトに接触した際に発生する同化現象はこちらの意志では防げない。全員にニヒトへの接触を禁じてくれ」

「それは本当か?」

「こちらがその気なら、彼女は助からなかった」

「……了解した。貴様の言うことを信じよう。ところで、ザインの方には触れても問題ないのか?」

警戒態勢を解き、銃を下ろした。それでも、取った距離は縮めない。

「勝手に同化することはないが、それでも接触は避けたほうが無難だろう」

「そうか。――総員、ザインとニヒトへの接触を禁ずる!」

その声は少し震えていた。

そもそも同化現象自体見るのが初めてなのだからしょうがない。BETAはその数さえ除けば意外と常識的だ。

無論、だからといって行動を理解できるほどではないが物理現象をどうにかしたりはしない。

けれど、これは――明らかに住んでいる“世界”が違う。

金色のアンノウンといい、なにかが間違っているとしか思えない。例えば魔法とか、そんな馬鹿げたものが脳裏に浮かぶ。

ああ、こいつらは一体全体何なのだと恐れ……一介の兵士には知る必要のないことと心の奥底に閉じ込めた。

今はただ――

「では、基地へ連れて行ってもらおうか」

ニヒトの操縦者の言うとおりに、兵士の本分を果たすだけだ。

 

 

 

人払いしたメディカルルームの中で総士が一騎を検査し、自らも自分の手で診察した。その結果を香月副指令へと渡す。

「メディカルルームの使用許可、ありがとうございました。香月副指令」

「それは別にいいわよ。未知の病原体とかの可能性もあるしね」

世界線が違うのだったら、BETAの世界の人類にはフェゥトゥムの世界の人類では無害のウイルスが最悪の流行病となって蔓延する可能性がある。

白人の持ち込んだ疫病で先住民が激減すると言う歴史は、どちらの世界でも経験されている。

「まだ結果は出ていませんが」

「……ぶっちゃけ、こっちの人類は“かもしれない”ごときに一々かかずらってる暇はないのよねー」

軽く言っているが、本来は気楽には言えるようなことではない。

「理解できます。では、前置きはなしで?」

対して総士は重々しく頷いたのみだ。一騎はと言うと、総士の後ろで手持無沙汰にしている。

「助かるわ、今はあなたたちのことがなくても色々と忙しいもの。――で、ここがあなたたちの世界じゃないってことはわかるかしら?」

「ええ。こちらの世界では日本は消滅しましたから」

「――はい?」

ぱちくりと目を見開いた。

「日本は人類軍による核攻撃により沈みました。こちらの世界の年号は西暦2150年ですが、そちらは?」

一瞬絶句した後、気を取り直して答える。横浜の魔女の異名は伊達ではない。

「2001年よ。1世紀半のギャップがあるわけね。それでも、エネルギーの増幅減少に機体の再生――技術の発展で片づけられるような問題じゃないわよ」

彼女は現実主義だ。そして本来の現実主義とは、自分の常識に反することを認めないと言うものではなく、あるがままの現実を認め自分の能力の限りで処理するというものだ。

事務的な処理に集中する。それでも飄々とした態度を崩さないあたりが魔女らしい。

「やはり、その力を欲しがるか?」

「そりゃ……欲しがらない人間なんていないと思うわよ」

「――不可能だ」

断言した。

「理由を聞いても?」

普通は食い下がるところだが、魔女は益体もないと即座に考えを変える。

「これは敵の力を奪ったものだ。この世界にいるのは僕たちが来る前に出現していたアザゼル型だけだ。あれから力を奪う気か?」

「あなたたちから、という手もあるわ」

敵対宣言、とも取れるがこれは聞いておかねばならないことだった。人類の敵はBETAだけではないのだから。

保証が欲しい。敵から奪われないという保証が。

「愚かな選択だな」

「……なぜ、と聞いても?」

「見た限り、人類はそこまで絶望的な状況にあるわけではないようだ。たとえ、人類が日本にしか残ってなかったとしても、そこまで危険な選択肢を取る必要はないはずだ」

「いや……まだ全然アメリカとかあるけれど」

「ならば、なおさらだ。現在こちらに来たフェストゥムはアザゼル型が一体だ。僕たちがいなくなれば最低でもニヒトが解き放たれるぞ。アザゼル型とニヒトを同時に相手できると思うか?」

「……下手なことするなら、暴走させると?」

「いや。僕らにはそういう報復的な意思はない。ただ、現在ニヒトは僕が抑えている。それが外れればどうなるかは保証できない。おそらくは人類と戦おうとするものと思われる。――竜宮島のパイロットや人類軍を殺してきたように」

「もともとは敵の機体だったってことかしら? それをどうして私たちに教えるの? 黙っていた方が有利でしょう。そういうことは」

よくわからないが、香月は生物兵器か何かかしら? と想像する。とりあえず仕様を提出させることにしようと誓った。

「僕らのことを知ればそう簡単に事を運べなくなるからな。僕たちとしても、君たちとしてもできるだけ火急速やかに元の世界へ帰ってもらいたいと思うはずだ」

「――ち。確かにできるならそれが最善ね」

できるなら……あのアザゼル型と言うのと一緒にどこかの世界に放逐してしまいたい。アテはあるのに、不安要素に今更しゃしゃり出て欲しくはなかった。

「それに、あけっぴろげな情報公開は僕らの司令官のやり方だからな」

総士が懐かしそうな顔をする。帰りたいと思っているのか、と香月は判断する。つまり、彼自身には侵略の意思がない。

「へぇ。それはうまくいってるのかしら?」

「ああ。うまくいっていると僕は認識している」

「それは重畳。けど、こっちはそんな方法は採用してないわよ?」

「問題ない。僕らをもとの世界に戻す方法はあるか?」

「………………ないわね」

実際にはあった。が、あの話を聞く限りは無理だ。

以前に稼働させ、実際に異世界に送り出すことも成功したその装置は一人用……つまりはファフナーを連れていけない。

危険物をこの世界に残されては困る。それはフェストゥムも同じことなのだけど。

「けれど、理論自体はあるわ。そちらしだいだけど、協力してあげてもいい」

「了解した。対価としてこちらの世界の兵器のデータを渡す。足りるか?」

「十分でしょうね。けれど、今は忙しいから協力は無理よ。悪いわね」

「それはいつまで?」

「そうね。新年まで私が生きてられれば時間はあるわね」

「……今日の日付は?」

「12月4日。どう?」

「了解した。今データを送信する」

少し待つと香月の使用するPCのスクリーンにデータが表示される。

「……来たわ。このPCはかなりセキュリティが高いはずなんだけど、どうやったの?」

データは続々とHDDへ送られている。

「……こちらの技術によるものだ。これはメディカルルームと僕らが居られる場所を提供してくれた代金とでも思っておいてくれ」

「ええ、ありがとう。案内役を用意したから、次に呼ぶまで体を休めておきなさい。ああ、それとあなたたちの身分は大尉にしておいたから」

「感謝する」

総士は一騎を連れて部屋を出る。

「あ、そうだ――」

ドアから出ようとした彼らを呼び止めた。

「G弾による焼却とかどうかしら?」

「それこそ――危険すぎる。核兵器による破壊は僕らが最初期に却下したプランの一つだ」

「そ。あの機体だけど、極秘区画に置いて進入禁止にしておいたわ。……整備は不要なのよね」

「それは僕たちにも不可能だ」

これで話は終わりだとばかりに足を一歩進めて、振り返らずに言う。

「奥の部屋にいる読心能力者だが、フェストゥムの心を覗かないように取り計らってくれ。同化され、基地を落とされる危険がある」

「……わかったわ」

今度こそ――足を止めずに出て行った。

 

 

 

「……さて、純夏。心は読めた?」

背もたれに背を預けて、やれやれといった表情を隠さない香月が扉の向こうへと一見投げやりに問いを投げかける。

「ダメだった。あんまり聞こえなかったよ」

扉から出てきたのは紅い髪の、微笑みでもしたらとてもかわいらしいと思える少女が答えた。

しかし、その顔は怜悧とすら呼べないほどの無表情で、人間らしさを感じられない。その顔に似合った抑揚のない平坦な声で答えた。

「なにか対策してたのかしらね」

「かもしれない。あの人たちが思ってたことはそれぞれ違うけど、でも私にはその一つしか聞こえなかった」

「なんて?」

「怖い人の方は“痛みを拒絶するな”って。優しい人の方は“俺はここにいるよ”って。――叫んでたよ」

「Nicht(否定)にZein(存在)か。案外……そのままなのね」

「あと――」

「え?」

「あの怖い子たちも叫んでる」

「子? やっぱり“生きている”か。なんてものが持ち込まれてしまったのかしらね」

「……私の意味は?」

「あれはイレギュラーにすぎない。人類の切り札はお前よ。だから役割の放棄も、壊れることも許さない」

「わかった」

「じゃ、改ざんされた診察結果の復元をよろしくね」


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