Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第17話 伝わるけど、伝わらない

「――純夏!」

 

駆けずり回って――いや、彼女の居場所はわかっていたけれど全力で走って、ドアを全力で開ける。

 

すごい音が響いた。

 

「――ッ!」

 

ビクンとまるでいたずらが見つかった子供のように身をすくませる純夏。それは年相応というか、人間らしい振る舞いだ。はたから見て、人間でないことが信じられないほどに。

 

「純夏、会えてよかった。いや、お前がこんな地獄のような世界に取り残されてたってぜ意味じゃ全然よくないんだけど」

 

ぽりぽりと頬をかく。まるで青春ドラマのワンシーンだ。もっとも、この状況でそんなものを演出する神様がいたとしたら、そいつはとんでもなくタチが悪い。だって――

 

「……ぐす。ううう――」

 

彼女は泣いている。人間どころか生命ですらない00ユニットは滂沱の涙を流している。その姿は何の力もない何の変哲もない少女にしか見えなくて。けれど彼女は背負うには重すぎる十字架を持っている。でなければ、香月博士に選ばれたりなどしない。

 

「……純夏」

 

そして、そんな彼女の十字架は武には想像もつかないモノだった。それは当然だ。だって、隠していたのは香月だ。役者が違いすぎる。

 

「うう。ううう――」

 

けれど、それで諦めるつもりは毛頭なかった。確かに自分は踊らされていただけだ。けれど、別に先生は人を苦しめるためにそんなことをやっているのではない。人類を救うという目的があるから、手段を選んでいないだけ。あの人の導きに従えば――それが地獄を踏破するようなことでもやり遂げれば人類に光は訪れると信じている。

 

「純夏。大丈夫だ」

 

だから、ここは全力で純夏を救おうと決めた。さすがに彼女を犠牲にする策など認められるものではなかったが、機械にされても純夏は生きている。少なくとも白銀はそう信じているから迷いはなかった。まあ、何が大丈夫なのかは本人にも判然としなかったが。

 

「……だめ」

 

その言葉に彼女は傷ついた顔をする。ああ、何が大丈夫なものか。だって――

 

「何がだめなんだ? 話してみろよ、俺はずっとお前のそばについてるから」

 

あくまで優しい声をかける。ここまで幼馴染の彼女に優しくした記憶などなく、もしかしたら、記憶の関連付けに支障をきたすかもしれないが理屈ではない。今も苦しんでいる彼女に冷たくすることなどできはしない。自分の思いに気付いてしまったがゆえに。

 

「私には――無理だよ」

 

血を吐くような思いで口にしているのが分かる。だって、この世界に来るまでずっと一緒だったんだから。彼女が元の世界の鑑純夏ではなくとも、彼の愛する純夏には変わりないのだから。

 

「無理なことなんてない。お前のためならなんだってやってやるさ」

 

少しためらって――抱きしめた。別に考えなんてない。それが一番いいと思ったから。今の白銀は00ユニットのことなどむしろどうでもいいとさえ思っている。大事なのは純夏なのだから。でも。

 

「……やくそく」

 

ぽそりとつぶやいた。きっと大事な言葉だったのだろう。涙にぬれてはいても抱きしめるようにつぶやいた。

 

「ああ。俺とお前の約束――たくさんあって、どれがどれだかわからないけど。……そうだ。ヒントくれないか? そうしたら、きっとどの約束かわかる――」

 

「……うぅ……あたま、いたい」

 

頭をかき抱く。

 

「やだぁ――いやッ! 取らないで――」

 

手を伸ばす。救いを求めるように。

 

「純夏」

 

手を取ろうとして、間に合わない。彼女は悶え苦しんで、地面を七転八倒し始める。

 

「うぁ――ああ――」

 

震え始める。これが人間であろうともまずい状態であるのは見たらわかる。

 

「純夏! 純夏純夏純夏ァ――ッ!」

 

「取らないでッ! 私からタケルちゃんを取らないでッ!」

 

暴れ始める。武には00ユニットの出力が分からない――というか、機械であることも忘れてたけど、その抵抗は普通の女の子にしては激しいと言った程度だった。もちろん、彼女は正気を失って暴れているから、むしろ虚弱とさえ言える。

 

「大丈夫だ。俺はここにいる! 別れたりなんてしない!」

 

暴れる純夏を抱きしめる。その体は柔らかくて、そして小さかった。こんな激情を内に秘めているとは信じられないほどに弱々しかった。それが白銀には悲しくて――

 

「殺してやるッ! BETA――全部全部ゼンブ……殺してやるんだからァァァ」

 

少女は叫ぶ。その姿には威厳どころか“強さ”の欠片すら見えず――ただ痛々しいだけだった。そして、なによりも痛く感じていたのが白銀だった。

 

「殺す……ころす……コロス……ころ――」

 

電池が切れた。表情が消える。その姿は何度も見た。外界に何の反応も示さない純夏の姿は目に焼き付いている。

 

「……純夏」

 

呼びかけに答えはない。

 

「――なぁ、純夏。俺さ、お前のそばにいるだろ。触れたら、感じるよな? 目を覚ましたら、もっと話しようぜ。話はいくらでもあるから。この世界のお前の話じゃないけど――」

 

そっと純夏の顔を覗き込む。

 

「……」

 

ガラス玉のように透き通った目が、前に向いていた。

 

「聞いて欲しい話がたくさんあるんだ。俺は、お前を絶対にあきらめないからな」

 

抱きしめた腕に力を込めた。

 

 

 

「――バイタルは安定してるわ」

 

香月博士がモニターを見ながら言う。00ユニットのデータは逐一送信されている。純夏が反応を示さなくなってからまだ一時間も経っていない。まだ予断を許さない状況だ――もっとも、同化されて、それでどこまで様子を見れば安心できるのかはわからないが。

 

「香月先生……」

 

「いや、そんな顔されてもね。実際、かなり人間らしくなったわ。あれ」

 

「今、純夏の状態は――」

 

「それは、たぶんあんたの方がよくわかってる。あたしが監視できるのはあくまでバイタルデータなのよ。まあ、社に話を聞くことはできるけど。どのくらい回復してるのかしらね?」

 

「――あいつは苦しんでました。もしかしたら、起こさない方があいつのためだったかも……」

 

「それ以上言わないで頂戴な。あたしはあんたを処分なんてしたくはないから」

 

「必要ならやるんでしょう?」

 

「あら? あんたもあたしのことが少しは分かってきたじゃない」

 

「――確かに人間的な感情は取り戻しました。けど、それが悲しみや苦しみだなんて……ッ!」

 

「ま、予想できたことではあるのだけど――」

 

少し考える様子を見せる。香月はあくまで物理学者だ。心理のことなど分かりはしない。けれどさすがに何も考えていなかったわけではない。トラウマを抱えた人間が目覚めてまず想うのは苦しみだろう。

 

「なッ!? それはどういうことですか、先生」

 

「鑑純夏がこの世界に存在した証拠はない」

 

だが、そんなことを聞かせても意味がない。できるのは、少しでも調律に必要そうなデータを白銀に開示してやることだけだ。

 

「ええ。そう聞きました」

 

「言った覚えはないけど? ああ、他の世界のあたしか」

 

「でも――」

 

「ええ。いたわね」

 

「それは……」

 

「単純よ。あたしが彼女の存在を抹消したの」

 

証拠はない。つまりは戸籍がないということだ。データは消した。なら、リアルではどうかというと彼女と一緒にいた人間をどうにかする必要はない。すでにBETAの腹の中だったから。

 

「……ッ!?」

 

「あたしを殺す? 恋人をあんな姿にされちゃあねえ――そりゃ、犯人を殺してしまうのもしょうがないってものでしょう」

 

嘲笑を浮かべた。それが何に対してかは、香月本人にもわからなかったけど。

 

「殺しませんよ。あなたは人類に必要な人ですから」

 

「――ふふ。そう言われて安心するなんてあたしも甘くなったもんだ」

 

純粋な好意より、利用価値で判断してもらった方がしっくりくるだなんて――と自嘲して、すぐに表情を消した。

 

「で、どう? どこまで回復した感じかしら? 感想でいいわよ。バイタルデータはあるから」

 

「回復したも何も。一度、話ができる程度には回復して――元通りになったという感じですね」

 

「あ、そう。実際は元通りじゃないけどね……バイタルに乱れがある」

 

「――乱れ!?」

 

「ああ、勘違いしないで。生物なんてバイタルに乱れがあるほうが自然なのよ。レム睡眠、ノンレム睡眠って聞いたことない? 眠っている間にも脳波は変化し続けるのよ。実は金縛りとかもそれで説明できる。個人差はあるけれど、00ユニットがそうなる可能性も十分あるわ」

 

「つまり、乱れが現れたのは回復の兆し?」

 

「兆しっていうか、回復する段階の一つね。ま、これは真壁の功績かもしれないけど」

 

「――あの人たちって」

 

「あんたが知る必要はない。というか、あれはただの爆弾よ。別に関わるなとは言うほど過保護じゃないけど、接触したら何が起こるかわからないってことくらいは自覚しなさいな」

 

「何が起こるかわからないって――」

 

「あんたは因果導体よ? あんな滅茶苦茶な因果に接触したら何が起こるかわからない。最悪――次元が融合して両方崩壊するかもしれない」

 

「ほ、崩壊!? 一体、どんな恐ろしいことがあればそんなことになるんですか!?」

 

「いや、知らないわよ。可能性があるってだけの話。因果が混ざって世界の形を維持できなくなるかもしれないし、別に何も起こらない可能性だってある。ま、そういう意味ではあんま関わってほしくないけど」

 

「――わかりました。あまり関わらないようにします」

 

「言わなくても分かると思うけど、ザインとニヒトには近づかないようにね。00ユニットも接近させることは許さないわ。こっちは命令しとく」

 

「了解。で、俺はこのまま純夏のことに集中させてもらえるんですか?」

 

「そうさせてあげたいのは山々なんだけど。今一番重要なのはそれなんだけどね。XM3のトライアルがあるのよね」

 

困ったことに、顎に指を当てて首を傾げた。

 

「――ああ」

 

確かにそれは無視するわけにはいかなかった。

 

「悪いけど、どっちもやってもらうわ。あっちはあっちで必要だからね」

 

「はい。両方ともやり遂げて見せます」

 

「じゃ、頼んだわよ――」


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