Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第14話 00ユニット

「――と、いうことなのよ」

地下の研究室。香月はそう、00ユニットとオルタネイティヴⅣの話を締めくくった。Ⅴの話をしなかったのは、総士はそこまで知らないことを見抜いたからだし、そこまでしゃべったのは知られたことに気付いたからだ。

(知られたか。やはり、頭がいいな。いや、それだけではないか――元々心を読まれることを警戒していたな)

と、総士は表情に出さずに考える。読心能力については克服済みだ。

例えば、つまらない映画を見た後に何一つ覚えていないと言うことがある。つまりは、集中さえしなければ何を聞かされても覚えるどころか――意識にすら登らない。

まあ、集中しないと言うのも実は難しいが何人ものパイロットたちの意識を束ね、指示するジークフリードシステムを扱う総士にとっては別に難事でもない。

「――で、その話を聞かせて僕たちに何をさせようと言うんだ? 人間に無理なら、僕達にだってBETAとの意思疎通は不可能だろう。00ユニットに至っては論外だ。僕はコンピュータ系に関しては運用面の知識しかない。ハードウェアが完成しているなら、手伝えることは何もないはずだ」

「ああ、その辺を手伝ってもらうつもりはないから安心して。まあ、話した以上XG-70の開発には携わってもらうけど」

うんうん、とうなづいて話はこれからとウインクする。

「それならば僕の能力に問題はない。関われるのは武装面が中心になるだろう。もっとも、いつ消えてもいいように動くのは骨が折れそうだが」

今に至るまで、総士の表情に動きはない。あの日から、彼はほとんど感情を動かすといったことがなくなった。元々そういう傾向はあったのだが、今はますます頭で判断して機械的に物事を処理するだけに機械に成り果てていた。

だからこその真実もある。いつどうなってもおかしくない、というのが純然たる事実でしかないと前提条件にせざるを得ない。それを納得させられるだけの雰囲気が総士には、いや一騎も含めて二人にはある。

「けど、その辺の話は今はいいの」

それでも、まあ場当たり的なことなら頼れるし、頼らなければならないと言うことが窮状を示している。アザゼル型の襲撃でもともと余裕などどこにもなかったのに、今は崩壊寸前で踏みとどまっている状態だ。

香月副指令の目には化粧で隠されていてもなおはっきりわかる隈が浮かんでいる。栄養剤で無理やり動いているのだ。もっとも、それを追及するような真似はしないが。

「――ふむ?」

総士は無表情で首をかしげる。子供が見たら泣きそうだ――幸いかどうか、社はここにはいない。

「00ユニットの“調律”を手伝ってほしいのよ」

調律とはいうなればカウンセリングだ。アンドロイドに改造された人間の精神を健康にする作業。

「人の脳をコピーしたアンドロイドか。精神に変調が出たか?」

「いや。もともと変調どころか、壊れてるのよ。そういう被験体を使ったから。ああ、壊したわけじゃないのよ? 私の理論的にちょうどいい個体がハイヴから“救出”されたから、それを使ってるだけ。BETAへの復讐は“それ”も望むところ。目的が同じ方向を持っているなら手を組める。果たしたなら……ま、その時はその時ね」

「その人の状態は?」

「人……じゃないんだけどね」

苦笑する。

「人が人である理由はその意志だけで十分だろう」

「その基準で言うなら、多分アレはまだ人間じゃないけどね。なにせ憎しみに囚われて、ただそれだけになって何もできない状態だったのだから。これならあなたたちに協力してもらうこともないんだけど――」

「ああ、なるほど。先の襲来か」

「そういうこと。アザゼル型の接近でおかしな影響を受けちゃったみたいでね。どうしようか困ってるのよ」

「……それは、剣司の仕事だな」

苦笑して、呟いた。初めて表情らしきものを見た。

そいつは本来のカウンセリング役で、医師だ。研究者である総士よりもその役には適している。まあ、ないものねだりでしかないのだが。

「で、できるの? できないの?」

「その質問には答えかねる。僕の専門外だが、やってやれないことはないだろう」

「じゃ、やってもらいましょうか。今の状態さえ脱すれば、白銀がなんとかするでしょ」

「……白銀?」

今まで横で黙っていた一騎が口をはさんだ。今まであくまで付き人としてふるまっていた彼だが、今はむしろ番犬といったほうが印象に近い。

「ああ、真壁。知り合いだった?」

「いや、一度会っただけだ。だが、最後まで立ってたのはそいつだろ?」

もちろん、アザゼル型が襲来してきたときにシーモータル型から仲間を守っていた戦闘のことだ。本人としては夢中で覚えていなかったと言うだろうが。

「ええ、そう。ま、あいつは目立つからね――」

けらけらと笑う。

「ふうん」

「……淡白ねえ。なにか思ったりしないの? 例えばさ――00ユニットをつくったこととか。なんて非人道的なことを! とか、この魔女め! とか。結構言われたりするのよ、私」

「その人に会ったわけじゃないし」

「へぇ。あくまで重要なのは本人の想いって? 確かにその苦しみは本人しかわかるわけがない。……でも、珍しい考え方ね」

「そうか?」

「普通はそんな考え方はしない。かわいそうだと思えば、それだけが全て。本人がどう思ったとか、深い事情とかは知ろうともしないモノだからね」

「ふぅん」

「これを聞いて、『ふぅん』で済ませられるところが既におかしいと思うけど。お前、いったいどんな経験したの?」

「……特には」

「思いつかないレベルと言うわけ? どんな日常を送ってきたのかしら。こっちとそっち、どっちがマシなのかしら――」

「さあ。だけど、どっちにしても人類は協力し合えてないようだけど」

「耳が痛いわね。あんたたちの世界もそうなら、そこらへんは人類の悲しい性ってやつなのかしら。前時代の小説家や脚本家たちは宇宙から敵が現れれば人類は団結できると信じてそういう話を描いてのかもしれないけど、この娯楽のほとんどなくなった現代でその間違いが証明されてしまったわね。それとも、これで順当なのかしら。言うでしょ――これはフィクションです。ってね」

「敵が誰だろうと、生きるために努力することに間違いなんてないさ。人類が敵になったとしても、味方してくれる奴はきっといる。それが、仲間だろ」

「へぇ――ずいぶんと、ロマンチストなのね。ま、心の支えってのも重要か。じゃ、00ユニットが一本の柱で立てるまで回復させてくれることを期待するわ」

「そこらへんは総士に期待してくれ」

「――お仲間はこう言ってるけど、ご自信の方はどうかしら? 皆城」

「最大限の努力をしよう」

無表情。まあ、普通はこんな先生に任せようと思う奴はいないだろう。

「わぉお……期待のできない返し。ま、やれるだけやってみてくれるかしら?」

「了解した」

うなづいた。やっぱり無表情で。

 

 

 

研究室。そこで、少女は拘束された彼女に向かって話していた。

「――っ!!」

ぶる、と震えた。

「鑑さん、あの人たちが来ます」

少女は不安げな表情のままで、動かない彼女に必死に話しかける。

「白銀さんも来ます。不安に思わないで」

ふるふると震えるその姿からは少女の方がよほど不安に思っていることがうかがえる。 そもそも鑑には表情がない。電源が切れたようになにもない。生気すらもない彼女の姿はまさに人形と呼ぶのにふさわしい姿だ。

「早く良くなってください。鑑さん――」

だから、少女はただ純粋に願う。

「……霞?」

扉を開いて精悍な――青年と呼ぶには少し幼い顔をした彼が入って来る。

「白銀さん」

「香月先生に言われてきたんだけど、純夏はやっぱり?」

彼は動かない彼女を見て悲しそうに顔を伏せる。

「相変わらずです。もうじき香月副指令が真壁さんと皆城さんを呼んできます」

「――それって」

奇妙な胸騒ぎを感じた。なんだか、とても不安で、けれどはかない希望を見たような矛盾した感じ。

「ファフナーに乗ってた二人です」

ごくり、とつばを飲み込んだ。あのすさまじい力で自分たちを救ってくれた人にこれから会うのだ。緊張しないわけがない。

「気を付けてください」

「……霞?」

震えている。それはきっと――恐怖と呼ばれる感情だろう。

「皆城さんは恐ろしい人です」

「――それは」

社は心が読める。それを白銀もまた知っているから、少女がただ怖がっているだけなどとは思えない。何か……暗い深淵を覗くような――。Ⅲの申し子にして、Ⅳを担う者が恐れるとはそういう意味でもある。

「読めなくなりました。けれど、ときどき聞こえます」

「……何を?」

怖い。けれど引けない。

それはまるで弾を込められた銃口を覗き込むようなもので、本能が拒否しても体が勝手に動く。逃げたいのに逃げられない。

そして、少女はその言葉を口にする。

「『あなたはそこにいますか?』」

「――う」

聞き覚えがある。なんてものじゃない。脳髄にしっかりと恐怖とともに刻み込まれている。

「でも、皆城さんは人です。……たぶん。そう思います」

「ま、まあ。あの人が敵だってことはないだろ」

そうだったら全滅してるし。とは言わない。口に出したくない。

「来ましたね」

「……マジか」

さすがに気が重い。

「けれど、鑑さんが――」

「ああ。俺の言葉にも反応がない以上、誰かに頼るしかない――か」

苦い顔。

「ええ。不満……なんですね」

そして、心配そうに彼の顔を見上げる。

「霞相手に誤魔化してもしょうがないか。まあ、不満だよ――そりゃ。俺以外の奴にそんな大役を任せるなんてな。……ここは、幼馴染を華麗に助けてゴールインって場面だろ?」

無理に明るく笑って見せた。

「よくわかりません」

「――だよな」

美少女ゲームとかないし。いやいやあったとしても、霞がそんなもの見てるのヤだな。などと思って――

「今、エッチなこと考えました」

思ってることを言い当てられてドキリとした。

「いやいや、考えてないって」

「そういうことにしておきます」

「あ、ほら足音が聞こえてきた。笑顔でお出迎えするぞー」

「こうですか」

霞が口角だけを上げたなんとも言い難い表情をする。

「……怒ってる?」

「怒ってません」

そっぽを向いた。


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