戦闘の後、トラックに積んで運んでもらい、その後人目につかないように秘密の区画にファフナーごと格納された彼らはまっすぐに治療施設へと向かった。
報告はその後だ。総士としては何をおいても検査をしたいし、向こうはファフナーという存在をできるだけ隠したいと思っている。自由に使えるわけではないから、あなたたちには強い力を持つアンノウンが味方に付いているではないか、などと言われても困るのだ。事後処理で時間が取れないと言うのもある。
「……ふむ。こんなところか」
総士はカタカタ、タンとコンソールの操作をひと段落した。一通り、検査の手順を終えたら後は結果が出るのを待つだけでいい。
「なあ、総士――」
「しかし――簡易検査とはいえ全く問題がないというのは、逆に怖いな。しかし、この施設では調べられないレベルで遺伝子に異常が生じている可能性もある。時間はかかるが、やれるだけのことはやっておくべきだろう。検査機器は十分ではないから、早く帰還したいところだな。現状では香月副指令に僕たちを殺害する意図はないが、しかしこちらは最低でも00ユニットの調律が済んでから、か」
待つ時間が少ない結果からコンソールに出力されていく。その結果は、運動神経系が発達しすぎているだけのただの人のものだ。――総士の結果も変わらない。まあ、総士の方は後から体の成分がケイ素でできている、という結果が出るだろうし、それは一騎もそうかもしれない。
「いや、あのな……」
手慣れた様子でコンソールを操作する後ろで、一騎はちょっと困った顔をしている。
「だが――あそこまで力を使ったのだから、僕たちは死んでいなければおかしい。いや、一騎は死んだが、戻ってきた。ここまでのことをしてしまえば、同化現象の進行は致死的なほどに進んでいるはずだ。だが、結果はこの通り――結晶化は肉体レベルでは現れていない。いったい、なにが……」
そう、あそこまでやれば体は結晶状に砕けているはずだし、それでなくても体から結晶が生える末期症状にまで進行しているだろう。
「だからな――総士。話を聞けよ」
「……なんだ? さっきからはっきりしないぞ。遠慮せずに言えよ」
「浮いてるぞ、お前」
「……? それが、何かおかしい――っ!」
すとん、と降りた。そう、今まで異常な光景が展開されていたのだ。人が浮いているなどというSFちっくで、そしてもちろん人に見られたら洒落にならない。
「一騎、僕はいつから浮いていた?」
それを、総士は今の今まで普通のことと認識していた。人間なのだから当然浮くだろう、とでも言わんばかりに散歩するかのように飛んでいた。それを言われて初めて気づいたことに驚愕する。
「それはもちろん、ファフナーから降りた時からずっとだけど――誰にも見られてなかったぞ」
「確かに。浮いている人間を見て何も思わない奴などいないだろうしな」
こくり、とうなづく。その言葉に不自然すぎるものが混ざっているのにも気づかずに。
「――? お前、もしかして人の心を読んでいるのか」
そして、それを指摘される。いくら一騎だってここまであからさまなら気付く。いまさら総士相手に遠慮することもない。
「……ッ! ああ、それもか。そういえば、人は他人の心など読めなかったか」
しくじった、とでも言いたそうな顔だ。しかし、その顔に人の心を読んだ罪悪感などは見えない。
「やっぱり、フェストゥムの力か?」
「そのようだ。今の今まで不思議にさえ思わなかった。これは――まずいな」
竜宮島ではよかったかもしれない。そこでは皆、総士を信頼して、そして心配してくれるだろうから。けれどこの世界にはその人たちはいない。
「じゃあ、俺もそういうのがあるのかな」
「……だろう、な。僕よりもお前の方が力を使っていた。何もなしというのは考えづらい。だが――この現象は一体?」
「まるで、同化の代わりにフェストゥムの力を押し付けられたみたいだな」
思いついたことをとりあえず言った。
「――っ! そういう、ことか」
この違和感はああなんだそういうことか、と納得して絶望した。これは――ああ、敵と同じモノになって戦い続けろと? 人と戦うことで憎しみに染まったフェストゥムと同じように……
「もしかして、当たったか?」
「心当たりがある、というだけで確証はないが――否定する要素はないな」
同化という言葉じりを捉えただけで言えば、フェストゥムになったって不思議はない。まあ、どうなるかは本当にこれがそういうことであるのかを含めても全くもって不明だが。
「俺の異常にも心当たりがあるか?」
「歩くスピードが速すぎる。そして、なんというか気配が違う」
「気配? なんだそれ」
「なんて言ったらいいのか。グレンデル型くらいなら素手でも倒せそうだと感じる――おそらく、間違いではない。フェストゥムの感覚がそう言っている」
「いや。いくらグレンデル型といっても、武器がないと無理だと思うんだが。溝口さんだって、火器がないと無理なんじゃないか?」
「あの人ならナイフでも何とかしそうな気がするがな――試してみるか。引き裂いてみろ」
そう言って、適当な金属製品を渡した。
「ああ」
と、一騎が力を入れて引っ張ると粉々に砕けた。
「……それは人間の筋力では壊れないように設計されている」
「俺、これ同化したか?」
困った顔で聞く。
「その様子はなかった」
首を振る総士の顔は、同情すると書いてある。
「じゃ、人間離れしてるのか。……ふぅん」
「なんだ、その反応は?」
「いや、お前が宙に浮いてるので驚くのは使い切ったし」
「……そういう問題でもないだろう。何か対策を考える必要があるかもしれない」
「宙に浮く人間もいないしな」
「一騎……!」
じろっと睨む。
「茶化してるわけじゃない。実際、気付いてなかったろ? 不自然に思えなかったって、けっこうヤバイと思うぞ」
「確かにな。人間とフェストゥムの力が区別できない。そもそも、人は歩くのに一々考えたりしない。どころか、どうやって歩いているのかと聞かれてもわからないだろう。僕のこれも同じだ。出そうと思って出せるが、使わないようにするといったことは難しい。そして、それはお前も同じだ」
「そうだな。今の俺は軽々しく物に触れられない。別にあれだって壊そうと思って壊したんじゃないんだ。試しに引っ張ったら引き裂いてしまっただけだから、こっちは慣れれば何とかなると思う。これ引き裂く力なんてあったところで何の意味もないし」
と、残骸を指さす。
「慣れ、か。それしかないか。だが――」
「香月副指令には悟られたくない、だろ?」
それは――かなりの難題だった。心を読めてしまうから、話のちょっとした矛盾や知りえない事柄をぽろっとこぼして見破られそうだ。なにせ、あの人は頭が切れる。
「ああ。知られたら最期、どう出てくるか読めない。そもそもオルタネイティブⅣには全く関係のない話だ。利のない危険な話にはそうそう乗ってくるタイプではない」
「いや、待て。そのオルタネイティブって?」
「……これは読心で得た知識だったか。意識的に区別しないとまずいな。それに、こんな力を四六時中使ってるわけにもいくまい」
やれやれ、とこれからの苦労を想ってため息を吐く。心を読めるからって、大変なことばかりだ。こんな力要らない、と思っても同化現象に襲われるよりもマシなのだから複雑だ。
「そうだな。……遠見もけっこう怖がられているところあったし」
「……彼女は察しがいいだけだ。心を読んでるわけじゃない」
「似たようなものだと思うけど」
「だから、仲良くなれたのかもな。お前たちは――」
一騎を見る視線は羨みしそうで。
「は?」
「いや。確かに、読心能力のことを知られては怖がられるな。何とかしよう」
誤魔化した。
「できるのか?」
「僕を信用しないのか? 一騎」
「お前は不器用だからな。心配なんだよ」
「問題ないさ」
「問題、か。俺たちのこともそうだけど――もしかしたら、竜宮島でも何か起こってるんじゃないのか?」
「それは――僕と一騎のような異常が残してきた者たちに表われていると?」
「わからない。だが、可能性はあるんじゃないのか?」
二人とも心配そうな顔だ。戦闘中にアザゼル型と一緒に世界を転移してしまったのだから、仲間が今どうしているかは気が気ではない。戦闘では死ななかったが、それは何の保証にもならないのだから。
「何とも言えん。だが、可能性というなら……キールブロックのあれが僕達や後輩たちにも影響を与えている可能性がある。いや、待て――もしかすると、カノンや要まで……」
「症状が現れている可能性がある」
「……だが、遠見先生ならば症状を抑えてくれるはずだ。何かあったとしたら、僕達の症状のデータもあった方が解析は進む」
「それに、お前も手伝うんだろ?」
なら安心だ、と言って笑う。少し、口の端が引きつっていた。
「――ああ。死なせはしない、お前も……他の者たちも」
笑いもしない。決然と前を見据えて硬く誓う。
「じゃ、早く帰らないとな」
「そうだな。アザゼル型は片付けた。もう、この世界に居る理由はない」
「方法は? 香月副指令に頼るだけじゃなく、お前も考えてくれてたろ?」
「あるにはある――」
苦い顔をした。それはとんでもない無茶な方法なのだと、聞く前からわかる表情である。
「どんなめちゃくちゃな手段だろうと、俺はやるぞ」
こういうとき、こいつは引かないな。そう思って苦笑しながら話す。けれど、今回ばかりはそういうわけにはいかないだろう。
「核を集中運用し、莫大なエネルギーを発生させ――ワームスフィアで次元の壁をこじ開ける。別の世界というものがいくつあるのか僕は知らないが、因果律量子論的には僕たちが転移するのは元の世界以外にありえない」
「お前、また俺の知らないこと言ってるぞ。それも、香月副指令の?」
「――っ! やってしまった、か。ああ、そうだろう。彼女の目的と達成するための手段……聞くか?」
「やめとく。ポロリと漏らしてしまいそうだ」
「ふっ。そうだな」
「いや、お前、今漏らしたからな?」
「気を付けるさ」
「それはそれとして、核は――な」
「ああ。国連軍はそれで僕たちを消そうとした。そして日本を沈めたのも、フェストゥムたちに憎しみを学習させたのも核だ。やはり、心理的抵抗があるか?」
「ないと言ったら嘘になる。だが、総士――そんなことをしたら、この世界に残された人々はどうなる?」
「そうだな。必要とされる詳しい威力は求めていないが、最低でも日本は放射能に汚染されて生命の住めない土地となるだろう。そして、死の灰は風に乗って地球全土を汚染することになるだろう」
「なら、それはできない」
「そうだな。おまえならそう言ってくれると思っていたよ。一騎」
「……総士」
なにやらまぶしいものを見るような目。こんな目で見られたことは前にもあるが、何か不安が湧き上がって来る。
「やはり、他の手段を探るべきだ。ああ――それが当然だ」
うんうん、とうなづいた。失ってしまったものをかみしめるように。
「無理を言って悪いな。俺も力になれたらよかったんだけど」
ここまで来ると、一騎は総士のことが心配になって来る。まるで島が平和だったころのようだ。――総士のことが分からない。
「お前は十分役に立っているさ。――僕を、支えてくれるんだろう? 一騎」
はかなげに微笑んだ。やはり……その顔から感情を伺うことはできなかった。
「ああ。俺たちはあの時からずっと――支え合ってきたんだから」
縁にすがるように、一緒に戦ってきた記憶を噛み締めながら――どこまでも俺はコイツの味方でいようと決めた。