「さて、用意はいいか?」
「はい。……見えませんね」
前方を見つめる。だが、戦術機にはファフナーほどいい目がついていない。だから、数km先すら定かではない。そういうのは、大体基地からの通信に頼っている。
「ああ。超高速で移動しているからな――見えたと思った瞬間に機体を真っ二つにされていても不思議はない」
「マジでやばいっすね」
白銀自身は本気だ。しかし、彼が本気であろうとも、彼独特の変な言葉が飛び出してしまったことで場が和む。
「白銀語が出るくらい相手は“やばい”そうだ。白銀先生の言うことをよく聞けよ、皆のもの」
そこで、伊隅がわざとらしい真面目腐った声で言う。
「ぷっ」
「くすっ」
そこかしこから耐えきれずに吹き出した音が聞こえてくる。
「ちょ――何言ってるんですか、伊隅大尉。あと、早瀬中尉に宗像中尉、笑ったの聞こえましたからね」
「ふふん、似合わない奴を笑って何が悪いってのよ」
ニタニタと笑っている。
「そうです。いつも笑われている人だっているんですよ?」
そして、こちらは面白そうに目を細めている。
「宗像……それ、誰のことかしら?」
「さあて。早瀬中尉には心当たりがあるようですけど」
一転、険悪な雰囲気。
「喧嘩売ってる? 買うわよ」
「ふふふ。そんなことはありませんよ?」
「こんの――」
「そこらへんにしておけ。白銀、作戦はお前に任せる。細かい指示は私が出すから――お前は後ろで敵の攻略に集中しろ」
息抜きはここまで、と判断したのか伊隅がまとめた。
「「了解!」」
察して、気持ちと顔を切り替える。
「ただし! 考え事をしていたせいで落とされました。などというのは許さん。全員で生きて帰るぞ。――いいな?」
そして、全員に命令を下す。
「わかっています。全員で帰ります!」
率先して聞こえた声……そして次々と敬礼していく。
「――いい覚悟だ。予想された敵との接触時間まであとわずか。さて、初めはどうするんだったかな。白銀先生?」
「伊隅大尉とたまは狙うのに集中してください。当てるイメージを大事に、撃つのは二の次です。そして、他は一斉射撃……隙間なく弾を敷き詰める感じでお願いします」
「――と、いうことだ。質問は? と言いたいところだが」
そこで言葉を切る。わずかにタイミングを計って
「作戦開始!」
無数の銃火が解き放たれた。
見えない――いや、視界の端にちらりと映った。その姿を捉えることは誰にもできなかった……ただ一人を除いて。
「……そこです!」
狙い澄ました一撃は狙い通りに飛び――相手のシーモータル型は直角にかわした。むろん、飛行機にそんな軌道は不可能だ。フェストゥムであるがゆえの超常現象……だが、その程度はできるだろうと思っていた。
他の無数の銃弾は一部当たっているように見える。だが、真の意味では当たってはいない。
威力が弱すぎる。そして、狙ってもいない。コアを壊さない限りいくらでも修復可能――それでもノータイムとはいかないが、しかしこの程度のダメージであれば喰らった瞬間に傷を埋められる。当っていないと同じことだ。
更に言えば、珠瀬の撃つ弾はスナイパー用の威力重視のものではあるがコアを貫けるかは大いに疑問である。だが、信じることが大切だ。なぜなら、相手は貫くことができると言う思いすら読めてしまうのだから。
敵はかわしたところで止まっている。白銀たちの考えを読んでいるのか。もっとも、人数が多いから手間取っているなんて考えるのは甘すぎるのだけど。
「第一段階、完了。高速飛行物体の突破力は殺した。――次は!」
陣形を組み替える。中衛に珠瀬に伊隅、後衛には白銀、他はすべて前衛で弾幕を張ると言う陣形だった。今度はその前衛のうち三人がブースターに火を入れる。
「早瀬水月」
「御剣冥夜」
「彩嶺慧」
「「「行くぞ!」」」
即席の、しかし見るものをうならせるほどのコンビネーション。部隊の斜め横の位置で止まっている敵に対して前と左右――三方向から同時に畳みかける。
だが、速度が違いすぎる。例えスピードが0からであろうと、シーモータル型は戦術機などよりもよほど早く動けるのだ。
「――御剣!」
伊隅が鋭く叫んだ。その声で自分が狙われていることに気付く。即座に飛び退く。――いや、飛びのこうとした。新しくなった機体制御システムXM3により、反応速度は飛躍的に上がった。
そのおかげで大地を蹴ることができた。ブースターを付加して移動方向をずらすことができた。もっともそれは――全身を削り取られるか、なくすのが下半身だけで済むかの違いしか生まない。生じる違いはせめて遺体を残すことができるか否かというもので、それは端的な絶望だった。
「……そこ」
珠瀬が撃った。その銃弾をよけるためにシーモータル型は斜め方向にかしぎ――戦術機の右足が叩き斬られた。シーモータル型の翼は刀ではない。切れ味などないに等しい。だが、速度と力でもって潰すように切断してしまう。
「ぐぅ……!」
だが、本人の五体がそろっているだけでも行幸だ。戦術機はファフナーと異なり、脚を無くしたところで痛くない。まあ、もっともあんな切断の仕方をされては衝撃もかなりのものになるだろうけど。それでも、生きている。こうして意識を保つことができている。
「バランスが――」
しかし、もはや動くのも一苦労というのは変わらない。右足という重りを失ったことで重心のバランスが狂った。受け身が取れない。
そして、そんな状態で前線になど出ていては――
「御剣、下がれ! 代わりは涼宮少尉」
だから、とりあえずブースターを吹かせて後方に体を持っていくしかない。地震の着弾地点を確認、覚悟を決めようとして。
「……っ! ブースト吹かせェ――!」
白銀が叫んだ。怒鳴られた御剣は反射的にブーストのスイッチを力いっぱい押してしまう。着地どころか、次の動きすらまともにできないような滅茶苦茶な動きだ。
だが、それが命を救った。
ぐわん、とコクピットがあった場所に黒い球体が現れる。なりふり構わぬ回避がなければねじ切られていた。
それでも、腕までもぎとられて墜落する。幸運だったのは、ブースターがフェストゥムから離れる方向に向いていたことだ。いくらパイロットスーツを着てはいても、衝撃で気絶する。
「おおお!」
早瀬が動いた。もたもたしていてはワームスフィア攻撃でつぶされる。怒涛の連撃を畳みかけなければ、じり貧だと理解している。そこまで理解しているのはA-01連隊の中でも数人だが、先輩陣は理解している。死んでないなら、問題はない。
「鎧衣、宗像――撃てえ!」
伊隅は指示を下す。
追いすがった早瀬がナイフを突き立てようとする。そして、彩峰は長刀を振りかぶって、追撃の構えを取る。さらに、間を縫っての――どころか、多少の誤射は覚悟の上での弾幕。
シーモータル型はかわさなかった。かわす必要がない……はたから見れば全く効いていないし。実際、傷を負った瞬間には回復しているのだから同じことともいえる。
「はああああ!」
彩峰の狙い澄ました一刀……もっとも、彼女にコアの位置など分かるはずがないから見当外れのところだったのだけど。そして、その刃は半分ほど埋まった。
「このまま切り裂いて――いや、これは!?」
動かない。気付けば、涼宮の持っていたナイフも動かない。接着剤でくっつけられたようだ。ヤバイ、と即座に理解し反応できたのは早瀬だけだった。
一瞬の判断で離れる。ナイフが、そして刀が結晶化される。同化現象だ。
「なんだ、これは――っ!?」
彩峰は逃げ遅れた。戦闘に関するカンといったものが不足している。いくらセンスがあろうが、こういうのは経験だ。
「彩峰、離れろ!」
ゆえに、皆が彼女の死を幻視して。
「離れられない。腕が動かない――」
恐怖に満ちた声が皆の耳を打った。
「くっ――」
「すまん、我慢しろよ――彩峰!」
白銀が腕を撃ちぬいた。平静を失った彩峰はそのまま倒れた。だが、戦術機の中だから死にはしない。
「涼宮、下がれ! 全員、120mmに変えろ。鎧衣、宗像、さらに風間、涼宮は陣形を組みなおせ――十字砲火だ!」
「伊隅大尉……っ!」
さらに自分も砲撃を開始する。これまでの戦闘、かろうじて死者は出ていない。しかし、それは単に運が良かったから――そして、必死に仲間を守りあっていたからだ。つまるところ、実際の戦闘としてA-01はシーモータル型に全くといっていいほど敵わない。
「――あ」
「え?」
「なにか……が……」
「聞こえる」
ざわざわと、何かが心に入り込んでくる。全員が感じている――いや、気絶している者には届いていない。
白銀も例外ではない。
その“声”がはっきりと聞こえるようになる。どんどん……妙にはっきり聞こええるようになる。それは空気を介さない、心よりも原始的な何かを侵すような――
【あなたは、そこにいますか?】
「ひ――」
誰かが押し殺した悲鳴を漏らした。怖い、という思いだけが増幅していく。動けない。
がく、と膝をついた。もう止まらない。皆が倒れていく。彼女らは運命を変える
「――おおおおおお!」
いや、一人だけ膝をつかなかった者が居る。
「諦めない。何度死のうと、何度繰り返そうとも――倒すと誓った敵がいる。守りたい仲間がいるんだ。こんなところで……負けられるかよ!」
飛び出した。しかし、その迫力とは裏腹にシーモータル型を全く傷つけることさえもできていない。
どころか――
意も介さずにコクピット狙いの突撃を敢行する。
「やられない……こんなところでやられるわけにはいかないんだよ!」
フェストゥムは心を読む。だから、その攻撃はかわせない。避けようとしたなら、その思考を読んで避けようとした場所に攻撃すればいいだけなのだから。
機動力の差があれば2段階の回避……避けようとした場所への攻撃をさらに回避すればいい。けれど、忘れてはならないのが戦術機とフェストゥムの能力差。あらゆる能力において決定的に劣っている。
「お前らほどの力がなくったって、経験がある」
だから、心を読まれた上での回避を。いくつものパターンの回避を即座に思い浮かべつつ、更にその先のパターンを模索する。
あみだ状に広がるその思考を理解し切ることはフェストゥムには不可能。何十通りものパターンを読み切れずに右往左往してしまう。
「人間を――
動きが止まったシーモータル型に弾丸が尽きるほどに攻撃を叩き込む。120mmは装弾数が少ない……そして、それでは外殻を打ち破ることすらできなかった。
36mmに切り替え撃ちまくる。120mmで撃ちぬけなかったのだから無理だと分かりそうなものだが――
「オオオオ!」
今の白銀にはそんな当然の区別などついていない。とてつもないレベルで頭を動かしているから、逆に誰でもわかるようなことが分からない。だからこそ、それは通じる。白銀がそれを銀の弾丸と信じているからこそ、逆説的に敵に通じるようになる。
攻撃を受けているうちに――それには数十秒ほどかかったが、シーモータル型は冷静を取り戻す。相手がよくわからないから、適当にワームスフィアを放つ。
だが――
「ギギギ――るぅおああああああ!」
かわす。かわすかわすかわす。超人的な動きと、脳を酷使して戦術支援コンピュータ並みの並列思考でもってフェストゥムの脅威をはねのけ続ける。
「ガガガ……うぎぎ……イイイイイ!?」
頭が暴走する。オーバーヒートしたまま、さらに全力を超えて回し続ける。
そうでもしなければ、戦術機がフェストゥムに敵う道理などない。だが――
「――ぎゅが!?」
ばらまかれたワームスフィアに腕を喰われた。戦闘機は飛ぶのではなく、跳ぶ――つまりはジャンプだ。トラップを設置されると極端に動きが制限される。
腕が消えたことによってバランスが崩れる。もはや機体は制御不能。重りを失って機動がブレた戦術機は繊細な操作を受け付けない。ブースターを吹かすことはできるが……心を読む敵には意味がない。
打つ手がないことを理解して、心が止まり。
シーモータル型は消し飛んだ。――意味が分からない。とは思ったが、多分あの人たちなんだろうとおもって意識を手放した。
「――状況終了」
「中々、遠見みたいにうまくはできないな」
「当然だ。彼女は天賦の才を持っている。さらに溝口さんの弟子でもあるんだから――そうそう敵うわけがないさ」
「お前の助けがあっても、か?」
「そうだ。同化して敵の動きの予測や弾道の微調整は僕が引き受けたが、今回の標的はあまり動いてもいなかった」
「ああ、あいつか。シーモータル型と戦っていた奴、香月副指令と一緒にいた……」
「白銀武か。彼がいなかったら倒すのにもう2,3発必要だったかもしれない」
「助かった、な」
「ああ。だが――」
「助けが必要だな」
「もしかしたら基地まで帰れるかもしれんぞ。明らかに僕たちは力を使いすぎた。しかし、命を失ってはいない」
「お前でも冗談言うんだな」
「……基地に帰ったら検査だ。一騎」
「よろしく頼む、皆城先生」
終わった。と誰もが思った。
しかし――忘れてはならない。
竜宮島の察知能力はウルドの泉によるものだ。そして、それは――皆城鞘がミールに同化され、変化したもの。
人間とフェストゥムの要素が複雑に絡み合って存在している。
つまり、フェストゥムの力とは言えないし、人間の力でもない。あえていうなら二つの要素が絡まり合い発展したモノ。
よって、彼らの索敵とはあくまで目視である。“感じる”こともあるが、それは決して信頼に足るものではない。
距離が近ければ同化を使えたかもしれないが――そんなことは言っても無駄だろう。奴らとは狙撃に対応できないほどに遠い距離を隔てていたのだから。
だから、皆が終わったと思った。それは、単にそう思ったということでしかない。それをわかるのはただ一人きり。
冷たい目で全てを見下ろす総士だけだった。
長い間強襲編に付き合っていただきありがとうございました。これで”アザゼル型”の物語は終了です。
5話、訳25000字もかかりました。書きあがるまで1か月半。おそらく、薄い冊子の半分くらいの文量でしょうか。
戦闘描写が多い回を書き通しでしたので、戦闘描写について何か感想をくれると嬉しいです。
しばらくは会話パートです。これからもよろしくお願いします。