「――化け物が!」
「ひぃぃ……来るな――来るな!」
「うわあああああ」
せまってくるものは戦術機よりも小さい――数も、3機しかいないこちらよりは上であるもののBETAに比べればなんてことない数だ。まあ、たったの10なんて口が裂けても言えないが。
そして、相手しているのは雑魚だ。親玉は――もちろん親玉の親玉は一騎、総士と戦闘中であるのだが、そいつらはここにはいない。他のところを狙っているのか、単に移動速度が遅いのか――とにもかくにもそいつらの親玉は彼らの視界には存在しなかった。
「このこのこのこの……!」
「なんで――なんで当たらないんだよう!?」
「やめ……やめて――」
戦意を失った一機は尻もちをついている。残る二機は応戦しているのだが――いや、当たらないと言うのは間違っている。正しくは、当たっているのに無効化されている、だ。ワームスフィア現象を着弾地点に発生させて銃弾を消し飛ばしている。通常の攻撃ではないため、火炎放射器だろうが爆弾の衝撃だろうが無効化できる。
――打つ手がない。
いや、もう彼らには手段を考えることすらできないだろう。銃を取り落してしまった彼はもとより、他の二人だってパニック状態だ。その中でも銃撃を続けていることは称賛に値するが……その頭の中は恐怖でいっぱいになっている。弾道が酷くぶれている。とても、逆転の方策を考えられるような精神状態ではない。
そも、あの程度の相手だったら弾幕を一体に集中させたら斃せる芽もあったのに。
「ひぃ――。うわわわわ」
だから、もっとも警戒しなければならない仲間のパニックにも気を払えない。実は衛士が死ぬ要員の中で最も高いのが錯乱した仲間に隊列を崩されてBETA群に飲み込まれてしまったことによるものだ。
まさに、現状のことだった。いや、誤射していないだけ幸いなのだろう。まあ、もっとも――ここにとどまっているのは……前線を後退させながら遅滞戦闘という命令を無視しているのは彼が遠因と言える。パニックになったからと言って、そう簡単には見捨てられないものだ。だからこそ、あきれ果てるほど死んだし、これからも死ぬだろう――戦う限り。
「ぐぐぐ。このままでは……!」
「どうしろっつんだよ……? あんな奴相手にどう戦えっていうんだよォ!」
絶望が覆っていく。もう、無理だ――目は虚ろになり、狙いは逸れてきた。自決でもしそうな雰囲気だ。だが――
奇跡が起こる。
「ひゃぃわああああああ!?」
錯乱してぶんぶんと振った手足が、偶然仲間に当たった。まあ、エレメントを組んでいる距離なら普通に当る。そして、それは対BETA戦であったら死を意味していただろう。
しかし、これはフェストゥムとの戦闘だ。
仲間に足を蹴り飛ばされた戦術機の銃は引き金を引かれたまま暴発する。狙いとは関係ないところに弾が飛ぶ――それが奇跡だった。心を読んで対応するフェストゥムには、本人さえ予測することのできない攻撃を無効化することができなかった。
3体のフェストゥムが黒い球体とともに消滅した。それは小さく、戦術機には傷を付けることもない。
「やった――!」
立っていた一人が快哉を叫んだ。そして、その声はすぐに絶望に変わることとなった。
「――あ」
取り付かれた。
「うわ!?」
手を無意識に顔の前に持ってこようとして――できないことに気付く。
「……ひぃ!?」
手に結晶のようなものができて、操縦桿に張り付いていた。そして、ぎちぎちと、コクピット内に結晶が生え出す。
「うわ……あああ――あ?」
わけのわからぬ状況に恐怖し、自分の身体がどうなるのかと怯え――そして、恐怖や怯えなどもろもろの感情が薄れていく。そして、そのことが怖くなくなっていく自分に怖くなり、それすらも消えていく。
「ああ――俺は……なにをしようとしてたんだ?」
それを見た残りの二人はそれぞれの行動をとった。
一人は、無駄なあがき。いくら狂乱しようが、狙っている限りフェストムに打撃を与えることはできない。同化され……消える。
そして、最後の一人はハンドガンで自らの頭を撃ちぬくことを選んだ。
「おおお!」
ニヒトが背丈よりも大きい漆黒の球体を生み出す。
「あああ!」
ザインがルガーランスを狙撃銃のように構える。
「――いいな、一騎。助けに行くのはコイツを倒してからだ!」
「――わかってる! すぐに倒す」
ザインがルガーランスから光線を発射する。それは幾多の光条に分かれ、牢獄を形成する。そして、ザインの投げた球体が牢獄ごとアザゼル型を飲み込んだ。
横から来た狙撃をちらりとも見ずにザインが弾く。
「――総士。あれ」
「ああ、スカラベ型の狙撃は間隔が一定だな。どうやらチャンスを待つことはできても、動き出したら止まらないらしい」
「倒すか?」
「遠いな。アザゼル型を逃がすわけにはいかない」
「それに、一人じゃ厳しいか?」
「ああ。捕まったら終わりだ」
「なら――」
「スカラベ型は無視していい。アザゼル型をすべてに優先して排除する!」
「了解!」
話してはいても、目はずっと前を向いていた、あの程度でアザゼル型を倒せるとは思っていない。わずかでも、ダメージを受けていてくれれば……と思う。
アザゼル型は人馬一体の突進力を使ってとてつもない速度で突進してくる。その姿には傷も一片の曇りもない。
「……おお!」
目はファフナーと同一化しているから何m先でも見えるし、ズームもお手の物だが、反射神経だけはこれはファフナー側をどうこうして解決はできない。
だが、元から反射神経が人間離れしているなら話は別となる。見切った。
コアがあると思われる場所――人であったら心臓があるところにルガーランスをカウンターで突き立てる。
「……一騎ィ!」
少し離れた位置にいたからワームスフィア攻撃で援護しようとして――止まった。一騎の戸惑いがダイレクトに伝わってきたからだ。
「……手ごたえが――ない!?」
影か。そう口の中で呟いたときには一騎の後ろにアザゼル型が出現していた。
「――ぬぐ……おお!」
わけのわからないことを叫びながら全力で体を駆動する。体を回転させる。受け流すのではない――攻撃に合わせてそれ以上のスピードで回転する。アザゼル型の腕が数瞬前までザインの方があった場所を通過する。回転の勢いは無駄にしない。そのままつかんでいたルガーランスでアザゼル型の首を斬り飛ばした。
「――っこれも!?」
すぐに消える。こいつも影だ。なんて用心深い。しかし、影とはいっても攻撃はしてくる。本体よりも数段力は劣るとはいえ、攻撃力で言えばザインやニヒトを倒せる。無視するわけにはいかない。
そして、5体のアザゼル型に囲まれた。
「本物はどれだ!?」
わずかに周囲の空間と同化する。全方位に飛ばした故に攻撃と呼べるほど威力はないが、偽物を見破るだけなら簡単だ。見破れない奴こそが本物なのだから。しかし――
「本物が――いないだと?」
しょせん雑魚は雑魚――ならば同化してしまえばいい。と、一瞬で5体すべてを同化し、それらは結晶のように砕け散った。
一騎は周囲を警戒し、そして総士もまた“どこから一騎を狙うのか”と思ってしまった。総士は頭がいい。だが、策をめぐらせた戦闘というのは適正以前に経験が少なすぎる。そう――言ってしまえば、『まさかフェストゥムがここまで高度な戦術を学習するなんて』ということになるになるのだろう。策士策にはまる……反射的に“考えて”しまったことが敗因と言えるだろう。
ニヒトは後ろに出現したアザゼル型への対応が一瞬遅れ、心臓を貫かれた。
「……がはっ」
血を吐いた。しょせんは機体が破壊されただけ、とは言えない。早い話がその性質上、パイロットは激痛によるショック死は免れない。
それに、パイロットは機体と同化を通して同じモノになっている。ゆえに、機体が殺されれば、それはパイロットの死を意味する。外傷が刻まれるわけではない。それは精神の死だ。
「――総士ィィィィィ!」
ルガーランスを投げる。アザゼル型は軽快な動きでかわす。あざ笑うように一騎を見ている――
「貴様ァ!」
組みついた。わずかに一騎が押している。だが。
「――うわあああああ!?」
突如生えた3本目、4本目の手に両の腕を握りつぶされた。
そして、力任せに顔を殴り――ザインの頭は胴体から離れて一直線に飛ぶ。残った身体はガシャンと音を立てて崩れ落ちた。
アザゼル型は快哉を叫ぶ。
「「おおお!」」
再生する。ザインとニヒトが結晶を生やし、砕け散ると再生が終わっている。アザゼル型は一瞬だけ呆けたように動きが止まる。そこを――二人は逃さない。
驚いた? そんなものではないし、その複雑な感情は人を理解しかけたあいまいな心でもとてもではないが一言では言い表せない。だって、殺したと思ったのだ。憎いやつをこの手で仕留めたと思ったのだ。
フェストゥムはいつも恐怖している。死にたくない。シニタクナイシニタクナイシニタクナイ――! だからこそ、簡単に生き返るなど認められないし信じたくない。
ああ、この人間ドモはなんて、なんてなんてなんて……理不尽なのだろう。
「――総士!」
「一騎!」
一言だけで通じ合う。ニヒトは空間転移であらぬ方向へ飛ばされたルガーランスを拾い、投げる。さらにアザゼル型がそれを認識したところでさらに転移――投げたルガーランスを空中でつかんでそれごと再転移。投げた勢いから更にパワーをプラスしてアザゼル型の真後ろから射出する。
「……!」
だが――アザゼル型はそれにすら反応する。ニヒトの転移はつまるところアザゼル型の使う力と同一……ならば、転移してくるところはわかる。
回避して、ニヒトに飛びかかろうとして――
「はあ!」
高速で射出されたルガーランスを掴んだザインに気付いた。本来のザインならばそれを掴めば、むしろ指が無事で済まない。衝撃に耐えられずにちぎれる。だが、そうはならない。――強化されているから。
力だけではない。以前までのザインであれば超高速で飛翔する物体を掴むことは不可能だ。そして、ニヒトにルガーランスごと転移する能力などなかったことは言うまでもない。
ぐるりと穂先を回して叩きつけた。
「ギィ……オオオオオオオオオオ!」
耳障りな音を立てる。アザゼル型は対話を放棄した存在――言葉を理解しない。アザゼル型であった存在はそれを獲得した。だが今は名残として“叫ぶ”だけだ。相手の言葉を知ろうとはしない。理解させようとも思わない。
だが、それは人に恐怖を与えるのは十分だ。そして、一騎と総士は恐怖を感じなどしなかった。
「突き刺せ!」
叫んだ。
「おおおおお!」
気合を入れる。――ザインは同化能力で一騎の支配下に置かれている。気合を入れれば実際に威力が上がるのだ。もっとも、同化深度を深める――それは同時に同化症状の悪化も意味する。気合を入れるとはそういう意味でもある。
「るぅオオオオオオオオオオ」
苦痛に叫んでいるのか――いや、それにあるのは憎しみだ。痛みを理解しても、いや理解したからこそ苦痛というのは憎悪の燃料に過ぎなくなる。フェストゥムはコアを砕かない限り死なない。
「ぐぐぐ……」
力の限り押し込める。自らの身体からパキパキと何かが砕ける音がする――しかし、それがどうした! 総士、お前と一緒ならなんだってできるさ。胸の中で呟いて、それはクロッシングを通して総士にも伝わったがさらに力を込める。
「やれ。一騎ィィィ!」
転移。ザインの腕を掴んでルガーランスをさらにねじりこむと同時に同化して力そのものを底上げする。それは命を削る。だが、使うべき時に使うことを惜しんだりはしない。
ゆえに全力。
「「いけえええええ!」」
穂先が潜り込んだ。ルガーランスは元々外殻を突き刺して内側から傷跡を広げてコアを直接砲撃するもの――本来の使用法である。
轟、と核融合プラズマ……強化されすぎていてもはや原形をとどめてはいないそれが放たれた。かすってすらいないのに余波でスカラベ型が消滅する。余波でこれだ――いくらアザゼル型であろうと消滅する。
……そう、砲撃を受けた部分だけは。
「「「オオオオオオオ!」」」
残った下半身の断面にギョロギョロと顔が生まれ、何重にも声が重なる。悲痛に叫ぶ。
「馬鹿な――コアを偽装していたと言うのか!?」
「いや……確かに消滅させた。コアを分裂させていたんだ」
「なんだと!」
「総士! 今のコイツの力は半減している。今のうちに――」
アザゼル型は瞬時に再生。4脚がしっかりと地面を踏みしめ、悪魔的な膂力を発揮する。
「「――っぐ!」」
ザインニヒト同時に腹にフックを喰らわされた。ベキベキと内臓が――ファフナーの内臓機関だが、砕かれつつ吹き飛ばされる。
「……チィ!」
チャクラム状のワームスフィアを瞬時に100単位で生成、叩きようとして――すぐ目の前にアザゼル型が居るのに気付く。
「――総士!」
一騎が血を吐きながらニヒトを回収する。人間であればブラックアウトを起こす速度での退避。から再生。
「一騎。……投げろ!」
総士の意図を即座に察した一騎はニヒトを投球フォームで、同化してから投げつける。超高速の槍と化して飛翔するニヒト……しかしアザゼル型はぎょろりと無数の瞳でもってにらみつける。
「負けるものか!」
殴りつけた。大地が陥没するほどの衝撃――だがアザゼル型にダメージを受けた様子はない。先ほどからずっと苦痛に呻いているようではあるが……
「僕の攻撃が、この程度とでも思ったか!?」
羽に吊るされたワイヤーで己ごと拘束する。そして、先ほど生み出したワームスフィアはまだ生きている。
「無数の刃に切り刻まれろ」
どすどすどす、と突き刺さる。総士とニヒトもろともに。
「ぎぃオオオオオオオ!」
叫んだ。よし、順調にダメージを与えている。と総士はほくそ笑む。自分の身体が切り裂かれていることは気にしない。
「やれ! 止めを刺せ、一騎」
「おお!」
ニヒトは背中を向けている。そこに向かって躊躇なくルガーランスを突き立てる。
「ぐぅ……貴様とて、何度も分裂などという奇策は使えまい。次で終わり……」
「まずい。やめろ!」
ザインが串刺しとなったニヒトを蹴り飛ばす。
「……かず――っ!?」
驚いて、そして目の前の光景に言葉を失う。炎が内側に爆発していた。炎の壁が収縮する。
「一騎!?」
熱はこちらまで伝わってこない。それが、逆にマズイ。
爆発とは本来、拡散するものだ。解放された空間と密閉空間での爆発は全く違う。今までのは、ただ暴威を振りまくだけだった。
しかし、これは――内側に収縮していき、無限に熱量が高まっている。威力は、文字通り天と地の差である。
けれど総士だって絶望的な状況は何度も経験していた。状況を一瞬で把握し、指示を送る。
「……耐えるな!」
「――」
こくり、とうなづいて――ほとんど炭化したままかろうじて死の淵にとどまっていた一騎は一瞬で完全に炭化、燃え滓すら残らずに燃やし尽くされた。
「その力……!」
総士は相手の使う力を理解した。簡単なことだったのだ――自分も一騎も死に物狂いで戦っていた。だから。
「貴様も、命を犠牲にしているのか。だが、しかし――」
燃料の残りで言えば、僕らが不利か。と唇をかみしめ。
「勝つのは僕達だ!」
憎しみの籠った目を向けるアザゼル型に突進する。額と額がくっつくほどに距離を縮めて手と手で組み合って押し合う。――握り潰した。
「オオオオオオ!」
雄叫び……それとも苦しみか。もう二本の手を生み出してニヒトの頭をお返しと言わんばかりに握りつぶそうとして。
伸ばしたその手はルガーランスに切断される。
一騎が死んだその地点に結晶が生えている。そこから腕と腕を切断したそのルガーランスが握られている手が生えている。
ルガーランスを地に突き立て、ずるりと引き出すように残りの身体も生えてくる。
「ああ、また死んでたか」
呟いた。
「……一騎」
「わかってる。やるさ」
敵も味方もみな、命を懸けてのチキンレースをしている。自分の命が燃え尽きるより早く、敵を――
アザゼル型がニヒトを殴る。
ニヒトが殴り返した。
吹き飛んだ胸部は同時に再生する。
ザインがルガーランスを突き立てる。
アザゼル型が槍状に変形させた触手で貫く。
――再生。
アザゼル型が二人の足を踏みつぶした。
二つの拳がアザゼル型の頭を胴体まで陥没させた。
破壊と再生を飽き果てるほどに繰り返す。本人たちにとっては無限にも感じる時間だったが、実際はそれほどの時間は経過しない。1秒で2回は応酬を繰り返している。決着は1分もかからなかった。
「お前の負けだ」
「生きていたかったのか。……お前は?」
憎しみは薄まらない。むしろ限界などないといわんばかりに、後から後からあふれてくる。しかし、こいつは最期の一瞬に命を惜しんだのかもしれない。
なぜなら最後の一瞬、わずかに力が弱まったから。
「オオオオオオオ!」
四肢も胴体も破壊しつくされて、半ペースト状になっても触手を生やして抵抗する。最期の悪あがきもまた、哀れなほどに弱々しくて――
「そうだな。きっと、誰もが生きていたいんだ」
ルガーランスにコアを貫かれて消滅した。
ちなみに、最初に出てきた衛士A,B,Cは雑魚です。名前すら付けてもらえないレベルのモブです。
フェストゥム強襲編も次で最後です。応援よろしくお願いします。