Muv-Luv×ファフナー   作:Red_stone

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第10話 強襲(3)

伊隅は香月との会話を思い出す。

「――ああ、伊隅。命令よ、どんな手を使っても白銀を生かして返しなさい」

ふざけた様子はない。であれば、正規の命令だろう。裏の指令も正規と呼ぶなら、だけれど。

「彼はそこまで重要な人物なのですか?」

「なに? 気になるのかしら」

ニヤニヤと何かを邪推するような視線を向ける。こういう視線は正直、嫌いだ――顔に出しはしないけど。無礼とか以前に、面白がられるのが癪に障る。

「いえ。しかし、お言葉を返すようですが……彼を失いたくないとおっしゃるのであれば――」

「出撃させない方がいい? そんなことはわかってるのよ。あんた、ひょっとして馬鹿にしてるの?」

少しムッとしている。かわいいものだな、と思いながらも命令自体は洒落ではない。そもそも、戦場でただ一人を守れと言うのははっきり無茶である。どんなことが起こるのかわからないのが戦場だが、事態がどう推移しようとこなさなくてはならないのが命令だから。

「滅相もありません。しかし、命令の内容がよくわからないと申しますか……その、頭が悪くて申し訳ありません」

だからこそ、命令の内容はしっかり聞きたかった。なぜ、そんな命令が下されるのか知りようがなければ命令の遂行に疑問が残る。それでもやれと言われればやるが、情報の催促くらいはする。自分はどんな命令でもこなせると、盲信しているわけではないのだから。

「いや、あんたの頭は良いわよ。ただ、全部を説明するわけにもいかないのよね。ああ、別に戦術機を守れと言ってるわけじゃない。あれはいくらでも取り返しが効く。必要なのは白銀の頭よ。いや、人間の技術じゃ頭だけじゃ生かしとけないから胴体もか。とにかく、生きた白銀の頭と胴体をこの基地へ返しなさい。――例え、白銀以外のA-01が誰ひとり残らなかったとしても」

そして、彼女は事実と命令を淡々と告げる。彼女が優秀なのも本当のことで、別におべっかを使っているわけでないし、香月という人間はそんなことをしない。そして、容赦というものも存在しない。

静かな目は異論を許さない。“やれ”と、それだけ言っている。

「了解しました。白銀を生かして返します」

戦場に参加はさせるが、生かしておきたい――ようはそういうことなのだろう。まあ、無茶だがやるしかないか。そも、部隊全員生かして帰るというのは、いつも出撃前に誓っている。だから、いつもと変わらない。

わけはないだろうが、気持ちの問題だ。強いて、いつもそうして命令を受けるように頭を下げた。

「あいつはまだ必要なのよ。けど、あんたの代わりを見つけるのはしんどそうだから、死なないでくれると手間が省ける」

薄情な口調だ。だが、そんなでも伊隅は香月が心配していることを知っている。彼女はやるべきことを足るため、己のことを強烈に律しているのだ。

「――ふ。死にませんよ。こんなところで死んだら、死んだ部下たちに地獄から追い返されてしまいます」

だから、微笑する。

「そ。大変ね、あなたも。ま、地獄にはもう少しばかり待ちぼうけしてもらいましょう」

くく、と苦笑する。

「はい。あちらはあちらで大混雑しているでしょうから」

「――頼んだわ」

そこで会話は終わった。

 

 

 

やはり、白銀はⅣにかなり深いところまで関わっている。Ⅳ直属部隊とすら言えるA-01の部隊長などよりもよほど――とそこまで考え、頭を振ってその考えを捨てる。

香月副指令のことを探る必要はない。忠実な犬であればいい――今は、白銀を、そしてA-01を生かすために頭を回転させなければならない。

「……白銀。何か考えはあるか? あの速く、考えを読む相手に対して」

「速さに関しては――こちらの土俵に引き込むしかないと思います。まず突撃のエネルギーをなんとかする必要がある。それには弾幕を張って衝突のエネルギーを殺す。……できるか、たま?」

「ええ!? 私――」

ぴょこん、と猫耳が立った。

「心を読める相手には当てられない。けれど、かわすために一瞬速度がゼロになるはずだ。だから、逆説的に絶対に当てられる人間じゃないとかわさせることができない。俺が知ってる中で、それができるのはたまだけだ」

断言した。当の珠瀬よりも自信に満ちている。

「――わかった。白銀さんがそこまで言ってくれるなら、私……やります!」

「ありがとう。心を読まれることですが、これは二通りの方法しか考え付きません。肉薄して反射神経で動くか、心を読んでしまうことを弱点にするか、です」

「肉薄して――ね。めちゃくちゃなこと言ってくれんじゃない、白銀ェ」

からむように言ってくる。だが、その顔は“やってやろうじゃない”と書いてあった。

「嬉しそうな顔してる戦闘狂な早瀬は置いておいて。心を読むのを弱点に、ってどういう意味かしら?」

「あいつはコアを壊さなきゃ死なないらしい。詳しいことは聞いてないけど、たぶん位置なんかについては固体差があるんじゃないかな。だから、徹底的に破壊しつくす必要があります。ですが、心が読めるならそこだけは守るはずです」

「――なるほど。よく思いつくものだ。急所を狙われたら回避せざるを得ない……それも、最優先でやるから見てわかりやすい。多対一でしか通用しない作戦だろうが」

こくり、とうなづいた。よくもまあ――と感心している。

「今回の敵は一体です。けど、いくら数的優位があろうともあの速さは脅威です。直線での速さは実際の戦闘では意味がありませんが……アレで機動性が低いと言うのはさすがに考えづらいです」

「そうだな。お前のような変態機動とまでは逝かなくても、通常の戦闘機とは別と考えるべきだろう。――そもそも、レーダーに全く映らない戦闘機はあり得ない」

アンノウン、正体不明と言っても不明すぎるだろう――とでも言いたげに肩をすくめてみせる。

「そうですね。じっくりと追い詰めるしかないように思います。攻撃は全てかわすように言われていますが、頭で考えるよりも反射神経でかわした方がいいと思います。……途中で攻撃の機動をねじまげかねないので」

「……そういうのもあるのか。つくづく、よく思いつくものだな。感心するよ」

「――いえ」

漫画では心を読む敵ってけっこう定番だけど、この世界にはそういう娯楽がないからなぁ、などと思う。こういう敵を想像の上だけでも相手したことがあるのは自分だけなんだ、と自覚してますますやる気になる。

「よし。お前は下がって指示を出せ。どう考えても、お前の頭の方が柔らかい。貴様の指示のもとの方が我がウヴァルキリーズが生き残る確率は上がるだろう」

「――え。でも、そんな……」

と思ったら、予想外の指示が来た。はたから見てわかるほどにがっくりきてしまう。

「お前の意見は聞かん。全員、異論はないな?」

「「「はい」」」

と、全員一致で決まった。

「――ま、そんなわけで見てなさい。それと、私たちが死ぬかもとか考えてんじゃないわよ。さっさと戻って訓練して、あんたに勝てるようにするんだから」

「早瀬中尉……」

苦笑してしまう。

「大丈夫です! 私が皆を守って見せます」

「たま」

すっかりたくましくなったな、などと思って。

「案ずるな、白銀。我々は――勝つ!」

「冥夜……」

苦笑する。

「では――作戦を開始する!」

応、と13人の声が合わさった。

 

 

 

「――憎い」

ぶつぶつと、拘束された少女が呟いている。

「殺す。……コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

ひたすらに物騒なことを口にし続ける少女。しかし、その顔は殺意に彩られるわけでもなく、完全な無表情だ。魂の抜けた、というより電源が入っていない、と言った方が正確に状況を表している。ポーカーフェイスというにはあまりにも人形的に過ぎる。……まばたきすらしていない。

ただ、口だけが壊れたスピーカーのように動いている。

「……鑑さん」

それを見守るのは、拘束された彼女よりももっと幼い女の子。まるで、苦しみを肩代わりするように顔をゆがめている。

「にん……げん! べー……た? 許さない!」

「その感情は――鑑さんのものではありません。囚われないで――うぐっ!」

身体をちぢこませて座り込んでしまう。

(感応した憎しみに支配されてる。まだ鑑さんの感情は復活していない。そこに、強い感情に当てられてしまったら“それ”と同じものになる。――ここに白銀さんはいない。だから、私が何とかしなきゃ……!)

よろよろと立ち上がる。社は鑑純夏に比べれば低い感応能力しか持たない。それでも、この感情は強すぎる。たとえ、又聞きに過ぎなくても怖いし、痛い。

耳が悪くても大音量で音楽を流されれば、そりゃ耳が痛くなるし頭だって痛くなる。社でさえそうなのだから、耳の良い純夏の苦しみはどれほどのものか――感応能力で見えてしまう。

「あなたはフェストゥムじゃない……!」

純夏の腕のあたりからきぃきぃ、ぎちぎちと音が鳴る。拘束帯が悲鳴を上げている。純夏は00ユニット――いわゆる人間の脳を電子頭脳にコピーされたロボットだ。出せる力は人間と変わらないが、自らをも壊しかねない全力……それはよく火事場の馬鹿力などと言われるが、彼女の上限は人間より上だ。

「が……ギギギギ」

拘束具であるのだから、それは当然拘束帯が切れるよりも先に骨が砕けるレベルの強度のものが用意されている。人間の全力ごときではびくともしないはずのそれが悲鳴を上げている……!

「――あなたは! あなたは……白銀さんとの思い出まで忘れるつもりですか!?」

叫んだ。社の叫ぶ姿など誰が想像しただろう。大人しい子なのだ。表情が希薄で、人形のように思われてしまうまでに。そんな彼女が、痛々しさまで感じるほどに必死で絶叫した。

「――」

わずかに、瞳を自分の方へ向けたと感じる。――チャンスは今しかない、と思うけれども何をしていいかわからない。

今まで、自分で考えて何かすることなどなかった。ここに来るまでは従順でいること以外を求められなかったし、香月は頭が良くて先回りしてくれるからやはり自分で考える必要などなかった。白銀との関わりだって、純夏の記憶のままに動いていただけだ。

だから、やっていたことをするしかなかった。ずっとやっていたこと――機械にされる前、脳髄だけだった彼女と言葉に依らないコミュニケーションを続けてきた。プロジェクションを使う。

(――負けないで)

言葉だけじゃない。むしろ、言葉というのは不正解だ。感情や想いを直接伝える、言語以上の情報をやりとりする。……それは、人がフェストゥムを“お話”するためのコミュニケーションと同一のものだった。

「ああ――あ……ああ」

暴れていた彼女の動きが小さくなる。効いた! と喜んで……その感情はすぐに心配へと変わる。ロボットだけあって純夏の身体は人間よりも繊細にできている。もっとも、世界でただ一つの00ユニットであるから、仕方のないことではあるのだが。前例がないだけに、どこが壊れやすいかもわからない。

とにかく、眠るように沈黙した純夏の身体を様々な機器を使って調べる。幼い少女でも社は技術者だから、チェックを手早くこなしている。最終的な判断は香月にゆだねることになるだろうが――

表面的には問題が片付き、やるべき仕事もできたことで気も晴れた。社はコンソールで素早く機械を操作していく。もくもく、もくもくと一言も聞かずにモニターの前に座っている。

早く良くなってくれるといいな、とただの幼子のように無邪気に思っている。




フェストゥム襲来編はまだ続きます。

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