英雄の機体が奇跡の槍を“それ”に突き刺す。
そして邪神のような機体が禍々しい羽を広げ、ワイヤーに着いた杭を突き立てる。
「コイツの情報を読む。5秒待て」
黒い機体を操縦するモノが言った。
身体に杭を突き立てられた――その美しく、そして邪悪なるものが身もだえる。
その生物とおぼしき悪魔は目も覚めるような金色をしている。
宇宙から来たもの。全てを無に帰すもの。祝福を与えるもの。――人類の敵。フェストゥム。
それは細い腕で祈るように天を仰ぎ――
超高温が出現した。
「「――っ!?」」
2体の機体は眼下の町がどろどろに溶ける灼熱地獄の中で、頓着することなく本分を果たす。
「コアの位置が判明……まずい!」
邪神を駆るモノがつぶやいた。
悪魔が火を噴いた。
インフェルノがその領域を拡大する。
白い英雄と黒い邪神は生きられても、そこは本来なら生命を否定する地獄。――いや。
「力を防御に使え。機体が無事でも、僕たちが保たない……!」
黒は防御に力を使う。しかし、白の機体の主は言うことを聞かなかった。
白が槍を突き立てる。熱に溶かされ中ほどまで崩れ、弾かれる。
「おおお……ッ!」
それでも長さが3分の1になったそれで殴りかかる。
「一騎ィ!」
悪魔が複数の球体を生み出し、白に向かって槍を射出する。
右腕と左足が破壊された。
「ぬおおおお……!」
黒が腕を掲げ漆黒の球体を生み出す。
漆黒は拡大し、悪魔はそれに炎の竜巻をぶつけた。
「どうしたニヒト。虚無の妄執がその程度かァ!」
押し負けられそうな漆黒の球体はその領域を急速に拡大する。
そして悪魔は何と――そこへ飛び込んだ。
「何を……?」
漆黒の球体――触れた物体をゼロ次元に向かって捩じ切るそれが逆回転を始めた。
無論、邪神に乗るものの意志でもなければ、それの意志でもない。
答えは一つ……球体の中でもがき苦しむ悪魔がその現象を引き起こしている。
「……む。これは――制御が!」
生み出した側で制御できない。乗っ取られている。
逆回転する漆黒の球体が鼓動する。
瞬時に拡大したそれに飲まれ――3つはそこからいなくなった。
「……指令! 異常な反応を確認」
「――何? 何が起こった……? 場所は?」
そこは横浜基地司令部。
安穏とした雰囲気の中にピリリと暗い雰囲気が陰る。
「重力異常が感知されました」
「重力異常? G弾の影響ではないのか」
「確かに弱い重力異常はG弾投下後からずっと残っていましたが――」
きっちりと軍服に身を包んでいる。隙が無いが……それはお役所的な意味合いでのそれであり、戦場のそれとは別だ。
そのお役所仕事的なそれでも、もちろん戦場のそれでもないふざけた雰囲気の女が許可なく入り、発言を引き継いだ。
「G弾落下直後の反応と酷似してるわね~。ってか、むしろこれ――逆回しね」
一人だけ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それも、状況を理解しているのが彼女だけなのだから仕方ない。
エネルギーを投入していないのだから、逆回しと言っても重力異常が強まるだけでまさか威力まで再現されることはあるまいと高をくくっている。
ようするに平和ボケしているのだ。
「蛇が出るか、鬼が出るか。怖いわね――無限の可能性と言うのは」
「は? 副指令には何が起こっているかわかるのですか……」
「――ふん」
彼女一人がわかっている。
何が起こるかわからない、ということを。
彼女の理論――因果律量子論ではこの状況を予測しているが、何が起きても不思議はないという結論が出ている。
そして――
「……きれい」
誰かがつぶやいた。
現れたのはとても美しい“もの”だった。
金色――天からの御使いと呼んでも良いほどの神々しさを持っている。
しかし、ケンタウルスのような4本脚に、細すぎる腕――形状だけを見るならば十分醜悪だ。顔も……なにやら憎しみにひきつっているような崩れた造形をしている。
あっけにとられたのは一瞬。
何かが現れた――それならすぐにBETAを疑う。
人類は今……BETA(人類に敵対的な地球外起源種)と戦っているのだから。
人類が相手しているのは醜悪なものだが、有機体のようなものを前にお気楽でいられるほど緊張感がないわけではない。
「目標――こちらに向かってきます」
「すぐに戦術機部隊を出して!」
最初に反応したのは司令ではなく、場違いな女……香月副指令である。
「しかし……相手が何かわからないことには。あれはBETAなのですか」
指令が戸惑ったように聞く。
「さあ――多分違うわね。金ぴかBETAなんて見たことないし」
「香月副指令にもわからないことはあるのですね」
「そりゃそうよ。私は神様じゃないしね」
「対応は戦術機に任せてよいのですか?」
「浮かんでるし、航空機は出さない方がいいんじゃないかしら。そこら辺は任せる。私は戦術畑の人間じゃないし、得意な人に任せるわ。ただ、全波長域で呼びかけておいてちょうだい。何か反応があるかもしれない」
「――なんと呼びかけるので?」
「“もしもし”でいいんじゃないかしら?」
「了解……っ!?」
「何か?」
「――先ほどと同じ反応が現れました!」
「また来るっての? 今度はどこのどいつよ」
「「おおお!」」
二体の人型が降りてきた。
目立つ損傷はない。
羽の生えた機体が羽の先の杭を突き刺す。
金色が赤く光り、灼熱地獄のフィールドを再形成する。
白い機体が槍を振りかざし――金色が手で受けた。
「一騎……敵のコアを亡ぼせェ!」
槍に結晶が生える。砕け散り――槍は手を貫通した。
敵の胸に突き刺し槍の刀身を上下に展開する。突き刺し、こじあけ、電磁砲で破壊するルガーランスの本来の使い方だ。
しかし、威力が足りない。展開しきらない。
黒い機体が白い機体の肩を持ち、結晶を生やす。
ただでさえ莫大なエネルギーがさらに強化され――
「こちら国連軍横浜基地! 応答願います! 繰り返す――応答願います!」
通信が届いた。
先ほどまでは強いエネルギーが荒れ狂っていたために電波障害で届かなかったものが、それ以上のエネルギーにより打ち消されて一瞬だけ届いた。
「――国連軍、だと?」
「……総士?」
隙が生まれる。
ルガーランスの威力が炸裂するわずか前――悪魔の胴体に漆黒の球体が生まれた。
電磁砲が放たれる。
二重に威力を強化された砲撃は山脈まで消し飛ばしてしまった。――が。
「……逃がした、か」
「追うか? 総士」
「いや――状況の把握が先だ」
「なら……任せる。俺は寝てる――zzz」
「一騎……いや、いい。そのままシナジェティック・コードの形成値を下げていろ。……機体を降りられる状況でもないしな」
そして、白い機体は沈黙し、黒い機体は基地に向き直る。
横浜基地から発進した戦術機部隊が社訓鉄地獄が消えたおかげで近づけるようになった。とはいえ、少し距離があったので接触までには時間がある。
(何あれ? 超高熱――戦術機でも近寄れない温度とか冗談じゃない)
(おいおい。あんなのとやりあえってか――冗談じゃねえぞ。司令部のやつら)
(戦術機じゃない。あれは何?)
(副指令の遊び……にしちゃあ物騒すぎるね。どうも)
戦術機のパイロットたちは各々勝手なことを思っている。
「――なるほど。どうやら、彼らにニヒトを倒すだけの力はないか」
総士がつぶやいた。
フェストゥムの読心能力は多くの人類の基地を壊滅させてきた。その力を彼は使っている。
「――対話の道を探るか。本来なら真壁指令の仕事だが……僕にできるか?」
少し考えた後、一つため息をついて通信に出る。
「こちら竜宮島ファフナー部隊。識別名――こちらはMk.Nicht。そして隣がMk.seinだ」
「……竜宮島? そちらの階級と目的をこたえよ」
もちろん、そんな名前は横浜基地のデータベースには登録されていない。普通なら詐称を疑う状況だが――通信オペレーターの女は正直言ってわけがわからないとしか思えなかった。
「――機密により答えられない。そちらの責任者と話させてくれ」
それは総士にもわかる。明らかにここは彼の世界でない証拠がある。だからこそあまり多くのことを話すのは得策ではないと判断した。
「しかし――」
「はい。なにかしら?」
通信オペレーターが変わった。香月博士が横から押しのけたのだ。
「あなたは?」
「あなたの言った通りの責任者よ。香月夕呼――副指令だけど、実質的な最高責任者は私よ」
「こちらには国連軍と敵対する意思はない。そちらは?」
「得体のしれないのとそうそう敵対してられるほど余裕はないわね。詳しい話は通信じゃアレだし、セキュリティのしっかりしたところで話しましょ」
「了解した。しかし、その前にメディカルルームを使わせてほしい」
「なに? “移動”で怪我でもした?」
「そういうことでいい。これから横浜基地に移動する。準備をお願いしたい」
「――ええ。ならそちらに派遣したA―01部隊の指示に従って……」
「副指令! 師団規模のBETAがこちらに向かってきます」
オペレーターが悲鳴のような声で伝えた。
「――なんてことだ。甲21号作戦前の大事な時期に……」
その言葉に指令が頭を抱える。
BETAの侵攻なんてほとんどなかったというのに。完全に予想外である。人類は未だにBETAの習性を理解できていないとはいえ、関連を疑わずにはおれない。
そして副指令はと言うと……悪鬼のように怖い顔をする。一瞬頭の中で原因の予測や計画の状況が頭を巡り出すが、いったん脇へ追いやる。
そんなものは後だ。現状で横浜基地が所有する戦力では踏みつぶされる。――日本そのものの危機だった。
「ともかく、向かっているBETAは駆逐する必要がある。そうですわね? 指令」
こつこつと頭を叩きながら苦々しい顔で前を向いて言う。
「ああ。その通りだ。だが――我々にはそこまでの戦力は」
香月副指令はため息をつき、モニターを見て。
「そちらでも捉えているかしら。倒してきてくれない?」
と軽く言った。
「了解した」
短く返した。
「……敵か? 総士」
白の機体のパイロットが目を覚ました。
「ああ。覚悟はいいな? 一騎」
「もちろんだ」
「なら……行くぞ!」
二つの機体が爆発的な推力で飛び立つ。戦術機では手が出せない早さ。
「な――」
「あらま」
司令部にいる人間が息をのんだ。わかってたとはいえ、戦術機と比べるほうがおかしい性能の断絶がある。
戦術機部隊は爆風で機体を立て直すのに必死で何かを思うよう暇はない。
そして、光線級のレーザーが機体に浴びせかけられた。――が。
「「……おお‼」」
白い機体は槍を盾にし、腕を犠牲に何とか防いだ。
そして――黒い機体は消えた。
「はああ!」
白い機体の損傷個所に結晶が生えたかと思うと回復した。機体の自動修復など馬鹿げている――そんな、基地や戦術機パイロットの感想など無視して飛ぶ。
槍が開く……光条が放たれる。光は消えることなく――
「消えろぉぉぉオ!」
地面を薙いだ。
千匹単位のBETAが消滅していく。
黒い機体が他の場所に出現する。
「醜悪だな。お前らの存在の意味――見せてもらう!」
羽を展開。振り回して惨劇のフィールドを形成する。
BETAはそれに触れたそばから結晶化し、砕け散る。
「……そうか。貴様らはそこにはいないか」
つぶやいた。
「総士?」
「お前はどけ。僕が方をつける」
「わかった。あまり体に負担をかけないようにな」
「……わかっている。貴様の虚無を見せてやれニヒト!」
《オオオオオオオオ!》
黒い稲妻が空を這い、ネットワークを形成する。
そして、そこから黒き稲妻が放たれ、BETAが黒い球体に呑み込まれる。
さながら地獄の訪れのようなその光景は最後の一体が消滅するまで執拗に行われた。
オルタネイティヴ計画。それは横浜基地で行われている極秘計画であり、実態を知るものは数少ない。
その数少ない人員のうち、二人が地下の秘密の部屋にいる。
それは言うならば避難のようなものだった。
一人は子供。そしてもう一人は妙に子供っぽい顔をした軍人。
「――イタイ」
子供がつぶやいた。震え、自らの肩を抱いている。
「霞? 体が痛いのか? 何かあるなら俺が香月先生に……」
肩をつかみ、ゆする。
「イタイ。タスケテ」
ぶつぶつとつぶやき続ける。眼を見開き、だが焦点は結ばれていない。
「マジで大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「違う」
ぷるぷる、と頭を振った。
「……え?」
「あの黒い機体……泣いてる」
「機体――いきなり出てきた奴か? リーディングしているのはパイロットじゃないのか」
「……ニクイ。怖いよ。私の中に入ってこないで!」
叫んで――そして震え続ける。
男は見守ることしかできない。
マブラヴ組の描写がこれでいいのか心配です。
とりあえず次話は総士と香月博士が話し合いする予定。