ちょっと性描写入るのでアウトだったら書き直します。
なぁに心配いらないさ! ハハッ!
何気ない、日常の、ありふれた不幸な話をしよう。
彼らが生まれたのは、アパラチアの山の中。
いつも曇って、寒くて、とてもとても寂しい場所だ。
「く、あっ、ひっ」
――酷く、苦しい。息も絶え絶えに喘ぐ自分の身体が、別物のように感じられる。
彼にとっての家族とは、今も一緒にいる双子の兄妹だけ。
双子の兄妹は、彼と同じ、捨てられた子供だった。
ヘンゼルとグレーテルのように、そして彼と同じように、迷っていた。
「うあ、あっ、ああっ!」
――とても、気持ち悪い。なにかが歪んでしまっていて、そのおぞましさが消えない。
路上に置き去りにされた子供らが出会い、手を取り合うのは必然だった。
彼は生きる目的が、孤独を掃う仲間が欲しかった。
双子は縋る誰かが、守ってくれる親が欲しかった。
「んうっ! くぅっ!」
――それなのに熱くて。身体が燃え上がってしまいそうで。頭がぐちゃぐちゃになって。
暫くして、男たちが子供らを捕まえた。
連れて行かれた先には、血と闇だけがあった。
故に、彼は選んだ。選ばねばならなかった。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
――後ろから聴こえる息が煩い。思ってすぐに、絶え間なく責め立てる刺激にかき消される。
彼は、大切な息子と娘を守りたかった。
血と闇の沼に、二人を沈めたくなかった。
たとえ、自分の身体が二人の重みで、より深く沈んでしまうのだとしても。
自分が本当に欲しかったのは守るべき子供ではなく、傍に寄り添ってくれる相手だったとしても。
「あ、うあっ!」
軽い衝撃と、電撃のような痺れが、頭と心をかき回す。彼の脳内をカギのついた針がかきまわし、全くの別物に変えてしまう。
そうして積み重なった快楽の果てに、いつもの終わりが近付いていた。
それは恐ろしく、何度そうなっても慣れることはなく――だというのに、それを求めてしまう。
心も、身体も、動かない。与えられ続ける望まない快楽を、とうに擦り切れたはずの羞恥心と、涙が出るくらいの自己嫌悪と一緒に受け取る。
「あっ!」
なにかが弾けて、彼と、彼を抱いていた男の全身から力が抜けた。
同時に、下腹の辺りが、かっと熱くなる。
臀部の辺りに触れているものが、二、三度、身震いして、離れた。
「ふぅ……ミーシャ?」
下卑た男の声が、彼を呼んだ。それを呼んでいいのはこの世で二人だけで、そのふたりも呼ぶことがなくなった今では誰にも呼ばせたくないものだ。その愛称で僕を呼ぶな、そう叫ぶ気力も、体力も、彼には残されていなかった。そして、男が求めていることも十二分にわかっていた。
心の中に嫌悪が溜まって膿んでいくのを感じながら、彼は脱力した身体に鞭打って起き上がり、後ろを向いて、つい先ほどまで自分を責め立てていたものに顔を近付ける。
それを見た男は、考えうる限り最も醜悪な、下卑た笑顔を浮かべた。
これが、撮影の手順。
彼の日常だった。
「……うげ」
飛び起きたミハイルの額を、生暖かく不快な汗が伝っていた。
目を覚ましたにも関わらず、とびっきりの悪夢が瞼の裏に焼き付いて離れないことを面倒に思う。久しく見ていない夢だったが、見る時は見てしまうものらしかった。
あるいは、久しぶりに浴びた血のせいか。ミハイルは昨晩に斬り殺した傭兵たちのことを思い出す。時計を見ると午前の十一時を回っていた。つまりE.O社とラグーン商会の争いに不幸にも巻き込まれてから、まだ十四時間ほどしか経過していなかった。
しばらく見なかったのに。毒づきそうになるのを抑える。この部屋で眠っているのは自分だけではないのだ。無用の心配をかけるわけにはいかない。幸いにも今日は汚れ仕事がないし、開店準備も手伝わなくて良い――というより準備すべき店が今はない。
傍らに眠る双子の髪を手櫛ですくと、むずがゆそうに身じろぎする。ミハイルは自分の頬がだらしなく緩むのを抑えきれなかった。悪夢の余韻があっという間に吹き飛び、胸の奥に暖かかな力が湧いてくる。自分の命よりも大切なものが存在すること以上の幸せがこの世にあるだろうか、とミハイルは常に思うのだ。
しかし――どういうことだろう?
心中の疑問は、自分の一物を意識して首をかしげた時に生まれたものだった。毎日毎朝、規則正しく直立していたはずのバベルの塔が今日に限って大人しいのだ。
ミハイルがロアナプラに越してきて早三か月が経過しようとしているが、以来、朝に直立していなかった日は数えるほどしかない。寝泊りしている部屋が娼館の一室であることも一因だが、双子と寝泊りしているせいで自己処理の時間が取りにくいのも原因のひとつだ。
何度か自己処理を試みようとしたこともあるが、見透かしているのように双子が突入してくるため、いずれも未遂に終わっている。そういった事情もあり、肉体的にはかなりの欲求不満に陥っていたのだが。
まさか――嫌な予想が頭をよぎり即座に下着の中をチェックするが、異臭も異物もなかった。トラウマ物の夢を見た挙句、それで発散するという事態にはならずに済んだとあって、思わず安堵の溜息を吐く。
「まあ、こういうこともあるか」
呟いて、ミハイルは考えるのをやめた。夢のせいでパンツを汚すという一生の恥をかいてしまったわけでもないのだし、生殖能力が失われたからと言って困ることもない。
とりあえず、双子の昼食をフローラに頼んでから下に降りよう。行動を決めてからは早かった。双子を起こさないよう慎重にベッドを抜け出し、クローゼットからシャツとジーンズを取り出して身に着ける。
そんな些細な行為にすら、ミハイルはどこか感じるものがあった。
この幸せが、ずっと続きますように――そう思わずにはいられなかった。
かつての双子たちなら、ベッドの僅かな軋みから些細な衣擦れまで聞き逃さなかったはずだ。家畜小屋で暮らしていた頃はそうだった。ズボンを下ろす音、なにかが風を切る音、録画停止のボタンを押す音、それら全てを察知し、最も男たちの暴力が控えめになりそうなポイントで行動する。それが生き延びるために必要だった。
その積み重ねの果てに脊髄反射の域にまで達した過剰な警戒心を退化させ、こうして安穏と眠りについていられるようになるまで、ミハイルと双子は多大な時間と安眠できる場所を要した。
厳密にいうとミハイルは未だに“警報装置”を切るには至っていないのだが、それでいいとも思っている。眠りの享受とは心の贅肉である。双子に迫る全ての危険を排除する、そう誓っているミハイルにとって、そのような贅沢は死んでから満喫するものだ。
とはいえ、ミハイルの過剰な警戒心も程よく緩和されてはいた。ルーマニア脱出以前や直後は、互いの寝息に反応して眠れないほどだったが、今では双子は普通に眠れるし、ミハイルも双子の寝相で飛び起きることはなくなった。ロアナプラに来てからは特に改善されている。
張りつめた弦は適度に緩めねばならない。その意味で、現在の状況は最適であると言えた。
「じゃあ、行ってきます」
手際よく着替えを済ませ、双子を起こさない声量で囁く。
そしてふたりの頬に軽くキスを落とし、部屋を出て、扉に鍵をかけてから数十秒後。
「……行ったね、ティナ」
「……そうね、ニコ」
穏やかな寝息を立てていた双子が目を開いた。
ミハイルの勘はロアナプラの住人の基準で見ても頭二つ抜けていると言っていいものだが、こと双子に関しては働きを鈍らせる傾向にある。これが他人であれば狸寝入りだけでなく、夜中に行われていたことについても見過ごさなかっただろう。
なにはともあれ、双子は手をつないで忍び笑いを漏らす。
「父様ってば、うんうん唸って可愛かったね。よっぽど
ニコが残る片手を口元に運び、小さな舌が指先に残っていた白い固形物を舐めとる。その顔は、幼子のものというにはあまりにも淫らな緩み方をしていた。
ティナも口の端に残っていた液体を舐めとり、生まれながらに淫蕩であるかのような歪んだ表情を浮かべた。
鏡合わせのようなふたりは、少しずつ体を密着させていく。
「きっとそうね。私もすごく
「平気さ。父様は優しいもの。それに……またしたいでしょ?」
「ええ、もっともーっとしたいわ。またマリアに教えてもらいましょう……ああ、バレないようにショーツを取り換えておかなくっちゃ。湿って気持ちが悪いわ」
「僕もだよ、ティナ。父様は行ってしまったし、しばらく二人で遊んでから着替えようか」
「そうね、そう、しましょう」
視線と視線、手と手、足と足を絡ませた双子が、その唇を重ねるまで然程の時間は要さなかった。
バオが手配したのか、一階では大工たちが忙しそうに出入りしていた。焦げた床板を引っぺがし、壊れた窓を取り外し、弾痕にセメントを流し込んで埋めている。流石はこの町の大工というべきか、その手際の良さには目を見張るものがあった。実際、壊れた椅子とテーブルは既に軒並み撤去されており、割れた酒瓶と汚れたカウンターも綺麗に片付いていた。おそらくは今朝から作業を開始したのだろうと考えれば驚くべき速さだ。
しかしそれでも足りない。E.O社とラグーン商会が勝手な事情で衝突し、理不尽にもたらした被害の傷跡は、今もなお褪せずに残っていた。不幸にもパーティー会場として選ばれたイエロー・フラッグは見るも無残な半壊状態から、当然ながら、まだ幾らも回復してはいなかったのだ。整理は済んだが修理がまだ、といったところか。
大工たちは作業に専念していたが、ふとミハイルを視界に入れた瞬間、例外なく固まってしまっていた。一部からは明らかに情欲の混じった視線が発せられている。
ミハイルとて慣れたもので、それらを横目に構わず店の外に出る。すぐそこにいたのはバオと恰幅の良い大工だ。大工のほうは頭らしく、作業の音が止まったのを察して大声で檄を飛ばしている。男はミハイルを見て静まり返った原因を察したらしく、笑顔でバオの肩を叩くと入れ違う形で店内に入って行った。
バオはとびきり不機嫌そうな顔でなにかの紙面を見つめていて、ミハイルに気づくと無言でその紙を差し出した。なにも口にはせずとも表情は十二分に語っていた――畜生め、と。
受け取ったミハイルは一瞬だけ閉口した。英語の書類だったのだ。義務教育などというものを受けたことがないミハイルにとって、英語の読み書きは苦手なことだった。日々の暮らしで自然と磨かれる英会話と比べて学ぶ機会が少なかったためだ。
しかし落ち着いて読んでみれば解読可能なものであり、ほっとした。タイトルは“工事見積書”だ。内容も数字が主であり、項目ごとにまとめて羅列されていたので文法知識は不要だった。末尾の文章は簡潔で、「全作業の終了までに三日を要する」と記載されている。
「壁と壁紙、照明、床板、バーカウンター、ドア、窓、総額で二万ドルと少しですか。思ったよりは安く済んでますね」
バオは舌打ちして、随分と風通しが良くなった自分の城を半眼で睨みつけた。
「半壊含めこれで十七回目、今や馴染みの大工だ。お得意様割引きは当然だぜ。だが加えて酒と椅子とテーブル、それに調度品を揃えて表のネオンを直すとなると……ラグーンに出させるしかねェな」
バオとてラグーン商会がどの程度稼いでいるのかを明確に知っているわけではないが、数万ドル程度なら出せるだろうという考えはある。ミハイルも同意して頷いた。
「はい。でも……生きてると思います?」
ミハイルの心配はそこだった。たしかにレヴィは恐ろしいまでの凄腕ガンマンだったし、ダッチも数々の修羅場をくぐってきた侮れない人物だ。ベニーとロックという足手まといを連れていたとしても切り抜けられる公算が高い。まして彼らには魚雷艇という反則物の移動手段まであるのだ。
ただし、ブレンの情報によれば傭兵たちは戦闘ヘリを持ち出す準備がある。いかに“
しかし、バオは首を振る。
「あのガチョウ共に喰われるような連中なら、俺の懐には今頃、低く見積もっても十万ドルの貯金ができてたはずだ。親ガチョウの野郎がマイク・ホアー並みの凄腕なら期待できるけどよ、あの分じゃ望み薄だな」
「焼き鳥にされてお仕舞、ですか」
三人組の被害者の最たる男は、黙って頷いた。
ミハイルは憐みの念を抑えきれず、そっと背中を叩く。
「……建て直しにはもう少しかかりそうですね」
「お前ェのおかげだが、娼館の方に被害がなかっただけマシだな。あいつら毎度毎度うちの店で暴れやがって、俺がフォーブスの長者番付に載ってるように見えんのか?」
「哀れなアジア人と幼気なルーマニア人にしか見えませんよ、保障します」
バオは白けきった顔を向けるが、素知らぬ顔をする。ミハイルは自分の容姿が他人からどう映るか自覚しているし、幼気な少年を演出することも容易いことだった。
「鉈なんぞ使うやつが良く言うぜ。B級ホラー見すぎたのかよ」
「使い慣れてるだけですよ。銃もグレネードも、その場にあれば使います。こだわりがあるわけでもなし……まあ、そういうことです」
曖昧に答えて、掌を見る。バオに言ったのは嘘ではない。銃が役立つ場面は鉈のそれより多いに決まっているし、そうなれば躊躇いなく使うだろう。ある程度のレベルでなら使いこなせる自信もある。
しかし、ミハイルのこの手に馴染む得物はあの大鉈を置いて他にないのも事実だ。
「銃を使わねえ殺し屋なんて、ロアナプラでもなかなか見ねェぞ。なんで鉈なんぞ使いだしたんだ?」
「なぜ……ですか」
答えに窮した。馬鹿正直に答えることもできるが、答えてなんになるのか。
「……まァ、色々あったんですよ。色々ね」
またもぼやかしてから、ミハイルは改めて不思議に思った。鉈にこだわる理由が、はたしてあるのだろうか。
バオの言うように、他の武器に切り替える機会はいくらでもあった。それこそ拳銃なら子供でも扱えるし、大鉈だって同じものを使い続ける理由はない。しかし現実にはどうかというと、わざわざ研ぎに出してまで使い続けている。その理由とはなんぞや。
実用的な理由はある。半端な熟練度である銃器を使うより鉈を用いる方が有効であるケースは多いのだ。
際物揃いのロアナプラでは近接武器しか使わない風変わりな殺し屋も多くいるが、そのほとんどは呆気なく撃たれて死ぬ。生き残っている連中は例外なくなにかしらの技術を持ち、しかもその技量が卓越しているプロフェッショナルだ。
その領域まで踏み込んだ者にとって、リーチの差はハンデとならない。
有名どころではククリ刀の使い手“
しかし、これは決定打とはならない。シェンホアは損耗した刃を次々に取り換えて用いている。つい最近では、ソーヤーがチェーンソーを最新型に買い替えてご機嫌になっていた、という笑い話が持ち上がったりする。ミハイルのように特定の大鉈に固執してはいない。
では内面的、情緒的な理由はどうか。
考え出せば様々なエピソード記憶が溢れた。思えば柔らかな肉を切り裂く感触や鼻孔をくすぐる血の芳香、重く圧し掛かる吐き気まで、なにもかもあの大鉈と共にあったのだ。その記憶のひとつひとつを大事に――肯定的な意味かどうかはともかく――しているからこそ、同じ大鉈をずっと使い続けているのだろう。ミハイルはそう結論付けた。
しかしそんな唯一無二の相棒であるはずの大鉈に、ミハイルは決して名前を付けようと思わない。あれはあくまで無銘の凶器であるべきだ。人殺しの道具というものは、須らく名もなき鉄塊として、芥同然の塵として扱われるべきだ。
ミハイルの哲学は、死を重んじこそしても殺しには一切の価値を認めない。死という結果から目を背けることは許されないが、そこに至るまでの過程に一欠片の神聖さも美学もあってはならない。理不尽に殺し、冷酷に遂行し、そして無機質にあればこそ、
この世のなによりも下に置いている武器を、鉄火場に持ち込み続ける矛盾。それこそがミハイルの根幹なのだ。
でなければ、耐えられなかったろう。あの大鉈で初めて人の――■■■の胸を貫いた、あの時に、きっと――
「おい、どうしたよミハイル。気分でも悪いか?」
心配げな声は冷水よりも効き目があった。暗い白昼夢は雲散霧消し、ミハイルの世界にロアナプラが戻ってくる。
ミハイルは頭をかいて俯く。
「……いえ、大丈夫ですよ。ちょっとお昼に行ってきます」
じっとしていると余計なことを考えそうだ――ミハイルは首を振った。一刻も早くなにかに意識を集中させたかった。
「待てよ。渡しとかなきゃならねェもんがある」
その背中を呼び止め、バオが差し出したのは一枚のメモ用紙だった。港沿いのどこかの会社の住所と、酒のリストが記載されている。
ミハイルはメモ用紙をシャツの胸ポケットに仕舞い込んで頷いた。
「今から注文しねえと開店がますます遅れちまう。頼んだぜ。……ああ、あと持ち運び溶接機買ってこい。ウドム坊やの店なら安く買えるはずだ」
「えーと……溶接機、ですか? なぜ?」
バオはすぐには答えない。煙草を咥え、火を点けて二、三度吸う。
それから、至って真面目な顔で、欠片も冗談の風を込めずに吐き捨てた。
「ラグーンのやつらが店に来た時に金持ってなかったら、ケツの穴溶接して頭に代わりの穴を開けてやらなくちゃならねェからな」
リクエストあったら十八禁の部分をR-18の別小説で投稿する。
この話でいうと、ミハイル撮影会、父様へのご奉仕、双子イチャイチャする、のあたり。まあ全部書くかというとめんどいので書かない気もするがそこらへんは気分で。
以下、いつもの。
バベルの塔
=聖書に出てくる塔。なんか詳しい説明も無粋なので調べてみることをオススメ。
ショーツ
=ドロワーズにするか本気で悩んだが原作はそうじゃなさそうだったので。
ガチョウ
=有名な傭兵映画「ワイルドギース」から。
マイク・ホアー
=有名な傭兵。実在の人物であり上記「ワイルドギース」の主人公のモデル。
フォーブスの長者番付
=世界金持ちランキング。見てみるとこれが案外面白い。
今回はいつもより短め。まあ人殺しもバーテン業務もしてない日なので。
双子のエロシーンを仄めかすというノルマを達成するためだけに書いたような話の気がするが後悔はしていない。