今回は多重クロスオーバーならではの組み合わせに挑戦してみました!みなさん良い一年になりますように!
「でっかいなあ~……」
関帝廟、つまり商売の神様になった三国志の関羽を祀る廟を眺めながら思わず呟いてしまう。別にここに来るのは初めてじゃないんだけど、何度来てもなんというか、圧倒されてしまう空気がある。
中華街全体がそうなんだが、特にこの関帝廟は中国的な見た目?感じ?が満載だ。具体的に言うと、色とりどりで、その全部が濃くて、全部が豪華で、全部がでっかい。見てよこの線香。正面にある関羽の像の髭と同じくらい長いんじゃないか。……そういえば、あっちは麻雀の牌もえらく大きかった覚えがあるな。そういう国民性なんだろうか。
別に取り立てて信心深いわけじゃないが、商売の神様だし、中華街に来た時はお参りするようにはしている、んだが。一応は「儲かりますように」なんて願って頭を下げながらチラリと横目で左を見ると、そこには跪いて震えている『孔明』がいた。……なんだこれ。
自分でも何を言っているんだと思うが、どう見ても『孔明』としか言いようがない。映画とかに出てくるテンプレート的な諸葛孔明をそのままスクリーンから引っ張り出して来たらこんな感じなんだろうな、という孔明そのまんまだ。……もしかしたら、本当に孔明役の俳優で、役作りの為に来てるんだろうか。うん、そういうことにしておこう。俳優といえば、今アクア君舞台に出てるって言ってたっけ。差し入れもここで買っていくかあ。やっぱり肉まんか、それとも敢えての甘味系がいいか……いかん、想像してるとなんだか。
「腹が、減った」
。
。
。
「店を探そう」
回れ右して階段をたたたっと降りる。その横で、件の孔明はようやっと立ち上がるところだった。
神奈川県横浜市。ビジネスや初対面の人との会話で場を持たせるために出身地の話をする時、何故か横浜だけ『神奈川出身です』じゃなくて『横浜出身です』と必ず言うのはなんでなんだろうか、あれ。俺が今いる中華街が有名だが、実は昔から中華一辺倒ってわけじゃあない。確か1860年くらいだったと思うが、開港されてから当初は「異人さんのいる街」ってイメージだったらしい。実際、中国人だけじゃなく西洋人も色々な国の人がいたそうだ。赤い靴を履いた女の子が、偉人さんに連れられて行く、だかなんだかの童謡も、横浜が舞台だった気がする。異人さんがどこの国の人だったかは覚えていないが、青い目云々という歌詞だったから、西洋人なのは間違いないだろう。
とはいえ、流石に中華街の中はものの見事に中華一色だ。ぶっちゃけどれも同じに見えてくる。が、よく観察してみると違いがあって、これが中々に見ているだけでも面白い。
日本人の観光客をメインに相手をしているだろう店は、なんというかわかりやすい。外にメニューや値段がわかりやすく張り出してあって、メニューの内容も日本ナイズされているところが多い。
折角だから、差し入れにするなら本場中国的なものを買いたいもんだが……うーん、流石中国。お土産用の肉まんまででかい。俺の握り拳の倍くらいあるんじゃないか、これ。それに、舞台の合間に食べるには肉まんは重すぎるか。1つ小さいサイズの、あんまんにしておこう。
「おばちゃーん。このあんあんを……ああいえ、そっちじゃなくて、こっちの小さい方。はい。4箱ください」
余ったなら持って帰ってレンジで温めてもらえばまた美味しく食べられるし、これでいいだろう。
「おばちゃん!こっちは豚まん20個頼むで!」
「はいはい。ちょっと待ってね。順番でネ!」
あんまんを頼み終わった俺の後ろから金?オレンジ?の髪を短く刈り上げた青年が元気よく注文する。そういえば、大阪の店で有名だけど、関西だと「肉まん」じゃなくて「豚まん」なんだよな。あっちの方で「肉」といえば牛肉のことになるなから、わざわざ豚まんなんだそうだ。旨いものに貴賤なし。何でも美味しくいただく俺には信じられないが、親父くらいの世代だと、豚肉は牛肉より下だ、貧乏人が食べるものだ、なんて考え方が普通にあったらしい。こういうところの豚まん、食べさせてみたいもんだな、そういう人に。
なんてことを考えながら、あんまんを受け取って振り返ると──
「おい、いくらなんでも注文しすぎだぞキー坊」
「私ももう老人だからな。そこまで食べられんぞ」
「トリュフ塩か……花椒はないのか?中華ならアレをかけるのが好きなんだが」
なーんか明らかに存在が濃ゆい男3人組がいた。キー「坊」って言ってるから親か親戚なんだろうか。見事な真っ白な長髪の人、眼鏡をかけた真面目なサラリーマン風の人、それに…………この前公園でマクドナルド食べてた、確か鬼龍って人。あ、むこうも気づいたみたいだ。なんだか視線が険しくなってる。
「失礼」
なんだかトラブルの予感がしたので、声を掛けられる前にスススっと横を早歩きで通り過ぎる。兎に角関わり合いになる前に離れてしまおう。
……そのまま真っ直ぐ歩き続けると、いつの間にか完全に所謂中華街の範囲から出てしまった。兎に角離れたかったとはいえ、中華街で店に入るつもりだったのになあ。うーん、それにしても腹が減った。
1度深呼吸をして辺りを見回すと、中華街エリアから出ても中華料理の店がチラホラとある。考えてみると、如何にも観光客を相手してますって店や、メディアで取り上げられるような有名店より、こういう個人がひっそりやってるような店の方が実は美味いのかもしれない。中華街から離れつつ、その上で生き残ってるってことだ。さて、そうだとしてもどの店に入るのが正解なんだ?
──焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ。……腹が減って、死にそうなんだ。精神を集中し、僅かな手掛かりも見逃さず、美味い店の匂いをつかみ取るんだ。そうして見つけたのは……当店名物、牛モツ料理?
一見して、どこにでもあるような街中華。名前もそのまま中華飯店。さっきから個人客が時折中に入っていく。いいじゃないかいいじゃないか。中華って、あの丸い回転テーブルで、大皿料理をシェアして食べるイメージが本格的なところほどどうしてもある。俺みたいな男には、こういう気取らない店の方がありがたい。よし、ここにしよう。
「いらっしゃーい」
店の中はシンプルにテーブルがいくつか。さっき入っていった男性は店のおばちゃんと談笑してたらしい。店にはもう1人、トレンチコートを椅子に掛けた音がエビチリでビールを飲んでいた。というか、本郷さん?
「いらっしゃーい」
「失礼します」
おっと、俺の後ろからまた新しい客が来たらしい。すみません、と言いつつ横にずれると、そこをスッと音もなく通り過ぎて行ったのは、さっき関帝廟で見た孔明だった。本郷さんもビールを噴き出してる。……今日はよく変なのに会う日だなあ。まあ、気にしすぎるのもよくない。あんまんもあるし、早く食べて出てしまおう。さて、なにがあるか。やっぱり、表に書いてあった牛モツ料理にするべきだろう。
メニューを見てみると、なんと牛モツだけで1ジャンルで独立している。当店自慢の逸品の煽り文句。いいじゃないかいいじゃないか。ハラ、ワクワクしてきたぞ。
牛モツ炒め、牛モツ黒胡椒炒め、牛モツ温菜、冷菜。牛モツそば、そそるなあ。牛モツカレーそばは……悪くはないんだが、きっとカレーの存在感で中華が弱まってしまう気がする。辛口牛モツそば、牛モツ飯……そして、うん。これに決定。間違いなし。
「「すいません。モツWセットをください」」
一番下に書いてあったセットを頼むと、隣のテーブルにいた孔明と完璧に被ってしまった。いや、そんなやりますね、みたいな感じでフフフ……とかされても……。反対隣のテーブルの本郷さんはなんか悔しがって泣きながらシューマイ食べてビール流し込んでるし、なんなんだまったく。
待ってる間に、テーブルの上に置いてあったピッチャーから水をお代わりする。いちいち店員に頼まなくてもいいし、自分のペースで飲めるからありがたい。個人的に、お冷がピッチャーかつ常に満タンな店は名店が多い気がする。さて、牛モツ料理は期待通りに美味いのか……
「お待たせしましたー。モツWセットです」
モツWセット(牛モツそば+ハーフモツ丼)
名物牛モツそばと、ハーフサイズの牛モツ丼のセット。トロトロあったか、牛モツ入りの中華餡がたっぷりかかってる!
きたきた。きましたよ。
「いただきます」
まずは、スープを一口。
「あーっ、美味い!」
街中華によくある、あっさりめのスープ。でもなんだか出汁がよく効いている気がする。そこにちょっと濃いめ、茶色い感じの中華餡がよく合っている。片栗粉だろうトロミのおかげで、スープが熱々なのもポイントが高い。
続けざまに今度は具をいってみる。チンゲン菜に、大ぶりのイカ、玉ねぎ……うーん、歯ごたえと、シャキシャキとした食感が、このトロトロにピッタリ。そしてお待ちかね、メインの牛モツ。これは、ハチノスってやつだったか?キチンと下処理されていて、めちゃくちゃジューシーだ。濃いめの味付けの中にあって、それでもなお主人公をキッチリやっている。まるで劉備の如しだ。
今度は麺と一緒にずぞぞっと一気に全部啜ってみる。よくある中太麵じゃなくて、ちょっと白めの細麺だが、これがまたいい。餡の邪魔をしないし、何よりよく絡んでくる。まだ丼に手を付けていないのに、既にかなりの満足感。まつで具沢山の豚汁を食べているかのような感じだ。おっといけない。このままだと、その丼君が拗ねてしまう。
そばの汁をまた一口飲んで、レンゲでごはんと餡を下からガッツリ掬ってバクっと口の中に放り込む。……うん。うんうん。いいぞー、これ!
かかってる餡は基本的に同じのようなんだが、なんだか丼の方がちょっぴり辛口な気がする。白飯に合わせて変えているんだろうか。そして何より食感がいい。主人公としてのハチノスは、ご飯という領土の方が本領を発揮している。ジューシー感と歯ごたえを白い米がしっかりと受け止めて、味わい抜群。ハチノス劉備は今、蜀ごはんという天命の地を得て最高潮にある。
そこからはもう止まらない。そばをおかずに丼を、丼をおかずにそばを食べる無限ループ。永久機関が完成してしまったぞ?今の俺ならノーベルグルメ賞も取れそうだ。
しかし、何事にも終わりはやってくる。節約しながら食べていたが、ハーフだけあって先に丼がなくなりそうだ。ここはちょっとだけ残しておいて……最後に!
麺がすっかりなくなったそばの器から、スープをレンゲで掬って丼の中へと移す。そして掻っ込む!時間が経って水分によりちょっとべちゃっとしていたご飯が、今スープという援軍を得て息を吹き返す!逆転!完食!!大勝利!!!
「ごちそうさまでした」
視線を感じてふと隣を見ると、孔明が俺と全く同じことをしつつ俺を見てまたフフフ、と笑っていた。反対の本郷さんは、何故か牛モツ料理はまったく頼まずべろんべろんに酔っぱらっているし……なんなんだまったく。
その後、何故か泥酔した本郷さんと孔明が店の前でラップバトルを始め、それを野次馬が撮影していた動画が全国レベルで流行ることになるのだが……それはまた別の話だ。
今回は「食の軍師」より本郷さん。「パリピ孔明」よりかの諸葛孔明さんご本人です。食の軍師とリアル蜀の軍師がそろってしまいました。
最近はあく統一パでマスボ級でうろついてますが、もし出会ったらお手柔らかにお願いいたします。笑