孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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今回はネタがうまくつながったので前回ほど間隔は飽きませんでした。
今回も複数クロス。2つとも感想欄でリクエストがあった作品です。勿論作者も大好き。
ではどうぞ~


第二十一話 東京都府中市晴見町の牛肉の朴葉味噌焼き

 

 府中市。

 実は名前の起源は結構古い。律令時代に武蔵国の国府が置かれたことに由来しているそうだ。東京に来たことがない人でも、武蔵国という名前は聞いたことがある人は多いんじゃないだろうか。広島の府中市と区別するために武蔵府中と呼ばれたりもする。

 古く江戸時代には甲州街道の大宿場、府中宿として。戦後には、多摩地域の主要都市として大いに栄えてきた。公共施設、商業施設、娯楽施設がバランスよく揃っており、市民の満足度は東京の中でもかなり高いという。俺も仕事を引退したら、こういう街に住んでみたい。

 

 ――ま、まだギリギリパシリ世代の俺には、先の話か。

 

 さ、今日もお仕事に励みましょう。

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、今日はわざわざ来てくれてどうもありがとう」

 

 いまいち読み取りにくい表情でお礼を言うのは今回の客の樹慶蔵教授だ。この某農大――ぼかしているのではなく本当にそういう名前――の年齢不詳の老教授で、主に菌と発酵についての研究をしているらしい。その業界では結構な有名人だそうだ。

 

「いえいえ。商売人として当然のことです。

 こちらが商品になります。ご確認ください」

 

 ん、と軽くうなずいて袋の中身を検める樹教授。中に入っているのは、フランスの職人お手製のワイングラスだ。あちらで有名なソムリエとガラス職人が共同で制作した、『ワインを美味しく飲むためのグラス』だそうだ。余計な飾りは一切入っていないが、なかなかの人気らしい。今回はジョセフィーヌに頼んで手配してもらったので、俺は現地には行っていない。……また職人が逮捕されても困るし。

 

「おお!これだよこれ!

 やっぱり本場フランスのワインを飲むならグラスにもこだわりたいと思ってね。メインはワインではなくてチーズなんだが。まあ、年寄りの道楽だね」

 

 そう言ってほっほと笑う。樹教授の研究のモットーは『実学』で、何にしてもまずやってみることを大切にしている。それが嵩じて発酵食品ならなんでも食べるようになったそうだが、チーズもその一環なのだろう。以前食べたというキビヤックとやらに比べれば随分王道の食品だ。

 

「失礼しまーす……うお!」

 

 突然響いた大声に教授と二人して扉の方へと振り返る。そこには金髪の、なんというか最近の若者らしい少年が立っていた。

 

「どうしたんですか、ダーリン」

 

 少年の後ろからベリーショートの眼鏡少女がひょこっと顔を出す。ちょっと目を惹くような美少女だ。というかダーリンって。

 

「いや、その……久しぶりに見た。好かれてる人」

 

 こちらに会釈をした後少年が連れの少女に顔だけ半分振り返って小声で言う。

 

「……あれに、ですか?」

 

 返事をする少女も小声だ。というか、あれってなんだあれって。

 

「ああ。本人が全く見えないくらい」

 

「それはすごいですね」

 

 二人してうなずきあうカップル。微笑ましい絵なんだが、会話が聞こえていた俺としては気が気じゃない。あれって、まさか幽霊かなんかじゃないだろうな。もしくは、最近流行りの妖怪か?

 

「おお、丁度良かった。二人とも、こっちに来なさい」

 

 樹教授に促されて俺の正面に並んで立つ二人。まだ少しあどけなさが残っている。多分1年か2年だろう。

 

「こちらチーズの試食会の時に使うワイングラスを届けてくれた井之頭さんだ。

 井之頭さん、この二人はうちのゼミ生で、沢木宗右衛門直保君と西野円君。二人とも優秀な学生だよ」

 

 宗右衛門と来ましたか。

 

「沢木君はもやし屋こと種麹屋の息子でね。宗右衛門は屋号なんだ」

 

 疑問が顔に出ていたのだろう。樹教授が解説してくれた。

 もやし屋とは、味噌や醤油、酒やみりんに使われる種麹を販売する店の総称だったはずだ。そこの息子なら、樹教授の下で学ぶのにぴったりだ。

 しかし、味噌に、醤油か……。

 

 

 ――なんだか、無性に和食が食いたくなってきた。

 

 

 店を探そう。

 

 いつの間にやら菌によるテラフォーミング論を語りだした樹教授をに礼を言い、研究室をあとにした。

 

 

 

 

 

 ――さて、何を食うか。

 

 種麹は様々なものに使われているが、日本人ならやっぱり味噌か醤油がいい。焼酎や酒もそうだが、俺は下戸だし。

 今日はなんだか味噌の気分だ。普通は味噌といえば味噌汁だが、今日は味噌そのものをがっつり食べてみたい。昔は、味噌ってそれだけでおかずだったって言うし。

 キャンパスを出て駅前通りに向かう。駅前には飲み屋も多い。街中で味噌を聞かせた料理を食べるには、お上品な小料理屋より粋な居酒屋だろう。

 思った通り、駅前には飾り気のない渋い店構えの居酒屋が並んでいた。パッと見ではどんな料理があるのかわからない。ならば、どうするか。

 

 ――さあ、感じろ。五感を極限まで研ぎ澄ませ、味噌の気配を感じ取るんだ。

 

 ま、格好つけて言ったところで所詮ただの勘なんだが。

 などと思っていたら、その五感のうちの一つ、嗅覚が味噌の気配を捉えた。漂ってくる香ばしい匂いの元は、少し先にある居酒屋だ。早足で近づくと、決して古くはないが味のある引き戸の入り口。此処だ、間違いない。

 大きくうなずいて引き戸をガラガラと開けると、カウンターが一列とテーブルと座敷が二つずつという丁度良い具合の大きさの店だった。

 客はカウンターに女性が一人と、座敷の四人組だけ。どちらも始まったばかりなのだろう。割りと静かに飲んでいる。

 さて、俺の胃袋に直撃している香ばしい匂いの元は――あれか。カウンターの女性が、多分焼酎片手につまんでいる、葉っぱの上に載せた何かを七輪で焼いているもの。なんとも言えない独特の良い匂いだ。

 カウンターに座って、差し出されたおしぼりで手を拭う。その店員さんに早速聞いてみることにした。

 

「あのー……あれ、なんていうのですか?」

 

 小声でこっそりと少し離れたカウンターの女性を指しながら聞く。人が頼んでいるものを自分も頼むって、なんだか少し恥ずかしい。店員さんもそれを察したのか、愛想の良い笑顔で小声で返事をしてくれた。

 

「牛肉の朴葉味噌焼きです。

 美味しいですよ」

 

 朴葉味噌と来ましたか。こりゃもう、頼むしかないでしょう。

 

「それください」

 

「かしこまりました。

 お飲み物は何にいたしましょう?」

 

「ウーロン茶ください」

 

 居酒屋に来て酒を頼まないのは申し訳ない気持ちになるが、仕方ない。俺、下戸だし。腹減ってるし。こんな美味しそうな匂いが漏れてる方が悪い。

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 すぐに出されたウーロン茶をちびちび飲みながら、横目でちらりとカウンターの女性を見やる。まだ若い。どう見ても三十にはなっていないだろう。それなのに、ビール片手に朴葉味噌をつまむ姿はなかなか様になっている。肉を食い、ビールを飲む。そして息を吐く。なんだか、口からぷしゅーって音が聞こえてきそうだ。

 そんなことを考えていると、七輪が運ばれてきた。

 

「お待たせしました。火、お付けしますね」

 

 カチっという音がして、固形燃料に火が付けられる。その上に網と、朴葉味噌。その中に、牛肉とエリンギ。ちょっと早目の、秋。

 少しずつ、少しずつ火が通っていく。この待っている時間も、また良し。小鍋立てに通じる、一人分だからこそ、一人飯だからこその、待つ楽しみ。

 

 ――そろそろ、できたかな。

 

 

 

 牛肉の朴葉味噌焼き

 ホオノキの葉の上で味噌、白ネギ、エリンギと牛肉が踊ってる。朴葉の香りがふわっと広がる。

 

 

 

「いただきます」

 

 まずは、きのこから。

 宝の味噌山に半分埋まっているエリンギ。平べったく切られたそれで、味噌を掬うように持ち上げて……丸ごと一口。

 

 旨い。

 

 この、圧倒的な旨味と香り。でも、この肉厚なきのこもそれに負けてない。噛めば噛むほどじゅわっと広がる。ゆっくり噛んで、飲み込む。途端に鼻から抜けるこの秋の香り。

 

 

 ――じゃあ、牛肉はどうだろう。

 

 一口大にカットされた牛肉を一切れ取る。肉をしっかり味わいたいから、今度は味噌は気持ち少なめで……これも、丸ごと口の中に放り込む。

 

 なんっじゃこりゃあ。

 

 抜群に旨いぞ、これ。

 さっきのエリンギは味噌ときのこって感じだったけど、これは肉と味噌って感じがする。こんなに小さいのに、きちんと肉々しい。

 食感も良い。噛み応えがきちんとあるのに、ものすごく柔らかい。そういえば、肉は味噌に漬け込むと柔らかくなるって聞いたことがある。

 

 ――樹教授。菌って、偉大です。

 

 きのこも肉も、すごく旨い。だからこそ、このまま食べてちゃ勿体無いな。

 

「すいません。ごはんありますか?」

 

 やっぱり、米と大豆を一緒に食べてこそ、日本人だろう。

 

「ありますよ。

 ……炊き込みごはんにしますか?」

 

「お願いします」

 

 即決。

 

 

 

 

 山菜の炊き込みごはん

 わらび、ぜんまい、たけのこの炊き込みごはん。細かく刻んだ油揚げが嬉しい。

 

 

 

 

 今日は、秋祭りだな。

 箸で少しだけ持ち上げて口に運ぶ。仄かな苦味と、塩気。単純なんだけど、どこか懐かしい味わい。素朴だけど、それが良い。

 再び肉を一切れとって、口の中へ。すかさず、炊き込みご飯で追っかける。その後、エリンギ。

 今俺は、炊き込みごはんという宝の山の中にいる。植物の恵み、動物の恵み。山よ、こんなお宝を俺の胃袋へともたらしてくれて、ありがとう。

 箸が止まらない。肉、ごはん、きのこ、ごはん、肉、肉、ごはん、きのこ。

 朴葉の上がすっかり綺麗になるまで、あっという間だった。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 食後の煎茶を飲みながら一服していると、カウンターの女性が店を出て行った。あんなに美味そうにビールをぐびぐび飲んでいたのに、足取りはちっとも乱れていない。ああいう、心から楽しんでスマートに飲める人を、ちょっと羨ましいとも思う。

 

「あの人、いい飲みっぷりでしたね」

 

「ああ、村崎さんですか。彼女、本当に美味しそうに飲んでくれますから。こっちとしても嬉しいです」

 

 さもありなん。

 

「でも、お客さんもですよ?」

 

 ん?俺も?

 俺は飲んじゃいないんだが。

 

「ものすごく美味しそうにがっつり食べてくれるもんだから、こっちまで腹減っちゃいましたよ。まかないまでまだ時間あるのに」

 

 そう言って笑う店員さん。俺、そんなにがっついてたんだろうか。でも、確かにそれくらい美味しかった。今度、樹教授を誘って来てみようか。湯川さんも誘うと面白いかもしれない。兎に角、また来たくなる味だった。

 

 

 

 

 後日、樹教授にフランスチーズの試食会に招待された。そこで沢木君が『菌たちが何か騒いでる』とか何とか言い出して大騒動になるのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『もやしもん』より樹慶蔵教授、沢木宗右衛門直保、西野円。『ワカコ酒』より村崎ワカコです。
どちらも大好きな作品ですが、最近はニコニコでワカコ酒のアニメ見てます。まさにふらっと久住ならぬふらっとワカコ。笑
感想お待ちしております。

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