孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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リクエストにお答えして書きました。今回も特別編と同じくタイトルだけでわかる人にはわかりますね。クロス先も1つだけです。
ではどうぞ~


第十話 冬木市深山町の麻婆豆腐

 冬木市。

 大災害に連続殺人事件と、何かと物騒な事件がよく起こるというこの町は、周囲を海と山に囲まれた地方都市だ。

 冬木という地名は冬が長いことからきていると文献には載っているが、実は温暖な気候で、そう厳しい寒さに襲われることはないらしい。適当に掘ったら温泉の一つや二つ湧き出るのではないかと言われているとかいないとか。

 辺りをぐるりと見渡してみる。何もない、殺風景な公園だ。自然公園ならば当たり前だとは言えなくもないが、それにしても少し物寂しい。この場所が嘗て大勢の人が亡くなった大災害の現場だということも関係しているのだろうか。

 

 ――貴方も生きていたならば、きっとその大災害の被災者を救うために奔走したのでしょう、言峰神父。

 

 十字を切って祈る。あんなに元気だった人が亡くなるなんて、人生とは本当にわからないものだ。

 

 

 

 

 今回冬木市に訪れたのは、詠鳥庵のご主人に中国の陶磁器を手に入れられないかと相談されたからだ。当てはないことはないのだが、老舗の呉服店に並べるに足り得る品だとだいぶ数は限られてくる。半分自分の趣味のようなものだからそんなに構えなくてもいいとは言ってくれたが、こちらとしてはそういうわけにもいかない。それなりの品を用意しなければならないだろう。

 とりあえずはこれだけはご用意できますと、ノートパソコンを広げて見せたのだが、ご主人は電子機器にはとんとうといようだった。途中から娘さんを応援に呼び、やたらと色が黒い――後から聞いたのだが冬木の黒豹という二つ名があるそうだ――その娘さんが最後まで付き合ってくれた。早めに事務所を出たこともあって商談は順調に進み、昼前にはすべて終わって自由時間となったわけだ。

 せっかくだから少し散策してみようかと思い立ち、中央を流れる未遠川に架かる冬木大橋を渡って深山町から新都へと移る。そういう土地柄なのか、冬木には様々な民間伝承がある。この未遠川にも言い伝えがあって、嘗ては竜神が住む川だったそうだ。その竜神を沈めたのが、この辺りで一番大きなお寺である柳洞寺の住職とも伝わる。

 山と海。古さと新しさ。東洋文化と西洋文化。すべてが丁度良い具合に混ざり合った土地、冬木。案外、地方暮らしもこういう所なら楽しいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、目的の場所に到着した。途中自然公園に寄り道してしまったが、昼までにはまだ時間がある。一瞬迷ったが、教会の人はきっと早起きだろうという乱暴な理屈でお邪魔することにした。

 

「ごめんくださーい」

 

 扉を開けて中に入ると、祭壇の前に跪く銀髪のシスターが一人。その他には誰も居ない。突然の来客に集中を乱されたのか。一つ息吐いてゆっくりと立ち上がり、こちらへと振り返った。

 

 歪だ。

 

 一目見てそう感じた。

 いや、歪んでいるのとは少し違う。曲がっている、擦れているというほうが近い。そして彼女は、そんな世界を感受している。まっとうな人間なら耐えられないその世界を、有るがまま受け入れている。

 

 その姿は、なんて――。

 

 

「――なんて、無様」

 

 シスターが始めて声を発した。その瞳に映っているのは――愉悦?

 

「おや失礼。うっかり本音が出てしまいました」

 

 ……無様って、俺のことか。

 

「それで、どういったご用件ですか?

 信徒、というわけではなさそうですが」

 

 そういって首を傾げる。仕草自体は非常に可愛らしいのだが、俺はどうにもこのシスターが好きになれそうにはなかった。

 

「この教会を任されていた言峰神父に子どもの頃お世話になりまして。亡くなられたと聞き、故人に祈りを捧げようかと」

 

 理由を説明しても、シスターは首を傾げたままだ。

 

「……失礼ですが、貴方は言峰綺礼神父よりも年上に見えます。その貴方が子どもの頃世話になったとはどういうことでしょうか」

 

 言峰綺礼?言峰神父の名前は、確か――。

 

「確か、言峰璃正、という名前だったかと思うのですが……」

 

 俺がそう言うと、シスターは得心したように手を打った。

 

「ああ、言峰綺礼のお父君ですね。私の2代前にここを任されていた神父です。私の言う言峰綺礼はその息子になります」

 

 言峰神父、息子がいたのか。知らなかった。

 

「ではこちらへどうぞ。共に祈りを捧げましょう」

 

 シスターに促されるまま跪いて祈る。久しぶりの、心からの祈りだった。

 

 

 

 

 

 

「……迷える子羊というわけではなかったのですね。残念です」

 

 祈りを終えると、シスターがポツリと呟いた。

 迷える子羊なんていないほうが本来はいいだろうに。残念とはどういうことなのか。

 それに、俺だって迷うことくらい――あ、そうだ。

 

「そうですね。実は、少し迷っています」

 

 その一言で、シスターの目が再び愉悦の色をおびる。大丈夫か、この教会。

 

「昼飯は何を食えばいいでしょうか?」

 

 シスター、一瞬で冷める。失望を隠そうともしない。君、そんなに人の不幸が好きか。

 

「……深山町のマウント深山という商店街に、泰山という中華料理屋があります。そこの麻婆豆腐がお勧めですよ。言峰親子も好んでいたとか。私も食しましたので、味は保障します」

 

 ほう。麻婆豆腐か。

 

「これはいい事を聞きました。ありがとうございます」

 

 一礼して教会を出る。

 俺がいる場所は、教会じゃなくてやっぱり飯屋だ。

 

 

 

 

 

 昔ながらの商店街を歩く。飲食店関係がやたらと充実しているのに、娯楽施設がまったくないのはどうしてなんだろうか。

 これでは若者は全部新都に流れてしまうんじゃないか?最初はそう思ったのだが、地元の学生らしき人影がちらほら見える。学生が地元の商店街にいる。どこにでもあるようで、最近は滅多に見かけなくなった貴重な光景だ。

 また制服を着ているのが二人。あの男女はカップルだろうか。一目でそうわかってしまうほどに、仲睦まじい雰囲気が伝わってきた。

 

「あー面白かった。士郎も見た?綾子のあの顔」

 

 黒髪ツインテールの美少女がそう言うと、隣を歩く赤髪の少年は顔をしかめた。

 

「遠坂はそれでいいだろうけど……明日からからかわれるのは俺なんだぞ」

 

 溜息をひとつ。まあ、あんな美少女が彼女なら、からかわれることも妬まれることもあるだろう。

 

「いいじゃない。からかわれたって。

 その……恋人なのは、事実なんだし」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

 真っ赤になる二人。俺にもあんな頃があったっけ。

 初々しい二人を見て心が和んだところで店に着いた。

 紅州宴歳館、泰山。

 言峰神父が愛したという麻婆豆腐、堪能させてもらいましょう。

 

 

 

 

 なんだこれは。

 黒い。目の前にあるものを一言で表せばそうなる。唐辛子の使いすぎなのか、はたまた最初から黒い品種の唐辛子を使ったのか。赤を通り越してどす黒くなったどろどろとした何かが目の前にある。一応は麻婆豆腐という料理のはずだが、脳がそれを受け入れてくれない。理解することを拒んでいる。

 もしかして美味いのか。このラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな料理が美味いというのか。

 と、とにかく。いつまでもこうしていたら冷めてしまう。さすがにそれは勿体無い。

 

 

 麻婆豆腐とライスのセット

 

 麻婆豆腐

 店長の魃さんが醤から手作りした特製激辛麻婆豆腐。辛いけど癖になった人にはたまらない?

 

 ライス

 セットのライス。何の変哲もないライス。ただのライス。でも麻婆豆腐の横にいると怪しく見える。

 

「いただきます」

 

 そう言ってからレンゲを麻婆豆腐の中に。掬ってゆっくりともちあげると……どす黒い何かがぼたぼたと皿の上に落ちていく。これ、本当に食べ物なんだろうか。恐る恐る口の中へ。

 

 

 辛い。

 

 

 辛い。本当に辛い。とんでもなく辛い。

 ハバネロだとかの『痛い』辛味じゃなくて、きちんと味として辛い。だから余計に辛い。

 さらに山椒もすごい。いつだったか食べた汁無し坦々麺以上だ。舌に触れた瞬間、そこから順に痺れていく。

 でも美味い。辛味の中に、きちんと麻婆豆腐の味がする。まっ黒で何がなんだかわからなかった豆腐も、口の中に入れればきちんと柔らかい。挽き肉もいい仕事してるし。でも辛い。これはご飯だ。ご飯がいる。

 慌ててレンゲのままご飯を書かき込む。なんてことのない、ただの白飯。でも、今ならいくらでも食えそうだ。

 レンゲが止まらない。いや、止められない。これは一度止めてしまうとやられてしまう。比喩とかじゃなくて、脳か舌が物理的にやられる。

 結局、辛さも今までで一番だったが、食べ終わる早さも今までで一番だった。

 

 

「ふうっーー」

 

 水を飲んで大きく息を吐く。なんだか、このお冷にも強烈な味がついている気がしてくる。水って、こんな味するんだ。

 

「ご馳走様でした」

 

 言峰神父も、こんな風に食事をしていたんだろうか。親子2代で。

 ……でも、一度食べたら暫くはいいかなあ。俺は。

 

 

 

 その後、来る時にすれ違ったあのカップルが、同じ制服を来た少年少女に囲まれているのを見かけた。女子の黄色い声と男子の怨嗟の声が木霊しすごいことになっていたのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回はがっつりFate回。最新話の凜ちゃんが可愛かったからちかたないね。早くキスシーンが見たい。笑
ちなみにこの麻婆豆腐、実際に商品化されています。兎に角辛い。
感想お待ちしております。

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