IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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お待たせしました。とうとう我らが兄貴、ディンゴの出撃となります。
LEVの泥臭い戦いと、ISの圧倒的な強さが描写出来てるといいなぁ(汗


Episode.8 ディンゴ、出撃

――振動が起こる度に明滅する蛍光灯が照らす廊下を、ディンゴは身を屈めながら慎重に進んでいく。

 不審人物を捕らえておくエリアだけの事はあり、構造は複雑に入り組んでおり、侵入者や脱走者対策の為か、目印になるような物も殆ど無かった。

 

「‥‥‥‥あっちか」

 

 しかし、ディンゴは僅かな空気の流れや匂いを感じ取り、少しずつ、確実に地上へと向かっていく。

 物心ついた頃から空気が貴重な空間で生きていたディンゴの感覚は、動物的に並外れたものになっていたのだ。

 だが、地上に近づいて行くにつれ、違和感を覚え始める。

 

「――何で誰もいねぇ?」

 

 ここは自分のような侵入者を捕らえる設備の筈だ。

 それなのに、見張りはおろか歩哨すらいないというのはどういう事か?

 考えられる可能性はいくつかある。

 

 一つは、この場所が監視すら必要のないほどのセキュリティを有している事。

 

‥‥まぁ、これは無いだろう。

 もしそうなら、ディンゴがこうして一人でノコノコと歩ける筈が無い。

 

 もう一つは、外の状況に対応するために、歩哨に必要な人員までもそちらに割いている事。

 

 これは好都合ではあるが、逆に不都合にもなり得る事態と言える。

 外の状況が悪化すれば悪化するほど、ディンゴが脱出する事も困難になっていくからだ。

 

「何にせよ、急ぐしかねぇか」

 

 そう一言呟くと、ディンゴは身を屈めた体勢を維持しながら、勢い良く駈け出した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 更に何階分か階段を上がると、窓の付いたエリアに到達した――地上に上がったのだ。

 当たりを見回すと、どうやら格納庫らしき施設の中らしい。

 あちこちにある破壊された機材、炎を上げる車両やLEVの影響で、中はむせ返る程の熱気と、目に染みるような煙が充満していた。

 出口に近づくに連れ、レーザーらしきもので撃ち抜かれ、刃物で切り裂かれたと思しき警備員達が物言わぬ姿で横たわる姿が増えていく。

 数は全てで……十人ほどか。

 

――襲撃者はいない。

 

 それはつまり、この建物の『掃討』が完了したという事なのだろう。

 

「こいつは酷ぇ……」

 

 見慣れてはいるが、何時まで経っても慣れない光景に、思わずディンゴは顔を顰めた。

……だが、彼らには悪いが弔っている暇は無い。

 手近な所にあった警備員の亡骸に瞑目し、自動小銃と、予備の弾倉

マガジン

を拾い上げる。

 何故なら、開け放たれた出口の向こうから、爆炎の唸りと発砲音とは別の、奇妙な機械音が聞こえてきたからだ。

 足音を極力消しながら、建物の出口から外を覗き込み――ディンゴは、驚愕に目を見開いた。

 

(なっ‥‥!? スパイダー‥‥なのか?)

 

 そこから見えるのは、彼にとっては『見慣れたシルエット』であった。

 

――『スパイダー』‥‥主に拠点防衛や、歩兵陣地等の攻略・殲滅に用いられる、準OFとも言える無人歩行戦車だ。

 

 武装は瞳を模した砲口から放たれるレーザーと、三本足の先端に装備された硬質メタトロン製の爪しか無いが、強固なエネルギーフィールドを纏っており、その硬さはジェフティでも一撃では破壊しきれない程に強い。

 

 本来ならば、全長3~4mほどの大きさなのだが、今ディンゴの視界にある『スパイダー』は、1m弱ほどの大きさしか無かった。

 まさか、この時代にもこの姿を拝めるとは思ってもいなかったが‥‥そんな感慨にふける暇など無かった。

 

――スパイダーの内の一機が、こちらに瞳を向けたのだ。

 

「……やべっ!?」

 

 咄嗟に身を隠すが時既に遅く、ディンゴの姿を感知したのか、周囲にいたスパイダー達の気配が一気に近づいてくるのが分かった。

 

「やるしかねぇ!!」

 

 壊れたドアを盾にしつつ、最も近い個体目掛けて自動小銃の引鉄を引く。

――軽快な破裂音と共に、数十発の弾丸がスパイダーの足目掛けて殺到し、撃ち砕く。

 

 バランスを崩されたスパイダーはひっくり返り、腹を見せてワシャワシャと地面の上で藻掻いた。

 ディンゴは冷静に装甲の薄い箇所を見極めると、弾丸をそこへ集中させる。

 くぐもった爆発音と共に、スパイダーはそれっきり動かなくなった。

 

「‥‥弱点は、小さくなっても変わらねぇか」

 

 取り敢えず、ジェフティで以て相手取った時に最も有効だった戦術が功を奏し、ふう、と息を吐く。

 加えてボディはメタトロン製では無く、見たところごく普通のチタン合金製。

 その影響で厄介なエネルギーシールドも搭載されていないらしい。

――それだけは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 だが、一機を倒せた事を安堵する前に、十数条ものレーザーが殺到した。

 

「うおっ!?」

 

 盾にしていたドアが赤熱し、咄嗟にディンゴは建物の陰に飛び込んだ。

 一つ一つは低出力ではあるが、人を貫くには十分過ぎる代物であり、集まればこうして鉄の扉をも溶かす強力な武器となる。

 スパイダーの最大の厄介さはここにある――常に数機、多い場合は数十機もの編隊を組んでおり、集団戦を試みてくるのだ。

 

「だああああっ!! クソったれ!!」

 

 ディンゴは砲撃の合間を縫って身を乗り出すと、近づこうとしていた二機のスパイダーの足を砕き、地面に転がす。

 そして再びあらわになった装甲の薄い腹へと銃弾を叩きこみ、あっという間に周囲に二機分の火花と破片が散らばった。

 

 しかし、明らかに多勢に無勢だ――その一瞬で見えた範囲でも、十機近いスパイダーがこちらに近づきつつある。

 そして、3機倒した時点で弾倉が一本無くなった……残りのマガジンは、周りの警備員達の亡骸から調達するにしても、探している間に建物の中に侵入されたら一巻の終わりだ。

 格納庫内に物陰は豊富にあるが、中は炎の熱気と煙で、蒸し焼き寸前の状態になっている……どちらにせよ、長期戦は不可能。

 

(どうする……!?)

 

 焦りが思考を鈍らせる――だが、ディンゴは決して思考を止めようとはしない。

 

 

 

 何かある筈だ……探せ……探せ……!!

 

 

 

(……あれだ!!)

 

 

 

 そして、視界の端……ここから然程離れていない場所にある、巨大なシャッターを持つ建物の存在に気付いた。

 訓練などで故障した機体や損傷を負ったLEV等を修理・格納する応急型の格納庫だ。

 運良く人がいなかったのか、破壊もされておらず、全くの無傷だ。

 

――距離はここから50m程……ディンゴにとっては5秒と掛からず到達出来る距離だが、レーザーで狙いを定められている状況では、危険過ぎる程の距離と言える。

 

 しかし、決断したディンゴの行動は早かった。

 手頃な大きさの瓦礫を拾い上げ、窓から外へ思い切り投擲する。

 無人機の特性ゆえか、スパイダー達の視界が一斉に瓦礫に向かった。

 

(今だ!!)

 

 その隙を逃さず、一気に出口から駆け出すディンゴ。

 そして、走りながら狙いをつけ、最も近いスパイダー三機の足を一気に砕く。

 破壊している暇は無い……動きを止める事が最優先だ。

 そこでようやくディンゴを認識したのか、他のスパイダー達が一斉に砲口を向ける。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 頭や胸を腕と銃身で庇いながら、時に跳び、時に転がって回避する。

――何発かは食らう覚悟であったが、熱線は僅かに掠ってディンゴの肌とスーツを焼いた程度に留まった。

 その間にも、ディンゴは自動小銃の引鉄を引き、再び一体を地面に転がし、体の勢いを止めぬまま、前転しながらリロード。

 散発的に反撃を試みながら全力で走り……とうとう小屋の端に設けられた人員用の出入り口へと辿り着いた。

……が、そこには案の定鍵がかけられている。

 

「クソっ!! とっとと開きやがれ!!」

 

 悪態を吐きながら、ドアノブのある部分に残った銃弾をありったけ叩きこむ。

 不快な金属音と共に、ドアノブは鍵ごと吹き飛んだ――それを確認すると同時に、ディンゴは思い切りドアを蹴り破った。

 勢い良く開け放たれた入り口目掛けて、ディンゴは体を全力で投げ出す。

 つい一瞬前まで体があった場所に、何条ものレーザーが通り過ぎていく。

 

 

――ガラガラガラガラガラッ!!

 

 

 ディンゴの体は整備機材や細かなパーツを蹴散らしながら転がり――中にあったLEVの脚にぶつかってようやく止まった。

 

「ぐ……ぉ……!?」

 

 あちこち打ち付け、ISとの戦闘で傷ついた体が悲鳴を上げるが、休んでいる暇は無い。

 すぐに扉の近くにあった戸棚や機材を使ってバリケードを作り、入り口を塞ぐ。

……そこでようやく、ディンゴは息を整える事が出来た。

 

「……ゼェ……二度と……重力のある所で……ハァ……全力疾走と……白兵戦なんざしねぇぞ……ゲホッ……!!」

 

 息絶え絶えになりつつも、まるで何かを呪うかのように吐き出す。

 何度か深呼吸を試み、息が落ち着くと、ディンゴは小屋の中の状況を確認する。

 

――小屋の中央には、無傷のLEVが一機鎮座していた。

 

 装輪タイプの六脚型……LEVの関連技術が発展し始めた頃に開発され、コロニー内や市街地などで使用された、機動力に優れた機体だ。

 ディンゴの認識の中では博物館(アンティーク)級の代物だが、この時代では最新型である。

 武装は、見る限り三つ指式の両腕に搭載されたチェーンガンのようだ。

 

「何にせよ、ありがたく使わせて貰うとするか」

 

 13歳の時に結成された旧バフラムに入隊して以来、様々なLEVに乗ってきた彼だが、ここまで旧式の機体は操った事が無い。

 が、それを躊躇する事は出来ない……スパイダーが放ったレーザーによって、シャッターのあちこちが赤熱し、扉に取り付いた個体が幾度も爪を叩きつけているのか、バリケードがガシャガシャと頼りなく揺れていた。

 

――ハッチを外部操作端末で解放し、コクピットの中へと乗り込む。

 

 その中の操縦桿や各種計器、コンソールは、微妙な配置の違いや規格の古さなどを除けば、ほぼディンゴの知るLEVのものと全く同じだった。

 

「やれやれ……こればっかりは、N.E.U(ネレイダム)の石頭共に感謝だな」

 

 そう言いながらも、ヒュウッ、と口笛を一吹きする。

 

 LEVのコクピット内の規格は、開発当初からN.E.U社が特許をほぼ独占しており、それはディンゴの時代――AD.2178年になっても変わっていない。

 当然、いつの時代にもN.E.U社は競合する各社から批判の的となったが、当の彼らは、ライセンス料などで得た巨大な資本と、強権的な交渉で以てそれらを跳ね除け続けた。

――N.E.U社が企業のトップとして君臨出来た理由、そしてOFという超兵器の開発に湯水の如く出資出来たのは、このような背景があったのである。

 

……だが今は、そんな事情などはどうでもいい。

 素早く端末を操作し、起動シークエンスを呼び出す……ジェフティに出会って以来LEVを扱わなくなって久しいが、長年の訓練の賜物か、全て体が覚えていた。

 しかし、ディンゴの予想と違い、起動シークエンスは始まる事は無かった。

 

「何だ……?……チッ!! 制御システムが完全に死んでやがる!!」

 

 首を傾げながら急いでチェックをし、原因を特定したディンゴは、思わず悪態を吐いた。

 

 LEVの操作というのは非常に複雑であり、人の手だけで動かそうとすれば、腕一本動かすのにも様々なプロセスを得なければならない。

 そのために必要なのが制御システムであり、これがセミオート機能を起動する事で、LEVはごく簡単な操作で複雑な作業を行う事が出来るのだ。

 しかし、手動でセミオート機能を起動させようと思えば、下手をすれば数時間は必要になる。

 

――無論、そんな悠長な事をやっている暇は無い。

 

 外部マイクが、前方からガシャガシャとやかましい金属音を拾い始める。

 シャッターが溶け始め、柔らかくなった場所にスパイダーが爪を突き立て始めたのだ。

 

「……仕方ねぇ」

 

 ディンゴはそれを見て、即座にセミオート機能を起動する事を諦めた。

 

 自動制御が不可能ならば……『自力でやればいい』。

 

 そう決断すると、手順を口頭で確認しながら、コクピットの中にある計器の一つ一つを操作し始める。

 

「起動シークエンスをマニュアル操作で開始。

……各種動作、バランサー、姿勢制御のコントロールをフルマニュアルで起動。

 索敵・照準・トリガーを全てパイロットへ移譲。

 機体状況、武装状況チェック……オールグリーン」

 

 ディンゴが一つ一つの動作を終える度に、コクピットのコンソールの各所に火が灯り、主機が唸りを上げ始める。

 

「さぁて……久しぶりのフルマニュアル、行ってみるか!!」

 

 口の端をぺろり、とひと舐めし、ペダルをフルスロットルで踏み込みながら操縦桿を倒すのと、スパイダー達がシャッターを破壊して雪崩込んだのはほぼ同時だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――シャッターごとスパイダーを吹き飛ばしながら、六脚LEVが外へと飛び出す。

 装輪を利用して機体をコマのように回転させながら群がるスパイダーを跳ね飛ばし、轢き潰す。

 

「止ま……れええええええっ!!」

 

 ディンゴはGに吹き飛ばされそうになりながらも、バランサーの調整を行いつつ操縦桿を巧みに操ってバランスを取り、踏みとどまった。

 そして、目視で索敵――轢殺を逃れたスパイダーが、二十機ほど。

 それら目掛けて、ディンゴは複雑なFCSの制御をこなしつつ、チェーンガンを放った。

 通常ならば制御システムが殺してくれる筈の反動(リコイル)で機体が揺れ、操縦桿が指を引き剥がさんばかりに暴れまわる。

 

「こなくそぉっ!!」

 

 しかし、ディンゴはそれらを強引に抑え込んだ。

――まるで蛇のように火線が地面を抉り……その線上にいたスパイダー達を巻き込みながら格納庫前の広場を蹂躙していく。

 

……土煙が収まった後には、抉れた地面の上に転がるスパイダーの残骸だけが残っていた。

 

「……ったく、とんでもねぇジャジャ馬だ。砕氷LEVがまだ可愛く思えるぜ」

 

 眼前の敵を排除し、ふう、と溜息を吐く。

 故あって旧バフラムを抜け、木星の惑星カリストで採掘工をしていた頃に使っていた機体も扱い辛かったが、この六脚LEVはフルマニュアル操作とは言えそれに輪をかけて酷い。

……まぁ、当然であろう。

 最新型の戦闘機に乗り慣れた者が、いきなり布と木で出来たプロペラ機を扱うようなものなのだ。

 

――だが、やれない事は無い。

 

 こんなもの、ロイドの所にいた頃に、OFをフルマニュアルで操作した時と比べれば屁でも無い。

 それに、今のでこの機体の癖はある程度は掴めた――これ以降は、多少上手く扱えるだろう。

 ディンゴはモニターに周囲のマップを呼び出し、自分達の位置、そしてジェフティの現在地を確認する。

 格納庫が東南のエリアにあり、ジェフティが落下した闘技場のような施設は西――ほぼ真逆の方向だ。

 その上、レーダーを見るに、進路上には多数の敵機らしき反応と、友軍らしき反応が点在していた。

 ジェフティの下へと向かうためには、彼らの側を通りすぎなければならない。

 

「ま、なるようになるか」

 

 そう呟くと、ディンゴは格納庫の敷地内を飛び出し、目に入るスパイダー達を蹴散らしながら進み始めた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 最後のトリガーと共に、バズーカの砲弾が白い尾を引きながら飛び、残っていたスパイダーの群れを吹き飛ばす。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 荒い息を吐きながら、真耶は弾も弾倉も使い切った連装バズーカを手放した。

 彼女の手から離れたバズーカの砲身は、一瞬だけ宙を舞い、すぐに量子変換されて再び「打鉄」のデータ領域の中へと帰っていく。

 

――群がる敵を殲滅した事で頭が冷え、冷静に戦場を見下ろす余裕が出てくる。

 

 ハイパーセンサーで見る限り、周囲に残るスパイダーは然程多くは無いが、やはりそれでもかなりの数が残っている。

 真耶は上空からの攻撃は効率が悪くなると判断し、バリケードの前に陣取るように地上へと降り立った。

 

「や、山田先生……」

「……後は、私がやります。皆さんは、下がって休んでいて下さい」

「で、ですが!?」

「お願い……します……」

 

 傷ついた警備員達に、前を向いたまま振り向かずに告げる真耶。

 その姿は、警備員達の知る彼女の姿とはあまりにもかけ離れており、彼らはただ呆然と頷く事しか出来なかった。

――頬から伝い落ちる涙の雫が見えたのも、理由かもしれない。

 

「あなた達がっ……!!」

 

 そして、真耶は怒りの篭った眼差しで、ただスパイダー達を睨みつける。

 今度は両手にドラムマガジン式の大型ガトリングをコール――引鉄を引くと同時に、唸りを挙げて砲身が回転し始める。

……数秒後、金切り声をあげて、鋼の嵐が巻き起こった。

 

「わああああああああああああああああっ!!」

 

 硝煙の尾を引いて吐き出された薬莢が、地面に落ちる事で奏でられる金属音と、ガトリングから放たれる轟音の二重奏と共に、胸の内に巻き起こる激情を乗せながら麻耶は叫んだ。

 自動小銃では何十発叩きこまなければ倒せなかったスパイダーが、まるで吹き散らすかのように撃破されていく。

 スパイダー達もただやられるだけで無く、真耶を脅威と認識したのか、レーザーによる集中砲火を浴びせた。

 

――が、その熱線が伸びる先に、既に真耶の姿は無い。

 

 ハイパーセンサーによる分析で砲身の熱量増加を感知すると同時に、彼女は瞬間加速(イグニッション・ブースト)を発動させ、スパイダー達の背後に回り込んでいた。

 そして再び鋼の咆哮が響き渡り、数十体分の破片が辺りに撒き散らされる。

 

『――警告! 接近警報:背後。脅威度C』

 

 再びハイパーセンサーが背後からの攻撃を感知し、警告を発する。

 背後に視界は無い――が、コアから伸びるメタトロン回路との神経接続によって、ハイパーセンサーと同調した真耶の脳は、宙に飛び上がって爪を振り下ろさんとする二機のスパイダーの姿を『認識』していた。

 

――振り向き様に一機をガトリングの砲身で殴りつける。

 まるで自動車同士がぶつかり合ったようなくぐもった金属音と共に、スパイダーはグシャグシャに潰れながら吹き飛んだ。

 そしてもう一機は、遅れて繰り出された回し蹴りによって同じく弾き飛ばされ、地面に倒れた所にガトリングの弾を浴びて爆散する。

 

『――警告! 敵所属不明機群、射撃体勢に移行。熱量増大』

 

 だが、足を止めたその瞬間、見計らったかのように、周囲に潜んでいたスパイダーの群れが一斉にレーザーを解き放った。

 

「……!!」

 

 回避が間に合わず、数十条の光が真耶と「打鉄」を包み込む。

 

……しかし、その光を遮るかのように放たれた弾幕が、スパイダーを逆に蹴散らしていった。

 

『――バリア貫通、ダメージ8。シールドエネルギー残り978。実体ダメージ無し』

 

 スパイダーが全て砕かれ、レーザーが収まった後には、全く無傷の真耶と「打鉄」の姿。

 損害は、僅かなシールドバリアの減少のみ……その身に受けた攻撃は、生身で受ければ一条だけでも致命傷になり得る威力であるのにも関わらず、である。

 麻耶が攻撃を開始してから僅か数分――周囲にいたスパイダー達は、全て掃討されていた。

 

「こんなに……あっさりと……」

「すげえ……」

 

……後ろで見ていた警備員達に歓声は無い。

 ただ、真耶の纏う『モノ』の圧倒的な力への羨望と畏れ、そして嫉妬の入り混じった視線と共に、呟くだけだ。

 

 

――これが、IS。

 

 

――これが、僅か10年で世界のパワーバランスを書き換えた究極兵器。

 

 

――これが、『男』には決して持つ事の出来ない、圧倒的な『力』。

 

 

 しかし、彼らが思わず漏らしそうになった溜息は、爆炎渦巻く校舎前に響き渡った声によって再び飲み込まれた。

 

「チッ……!! もうISが出張って来てやがるのかよ……スコールの奴、しくじりやがったかぁ?」

 

 ハスキーで、女とは思えない程に乱暴な口調――「アラクネ」を纏ったオータムが空から真耶を見下ろしていた。

 

「まぁ、たかが量産機纏った候補生崩れ一人……すぐに刻んでやるよぉっ!!

 ギャハハハハハハハハッ!!」

 

 しかし、挑発的な、それでいて殺気の塊のような哄笑を受けても尚、真耶の目は怒りに燃えていた。

 

「……なた……んですか……?」

「あぁ?」

「あなたが……やったんですか……!!」

 

 押し殺したような真耶の言葉に、オータムは腹を抱えて笑い出した。

 

「ギャハハハハハハハハハハッ!! 何当然の事聞いてやがんだよ!? あぁっ!?

 ここまで平和ボケしてると哀れすぎて笑えてくるぜ!!」

 

 真耶は最早問わなかった――放たれるのは言の葉では無く、唸りを上げるガトリングの弾幕。

 スパイダーを安々と屠った鋼の咆哮を、アラクネの爪が切り散らす。

 

「私は、あなたを許せません!!」

「ハッ!! 甘ちゃんだと思ってたら中々イケる口じゃねぇか……遊んでやらぁっ!!」

 

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)で、まるで砲弾の如く飛び、真耶を八本足で寸刻みにせんと迫るオータム。

 真耶も咄嗟に飛び退き、距離を取りつつ両手のガトリングで押し潰すような弾幕を展開する。

 鈍色の閃光と、黄黒の残像が交差する――幾度も、幾度も、幾度も。

 

――この時代の究極兵器だけに許された、地上での音速戦闘が幕を開けた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その頃、司令室ではオペレーター達がセキュリティを解除せんと必死に端末を操作していた。

 その指揮を取る千冬をも解除に駆り出しながらの、総力戦だ。

 

「――IS格納庫、第5防壁を突破!! 第六防壁到達まで後45秒!!」

「そのまま続けろ!!……専用機所持生徒と代表候補生の部屋のロックの解除は!?」

「完了しています!! 

しかし、外部へと繋がる出入り口のロックや窓のシャッターの解放、シールドバリアの解除がまだ……!!」

「そんなものはぶち破れ!! 私が許可する!! 最悪バリアをもう一度貼り直せばいい!!」

「り、了解っ!!」

 

 ディスプレイを操作しつつ、千冬は矢継ぎ早に指示を出し、同時に戦況の確認も欠かさない。

 校門前から雪崩込んでいた敵の勢いはやや遅くなり、戦いは膠着状態に陥りつつあった……こちら側の劣勢という形で。

 LEVは未だ行動不能、楯無は正体不明の敵と未だ交戦中、警備隊は歩兵武装で良く頑張ってくれているが、犠牲は一人、また一人と増えていた。

 

 唯一優勢なのは真耶のいる校舎前と、第二アリーナの教師二人だが、真耶は先程アラクネと接触し戦闘に突入、第二アリーナには数百体規模の敵反応が未だに存在しているため、未だに予断を許さぬ状況だ。

 

(くっ……手が足りん!!)

 

 せめてISがもう一機……いや、LEVの一機でもいれば、このジリ貧の状況を打破出来るかもしれない。

 無いものねだりとは分かっているが、そう思わずにはいられない。

 だが、そんな時オペレーターの一人が明るい叫びを上げた。

 

「あっ……!? れ、LEV反応を第四エリアの格納庫付近で確認!!

 学園内通路を通って校舎前に向かって進行中です!!」

「何!?」

 

 その声に、千冬は跳ね上げるように顔を上げ、中央のモニターに目を向ける。

――確かにそこには、LEVを示す緑色の光点があった。

 

「状況をモニターに出せるか?」

「了解!! 至近の上空モニターに繋ぎます!!」

 

 そしてモニターに表示された光景に、オペレーターと千冬は思わず呆気に取られた。

 

――まるでロデオのように暴れまわる機体で疾走しながら、これまた荒々しい動きで進路上のスパイダー達をなぎ払っていく六脚LEVの姿。

 流れ弾であちこちの備品や建物を抉り、時折街路樹や街灯などに衝突して薙ぎ払いながら、猛烈なスピードで進んでいく。

 

「――フルマニュアル……何処の馬鹿だ?」

 

 千冬が思わず呟く――マニュアルでLEVを扱う事は不可能では無いが、一歩間違えれば大惨事は免れない途轍もなく危険な行為だ。

 施設を含め、学園を守る事を任務とする警備隊の所業とは、とても思えなかった。

 

……だが、そこではた、と気付く。

 

 IS学園の警備隊はかなり優秀な部類に入る人材が揃っているが、LEVの操作を全てマニュアルで操作出来る程の、人間離れした腕を持った者がいただろうか?

 

「……パイロットに通信を繋げ!!」

「り、了解!?」

 

 険しい表情の千冬に少し怯えながら、オペレーターが端末を操作する。

 今度はサブモニターが表示される……そこに映ったものを見て、千冬は一瞬驚愕し、絶対零度の声で忌々しげに呟いた。

 

「――何故貴様がそれに乗っている」

『……あぁ?……アンタか。

 化物じみた強さの上に指揮官か……お見逸れするぜ』

 

 相変わらず、こちらを挑発するかのような皮肉げな言動――それは間違いなく、千冬が数時間前に捕縛した、あの機体(ジェフティ)のパイロットであった。

 

「――拘束具と電子ロックはどうした?」

『ちょいと知り合いにおせっかいなAIがいてね……そいつが開けてくれたのさ』

「AI……? あの機体にか?」

『……答える義理は無いね』

 

 こちらの問い掛けを、のらりくらりとかわす男

ディンゴ

――千冬の眉が、いらだたしげに顰められる。

 

「貴様と問答している暇は無い。すぐにその機体を停止させて投降しろ」

『――嫌なこった。俺も死にたく無いんでね』

 

 彼の言う通り、今外に出たら、あの戦闘機械(スパイダー)の餌食だ。

 予想は出来ていたので、千冬は別段気にもせず、続けて最後通告を突き付ける。

 

「ならば、貴様をそのLEVごと射殺する事になるぞ。

……LEVはISには勝てない事ぐらい、貴様でも知っているだろう」

 

 無論現在動かせるISは無いため、ただのハッタリ――しかし、後半の言葉は今の時代の真理という点では真実だった。

 しかし、男は事も無げに言い放つ。

 

『――んなもん、知るか』

「な……!?」

 

 ISが、LEVに乗る者にとって、憧憬や畏れ、嫉妬や憎悪などの様々な感情を向ける対象になっている事は、千冬は自惚れでは無く知っている。

 

『――来るなら来い。ただし、それなりの覚悟は出来てるんだろうな?』

 

……だが、この男は違う。

 ISがどのようなものであるかなど関係無く、ただ己を邪魔する『敵』としてしか見ていない。

 強がりでも、無知でも無い――千冬は、男に生粋の戦士の匂いを感じた。

 

『そんな事より、あんたらどうやら苦戦してるみたいだな?』

 

 思わず呆然とする千冬に向かって、今度は逆に男が問いかけてくる。

 

「……答える義理は無い」

『強がるな。レーダーを見りゃ分かる』

「……チッ」

 

 事実を突き付けられ、男に会話の主導権を握られた事を感じ、思わず舌打ちする。

……だが、次に放たれた言葉に、今度こそ千冬は呆気に取られてしまった。

 

『――手を貸してやる。指示を寄越せ』

「…………は?」

『ドサクサでジェ――機体を壊されちゃ困るんでな。

 あんたらも苦戦してるようだし、悪い話じゃねぇだろう?』

 

 状況も立場も忘れ、思わず間の抜けた声が出てしまう。

 しかし、すぐに表情を引き締め、吐き捨てる。

 

「馬鹿を抜かせ。そもそも貴様が奴等の仲間では無いという保証が何処にある?」

『それこそ馬鹿を抜かせ、だ。

生憎と、『この世界』の何処にも俺の味方なんざいねぇ』

「何……?」

 

 男の言葉に引っかかりを感じ、怪訝そうな表情を浮かべるが、千冬はすぐにそれを振り払った。

 

「ともかく、侵入者である貴様をこれ以上好き勝手には『うるせぇっ!! ゴタゴタ抜かすな!!』……っ!?」

 

 凄まじい怒声に、千冬だけでは無く、オペレーター達も一瞬凍り付く。

 堪忍袋の尾が切れたとばかりに、男は今までの落ち着きをかなぐり捨てて怒鳴った。

 

『テメェらの面子がどうなろうと知った事か!!

 だがな……目の前でバタバタ死なれちゃ、こっちの目覚めが悪ぃんだよ!!』

 

 そう言いながら、男は自らの言葉を証明するかのように、警備員達が籠城するバリケードに近づこうとしている戦闘機械達を、チェーンガンで薙ぎ払った。

 そしてそのまま装輪で轢き潰し、殲滅していく。

 

 

「――いいだろう、貴様の戯言に乗ってやる……ただし、終わったら覚悟していろよ?」

『ああ、その時生きてたら、煮るなり焼くなり好きにしろ!!

……ただし、それなりの抵抗はさせて貰うがな』

 

 男の真っ直ぐな目と言動と、その光景を見て千冬は決断した。

 

「言ってくれる……その言葉、忘れるなよ?

――私は織斑 千冬。現在、この学園の指揮を任されている」

『……ディンゴ・イーグリットだ』

 

手短に自己紹介を交わすと、千冬は頭を切り替え、指揮官の声で男……ディンゴに命令を下す。

 

「――警備員の籠城地点と、現在行動中のISを貴様のLEVのモニターに表示する!!

 それらの救援をしつつ、第二アリーナへと向かえ!!」

『了解!!』

 

 まるで長年のコンビであったかのような阿吽の呼吸で、千冬の指示に対してディンゴが動く。

――ここに、後々まで語られる事となる、(ディンゴ)千冬(ブリュンヒルデ)のコンビが結成された。

 

 




千冬とディンゴの凸凹コンビ、ここに結成。
そして、本編のヘタレさなどどこ吹く風とばかりに颯爽と戦う山田先生。
……でも、本編中だと、演習とかの時は代表候補生二人組に圧勝したり、キャノンボールファストの演習で一夏を手玉に取ったりと、かなり強いんですよねこの人(汗
通常時のアワアワしている様子と、戦闘時の凛々しさというギャップ……大好きです。

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