IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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IS時代におけるLEVの立ち位置の説明と、遂に始まる本格的な戦闘。
オータムさんとアラクネが大暴れです。
そして蜘蛛と言えば、ANUBISプレイ済みの方もよくご存知の「あの雑魚敵」も登場です。


Episode.7 凶蜘蛛、襲来

――IS学園 正門前

 

 

『――正門前、定時報告の時間だ。現状を報告せよ』

「……こちら正門前。今の所異常無しだ」

 

 高く、強固な壁によって囲まれたこの学園の唯一の陸路での出入り口は、多数の警備員達によって守られていた。

 全員がボディアーマーと自動小銃で武装し、民間用にデチューンされてはいるものの、多くの軍用LEVも配備されている。

 謎の機体落下の報を受け、深夜にも関わらず招集された彼らは、蟻一匹も通さない厳重な警備を敷いていた。

 

 

――ISが世界の軍事力の主流になったとは言え、彼らのような人材は未だに必要とされているのだ。

 

 

 何せISはその総数が500に届かないほどに少ない。

 いくらその一つ一つの性能が遥かにISに劣っていたとしても、特別な人材で無くとも訓練さえ積めば誰でも動かす事の出来る汎用的な兵器というものは、軍隊や、ISを手に入れる事が出来ない国家や組織にとってはやはり魅力的なのである。

 

 

 中でもLEVは、AD.2045年にN.E.U社によって第一世代が生み出されて以来、宇宙を初め、陸・海・空問わず、様々な分野で活躍していた。

 その性能も、AD.2068年にL(ラグランジュポイント)4、5に建設されたコロニーへの移民が開始されたのを皮切りに上がっていき、見る見る既存の陸戦兵器に取って代わっていった。

 特に各国が牽制し合う事でISが進出出来ないでいる大気圏外作業の分野では、右に出る者がいない程の発展ぶりを見せている。

 

 

――とは言え、ISとの性能の差は歴然だ。

 

 

 いくら技術が進歩したとは言え、大気圏を自由に飛び回れるIS以外の兵器は、未だに戦闘機などに限られており、大気圏内では地上と海中でしか運用出来ないLEVは、戦力という観点から見れば、遥かに劣っていると言わざるを得なかった。

 

……口さがない者は言う。ISが女性の象徴ならば、LEVは男性であると。

 

 美しい姿で華麗に空を舞い、全てを屈服させうる可能性を秘めた女性と、ずんぐりとした武骨な姿で地を這い、決して届かぬ空の翼を追い求める男性。

 そんな傲慢な例えが蔓延ってしまう程に、ISという存在は大きなものだったのだ。

 

 

――このIS学園に足を踏み入れた『今時の少女達』の殆どが、武装した警備員達を見て指を指して笑う。

 

 何故、遥かに力の劣るLEVと『男』如きが、ISと『女性』を守るのだと。

 それはISが途轍も無く貴重であり、許可に許可を重ねなければ運用出来ない事を知らず、自分達がISを纏わなければ、ただのか弱い女学生に過ぎない事を自覚していない子供の戯言に過ぎない。

 警備員達はそんな屈辱に日々耐えながらも、命じられた通りにこの場所を守り続けていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――そんな時、彼らの姿を前方から光が照らす。

 

 

 そちらに目を向けると、車のヘッドライトらしき光がこちらに向かって走ってくる。

……音から察するに、大型トラックのようだ。それも数台続いている。

 

「――業者の人ですかね? 今日は入れないって通達はした筈なんですが……」

「情報が届いて無かったのかもな。いかんなぁ……報・連・相は社会人の基本だってのに」

 

 そう愚痴りながらも、先程通信機で報告をしていた年老いた警備員は、いつでも自動小銃のセイフティを解除出来るように指をかけ、周囲とトラックに何かあればすぐに対応出来るような体勢を維持しながら、慎重に近づいていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 トラックは、老警備員が近づいて来たのに気づいたのか、ゆっくりと停止する。

 

「おーい、悪いがちょっと降りてくれんかね?」

 

 老警備員が声を掛けると、程なくしてドアが開き、運転手が降りてきた――今では珍しくは無くなった、女性ドライバーだ。

 

「何だい? 学園内にちょっと用事があるんだけどね?」

 

 勝ち気な印象を覚えるハスキーな声で、運転手が答える。

 

「あぁ、連絡が行って無かったかい?

 ちょっと事情があって、今学園内には入れなくてね……何処の業者さんだか知らんが、今夜の所は引き返してくれないかい?」

 

 やんわりと、だが有無を言わせぬ口調で老警備員が告げると、彼女は少し困ったように頭を掻き始めた。

 

「いや、手間はかけさせないよ――奥に落っこちてきた『機体』を、ぶっ壊すだけだからよぉ……?」

 

 そして、ガラリと口調を変えると、運転手はニタァ‥‥と笑う。

 

 

 

――それはまるで、怪談話に出てくる蜘蛛を連想させる、嫌悪感を覚えるような笑みだった。

 

 

 

 凄まじい悪寒に背筋が凍る――老警備員は、咄嗟に襟元の通信機に手を掛け、自動小銃を構えた。

 

「――こちら正門!! 不審人物をは――――」

 

 

――スビュッ。

 

 

 湿った音と共に、老警備員の背中から鋭い刃が『生えた』。

 

「か、は……」

「オイオイ……手間掛けさせるんじゃねぇよ。おかげで……」

 

 

――ジャカッ!!

 

 

 そして刃は無慈悲にも老警備員の体を蹂躙し……彼の五体は、文字通り細切れの肉片へと変わった。

 ビチャビチャと音を立てて、血が、内臓が、手足が、目玉が、アスファルトの上へとぶちまけられる。

 

「え……?」

 

 後ろで様子を見ていた若い警備員が、呆然としたように声を上げる。

 つい先程までそこにいた親しい人物が、肉と血のプールへと変わる様は、あまりに唐突で、非現実的な光景だった。

 

「――テメェらを皆殺しにしなきゃならねぇじゃねぇかよ!!

 ギャハハハハハハハハハハッ!!」

 

 つい今しがたまで『彼』だったモノの肉と血に塗れながら運転手――いや、『女』が狂ったように笑う。

 その背中から伸びるのは、それぞれが独自に蠢く金属の光沢を持った八本の蜘蛛の足。

 そして、『女』の四肢も、何時の間にか背中の『足』と同じ黒と黄のツートンカラーで、鋭いエッジを持つ甲冑に覆われていた。

 

――警備員達は、彼女の纏うモノの正体を知っている。

 現存する467機のIS……その中で、唯一何者かに強奪され、行方の知れないアメリカ軍が開発した第二世代型。

 

 

 その名はアラクネ――ギリシャ神話に登場する呪われた蜘蛛女の名を冠する、異形のISであった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『歩兵隊下がれ!! 死ぬぞっ!!』

 

 LEVのスピーカーから響くハウリング気味の怒号が、警備員達を自失から呼び覚ました。

 見れば、後ろに控えていた二機の警備LEVが、手にした軽機関銃を乱射しながら、「アラクネ」を纏った女目掛けてキャタピラを唸らせて突っ込んでいく。

 

「ヒャハハハハハッ!! 豆鉄砲なんざ食らうかよおっ!!

 

――本来ならば、人体など弾け飛ぶような威力の銃弾の嵐を、「アラクネ」は背中の八本の足で尽く弾き、斬り飛ばした。

 その全てをPICによって制御する事によって成し遂げた、八本同時の独立可動による結界だ。

 

『よくもやりやがったな……喰らええええええええっ!!』

 

 だがその間にもう一機のLEVが突進する。

――キャタピラの前部から伸びたバリケード排除用のドーザーブレードと、キャタピラの履帯が「アラクネ」を捉え……轟音が鳴り響いた。

 

「おいおい……一体何のマネだコイツは……?」

『な……』

 

 LEVはそれ以上進む事が出来ずに止まる――「アラクネ」と、それを纏う女の手によって。

 女は特別な事は何もしていない。ただ力任せに抑えつけた……それだけだ。

 

「――LEV如きがぁっ!!」

『う、うわあああああああっ!?』

 

 女はそのまま「アラクネ」の足でブレードと履帯を切り裂き、LEVの全身を刺し貫くと同時に、高々と持ち上げていく。

 ISを含めれば2mほどの女の手によって、5mもの鉄の巨体が力尽くで抑えつけられる――最早、悪夢のような光景だった。

 

「この『アラクネ』とォッ!! この『オータム』様に勝てるわきゃねぇだろうがァッ!!」

 

 狂ったように絶叫しながら女――オータムは八本足に装備された砲門から放った銃弾で、中のパイロットごとコクピットをグズグズの残骸へと変える。

 その瞬間、動力バッテリーがショートを起こし、中にあった可燃性の溶液に引火――爆発が巻き起こった。

 

「ヒャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 しかし、猛烈な爆炎の中でも、傷ひとつ負う事無くオータムは嗤う。

 それはISのシールドバリアと絶対防御の堅牢さを物語る光景であった。

 

『くそっ!! くそおおおおおおおおっ!!』

 

 その間にも、もう一機のLEVがチェーンガンを絶え間なく放つが、またもや「アラクネ」の足に全て切り払われてしまう。

 

「いちいちやかましいなぁ……」

 

 銃弾が上げる絶え間ない轟音にイラついたのか、オータムは眉を歪める。

 

――その瞬間、その姿が掻き消えた。

 

『なっ……何処に!?』

「――ここだよバァ~~カ」

 

 戸惑うパイロットをあざ笑うかのように、コクピットの真正面へと瞬間移動の如く現れたオータムは、装甲脚の爪でコクピットをシェイクした。

 それが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれるIS独自の機動である事を知る事無く、パイロットはシートにへばりつくミンチへと変わる。

 

「れ……LEVが、あんなにあっさりと……」

「に、逃げるぞっ!! 敵う筈がねぇっ!!」

 

 時間にして五分にも満たない時間に繰り広げられた惨劇に、警備員達が一人‥‥また一人と学園内へと逃げていく。

 

――それを止める者はいない。

 

 止めるべきリーダーも、その中に混じっていたのだから。

 

「何だよぉ……その程度かよお前ら『男』は!! ザマァねぇぜ!!

 ギャハハハハハハッ!!」

 

 警備員達の背に、オータムの嘲笑が突き刺さる。

 しかし、その挑発に乗る者は一人もいない――それに乗った瞬間、「アラクネ」の爪と砲弾によって無駄死する事は目に見えているからだ。

 

「……畜生……畜生っ!!」

 

 零れそうになる涙と嗚咽に耐えながら、彼らはひたすら逃げ、司令室へと救援を求めた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――警備員達の背を嘲笑で見送るオータムへと、「アラクネ」のコア・ネットワークを通じて通信が入る。

 

『――派手にやれとは言ったけれど、少しはしゃぎ過ぎよオータム。

最初の目的を忘れちゃ困るわよ?』

 

 秘匿回線(プライベート・チャンネル)から聞こえてきたのは、先刻と同じ声――スコールのものだった。

 

「大丈夫だってのスコール。ちゃんと『荷物』は使うさ……そのために持ってきたんだからよ」

 

 そう言うと、オータムはパチン、と指を鳴らした。

 その瞬間、彼女の乗っていたトラックと、その後ろにあった「無人」のものに積まれていたコンテナが弾け飛び、その中から一抱え強ほどの大きさの丸い物体が、次々と飛び出してくる。

 

――それは、鋭い爪の生えた三本の足で地面を這う、子グモのようなメカの群れであった。

 

「な、何だコイツら……ぎゃあっ!?」

「ひ、ひいいいいいっ!! 来るな……来るなああああああっ!!」

 

 キチキチと不快な金属音を立てながら、人間の走るぐらいの速さで移動を開始し、逃げ遅れた警備員達を射程に収めると、瞳を模した砲口からレーザーを放ち、一人、また一人と貫いていった。

 

「さぁ行け『スパイダー』共っ!! 暴れて暴れて暴れまくれぇっ!!」

 

 コア・ネットワークの通信で『スパイダー』達に命令を下すと、オータムは空へと飛び上がり、次なる獲物を求めて動き出した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『――非常事態発生。非常事態発生。警戒レベル5。

ランクB以上の教員及び代表候補生、専用機所持生徒は即時戦闘態勢。

一般生徒及び非戦闘員は至急シェルター及びシールドバリア機能保持施設に避難して下さい。

 繰り返します――』

 

――学園中に警報が鳴り響く。

 学園創設以来初めてとなる最高レベルの警報――それを躊躇なく流すと同時に、千冬達はすぐさま行動を開始した。

 敵の詳細は既に分かっている――報告してきた者達の通信の途絶が、その代償であったが。

 行方不明になっていた「アラクネ」を纏った女と、彼女に率いられた無数の小型戦闘機械群。

 対するIS学園側の戦力は……、

 

「――山田先生、現在出撃出来る教員及びISの状況を」

 

 司令室へと続く廊下を足早に進みながら、千冬は傍らの真耶と楯無に状況を聞く。

 表情と声こそ冷静だが、その拳は真っ白になるまでに強く握り締められていた。

 

「は、はい!! わ、私と榊原先生の「打鉄」と、エドワース先生の「ラファール・リヴァイヴ」が即時行動可能。

その他の27機の内、6機が入試試験用にデチューン済み、10機が定期点検中ですので、実際に動けるのは11機です

 元代表及び元代表候補生の先生方は現在2名、全員現在スタンバイ中ですが、最低でも10分は……!!」

 

 現在IS学園に配備されているISは全部で30機。

 現状その内の半数以上が、使用出来ない状態という事だ。

 無論、それだけの人数がいれば軽く一国の軍隊を相手取る事は可能なのだが‥‥問題はそれを操る者の数と質であった。

 

「――楯無、生徒の中で帰省していない代表候補生及び専用機所持生徒、もしくはそれに準ずる適性B+以上の生徒は?」

「専用機持ちは私を含めて、ダリル・ケイシー先輩、フォルテ・サファイアの三人全員が揃ってます。

専用機持ち以外の代表候補生はイギリスのサラ・ウェルキンを除いて現在全員が帰省中、もしくは企業及び関係各国に出向中です。

……これに関しては、整備科の先輩方も同じ状況ですね」

「チッ……生徒の数が少ないのは不幸中の幸いだが……」

 

 春休みだという事もあり、戦力に成り得る生徒の殆どが現在学園内にいなかった。

 更に、学園内にあるISの殆どは三学年及び教員達との共用であり、即座に戦闘に耐えうる状態で動かすには、専門の技術を持った整備科の生徒と教員、もしくは自力で機体の整備を行える技能を所持した代表候補生が必要となる。

 

 とは言え、その手間さえかければ動けるのは専用機持ちを含めて9名……手札は十分に揃っている。

 しかし、その間にも警備員達の犠牲は増えていく――急がねばならなかった。

 

「とにかく、ISの起動と出撃を急がせろ。

整備科の生徒及び教員は非常用の地下通路からIS格納庫へと急こ――」

 

 矢継ぎ早に指示を下していた千冬の言葉が、突如鳴り響いた緊急通信のアラームに遮られた。

 

「――こちら織斑だ。どうした?」

『……こ、こちら整備科の布仏(のほとけ)です!!』

 

 それは楯無と同じく生徒会の一員であり、更識家に古くから仕える布仏家の娘、整備科所属の二年生、布仏 (うつほ)であった。

 

「――布仏か。丁度良い、整備科の状況はどうだ?」

『次期三年生10名で現在地下通路を進行中です!!

 ですが、IS格納庫へと続く扉がロックされていて……こちらからのパスコードも受け付けません!!』

「何!?」

 

 立体ディスプレイを呼び出し、端末を操作する――すると、生徒や教師達のいる寮や校舎、アリーナといった施設のロックやシールドが最高レベルのセキュリティで起動しているのが分かった。

 無論、千冬はそれらを起動するつもりではいた――ただし、あくまで全ての出撃準備が整った後か、敵が最接近した場合の話だ。

 

 

 それが、このような段階で発動した‥‥つまりは、外部からの不正アクセス以外に方法は無い。

 

「やられた……!!」

 

 司令室のコンソール目掛けて、千冬が思わず拳を叩きつける。

 それらのセキュリティは一度発動すれば、外部から解除するには幾重にも張り巡らせた防壁を突破する必要がある。

 それまでは一切ISに触れる事は出来ず、防壁を突破しても、整備科による調整が必要な事を考えると、圧倒的に時間が足りなかった。

 

 現時点で活動できるISは、楯無、真耶、菜月、エドワースの四人のもののみ。

 更に、菜月とエドワースの二人は第二アリーナのあの機体と諸々のデータを守らなければならないため、動く事が出来ない。

……つまりは、真耶と楯無の二人で、「アラクネ」と詳細不明の小型戦闘機械群を相手取らなければならなくなったという事だ。

 

 更に鳴り響く緊急通信のコール――それは、最前線で戦う警備員達からだった。

 

『こ、こちら警備隊!! 現在校舎前にて敵戦闘機械群と交戦中!!

 至急援軍を!! 歩兵装備だけじゃ、奴等を食い止めるのが精一杯だ!!』

 

 その報告に、千冬は焦りを感じる前に怪訝そうに眉を顰めた。

 

「……何? LEVは何をしている?」

『それが……動かないんだ!!

制御システムが完全にダウンして、起動シークエンスが始まらない!!

何とか再起動は試みてるが、「アラクネ」がすぐそこまで来てる!! 到底間に合わん!!』

「……ッ!!」

 

――今度こそ、千冬は絶句した。

 ISの出撃に時間がかかる以上、今やそれに次ぐ戦力はLEVしか存在しない。

 それまでも動かないとなると……最早一刻も猶予は無かった。

 

「――真耶!! 楯無!! 出撃しろ!! 急げっ!!」

 麻耶は警備隊の援護!! 楯無はアラクネの迎撃!!

 全武装の使用を許可する!! 何としても奴等を食い止めろ!!」

「は、はいっ!!」

「――了解です!!」

 

 普段とは違い、全く余裕の無い必死な表情で、千冬が二人に命令を下す。

 そして、真耶と楯無の二人が司令室から出ていくのを見届けると、司令室中央のモニターを険しい表情で見つめた。

 

(いざとなれば……私も『出る』しか無いか……)

 

 まるで握り締めるかのように、右手で胸を掻き抱く。

 

 

――しかし……しかしこの身は……。

 

 

 一瞬だけ、恨めしげに自らを見下ろし……すぐに、凛々しい表情を取り戻して高らかに叫んだ。

 

「――セキュリティ解除を急げ!! 一分一秒でも早くだ!!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 外へと飛び出した真耶と楯無の二人は、すぐさま「打鉄」と「ミステリアス・レイディ」を纏い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で空へと舞い上がろうと試みる。

 

「……ちょっと待ってくれないかしら、そこのお嬢さん方?」

 

――が、その寸前で横手からの声がそれを遮る。

 見れば、そこには紫の美しいドレスを見に纏った、豊かな金髪を持つ美女が立っていた。

 

「……え、あ、あの、どちら様ですか? こ、ここは危険で――!?」

 

 真耶が、怪訝そうな表情で首を傾げ……すぐに身構える。

 現在この学園内は最高レベルのセキュリティが敷かれている。

 つまり、この場所に学園で見たことの無い人物がいる理由は一つしか無いからだ。

 

「ふふ……私が誰かなんて、どうでもいいでしょう? そんな事より、お姉さんとお話しましょう?」

 

 クスクスと笑いながら近づいてくる美女――その前に、楯無が立ち塞がった。

 

「……山田先生、行って下さい。ここは私が食い止めますんで」

「更識さん!?」

「――何も聞かないで下さい!! 早く行って!! 間に合わなくなる!!」

 

 楯無の顔には大粒の汗が浮かび、表情はまるで鬼のように険しい。

 そしてその身が纏う殺気は更に凄まじく、後ろに立っていた真耶も思わず怯む程。

 しかし、そんな中でも笑顔を浮かべたままの美女の姿は、あまりにも異質だった。

 

「――更識さんっ!! 死んじゃダメですよっ!! 絶対!! 絶対ですからねっ!!」

「あはは、分かってます。何度も言いますけど、妹との仲良しキャンパスライフが私の夢ですから♪」

 

 PICで宙に浮かび上がりながら麻耶が叫ぶと、楯無は一瞬だけ普段通りの猫のような笑みを浮かべる。

 それに安心したのか、真耶はそのままスラスターを吹かし、空高く舞い上がった。

 

「あらあら、逃すと思っ――」

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 その真耶目掛けて右手を向けようとした美女目掛けて、楯無は一瞬でコールした「蒼流旋」を構え、全力で水のドリルを叩きつけた。

 常人ならば全身がバラバラにされてもおかしくない衝撃――だが、その向こうからあいも変わらず涼し気な声が聞こえてくる。

 

「ふふ、せっかちな子ね……そういうのも、お姉さん嫌いじゃないわ」

「――よく言うわ。歳考えなさいよオバサン」

 

 水のドリルが散った後には、金色の繭のようなエネルギーフィールドを纏った、無傷の美女が平然と立っていた。

 

「確か、『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』だったかしら? 貴女のIS(ソレ)

「生憎と今は違う名よ――教えるつもりは更々無いけど」

「つまりは私にとっては名無し、という訳ね」

 

 アクア・クリスタルから再び水を作り出し、ランスに纏わせながら、ジリジリと間合いを詰める楯無。

 

「偶然ね、『この子』にもまだ名前が無いのよ。

『作られた』ばかりだから、色々と調整が大変でね……ようやく実用段階に漕ぎ着けたわ」

 

 楯無の言葉に、面白そうにクスクスと笑う美女。

 『作られた』という言葉に、楯無の顔に思わず怪訝な表情が浮かぶ。

 それが指し示すニュアンスが、『機体』や装備の事では無く、『ISそのもの』のように聞こえたのだ。

 ISのコアは篠ノ之 束にしか作れない筈――ならばどうして?

――だが、楯無の思考は、美女が身構えた事で中断させられた。

 

「だから、貴方で試してあげるわ……お互い名無し同士、大いに楽しみましょう?」

 

 まるでマントのような装甲が、彼女の体を覆っていく。

 

「ご免被るわねっ!!」

 

 それに臆する事無く、楯無は未知の敵目掛け、「蒼流旋」のガトリングを放ちながら突撃した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――一方、校舎前で防戦する警備隊の元へと急行した真耶の前には、惨憺たる光景が広がっていた。

 文字通り蜘蛛の子のように群がる戦闘機械と、それが放つレーザーに撃ち抜かれた警備員達の亡骸、起動させる事も出来ず、集中砲火を受けて爆散したLEVと、その下で炭と化すパイロット。

 今にも崩れそうなバリケードから自動小銃と手榴弾で応戦する警備員達だが、皆が皆満身創痍であった。

 

 

――今まで真耶が体験したことの無い、『死』に満ちた戦場の光景がそこにあった。

 

 

「……許さない」

 

 しかし、麻耶が最初に感じたのは恐怖では無く、26年の人生の中で、抱いたことも無い程の激しい『怒り』だった。

 

 

――普段の真耶はドジで、おっちょこちょいで、教師や生徒だけでなく、警備員達に迷惑をかける事も少なくは無かった。

 しかし彼らは怒る事も、蔑む事も無く、まるで父親のように、兄のように優しく接してくれた。

 そんな彼らが訳の分からない理不尽な暴力に倒れ、蹂躙されている……それが、麻耶には我慢ならなかった。

 

「――許さないっ!!」

 

 涙をボロボロと零し、喉も破れんばかりに絶叫しながら、真耶は両腕に連装バズーカをコールする。

 

「皆さん伏せてっ!! 纏めて吹き飛ばしますっ!!」

 

 そして狙いを定めるのも惜しいとばかりに、弾が切れるまで何度もトリガーを引く。

 

 

 

――更なる激しい爆炎が、夜の学園の中に轟く。

 

 

 

 群がっていた蜘蛛達が、吹き飛ばされ、バラバラの破片となって天高く宙を舞った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――ズン、と地響きのようなものが部屋を揺らす。

 

「……ん?」

 

 その振動に、『戦場』の空気を感じたディンゴの体は、一瞬にして覚醒を果たしていた。

 何やらきな臭い空気がしやがる――彼の第六感が、何やら警鐘を発しているのが分かる。

 

「ともかく、このままここにいるのは不味いな」

 

 振動は、だんだんと近づいてくるように大きくなっている。

 崩れる事は無いだろうが、戦火の中を生身で脱出するのは非常に困難だ。

 

(だが、エイダ(あいつ)なら何とかしてくれる筈だ)

 

 半壊しているとは言え、このような事態を彼女が察知しない訳が無い。

――だから、信じて待つ。

 

 

……そして数分後、ディンゴのそんな思いに応えるかのように、壁に緑色のメタトロン光が走った。

 同時に扉のロックが解除され、その後すぐに手錠の鍵も電子音と共に解かれる。

 

 

「来たか。感謝するぜ、『相棒』」

 

 完全に自由を取り戻したディンゴは一言呟くと、この施設から脱出するべく、周囲を警戒しながら廊下へと飛び出していった。

 

 




……ディンゴの出番短ぇっ!?
ごめんなさい、まさかここまでオータムさん達や学園側の描写が長くなるとは思いませんでした(汗

次回……次回こそはディンゴさん無双(?)の開始です!!

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