IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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……暫くZ.O.Eサイドは苦境が続きますが、逆襲までもうちょっとお待ちください(汗
そしてディンゴの回想シーンには、彼の師匠たる「あの人」が登場。
IS時代とZ.O.E時代との繋がりが描かれます。


Episode.5 時代を繋ぐ月兎

――IS学園上空 高度1000m

 

 

 第二アリーナへと落下したジェフティの遥か上空――そこに、一人の女性がさも当たり前のように立っていた。

 

「んふふふふ♪ 予測した通りの時間、座標だね……流石は私」

 

 宙に浮かんだまま、ふわり、とスカートを広げながらくるり、と一回転。

 にこにこと笑う顔はまるで童

わらべ

のように無邪気だが、その瞳の中には底の知れぬような深淵の如き叡智の光が灯っている。

 大きく開いた胸元から見える豊かな双丘と、袖から覗く腕は艶かしい張りを持つ大人のソレなのに対し、端々の動作は何処か幼稚で子供じみている。

 

 

 ありとあらゆる所に、違和感が存在している……そんな印象を持たせるような女性だった。

 

 

「――さぁ、遥か未来から来たあの子は、一体どんな子なのかな?

 愛と平和を守る正義の使者かな? それとも『キミ』みたいに全てを滅ぼす破壊の権化なのかな?」

 

 そこには自分以外の誰もいない筈なのに、彼女はまるで仲の良い友人に呼びかけるかのように言葉を紡ぐ。

 

 

――その瞬間、彼女の頭頂部付近に備えられたデバイスのようなものから、紅の光が回路のように女性の全身を駆け巡った。

 

 

「ごめんごめん、『今のキミ』はそうじゃなかったね……ともかく、あの子が私や『キミ達』と友達になれるのか、今から楽しみで仕方無いよ♪」

 

 そう言ってクスクスと笑うと、女性は両手に立体ディスプレイを呼び出し、常人には捉えきれないほどのスピードで操作し始める。

 

「――特殊迷彩用パッケージ『チェシャキャット』をコールっと……はい完了。

うーん、『キミ達』のおかげで、ただでさえ超絶天才な私の調整スピードが倍率ドン!! だね♪」

 

 自画自賛するようにえっへんと胸を張る女性――だが、その顔は一瞬にして深い叡智の篭った微笑みに変わっていた。

 

「さぁ、キミは一体私達にどんな未来をもたらしてくれるのかな?」

 

 そうぽつり、と呟くと、女性は地上へと向かって体を投げ出すように飛んだ。

 その姿は彼女の背中の『翼』から生み出された陽炎のような物の中に滲み、溶けるように消えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 目隠しをされ、腕に電子ロック式の重い合金製の手錠をかけられたまま、ディンゴは自動小銃を構えた警備員達に囲まれながら歩く。

 抵抗はしない――そもそもしようとしても、警備員の輪の向こうにはあの「織斑」がいるのだ。

 その隣にはオドオドとした様子の「真耶」もいる――「楯無」は別行動を取っているのか、この場にはいなかった。

 ともかく彼女たちがいるという事は、運良く兵士達を撹乱できても、瞬時に組み伏されるのがオチだ。

 だから、ディンゴは大人しく彼らに連れられるまま歩き続けた。

 

「――入れ」

 

――そして、車に乗せられて十分ほど、更に歩く事数分……階段を何段も下り、何回も通路の角を曲がってから、ようやくディンゴは目隠しを外される。

 そこは継ぎ目の無い金属の壁と床を持ち、中には簡易ベッドと携帯トイレが置かれた殺風景な5m四方の部屋。

 言ってしまえば、ありきたりな牢屋のような場所だった。

 

「……へぇ、てっきりいきなり拷問やら尋問が始まると思ってたんだが?」

 

 口の端を歪めながら、ふざけ半分、半ば本気でディンゴは呟く。

 

「そうしたいのは山々だが、生憎と色々と報告や許可が必要なのでな。

……精々それまで、英気を養う事だ」

 

 すると、「織斑」が面白く無さそうに鼻を鳴らしてみせる。

――その顔は、本当ならば今すぐに殴りつけてでも素性を暴きたい所だ、と雄弁に語っていた。

 

「そいつはいい。

 トンデモ宇宙旅行の後で疲れてるこっちとしては、涙が出るほどありがたいぜ?」

 

 これに関しては、かなりディンゴの本心が入っている。

 歪曲空間の中を殆ど休む事無く進み、謎の現象に巻き込まれて時間を遡ったと思ったら、今度は明らかにオーバースペックなパワードスーツと、それに比する程の戦闘力を持った「化物」と生身で戦ったのだ。

 後にどんな拷問が待っていようと、一息つけるのはありがたい。

 

「……っ!!」

 

 だが、ディンゴの軽口を聞いた瞬間、「織斑」凄まじい形相で彼を睨みつけると、足早に歩み寄り――頬目掛けて思い切り右手を振り抜いた。

 

 

――肉と肉がぶつかり合うくぐもった音と共に、ディンゴの体は一気に壁の端まで吹き飛ぶ。

 

 

「織斑先生っ!! 落ち着いて下さい!!」

 

 咄嗟に「真耶」が縋りつくように「織斑」を引き止める。

 「織斑」の表情は冷静さを取り戻していたが、その拳は激情にワナワナと震えていた。

 

「貴様が乗っていたあの『機体』が、もし生徒たちの宿舎や外の住宅に落ちていたらどうするつもりだった……!?」

 

 先程までの冷たさは鳴りを潜め、まるでマグマがふつふつと湧き上がるような怒りが、その声には込められていた。

 

「…………それに関しちゃ、済まねぇと思ってるさ」

 

 その響きに、自分が「織斑」の逆鱗に触れたのを感じ取ったディンゴは、切れた口元の血を肩口で拭いながら、軽い口調を改めて真剣な表情で答える。

 

「――ここに不時着したのも、あんな派手に突っ込んだのも、全部こっちの落ち度だ。

 言い訳するつもりはねぇ」

「‥‥ふん」

 

 その言葉を信じたのかどうかは分からないが、「織斑」はそれ以上ディンゴを追求する事無く背を向けると、床を鳴らして立ち去っていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あ、あのその、えっと……ご、ごめんなさい、い、痛くないですか……?」

 

 「真耶」は立ち去っていく「織斑」と、倒れたディンゴにあたふたと視線を彷徨わせていたが、ディンゴに小走りに駆け寄り、殴られて切れた唇にティッシュを当てて血を拭う。

 

「えっと、その……あの人……織斑先生は凄く厳しくて、怖い所もありますけど、この場所と子供たちが大好きだから、その……つい感情的になっちゃったんだと思います……」

「…………あ、あぁ」

 

 まさか、自分に危害を加えようとした不審人物に対してこんな態度を取る人間がいるとは思わなかった。

 今まで経験した事の無い予想外の事態に、ディンゴは思わず間の抜けた顔と声で返事をしてしまう。

 泣きそうな表情でぺこぺこと頭を下げる姿は、先程パワードスーツを纏って自分を圧倒してみせた同一人物とは思えなかった。

 その様子は明らかに一般人であり、このような場所には全く似つかわしくないほんわかとした雰囲気を放っている。

 

「……アンタ、大分変わってるな」

「はうっ!? や、やっぱりそうなんでしょうか……うぅ……」

 

 呆れたようにディンゴが呟くと、「真耶」はショックを受けたように仰け反り、じんわりと瞳に涙を溜めて嘆き始めた。

 

「くくっ」

 

 その様子があまりにも滑稽で、ディンゴは自分の立場も忘れて思わず吹き出してしまった。

――皮肉も、裏も何も無い純粋な笑みを零したのは久しぶりだ。

 

「あ、ああっ!? ひ、人の事を笑うなんて失礼ですよっ!!」

「悪ぃ悪ぃ」

 

 肩を揺らして笑うディンゴに憤慨し、頬を膨らませる様子も子供じみており、それが余計に微笑ましい。

 

「――山田先生、それ以上は……」

 

 だが、そこでようやく外で待機していた警備員が見かねて声をかけてくる。

……やはり、彼女はこの施設の中でも一際「緩い」人種のようだ。

 

「ひえっ!? ご、ごめんなさいっ!! 

 そ、それじゃあ、ちゃんと大人しくしてて下さいねっ? ええっと……」

 

 バタバタと部屋を出る間際、再び「真耶」はディンゴへと振り返り……名前を言おうとして硬直する。

 

「――ディンゴだ。ディンゴ・イーグリット」

 

 そんな彼女を見ていたら、まるでするり、と滑るように、ディンゴは自らの名前を名乗っていた。

 彼女の無防備さに油断してしまったのか、それとも彼女の持つ「暖かさ」に絆されてしまったのか。

 

 

――それとも、侮蔑も、敵意も、偏見も、憐憫も無く、純粋な瞳で自分を見る地球人に久しぶりに出会えたせいか。

 

 

 長年過酷な環境と戦いに身を起き続けた自分にとって、もしかしたらこういう人種の方が強敵なのかもしれない。

 

「は、はいっ!! ご丁寧にどうも!!

わ、私は山田 真耶って言います!! このIS学園の教師で――」

「学園? 教師? ここは教育施設か何かなのか?」

 

 先程のパワードスーツと、ソレを纏う異様な実力を持った者達、厳重な警備、超法規的措置の適用される敷地内……それらと全く符号しないような言葉に、思わずディンゴが首を傾げる。

 

「はいっ……って、あわ、あわわわわわわわわっ!?」

 

 すると真耶は、自分がこの施設に関する情報を漏らしてしまった事に気づいたのか、目を白黒させて慌て始めた。

 

「山田先生っ!! もういいですからそれ以上は喋らないで下さいっ!!」

「貴様ぁっ!! それ以上口を開くな!! これ以上山田先生を情報源にはさせんぞ!!」

 

 それ以上の情報漏えいを防ごうと、警備員達が二人の間に割って入り、ディンゴに銃を突き付ける。

 

(……そいつが勝手にペラペラ喋りまくっただけだろうが)

 

 げんなりとして思わずそんな本心を口走りそうになるが、ここは黙って大人しく両手を上げて勧告に従う。

 暫く廊下の向こうからは、「これ以上情報を漏らしたら守秘義務違反ですよ!?」だとか、「このままだとその内織斑先生に報告が……」という警備員達の声と、「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」と平謝りに謝る真耶の声が聞こえていたが、扉が閉まり、電子ロックがかかると、部屋の中は静寂に包まれた。

 

「……ふぅ、ようやく一息吐けたか」

 

 やれやれとばかりに溜息を吐くと、ディンゴは簡易ベッドにごろり、と横になった。

 誰かが見ていたとしたら、何を呑気に、と思うかもしれないが、これが人生最後の休息の可能性もあるのだ――今後の事も考えれば、堪能しておくに越した事はあるまい。

 無論、体を休めつつも、頭の中では今までに手に入れた断片的な情報を整理し続ける。

 

(AD.2077年、まるでOFのようなパワードスーツ、IS学園、生徒……)

 

 それぞれが、全く関連の無いようなそれぞれのキーワード。

 だが、ディンゴの記憶にはその内の二つに覚えがあった。

 

(そして、あのパワードスーツのデータ……確かにアレはロイドの爺さんの所で見た奴だ)

 

――あの三人と戦っている最中にはたぐり寄せる事が出来なかった糸……それは、ディンゴがかつて試作型OFのテストパイロットをしていた頃の記憶と繋がっていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ディンゴの回想――AD.2165 火星 エアーズクリフ内 ロイドの工房

 

 

――様々なコンディションを示す計器に常に目を配りながら、ディンゴは機体を操り、深い穴の中を只管進んでいく。

 数百メートルはあろうかという深いシャフトの中を下り、最奥のハンガーへと辿り着くと、そこには数十人の技術スタッフと、一人の老人が待ち構えていた。

 

「――戻ったか、ディンゴ。試作機の調子はどうだ?」

 

 老人は手短にスタッフ達に指示を下すと、コクピットに座るディンゴへと歩み寄る。

 防弾仕様の白衣に身を包んだ彼の姿は、はっきり言ってしまえば「異形」の一言に尽きた。

 病的なまでに白い肌。

 後頭部から首にかけて取り付けられた生体コネクタ。

 白衣の袖やズボンの裾から覗く四肢は機械化されており、体が動く度に機械音がする事から、改造は全身に及んでいる事が分かる。

 

 

――彼の名はロイド。バフラム軍に所属する科学者であり、OFのシステムエンジニアを務める優秀な技術者でもある。

 

 

 後にジェフティの対となる機体「アヌビス」を解析し、様々なサブウェポンやプログラムを開発した彼だが、当時は史上初のOF「イドロ」に続く試作型OFの開発責任者の一人であった。

 

「――調子もクソも無ぇ。こんなじゃじゃ馬、どう扱えってんだ。

いい加減体が持たねぇぞ」

「言った筈だぞディンゴ。

私の考えるOFの……メタトロンのもたらす力はこの程度では無いのだ」

「理屈は分かるけどな爺さん‥‥」

 

――彼のスタンスは、『性能の追求』。

 「イドロ」を開発した責任者の一人、レイチェル・スチュワート・リンクス博士が「メタトロン技術の実用化と、兵器としての安定」を目指したのに対し、彼は「OFの兵器としての限界が何処にあるのか」を求めていた。

 そのため、作り出される試作型は性能こそ異常な程高いものの、その殆どがピーキーという言葉では足りない程の扱いにくい代物となった。

乗り込んだテストパイロットの殆どは性能に振り回されて脱落し、中には再起不能になる者や、死亡する者までいた。

 

「――おかげで残ってるテストパイロットは俺だけ。

 今やアンタ自ら殆どロボットにまでなるハメになってるんだぜ?」

「安心しろ。データを取るだけならばお前一人で百人分は事足りる。

 それに私自身、最近はこの体も気に入ってきてな――今や、老人の数少ない娯楽の一つだよ」

 

 ロイド自身の改造も、元々は少なくなっていくテストパイロットの穴を埋めるため、自らの設計で行ったものだ。

 最高の性能を満たすという目的の前には、己自身もOFのパーツに過ぎない……ロイドの科学者としての姿勢は、異常な程までに突き抜けていた。

 

「イカレてるぜ、アンタ」

「――私の作る機体を操れるお前も、十分にな」

「違いねぇ」

 

 そうやって、二人してクク、と笑いあう。

 自らの体をも性能の追求のために躊躇なく捧げるその彼のストイックさと、虚飾に惑わされずに厳然たる事実のみを評価する性格が、ディンゴは嫌いでは無かった。

 ロイドも、自分の求めるOFの性能を十全に引き出す事が出来、自らの教えを良く理解するディンゴの事を気に入っており、二人の関係は師弟のようなものだった。

 当時はテストが終わった後、OFやLEVに関する研究に関する事を二人でよく話し合っていたものだ。

 

 

――そんなある日の事だ。ロイドが一つのデータディスクをディンゴに差し出した。

 

 

「何だコイツは? また何か変な物でも考えついたのか?」

「――いいから中身を見てみろ」

 

 言われるがまま、ディスクを端末に差し込み、ファイルを開く。

 

――するとそこには、パワードスーツらしきもののデータが表示される。

 

 それはディンゴの知るパワードスーツとは、大きくかけ離れていた。

 通常、パワードスーツというものは、一切の肌や生身に近い箇所が露出しない全体装甲(フル・スキン)が一般的だ。

 しかし、このデータのものは手足や頭、体の一部を除いてその多くがむき出しになっていた。

 背中や機体の各所にはスラスターを持ち、装甲にはSSAを使用、更にはPICまで備えているようだ。

――それ以上に気になったのは、動力関連の項に表示された「メタトロン」の文字。

 

「メタトロンを動力にしたパワードスーツ……?

こんな物がどうかしたのか?」

 

 見れば、確かに様々な新機軸の技術がふんだんに使われ、通常の物とは一線を画す性能を持っているようだが、歩兵に装備させるにはコストがあまりにも見合わない。

 それにこれだけの技術を歩兵装備に回すのならば、少しでもOFの開発やLEVの強化に回したほうが効率もいい。

メタトロン動力やその技術に目を付けたのはいいが、机上の空論から導き出された無駄の塊……メタトロン技術の結晶とも言えるOFを日常的に扱っているディンゴとしては、そんな印象しか持つことが出来なかった。

 

「――無知とは罪だぞディンゴ」

 

 だが、ディンゴの回答に対して、ロイドは吐息を漏らすような笑みで評価を下した。

 まるで親や教師が、出来の悪い子や生徒を憐れむような物言いだ。

 

「そのデータが作られた日時を良く見てみろ」

「あぁ? それが何だって――」

 

 ロイドの物言いが癇に触ったのか、不機嫌そうにデータの作成日を閲覧するディンゴ。

――が、その表情は驚愕によって塗り替えられた。

 

「な……!? AD.2070年……百年近く前じゃねぇか!!」

「ようやく気づいたか――言っておくが、私は全く手を加えてはおらんぞ?

 正真正銘、そのデータは記載された日付に作られたものだ」

 

 あり得ない――メタトロンが発見されたのは、AD.2067年……それから僅か三年の間に、これほどまでの完成度でメタトロン技術を実用化するなど、考えられない事だった。

 

「だが、日付なんぞは重要では無い。

有史以来、早すぎた天才というものは世にはいくらでも溢れていた訳だからな。

真に私がOFの性能を追求する理由……その理由がここにはあるのだ」

 

 続いて、ロイドはメインモニターにOFの基礎技術を纏めた資料、設計図などを表示し始める。

 それは、OFの生みの親であり、「OFの父」と呼ばれたリコア・ハーディマンが提唱し、編纂したものだ。

 

「彼の――リコアの考えだした理論、技術、設計は、どれも素晴らしい。

 メタトロンという未だ未知を秘めた力と既存の技術とを複雑に絡めながらも、何故このような理論からこの技術が生み出されるのか、この技術がどのような設計を生むのか……全てが理論立てて、それでいて無駄なく構築されている。

 そして同時に、思想、理念、矜持……ここにはリコアの全てがあり、これを理解した者は奴の全てを理解する事が出来る。

 奴は、自分自身の生きた証の全てを、OFという存在に投影してみせた。

 科学者として、同郷の士として、思わず嫉妬や羨望すら覚えるというものだ」

 

 言葉ではそうは言っても、ロイドは何処か誇らしげだ。

 しかし、もう一方のパワードスーツに関する資料に目を移したロイドの表情は一変した。

 

「しかし……『これ』を作り出した者は違う。

 一見すれば、完璧な理論、完璧な技術、完璧な設計……だが、ここには『誰もいない』。

 思想も無く、理念も無く、ただ只管に、己の欲望と己が生み出す理論の導きに従って滅茶苦茶に書き殴られた(わらべ)の落書き。

 私は理解出来なかった――『彼女』が何を考えていたのか、何を求めて、何のためにこれを作ったのか……唯の一つもな」

 

 今まで、何が起こっても微動だにする事が無かった彼の瞳には、確かな「恐怖」があった。

 それは理解が出来ないこそ起こる、人類の犯した過ちの多くの原因となったもの……「未知」への畏れだ。

 

「リコア・ハーディマンが、時代と火星が生んだ寵児とするならば、いわば『彼女』は、人類の欲望が産み出した化物だ。

たかが人間である私に、その考えが理解出来る筈も無い。しかし――」

 

 ロイドの口の端が、ニィィィ……と吊り上げられる。

 その笑顔は、ディンゴですら見た事の無い程の狂気と歓喜に彩られていた。

 

「――私は考えたのだ。いくら『考えて』も、人間である私は化物である『彼女』を理解出来ない。

 ならば、『私』も……己の欲望のまま突き進み、追い求め、創り続ければ、いつか『彼女』の行き着いた境地へと辿りつけるのでは無いか、とな。

だから、私は追い求めるのだ――OFという兵器の性能を、己の欲望のままに、ただ限界まで、只管に、只管にな」

 

――初めて、ディンゴは自分の師であるこの老人を恐ろしいと思った。

 モニターの前で昏く嗤うその姿は、彼の語る「化物」そのものだった。

 

「……何故、俺にそんな話を?」

「――さあな。老い先短い老人の、ただの思い出話みたいなものだ――忘れてくれ」

 

 それ以上、ロイドは語る事は無かった。

 次回のテストのスケジュールだけを手短に伝えると、後はただモニターの前で端末を操作し続けるだけだった。

――何処までも昏い瞳で、何処か遠い果てにいる「化物」を追い求めるように。

 

 

 それから何ヶ月も経たない内に、テスト中であった「イドロ」が、当時テストパイロットであった男性士官に奪われ、火星のダイモスステーションを襲撃。

 多数の連合宇宙軍のLEVを撃破、甚大な被害をまき散らした末、宇宙連合軍とバフラムの軍勢によって破壊されるという、通称「ダイモス事件」が起こり、OFの存在が公に明らかにされた。

 その影響で地球からの監視は一層強くなり、あまり成果が上がっていなかったロイドの試作型OFは開発を凍結された。

 ディンゴはその後テストパイロットの任を解かれて別の任務へと駆り出され、その時の出来事をいつしか忘れてしまったのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……まさか、今更あんな物を、こんな形で思い出す事になるなんてな」

 

 簡易ベッドに寝転がりながら、ディンゴは独りごちる。

 ロイドの工房で見た資料の日付はAD.2070年。

 エイダが語った、ディンゴが『今』立っているこの時代は、AD.2077年……時系列としては、あり得なくは無い範囲だ。

 つまり、先程見たパワードスーツと、あの資料にあったものは同一のものである可能性が高い。

 

(製作者やら何やらは抹消されてたが、名前だけは記載されてたな……名前は確か――)

 

 

「――インフィニット・ストラトス」

 

 

 無限の宇宙を駆ける翼――それは、歪曲空間に巻き込まれる寸前、エイダのモニターから現れた少女が語った言葉と同じだった。

 

 

――つまり、あれは幻覚でも妄想でも何でも無く、現実のものだという事か?

 

 

 俄には信じ難いが、ディンゴは最早笑い飛ばす事は出来なかった。

 あの少女の言を信じるのならば、自分がAD.2077年という『今』にいるのは、偶然では無く、何かの作為によって導かれたという事だ。

 

 

――自分の預かり知らぬ所で、自分の行く末が決まるというのは気に食わない。

 

 

何故なら、AD.2168の『あの日』に、必死に叫ぶ無線の向こうで蛇のように笑っていた、『    』を思い出――――。

 

 

……ズキリ、と頭痛が走る。

 

 

 ここに来て、疲れが限界に来ているようだ。

 あちこち体も痛むせいで、思考がどうにも纏まらない。

 

「――偶然にせよ、仕組まれたもんにせよ、とにかく情報が足りねぇ」

 

 一旦思考を止め、目を瞑る。

 

「……『頼んだ』ぜ、エイダ」

 

――そして、奥歯を一度だけ強く噛み締めると、ディンゴは微睡みの中に落ちていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――同時刻 IS学園 第二アリーナ ジェフティコクピット内

 

 

 千冬達とディンゴによる激闘から、既に三時間近くが経過していた。

 そのアリーナの中央に擱坐するジェフティのメタトロン回路が、一瞬だけ強く光り輝く。

 

『――再起動シークエンス終了。ランナーからの通信及び命令を受諾しました』

 

 ディンゴがあらかじめ奥歯に仕込んでおいたメタトロン製の通信素子はその役目を果たし、エイダはスリープモードを解除され、再び覚醒を果たしていた。

 一度きりの使い捨てで、メタトロンの共振特性を利用して離れた場所へ通信を送る事が出来るこのツールだが、本来は自爆コードや特定の信号を発するためのものであり、音声による通信は数秒程度しか行う事が出来ない。

 しかし、一を聞いて十を知る程の理解力を持つエイダに対してならば、十分に過ぎる。

 

『――情報収集を開始。外部端末から、当施設のデータベースへの接続を試みます』

 

 すると、ジェフティの機体から、先端にカメラアイを持ったワイヤーが伸び、まるで蛇のように移動を開始した。

 見てくれは悪いものの、ジェフティ本体よりも遥かに強力な迷彩能力を持っているため、このような任務には最適だ。

 周囲を見回すと……誰もいない。

 この円形の施設の周辺には、多数の生命反応やLEVらしき動体反応があるが、どうやら機体の周囲には人員は配置されていないらしい。

 呆れるような無防備さだ――エイダの思考回路は、そんな判断を下していた。

 

……エイダには預かり知らぬ事だが、この時代の人々の間には、「人型もしくはそれに近い形の機械は、人が操縦しなければ動かない」という通念があった。

 当時の花形であったISやLEVが、人が乗り込むタイプのものであった事が主な原因だ。

 一応AIによる自立機動タイプのロボット等も存在したが、何かしらの信号による指令や、遠隔操作によるセミオートのものが殆どであった為、人が乗り込むか、指令を与えない限りこの機体が動く事は無いという固定概念に囚われてしまったのだ。

 端末を操作しても(外部接続をカットしたスリープモードだったのだから当たり前だが)動かない、爆発するような兆候も無いという事で、このような措置が取られたのだろう。

 

――そもそも、エイダというこの時代にとってはイレギュラーなAIの存在を想定していなかったとしても、IS学園の警備体制を責める事は出来まい。

 

 しかし、そんな事はエイダにとって関係は無く、目の前にある現実が全てだ。

 対象の油断は最大限に利用しなければならない。

 

――ワイヤーはゆっくりと、音を立てずに格納庫の中へと伸びていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その頃、格納庫の中では千冬や麻耶の代わりに、新たに二人の教師が警備のために駆り出されていた。

 既にここで整備されていたISは全て別のアリーナへと運びだされていたが、ここの端末には各種ISや武装のデータ、整備点検のログなど、重要度の高いものが多数存在するため、放置しておく訳にもいかないのだ。

 

「――ふぅ、これでやっと半分という所かしら? そっちはどう、エド」

 

 「打鉄」の腕だけを部分展開して、ジェフティ落下の際に倒れたロッカーを持ち上げながら、黒髪の女性教師――榊原 菜月が、傍らで壊れた端末のデータを抜き取っている、ブロンドのショートヘアの女性教師――エドワース・フランシィに向かって声をかける。

 

「ふふふ……『やっと』なのか、『まだ』なのか、判断は分かれる所ですけど……」

 

 四枚の多方向加速推進翼を持つネイビーブルーの第二世代量産型IS「ラファール・リヴァイヴ」を纏いながら、端末を操作するその声には何処か張りが無い。

 普段はカナダ人でありながら、盆栽を愛でる穏やかな性格の彼女であったが、その瞳はガラス玉のように虚ろで、ここではない遠くを見つめていた。

 

「……何かあったの?」

「今日……もしかしたら彼氏になってくれるかもしれない人と、デートの約束してたんです」

「あぁ、そういう事ね……」

 

 教師とは言っても、まだまだ若い25歳――時には隣で支えてくれる誰かが欲しい年頃なのである。

 だが、ISという世界最強の兵器を扱っているという立場上、外に出て新たな出会いを見つけたり、男性が近づいて来たりする機会は非常に限られている。

 そんな訳で、会ってくれる男性というのは貴重であり、エドワースはその貴重な機会を今回の緊急出動で失ったという事だ。

 

「気にしない方がいいわよ。貴方まだ若いんだから、まだまだ機会はあるわ」

「……そう言い続けて、ナツキさんは何年目でしたっけ?」

「うっ!? 歳の事は止めて頂戴……」

 

 榊原 菜月……30代を近くにして、未だに理想の男性というものを追い求める、心は乙女の29歳である。

 

「――と、ともかくこの話は一旦置いておいて‥‥例の『機体』の周辺には異常は無いかしら?」

「はい、定期的にハイパーセンサーで監視していますけど、特に異常は無いみたいです。

 メタトロン反応は時々ありますけど、かなり微弱です」

 

 機密級の代物を扱いながらする会話とは思えないが、そこは流石にIS学園教師――端末の操作と瓦礫を片付ける手、アリーナにある機体の監視も怠らない。

 

「……そう言えば、アレに乗っていたっていうパイロット、確か男だったらしいわね?」

「はい、オリムラ先生とマヤから聞いた話だとそうらしいですけど……どうかしたんですか?」

 

 突然の菜月の質問に、首を傾げるエドワース。

 

「…………その人って、格好良いのかしら?」

「…………何を考えてるかは全っっっっっ部お見通しですけど、敢えて言いますよ?

――絶対に駄目です」

 

 傾げられた首は、菜月の言葉を聞いた瞬間がくり、と力を失ったかのように前に倒れる。

 品行方正、容姿も千冬や麻耶ほどでは無いが、かなり整っており、生徒からも人気が高い菜月だが、女性ならば誰しもが「地雷」と称するような悪い男性にばかり心を惹かれてしまうという、どうしようもない悪癖があるのだった。

 

「何よ、敵と味方同士だった二人が出会い、惹かれあう……そんなラブロマンスを期待したっていいじゃない?」

「――そんなのだから、いつまで経っても結婚出来ないんですよナツキさん……」

「あっ!? 言ったわねこの子!!」

 

 だが、そんな風に言い争いながらも、ハイパーセンサーを解除せずにいた彼女たちは、ジェフティから人知れず伸びた光学迷彩付きのワイヤーが、端末の一つに接続された事に気付かなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『――接続成功。当施設の中枢部データベースへアクセスを開始…………クリア』

 

 何やら言い争っている二人に警戒を払いつつも、エイダは端末を介してハッキングを試み、この世界の情報を一つでも多く手に入れようと試みる。

 この時代のものとしては、破格の防御力を持ったIS学園のメタトロン・コンピュータの防壁も、一世紀後の技術の粋を集めたエイダの演算能力の前には、紙ほども訳には立たなかった。

 数秒と経たずにデータベースへと接続したエイダは、自らの痕跡を巧妙に消しながら、その『根』を伸ばしていく。

 

 

「――おやおや、随分と回りくどい事してるねぇキミは」

 

 

 その時、ジェフティの外部マイクが一つの音声を拾った。

 即座に外部カメラをジェフティのサブカメラへと切り替えると、そこには空いたコクピットの縁に腰掛ける一人の女性の姿があった。

 

 胸元を大胆に開けたドレスのような衣装と、ふわり、とした造形のロングスカートを身に纏い、頭には動物の耳のようなデバイスらしきものを身に付けている。

 整った顔立ちと、垂れ気味の目に浮かぶ表情は穏やかで、月光とメタトロン光に照らされるその姿は、誰かが見れば妖精のように見えただろう。

 

(――何時の間に)

 

――エイダの思考回路は軽い混乱状態にあった。

 いくらリングレーダーに異常を来しているとは言え、外部センサーは正常に作動していた。

 どんなに巧妙な偽装をしたとしても、ここまで接近を許すなど考えられない事だった。

 即座にコクピットを閉じ、再びスリープモードに切り替えようと試みるエイダだったが、それよりも早く、女性はジェフティのコクピットへと飛び乗ると、操縦桿に手を当てた。

 

 次の瞬間――女性の頭部のデバイスから操縦桿へと、桃色のメタトロン光が迸った。

 

 外部出力を遮断していたにも関わらず、操縦桿から指令

コマンド

が送られる。

 咄嗟に防壁を構築して遮断しようと試みる――しかし、『糸』のようなイメージを持つ指令の先端に触れた瞬間、何者をも通さぬ強固さを持つ筈の防壁は、まるで砂上の楼閣のように崩れ去った。

 

『……不せ、アク……検――認証……ランナーデータに生体コードを追加』

 

 そして気づいた時には、本来はレオとディンゴのものしか存在していなかった、機体の起動と操作に必要な生体認証コードに目の前の女性のものが新たに加えられていた。

 

 

 本来ジェフティ及びエイダが持つ演算処理能力は、AD.2100年代においても比肩するものは無い程に高性能を誇る。

 いくら大きな損傷を負い、修復中だったとは言え、その防壁を破るなど、100年近い差のあるテクノロジーしか存在しないこの世界の人間が起こせる現象では無かった。

 

 

「ふんふん……あちゃー、結構壊れちゃってるねぇ。

 まぁそこら辺は後でどうとでもなるとして……取り敢えずポチっとなっ、と♪」

 

 しかし女性はその事実に気づいているのかいないのか、マイペースな様子で呟きながら、信じられない速さで機体チェックを終わらせると、今度は少し強めに操縦桿を握った。

 再び桃色のメタトロン光が走ったかと思うと、女性の導きに従ったエイダの『根』はIS学園を飛び越え、世界のありとあらゆるメタトロン・コンピュータへと接続され、その先にあった『特定の情報』を次々と改変させていく。

 

 

――世のデータベースの管理者、ハッカーやクラッカーが見たら、泡を吹いて気絶しそうな凄まじい光景がそこにはあった。

 

 

 エイダの力を借りたとは言え、メタトロンを利用した高性能コンピュータを、これだけ大規模かつ一斉にハッキングするとは……。

 最早、技術云々の話では無い――この女性が持つ能力は、人智の範疇を遥かに超えていた。

 

『…………信じられません』

「ふふふーん、どう? 『君達』は、本当ならこのぐらいの力を持ってるんだよ?

 その力を使わないなんて、宝の持ち腐れって奴だよね」

 

 思わず呟いてしまったエイダの言葉に、女性はにっこりとした笑みを浮かべた。

 

「……それにしても『未来』の技術は凄いねぇ。

この超絶天才の私でも何日かかかりそうな作業が、一瞬でチョチョイのチョイだよ。

私のいなくなった時代の人間も、中々捨てたものじゃないって事かな……どうでもいいけど」

 

 状況を掴みきれていないエイダを尻目に、女性は気ままに喋り続ける。

――信じ難いことに、ジェフティが未来のものだという事も、この女性は知っているようだ。

 エイダの思考回路は、既にパンク寸前であった。

 機密保持のために機能を停止しようにも、自爆しようにも、今や機体の全ての制御はこの女性に握られてしまっているため果たせない。

 

『――貴方は、一体何者なのですか?』

 

 エイダに残された手段は、そう女性に質問する事だけだった。

 

「――ん? あ!? そうだったね、自己紹介っていうのをしなきゃダメなんだよね!!

 ちーちゃんからのありがた~~い教えを常に忘れないなんて偉いぞ私!!」

 

 意味不明な事をひとしきり口走ってから、女性はまるで浮かび上がるかのように柔らかくコクピットの上に飛び上がる。

 

 

「――私は篠ノ之 束。

超絶天才科学者にして、君達『メタトロン』のお友達だよ。宜しくね♪」

 

 

 そう言って女性――篠ノ之 束は満面の笑みを浮かべながら、スカートの裾を優雅に摘んで一礼した。

 




少々長くなってしまいましたが、拘束されたディンゴの回想と、IS世界における最強のデウス・エクス・マキナたるたばねーちゃん、エイダと出会うの巻でございました。

……実は以前掲載していた某所では、ここの描写のせいで盛大にお叱りを受けてしまいました(汗
その際のアドバイスを受けて、描写を加筆・修正してあります。


IS本編が始まるまでのプロローグは、もう少々かかります。
どうかお待ちください(汗

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