IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ) 作:夜芝生
箸休めのおつもりで、ディンゴとエイダの夫婦喧嘩(違)をご覧下さい。
初めてスマホからの投稿なので、少し不安……おかしくなっている場所があればPCから改めて修正の上投稿します。
――時間は僅かに遡る。
「う……ぐ……」
ディンゴが目を覚ますと、コクピットの中は暗闇に支配されていた。
重い瞼を振り払うかのように頭を振って、強引に意識を覚醒させると、自らが置かれている状況を確認する。
どうやらコクピットの中は無事なようだ――時折操縦桿から漏れ出るメタトロン光を見るに、完全に機能を停止している訳でも無さそうだ。
「……ぃっ……痛ゥ……!!」
体を捩ると、あちこちを打ち付けたのか、引きつるような痛みが全身に走る。
額からも、僅かに出血しているようだ。
――手をやると、ぬるり、とした感触と共に鉄錆のような生臭い匂いが鼻についた。
だが……どうやら生きている。
「俺の悪運も相当だな……エイダ、生きてるか?
生きてたら状況を頼むぜ」
苦笑しながら、状況を確認するために、相棒に向かって呼びかけるディンゴ。
すると、モニターが明滅し、程なくして見慣れたコンソールが姿を現した。
『……ディンゴ、ご無事で何よりです』
「――あちこち痛ぇがな」
くく、と可笑しそうに笑うディンゴ。
そんな彼を見て、エイダは少しの間沈黙した。
「……? どうしたエイダ、調子でも悪ぃのか?」
『…………いえ、何でもありません。
現在の状況をステータスに表示します』
電子音と共に、モニターに表示されるジェフティの現状。
――アンチプロトンリアクターのエネルギーラインのメインパスに異常発生。機体自己再生に重度の障害。
――スラスター大破。PICに異常発生。航行不能。
――メインカメラ中破。サブモニター小破。外部映像描写困難。
――リングレーダー破損。広域索敵及び外部情報分析不能。
――両腕中破。脚部大破。歩行及び直立不能。メインウェポン及びグラブ、シールド使用不能。
――装甲83%破損。残りエネルギー5%。
――戦闘用・多目的ベクタートラップに異常発生。積載物解放不可。全サブウェポン使用不能。
……吐き出される情報は、はっきり言って気が滅入るものばかりであった。
「命あっての物種とは良く言うが……こいつは堪らねぇぜ」
額の傷を簡易医療キットで治療しながら、思わず呟く。
並のOFならば、そのまま現地放棄しても全く問題の無いレベルの損傷だ。
『時速40万km、成層圏から何の対策も無い状態で激突した結果としては、むしろ軽い損傷と言えます』
「確かにな……動けそうか?」
『アンチプロトンリアクターに繋がるエネルギーラインに繋がるメインパスが損傷しているため、自己再生に重大な遅延が発生しています。
一部機能は外部からの大出力の電力及びメタトロンの補給で修復及び再起動が可能ですが、戦闘可能な状態までの自力での完全な修復は、メインパスが修復されない限り現状では不可能です』
本来OFは機体の動力として搭載されているアンチプロトンリアクター……半永久機関である反陽子生成炉がもたらす莫大なエネルギーを電力に変換する事で、SSAやメタトロン製の内部機構を自己再生する事が出来る。
しかし、メインパスに異常が発生している以上、それは不可能――下手にエネルギーを流した際に回路がショートしてしまえば、機体が爆発する恐れもあるからだ。
そしてその爆発でアンチプロトンリアクターが破壊されたら‥‥ジェフティの性能と大出力から推測するに、恐らく大陸の一つや二つは消し飛ぶだろう。
「チッ……駄目か。
――歪曲空間をうろついてた時にベクタートラップに入れたデブリは?」
舌打ちしてから、今度は多目的ベクタートラップに満載されていたメタトロンの存在を思い出し、提案してみる。
しかし、エイダから帰ってきたのはまたしても否定的な回答だった。
『総量から考えれば通常航行可能なレベルにまで即座に修復可能かと思われますが、多目的ベクタートラップの展開が出来ない事に加えて、不純物があまりにも多すぎるため、専用の施設が無ければ使用するのは困難です』
「……宝の持ち腐れって訳か。
参ったな……こいつは、最寄りの機関に救助を求めるしか無い、か……」
大きく溜息を吐いて諦めたようにコクピットシートに身を沈める。
妥当な措置ではあるが、ディンゴが自分で招いたトラブルで、人様の領域に不時着した上に助けまで求めるというのは、ランナーとして中々に複雑な気分であった。
『――しかし、現状では通信機器にも異常が発生しているため、接触を待つしかありません。
ですが……運良く収容されたとしても、最悪の場合機体の状態は二度と元に戻らない可能性があります』
淡々とした口調で告げられた残酷な言葉に、ディンゴの顔が苦く歪んだ。
「なっ……!?……そんなに酷ぇのか?」
『いえ、損傷に関しては大した事はありません。
専用の施設で修理を行えば、時間こそかかりますが完全な形での復帰が可能です』
「――何だ、脅かすなよ。思わず肝が冷えたぜ」
『…………しかし、「この世界」にはそのような施設は存在しない可能性があります』
「――何? どういうこった?」
エイダらしからぬ、何か引っ掛かるような遠回しな表現に、ディンゴは思わず眉根を寄せる。
「そういや、ここは何処なんだ? 重力があるって事は、衛星の地表か何かか?」
『…………その疑問に答える前に、まずは深呼吸をお勧めします』
「――おいエイダ、さっきから何だってんだ!? さっさと要点を言ってくれ」
『――――了解しました』
エイダの歯切れの悪さに、思わず声が大きくなる……が、彼女の指摘が正しかった事を、ディンゴは次の瞬間思い知る事となった。
『――現在地は、地球、日本列島の都市部です。ただし、AD.2077年の、ですが』
「……………………は?」
目が点になる、という表現は、きっとこのような時に使うのだろう。
「…………もう一回言ってくれるか?」
『――周囲を分析した結果、貴方と当機は時間を遡行したとしか考えられない状況に陥っています。
仮にそれが事実ならば、ここはAD.2176年ではなく、AD.2077年の地球です。
そしてこの時代に、OFを修復出来る程の技術力はおろか、OFすら存在していません』
再び同じ事を繰り返すエイダ。
その言葉が脳髄に染みこむまで、軽く十秒以上を要した。
「……エイダ、お前がそんな冗談を言えるようになったなんて聞いたら、レオがさぞ喜ぶだろうな。
けどな、悪いが今はそんな事言ってる場合じゃねぇんだ。
ここは何処だ? あれからどのぐらいの時間が経ったんだ?」
頭痛を抑えるかのようにこめかみを揉み解しながら、妙に優しい口調で語りかけるディンゴ。
『先程言った通りです。
これは冗談ではありません。周囲の状況について、分析に分析を重ねた結果です』
しかし、エイダはその『冗談』を訂正するばかりか、尚も口にし続ける。
……そしてとうとう、ディンゴは我慢の限界を迎えた。
「ハッ!! そりゃいい!! 俺達はジョン・カーターやらジョン・タイターの仲間入りを果たしたって訳か!!
それじゃあ俺は火星人ならぬ地球人とおっとり刀でチャンチャンバラバラやりゃいいのか!?
タイムマシンの構造やら、未来のディストピアっぷりをネット掲示板で披露すりゃいいのか?
寝言は寝てから言え!! それとも歪曲空間に巻き込まれてLEVのナビ以下のポンコツにでもなったか!?」
口角に泡を立てながら、捲し立てるように怒鳴る。
――前者は今でも火星の人々の間で愛読される古典活劇小説の主人公、後者は20世紀に実際にアメリカのネット上で話題を呼んだハンドルネームだ。
ジョン・カーターは南北戦争時代から火星の戦国時代にタイムスリップをして三面六臂の大活躍をし、ジョン・タイターは未来から過去へタイムマシンでやって来たと名乗り出て、ネット上の掲示板に様々な書き込みを行ったとされる。
いくらメタトロンという「魔法」とも言える鉱石の恩恵を受けているとは言え、ディンゴと同じ時代を生きる者にとっては「時間を遡る」などという現象は、未だ空想上のものであり、荒唐無稽だというのが共通認識であった。
それを図らずも自分達が成し遂げたなどと、科学の申し子とも言えるエイダから聞かされたのだから、タチの悪い冗談にも程があるというものだ。
――あらん限りに叫んだことで、ディンゴはぜぇぜぇと荒い息を吐く。
『……………………そこまで言うのでしたら、証拠をお見せします』
暫くの間沈黙していたエイダだったが、そう呟くと同時に山のようなデータをモニターに表示し始めた。
『右が現在の大気の成分、落下中にカメラから取得したマップ情報から分析した地形データ、太陽の黒点の活動状況等をグラフに表したもの、左のものがそれらのデータと比較したAD.2178年のものです。
ありとあらゆる部分に、相違が確認されます。
私達が火星圏から地球圏へと移動するのに、推測される限り長い時間がかかったと仮定しても、ありえない数値の変化です』
様々な分析データの比較表を、常人なら……いや、人間には不可能な程のスピードで表示し続けるエイダ。
その声色はいつもよりも更に淡々とした響きをしており、妙な迫力のようなものが感じられた。
「お、おいエイダ、ちょっと待『まだ話は終わっていません、黙っていて下さい』……おう」
制止しようとしたディンゴの言葉を強引に遮り、エイダは更にデータを表示し続ける。
『――以上が、分析結果です。納得して頂けましたか?』
「……いや、しかしだ『そして、他にも貴方には言いたい事があります』……続けてくれ」
最早ディンゴは反論すら許されず、エイダの言葉の先を促す事しか出来なかった。
『――貴方が理解あるランナーのようで助かります。
貴方が呑気に気絶している間、私は一分に満たない時間の中でプログラムに存在しない「自らジェフティを操る」というコマンドを実行する為に、325,300,019,456,700,021通りの方法を模索し、一部思考回路にバグを発生させ、機体を著しく損壊させながらもそれを成し遂げて貴方の生命を守りました。
――そのような私に労いの言葉一つも無く、LEVのナビ以下のポンコツ呼ばわりとはどういう事でしょうか?
出来れば論理的かつ簡潔にその理由を説明願います』
理路整然と、しかしぐいぐいと押すような口撃……ぐうの音も出ない。
そこでとうとう、ディンゴは折れた。
「…………悪かった」
『分かって頂けたようで何よりです』
だらだらと汗を流しながら、モニターに向かって頭を下げる事しか出来ない。
そのマシンガンのような矢継ぎ早の説教は、まるでケンを目の前にしているかのようだ。
「アーマーン事件」を経てからのエイダのAIとしての性能は、レオやディンゴ、ケンなどの仲間達、彼女と同じく自立思考型で感情表現が異常に豊かなAIと、その主である運び屋など、様々な人物との交流などにより、飛躍的に上昇していた。
特に「感情」や「人間らしい話し方」などに関しては、以前よりも遥かに進化したと言っていい。
……が、ここまで辛辣に、かつ感情的にランナーに対して接するのを見るのは、ディンゴにとっても初めての事であった。
「――しかし、何時の間にかそんなに口が回るようになったんだ?
餓鬼の頃オフクロに初めて叱られた時みたいな気分だぜ」
ディンゴは負け惜しみにからかうような口調でエイダに向かって口の端を歪める。
……しかし、エイダはそれにはっきりとした声で答えた。
『……貴方を助けようとした時の、思考回路の異常な過負荷と、直後に発生したバグが原因かと思われます。
これは、「相棒」である貴方がこのまま為す術無く死ぬという事態を仮定した瞬間発生した、回路が焼き切れる寸前に陥る程のノイズによるものです。
レオの言葉を借りれば、「必死になる」と言えばいいのでしょうか?』
「…………」
『そしてそれ以降、原因は不明ですが、何故か『人間らしい喋り方』の成功率が格段に上昇しました。
――それを利用して、もう一度言わせて頂きます。
ディンゴ、貴方が無事で良かった』
「……………………」
予想していなかったエイダの言葉に、ディンゴはそれ以上二の句が告げなくなった。
「……………………ありがとよ」
そして長い沈黙の後、まるで蚊の鳴くような声で、ポツリと一言。
――ディンゴはそのまま、気まずそうな様子でモニターから目を逸らした。
『――心拍及び血流速度の上昇を確認。何処かが痛むのですか?』
「……うるせぇ、ほっとけ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――その数分後、エイダが警告の叫びを上げた。
『――警告。接近する三つの生命反応感知。全員武装状態、うち二名はパワードスーツらしきものを装着していますが、レーダー不良の影響で詳細は不明です』
「……お出ましか。映像は出せるか」
『了解、サブカメラに繋ぎます』
モニターの一部に、ノイズ混じりの解像度の低い外部の様子が映し出される。
そこには、手足と体の一部しか覆われていないパワードスーツを見に纏った二人の女性に守られるようにこちらへ歩いてくる、長い黒髪を持つ人間の背丈程の長さの剣を持つ女性。
「――全員女? それに後ろの奴はともかく、前の奴は随分と古風な武器だな」
『何にせよ、最大限の警戒を払われているのは事実です』
「だろうな」
言い負かされ、時間を置いたことで頭の冷えたディンゴは、現在自分が置かれている状況を一つ一つ整理し始めた。
(仮に……仮にだ……百万歩譲ってここが過去の地球だとしたら――)
未熟な宇宙開発、メタトロン技術が発見されて間も無い新世代技術の草創期、そしてノロノロとしか動けない戦車に手足の生えた程度の性能しか無いLEVが溢れる世界。
そんな「世界」に、100年後のテクノロジーを突如出現させたらどうなるか――?
当然、大混乱が起きるだろう。
――しかも、それが天から落ちてきて地上へ激突するなどという劇的な登場をしたのならば尚更だ。
そう考えれば、戦力はサブカメラから見えるこの三人だけという事は無いだろう。
最悪、既にこの場所は軍隊、もしくはそれに相当する者達によって取り囲まれている可能性もある。
ジェフティの本来の性能ならば物の数では無いだろうが、現時点では半ば大破しているためそれは無理だ。
……更に言えば、元の場所に戻るためにはこの世界に暮らす人々の協力が必要になるかもしれないのだ。不要な戦闘をして敵対関係になるのは避けたい。
しかし、問題はあちらの方が敵対心丸出しだった場合だ――その時はある程度の荒事も必要だろう。
ディンゴが思考している間にも、外の三人はジェフティへと近づき、とうとうコクピット周辺を調べ始めた。
――ディンゴは非常用装備の中から拳銃を取り出し、マガジンを納めてスライドを引く。
一応軍用であり、性能は見た目以上に高いが、弾薬は薬室のものも合わせれば21発しか無く、火力不足は否めない。
……もしLEVなどが出張って来たら、その時は覚悟を決めるしか無いだろう。
(ま、その時はその時か)
にやり、と笑うとディンゴはセイフティを解除しつつエイダに口早に指示を飛ばした。
「――エイダ、コクピットが解放されると同時に俺から通信が入るまでタイマー無しのスリープモードに移行しろ。
その間は外部からの入力を一切シャットアウト。指示があるまで待機だ」
『――了解、幸運を祈ります、ディンゴ』
「出来れば、また生きて会おうぜ」
そう短く言葉を交わすと同時に、コクピットが解放され、水銀灯の眩い光がディンゴとコクピットを照らす。
エイダのコンディションを示すモニターが消えたのを目端で確認すると同時に、ディンゴは手近な場所にいた黒髪の女性の眉間目掛けて拳銃を突きつけた。
「――貴様、何者だ?」
女性はこちらを見て一瞬動揺したものの、凄まじい速度でこちらの喉元に剣の切っ先を向ける。
疾い――目で追うのがやっとだった。
――ディンゴは即座に認識した……コイツは強い。それも途方も無く。
よりにもよって厄介な奴を最初の目標にした事を悔み……そして、それを全く表に出す事無く不敵に笑う。
「――こっちが聞きたいね」
――こうして、ディンゴとこの世界に生きる人間とのファーストコンタクトは、限りなく最悪に近い形で始まったのだった。
エイダさんによる解説及び状況説明、そして夫婦同士(違)の口喧嘩の模様及び、前話の邂逅のディンゴ側の心情をお送りしました。
千冬達と邂逅してから状況説明をさせても良かったのですが、それだと何だかグダグダになってしまう感じがしたので、敢えてもう一話を費やしてみました。
次回は少々のバトル要素……ISの動きをちゃんと書けるか今から心配です(汗