IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ) 作:夜芝生
学園最強を名乗る「あのお方」も登場します。
――エイダは再起動した瞬間、ジェフティが高所から落下している事を認識した。
一瞬で周囲の分析を完了し、周囲の状況と機体が置かれた状況を確認する。
――現在地球上空4万m、機体の状況……バーニアに異常発生。
大気との相対速度確認‥‥ランナーのコンディションチェック……生命に別状無し。
歪曲空間に飲み込まれたと言うのに、何故機体はおろかランナーが無事なのか?
いくら機能停止していたとは言え、何時の間に地球圏に到達していたのか?
……分析だけでは導き出せない疑問が次々とエイダの思考回路に浮かび上がるが、まずはその思考をカットし、機体のコントロールを取り戻す事に専念する。
『――警告、機体がコントロールを失っています。機体を操作して体勢を立てなおして下さい』
警告のメッセージと共に、コクピットシートでぐったりとするディンゴに覚醒処置を施す。
「ぐっ……」
気付け用の薬剤の注射、シートの振動、ダメージが出ない程度の電気ショック……若干の反応あり。
『――ディンゴ、起きて下さい。このままでは危険です』
「…………ぅ」
呻き声を上げて、ディンゴが身を捩る――もう少しで覚醒しそうだ。
だがその間にも、ジェフティは見る見る内に高度を下げていく。
速度を落とそうにも、バーニアは異常を来しており、対応出来そうな武装も、ランナーがいなければ動かす事が出来ない。
過去のデータでは、高々度から時速40万kmものスピードで減速無しで海面に突っ込み、無傷だったOFというのは存在する。
しかし当時の状況は今とは違い、衝撃が比較的多く逃げる海面で、OFは無人であり、その機体に搭載されたAIは独自に「自らを自由に動かせる」権限を有していた。
――エイダは「彼女」よりも性能こそ高いものの、あくまで独立型戦闘支援ユニット。
操作をセミオートにして操縦の補助をしたり、戦況に合わせて独自の判断で武装の切り替えなどを行ったりする事は出来るが、自身を完全な形で制御したり、武装を扱う事は許されていない。
如何にエイダが「人格」を持っていると言っても、プログラムに根ざすものは変えられないのだ。
『ですが…………そんなものは、「クソ喰らえ」です』
しかし、エイダは足掻く。
爆発しようとするアーマーンの中心部で、今自らのコクピットに座るランナーは、自分にあらかじめ決められたもの‥‥『運命』に逆らう事を教えてくれた。
自らに『感情』をくれたのがレオならば、彼は自らに『生きる意思』をくれたのだ。
『それでもダメなら自爆しようがお前の好きにしろ!!
だが……何もしないまま死ぬな!!』
エイダは覚えている――あの時のディンゴの叫びを。
何もしないまま、機能停止する事など出来はしない。
『――一部回路にバイパスを接続……不可。
――ランナーの生命維持優先による矛盾の解消……不可。
――機体の損傷回避の緊急措置……不可。
…………不可
…………不可。
…………不可。
…………不可。
…………不可』
プログラムの矛盾を回避する方法を、何億、何兆、何京通りもシミュレートするが、どうしても打ち破る事が出来ない――何より、時間が無い。
地表まで、後数十秒……間に合わない。
――その瞬間、エイダの中で何かが弾けるように一つのメモリーが零れた。
『エイダ……ディンゴさんを頼む』
それは、火星の独立が決まった時の、別れ際に交わしたレオとの会話。
『君と一緒にいられないのは残念だけど……でも、今の火星には、ジェフティと、あの人の力が必要なんだ』
悲しそうな顔で、でも、自分を心の底から信頼している頼もしい瞳で、こちらを見つめるあの人。
『例えどんな事があっても、ディンゴさんと一緒に必ず戻ってきて欲しい。
今度来る時は、セルヴィスも一緒に連れてくる。絶対だ。約束するよ』
――そう言って、優しい笑顔を向けてくれた。
『――――レオとの約束……守る……』
ぽつり、とエイダが漏らした言葉‥‥それは、ディンゴが空間歪曲に飲み込まれる瞬間に聞いた、少女の声そのものだった。
思考回路が火花を散らす――オーバーロードとも言える過負荷の中、エイダの思考だけが静かな呟きを漏らした。
『――レオとの約束……「私の相棒」を……絶対に、死なせはしない』
次の瞬間、猛烈なメタトロン光と共に、ジェフティの全身を、鱗の如きパーツが卵の殻のように覆っていく。
「マミー」……ジェフティが持つサブウェポンの一つ、絶対防御を誇る不死者の衣だ。
そして、ディンゴの体が壊れないように、少しでも衝撃を逃がす体勢を整える。
――次の瞬間、ジェフティは凄まじい速度で地面に叩きつけられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――パラパラと天井から砕けた破片が零れ落ち、埃が舞い上がる。
「ゲホッ…………どうやら、無事のようだな」
目の前と口元をバサバサと扇ぎながら、周囲の状況を確かめる。
――あまりの衝撃に柱や壁のあちこちに亀裂が入っているが、どうやらアリーナ自体は無事のようだ。
体を軽く動かして状態を確認――柱の陰に飛び込んだ時に多少擦り剥いたようだが、問題ない。
そして、自分の胸元で目を回している真耶を揺り起こす。
「……真耶……山田先生、起きろ」
「う~~~~ん……あったかい……ここが、天国……?」
顔を豊かな(とは言っても真耶ほどでは無いが)胸に埋めて、幸せそうな表情を浮かべる彼女目掛けて、千冬は鋭く手刀を叩き落とした。
「あいたぁっ!? な、何するんですか織斑先生っ!!」
「よし、そこまで元気に叫べるのなら問題はあるまい……状況を確認するぞ」
「あ、は、はいっ!!」
立ち上がり、アリーナに向かって走りだす千冬を、真耶も慌てて追いかけていく。
格納庫の中は、衝撃のあまり様々な機材や工具が散乱しており、端末の大部分も、ノイズを吐き出す箱に成り下がっていた。
待機状態で整備されていたISや武器も、床に倒れている。
生き残っていた端末に接続し、全ての機体のコンディションをチェック……問題なし。
「あれだけの衝撃で無傷とは……奇跡だな」
もしもコアに何かあれば、国際問題に発展しかねない……まず最悪の事態の一つは回避したと言えるだろう。
次は……飛来物の確認だ。
「織斑先生!! 準備は出来てますっ!!」
そう言って現れた真耶は、既にその身に「打鉄」を纏い、手には実弾を込めたライフルを装備していた。
その顔からは、先程までの怯えた小動物のような表情は消え去り、かつてこのIS学園で日本代表候補を争っていた時の引き締まったものに変わっていた。
「良し、私が先行する。君は後から続いてサポートを頼むぞ」
「はいっ!!」
千冬は警備員達に無線を繋ぎ、この場所の周辺の完全な封鎖を伝えると、手近な場所に転がっていた2m近い長さを持つIS用の刀を軽々と肩に担ぎ、アリーナ目掛けて慎重に歩いて行く。
外に出た瞬間、空中から一機のISが近づき、千冬と真耶の傍らに降り立った。
「――織斑先生!! 山田先生!!」
それはこのIS学園の二年生、生徒会長を務める更識 楯無と、彼女が持つ専用機「ミステリアス・レイディ」であった。
普段は悪戯好きな猫のような性格で、その美しい容姿とエキセントリックな言動で他人を教師、生徒問わず惑わしている彼女だったが、事が事だけに真剣な表情を浮かべている。
――既に彼女も戦闘態勢であり、左右に浮かぶ「アクア・クリスタル」からはナノマシンで構成された水がヴェールを作り出し、手には蛇腹剣「ラスティ・ネイル」を装備していた。
IS学園の上級生ともなれば、学生といえども非常事態においては緊急招集される事も多い。
特に楯無は日本人でありながら、特権でロシア代表を努めており、二年生にして学園最強の称号である「生徒会長」となるに相応しい実力も兼ね備えているため、かなり頼もしい応援と言えた。
「ご苦労――と言いたい所だが、今日はこの時間、整備科以外の生徒には外出禁止令が出ていた筈だぞ、楯無」
「あははは、ちょっと寝付けなくて……」
ぎろり、と睨みつける千冬の視線に、更識は「散歩」と書かれた扇子を広げながら、ごまかすように笑う。
「ふん、まぁいい。今回は不問にしておいてやる――付いて来い。
ただし、今から起きる事は全て他言無用だぞ」
「分かってますって。私もまだまだ学生生活を謳歌したいし、新学期から来る妹にも会いたいですしね」
クスクスと笑う楯無から鼻を鳴らして背を向けると、未だに土埃の舞うアリーナに目をやる。
その向こうからは時折緑色の燐光が、まるで回路のように走っている。
「あれは……メタトロンか?」
「はい、巨大な反応があります。でも、放出されるエネルギー量は極微量です。
まるで、眠っているような……」
千冬の呟きに、ハイパーセンサーで分析していた真耶が答えるが、その正体を測りかねているのか、言葉は尻窄になって消えて行く。
「これだけ巨大なものとなると、宇宙船か何かですかね?……っと」
「う~~ん、それにしてはサイズが小さいし形も……って楯無さんっ!! 勝手に触っちゃ――」
無視したのか聞いていなかったのか、真耶の制止の声が届く前に、楯無は「ミステリアス・レイディ」の水を使って、飛び散った飛来物の破片を慎重に手元に引き寄せる。
それを手にとった瞬間、彼女の表情が険しいものへと変わった。
「おい、楯無。許可もなく勝手に触るな。危険物かもしれんのだぞ」
「あはは……先生、確かにこれ……ヤバいかもしれません」
「何?」
訝しげに眉を寄せた千冬に、楯無は額に汗を浮かべながら、手にした破片を手渡す。
それは、金属の光沢を持ちながらも、指でへこむ程に柔らかく、それでいて凄まじい硬さを持つ――、
「SSA……!!」
それは現在世界各国が再現しようと必死に研究中の、自己修復機能を持った脅威の装甲であった。
現在これを標準装備しているのは、世界中を見回してみてもISぐらいのものだ。
ただの飛来物では無いと思ってはいたが……楯無の言う通り、こちらの想像以上の代物らしい。
「――先生、私はもう準備出来ちゃってますよ」
言葉だけ見ればおどけた調子を保ってはいるが、そう告げる楯無のアイスブルーの瞳は、文字通り冷たい殺気を放っていた。
見れば、辺りを湿っぽい空気が漂っている――恐らくは彼女のISの必殺兵装を何時でも発動出来るように準備をしている。
普段は余裕のある態度を崩さない彼女が、いきなり全力の戦闘態勢に入るほど、あの物体は危険な何かを孕んでいるのだ。
「落ち着け楯無。まだ『アレ』は動いていない。
迂闊に手を出したら逆に不味い事になるぞ」
「……はい」
楯無を宥めると、千冬は臆する事無く飛来物に近づいていった。
口元を覆い、目を細めてソレをよく見ると、どうやら人型のシルエットを持っているようだ。
最初に抱いた印象は、鎧兜をかぶせた、手足の細いマリオネット。
右手には、ブレードのような細長く鋭いエッジの物体、左手には八角形の板のようなものが備え付けられている。
あちこち……特に下半身の大部分は落下の衝撃で砕けてしまっているが、緑色の光がメタトロンの回路を走っている事を見るに、まだ辛うじて機能は生きているらしい。
そして、回路を走ったメタトロン光の一つを目で追っていた千冬だったが、その光の終点にある物体を見つけて、目を見開いた。
「なっ……コア……だと!?」
それは、いつも見慣れているものと比してあまりにも巨大であったが、装甲の隙間から覗く複雑なメタトロン回路が走る球体の様は、確かにISのコアそのものであった。
「嘘……あんな大きなコアなんて、見たことも聞いた事も……」
楯無も、呆然とした表情で飛来物……いや、その「機体」を見つめる。
「山田先生、無駄だとは思うが……念の為照合を」
「は、はいっ!!」
真耶が慌てて立体ディスプレイを呼び出し、ハイパーセンサーを使って解析を始める。
……が、結果は千冬の予想通りのものとなった。
「既存のコアと同等の反応はありません。完全に未登録です。
――それに、エネルギー反応がISのものを遥かに上回ってますから、そもそもコアと言えるかどうか……」
そう千冬に報告しながら、真耶はハイパーセンサーが伝えてくる情報に若干の違和感を覚えていた。
確かに、エネルギー自体の反応はコアなど比べ物にならない程の規模なのだが、目の前の物はコアとは何かが違うのだ。
(何て言うか……コア独特の「鼓動」が、あまり感じられないというか……)
それは、長年ISに接してきた真耶だからこそ気づいたのかもしれない。
しかし、あくまでデータ上は判別出来ない主観的なものでしか無いため、報告する事は少し憚られる。
ただでさえ異常な事態だ。千冬の負担はなるべく軽い方がいい。
……だから、真耶はその違和感を伝える事が出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その間にも、千冬は大胆に機体へと近付いて行く。
次に目がいったのは、両足の間から伸びた、円錐を僅かに潰したような造形の構造物だった。
「はぁー、随分とご立派なイチm「さ、ささささ更識さんっ!?」……冗談ですから、その刀を下ろしてくれないですか先生」
楯無が口にしかけた卑猥な言葉を、真耶は顔を真赤にしながら大声で、千冬は黙ってIS刀を喉元に突き付ける事で遮る。
「この非常時に……次に下らない事を抜かしたら叩き切るぞ」
「あはは、了解です」
気を取り直して、千冬は分厚い皮の手袋を両手に填めると、構造物を検分し始めた。
凄まじい勢いで落下したにも関わらず、その部分は機体の他の場所とは違って、落下の衝撃で砕ける事も、摩擦熱で溶ける事も焦げ付く事も無く、綺麗な形を保っていた。
つまり、ここはコアとは別の、機体にとって重要な部分なのだろう。
「――見た感じ、中は空洞になってるみたいですね」
――コンコン。
楯無が叩くと、軽い手応えと共に軽快な音が帰ってくる。
だが、肝心の中身はと言うと、この構造物は「ミステリアス・レイディ」のハイパーセンサーを遮断しており、一切分からなかった。
「私のでも……うぅ、済みません役立たずで……」
真耶も同じ事を試みたのか、さめざめと泣きながら頭を振ってくる。
(ふむ……どうにもならんか……仕方ない、整備科の者達を――)
そう千冬が決意し、二人にその旨を伝えるために振り向こうとしたその時、偶然付いた右手が何かの凹凸に触れた。
見ると、構造物の丁度中間部分、先端部分と根本から走る緑のラインが丁度ぶつかり合う場所に、四角いスイッチのようなものがあった。
「……これか?」
当たりをつけると、千冬は腕を振り上げて、スイッチに向けて拳を叩き落す。
くぐもった金属音が響き渡ったかと思うと、電子音と共に、先程まで繋ぎ目一つ無かった構造物の上半分が、まるで解けるかのような動きで開いた。
――そして、その中に存在するものを見て、千冬は驚愕に目を見開いた。
そこには、こちらに向けて拳銃を構える、褐色の肌と銀髪を持つ、精悍な男の姿があった。
「「…………!!」」
互いに跳ねるように動く二人。
「――貴様……何者だ?」
――千冬の刀の切っ先は、男の喉元を貫く寸前で止まり、
「――こっちが聞きたいね」
――男の拳銃は、千冬の眉間に突き付けられる。
それが、ISの歴史にその名を轟かせた
という訳で、漢気(?)溢れるエイダさんと、ディンゴ、メインヒロインの一人と出会うの巻で御座いました。
ちょっとオマケに楯無さんも登場させたのですが、実は私未だにこの人の性格が掴めなかったりします(汗
口調とか性格も、こんなんでいいのかどうか‥‥突っ込みがあったら是非お願いします。
うぅ‥‥原作もう一回全部見なおしてこよう‥‥(涙汗
Z.O.E要素としては、アニメ版の「彼女」が過去にやらかしたトンデモアクションを描写。
一応この設定の中では、戦闘支援ユニットとしては「彼女」よりもエイダが遥かに優秀ですが、AIとしての柔軟さや人間らしさ、機体に対する権限の強さは「彼女」に軍配が上がります。
アニメの中では、ランナーも無しに自由気ままに動きまわってますからね……(汗