IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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どう見てもガチバトルです、ありがとうございました。


Episode.17 模擬戦という名の死闘

「――やっているな」

 

 開口一番にそう呟きながら、千冬は地下アリーナに設けられたモニター室へと姿を現した。

 

「あ~、織斑先生だ~。こんばんは~」

「申し訳ありません先生――先に始めさせて頂いています」

 

 パタパタと腕を振る本音と、丁寧に頭を下げる虚に片手を上げて応じると、部屋の中央に映し出される映像を見つめる。

 

 

――そこには、凄まじい速さで交錯し、激しく剣戟を繰り広げるディンゴの打鉄と楯無のミステリアス・レイディの姿があった。

 

 

 楯無が捉え所の無い動きで、蒼流旋のガトリングとアクアクリスタルから呼び出した水の鞭で牽制しつつ、隙を見てはランスと大砲の如き水流の渦を叩きつけようと迫ると、ディンゴはそれらを荒々しい直線的な動きで掻い潜り、打ち払い、逆に急所目掛けてIS刀を叩きつけんと肉薄する。

 

「……開始5分、共にこれと言った有効打は無し、か。中々に食い下がっているようじゃないか、イーグリットも」

 

 戦闘ログを呼び出し、それに軽く目を通しながら感心したように呟く――若干打鉄のシールドエネルギーの消耗が大きいが、両者の差は殆ど開いていなかった。

 

「はい、訓練の度に練度が確実に上がっています。

それにしても、ISを動かしてから約三ヶ月足らずで、訓練とは言えお嬢様と互角に渡り合うなんて……」

 

 虚は未だに信じられない、といった様子で、モニターに移る二人のドッグファイトに見入っている。

 幼い頃から楯無に付き従い、技術者として彼女の実力を一番間近で見てきた虚にとっては、やはり多少は忸怩たる思いがあるのだろう。

 

「奴には、我々の世界では計り知れない技術を持ったLEVや超兵器(OF)での圧倒的な戦闘系経験を持っているから、純粋に初心者とは言い難いがな」

 

 そんな虚を励ますように告げると、再びモニターに表示される戦況と、そこから吐き出されるISのログに目を移す。

 目の前に映しだされるのは、先程の光景を焼き直したかのような一進一退の攻防。

 

 

――しかし、見る者が見れば分かる……ディンゴは、攻めきれていない。

 

 

 互角に見えるのは、あくまで楯無が積極的に攻めていないからに過ぎない――事実、楯無とミステリアス・レイディの空間座標は、スタート時から殆ど動いていない。

 ディンゴの荒々しい攻撃の一撃一撃を確実に捌きながら、カウンターと牽制のみで戦場をコントロールしているのだ。

 高い空間把握能力と、ハイパーセンサーの処理能力を完全に使いこなせる並列思考能力が無ければ絶対に不可能な技術である。

 

 並の操縦者ならば、自分の行動範囲が狭まっている事を認識出来ず、気づいた時には一歩も動けなくなって『詰み』になる事だろう。

 

 第三者の視点から見て、熟練者がどうにか気付けるか、といったレベルの微妙なコントロール……当事者ならばたまったものでは無いに違いない。

 ディンゴは決して弱くは無い――むしろ、その実力は既に下手な代表候補生に匹敵、もしくは凌駕する程のレベルに達している。

 

 

 

 ただ……楯無がその上を言っているに過ぎない。

 

 

 

「……奴が楯無に迫るには『あと一歩』が足りん。

如何にイーグリットが及びもつかない程の戦闘経験と修羅場を経験し、エイダのサポートを受けていたとしても、これが『IS同士の戦闘』である以上、その差は決して埋まらん」

 

 ISにおいて常人ならば決して詰める事の出来ない圧倒的な『一歩先』を行くのが、更識 楯無という少女である。

 高いメタトロンとの親和性と圧倒的なセンス、『裏』として積んだ豊富な実戦経験に裏打ちされた高いIS操縦技術は、恐らくは世界でも指折りのレベルに達している……ロシア現国家代表という肩書がその証明だ。

 

「え~……それじゃあ、でぃんでぃん先生このままじゃ勝てないんですか~?」

「ああ、何か切り札的な何かを持っていない限り、かなり難しいだろう」

「む~…………あっ!?」

 

 そんな現実に本音は不満げに唸っていたが、不意に何かに気付いたかのように声を上げた。

 妹の不躾な振る舞いに、虚が眉根を寄せながら窘める。

 

「本音……いきなり大きな声を出すのははしたないから止めなさい――で、どうしたの?」

「あ、ご、ごめんお姉ちゃん~……さっきでぃんでぃん先生の打鉄を弄ってたら、ちょっと気になるもの見つけたんだよ~」

 

 言うが速く、本音は端末のコンソールを操作すると、ディンゴの打鉄の整備ログを呼び出した。

 それは拡張領域(パススロット)の状況を示した簡易グラフだ。

 相変わらずジェフティとエイダとのリンクによる過負荷によって領域を圧迫されており、殆どが使用不可能な状況だが……以前と違って武装がいくつか増えている。

 

「確認しようと思ったら、何だか物凄いプロテクトがかかってて手を出せなかったらか放置しちゃったんだけど~……」

 

 そのファイルを見た瞬間、千冬は心底愉快で堪らないといった笑みを浮かべた。

 

「――成程……ヒカルノは間に合ったか。お楽しみは最後まで取っておくとは、中々に良い性根だなイーグリット」

 

 まるで飢えた獅子が獲物を捉えたかのように獰猛さに、虚と本音は思わず後ずさる。

 

「あ、あの……織斑先生はこれが何かご存知なのですか?」

「ああ、以前からあいつはエイダの協力の元、IS刀とは別の武装を積むために拡張領域(パススロット)の整理と最適化を行っていたんだが、つい先日それなりの武装を積めるぐらいの容量が確保出来たらしい。

そこで、私が紹介した知人のツテで、倉持技研に武装の試作品の制作を依頼していたんだ」

「わあ~、凄~い♪」

 

 本音は千冬の言葉の意味を分かっているのかいないのか、呑気に驚きながら喜んでいるが、虚はそれどころでは無かった。

 重要事項をしれっと口にする千冬に、驚愕の表情を浮かべる。

 

「えっ!? そんな事全く聞いていないのですが……」

「当然だ――言わなかったからな」

「ど、どうしてですか!?」

 

 ディンゴの打鉄は拡張領域(パススロット)の容量上、IS刀しか収める事が出来なかった。

 近接戦闘しか出来ない以上、万が一彼がこちらに対して害意を持つか、もしくは制御し切れなかった場合の制圧、もしくは『排除』は然程困難では無い……そう関係各所に説明し、理解を求めている以上、更識に仕える身としては聞き捨てる事は出来ない。

 

 

 

……だが、千冬はその言葉に事も無げにこう答えて見せた。

 

 

 

「その方が面白そうだからだ――ちなみにこれは楯無も了承済みだから、文句はあいつに言ってくれ」

「お、お嬢様ぁ……!!」

「あはは~、お姉ちゃんドンマイ~♪」

 

 その返答を聞いてがくり、と肩を落とす虚――それを見て本音はケラケラと笑っていた。

 そんな二人を尻目に、千冬は再びモニターに目を移す。

 

 

 

「――さぁ、どんなモノを見せてくれるんだイーグリット?」

 

 

 

 そう呟く千冬の目は、楽しげな光でギラギラと輝いている。

 

 

 元世界最強(ブリュンヒルデ)を名乗る彼女は、世間一般ではその美しい容姿や立ち振舞から、『正々堂々とした武人』や、『鋼鉄の女』といった評価を得ているが、実際はそうでは無い。

 ことISの事となると、何処か負けず嫌いで大人げなく、子供染みた態度を取る事も多く、戦闘中毒者(バトルジャンキー)とも言える程に物騒な思考も併せて、周囲を振り回す事もしばしばである。

 

 

 

「あはは……もうどうにでもなって頂戴……っ!!」

 

 

 

 取り敢えず、この後書く報告書をどう纏めよう――最早諦めの境地に至りながら、虚は溜息を吐く事しか出来なかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そんなのどかなモニター室の様子とは打って変わって、ディンゴと楯無の戦いは更に激化していた。

 

「おおおおっ!!」

 

 何度目かわからない、ディンゴのIS刀を振りかぶりながらの突進――楯無は避ける素振りさえ見せず、アクアクリスタルから水の盾を作り出し、刀が描く軌道上に展開する。

 だが、その盾に阻まれようとした瞬間、ディンゴの姿は楯無の目の前から掻き消えていた――瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ。

 

 

――IS熟練者への登竜門とも言えるこの機動を、ディンゴは既に使いこなしてみせていた。

 

 

 一瞬にして楯無の背後に回ると、体を駒のように回転させながらIS刀を叩きつける。

 

「わお♪」

 

 それを見た楯無が楽しげに微笑みながら、宙返りしながら横殴りの斬撃をかわし、続く追撃をランスで受け流す。

 そこへディンゴは更に連撃を加えんとするが、彼女はそれを許さず、展開していた水の盾を瞬時に水の鞭へと変えて、四肢を拘束せんと叩きつけた。

 

「チッ……!!」

 

 忌々しげに舌打ちしながら、水の鞭を素早く切り散らす――だが、その間に楯無に再び間合いを空けられてしまう。

 

「今のは惜しかったわねセンセ♪ 私じゃなかったら、多分直撃してたでしょうね」

「そりゃどう……もっ!!」

 

 楯無のそんな賛辞と共に放たれたガトリングの弾幕を風車のように振り回したIS刀で弾き飛ばし、回避先に放たれた水のドリルの一撃を掻い潜ると、再び特殊無反動旋回を駆使した円を描く軌道で間合いを詰めて反撃を加える。

――しかし、それもまた水の盾によって阻まれてしまう。

 先程から、手を変え品を変えて攻撃を加えているのだが、先程からこのような応酬の繰り返しだ。

 逆にこちらも相手のカウンターの全てを凌ぎ切っているため、余力は十分にある……しかし、ディンゴの表情は焦りを浮かべていた。

 

『――空間内湿度上昇、危険域まであと5%』

「分かってる……!!」

 

 エイダが警告を発する――ディンゴは頷きながらハイパーセンサーが映し出す厄介な状況を確認する。

 そこには、この空間の中に散布された、霧のように周囲に漂う『無数のナノマシン』が映し出されていた。

 その発生源は、先程から楯無のミステリアス・レイディが操っている『水』だ。

 彼女がそれらを攻撃や防御に使う度に、ナノマシンは『湿気』という現象を伴いながら、少しずつ、少しずつ空間内を満たしていく。

 

「ほらほら、まごまごしてたら、また『積ん』じゃうわよ? どんどん打ちかかってきたらどうかしら?」

「……生憎と、地雷原でダンスする趣味は無いんでな」

 

 楯無の挑発を受け流すディンゴの言葉通り、あれは『地雷』だ。

 一歩でも下手に踏み込めば、為す術無く吹き飛ばされ、無事だったとしてもそれに続く連撃によって押し潰される。

 

 

 

――この攻撃によって撃墜判定を一体何回受けたか、数えるのも馬鹿らしい。

 

 

 

 このまま時間を稼がせてしまえば、待っているのは過去の戦闘の再現だけだ。

 

『なら……エイダ!!』

『了解、シークエンス開始まで5秒』

 

 再び放たれる猛烈な反撃を凌ぎながら、ディンゴはエイダに向けて秘匿回線(プライベートチャンネル)を繋ぐと、そのサポートを受けて打鉄へと指令(コマンド)を送る。

 

 今度はPICを複雑に制御しながら、トップスピードを維持したままの直角軌道旋回で楯無の攻撃をかわしつつ肉薄する――ジェフティの操縦によって培った機動の再現だ。

 そして、その機動の激しさが最高潮に達すると同時に、瞬時加速(イグニッションブースト)で楯無の視界から掻き消える。

 並の操縦者ならば、目とハイパーセンサーで追うのがやっとの複雑な動き……だが、彼女は確実にディンゴを捉えていた。

――瞬時加速(イグニッションブースト)の行き着く先は、ミステリアス・レイディの右斜後方だ。

 

「だーかーら、無駄だって――」

「舐めるなっ!!」

「……!?」

 

 小馬鹿にしたように笑いながら、振り向き様に再び水の盾を展開しようとした楯無の顔は、直後にディンゴの行為を認識した瞬間凍りついた。

 

連続瞬時加速(ダブル・イグニッションブースト)――レディ』

「……っぅぅぅおおおおおっ!!」

 

 エイダのアナウンスと同時に、ディンゴの体は振り向いた楯無の背後へと再び回りこんでいた。

 2つあるメインスラスターの片方ずつで、それぞれ瞬時加速(イグニッションブースト)を発動させるという荒業――PICで殺しきれなかった途轍もないGが、打鉄とそれを纏うディンゴの体をミシミシと軋ませる。

 まるで直撃を受けたかのようにシールドエネルギーが減少する――が、背後への完全な不意打ちを放てるのならばお釣りが来る。

 

「食らいやがれえええええっ!!」

 

 腕の痛みを闘志で塗り潰すと、ディンゴはそのまま無防備な楯無の背中へとIS刀を振り下ろ――、

 

 

 

 

「…………どーん♪」

 

 

 

 

――そうとした瞬間、楯無が空いた手の指をパチリ、と弾いた。

 

 

 

 

 それと同時に、爆発音と共にディンゴの顔面付近の空間が突然『爆ぜた』。

 

「がっ……!?」

 

 猛烈な衝撃に首ががくん、と仰け反り、意識が飛びそうになる――しかし、ディンゴは意思を総動員してそれをこらえると、そのままIS刀を振り下ろした。

 武骨な刃がミステリアス・レイディの華奢な背部装甲を切り裂くが……浅い。

 それでも、咄嗟に追い縋る……『アレ』を使ったならば、水の盾を使う余裕は無い筈だし、取り回しの悪いランスならば、阻まれる前にこちらの攻撃を当てられる。

 

 

「――そんなの、この私が許すと思う?」

 

 

 だが、それを実行に移すことは出来なかった。

 楽しげに、しかし酷薄な笑みを浮かべると、楯無は『空いた手』を振りかぶりながら体を回転させる。

 そして、その慣性を載せたまま、蛇腹剣(ラスティー・ネイル)をコールし、ディンゴへと叩きつけた。

 

「――ちぃっ!!」

 

 咄嗟に上へ飛んで回避するが僅かに遅く、火花を散らしながら打鉄の肩装甲が削り砕かれる。

 体勢を整えようとするが、そこへ再び先程の爆発がディンゴの全身を襲った。

 

 

 

――断続した爆発音が響き渡り、地下アリーナの空間をビリビリと揺らす。

 

 

 

「く、ああああああっ!!」

『――装甲損傷率30%。残りシールドエネルギー、僅かです』

 

 その爆炎を切り裂いて範囲外を脱出したディンゴの打鉄は、全身の装甲に罅が入り、シールドエネルギーも危険域へと達してしまっていた。

 唯一の武器であったIS刀も、半ばから折れている。

 

「――ふぅー、流石に今のは危なかったわ……大分腕を上げたわね、ディンゴセンセ♪」

「良く言うぜ……涼しい顔しやがってよ」

 

 楯無の言葉に答えるディンゴの額には、珠粒の汗が浮かんでいる。

 PICの制御可能な領域を超える無理な機動と、ミステリアス・レイディが披露した『隠し球』による攻撃によって、ディンゴの疲労はピークに達していた。

 

 

 

「――皮肉じゃなく正直な感想よ。

まさか、私の『清き熱情(クリア・パッション)』を凌ぎ切るなんてね」

 

 

 

 人を喰ったような笑みを止め、少し真剣な表情になりながら、楯無が賛辞を送る。

 

 

 

 清き熱情(クリア・パッション)――密閉空間において、ナノマシンの水のヴェールを霧状に散布して充満させ、それらを一斉に熱に転換……水蒸気爆発を起こす事で対象を攻撃する、ISの中でミステリアス・レイディにしか使いこなせない特殊武装だ。

 

……しかもその防御と攻撃の殆どをアクア・クリスタルから供給される水型のナノマシンによって行っているミステリアス・レイディの特性上、散布や設置を他の行動と同時に行える事もあり、非常に隠密性に優れており、回避も察知も非常に困難だ。

 

 良く言えばトリッキーな、悪く言えば暗殺や奇襲、破壊工作向きの、『裏』の宗主たる楯無にとっては非常に相性の良い武装と言える。

 

 そして公式戦において、これを発動させた楯無は例外無く対戦相手を下している――文字通りの必殺兵装なのだ。

 

 事実、ディンゴはこれによって幾度も辛酸を舐めさせられている。

 

「……でも、残念だけどもう一歩だったわね。

コレが破られた以上、私の残りの手札は正攻法だけ――それだけ消耗してて、凌ぎきれるかしら?」

 

 蒼流旋と蛇腹剣(ラスティーネイル)の2つを構えながら、楯無が宣言するかのようにディンゴへと告げる。

 状況だけを見れば、ディンゴのシールドエネルギーは残り1割程で、唯一の武装も損傷状態――対する楯無はまだ4割ほどの余裕がある。

 その上、罠や布石を張りながらの攻撃でも凌ぐのがやっとの状態であったのが、これから彼女はその全ての集中力を攻撃に注ぐというのだ……状況は、ディンゴにとっては最悪とも言える。

 

「抜かせ――獲物相手に油断してたら、食い千切られるのはテメェの方だぞ楯無……!!」

 

 しかし、それでもディンゴは一切闘志を萎ませる事無く、更に獰猛に笑ってみせる。

 こちらが圧倒的に不利なのを見て、多少とも彼女は油断している――そこが狙い目だ。

 

「エイダ――武装のロックを解除……本邦初公開って奴だ」

『了解、ファイル解凍――及びモーションパターンインストールを開始します』

 

 エイダの声と共に、網膜投射のモニターが、使用可能武器が増えた事を知らせてくる。

 ディンゴは半ばから折れたIS刀を投げ捨てながら、即座にそれをコールした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

(……きっと、こっちが油断してるとか思ってるんでしょうねー)

 

 一方、楯無はディンゴを見下ろしながら、内心苦笑していた。

 

 

 

――冗談では無い。

 

 

 

 生憎とこちらは油断など一切していない……はっきり言って、死に物狂いだ。

 確かにISの技量はこちらの方が上ではあるが、戦場における場数はディンゴの方が圧倒的に上。

 その殺気と気迫、そして容赦の無い全て急所狙いの致命的な攻撃……ISに体調を整える機能が無かったら、今頃楯無の全身は冷たい汗で濡れている事だろう。

 

(だから悪いけど、最後まで容赦なくいかせて貰うわよ)

 

 両の手に構えた得物を再び構えて打ちかかろうと身構えた楯無だったが、ディンゴが突如IS刀を投げ捨てた事で止まる。

 そして、それと同時に量子変換(インストール)されていた武装が再び実体化する――それも、『両手』にだ。

 

 

 

――左手には、鈍色の装甲で出来た小型盾(バックラー)……こちらは一見何の変哲も無いが、問題は右手に携えられたものだった。

 

 

 

 逆手式の拳銃から肘から先の部分を守るように刃が伸びた、奇妙な形した武器……IS操縦者として、『裏』の武術を学ぶものとして、様々な武器や兵装を見てきた楯無だったが、そのどれにも当てはまらない。

 

(……仕込み拳銃付きのトンファーブレード? 何にせよ、見ただけじゃさっぱりね)

 

 何か新しい武器を用意している事は千冬から聞いてはいたが、その詳細まで細かに知っている訳では無い……その情報は、自分からシャットアウトしていた。

 そもそも、相手の隠し球を最初から知ってしまっては、勿体無いではないか。

 

(――まずは、様子見させて貰うわ!!)

 

 楯無はガトリングを放ちながら一気に間合いを詰める。

 散発的に放たれる弾幕を、ディンゴは左手の盾を使って防いだ。

 甲高い音と共に、銃弾が微妙な曲線と角度のつけられた盾の表面によって弾かれる――どうやらあの盾は、受け止めるというよりは受け流す事に特化しているようだ。

 それを確認しながら、続けて楯無は蛇腹剣を大きく振りかぶった。

 

 

――ナノマシン入りの水の糸で繋げられた矢羽のような剣刃が、アクア・クリスタルによる制御と、微妙な手首の返しと捌きによって鞭のような鋭い動きで翻る。

 

 

 それはまるで竜巻のように回転しながら、ディンゴを封じ込める結界のように囲みこんだ。

 掻い潜ろうとすれば渦巻く剣刃に蹂躙され、真上に逃げれば蒼流旋の水のドリルの餌食、かと言って足を止めれば狭まった渦によって引き裂かれるという不利な選択を強いるコンビネーション。

 

(さぁ……どう出るセンセ♪)

 

 何処かワクワクしながら、楯無は蛇腹剣を制御しつつディンゴの動きを注視する。

 しかし、当のディンゴはその場から一切動く事は無く、ただ右手のグリップを強く握り締めた。

 すると、肘の辺りに伸びていたブレードが拳銃部分を支点にバネ仕掛けのように起き上がり、それまでとは逆に手首から先へと移動する。

 

(――折りたたみ式のブレード……でも、剣だけで何を……っ!?)

 

 迫り来る蛇腹剣を前に、悠長に近接武器を構える彼の行為を訝しんだ瞬間――銀光が奔る。

 一見蟷螂の斧の如きそれらは蛇腹剣の織りなす竜巻へと吸い込まれ……切り散らした。

 

「う、そ……でしょ?」

 

――水の糸を切り離された剣刃が、慣性に従って吹き飛ばされていくのを、楯無は呆然と見送ることしか出来ない。

 それぐらいに、自分の目と、ハイパーセンサーが認識した光景は信じ難いものだった。

 

 

――ディンゴは振るったブレードによる斬撃全てを、剣刃の合間の水の糸へと正確に叩き込んだのだ。

 

 

 その動きは、先程まで彼が見せていた獣の如き荒々しい動きでは無く、ともすれば流麗とも思えるほどに無駄を省いた『敵を倒すため』だけに研ぎ澄まされた剃刀の如き鋭さ。

 

「――やっぱり、コイツが一番しっくり来るな。やっと、本調子に戻った気分だぜ」

 

 満足気に、獰猛な笑みを浮かべるディンゴの呟きを聞いて、楯無ははっとしながら振り返った。

 そこには、横たわるジェフティの姿――その右腕には、半ばから折れ、所々砕けてはいるが、今のディンゴが手にしているモノとほぼ同じ形をした武器が装備されている。

 あれはつまり、彼本来の――!!

 

「……余所見してる暇があるのか?」

「!?」

 

 しかし、楯無の思考は強制的に中断される――一瞬気を逸らした隙に、ディンゴが瞬時移動(イグニッション・ブースト)で間合いを詰めていた。

 咄嗟に水の盾を形成するが、それらは硬化する前に凄まじい速度の斬撃によって切り散らされる。

 

「……くっ!?」

「遅えっ!!」

 

 続く驚愕する暇さえ与えられない程の連撃を、楯無はどうにかランスの穂先でガードするが、首、脇、腿の急所を狙う軌道を描きながら、飛燕の如く翻る刃の鋭さと重さはそれまでの比では無い。

 防ぎきれなかった斬撃が薄く作られたミステリアス・レイディ本来の装甲を、ガリガリと削っていく。

 

「オラァッ!!」

「――かはっ!?」

 

 そして止めとばかりの振るわれた体を一回転させながらの真一文字の切り払いの圧力に打ち負け、今までの模擬戦の中で初めて、楯無の体が大きく吹き飛ばされた。

 尚も追いすがろうとするディンゴを、寄せ集めたナノマシンを使ってごく小規模の『清き熱情(クリア・パッション)』をどうにか発動させて足止めをし、そこへガトリングを打ち込む事でようやくディンゴの前進を止める事に成功する。

 

 

 

(これが……彼の――ディンゴの、本来の動きって訳ね)

 

 

 

 ようやく息を整え、思考を纏める楯無は、それまでどれだけディンゴが大きなハンデを抱えていたかを改めて実感する。

 まだISに関する動きには粗や無駄も目立つが、あの武器を手にした今のディンゴの攻撃技術は、明らかに自分を遥かに超えていた。

 ともすれば、あの千冬にすら匹敵……いや、凌ぐかもしれない。

 

 

 

――その動きはあくまで、剣の達人である千冬と箒にすら『教え、正す事は不可能』と言わしめた、ただ本能にままに振るわれる『獣』の剣。

 

 

 

 しかし、それを数千、数万と繰り返し、数百、数千の敵を屠る事で到達した、『殺す』事のみに特化した戦場における『武』の完成形――楯無の目の前には、それがあった。

 若くして『裏』の戦場を渡り歩いたとは言え、精々二十にも満たない小娘である今の自分では、決して到達出来ない頂き。

 そのどうしようも無い圧倒的な差は、楯無の心に敗北感を植え付けるのに十分すぎた。

 

(自信無くしちゃうなぁ……私……)

 

 学園襲撃の際に、結果としては痛み分けとは言えスコール・ミューゼルに敗れた事を思い出し、チクリ、と胸が痛む。

 

(けど……それでも――)

 

 だが、俯きそうになった顔を上げ、目の前のディンゴを見据えた。

 そこには、普段の飄々としたものでも、『裏』としての冷酷なものでも無い、ただ強者へと挑むIS操縦者としての顔がある。

 

「――私は『学園最強』……IS学園生徒会長、更識楯無よ!!」

 

 自らの誇りを乗せながら、楯無の体は瞬時移動(イグニッション・ブースト)と共にアリーナを駆け抜けた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はあああああっ!!」

 

 今までとは打って変わって鋭く間合いを詰めた楯無が、渦を纏わせたままの蒼流旋を、まるで銃弾のような速度で次々と叩きつけた。

 ただでさえ長いランスに渦を纏わせた事で稼いだ間合いを十分に活かし、ディンゴの反撃を可能な限り潰しながら、シールドエネルギーを削りきろうと試みる。

 

「おおおおおっ!!」

 

 しかし、ディンゴは受ければブレードや盾を叩き折られかねない重い一撃一撃の尽くを逸し、受け流し、隙を見てランスの振るえない間合いへと踏み込んで、鋭く切り込んでいく。

 その反撃を楯無は巧みな機動でかわし、時には水の盾で受け、ガトリングと『清き熱情(クリア・パッション)』でディンゴを引き剥がすと、今度は再び間合いの外から打ち掛かる。

 

 

 

――互いが互いに一歩も引かぬ、目にも留まらぬドッグファイト。

 

 

 

 いつ果てるとも知れない攻防……その均衡は、幾度目か知れない交錯の瞬間に崩れた。

 

「せやああああああっ!!」

「ぐっ!?」

 

 楯無の水のドリルの一撃が、度重なる防御によって罅の入っていた小型盾を、下にあった腕ごと打ち砕く。

 

(貰った――!!)

 

 もうディンゴには続く攻撃を防ぐ装甲も、耐えられるほどのシールドエネルギーも残されてはいない。

 半ば勝利を確信しながら横殴りに振るわれるランスの穂先――だが、ディンゴはそれをブレードを犠牲にする事で辛うじて掻い潜った。

 そして、刃が砕けるまでの一瞬の間に楯無の懐へと飛び込むと、『壊れかけた左手を』彼女目掛けて突き出す。

 何も装備していないISの拳と云えども、その一撃は易々と岩を粉砕せしめる威力を持つ――反射的に、楯無はそれを回避する。

 

 

 

――瞬間、ディンゴの口の端がにやり、と歪んだ。

 

 

 

 楯無がその真意に気付いた時には既に遅く、彼は身を逸らした彼女の代わりに目の前に飛び込んで来たモノ……ミステリアス・レイディの象徴たる水を生み出すアクア・クリスタルを掴み取っていた。

 青白い燐光に輝く掌が輝く宝石を掴み取り、PICによる本体との接続を引き千切ると同時に握り潰す。

 学園襲撃の際、ディンゴがアラクネに対して見せた切り札――『グラブ』だ。

 

「……っ!!」

 

 警告音と共に、ナノマシンの水の半分近い量が制御不能に陥った事を示すステータス表示が網膜投射によって映し出される。

 それは、武装の多くをナノマシンの水とその制御にまかせているミステリアス・レイディの攻撃力と防御力の両方が大幅に減少した事を示していた。

 だが本来のISの限界を越えたアクションが原因で、ディンゴの打鉄の左手は火花を上げながらだらり、と垂れ下がる――恐らくは、もう使えない。

 

 

 

 互いが互いに満身創痍――しかし、闘争本能をむき出しにした2人は、構わず戦闘を継続する。

 

 

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 

 

 ディンゴは半ばから折れたブレードをパージすると同時に、残った拳銃の銃口を楯無の額へと押し当てるかのように突き出し、

 

 

 

「あああああああっ!!」

 

 

 

 楯無は防御用に纏っていたものを含めた、全ての水を蒼流旋へと集中させ、残るもう一つの切り札を切ろうとランスを構え、

 

 

 

『――そこまで!!』

 

 

 

――両者が決定的な一撃を放とうとした瞬間、千冬から静止の言葉が響き渡った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

模擬戦が終わり、ロッカールームへと回ったディンゴと楯無を迎えたのは、額に青筋を浮かべた千冬と、少しだけ俯きながら眼鏡を光らせた虚だった。

 前者は言わずもがな、後者に関しても眼鏡の奥の瞳は完全に座っており、彼女達の怒りが頂点に達している事は明らかである。

 凄まじい2人の圧力に、本音は部屋の隅でブルブルと震えて避難してしまっている。

 

「――やり過ぎだ、馬鹿者め」

「…………すまん」

「…………ごめんなさい」

「――そして最後にお二人が共に放とうとした攻撃は、切り札レベルの攻撃とお見受けします。

……そんなものをシールドエネルギーが減少した状態で撃てば、どうなるかは分かりますよね?

もしかしてお二人は、『模擬戦』ではなく『死合』がお望みですか?」

「…………いや」

「…………チガイマス」

「それならば存分にどうぞ――どちらか一方がいなくなれば、今後の私にとって非常に有益ですので」

「……う、虚ぉ……そ、そんなに怒らなくてm「発言は許可しておらん、黙っていろ楯無」……はい」

 

 そしてそんな二人の前で、ディンゴはただバツの悪そうに目を逸し、楯無は正座しながら縮こまる事しか出来ない。

 熱くなりすぎて致命的な攻撃を叩き込みそうになった事は、直前で止められ、結果として二人共無事なので良しと出来るが、ISのダメージに関しては言い訳のしようが無い。

 

 

 

――その大部分をメタトロン由来の素材で構成し、自己修復可能なISではあるが、限界もある。

 

 

 

 大きすぎるダメージ――特に四肢、機体独自の武装、神経接続やコアに関する回路の損傷などは短期間の自己修復では補い切れず、長期間の絶対安静、整備室や企業等での特殊な整備を必要とする。

 損傷が修復し切れていない状態でISを展開した場合、制御系や駆動系に異常を来たし、最悪の場合コアをリセットしなければならない状態に陥る事もあるのだ。

 

「――エイダ、損傷状況は?」

『打鉄、ミステリアス・レイディの両機共にダメージレベル『C』――一週間の絶対安静が必要です』

「あのような死闘で、その程度に済んだのは幸いだな……」

 

 エイダの報告を聞いて、千冬が取り敢えずほっと胸を撫で下ろす。

 ただでさえ貴重なコア――こんな下らない事で壊されては溜まったものでは無い。

 

『……ディンゴ、千冬と虚の言葉を借りるようですが、明らかにやり過ぎです。

我々はこの学園に庇護されているという現状を理解していますか?』

「……だから悪かったよ」

「本当に反省しているのかイーグリット……っ!!」

 

 しかし、エイダからの説教を受けても、バリバリと頭を掻きながら子供のように不貞腐れるディンゴを見て、千冬のボルテージは再び跳ね上がりそうになる。

 

 

 

――だが、それが再び爆発する寸前に、彼女の懐から携帯端末の着信音が鳴り響いた。

 

 

 

「――私だ……ああ、山田先生か。どうした?」

 

 千冬が携帯端末の立体ディスプレイを呼び出し、通話を始める――どうやら、相手は真耶のようだ。

 

「――何? 一夏とオルコットが……? それと壁の修理申請……?

要領を得んな……分かった、詳しい事は戻ってから聞こう」

 

 何か寮の方で問題が起こったらしく、暫く会話のやり取りをすると、溜息を吐きながら携帯端末を再び懐へとしまった。

 

「……まだまだ説教は足りんが、急用が出来たので今日はこの辺りで勘弁しておいてやろう。

この件に関しては、始末書と報告書にして提出して貰うぞ」

「……おう」

「いい機会です――少し、頭を冷やして下さいね」

「うぅ……虚ぉ……」

 

 そう言い残すと、千冬はロッカールームを後にし、虚もそれに続く。

 後に残された三人は、ようやく重圧から開放され、同時に大きく溜息を吐いた。

 

「うぅ~……怖かったよ~」

「はいはい、ごめんね本音……ちょっとやり過ぎちゃったわね――怪我、無い?」

 

 涙目になりながら縋り付いてきた本音の頭をよしよしと撫でながら、楯無はディンゴの顔を心配そうに見上げた。

 

「安心しろ――この程度でどうにかなるようなヤワな鍛え方はしてねぇし、『調整』もされてねぇさ。

お互い、切り札も温存してた事だしな」

 

 そう言ってひらひらと手を振るディンゴ――だが、その言葉を言い換えると、切り札を切ったならば何かが起こっていた事を暗に示している。

 

「へぇ……興味深いわね――あの拳銃には一体どんなのが仕込まれてるワケ?

突きつけられただけで冷や汗がドッと出たわよ?」

「お前こそ、危なっかしいモン出しやがって――ホントに殺す気だったんじゃねぇだろうな?」

 

 しかし、当の本人達はそれが楽しみだったと言わんばかりに口の端を釣り上げ、挑発するように視線を絡ませる。

 そんな二人を代わる代わる見つめると、本音はにっこりと笑った。

 

「2人とも仲良いね~♪」

「俺としちゃこれ以上仲良くしたくはねぇがな……絶対ロクな事にならないからな」

「あらイケずねセンセ♪ そう言わずに今後共末永く仲良くしましょうよ」

「言ってろ」

 

 軽妙な会話の応酬を繰り返している内に、不意に本音の腹からくぅ、と可愛らしい音が鳴った。

 

「ねぇねぇお嬢様にでぃんでぃん先生~、お腹空いた~……」

「あら、そう言えば放課後になってから何も食べて無かったわね……センセは?」

「俺も急ぎだったからまだだな……良し、まだ食堂は空いてる事だし行くとするか――今日の整備の礼だ、本音にゃ奢るぜ?」

「わ~~い!! やった~~!!」

「あらいいわね、じゃあ私は――」

「お前にはやらねぇよ――自分の食券使え」

「あら酷い――生徒によって待遇を変えるなんて、教師として失格じゃないのセンセ?」

「……分かったよ、好きなの頼め」

「じゃあじゃあ、ジャンボイチゴパフェと、プリンパフェとチョコレートパフェと~……」

「おお、デザート三昧もいいわね――じゃあ私は白玉あんみつと抹茶プリンと……」

「…………言っとくが、常識の範囲内で頼むぞ?」

 

――二人のテンションに押されて苦々しい表情を浮かべながらも、ディンゴは不思議と悪い気はしていなかった。

 

火星(むこう)じゃ、こんなのんびりと出来る事なんざ無かったからな)

 

 待っているであろうケンやレオ、新生バフラムの仲間達には悪いが、暫くはこんなぬるま湯を堪能するのも悪くない――そう感じてしまう程に、この場所は心地よかった。

 

 

 

――しかし、その平穏は翌日すぐに打ち破られる事になる。

 

 

 

「――決闘ですわ!!」

「――ああ、いいぜ……やってやる!!」

 

 

 

 織斑一夏と、セシリア・オルコットの決闘宣言という形で。




次回は箒との会話とセシリアとの確執&決闘宣言と大忙しになると思います。

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