IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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とうとう本格的に始まったIS本編……とは言っても、最初は完全なオリジナルエピソードとなります(汗

次話辺りで、最低でも一夏の部屋決めorセシリアとの諍いには進めたいと思っております……申し訳御座いません。

※IS本編開始という事で、それ以前をプロローグとし、本編開始後を第一章として纏める事にしました。


第一章
Episode.14 少年と教官、それぞれの始まり


 

 

――AD.2076 4月某日 IS学園 中央講堂

 

 

 IS学園の中央に位置するその場所で、IS学園の入学式は行われていた。

 本来ならばかなりの広さを持つ筈なのだが、生徒職員、各関係者を含めると千人に近い人数が押し込められているため、狭苦しいような錯覚をさせられる。

 

『――日本中、そして世界中から集った新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

我々IS学園は、貴方達を歓迎致します』

 

 壇上では、この学園の理事長だと言う、眼鏡をかけた神経質そうな印象の女性のスピーチが始まっていた。

 

『――ここに集う方々は、人種、民族、宗教、倫理、道徳、、立場、信念……その全てが違います。

中には、互いに争う者同士が、隣に座っている事もあるかもしれません。

しかし、たった今この時から、貴方達はIS学園の生徒であり、そこにはありとあらゆる壁は存在しないのです』

 

 国際的にも重要な役職を務めているだけはあり、きっと一角の人物なのだろう――滔々と流れるその内容からは、彼女の人と成り、知識と教養が滲み出ている。

 

『無論、経験や才能、そして機体やそのバックアップ……スタートラインは違う者もいるでしょう。

しかし、それらに追いつき、それらを学び、勝ち取り、掴みとる権利は、貴方達の誰もが有しています――』

 

 

 

 

……しかし残念な事に、今の織斑 一夏の頭の中には殆ど入っていなかった。

 

 

 

 

 改めて自分が一年一組の五十音順の「あ」行……つまりは、新入生の最前列の位置に座っている事を心の底から呪う。

 後ろにいる全ての人間から投げかけられる、まるで刺すかのような好奇と打算、そして値踏みの視線に、一夏は針千本に晒されたかのような心地だった。

 特殊な身の上から、何かと好奇の目に晒される事も多かったため、常人よりはそういったものに耐性があった彼だが、それにも限度というものがある。

 

 

 

 しかも、生徒達の座るスペースには、男性は文字通り一夏ただ一人……暖かさの篭った香水と体臭の混ざる、女性独特の甘い匂いに囲まれている事も、更に彼の精神を追い込んでいた。

 

 

 

――更には、耳を済ませると背後からはこんな会話が聞こえてくる。

 

(ほら、あれよ……世界初のIS起動に成功した男性って)

(へー、中々カッコイイじゃん。てっきり、もっとゴツい人想像してたんだけど)

(噂によると、『千冬様』の弟らしいわよ)

(ウッソ!? マジ!? ヤバい、もしゲット出来たら玉の輿じゃん!!)

(あっ、抜け駆けは無しだからね!?)

 

――本人達はあくまでヒソヒソと声を潜めているつもりなのだろうが、丸聞こえである。

 しかし、流石にそこはIS学園の厳しい審査をパスした者達……一応場所は弁えているらしく、すぐに収まるのが不幸中の幸いだったが、暫くするとまた別の場所から、明らかにこちらに興味を向けたようなヒソヒソ話が聞こえてくるのだから堪らない。

 

(何よ……男の癖にISなんて動かしちゃってさ)

(どうせ偶然よ。きっとその内付いて行けなくて止めさせられるか、モルモットにでもされるのがオチよ)

(有り得る有り得る……そんなに頭良さそうに思えないもんね)

 

……中には『男』である一夏を、一方的に劣る者だと決めつけたような悪口雑言もある。

 この世界における優れた女性が集まるこの場所――やはり、世間を騒がせるようなこういった輩も多少は存在するようだ。

 

(――生憎とこんな所で人を見下すのを止めないテメェなんかよりは、よっぽど成績良い自信はあるよ)

 

 そう叫びたい衝動を何とか堪えるが、心の奥底で生み出されたドロドロとした感情は、一夏の腹の底を煮えくり返しながら澱のように溜まっていく。

 

 

 

……正直、一夏は出来る事ならばこの場からすぐに走り去りたかった。

 

 

 

『――短いですが、これで私から貴方達に贈る言葉は以上です』

 

 そして針のムシロのような状況に耐える事数分――ようやく理事長もスピーチの締めに入ったようで、ほっ、と息を吐く……が、それは直後に彼女が発した呼びかけに、再び飲み込まれる。

 

『そして最後に……織斑 一夏君?』

「――――へ?……あ……は、はいっ!?」

 

 突然の事に一瞬頭が真っ白になり、暫し呆然とした一夏だったが、周囲の視線が更に自分へと向けられたのをようやく認識し、素っ頓狂な声を上げて、ガタガタと盛大に椅子を鳴らしながら立ち上がる。

 

 

 

……周囲からの視線が好奇から生暖かいものに変わり、クスクスと笑い声があちこちから漏れたが、一夏は体を縮こませ、顔を真っ赤にして耐える事しか出来なかった。

 

 

 

『――奇しくも、世界で初めてISを動かし、この学園で最初の男子生徒となった事で、これから先色々と苦労する事もあるかと思います。

時には、綺麗事だけでは済まされない、荒波に揉まれる事もあるでしょう』

「…………」

 

 しかし、理事長はそんな自分を微笑ましいような顔で見つめると、こちらを思いやり、励ますような声を掛けてくれた。

 

『しかし、先程言ったように、貴方もまたIS学園の生徒――例えその出自が普通とは違えども、学び舎の門は他の生徒達と変りなく開かれています。

何時いかなる時も、堂々と、真っ直ぐに前を向いて臆する事無く、「無限の宇宙」を目指して下さい』

 

 

 

 宇宙を目指す――その言葉を聞いた瞬間、慌てふためいていた一夏の心は一瞬にして落ち着きを取り戻していた。

 そうだ……今はアラスカ条約という鎖で縛られてはいるものの、LEVとは違い、ISは飛び上がる事さえ出来ればすぐにでもあの蒼穹の彼方を目指す事が出来るのだ。

 ただ己の意思とは関係無く連れて来られたというだけで、今までと宇宙を目指す過程は何ら変わる事は無い。

 女だらけだろうが、男一人だけだろうが構いやしない、やってやる――半ばやけくそに近くはあったが、一夏はこの学園に意地でも齧りついてやると決めた。

 

 

 

「――――はい!!」

 

 

 

 腹の底から発せられた堂々としたその返事は、広い講堂中に朗々と響き渡る。

 何時しか、縮こまっていた体が自然にピン、と伸び、伏せられていた視線は真っ直ぐと前を向いていた。

 

 

 

――そんな彼に、程近い場所から高らかに拍手の音が響き渡る。

 

 

 

 視線を向けると、そこには濡れたように美しい黒髪を、古びた白いリボンで纏めた少女が誇らしげな瞳で手を打ち鳴らしていた。

 まるで神前で打ち鳴らされる柏手(かしわで)の如く高らかに打ち鳴らされた拍手(はくしゅ)は、さざ波のように周囲へと広がっていき……最後には講堂中を包み込んだ。

 

 

 

(……箒)

 

 

 

 周囲へと頭を下げながら一瞬だけ、数年振りの再会を果たした幼馴染――篠ノ之 箒へと視線を向け、ありがとう、と口を動かす。

 彼女もそれに気付いたのか、拍手をしながら顔を少し赤らめさせると、愛し気に口元を綻ばせた。

 

 

 

……彼女が居る限り、自分は頑張れるかもしれない。

 

 

 

 正直、まだ自分がここにいる事を完全に納得出来た訳では無いが……一夏はこの時純粋にそう思えた事が嬉しかった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『お疲れ様でした。係員の誘導に従って退場して下さい。

新入生は1時間の休憩を挟んだ後、二時限目より授業がありますので、各自教室と時間を間違えないように注意をして下さい。

新入生の父兄や関係者の方々は、これより説明会を行いますので、集合場所をご確認の上――』

 

 そして入学式の全てのプログラムが終わり、生徒会役員である虚のアナウンスに従って、来賓や父兄などの関係者、教職員や生徒達が一斉に講堂から移動を開始する。

 ディンゴと千冬、そして真耶は二階部分に設けられた観覧席からそれを見届けていた。

 

「――一時はどうなるかと思ってたんですけど、どうやら心配は無さそうですね」

「ああ、中々に肝の座った顔をしてやがったし、良い方向に吹っ切れたんじゃねぇか?」

 

 入学式の時の一夏の様子に、真耶が胸を撫で下ろすかのように、ほほ笑みながらそっと息を吐いた。

 それに答えるディンゴの口元も、何処か満足気に吊り上げられている。

 

「ふん……最後こそ堂々とはしていたが、最初の縮こまった様子を見るに、まだまだ安心は出来んさ」

 

 そんな2人を千冬は厳しい口調で窘めるが、ディンゴは構わず茶化すように笑った。

――彼女の目元と口元もまた、安心によって僅かに綻んでいたから。

 

「そうは言いながら――目元と口元が緩んでるじゃねえか?」

「…………まぁ、否定はせんさ」

「ふふ、物凄く心配してましたもんね、織斑先生」

「ふん……」

 

――半ば図られる形で藍越学園の試験会場から連れ出され、なし崩し的にISの起動実験に参加させられた彼の心境を思えば、それも無理は無いだろう。

 

 

 

 しかし、IS開発初期から幾度と無く試され、そして頓挫してきた男性によるIS起動実験――何故今更になって一夏がやる事となったのかは、無論理由がある。

 

 

 

 三ヶ月前に起こった襲撃事件――その後、更識が行った調査によって、亡国機業(ファントム・タスク)による被害の全容が明らかとなった。

 IS学園の襲撃と、束によって引き起こされた世界規模の情報改竄を隠れ蓑に、奴等は世界各国やISに関わる企業の関連施設や、その関係者達へと襲撃をかけていた。

 

 

――中でも最も被害が大きかったのはイギリス……試作型の第三世代兵装を搭載した最新型IS一機が強奪されるという浮き目に会っていた。

 

 

 それに次ぐ被害を被ったのは、LEVだけで無くIS関連でもその名を知られるN.U.Tも、所有していた量産型ISの内の半数に近い数を奪われ、それらと共に開発していた様々な兵装や換装装備(パッケージ)を失っている。

 

 アラクネに続き、貴重なISが一気に奪われた事で各国や企業は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 各国は足並を揃えて亡国機業(ファントム・タスク)の痕跡を負っているが、その影すら踏めていないのが現状だ。

 

 しかし、更識からの報告書を隅から隅まで閲覧していた十蔵と楯無は、その影に隠れてしまっていた『とある事実』に気付いた。

 今回のIS学園のものとほぼ同時に世界中で発生した襲撃によって生まれた無数の犠牲者――その中で、僅かに数日遅れて襲撃された者がいたのだ。

 その人数は無数の死傷者達の中に埋もれてしまう程に少なく、現在は然程ISに関わっていなかった者達だったため、各国は全くと言って良い程に取り上げられ無かったが……彼らにはとある『共通点』があった。

 

 

 

……彼らは全員、かつてISの起動実験を行った『男性の被験者』達だったのである。

 

 

 

 しかも、彼ら全員が何かしらの形でメタトロン関連技術の開発に関わっていた事から、それは明らかにIS学園にて男性であるディンゴがISを起動させた事を知る彼らが、第二の男性操縦者を求めて暗躍した結果なのは明らかだった。

 

 警告しようにも、ディンゴの存在は最重要レベルで秘匿されている事を考えれば、表立って動く事は出来ず、だからと言って放置しておけば亡国機業(ファントム・タスク)によって再び無用な血が流れる事になる。

 そのため、IS学園は独自に『スカウト』という形で男性操縦者候補を集め、保護しようと試みた。

――その第一候補の白羽の矢が立ったのが、IS適正オーバーSランクを叩き出した世界最強のIS操縦者である千冬と血を分け、更に幼い頃にIS開発者であった束と関係が深かった一夏だ。

 

 

 

 ISの起動実験は、藍越学園の受験に来た彼を別会場へと誘導させ、偶然を装って行われた。

 その結果、確かに一夏はISを起動させた……だが――、

 

 

 

 

「だが、不安もある――あいつが、起動実験の時のように、これから先暴走しないという保証は無いからな」

 

 

 

 

 そう呟く千冬の言う通り、一夏が纏った打鉄は原因不明の暴走を起こし、取り押さえようとした真耶とディンゴを排除せんとばかりに暴れまわった。

 エイダの解析によれば、その時の一夏の脳波はトランス状態にあった――恐らくは高すぎるメタトロンとの親和性により、試験直前という不安定なメンタルに作用される形でISのメタトロンに『呑まれて』しまった可能性が高い、との事だった。

 

「はい……あの時の織斑君、物凄く『危うい』顔をしてましたからね……」

「――確かにな」

 

 その時の一夏の心情を、彼の複雑な過去を大まかな伝聞という形でしか聞いていない真耶とディンゴははっきりとは推し量れない。

 

 

 

『……俺は……俺は……宇宙へ行くんだ……誰にも――邪魔なんて、させない……!!』

 

 

 

 しかし、朦朧としながらも漏れでた彼の呟きに、ディンゴは聞き覚えがあった――あれは、愛する者を奪われ、狂気と憎悪と憤怒に塗れ、その衝動のままに地球を滅ぼそうとしたかつての同僚のものと同じだった。

 無論、その言葉が孕む狂気の度合いで言えば、『彼』とは比べ物にならない程に小さい――しかし、そこに込められたものが本物である以上、決して楽観視する事は出来ない。

 

 そしてもう一つの問題が、周囲が女性だらけの環境だ。

 その後実施された起動試験では、他の候補たちはISを起動させる事は出来ず、結局一夏はIS学園生徒の中でたった一人の男性となってしまった。

 思春期の少年としては、色々な意味で複雑な事だろう……正直、火星という過酷な環境下で、女日照りの状況を幾度も経験しているディンゴとしては、流石に同情を禁じ得無い。

 

 

……下世話な話かもしれないが、男として『そういった』欲求を果たし辛い環境というのは、非常にストレスが溜まる。

 ただでさえ長く閉鎖環境で生活せざるを得ない火星や以遠のコロニー、航行中の艦船などでは、必ずと言って良い程に、『溜まってしまった』労働者や住民、乗組員による暴動や反乱、暴行や殺人等、数々のトラブルの逸話は数え切れない程に存在していた。

 千冬や彼の周囲の人間達の話では、一夏が『そう』なる可能性は限りなく低くはあるが、精神的なストレスというのは、どんな人間にとっても時限爆弾的な危うさを孕んでおり、決して楽観視する事は出来ない。

 

 

 加えて言えば、起動試験の直後に一夏は昏倒してしまったため、本来は試験後に時間を掛けて行う筈だった説得と説明が不足となり、彼が抱いているであろう戸惑いや怒り、不信感を払拭し切れていない事も、非常に事態をややこしくさせてしまっている。

 

 実際、今の一夏はISに関して学ぶ意欲はかなり弱く、今回の事で多少持ち直したとしても、これから先どう転ぶかは全くの不透明な状態だった。

 

『――しかし、彼には隣に立つ者……私達がいます。最悪の状況になど、なろう筈がありません』

 

 だが、それを否定したのはエイダ――今やこの学園のシステムそのものと言っても良い彼女もまた、入学式における一夏の様子の一部始終を見ていたのだろう。

 データや分析を第一としながらも、度々それらを撃ち砕く現象や行動を目の当たりにしてきた彼女の言動は、AIとは思えぬ程に説得力がある。

 

「そうです――やっと再会した幼馴染の篠ノ之さんだっているんです。

織斑君が少しでもここで前に進めるように、私達がサポートすればいいんですよ」

 

 そう言って微笑む真耶の言葉は、その場にいるディンゴ達の総意でもある。

 彼女の言葉に、ディンゴと千冬は頷いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 と、その時講堂の通路に繋がる扉が開き、そこから覗き込むように菜月とエドワースの2人が顔を出した。

 

「ちょっと、いつまでそんな所でくっちゃべってるのかしらお三方?」

「そろそろ職員室でミーティング、始まりますよ? 理事長もお待ちです」

「む、そんな時間か……済みません、榊原先生、エドワース先生」

 

 その言葉に千冬が時計を見ながら2人に頭を下げる――話し込んでいる内に、何時の間にやら結構な時間が経っていたらしい。

 

「それにしても、いつもそうやって三人で行動してたら、嫌でも怪しまれますよ?

……特にマヤ、貴方は嘘とか隠し事が苦手なんだし、こっちがフォローするのも限界があるのよ?」

「うう……済みません、エドワース先生……」

 

 そう言ってエドは窘めるように真耶の額をピン、と弾く。

 

「まぁ、とは言っても、ちゃんと説明した所で夢物語か、激務でとうとう頭がどうにかなったか思われるだけでしょうけどね」

「――あの時のナツキさん、鳩がマシンガンを食らったような顔してましたしね」

「死んでるわよね、それ……それに、貴方だって大概だったじゃない」

「そりゃそうですよ――まさか彼がタイムスリップしてきたロボットのパイロットなんて、今時のアメコミにも無いような話ですし」

「……あまり大きな声で話して欲しくは無いのだがな、先輩、エド」

「おっとっと、ごめんなさいね千冬」

 

 現在の所、この学園における最重要機密をポンポンと口に出しながら口論する2人を、千冬はこめかみに手を当てながら止めた。

 

 

 

――この2人は、襲撃事件の当日、ジェフティと第二アリーナを守っていた縁もあり、ディンゴの本当の出自とエイダの存在を聞かされている数少ない教師達であった。

 

 

 

 2人は現役時代に千冬や真耶と代表候補を争った事もあってか口も堅く、はっきりとディンゴの出自を聞かされていない教師や職員達との緩衝材になってくれる事も多い。

 

 様々な機密事項を扱うIS学園では、ニード・トゥ・ノウ……知る必要のある者だけが扱える情報も数多くあり、男性のIS操縦者でありながら公表されていないディンゴや、明らかに異質なジェフティの存在も、『そのようなモノ』として理解され、受け入れられている。

 しかし、教師や職員達の中には襲撃事件当時に学園にいなかった者達も多く、数ヶ月経った今でもディンゴに不審の目を向ける者達は未だに存在しているのが現状だ。

 

 そんな中、エイダの存在ですら受け入れてくれる彼女達のような理解者は、一人でも多くの味方が欲しいディンゴ達にとっては貴重であると言えた。

 

「――ところでディンゴ、今夜……空いてるかしら?」

「今夜もかぁ? 先週も先に飲み潰れてエドと真耶に向かえ頼んでたじゃねぇか。

ただでさえ忙しいんだから、んなのは勘弁だぜ?」

 

……菜月のディンゴに対するアプローチが少々度が過ぎている事を除けば、であるが。

 何度目か分からない酒の誘いに、ディンゴは若干うんざりとした表情で溜息を吐いた。 

 

「あら、私としては貴方に送り狼になって欲しい所だったんだけど?」

「冗談抜かせ」

 

 ひらひらとあしらうように手を振るディンゴだったが……正直、今の彼は彼女を相手に出来る程余裕が無かった。

 

 

――その理由は、傍らから突き刺さる視線と殺気。

 

 

 そこには顔を真赤にしながら涙目になる真耶と、額に青筋を浮かべる千冬の姿があった。

 常人ならば逃げ出したくなるようなシチュエーションであるが、なまじメンタルが強く、男性に対する『悪い病気』を発症させてしまっている菜月は全く気付かない。

 隣から発せられる殺気にも似た威圧感に冷や汗を浮かべながら、エドはそれとなく菜月とディンゴの間に割り込みながら、会話を打ち切らせた。

 

「――ナツキさん、そこら辺で」

「っと、ミイラ取りがミイラになっちゃ世話無いわね……それじゃ、行きましょうか」

「……おう」

 

 菜月の言葉に頷きながら、ディンゴがちらり、と目配せで感謝を伝えると、エドは苦笑しながら頷く。

……何かとトラブルメーカーな先輩に振り回されがちではあるが、こういった場面での彼女のフォローは正直有難かった。

 

 その言葉に従って三人は立ち上がり、菜月とエドワースの後に続く……が、ディンゴは菜月に腕を捕まれ、別の方向へと誘導される。

……誘導というには少し密着し過ぎなような気もするが。

 

「悪いわねディンゴ先生? 貴方はこっち――生徒会のお姫様がお呼びよ?

何でも、授業が始まる前にちょっとした雑務を手伝って欲しいんですって……あと、仕事が片付いたら訓練にも顔を出して欲しいそうよ」

「ああ? こんな日にもか?……ったく、軍隊顔負けなスパルタ振りだぜ、あのお姫様は」

 

 悪戯めいた菜月の言葉に、ディンゴは不快そうに眉を顰めながら、頭をバリバリと掻き毟った。

 

 

 

――ディンゴは学園に所属して以来、楯無からISの操縦技術と戦闘技術を学んでいる。

 

 

 

 本来は千冬や真耶を始めとした、経験豊富な教師陣から学んだ方が良いのだろうが、この時代におけるディンゴの立場を考えると、一部を除いて一対一を基本とする技術を持つ彼女達より、『裏』として多対一や隠密活動や破壊工作等も想定した技術を持つ楯無の方がディンゴとしては最適だと判断した結果だった。

 

 だが、訓練の内容や日時は楯無のその日の気分や、気まぐれによってコロコロと変わる上に、その内容も軍隊もかくやと言う程に過酷――バフラム時代の訓練と比べれば然程では無いが、こうも毎日のように、人を喰ったような彼女に付き合わされるのは、ディンゴにとってはそれなりにキツかった。

 

 

……更には、その三ヶ月近い間、彼女から訓練ですら一本も取れていない事も、気が重くなる原因だ。

 

 

 千冬に言わせれば、公式非公式合わせて年単位のIS搭乗時間を有する彼女の教導に、全くISに触った事の無かったディンゴが付いて行けている事自体が異常らしいのだが、元の時代ではLEVやOFに関しては負けなしだった身としては、一回りも歳下の少女に完封されるのは正直忸怩たる思いがあった。

 こちらに撃墜判定を喰らわせ、得意気満面の笑みで自分を見下ろす楯無の顔を思い出し、ディンゴの顔は更に不機嫌に歪む。

 

「そう言わないの――現役の国家代表がマンツーマンで訓練してくれるなんて、代表候補生でも中々お目にかかれないのよ?」

「……まぁ、確かにな――それでも、愚痴も言いたくもなるぜ。

ただでさえ慣れない仕事だってのに、これから更に生徒(ガキ)共の相手までしなくちゃならねぇ訳だしな」

「……最初は、山田先生と一緒に織斑先生に怒られてばっかりだったしね、貴方」

 

 窘めるような菜月の言葉に、ディンゴは溜息を吐きながらうんざりとした顔で答える。

 十蔵の計らいでIS学園に所属して以来、入学してくる生徒に関する報告書の作成や、関係書類の取り纏めなどを手伝って来たディンゴだったが、ただでさえ不慣れな100年前の世界という環境と、生来の怠け癖も相まって、仕事をある程度こなせるようになるまで結構な時間を要した。

 

……まぁそれでも、やれと言われた事はキチンと期日までにはこなして来るし、水準以上のモノが帰って来るのだから流石とは言えるが、彼の口や態度の悪さは流石にフォローは出来ず、まず最初に千冬が叩き込んだのがマナーや礼儀作法だったというのは情けない限りではある。

 

「まぁ、何の因果かこんな所に墜落しちゃった時点で諦めなさいな」

「へいへい、それじゃ今日も勤めを頑張るとするか」

 

 気怠げに頭を掻きながら、ディンゴは背後の千冬達に手を振りながらその場を後にした。

 

「……それじゃ、三人とも行きましょうか――って、何そんな怖い顔してるのかしら、千冬、真耶」

「…………何でもありませんっ!!」

「公共の場で教師があのようにベタベタとスキンシップを図るとは、関心出来ませんね榊原先生……少しこちらへ。

貴女には色々と言いたい事もありますので」

 

 菜月がディンゴと別れて千冬達と合流しようと振り返ると、そこには目の端に涙を浮かべながら、リスのように頬を膨らませる真耶と、絶対零度の視線で睨み付ける千冬が立っていた。

……そして2人はおもむろに左右から菜月の脇を力強く抱え、引きずるような勢いで引っ張っていく。

 

「ちょ、ちょっと待って!? こ、これから職員室でミーティングが……」

『――千冬の要請で、所用で遅れると理事長及び学園長には通達済みです。ご安心下さい』

「それって何処にも安心出来る要素無いわよねエイダちゃん!?」

 

 携帯端末から聞こえる、余計過ぎるエイダのフォローに菜月が悲鳴を上げるが、そのまま彼女は二匹の鬼(ちふゆとまや)によって売られていく子牛のように引きずられながら、その場から消えていった。

 

「…………さーて、ミーティングに行きましょうか」

 

……エドとしても、流石にああなったしまった二人を宥める術は無い。

 それを見届けると、彼女は一人呟き、そそくさとその場を後にするのだった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――IS学園本校舎A棟 生徒会室

 

 

 

「あ、来てくれた来てくれた。待ってたのよディンゴセンセ♪」

「――授業前のご足労、感謝致します」

 

 通常の内装とは明らかに格の違う、重厚な両扉式のドアを潜ると、そこには作業用の事務机の紙束に埋もれるように何やら作業をする楯無と虚の姿があった。

 虚は立ち上がって深々とお辞儀をし、楯無は作業の手を一瞬止めてひらひらと手を振る形で、部屋に入ってきたディンゴに挨拶を返す。

 ディンゴはそれに軽く手を上げて答えると、彼女達に倣うように事務机の上にドカリ、と腰掛けた。

 

「――随分と派手に店開いたモンだな……で、俺は何すりゃいいんだ?」

「ふふっ、察しが良くて助かるわ――悪いけど、コレ、綴るの手伝ってくれない?」

 

 嬉しそうに微笑みながら、楯無は手にした小冊子をディンゴへと差し出す――それは、生徒会の主導で編纂された、新入生の部活動勧誘用のパンフレットだった。

 

「――本当だったら後は配るだけだったんだけど、最終チェック中にちょっとした落丁が見つかっちゃったのよ。

印刷会社に頼もうと思ったけど、修正の量と比べたら予算も時間も随分と掛かっちゃうから、こっちで手直ししちゃおう……って思ってたんだけど――」

「――生徒会の補助人員が予想以上に少なく、今日までずれ込んでしまいまして……失礼ながら、イーグリット先生にお手伝いをお願いしたいのですが……」

 

 楯無がバツが悪そうに笑い、虚が申し訳無さそうに頭を下げるが、ディンゴは少し呆れたように溜息を吐いた。

 

「――何だそんな事か……言ってくれりゃ、訓練のよしみでいくらでも手伝ってやったのによ」

 

 学園に所属して以来、ディンゴはあくまで仮ではあるが、生徒会の副顧問――正式な顧問である十蔵の補助要員として生徒会に出入りしている。

 これは可能な限り情報の漏洩を防ぐのと、学園側及び更識家、引いては彼らが仕える日本政府による監視等を目的とした人事であったが、楯無はそんな事など関係無いとばかりにディンゴをティータイムに誘ったり、雑用をやらせる事も少なくなかった。

 このパンフレットの落丁が見つかったであろう時期にも、当然彼はこの部屋に出入りしていた――ディンゴの言う通り、ここまで切羽詰まる前にいくらでも方法はあった筈だ。

 

 

 

「――あらダメよ。これはあくまで生徒会長である私が、生徒会の権限を使って始めた事ですもの。

一応教師である貴方に頼むのは、本来お門違いだと思わない?」

 

 

 

 そう言ってウィンクしながら、右手で作業をしながら、器用に左手一本だけで「自主自立」と書かれた扇を広げてみせる楯無。

 しかし、そのおどけた口調と表情とは裏腹に、瞳の奥にある光は真剣そのもの――そこには楯無がこの学園の生徒会長であり、生徒の一員である事への誇りが感じられる。

 そして何より……彼女は、このパンフレットを作り、配布するという作業を、校正作業も含めて全力で楽しんでいた。

 

 

 

――IS学園の生徒会長、ロシア現国家代表、日本政府の『裏』の総本山たる更識家の頭首……様々な顔を持つ彼女だが、そこには身分を偽ったり、隠す者特有の『影』が全くと言って良い程に見当たらない。

 

 

 

 何故なら、楯無には自らの役割や、自らの行為の全てを、ひたすらに真っ直ぐ、真剣に『楽しんで』いるからだ。

 学園の生徒会長として、周囲にそのエキセントリックさと騒動を撒き散らすのも、国家代表としてISを纏って研鑽を積む事も、『裏』として暗躍する事すらも全て――彼女は心の底から楽しみ、一切手を抜かない。

 事実、作業の合間に流し読みをしたこのパンフレットも、読む者の目をどうやったら惹きつけられるか、楽しませる事が出来るか、綿密に考えこまれている事が分かる。

……ディンゴも思わず、作業の手を休めて見入ってしまいそうになった程だ。

 普通だったら適当なものでお茶を濁してしまうような物でも、楯無は一切妥協しない――何より心の底から自分が楽しむために。

 

 

 

 しかし、彼女と敵対した者としては最悪だろう。

 

 

 

……それは裏を返せば、『裏』として誰かを排除しなければならなくなった時も、彼女は全力で楽しみながら、それを実行するという事に他ならないから。

 

 

 

 それが、これまでに接してきた更識 楯無という少女に対するディンゴの印象であるが、今は詮無き事だ――時間もあまり無い事だし、作業に集中する事にする。

 暫くの間、生徒会室の中を、沈黙と紙が擦れる音、ホチキスが打ち鳴らされる音が響く。

 これまでコツコツと少ない人数で進めて来たのだろう――校正されたパンフレットは既に半分程高く積まれてはいたが、まだ結構な量が残されている。

 休み時間が終わるまで、後残り30分ほど……教師としてこれから授業に参加しなければならず、ディンゴがそれ以上手伝えない事を考えると、目的の時間までに楯無と虚の二人で終わらせられるかは微妙なラインと言えた。

 

「……役員、増やしたらどうだ? これから新入生引っ張ってくるのは時間が掛かるだろうし、何も必ず新入生じゃなきゃいけねぇって訳でも無いんだろ?

確かフォルテとダリルだったか?……アイツら、性格はともかくかなり優秀なんだろ? そいつらを引っ張ってくるとか――」

 

 作業の手を休める事無く、ディンゴは目の前の楯無と虚へと問い掛ける。

 しかし、それに対して楯無は残念そうに首を横に振りながら肩を竦める。

 

「残念ながら、私の眼鏡に叶いそうな子達って、大概私を付け狙ってるのよねー……スカウトしたはいいけど、会う度に襲撃されて余計な手間が増えました、何て言ったら本末転倒だし」

 

 楯無が言うには、何でもIS学園の生徒会長は、学園の全校生徒の中で『最強』で無ければならないのだと言う。

 ISを扱う者達の中で範を示す以上、その者は誰よりもISに精通し、優れていなければならない……というのが建前。

 

 

……本来は、初代生徒会長であった千冬が、当時から圧倒的な実力を持っていた事から、当時生徒達の間で勝手に流布されていた風聞を、様々な民族や国家間で起こるトラブルや風紀の乱れを解消するために、学園側が体よく利用したというのが真相らしい。

 

 

 しかし、楯無はそれを最大限に利用し、入学早々に当時の生徒会長を完膚無きまでに叩きのめして会長に強引に就任すると、生徒会の規約にそれを条項として乗せてしまったのである。

 その理由は――「その方が面白いじゃない♪」という、他人が聞いたら目を回しそうな――実際、虚は立ちくらみを起こして寝込んだらしい――ものであった。

 

 

……が、それが逆に災いし、我最強たらんと楯無を虎視眈々とつけ狙う者が常に生徒会周辺に蔓延り、ごく普通の生徒が怖がって誰も近づかないという状況に陥ってしまい、生徒会は常に人材不足に陥ってしまっていた。

 「余計に手間を増やしたのだから」という、ぐうの音も出ないような理由で、それらの割を食わされる形で度々こういった雑務を手伝わされ、彼女達の激務を身近な場所で見ているディンゴとしては、厄介払い半分、心配半分と言った心地だ。

 

「――一応、新入生の中でツテがありますので、近々多少は改善出来るとは思いますよ?」

 

 しかし、そんなディンゴの真意を察したのか、虚はこちらを安心させるように微笑みながらやんわりと断りを入れてきた。

 

「ほう? どんな奴なんだ?」

 

 ディンゴは虚の言葉に少し興味を引かれ、問い掛ける。

――こんな所にわざわざ来るとは、どんな物好きなのか、という問いの真意は隠したままで……いくらディンゴでも、下手に藪を突いて蛇を起こす趣味は無い。

 

「ええ、私のいも――「おーっと、ストップよ虚」

 

 しかし、そこで虚の言葉を遮るように楯無が声を上げた――その顔は、何かを企むようなニンマリとした笑みを浮かべており、手にした扇子には『愉悦』と書かれている……どう見ても、ロクな事を考えていないのは明白だ。

 

「……折角の新しい仲間を、すぐにバラしちゃうなんて勿体無いじゃない♪」

「そうですね――これは、不躾な事をしてしまいました。申し訳ありませんがイーグリット先生、この話はまた後程という事で」

 

 楯無の言葉を聞いた虚も、珍しく悪戯めいた笑みを浮かべてディンゴへと頭を下げる。

……こうなってしまうと、両者とも絶対に口を開かないため、どのような追求も無意味だ。

 

「あー分かった分かった。勝手にしろ」

 

 ディンゴは諦め半分呆れ半分で溜息を吐いた。

 

 

 

……と、そこでスピーカーから高らかにチャイムが響き渡る――授業10分前を示す予鈴だ。

 

 

 

 作業しながら話し込んでいる内に、結構な時間が経っていたらしい。

 ここから目的の教室までは結構な距離がある――あまり余裕は無かった。

 

「……っと、いけねぇな。とりあえず、出来た分は渡しとくぜ?」

「――はい、お忙しい所を誠に申し訳ありませんでした。感謝致します」

 

 足早に荷物を纏めると、ディンゴは自分が仕上げたパンフレットを虚に手渡し、足早に生徒会を後にしようとする。

 

「あ、そう言えばディンゴセンセ」

 

 その背に、楯無が相変わらず人を喰ったような笑みを浮かべながら言葉を投げかけた。

 

「――今日の夜の訓練、いつも通り第二アリーナでやるんだけど……夕方の6時丁度ぐらいに来てくれない?」

「あん? 随分と早いな? 間に合わない時間じゃ無いが……何かあるのか?」

 

 振り向きながら首を傾げるディンゴだったが、楯無はそれにピン、と立てた人差し指を唇にそっと当てる事で答えた。

 

「勿論……ヒ・ミ・ツ♪」

「…………あー、そうかい」

 

 うんざりとしながら扉を開けて出ていこうとすると、更にそこへ「初めてのお仕事、頑張ってね~♪」と心底楽しそうな煽りが飛んでくる。

……これ以上余計な雑音は無用とばかりに、ディンゴは高らかな音を立てて叩きつけるように扉を閉めてその場を後にした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 高らかに履きなれない革靴の踵を鳴らしながら、不機嫌そうな表情のまま足早に歩くディンゴに、まだ廊下に屯していた生徒達は、怪訝そうに、あるいはギョッとした顔で見つめる。

 自分が好奇の目に晒されている事も相まって、ディンゴの機嫌は更に悪くなっていった。

 

『……ったく、あの野郎』

『そう言う割には、随分と楽しそうでしたが?』

『バカ言え――アイツ程じゃないとは言え、生意気なガキ共を相手にするって考えたら、正直寒気がするぜ』

『しかし、これも轡木 十蔵との契約です――諦めた方が宜しいかと』

『……分かってるよ』

 

 目立たないように腕に取り付けられた待機状態の打鉄の個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を使って、エイダに愚痴を吐き出す内に、目的の教室――一年一組へと辿り着いていた。

 

「――遅いぞ馬鹿者。5分前には集合しておけと言っておいただろうイーグリット」

「……悪いな、お姫様の手伝いが忙しくてね」

 

 廊下に面した扉の前には出席簿を手にした千冬が立っていた。

 真耶はいない――恐らくは、既に教室に入って生徒達に対してIS学園の説明などを行っているのだろう。

 

「……貴様にとっては初めての戦場だが……まさか、気後れはしていまいな?」

「――誰に向かって言ってんだ?」

 

 からかうように千冬が口の端を吊り上げるが、ディンゴはそれに対して冷ややかな視線と声で答えた。

 この扉を潜った瞬間……いや、潜る前から、ディンゴはこれから『教官』になる。

 そこには個人の嗜好や感情など存在しない――ただ、新兵(せいと)達の体に、頭に、心に、自らの持つ技能と知識の全てを叩き込むだけだ。

 

「……それを聞いて安心した。行くぞ――『イーグリット先生』」

「ああ、了解だ――『織斑先生』」

 

 そう言って二人の『教官(きょうし)』は扉を潜り、そして教壇へと立ち、呆然とする生徒達に向けてこう告げた。

 

 

 

 

「諸君、私が織斑 千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ――」

 

 

 

 

――恐らくは、この学園中の生徒達誰もが憧れる存在の言葉に、一年一組の少女達は爆発するかのように狂喜の声を上げる。

 

 

 

 

 しかし、続けて放たれた男の言葉に、その熱狂は氷のように冷えきった。

 

 

 

 

「――第二副担任、ディンゴ・イーグリットだ。担当は体育訓練とLEV学、メタトロン学。

色々と言いたい事はあるだろうが……つべこべ言わずに付いて来い――いいな?」

 

 

 

 

 静かだが、重く響くような硬質の鋼のような声に、シン……と教室が静まり返る。

 

 

 

 

――その瞬間、一夏を含めたその場にいる生徒達は確信した。

 

 

 

 

 自分達は、何かとんでも無いモノに巻き込まれようとしている、と。

 

 

 

 




書き終わってみたら、IS学園における一夏の立場や、現在のディンゴの立場、周囲の状況をひたすらに説明するだけになってしまいました……(汗
しかし、今までと比べると最速と言える程に筆が早かったのも事実なので、嬉しさ半分情けなさ半分と言った感じです。


後、後半にしれっと生徒会長が『最強』でなければならない理由を説明。
初代会長が千冬、というのは完全オリジナル設定ではありますが、圧倒的な強さを持ち、圧倒的なカリスマを持っていた事を考えれば有り得ると思います。


……こらそこ!! だからと言って楯無ちゃんの事を学園最強(笑)とか言うな!!(ぇ
少なくともこの話の中ではかなり強いから!! 後で戦闘描写も見せるから!!



それと、ディンゴが担当する科目に関するツッコミは色々とあるとは思いますが、そこら辺は次話にて解説しますので、少々お待ち下さい。

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