IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

15 / 22
後編となります。
とうとう決着の時……気づいたら10話以上も序章が続いてしまいました〈汗


Episode.12激闘~未だ明けぬ空の上で~〈後)

「――い、ぎ……あ……!!」

 

 目の前が真っ暗になるかのような激痛に耐えながら、オータムはへし折れた右腕を強引に真っ直ぐに治す。

 すると、身に纏ったアラクネの生命維持機能が働き、簡易的な麻酔と止血、骨折部位の固定が施される。

 

「はぁ―――……」

 

 ようやく痛みが若干和らぎ、思考がクリアになっていく。

 呼吸を整えるように長く息を吐くと、オータムは先程までのディンゴとの攻防を分析し始めた。

 

 

(――ISの基本的な動きはド素人そのもの……つーことは、今まで秘匿されてた男性操縦者って線はナシか)

 

 あの男の機動は、各国の代表や候補生クラスなどと比べる価値も無い、ISを初めて纏った初心者のものだった。

 ISの動きに、体が振り回されている……明らかに、訓練期間の短い事の証である。

 並のIS操縦者ならば軽くあしらえる程度の技量を持つオータムにとっては、本来ならば歯牙にもかける価値の無いレベルの動きでしか無い。

 

 

――問題はそれ以外の、『ISの機動を除いた』部分だった。

 

 

(……だってのに、反射神経や危機回避能力、PICの制御に攻撃のタイミングや間合いの詰め方……半端ねぇ何てレベルじゃねぇぞ)

 

 IS操縦者にとって最初の壁とも言える、一零停止、特殊無反動旋回などのPICを最大限に利用した動作を使いこなし、こちらの致命打はしっかりと避けつつ、絶対防御を抜けば確実に絶命するであろう急所を一瞬の躊躇いも無く確実に狙ってくる。

 ただ、それらのアクションに対してISの動きが付いてきていない――『ISとは違うモノ』の動きを、ISで『強引になぞっている』、と言う表現が最も近いだろうか?

 

 もしもこれでISの機動が一流であったなら……オータムの背を冷たい汗が流れ落ちた。

 

(そして極めつけは――――)

 

 十数m先を見据える――そこには、IS刀を構えながらギラつく眼光でこちらを睨み付けるディンゴの姿。

 

……あの、眼だ。

 

 ただ本能の赴くまま、こちらの喉元を食い破らんと疾走する狼の瞳。

 そこに込められた殺気は、気が抜けばこちらが飲み込まれかねない程の力が篭っている。

 

 

――一流……その中でも更に一握りの者しか持てない、『本物』の凄味。

 

 

 こんなものを持つ奴が、唯の素人である訳が無い。

 

(――あのLEVの操縦技術を見るに、ベテランの軍人……いや、傭兵って所か?)

 

 あの泥臭い戦い方を見て、大方の予想を立てるオータム。

 PIC技術は、主に軍が大気圏外活動をする際に多く使われる事を考えると妥当な線ではあるが、やはり若干の違和感が残る。

 宇宙艦船を除けばPICが標準装備されている兵器は未だにISのみであり、その他のLEVや戦闘機などは未だに実験段階でしか無い――つまりこの時代においてPIC制御の熟練者とは、最先端技術の最前線にいる者の証明に他ならない。

 しかし、男から感じ取れるのは、そのような者達から程遠い『戦士』の臭い――あのPICの制御の精密さを説明する事は出来なかった。

 

 まるで素人のような三流の動きの中に見え隠れする、明らかな一流の動き……この世界の常識と照らし合わせれば、ディンゴの存在はあまりにもアンバランスだった。

 

「ああクソッ!! 分からねぇ事だらけだなァ!!」

 

 思考が纏まらない内に、男が再び臨戦態勢を取るのをハイパーセンサーが感知し、イライラしたように頭を掻き毟るオータム。

 

 時計を見れば、彼がISを纏ってからの邂逅から約五分が経過しようとしている。

 そろそろ応援が駆けつける頃合い――オータムは判断に迫られていた。

 データはそれなりに集める事は出来たため、回避に徹してオータムからの合図を待つ事も考えたが、男の技量を考えると、こちらも攻めていなければ万が一もあり得る。

 

――しかし、敵対した相手を叩きのめす事を心情とするオータムの気性は、あくまで『見』では無く『攻』を選択した。

 

 何よりスコールが最も望んでいるのは、あの男の捕獲――ならば、エージェントたる自分が目指すものはただ一つだ。

 

「ともかく……見極めさせて貰うぜぇ――ついでに右腕のツケも頂いてなぁっ!!」

 

 頭は冷静に、しかし闘志で腕の痛みを塗り潰しながら、オータムは男とほぼ同時にスラスターを全開にした。

 螺旋を描くような軌道で上昇しながら、ディンゴがオータム目掛けて突進する。

 照準をずらそうという魂胆だろうが、その程度で狙いを乱す彼女では無かった。

 

「甘ぇんだよ!!」

 

 精密な砲撃でまず牽制――回避されるが、螺旋の軌道が乱れ、スピードが落ちる。

 アラクネの性能とオータムの実力の前には、スピードを落とした打鉄などただの的に等しい。

 

「避けるよなぁそりゃあ……ならコイツはどうだァッ!!」

 

 今度は残る2門から、回避スペースを削るように続けて数発砲弾を解き放つ。

 顔を歪ませながら、慌ててその砲口の射線から逃れようとするディンゴ――挙動こそ無様だが、その判断と回避コースは完璧だ。

 しかし、オータムの顔には笑みが未だに張り付いていた。

 

「――弾けなぁ」

 

 パチリ、と指を弾く。

 

――その瞬間、二発の砲弾が割れ、中から大量のベアリング弾の礫が撒き散らされる。

 散弾バズーカの雨は、回避行動を取っていたディンゴへと襲いかかった。

 

「……!?」

 

 突如『点』から『面』へと変わった攻撃に対応しきれず、鋼の雨に晒される打鉄。

 甲高い金属音と共にバラバラと鈍色の装甲の破片が地上へと落ちていきながら、データ領域へと帰っていく。

 しかし、普通ならばその一撃でミンチに変わるか具現化維持限界(リミットダウン)を起こすであろう攻撃を、ディンゴは肩の装甲の殆どを犠牲にしながらも、最小限のダメージで切り抜けていた。

 

「チッ!! どんな反射神経してやがんだよぉ!?」

 

 それを見て、忌々しげに悪態を吐くオータム。

 

――それはエイダの分析とナビゲートによる恩恵な訳だが、彼女がそんな事を知る由も無い。

 

 再び間合いを開けながらもう一度同じ手を使おうと試みるオータムだったが、網膜に投射される情報を見て、思わず怒鳴り散らした。

 

「弾切れだと!? クソがぁっ!!」

 

 見れば、散弾バズーカのステータスに表示される「empty」……つまり、弾切れを示す警告。

 原因はあのガントレットの雨に晒されていた時、警備員達への反撃の為にかなりの数を使ってしまっていた事。

 あの時の冷静さを欠いた己の行動を改めて殴り飛ばしたくなる。

 

(クソッ……このままじゃ仕留め切れねぇぞ……!!)

 

 砲門に残っているのは、通常の弾丸のみ――しかし、奴はあの散弾の嵐までも掻い潜るような馬鹿げた回避能力と反射神経を持つ男だ……そう簡単には仕留め切れないのは目に見えている。

 装甲脚とアラクネの機動を駆使すれば追い込めなくも無いだろうが、下手に追い込み過ぎたらスコールと合流出来ずに学園の増援に囲まれる危険性もある。

 

「なら……直接切り刻んでやらぁっ!!」

 

 そして一瞬の逡巡の後、オータムは接近戦を選択していた。

 無事な左手に再びシミターを顕現させ、背に浮かべた装甲脚の爪を光らせながら、アラクネのバーニアが再び猛烈な勢いで吹き上がる。

 

――瞬間加速(イグニッション・ブースト)……再びオータムの姿はコマ送りのように掻き消え、ディンゴの死角目掛けて瞬時に間合いを詰めた。

 

 円を描くような軌跡で、首元目掛けてシミターを振るうが、またしても素早く跳ね上げられたIS刀によって阻まれ、甲高い金属音と共に刃同士が激しく噛み合った。

 次の瞬間、オータムの斬撃を防御した事で動けなくなったディンゴの急所目掛けて、装甲脚の狙いを定める。

 まるで先程の光景の巻き直すかのような光景――しかし、違う点が1つある。

 

 

――ディンゴの纏う打鉄には、もう装甲脚の連撃を防げる程の装甲も、シールドエネルギーも残っていない。

 

 

 状況は全く同じだが、それがもたらす結果は違う――今度こそ、この男を血の海に沈め、スコールへの手土産にしてやろう。

 そして頭の中でトリガーを引こうとした瞬間、ディンゴの顔が獰猛な笑みを浮かべるのが見えた。

 

「……そっちから近づいて来てくれるとはな――手間が省けたぜ」

「――な、に……!?」

 

 次の瞬間、オータムの瞳は驚愕のあまり溢れんばかりに見開かれる。

 

 

……装甲脚の一本が、掌からメタトロン光を放つ打鉄の左手によって掴み取られていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『――「グラブ」発動。敵装甲脚の捕獲に成功しました』

 

 PICの制御と、メタトロンによる無線式のエネルギー供給によって浮かんでいた装甲脚が、打鉄の掌上で局所的に高められた空間歪曲によって掴み取られ、火花と紫電を撒き散らしながら強引に引き剥がされる。

 ディンゴはそのまま腕に力を込め――打鉄のパワーアシストによってもたらされる、数トンにも達しようかという握力で、装甲脚の制御部分を握り潰し、再起不能にした。

 砕かれた装甲脚は力無く地面へと向けて落下し、途中で量子変換されて消えていく。

 

「な……あ……!?」

 

 そして、何度目かも分からない驚愕に塗れた表情で固まるオータム目掛けて、IS刀を叩きつける。

 横殴りの一撃は、僅かに遅れて急上昇しようとしたアラクネの脚部パーツを捉え、爪先部分のランディングギアとアイゼンを切り飛ばした。

 

「て、めぇ……何を……何をしやがったぁっ!?」

 

 恐らくはこのような形で武装を無力化をされるとは夢にも思っていなかったのだろう――彼女の顔には、アラクネを傷つけられた怒りでは無く、驚愕がありありと張り付いていた。

 しかし、ディンゴにはその疑問に答える義理は無く、ただしてやったりとした笑みを浮かべながら吐き捨てるだけだ。

 

「――何を驚いてやがるんだ? ただ俺は、その厄介な脚を掴んで千切ってやっただけだぜ?」

 

 口調こそオータムを挑発しているが、その内容には一切の虚偽は存在していなかった。

 

 

――『グラブ』。ディンゴ達の時代において、OFならばそのどれもに装備されている、最も基本的なサブウェポンである。

 

 

 その機能は『物を掴む』……ただそれだけ。

 掌上のメタトロンにエネルギーを込め、その空間歪曲によって物体を拘束・保持するという、そもそもサブ『武器(ウェポン)』と呼ぶ事すらおこがましい、LEVやパワードスーツ、果てには宇宙服にも使われる一般的な機能であるが――OFがこれを使えば、話は変わってくる。

 

 全身がメタトロンで出来ていると言っても過言では無いOFによってもたらされるパワーは、強固に埋め込まれた装甲板を安々と剥がし、数倍もの長さの鉄骨を引き抜き、自らの重量とほぼ同じ重さの大質量をも牽引し、振り回す。

 加えて、保持した物体にエネルギーを注入することでその物体の強度を強化する事も出来、全力で振れば全てを撃ち砕く鈍器に変え、全力投げたならば、例えどのような強固な装甲も紙屑と化す質量爆弾へと変貌させる事も出来る。

 そして、味方の機体の緊急時には、救出や搬送を行うのも容易だ。

 

 数あるジェフティのサブウェポンの中でも、シンプルにして、最も応用が利く武装であり、ディンゴも好んで使用していた。

 

 掌に埋め込まれたメタトロン素子を見て、ISでも同じ事が出来るのでは無いかという思いつきで実行したものだったが、何とか上手くいったようだ。

 

(……正直、危なかったな)

 

 下手にエネルギーを込めすぎれば、シールドエネルギーを無駄にするだけで無く、具現化維持限界(リミットダウン)を引き起こしたり、腕部が爆発する恐れもあったのだ――ただ、エイダの精妙なエネルギーコントロールに感謝するばかりである。

 顔は不敵に笑ってはいても、ディンゴの背には滝のように冷や汗が流れていた。

 

「……んな馬鹿げた話が……あってたまるかああああああああっ!!」

 

 しかし、そんなディンゴの内心を読みきれなかったオータムは、スコールの言葉によって冷やす事の出来た頭を再度沸騰させ、無策の強引な突進をまたしても繰り返してしまう。

 

 

 全く未知の現象と、その現象を引き起こした男の見せた常識外の攻撃。

 自らの常識を幾度も覆させられた衝撃は想像も付かない……誰も彼女を責める事は出来ないだろう。

 ディンゴも、そんな彼女の姿を嘲笑ったりはしなかった。

 

 

――戦士である彼はただ淡々と、無慈悲に、その隙を突くだけだ。

 

 

 まるで鎌鼬のように鋭いシミターの斬撃を受け流し、弾き返す。

 続けて放たれる装甲脚の爪をコマのような動きで回避すると共に、続く砲弾をまるで軽業師のように頭を支点に縦回転し、上方へと逃れる。

 その動きは流麗そのもの――当初見受けられた動きの硬さが、『まるで慣れた動作を思い出した』かのように滑らかになり始めていた。

 オータムには知る由も無いが、それは彼が操るジェフティの動きそのものであった。

 

「…………っ!?」

「――大分IS(コイツ)の感覚にも慣れて来た……感謝するぜ、蜘蛛女」

 

 不敵な笑みを一瞬だけ浮かべると、ディンゴはオータム目掛けてスラスターを吹かし、体を勢い良く回転させながらIS刀を振り下ろした。

 再び爪を束ねて受け止めようとするが、落下速度と回転の力を上乗せした斬撃の威力はその防御を安々と打ち砕いた。

 

「がっ……!?」

 

 IS刀がメキメキと音を立てて装甲を砕きながら肩口に叩き込まれる。

 装甲脚の爪と装甲に阻まれた事で辛うじて切り飛ばされはしなかったが、その衝撃は絶対防御を抜けてオータムを悶絶させる。

 

――動きを止めた彼女の首を、再びディンゴが掌を輝かせた手で掴みかかった。

 

 抵抗しようにも、全力を込めた空間圧縮の力はISでも簡単には引き剥がす事は出来ない。

 万力の如き力で気道を塞がれたオータムは、ただ無様にバタバタと手足を振り回す事のみ――それはまるで、手足をもがれた蜘蛛のように弱々しかった。

 

「げ、が……ごほっ……!?」

「いい加減こっちもヘトヘトなんでな――終わりにさせて貰うぜ?」

 

 ディンゴはオータムを引き寄せ、苦痛と驚愕に染まる彼女の顔を睥睨する。

 そして、手に彼女を掴んだまま、ディンゴは勢い良く体を回転させた。

 

 

――最初は布切れのように、そして徐々にプロペラのように、オータムの体は唸りを上げて振り回され始める。

 

 

「~~~~~~~~!!??」

 

 凄まじい遠心力とGによって、彼女は声にならない悲鳴を上げるが、ディンゴは容赦無く力を込めながら回転数をひたすら増していく。

 時間にすれば数秒に満たない僅かな時間であったが、まるで遠心分離器にかけられているようなオータムにとっては、永遠に近い時間に感じられた事だろう。

 

 

――そしてとうとう振り回される彼女の姿が残像に変わり始めた時、

 

 

「――あばよっ!!」

 

 

 ディンゴの捨て台詞と共に、オータムは地上へと向かって勢い良く放り投げられ――音を置き去りにしながら、中央校舎前のロータリー跡へと着弾した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――凄まじい轟音が、周囲にいた者達の鼓膜と肌を打つ。

 

「きゃあっ!?」

「うわぁっ!!」

 

 突如落下してきた物体が巻き起こした衝撃に、麻耶や警備員達が悲鳴を上げる。

 それが収まり、彼らが恐る恐るクレーターのように抉れたロータリーを覗きこむと、そこにはあちこちから白煙と火花を上げてめり込むアラクネと、それを纏うオータムの姿があった。

 

「……ぁ……ぎ……」

 

 呻き声を上げながら体を痙攣させている所を見ると、辛うじて生きているようだが、最早行動不能なのは誰の目にも明らかだ。

 

「こ、これって……まさか……」

「え、えぇ、山田先生……間違いない……アイツは――勝ったんだ」

 

 その事実がその場にいた者達に徐々に浸透していき

 

 

――次の瞬間、割れんばかりの歓声が、ロータリー中に響き渡った。

 

 

 それは、史上初の男性IS操縦者の勝利であり、ISが生まれて以来負け続けていた『男』が、尊厳を1つ取り返した瞬間であった。

 警備員達の中には、互いに抱き合い、涙を流す者もいる――それだけ、目の前で繰り広げられる光景は、虐げられてきた彼ら警備員達の心を突き動かしたのだ。

 

 そして、続けて上空から舞い降りた複数のスラスターの光が、その歓喜を加速させていく――教師達や代表候補生が操るISの応援が駆けつけたのだ。

 合わせて10機、しかもそのどれもがこの学園有数の実力を持つ者達とあれば尚更だ。

 ここから離れた場所で戦っているという生徒会長と侵入者の戦況は分からないが、このままいけば侵入者達は程無く鎮圧されるだろう――その場にいた誰もが、そう思っていた。

 

「お、織斑先生!! 先輩っ!! やった!! やりましたよ!! でぃ、ディンゴさんがやりましたっ!!」

 

 抑え切れない感情を、ぴょんぴょんと跳ねまわる事で表現しながら、麻耶が興奮したように息を弾ませながら司令室に通信を送る。

 この襲撃が行われてから、最も心を痛めていたであろう彼女を安心させたいが為の行動だった。

 

 

――しかし、帰って来た言葉は安堵の溜息でも微笑みの吐息でも無く、麻耶の背筋を再び凍らせるような言葉だった。

 

 

『――何を浮かれている馬鹿者っ!! 更識がやられた!! 所属不明ISは健在!! そちらに向かっているぞ!!』

『……す、いません……ちょ、っと、届きません……でした』

 

 そしてその言葉を裏付けるかのように、続けて楯無からノイズ混じりの、苦しげな途切れ途切れの通信が入る。

 紅潮していた顔から、一気に血の気が引いていくのを感じる。

 その通信の内容を皆に知らせ、警告しようとしたその瞬間、上空から解放回線(オープンチャンネル)に乗せた、妖艶な女性の声が響き渡る。

 

『――あら、まだ完全に勝利した訳でも無いのに、随分なはしゃぎようね、貴方達?』

 

 そこには、顔にはデスマスクのような仮面を装着し、装甲のあちこちに損傷を負ってはいたものの、楯無が対峙していたあのISがいた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――そして、上空から新たに出現した女性(スコール)の纏うISを見たディンゴの表情は、驚愕に歪んだ。

 

「――嘘だろ? 何でアレがここにありやがる!?」

 

 そのフォルムは、彼が良く知る機体に非情に酷似――いや、『そのもの』の姿をしていた。

 

「――エイダ」

『細部の設計やデザインに差異はありますが、ジェフティの中にあるデータベース内のものとほぼ同じです』

「一応聞いとくが、『アイツ』の設計は――?」

『いいえ、あの機体の雛形が作られたのは、2100年台半ば……つまり、私達の時代以外に有り得ません』

 

 念の為エイダに確認するが、帰ってきたのはあまり考えたくは無かった回答であった。

 ますます、自分達が今、この場所にいるという事実が、何者かの作為によるものなのではないかという疑念が鎌首をもたげてくる。

 

(――気に食わねぇな)

 

 舌打ちしながら心の中で毒吐くと、内心無駄だとは思いながらも、彼女へ向けて回線を繋げた。

 

「――おい、そこの女」

『あら、何かしらワイルドなお兄さん?』

 

 ディンゴの呼びかけに答えたのは、予想とは違い、宝石を転がしたかのような美しい笑みの混じった、優雅な女性の声であった。

 デスマスク越しに聞こえるその声は、まるでこちらを包み込み、何処までも飲み込んでいくような妖しげな響きを持っている。

 しかし、ディンゴはそんなものなど何処吹く風とばかりに、一切臆する事無く切り込んでいく。

 

「……一体、ソイツは何なんだ? 何処で手に入れた?」

『あら? それは貴方が一番ご存知なのじゃないかしら? Mr.ジョン・カーター?』

「――貴様……!!」

 

 女性はその問いをはぐらかすと同時に、意味深な笑みを浮かべる。

 第三者が聞けば訳の分からない会話であろうが、ディンゴにとっては違った。

 

 

――その名前が未来から来た異邦人の代名詞である事を知る、火星居住者(エンダー)である彼にとっては。

 

 

 最早是非も無く、ディンゴはIS刀の切っ先を彼女へと向ける。

 

「――色々と、聞きたい事が出来たな……悪いが話を聞かせて――」

 

――貰うぜ、と続けようとした言葉は、耳朶を打つ少女達の声によって遮られた。

 

「なーにさっきから訳の分からねぇ会話してやがるんだてめーら?」

「そうっスよ!! 頭が痛くなってくるっスよ……特に先輩が」

「おいフォルテ、今のはどういう意味だコラ」

「いえ、別にー? 特に他意は無いっスよ?」

 

 見れば、こちらを見上げるように浮かぶ、血のように紅い鋭いエッジの装甲を持つISと、それとは対照的なアイスホワイトの曲線を描く装甲を持つISを身に纏った二人の少女がいた。

 紅いISの少女は勝気そうな吊り目を持ち、赤みのかかったブロンドを無造作に後ろで纏めており、対して氷白のISの少女はラテン系の浅黒い肌に、垂れ目を眠そうに半開きにしている。

 交わし合う会話は呑気そのものだが、視線はディンゴと女性の一挙手一投足を油断なく監視している――かなりの実力者だ。

 

「一応自己紹介だけはしとくぜ――IS学園2年生、アメリカ代表候補生ダリル・ケイシーだ」

「同じく1年、イタリア代表候補生フォルテ・サファイアっス――まぁ、覚えても覚えなくてどっちもいいっスけど」

 

 紅いISの少女――ダリルは面倒くさそうに頭を掻くと、両手にブルパップ式の短機関銃を、氷白のISの少女――フォルテが刀身に霜を張り付かせたトンファーブレードをそれぞれコールし、こちらに向けて構えた。

 

「つー訳で、動くなよ? 面倒臭ぇけど、色々と話は聞かせてもらうぜ?

……そっちのババァは勿論、そっちの無精髭のオッサンにもな」

「そうそう、特にそっちのオバサンには色々と聞かなきゃならねぇっスね……学園を滅茶苦茶にして、会長を痛めつけてくれたお礼も兼ねて」

 

 二人とも面倒くさそうに言い放つが、その瞳は自分達の学園を滅茶苦茶にした女性への敵意と、男性にも関わらずISを動かしたディンゴへの警戒で油断無く光っている。

 

(――チッ、嫌なタイミングで来てくれやがる)

 

 突然の乱入者に、ディンゴは思わず舌打ちする。

 もしかしたら、この時代から元の時代に戻るための手がかりになるかもしれないというのに、この状況では聞きたい事も聞けない――彼女達を通して、この学園の者達からの不信感が高まる可能性があるからだ。

 今後の事を考えれば、これ以上対立するのは避けたいディンゴは、女性への問いかけをする機会を失ってしまった。

 

『……流石に、専用機持ちの貴女達を相手にするのは骨が折れるわねぇ』

 

 相変わらず飄々とはしているものの、女性の雰囲気も若干冷たいものへと変わっていた。

 しかし、明らかに強敵である二機に囲まれているこの状況でも、彼女の余裕は揺らいではいない。

 

「――あたしらを前にして、随分と余裕じゃねーか?」

「そのスカした態度、叩きのめしてやるっスよ」

『あら怖い……だから、ちょっとズルい事しちゃうわね?」

 

 ダリルとフォルテの言葉に微笑むと、女性はマントのような装甲を変形させ、同時に宙空から大小様々なパーツを量子変換(インストール)して、つなぎ合わせていく。

 

 

――断続的な金属音と共に変形が完了すると、そこには手足を含めて全身が装甲に覆われ、丸みを帯びた箱のような物体と化したISが出現する。

 

 

 人一人をすっぽりと覆う大きさのソレは、中に人がいるという事実も相俟って、まるで棺を思わせるような造形をしていた。

 そして、変形が完了すると同時に、その『棺』の周辺を金色の粒子が溢れるように渦巻き、収束していく。

 そのエネルギー量は尋常では無く、近づいたら余波だけでもシールドエネルギーが削られかねない程だ。

 

「……!? 姿形も一緒なら、武装も同じかクソったれ!!」

 

 それを見た瞬間、ディンゴの額から滝のように冷や汗が流れ落ちた。

 

 

――それは、正しく彼の掛け替えの無い戦友であり、恩人の忘れ形見でもある女性が駆っていた機体の必殺兵装。

 

 

「動くなっつってんだろーが!!」

「警告はしたっスよ!?」

 

 その光の奔流に臆する事無く、ダリルとフォルテの二人は棺に向かってそれぞれの武器を構える。

――しかしその行為は、この武装の破壊力を知るディンゴにとっては正しく自殺行為に他ならなかった。

 

「馬鹿野郎!! 避けろっ!!」

「な……おわっ!?」

「ちょ、ちょっ……何するっスか!?」

 

 なけなしのエネルギーを使って、少女達にタックルするような勢いで抱え込み、光り輝く棺から距離を取る。

 ディンゴの突然の行為に、二人が抗議の声を上げるが、ディンゴは無視して収束する光の塊の延長線から回避を試みる。

 そして、それに僅かに遅れて、女性の言の葉と共に、その武装は解き放たれた。

 

 

『――コフィン・ブラスター、発射』

 

 

 薙ぎ払われるように放たれた光の奔流は、まるで雷のように猛烈な紫電を撒き散らしながら地上へと突き進み、ロータリー周辺を舐め回すかのように蹂躙した。

 

「くっ……!!」

「うおおおおおおっ!?」

「ひ、ひえええええっ!!」

 

 その余波だけで、ディンゴ達三人は木の葉のように吹き飛ばされ、着弾の衝撃はLEVの残骸やバリケードが木の葉のように吹き飛ばし、地盤ごとアスファルトをめくれ上げる。

 ISが持つ火力としても、常軌を逸した破壊力だった。

 

『た、退避っ!! 退避いいいいいいいっ!!』

『総員防御姿勢!! ISは盾になって警備員達を守れ!!』

 

 突如として凄まじい砲撃を受けた地上は恐慌状態に陥り、倒れていたオータムを中心に組み上げられていた包囲網が、あっという間に崩壊していく。

 

「あらあら……こうやって上から見ると、まるで水を流し込まれた蟻の群れみたいね?」

 

 嘲笑すらも優雅にこなすと、女性は眼下の混乱など何処吹く風とばかりに悠然と降下していく。

 恐らくは、この隙にオータムとアラクネを回収するつもりなのだろう。

 

「逃がすか――!!」

 

 咄嗟にディンゴはスラスターを吹かして追いかけようとするが、吹き出す筈だった噴射炎は上がらず、代わりにくぐもった爆発音と共に、焼け付くような臭いの煙が上がり、火花が飛び散った。

 

『――打鉄、具現化維持限界(リミットダウン)

絶対防御を除いた全ての機能を停止、ISが解除されます』

「――う、お……!?」

 

 メタトロンの光を残し、解けるようにディンゴの纏っていた打鉄が解除され、同時に重力に従ってガクン、と体が落ちていくのが分かる。

 

「――オッサン!!」

「危ないっス!!」

 

 咄嗟にダリルとフォルテが落下しそうになった彼の体を慌てて抑えるが、そのために各々の手が塞がってしまい、攻撃のタイミングを完全に逃してしまう。

 

 

――その間に、女は気絶したオータムを担ぎ上げ、撤退しようとスラスターの出力を上げようとしていた。

 

 

「おいコラ待てよババア、このまま逃がさねーぞ!!」

「あら、勇ましい事だけれど……いいの?

下とこの場にお荷物を抱えちゃって――壊れちゃわないかしら?」

「……こ、こんのっ!! ど、何処までも卑怯なオバサンっスね!!」

 

 させじと武器を構える少女達を、『邪魔をすれば眼下の警備員達やディンゴを狙う』と暗に仄めかす事で押し留める。

 そして、ディンゴに向けて片手で器用にスカート状の装甲を掴み、優雅に一礼した。

 

「それじゃあ、いつかまた会いましょうMr.ジョン・カーター。

その時は、お食事をしながら、ゆっくりとお話したいわね」

「……ああ、楽しみにしてるぜ」

 

 それに対して、ディンゴは凄まじい殺気を押し固めて炯々と光る瞳で答える。

――凄まじい圧力に、傍らで彼を支えていた二人は思わず身を竦ませる。

 

「そう言えば、自己紹介を忘れていたわ――私の名前は、スコール・ミューゼル。

亡国機業(ファントム・タスク)……私達の組織の名と共に、覚えておいて頂戴な?」

 

 それ程の気迫をも柳のように受け流すと、女性――スコールは暗い闇の支配する水平線の向こうへと姿を消していった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『――こちら第二アリーナ前、榊原!! 敵無人戦闘機群を殲滅したわ!!

……私達も、中の機体も無事よ』

 

 

『こちら第四訓練場サラ・ウェルキン――更識会長を保護しました。

意識を失ってはいますが、バイタルは安定しています……命に別状はありません』

 

 

「……ご苦労、応援をそちらに廻す。各員、即急に被害状況を纏めて報告。

その後、周辺の処理に当たれ」

 

 次々と伝えられてくる報告に対して、司令部に戻った千冬は、矢継ぎ早に指示を与えていく。

 被害の全貌の詳細はまだ分かってはいないが、警備員達の死傷者は軽く100を超え、生徒達の中にも数名の怪我人が出ていた。

 建物の被害も大きく、いくつかの主要施設が崩壊し、破損したものは数知れず……被害総額に関しては、凄まじい桁になるであろう。

 

 

――生徒達やISに損失や死者が出なかったのは不幸中の幸いと言えるが、多大な犠牲が出てしまったのは逃れようも無い現実だった。

 

 

 悔しげに眉根を寄せていると、続けて報告が入った。

 

『――こちらIS学園上空ダリル、例の男性操縦者を確保。

こっちもかなりあちこち怪我してますが、命に別状ナシです』

「……ご苦労、大至急こちらに連れて来てくれ。くれぐれも手荒な真似はするなよ?」

『わかってるっス。一応、命の恩人っスからね』

 

 犠牲になった者達には悪いが、現状最も優先すべきは彼――ディンゴ・イーグリットの事だった。

 第二アリーナに墜落した明らかなオーバ―スペックの機体の操縦者であると同時に、世界で初めてISを機動させた男性。

 その重要度は、今後の世界情勢をも左右しかねない。

 

――先のアラクネとの戦いで、彼がこちらに害意が無い事は証明されたが、彼が今後自分達に協力するかはまた別問題だ。

 

 それは全て……これから始まる交渉に掛かっている。

 

「布仏、更識への連絡を頼む……楯無の意識が回復するまで、お前が窓口役だ。頼むぞ」

「――了解しました」

 

 傍らに立っていた虚に、楯無に代わって各関係機関への情報操作を頼むと、ディンゴと会うためにセッティングされた部屋へと急ぐ。

 更に忙しくなるであろうこれからの事を考え、千冬は深く溜息を吐いた。

 

 

 モニターに映し出される東の空は、未だに闇の帳に包まれている。

 それはまるで、この学園――引いてはそれらを取り巻く未来の行く末を暗示させているかのように見えた。

 

 




戦闘終了、次回はとうとう序章ラストにして今後ディンゴやエイダがどのように扱われるのかが描かれます。

IS本編の中でどのようにディンゴが立ちまわるのかが決まる回でもあるので、気合を入れて書きたいと思っております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。