IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ) 作:夜芝生
切りどころが難しく、かなり長くなってしまいましたが(汗
突如光り輝いた待機状態のISから響き渡った声に、それを握っていた真耶を初めとした周囲の人間達は、ただ呆然とする事しか出来なかった。
「せ、先生……こいつは一体!?」
「え……? あの、その……わ、私も何が何だか……」
警備員達の問いに、真耶は答える事は出来なかった――エネルギーを失い、待機状態となったISが起動し、そこへ更に外部からの通信が入るなど、彼女にとってもあり得ない現象であったから。
そんな彼らの動揺を他所に、ISからの淡々とした声は、畳み掛けるようにこちらに呼びかけてくる。
『――現在、当機はこのユニットと擬似的なメタトロンネットワークを構築してこの通信を行っています。
答えて下さい……貴方が、このメタトロンユニット「インフィニット・ストラトス」の登録者で間違いはありませんか? 山田 真耶』
「え!? ど、どどどどどうして私の名前を知ってるんですか!?
貴方は一体誰なんですかっ!? そ、それに、ISに対して外部から何のデバイスも無しにネットワーク構築なんて、どうやって……!?」
驚き過ぎて目を白黒させる真耶だったが、ISコアからの声はそれすらも有無を言わせずに封殺した。
『――申し訳ありませんが、詳しい原理について説明している暇はありません。
そして、私が何者であるかに関しては先ほど説明した筈です――私はエイダ……第二アリーナに墜落した機体・ジェフティに搭載された独立型戦闘支援ユニットです』
……じぇふてぃ?
……どくりつがたせんとうゆにっと?
聞き慣れない単語に、益々混乱を深めてしまいそうになるが、目の前のコレはもしかしたら状況を打破出来るかもしれない重要な鍵だ。
理性の全てを総動員して、辛うじて真耶は踏みとどまる。
『改めて聞きます――貴方が、このISの現在のメイン登録者ですね、山田 真耶』
「は、はいっ!! そうです!! 私が山田 真耶ですっ!!」
この声の主が誰なのか、どのような状況なのか、疑問は尽きない……しかし、真耶には迷っている時間は無かった。
例え藁であろうが何であろうが、今の彼女には縋り付く何かが欲しかったのだ。
――しかし、その縋り付いた先の『彼女』が告げた言葉はあまりにも予想外で、真耶の知る世界の中では非常識な極まりない内容だった。
『それならば、貴方に要請します――このIS……「打鉄」を戦っている彼に――ディンゴに届けて下さい。
どのような方法でも構いません』
「…………え?」
そんな暇は無いと頭では分かってはいたが、真耶は呆然と言葉を漏らすしか無かった。
ISの向こうから聞こえてくる内容は、はっきり言って子供にも鼻で笑われるような代物だ。
女性にしか使う事の出来ないこのISを、よりにもよって男性に手渡せと言うのだから。
「え? え? だって……あのその……ISは、女性にしか――」
『無論、この要請が「この世界」にとって非常識である事は既に理解しています。
しかし、現状待機状態に陥ってしまっているこのISを起動するにはそれしか方法はありません』
「そ、それなら、方法を教えてくれれば、私が何とかっ……!!」
『――それは不可能です。現在当機は貴方の情報は得ていますが、生態認証コードを認識するには至っていません。
それでは、正確にリンクする事が出来ません』
「だ、だからっ!! あ、貴方は一体何が言いたいんですかっ!!」
このような切羽詰まった状況の中で、訳の分からぬ用語と共に、自らの主張を飛ばしてくるISの向こうから聞こえてくる声の主――エイダに、流石の真耶も苛立ちの混じった怒声を飛ばす。
『何度も言う様に、説明している暇はありません。
すぐに、このISをディンゴに届けて下さい。そうすれば、この現状を打破する事が出来る筈です』
しかし、それでもエイダは無機質に自らの要請を伝えるばかり。
――その頑なさは、まるで自らの言葉が絶対である事を確信しているかのようだ。
「け、けど……で、でもっ……!!」
ISという『力』を失い、現状を見守るしか無い真耶の心は揺れる。
怪しいとは分かっていても、この目の前に漂う
それでも――真耶は踏みとどまった。
「わ、私はっ!! ま、まだ未熟者ですけど、この学園の教師でっ!! IS操縦者です!!」
そう叫んで顔を上げた彼女の顔は、その手足と同様に無様に震えている。
しかしその目は真っ直ぐに手元のISを……その向こうにいるエイダを見つめていた。
「貴方が持っている手段が例えどれだけ優れていたとしても!! この逆境を覆す力を持っていたとしても!!
それでも……それでも!! わ、私にはこの学園を……生徒たちを……そしてISを守る義務があるんです!!」
脳裏に浮かぶのは、新人の自分をいつもからかいながらも、慕ってくれる多くの生徒達や、学園の人々。
そして、鈍くさかった子供の頃の自分を、憧れたジョン・カーターのようなヒーローに変えてくれたISの事。
「だ……だから……な、何を考えているか分からないひとに……『この子』を渡す事なんて出来ません!!」
初めて話す相手に対して、このように大きな声を上げて語りかけるなど、普段の麻耶にとっては考えられない事だった。
しかし、誰よりもこのIS学園を愛する気持ちが、本来弱気である筈の彼女の心を勇気で奮い立たせる。
稚拙で、感情を隠す事すらも出来ず、理論も何も無いが、決して目だけは逸らそうとしない。
……何故ならこれは真耶にとって、生まれて初めての『交渉』なのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうしてIS越しに見つめる真耶の瞳を、エイダもまた擬似的に構築したリングレーダーの映像によって見つめ返していた。
――何処までも、真っ直ぐな瞳だった。
気丈に振る舞ってはいるが、ISを握り締めるその手は小刻みに震え、伝わってくる鼓動は早鐘のよう。
膝もガクガクと笑い通しで、少しでも押せば崩れ落ちてしまいそうな程に頼りない。
――しかし、彼女は決して『折れない』だろう。
その瞳を見て、エイダは確信していた。
例えその端に涙を浮かべていても、怯えと戸惑いに揺れていても、その奥の光だけは違う。
ただ『誰かを助けたい』という真っ直ぐな意思を乗せて、その光はこちらを見つめている。
(同じですね……ディンゴや、レオの光と)
その強い意思を感じさせる光を見て、エイダは確信に近い解答に達していた。
例え己がどれだけ効率や成功率の高いシミュレーションの回答を伝えたとしても、目の前に立つ
その光を宿している時の彼らには、データや数字を寄せ集めた
何故なら彼らはそんな時、エイダの理解の及ばぬ躯の内から迸る『想い』によってその身を突き動かすから。
『……貴方にとって、この場所は、そして職員達や生徒達は、大切な人々なのですね』
「は……はいっ!! そうです!! だから――!!」
『ならば、私も言い方を変えましょう……私に力を貸して下さい」
「え?」
呆気に取られる麻耶を尻目に、エイダは自らでも信じられない程に不可解な行動を自ら選択していた。
一瞬だけ真耶の指先から神経接続を行い、己のデータのごく一部をイメージとしてハイパーセンサー越しに伝える。
その瞬間、リングレーダー越しの光景は姿を消し、『打鉄』と交信した時のような夕暮れの海岸の世界が広がった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
静電気のようなショックが指先に走った瞬間、真耶の目の前には、紅に染まる砂浜が広がり、渚の音が耳を打つ。
「え……こ、これは……!?」
一瞬にして変貌した世界の光景に、真耶が戸惑いの声を上げるが、それは目の前から聞こえてきた声によって遮られた。
「貴方が彼らを大切に思うように、私にも、大切な人がいます」
それは、可憐な衣装を身に纏った、美しい緑色の髪を持つ美しい少女だった。
彼女は、つい先程まで自分に語りかけていた人口音声と全く同じ声で、真耶に向かって語りかけてくる。
「あ、貴方が……エイダ……さん、ですか?」
直感的に悟る――彼女は姿形さえ違うが、エイダそのものであると。
少女はその言葉に黙って頷き、こちらに向かって手を差し伸べる。
真耶も、知らず知らずの内にその手を握り返していた。
――その瞬間、流れこんでくるいくつものイメージ。
自らに乗り込み、汗だくになりながら、時に傷つき、時に怒り、時に咆哮を上げながら戦うディンゴと、年端もいかない
彼らの笑顔、怒った顔、慈愛に満ちた顔、悲しむ顔……目まぐるしく変わる彼らの表情を、ディスプレイ越しに見つめるエイダ。
それらは、彼女がAIである事が信じられない程に、暖かなもので満たされていた。
「私は、ディンゴを守りたい……ですが、今の私にはそのような力はおろか、動く事すら出来ません。
……そのために、このISが必要なのです」
悔しげに、エイダが俯く。
「お願い……します……ディンゴを、助けて下さい……」
その瞳からは真珠のような雫が、一粒、また一粒と零れ落ちる。
「エイダさん……」
それを見て、真耶ははっとする――思い出すのは第二アリーナに墜落した、あの機体の惨状。
四肢を砕かれ、見るも無残な状態となった姿に、真耶は今の自分を重ねていた。
ISという力を失い、本来守るべきもの……この学園や、職員達、生徒達を守れない己と、動く事すら出来ないエイダ。
姿形はおろか、人と機械という絶対的な差はあれど、置かれた状況は全く同じだった。
――だからこそ分かる……彼女の内にある悔しさが。
「エイダさん……貴方は――」
まるで彼女の苦しみを分かち合うかのように眉根を寄せて、弱々しいエイダに近づこうとした瞬間――真耶の視界は白く染まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――せい!! 山田先生っ!! 大丈夫ですか!?」
「…………え? あ、あれっ!?」
肩を強く掴みながら叫ぶ警備員の声に、自失状態から引き戻される。
一瞬にして、真耶の姿は揺らめく炎に照らされる中央校舎前に戻ってきていた。
「い、今のは……エイダさん、貴方が?」
『はい――人体にも効果があるのか不明でしたが、貴方がメタトロンに対して適正があったのは幸いでした』
時計を見れば、十秒ほどしか経っていない――あの夕暮れなずむ海岸にいた時間は、もっと長いように感じていたのだが。
ただ分かっているのは、あの光景は単純な幻覚などでは無いという事。
あの足元の砂、エイダらしき少女に触れた感触は、未だに真耶の手や足に残っている。
「――貴様っ!! 山田先生に一体何を!?」
彼女が自失状態になっていたのを、エイダが何かしらの干渉を行ったのかと邪推した警備員達が、一斉にIS目掛けて銃を構える。
「ま、待って下さいっ!! こ、この方は敵じゃありませんっ!!」
咄嗟に、エイダを、そしてISを庇うように胸の内に抱える真耶。
そして、意を決するかのように大きく深呼吸をすると、先程までの動揺が嘘だったかのように静かな瞳で、エイダに語りかけた。
「……先程の言葉、嘘じゃないんですよね?」
それは疑うような調子では無く、あくまで確認のため。
真耶はあの海岸での出来事を、『実際あったもの』として捉えていた。
幻覚としてはあの感触は生々しすぎるし……何より――。
(……あんな悲しそうな顔の人を、放っては置けないじゃないですか)
少女の姿をしたエイダの涙、そしてそれを零す表情は、溢れ出る程の悲しみに満ちていた。
あんな表情をする者が、あんな涙を零す者が……こちらを騙すとは到底思えない。
『当然です。現時点では、貴方にそうのような虚偽を働く必要性が感じられません』
声こそ同じだが、少女のものとは似ても似つかない無機質で冷たい、自らの判断が絶対であるかのような声。
「…………信じます。力を、貸して下さい」
――だが、今はそれが頼もしい。
『ありがとうございます、山田 真耶』
二者の間で何があったのかは分からないが、聞いただけでも感じ取れる和解の空気に、周囲にいる者達の間にほっとしたような空気が流れる。
『しかし――少し、遅かったようです』
「えっ――――!?」
それも束の間、その言葉と響き渡った風切り音、けたたましいスキール音に思わず視線を上げる真耶。
見れば、そこには爆発するかのような勢いで突進する、
エイダと真耶の交渉が成立した間に、とうとう戦闘が開始されてしまったのだ。
「ああっ!?」
凄まじいパワーを持った物体同士がぶつかり合った事で、数十メートル離れているにも関わらず猛烈な衝撃波が巻き起こり、その場にいた者達は思わず腕で顔を覆った。
「…………っ!!」
そして、無残に切り刻まれた鉄屑と、ディンゴであった肉片が飛び散る光景を予想して、目を細め恐る恐る腕をどける真耶。
――が、そこに広がっていたのは、予想とはまるでかけ離れた衝撃的な光景だった。
『――大丈夫です。あの程度でやられる程、私のランナーは脆弱ではありません』
何処か誇らしげに、エイダの呟きが呆然とした真耶の耳を打った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「死にやがれええええええっ!!」
オータムが怒号を迸らせながら、一気に接近する。
いや……そうでなければ気が済まない!!
愛しき
だから、オータムはただ真っ直ぐにLEVへと突っ込んで行った。
いくら
装輪型とは言え、ノロマなLEVを切り刻むなど容易い――そう思っていた。
『舐めるんじゃねぇっ!!』
……男の叫びと共に、自らのISの爪が跳ね飛ばされるまでは。
「なっ!?」
思わず驚愕の叫びを上げるオータム。
ハイパーセンサーから伝わってくる一瞬の邂逅の結果は、はっきり言って信じ難いものだった。
あの六脚LEVのパイロットは、目にも留まらぬ速度で振るわれたアラクネの爪を視認したばかりか、即座に腕を振るい、装甲一枚のみを切り裂かせる形で受け流したのだ。
……ISとは及びもつかない程に鈍重なLEVの腕で、である。
それははっきり言って、奇跡という言葉などでは語り尽くせない程に有り得ない現象であった。
(この……このオータム様が……LEV如きを仕留め損なっただぁ……!?)
――驚愕のあまり、アラクネの動きが止まる。
その茫然自失となった背中に、金切音と共に無数の衝撃が何度も叩き付けられる。
「……っ!?」
しかし、それはISと比べれば遥かに弱い衝撃。
ハイパーセンサーが告げるダメージも、極僅かでしかない。
『敵性体砲撃着弾――バリア貫通ダメージ10。シールドエネルギー残り580。実体ダメージ無し』
ハイパーセンサーの警告を聞いてゆるゆると振り向くと、そこには装備されたチェーンガンから硝煙を吹き上げる六脚LEVの姿があった。
『――どうした? それで終わりかクソアマ?』
哄笑と共にスピーカーから吐き出される男の声に、オータムはようやく自分が六脚LEVによって撃たれたのだと認識する。
それと同時に、驚愕によって忘れ去っていた憤怒が、再び烈火の如き勢いで甦った。
「て、め……えええええええええええええっ!!」
――殺す!! 殺す!! 殺す!!
思考を怒りと殺意で真っ赤に染めたオータムは、更に速度を上げて六脚LEV目掛けて突進する。
それが、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そうだ……もっとだ……もっと食いついてきやがれ!!」
LEVのコクピットの中で、ディンゴは汗塗れになりながらも、不敵な笑みを崩さないままに吼えた。
そして先程とは比べ物にならない程の速さで振るわれた二本の爪を、今度は右手のマニュピレーターの一本と、左腕の装甲を一枚犠牲にする事で掻い潜る。
既に
……だが、『見える』。『動く』。
強力無比、何者をも寄せ付けない圧倒的な性能を持つOF……特に、ジェフティのスピードは、限定条件こそあれ時に亜光速にまで達する事もある。
それによってかかる負荷や必要な反射神経、動体視力は文字通り人外の領域に達しており、レオのような類稀なる天賦の才能を持った者や、長年厳しい訓練を耐えた軍人、特殊な調整を受けた人間でなければ、本来ならば操る事すらままならない超兵器だ。
そんな代物を、ディンゴは開発当初から乗りこなし、
その動体視力と反射神経は、最早理屈では測れない程に研ぎ澄まされている。
更に、
例え相手が亜音速だろうが、『手足』が多少鈍かろうが関係ない。
――『見え』さえすれば、『動き』さえすれば、避けられる。捌ける。
ディンゴにとってLEVでの戦闘とは、『そんなもの』なのだ。
『殺す!! 殺す!! 殺してやらああああああああっ!!』
「ハッ!! 吼えるだけならガキにでも出来るぜ!? 悔しかったら追いついてみろってんだ!!」
再びとんぼ帰りして飛び掛ってくるアラクネ――鈍い轟音と共に、今度は六脚のうちの一本がひしゃげて用を成さなくなった。
支えの一本を失い、崩れそうになる機体のバランスを巧みに取りながら、ディンゴはすれ違い様の追撃の刺突を装輪を勢い良く回転させる事でかわすと、その勢いのまま横殴りに腕を叩き付ける。
防御が間に合わず、アラクネはアスファルトを砕きながら地面に突き刺さった。
『がああああああああっ!!」
しかしすぐに立ち上がってLEVを拘束せんと迫るが、ディンゴは腕を掴まれる前にバーニアを吹かして爪の間合いから飛び退っていた。
追撃にかかるアラクネ目掛けて、再びチェーンガンの弾幕を叩き込む。
ISと比べれば遥かに威力は劣るが、無視する事も出来ないような威力の攻撃――アラクネがそれらを掻い潜った頃には、ふたたび六脚LEVは爪の射程外へと逃れていた。
「オラオラどうした!! 俺はまだピンピンしてるぜ?」
『黙れ黙れ黙れ黙りやがれえええええええええっ!!』
そして再び、憎らしい挑発を重ねる。
それを聞いて、まるで地団駄を踏まんばかりに女は怒り狂った。
――強者が最も忌み嫌い、冷静さを失うもの……それは、圧倒的な弱者と信ずる者に歯向かわれ、手こずらされる事。
物心ついた頃から
彼の心理攻撃を前に、最早
「ぐっ……!?」
耳障りな金属音と共に、再び装甲板が削り取られる。
その僅かなダメージでも、マニュアル操作では衝撃がモロに来る。
体のあちこちの痛みと共に、頭蓋と内臓を揺らされるかのような振動に、ディンゴの口から思わず呻きが漏れ、動きが止まりそうになる。
「まだまだああああああっ!!」
それを気合の叫びで振り払うと、ディンゴはその名の通り
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ノイズ混じりの映像の向こうで、アラクネと六脚LEVが幾度も、幾度も交錯する。
交錯の度にLEVの装甲やパーツの破片が飛び散るが、LEVは動きを止める事無く動き回って追撃を回避する。
そして隙を見てはアラクネ目掛けてチェーンガンを放ち、時には大胆にも六脚の装輪とバーニアをフルマニュアルとは思えない程の精度で制御しながら、その腕と巨体で以って撃ちかかる。
「嘘……」
立体ディスプレイのサブモニターに映し出される光景に、整備科の生徒の一人が呆然としたように呟きを漏らした。
性能が遥かに劣るLEVがISへと立ち向かい、撃破されるどころか反撃までしてみせるという光景など、彼女の認識の……いや、世界の認識の埒外だ。
「そこっ!! 手が止まってる!! ぼさっとしない!!」
「う、うんっ!!」
そこに、彼女達と合流した千冬と共にIS整備を続けていた布仏が怒声を飛ばす。
我に返った生徒は、すぐさま手近な場所にあった端末へと飛びつき、作業を再開した。
――暫くの間、生徒たちと千冬が立体ディスプレイのキーボードを打つ軽快な音だけが、IS格納庫の中を支配する。
「…………まぁ、無理も無いわよね」
「え?」
「私だって、LEVがISと渡り合うなんて光景、初めてだもの」
作業する手を止めないまま、布仏が先程の生徒に向かって言葉を漏らす。
彼女もまた、ディンゴの操縦技術の凄まじさに心奪われていた一人だった。
――ISに関わる者としては信じ難い光景ではあったが、今はその有り得なさが逆に頼もしかった。
アラクネとの戦闘が始まってからすでに三分――このまま彼が持ち堪えてくれれば……。
「……無理だな」
布仏がそう思考した瞬間、その希望的観測を打ち消すかのような呟きが耳を打った。
その主は、手を止める事無くサブモニターを注視していた千冬のもの。
「あれでは、このまま五分……いや、三分と持たん」
「ど、どうしてですか!? まだあのLEVはアラクネの攻撃を紙一重で避けて……」
布仏は、続く千冬の言葉に思わず声を上げて叫ぶ。
それはまるで、微かな希望に縋り付くかのように必死だった――何故ならそれは、今ある唯一の光明が消える事を意味していたから。
「そう……奴はあのアラクネの攻撃を悉くかわしている――皮一枚、紙一重を犠牲にしてな」
「だったら――!!」
しかし、布仏の必死の反論を、千冬は次なる言葉が完全に断ち切った。
「ならば聞く。ならば、あの六脚LEVの皮は、紙は、一体何枚だ?
10か? 100か? それとも1000か? そして、奴は一体何回の紙一重を繰り返した?」
「……!!」
――絶句する。
例え奇跡的とも言える操縦で、アラクネの猛攻を掻い潜っても、そのダメージは0ではあり得ない。
その一つ一つは薄い皮一枚、紙一重だが、それが10、20……100重なれば、肉を切り裂き、いつしか骨に届くのだ。
子供でも分かる理屈――だが、布仏はそれを忘れてしまっていた。
あの男の、LEVの動きを見て、忘れようとしていたのだ……目の前に迫るタイムリミットという絶望を。
「くっ……!!」
布仏は、再び端末に飛びつき、先ほどに倍する程のスピードで、指をキーボードに叩き付ける。
目の前にある起動寸前になっている超兵器を、一分一秒でもあの戦場に届け、あの男を助けるために。
……しかし、優秀な彼女の技術者としての脳は、あのLEVが、男が力尽きるまでには間に合わない事を理解してしまっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――そして、自らに迫るタイムリミットを最もはっきりと自覚していたのは、ディンゴ本人であった。
『――ケイコク!! 損傷率ガ40%ニ達シマシタ!!
パイロットハ即座ニ救難信号ヲ発信スルカ、最モ近イ場所ノ補給所ニテ修理ヲ受ケテ下サイ!!
ケイコ――』
「……るせぇっ!! 言われなくても分かってる!!」
耳障りなAIからの警告を切り、ディンゴは徐々に鈍っていく機体の制御と操縦を続ける。
彼には知る由も無いが、千冬の分析は正に的確であった。
最小限のダメージを幾度も、幾度も積み重ねた六脚LEVは、並みのパイロットならば動かせるような状態では無かった。
無事な装甲板は一枚たりとも無く、まともに動く脚部は三つのみ。
それでも、回路系などの重要部を損傷していないのは流石と言えたが、度重なる無茶な機動に、機体はオーバーヒート寸前であり、このまま続ければ機能停止は免れないのが現状であった。
――この時ディンゴにとって幸運だったのは、そのように満身創痍であった事。
押せば倒れるような状況であったからこそ、痺れを切らしたアラクネとオータムが『本来の戦場』である空に飛び上がって一方的に彼を攻撃しようとせずに、地上に留まり続けていたのだ。
しかし、それも殆ど慰めにしかならない。
何故なら、どちらにしてもこのままでは自分の死は免れ無いからだ。
(まだか……まだなのか……!?)
千冬に現状を聞こうにも、この状況だ……こちらから通信を送っている暇など無い。
そんな動作をしたならば、自分はあの蜘蛛女の爪でコクピットごと真っ二つだ。
だから、ディンゴはただ只管切れる事が分かった糸の上での、あまりにも危険すぎる綱渡りを続けるしか無かった。
『いい加減……くたばりやがれポンコツがああああああああああっ!!』
再び、直線的だが、弾丸の如き猛烈な突進――今度は、右腕が肩口から一気にもぎ取られる。
「があっ……!?」
強烈なGと共にディンゴの体が振り回され、頭を思い切り計器に強打する。
簡易治療キットの包帯で止血した傷口が開き、白い布を赤く染める。
――そして、更なる不運が彼を襲う。
滲んだ血の一滴が垂れ……彼の目尻に入り込んだのだ。
「……痛っ!?」
どろり、とした感触の異物の侵入に、彼の目は反射的に瞬きをしてソレを追い出そうと試みてしまっていた。
時間的には、ほんの刹那と言えるほどに一瞬であったが、それはISを相手にしている以上、あまりにも致命的な停滞。
「しま――――!?」
――た、と悪態を吐く事すら許されずに、再び襲い掛かる衝撃。
またしても翻ったアラクネの爪の一本が、僅かに回避行動の遅れたLEVの脇腹を、内部構造に届くほどに切り裂いたのだ。
それは奇跡か、ディンゴの操縦技術の賜物か、今まで受けた傷と比べれば僅かに深い程度のもの。
……しかし、その差は歴然としたものだった。
その傷口から、何かが焼けるかのような音と共に、真っ白な蒸気と液体が漏れだしたのだ。
「クソっ!! 冷却水が!?」
ディンゴが、ダメージコントロールを施しながらも、忌々しげに舌打ちする。
それによって辛うじてオーバーヒートを免れていたメインバッテリーが限界を向かえ、警告音と共に停止する。
すぐさま予備バッテリーが起動し、機体の主機が止まるのを防ぐが、メインのものより遥かに小さい電力では、ただでさえ満身創痍の機体の動きが更に鈍くなる。
――小さくとも、それは趨勢を決する一撃であった。
『ようやく捕まえたぜぇ……この鉄屑があああああああああっ!!』
オータムの絶叫と共に、アラクネの爪が辛うじて残っていた脚部を全てスクラップへと変える。
「ぐ、あ……!!」
バランスを崩し、各坐しようとする機体を左腕で支えようと試みるが、それを許すオータムとアラクネでは無かった。
すぐさま地面に付いた腕を輪切りにし、今度こそ大地に引き摺り倒す。
『どう料理してやろうか、このクソ野郎!! よくもこのアラクネを!! スコールからの贈り物を!!
小汚ェ手で触ってくれやがってよおっ!!」
ザクリ!! ザクリ!! と、感情に任せて、しかし決してディンゴを切り裂かないように、アラクネの爪が、LEVを蹂躙していく。
「……っ!!」
何撃目かの衝撃で、とうとうLEVの主機が落ち、コクピットが闇に染まる。
脱出装置を作動させようにも、度重なるダメージと無茶な機動、各坐の衝撃で作動せず、ディンゴは完全に閉じ込められる形となってしまった。
『簡単には殺さねぇぞ……ジワリ、ジワリと追い詰めて、指から寸刻みにじっくりたっぷりいたぶってから殺してやらあっ!!
死ね!! 死ねええええええええええっ!!』
「冗談じゃねぇぞ……クソったれ!!」
歪んだコクピットハッチの隙間から聞こえてくる狂気に満ちたオータムの叫びを聞きながら、ディンゴは顔を歪ませるが、主機の落ちてしまったこの状況では手も足も出す事が出来ない。
その間にもLEVは鈍い金属音を立てて、まるで雀蜂が獲物を肉団子にするかのようにすり潰され、破壊されていく。
……最早完全なる積みであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ディンゴさんっ!!」
その光景を、真耶と警備員達は成す術無く見ているしか無かった。
本当ならば、このISをすぐにでも届けたい……しかし、LEVとISが格闘戦を行っている真っ只中に生身で入り込めば、ただでは済まない上、自分たちが近づくのをアラクネが易々と見逃してくれるとも思えない。
「畜生!! あのままじゃ……!!」
「見てるしか、無いのかよ!! おい!! 何とかしないと!!」
「けど……そんな事言っても……!!」
周囲の警備員達も、焦りの表情を浮かべているが、誰一人として動こうとしない。
――いや、動けないのだ。
ISが生まれて10余年……その10年という年月は、彼らにISに立ち向かう勇気というものを完全にそぎ落としていた。
闘志も、この学園を守るという使命感もある――だが、体が言う事を聞いてくれない。
――駄目なのか?
――やはり、男は……ISに勝つ事など出来はしないのか?
しかし、彼らの体を震わせるのは、恐怖では無く悔しさだった。
人を易々と殺せる武器を持っていながら、何も出来ないという無力感――男達の目から、知らず知らずに涙が零れる。
「…………」
そんな中で、一人動く者がいた――真耶だ。
彼女は落ちていた自動小銃を拾い上げると、慣れた手付きでマガジンを装填し、弾丸を込めた。
「先生!! 何を!?」
「このままじゃ……あの人が殺されちゃう……!! 少しでも時間を稼いで、これを届けないと!!」
慌てて近くにいた警備員の一人が止めようとするが、それを真耶は目で制する。
普段見せる彼女の姿とは裏腹な、あまりにも強い意志の篭った瞳に、警備員の差し出した手は止まってしまっていた。
「で、でも!! 無茶ですよ!! 自動小銃なんかでISに立ち向かうなんて!!」
「そ、それでもっ!! 何もやらないよりは――!!」
言うが早く、真耶は自動小銃を片手に走りだそうとする。
だが、それを制する声が響いた――エイダだ。
『待って下さい――その武器では、成功率は0%です。ISに対しては、全く効果がありません』
「で、でもっ……!!」
反論しようとした真耶だったが、今度はそれを肩に当てられた手によって封じられる。
それは、警備LEV隊を率いる隊長のものであった。
「――なら、効果がある武器ならOK……だろ?」
『はい。迅速な対応、感謝します』
「何、良いって事よ。アンタが何者かは知らんが、今更ゴチャゴチャ言ってられんしな」
恐らくは、真耶が戦況を見守っている間、別働の警備員達と連絡を取り合っていたのだろう。
暫し会話を交わすと、隊長は肩に背負った『ソレ』を真耶へと差し出した。
「すいません山田先生、遅くなっちまいました……コイツを持って来るのに、ちょいと時間がかかりましてね」
「こ、これは……!!」
『ソレ』を見た真耶の顔が輝く。
――確かにこれならば、いけるかもしれない。
受け取ると、重すぎるほどのずしりとした感触が両の手にかかる。
それは『この兵器』の欠陥の一つであったが、今の真耶にはそれすらも頼もしく感じていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――目の前に広がる光景は、唯一の希望が費えた瞬間そのもの。
格納庫の中に篭もる熱気とは全く逆の、冷たい空気が支配しようとしたその時――それを打ち払ったのもまた、千冬であった。
「何を腑抜けた顔をしている、貴様ら」
「だ、だって先生……もう……」
「間に合わ――」
泣きそうな顔で、中には実際に涙を零しながら、千冬の言葉に答える整備科の生徒達。
如何にISを日常的に扱っているとは言え、まだ年端の行かぬ彼女たちにとって、目の前で命が残酷な形で奪われようとするこの状況は耐え難いものだった。
しかし、千冬はそれに柔らかく口に弧を描かせながら微笑んだ。
「全く……少しは頭を使え馬鹿者共」
生徒達が壁にぶち当たり、挫折しそうになった時、いつも彼女はこんな笑みを浮かべる。
普段の厳しい表情とは打って変わった、慈愛に満ちたその表情を見ると、生徒達は自分の中の暗い感情が、薄れていくのを感じるのだ。
実際、今の彼女たちもまた、そうだった。
「確かに『このままの現状が続けば』、LEVとディン――あの男がアラクネに屠られるのは時間の問題だろう。
……それは逆に言えば、何かしらの介入さえあれば、間に合うという事に他ならんだろう?」
『…………!?』
これまた、ついつい聞き逃してしまいそうな、単純だが当然の理屈。
しかし、それに布仏がすぐに異議を唱える。
「で、ですが織斑先生!! この学園に、あの人の所へ回す余裕のある戦力は無い筈です!!」
「そうですっ!! だって、残りのISは全部ここに――!!」
彼女に追従する叫びが、そうだそうだと囃し立てる。
LEVだって、あの機体以外は動ける物など一機もいないのだから。
それはつまり、あの
「確かに無かったさ……今まではな。
――頃合が良ければ、そろそろ準備が整う筈だ」
そう呟いた千冬の真意を生徒達が知る前に、再び端末へとコール音が鳴り響いた。
発信元は、先程ディンゴが救出した警備部隊からだ。
『――織斑先生!! こっちは全員準備完了しました!! いつでもぶっ放せますっ!!」
「ご苦労!! タイミングはそちらに任せる!! 一発残らず打ち尽くしても構わん!!」
『了解!!』
その詳細を耳にした千冬はしてやったりと言うように眉をぴん、と跳ね上げ、端末へ向かって号令を下した。
そして、ぽかん、とした表情を浮かべながら自らを見つめる生徒達に向かって口の端を吊り上げると、端末に映った映像を指し示す。
「――良く見ろ、そして覚えておけ小娘共。
ISこそが絶対だと思っていたら足元を掬われるという事をな」
「…………これは!?」
警備隊員が肩に担いだ長大な砲身の如き物体――それを見た瞬間、布仏を初めとした生徒達は、一斉に驚愕の叫びを上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
耳障りな轟音と共に、アラクネの爪がLEVに突き刺さる。
――いや、それは最早LEVではなかった。
コクピットを除いたその全てを切り裂かれ、貫かれた、油まみれの巨大な鉄屑である。
それを為したオータムは、怒りと興奮によって荒くなった息を整え、嗜虐に満ちた笑顔を浮かべていた。
「ふぅ……ちょっとはスッキリしたぜぇ……」
機体に当たり散らした事で、彼女の頭は大分冷静さを取り戻していた。
しかし、パイロットの男を自らの手で引き裂きたいという衝動は、ドロドロと胸の中で昏い感情を燃やす燃料としてあった。
だからこそ、爆発などが起こらないように、コクピットを最後まで残しておいたのだ。
「そろそろ顔を拝ませて貰うとするかぁ?」
そう言って、六本の爪をハッチへと突き立て、ゆっくりこじ開けていく。
それは無論慈悲などでは無く、中にいるパイロットに一分一秒でも恐怖を与えんがため。
夢想するのは、戦闘中の威勢が嘘のように震え、怯え、糞尿と涙をだらしなく垂れ流す『男』の姿。
それを嘲笑い、嬲り殺しにする快感を想像すると、オータムの躰は戦闘とは全く別の興奮で打ち震えた。
――ベキベキと耳障りな音を立て、とうとうハッチがこじ開けられ、コクピットの内部が顕になる。
その瞬間、オータムが内部を確認するよりも早く、彼女の顔へと叩きつけられる物体。
「……っ!?」
それは、LEVの非常時にコクピットのハッチや部品を壊すために備え付けられた手斧。
絶対防御によって薄皮一枚の所でオータムを傷つける事は無かったが、直撃していれば確実に死んでいただろう。
それを握るのは、浅黒い肌と銀髪を持つ、無精髭を生やした精悍な男。
「チッ……やっぱり効かねぇか。参ったなこりゃ……」
まるで呆れたように笑うその表情には、こちらに対する恐怖など微塵も感じさせない。
己が夢想していたものとは全く逆のものを見せられた事で、再びオータムの頭の中に、沸騰せんばかりの怒りが湧き上がった。
「こ……の……往生際が悪ぃんだよクソがあああああああっ!!」
左手で手斧を握りつぶすと同時に、目にも留まらぬ速さで男の首を締め上げる。
そして高々と腕を上げ、宙吊りにする――これでもう、首をへし折るのも、爪で切り刻むのも、オータムの思いのままだ。
「ぐ、あっ……!?」
男が苦悶の表情を浮かべる。
しかし、それでも彼はこちらを射抜くかのような鋭い眼光で睨みつけた。
まるで狼のような、こちらを狩らんとする者の瞳――そこに、恐怖など微塵も無い。
(何でだ……!! 何でコイツは怯えやがらねぇ!?)
生殺与奪を握られても尚、ギラつく眼光を見て、オータムの額に思わず汗が浮かんでいた。
コイツは違う――今まで自分がいたぶり、殺してきたどんな男とも違う。
――ジャリッ……。
自分の足元から聞こえてきた音に、ハッとして振り向く。
それは己が後退った事で起きた、ISのアイゼンがアスファルトを引っ掻く音であった。
(ありえねぇ……っ!! この……このオータム様が……たかが『男』一人にビビってやがるってのか!?)
――この時、もしディンゴの事を知る者がこの光景を見ていたとしたら、決して彼女を嘲笑いはしなかっただろう。
何故なら彼は、裏の世界で暗躍し続けたオータムですら想像し得ないような地獄を、修羅場を、幾度も乗り越えてきた歴戦の強者。
それによって培われてきた覚悟と闘志は、常人ならば気絶しても可笑しくは無いのだから。
しかし、それを知らぬオータムは、その顔を屈辱で紅潮させた。
「面白ぇ……その強がりが、何処まで持つのか試してやらぁっ!!」
己に湧き上がった感情を塗り潰すように憤怒を撒き散らしながら、アラクネの爪がディンゴの手足を切り落とさんと浮かび上がる。
「死ぃ――――!?」
だが、肉を切り裂く感触はいつまで経っても伝わって来なかった。
――何故なら、その前に猛烈な勢いで飛来した弾丸がオータムの左腕と体に突き刺さり、吹き飛ばしていたから。
「が、あああああああああああっ!?」
しかも、それはただの弾丸では無い。
ハイパーセンサーですら感知する事がやっとのスピードで飛来し、シールドバリア越しにも、オータムの体にダメージを与える程の威力を秘めていた。
混乱する頭のまま、どうにか体を起こす――見れば、自分と一緒に数mほど吹き飛ばされたのか、ゲホゲホと咳込みながら蹲る男の姿があった。
「こ、の……!!」
再び男を切り裂こうと地を蹴る――が、その前に視界に入った警備員達……そして、先程叩きのめした筈の女――真耶が構える『ソレ』を見て、オータムの表情が驚愕と憎悪で歪む。
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ISの誕生以来、各国はそれらの解析と研究を進めると同時に、それらに対抗すべく様々な兵器を考案し、開発した。
だが、その殆どはISの持つ凄まじい性能によって無力化され、いくつもの兵器が試作されては廃棄され、それの数百倍もの数が机上に消えていった。
――その中で、数少ない成功例がここに一つ。
考え得る限り硬化させた弾体を、砲身に埋め込まれたメタトロン素子によってもたらされる大出力によって圧縮、加速させる事で、シールドバリア越しにも衝撃を与える程の威力をもたらす実弾兵器。
その名は、メタトロン圧縮加速式高速衝撃砲――通称・ガントレット。
『――3、2、1……今です』
「撃てえええええええええええええええっ!!」
エイダのナビゲーションの下、警備隊長の号令が響き渡る。
次の瞬間、金色の粒子の尾を引きながら放たれた砲弾が、アラクネを鞠のように跳ね飛ばした。
ようやく、Z.O.E要素による逆襲の開始です。
ちなみにISの本編が始まるまでのプロローグは、あと2,3話で終わる予定です。
※1/4 感想欄でのご指摘を受け、ディンゴの戦闘シーンに加筆・修正を加えました。