IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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 どうも初めまして、理想郷、にじファンを経て、笛の音に寄せられてやって参りました夜芝生です。


 この度はライトノベル「IS(インフィニット・ストラトス)」と、PS2ゲーム「ANUBIS Z.O.E」とのクロスオーバー作品を投稿させて頂きます。

 基本的な時代背景はZ.O.Eに準じており、「OFが世に出る100年近く前に、ISが存在していた世界」を描いています。

 そのため、強引なこじつけや、様々な独自設定が登場する場合が御座いますので、そういったものがお嫌いな方はご注意下さい。
それでは、宜しくお願い致します。


 本格的な移籍は次話投稿の目処が経ってから!! と思っていたのですが、思いのほか進まず、そろそろ時期的に作品を保存しているのも限界という事で、こちらの方でご厄介になる事にしました。
 何卒、応援・作品に対するアドバイス、感想等を宜しくお願いいたします。



プロローグ
Episode.0 冥界の神の残滓、狼を招く


 

 

 

AD2176――旧火星衛星フォボス公転軌道 異常空間歪曲エリア

 

 

 赤茶色に光る火星に照らされた宇宙空間を、一機の人型の機影が静かに進んでいた。

 全体的にシャープな印象を与えるシルエットを持ち、右手には折畳式エネルギーソード「パドルブレード」、左手にはエネルギーシールドを装備したその機体は、薄い青と緑色のカラーリングで構成され、全身を時折緑色の光が血管のように走っている。

 

 

 

――それは、この機体が木星の衛星カリストで採掘される鉱石「メタトロン」を使用して作られる人型兵器……「OF(オービタルフレーム)」と呼ばれる機体である事を示していた。

 

 

 

『――目標宙域に到達。ここから先は未調査のエリアとなります』

 

 その機体の足と腰の丁度中間――人間で言うと股間の部分に位置するコクピットの中に、無機質な女性型の人工音声が響き渡った。

 

「――了解だADA(エイダ)。……ったく、二年も経つってのに、相変わらずか」

 

 それに答えたのは、全身をぴっちりとしたタイツのような形状のスーツを見に纏い、浅黒い肌とくすんだ銀髪を持つ精悍な顔付きの男。

 スーツ越しに見える肉体は、筋骨隆々でありながら、すらりと引き締まっており、鋭く光る眼光も相俟って肉食獣をイメージさせる。

 彼の名はディンゴ・イーグリット――火星独立政府所属の軍事組織「バフラム」のOF隊隊長にして、現行最強のOF「ジェフティ」を駆るフレームランナー(OFパイロット)

 そして二年前に起こった火星独立の切っ掛けとなった「アーマーン事件」を収束に導いた火星の英雄である。

 

「エイダ、状況を頼む」

『――了解。周辺宙域の分析を開始します』

 

 彼の声に答えたのは、先ほどの人工音声。

 彼女――という言葉が適切なのかは分からないが――は、このジェフティに搭載された独立型戦闘支援ユニット『ADA』。

 通常のOFのものとは及びもつかない、ありとあらゆる状況に対応出来る程の高い性能を持つと同時に、「人格」とも言っていい独特の個性を持った、ディンゴの頼れる相棒だ。

 

『――分析終了。周辺宙域の時空歪曲のモニターを表示します』

 

 通常ならば数十分、下手をすれば数時間はかかるであろう複雑な分析を数十秒で終わらせ、モニターに表示するエイダ。

 

「……ひでぇってのは分かってたが、こいつは格別だな」

 

 それを一目見て、ディンゴは思わず唸った。

 一見、多量のデブリが漂っているだけの宙域のように見える……が、モニター越しに見ればそこは正に地獄の釜のような様相を呈していた。

 

 

――ありとあらゆる位相の空間が、無秩序にねじ曲げられ、歪み、うねっている。

 

 

 水素吸蔵合金(高効率の二次電池等の原料ともなる合金)と、超電導素材の特性を併せ持つだけでなく、「エネルギーとスピンを加える事で、周囲の空間を引きこむように圧縮する」という性質を持つメタトロン――それによって構成された大小無数のデブリが、過剰なまでのエネルギーを蓄えた状態で漂っている事が原因だった。

 

 二年前、「ある男」が狂気の果てに作り出した兵器「アーマーン」。

 秘密裏にフォボスそのものを利用して建造されたソレは、メタトロンの空間圧縮特性を攻撃に利用した、太陽系全土を巻き込みかねない最悪の兵器であった。

 それがもたらす破壊によって、全てを無に帰そうと画策した「男」の野望は、ディンゴと、紆余曲折を経て彼の手に渡ったジェフティ、そして彼らを支える多くの仲間達の手によって、アーマーンと共に爆散して潰えた。

 しかし、「男」の狂気の残滓は、二年経った今でも、こうして火星が犯した「過ち」の象徴であるかのように存在し続けていた。

 

 砲撃で吹き飛ばそうにも、その特性から実弾、光学系問わず狙いがずれてしまうために有効な手段とは成り得ず、かと言って手動で作業しようにも、下手に近づいたら空間歪曲に巻き込まれて一巻の終わり。

 テラフォーミングが進んできたとは言え、資源の大部分を地球や以遠の惑星付近のコロニーからの輸出に頼っている火星にとっては、歪曲空間の存在は、正しく目の上のたんこぶに等しい厄介な存在なのである。

 

『過去に調査が行われた異常空間歪曲エリアの中でも、最大規模のレベルです。

 既に調査班の先遣隊所属のOF16機、艦船2隻が消滅、もしくは観測圏外に撥ね飛ばされて行方不明となっています。搭乗人員は――』

「――全員生存は絶望的、だろ? 言われなくても分かってるさ」

 

 エイダの解説を皆まで言わせずに遮るディンゴ。

 何の対策も取らずに歪曲空間に触れてしまった者の末路は、良くてコクピットの中でミートパイ、悪ければ通常空間との摩擦に耐え切れずにチリも残さず消滅のいずれかだ。

 万に一つ生き残ったとしても、水も食料も無い状態で孤立無援の宇宙空間に放り出されてしまえば、待っているのは確実な死だ。

 

「……で、何だって俺がそんな危険な場所に駆り出されたんだっけか?」

 

 ディンゴはうんざりとした表情のまま、自嘲するように吐き捨てる。

 その声色には、ただでさえ(元鞘とは言え)風来の身から責任ある地位に祀り上げられて死ぬほど忙しいというのに、このような危険な場所に駆りだされる事への不満がありありと込められていた。

 

『――地球連合からの要請を受けた火星政府の命令です。

 貴重なメタトロンの回収と、惑星間航行の障害となる歪曲空間の早期把握、火星の独立による混乱及びアーマーン事件を始めとした事件の賠償も兼ねた、高度な政治的判断によるものです。

 しかし、度重なる調査の失敗から、この任務は最高峰のOFとフレームランナーが必要との判断が下され、現行最高の組み合わせである当機と貴方が派遣される事となりました。

……事前に何度も説明した筈ですが?』

「事細かく律儀に答えるな!! 皮肉だってのが分からねぇのかクソったれ!!」

 

 あくまで淡々と事務的に説明を続けるエイダに、堪忍袋の緒がとうとう切れたのか、ディンゴは額に青筋を浮かべながら怒鳴る。

 

『――良くわかりません』

「……だろうな」

 

 だが、すぐに彼女がAIであるという事を思い返し、諦めたように深い溜息を吐いた。

 

『……すいませんディンゴさん。本当なら、俺が行く所なのに』

 

 そんな彼を宥めるように通信が入る――モニターには額にバンダナを巻き、こちらを済まなそうに見つめる線の細い青年の姿。

 

「――気にすんなよレオ。

とことんメンド臭ぇが、火星の尻拭いは火星に住むエンダーの役目だ。

お前にまで押し付けるつもりはねぇさ」

 

 不満気な顔をふ、と和らげ、ディンゴは青年――レオ・ステンバックに微笑む。

 彼もまた、ジェフティの性能を十全に引き出す事の出来るフレームランナーであり、アーマーン事件解決のために奔走した立役者の一人だ。

 ディンゴとジェフティを引き合わせる切っ掛けを作ったのも彼である。

 彼は元々地球の連合宇宙軍所属であったが、火星独立に合わせて野に下り、時々こうしてディンゴのサポート役を買って出てくれていた。

 

『――でも!! もしもディンゴさんに何かあったら……!!』

「俺にじゃなくて、エイダに、の間違いじゃないのか?」

『なっ――!? ち、違いますよっ!!』

 

 からかうようなディンゴの言葉に、顔を真赤にして否定するレオ。

 

 

……しかし、彼がエイダを大切に思っているのは事実だ。

 

 

 このジェフティが歴史の表舞台に初めて立った、木星のコロニー・アンティリアで起こった事件――その時、ジェフティに乗り込んだのが弱冠14歳であった彼だった。

 レオはエイダのサポートによって窮地を幾度と無く乗り越え、エイダもまた、レオによって幾度も助けられた。

 それによってレオは人間として、ランナーとして大きく成長し、エイダは最早「感情」と言っても良い程の個性を確立する事に成功したのである。

 その繋がりの強さは、時折ディンゴでさえ羨ましく思える程だ。

 

『――レオ、この任務は非常に繊細な熟練の操縦が必要となる任務です。

 高い適性があるとは言え、正式な訓練期間が短い貴方よりも、彼(ディンゴ)の方が適任であると言えます』

『うん……』

 

 ディンゴがそんな事を思っている間に、何度目か分からない程に繰り返された、エイダによる理路整然とした説明が行われる。

 

『――ですが、私としてもあなたと共にいられない事は残念でなりません』

『エイダ……』

 

……そして、最後にはエイダのAIらしからぬフォローが入るのも同じである。

 

「おーおーお熱い事で。こいつは妬けちまうな」

『でぃ、ディンゴさんっ!!』

『ディンゴ、発言の意味が不明です。説明及び撤回を要求します』

「はっ、やなこった」

 

 憤慨するような口調で迫る二人(?)に対し、ディンゴは目の前で甘々な会話をされた意趣返しだとばかりにケラケラと笑う。

 その時、耳障りなアラートと共に会話を遮るかの如く、「もう一人」の仲間からの通信が入った。

 

『――ちょっと貴方達、いい加減にしてもらえないかしら!?

 作戦時間はとっくの昔に過ぎてるのよ!?』

『申し訳ありません、ケン・マリネリス』

『す、すみません』

 

 モニターに映ったのは丁寧に切り揃えられた桃色の長髪を持ち、豊満な胸を持つ女性――ケン・マリネリス。

 彼女もアーマーン事件を解決に導いた英雄の一人であり、ディンゴのかけがえの無い仲間だ。

 ディンゴがそうであるように、ケンもまたアーマーン事件での功績を認められ、21歳にしてバフラム上層部の仲間入りを果たし、こうして作戦の指揮を取るまでになっていた。

 

「あーあー分かったから耳元で怒鳴るな。気が散る」

『貴方ねぇ……こっちは貴方のせいでカンカンになってる政府のお偉いさんや、地球の奴ら宥めるのに必死なのよ!?

 せめて態度だけでも、しおらしいところは見せてくれないかしら!?』

 

……とは言え、アーマーン事件だけでなく、暴走したバフラムや、火星の過激派勢力が起こした闘争などが原因で人員不足となった火星政府から、山のような量の仕事を押し付けられてかなり参っているようだった。

 

「仕方ねぇだろ。こっちだって慣れねぇ書類仕事が山ほどあったんだ。

 いちいち相手にしてられねぇよ」

『だからって地球連合からの正式な命令書をゴミ箱に捨てる奴がいる訳!?

 冗談じゃないわよ!!』

「う……」

 

 そして、共に働く機会が多いのが、この無精者の典型とも言えるディンゴだ。

 ランナーとしての才能や軍の指揮、部下や同僚達のケアなどは信じられない程優秀な癖に、書類仕事や各国政府の高官やスポンサーとの折衝などは、生来の厭世的で皮肉屋な性格のせいで壊滅的な為、お鉢は全てケンに回ってくる。

 その不満は、こうしてマシンガンの如き怒声となって毎度の如く響き渡るのだった。

 

「だーっ!! 分かった!! 分かったよ!! さっさとやりゃいいんだろやりゃ!!」

『――宜しい。期待してるわよ、ディンゴ』

 

 勢いに押されたディンゴが渋々と頷くと、ケンは満足そうに豊かな胸を張り、彼にウィンクしながら通信を切る。

 

「……ったく、一回りも歳下のガキに説教されるなんざ情けねぇ」

『そうは言いつつも、案外満更でも無いようですが?』

「バカ言え!!……さっきの仕返しのつもりかこの野郎」

『――警告、時空歪曲空間に侵入します』

「誤魔化しやがった……まぁいい、エイダ!! 機体のコントロールを全部こっちに回せ。

 周囲の警戒と分析は常にリアルタイムでモニターに表示しろ――ナビ役は任せたぜ」

『了解しました』

 

 エイダからのメッセージを聞いた瞬間、ディンゴは軽口を閉じ、頭を任務へと切り替える。

 表情からは無精者な皮肉屋の影は一切消え、鋭い眼光は正しく狼(ディンゴ)だ。

 

『ディンゴさん!! 俺の機体とケンさんの艦は時空歪曲空間外から観測を行います。

 座標は常に伝えますから、貴方は操縦に集中して下さい』

『こっちもサポート体勢は万全よ。何かあったら、余程致命的じゃない限り助けてあげられるわ』

「オーケーだレオ、ケン。しっかりサポート頼む」

『――了解!!』

『任されたわ』

 

 両手の操縦桿をミリ単位で動かしながら、レオの通信に答えるディンゴ。

 ジェフティとディンゴは、静かにゆっくりと、暴走したメタトロンの織り成す魔境へと足を踏み入れていった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 空間の歪みを回避し、不可能ならば右手から放つエネルギーショットでデブリを破壊して道を作りながら、ジェフティは歪曲空間を進んでいく。

 通常のショットでは時間のかかる巨大なものは、バーストショットやガントレットで砕き、エネルギーの抜けたメタトロンの欠片を見つければ、それらを次々と機体の各所に展開したベクタートラップ(歪曲空間を利用して作られた格納装置)に納めていった。

 

「エイダ、ベクタートラップの使用率はどのくらいだ?」

『現在58%です。70%以上になった場合、過積載で航行に支障を来す可能性があるため、実質残量は約12%となります』

「ま、資源回収はあくまでオマケだからな……踏破率は?」

『単純距離にして50㎞――踏破率に直せば47%程です』

「三時間かけてこれかよ……先が思いやられるぜ」

 

 栄養補給用のゼリー飲料の空容器をダストボックスに捨てながら、ディンゴが愚痴るように吐き捨てる。

 デブリは絶えず移動しており、今いる空間が数秒後安全かは全く保証が効かない為、一瞬も気が抜けない。

 しかし、そんな状況でも集中を切らさないのは、ディンゴの卓越した操縦技術と日頃の鍛錬の賜物と言える。

 

『――ディンゴさん。お疲れの所すみませんが、前方に巨大な反応があります。

 そちらでは確認出来ますか?』

 

 小休止を終えてすぐにレオから通信と共にデータが転送されてくる。

 

「おいおい……とんでもねぇデカさだな。小惑星クラスはある」

 

 送られてきた物体の詳細を確認して、ディンゴは思わず眉根を寄せた。

 如何にここがカリストの爆散跡だという事を加味しても、それはあまりに大きすぎた。

 二年前のアーマーン爆発の威力は、本来のものよりは遥かに抑えられていたとは言え、衛星一つを粉々にする規模だった。

 これだけの質量の物体が残る事は、まずあり得ない。

 一瞬、レオの機体――OF「ビックバイパーⅡ」の計測器の故障かと疑るが、それを否定するように今度はケンからの通信が入る。

 

『こっちでも確認したわ……ちょっと気になるわね。ディンゴ、念の為向かって頂戴』

「了解だ――エイダ、座標を確認出来るか?」

『――前方八時方向に巨大なメタトロン反応を検知。ナビゲーションを開始します』

 

 エイダの導きに従い、ジェフティは再び歪曲空間の中を更に進んでいった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 歪曲空間の丁度中間地点――果たしてソレは存在していた。

 ジェフティがその上で自由に動き回れる程に広く、そして巨大な一枚岩の形状をしている。

 

「コイツは……驚いたな」

 

 アーマーンがもたらした破壊の跡にそのようなものが残っている事自体驚くべき事だが、それ以上に、ディンゴはその岩が何で出来ているかを知り、唖然とする。

 

『――極めて高純度のメタトロンの原石です。

 精錬すれば、数百トン近い量になると思われます』

『ウソ……これだけあれば、間違いなく国家予算級の価値よ!?』

『やりましたねディンゴさん!! これで暫く皆潤いますよ!!

後はコイツを歪曲空間外に持ち出す事が出来れば――』

 

 エイダの分析を聞いたケンとレオが、驚愕と歓喜の両方を顔に浮かべながら通信に割り込む。

 火星政府は独立以来慢性的な財政難であり、確かに二人の言う通り非常に喜ばしい事に違いない。

 

 

(だが、何でだ……?)

 

 

――しかし、ディンゴの胸中は釈然としない思いが渦巻いていた。

 アーマーンの爆発……それを、ディンゴは間近で――ジェフティのコクピット内で体験した。

 「全てを終わらせる破壊」――「あの男」がそう語っていた言葉に恥じぬ、正しく破滅的な規模のものだった。

 自分とジェフティ、そしてエイダがこうして今いられるのは、偶然に偶然が数十個重なった正しく奇跡の産物。

 その爆発の中で無事だったメタトロンの塊が、空間歪曲の嵐の中、粉々に砕ける事無くデブリの中を漂い続けていた――あまりに、出来過ぎてはいないか?

 

「――エイダ。今、俺達がいるのはどの辺りだ……?」

『現在、当機は歪曲空間の中心部に位置しています。

 恐らく、空間歪曲エリアは、このメタトロン塊を中心としていると思われます』

 

 エイダの言葉に、ディンゴの胸中は更にざわり、と波打った。

 ここにいるのは……不味い。

 

「急いでここを離れるぞエイダ、ここにいるのは何だかヤバイ」

『ディンゴ?』

『ディンゴさん!?』

『――現在、周囲の状況は安定しています。判断の根拠はあるのですか?』

「――無ぇ。完全に俺の『カン』だ……笑ってくれても構わないぜ?」

 

 自嘲気味に口の端を吊り上げるが、その額からは冷たい汗がにじみ出ていた。

 

『…………了解。貴方の判断に従います。復路のナビゲーションを――』

 

 僅かな逡巡の後、エイダは彼の判断に従おうとしたその時――コクピットの中がけたたましいアラートと共に赤く染まり、モニターに激しいノイズが走った。

 そして同時に、操縦桿から逆流したメタトロン回路からのパルスが、ディンゴの全身を電流の如く駆け巡る。

 

「ぐああああああああああああっ!?」

『――警こ……外b……k……不SEいアクセす……険……』

『ちょっとディンゴっ!! どうしたのっ!?』

『ディンゴさんっ!! エイダっ!!』

 

 二人の異常を察知したケンとレオが悲鳴にも近い叫びを上げる。

 

『――歪n、d……歴……修正。――冥界……神……打、倒s……者……』

「が……ぁ……っ……わ、分からねぇ……いきなりエイダ、と、機体、が……っ!!」

 

 尚も激しくなるパルスに耐えながら、ディンゴはどうにか機体のコントロールを試みるが、機体の制御をするべきエイダは未だに激しいノイズを吐き出しながら沈黙しており、マニュアルで操作を行おうにも、このような状況でそんな複雑で繊細な真似が出来る筈も無い。

 

「ク、ソ……がっ……!!」

 

 だからディンゴは耐えるしか無かった。

 全身の血管と、脳が焼き切れんばかりの衝撃――それは時間にして数十秒の事だったかもしれないが、パルスをその身に受ける彼にとっては、数時間にも感じる程の責め苦であった。

 通信から、何度もケンとレオの叫びが聞こえてくる……が、それに答える事すら出来ない。

 

 

 次第に、意識が黒く染められていく――その途上で、ディンゴは見た。

 

 

 エイダのステータスが表示されていたモニターから、半透明に輝くものが浮かび上がってくるのを。

――それは、幻想的な衣装を着た妖精の如く美しい少女だった。

 死に際の幻覚にしちゃ、随分と色気がねぇな……そんな事を薄れ行く意識の中でディンゴが考えていると、不意に少女が口を開いた。

 

 

『……ようやく見つけた……歪んだ歴史を正す者。

 大天使の意思を正しく奮い、荒ぶる冥界の神を切り裂く狼の魂を持つひと……』

 

 

 それはエイダと同じ、しかしまるで肉声であるかのような声で優しく語りかけてくる。

 

(何だ……何を言ってやがる……!?)

『――来て、私達の時代に。

 無間の宇宙を駆ける翼たちが、悪意の波動に染まらぬように』

 

 その声と共に、ジェフティの足元が眩い光で照らされる。

 先程まで一切の反応を示していなかったメタトロン塊が、突如凄まじいエネルギーを発し始めたのだ。

 そして、同時に始まる大規模な空間圧縮。

 

 

「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅああああああああああああっ!?」

 

 

 全身が捻れ、縮み、何処までも伸びていくような感覚と激痛に苛まれ、今度こそディンゴの意識は完全に断ち切られた。

 

 

――閃光、そして爆発。

 それが収まった後には、空間の歪曲は嘘のように消え去り、静寂を取り戻した宇宙空間と、エネルギーを失いただのデブリへと戻ったメタトロンの欠片が散らばっていた。

 

『そん……な……』

『――嘘……嘘よ……』

 

 しかし、その何処にも――ジェフティらしき機影は見当たらない。

 

『ディンゴさんっ!! ディンゴさんっ!! エイダッ!! エイダああああああああっ!!』

『ディンゴっ!? ディンゴっ!! 嫌あああああああああああっ!!』

 

 通信機に、二人の悲痛な叫びが響き渡る。

 あまりにも唐突に、そしてあまりにも呆気無く……ディンゴ・イーグリットとジェフティ、そしてエイダはこの世界から消滅した。

 




まさかの一話目からISのキャラクター一切登場無し!!
……ISファンの方々、ホントごめんなさい。

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