運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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騎兵の所業

 同盟を結ぶことが決まった後、凛は自身とアーチャーが知っている他のサーヴァントとマスターに関する情報を士郎とセイバーに説明していた。その中で士郎が特に気になったのは、自身が通っている学校に張られている結界の事だった。

 

「学園に結界だって?」

 

「えぇ・・・それも内部に居る人間を標的とした下衆な結界よ。詳しい効果までは調べる時間が無くて分からなかったけれど、発動すれば間違いなく学園に居る生徒達が犠牲になるわね」

 

「何だって?・・・・そんな危険な結界を一体誰が!?」

 

「分からないわ・・・だけど、私でも邪魔をするのが精一杯なほどの結界なのよ。出来る事なら発動される前に倒したいわ」

 

「同感ですね。それに発動されて敵のサーヴァントに充分な魔力が集まるのは見過ごせません」

 

「?・・・どう言う事だ?」

 

 セイバーと凛のやり取りの意味が分からなかった士郎は思わず質問した。

 それに対して凛は額に手をやりながら、今のやり取りの意味を士郎に説明する。

 

「サーヴァントが霊体だって事は説明したわよね?」

 

「あぁ」

 

「霊体であるサーヴァントにとって『人の魂』は栄養になるのよ。弱いサーヴァントや魔力供給が追いつかない場合は、人を襲わせてサーヴァントを強化するの」

 

「・・・なっ!?・・そんな方法も在るって言うのか!?」

 

「言っておくけれど、この方法は私もアーチャーも気に入らないしやる気はないわ。セイバーもでしょう?」

 

「はい。確かに魔力は欲しいですが、無辜の民を襲って魔力を得るのは私の騎士道が赦しません」

 

「そうか・・良かった。俺ももちろんそんな事は絶対にしたくない・・・だけど、学校に結界を張ったサーヴァントとマスターはソレを行なう気かも知れないって事か?」

 

「えぇ・・・休学していたから気がついたのは昨日だけれど、多分学生の誰かがマスターなのよ。だから、今日の昼間はこっちの準備を行なって放課後に学校に行きましょう。衛宮君はともかく私は休学中だから昼間に学校に行くのは怪しまれるからね」

 

「そう言えば遠坂は休学中だったんだよな・・・・分かった。だけど、準備って何だよ?」

 

「決まっているでしょう。此処に今日から住ませて貰うの」

 

「なっ!?」

 

「同盟関係を結んだんだから、一緒に行動するのは当然の事よ。じゃ、家に荷物を取りに行くわ。じゃあね」

 

「ちょっ、ちょっと待てって!?」

 

 言うだけ言って家から出ようとしている凛を慌てて士郎は追いかける。

 居間に一人残されたセイバーは、テーブルに載っている士郎が用意してくれたお茶と蜜柑を見つめながら、何かを悩むように静かに座っているのだった。

 

 

 

 

 

 昼間の穂群原学園屋上。

 学生が昼食を取る時間帯の時に、人間体のブラックと共にやって来たイリヤスフィールが人払いの結界を張って屋上に描かれた魔術で偽装されている紋様を調べていた。

 

「・・やっぱり高度な術式だね。でも、これは基点の一つみたい」

 

「中枢は別の場所と言う事か?」

 

「多分ね。でも、基点もそうだけど中枢はもっと巧妙に隠されていると思うよ。コレを見つけるのだって時間がかかっちゃったから」

 

「そうか・・・さて。どうしたものか」

 

 現状ブラックとイリヤスフィールには、学校に張られている結界を破壊する手段は一つしかなかった。

 マスターとしては最高の適性を持ったイリヤスフィールだが、その反面魔術師としての力量は凛ほど高くなかった。アインツベルンがイリヤスフィールに望んでいたのはあくまでサーヴァントを支えるマスターとしての技量だけで、魔術師としての技量は望んではいなかった。正面から凛と魔術で戦えばイリヤスフィールは負ける。故にサーヴァントが張った結界の構築の邪魔をしたり、巧妙に隠された結界の中心や基点を見つけるのも難しかった。

 ルインは『魔法』ならば対抗出来るが、『魔術』に対しては門外漢に等しいので学校の結界には対抗し難い。破壊するのはブラックの『宝具』を使用すれば簡単だが、使用限度が限られているので出来るだけ使用は控えたいのが現状だった。

 

「どうしようか、ブラック?」

 

「・・・・・フン、破壊が出来ないのならば別の手段を取るだけだ・・・ルイン」

 

「はい」

 

 ブラックの呼びかけに一瞬の間も与えずにルインが実体化した。

 それに驚くことも無くイリヤスフィールは楽しげにブラックとルインのやり取りに耳を傾ける。

 

「お前ならばこの結界に対してどう対処する?」

 

「一番手っ取り早い方法は此処に人を来なくすると言う方法ですね。学園の一角を破壊して休校させるという方法が思い浮かびます」

 

「フフッ、確かに手っ取り早いね」

 

「確かにな。だが、そんな事をすれば次に奴らが何処に結界を張るのか分からん。これほどの大規模な結界を幾つも敷くのは無理だろう。ならば、此処一箇所にしか仕掛けておけないと言うことだ。このまま結界を残しておく方が良い・・・しかし、気に入らんことをされるのはしゃくだ」

 

「分かっています。この結界の破壊は出来ませんが・・・“効果を発揮させない”ことは可能です」

 

「そうか。ならば、早速始めろ。それで此処に潜んでいる奴らが出て来るなら・・・“俺が殺す”」

 

「分かりました。では、やって来ます」

 

 ブラックの指示にルインは素直に頷き、実体化したままその場から消え去った。

 それを確認したブラックはゆっくりと屋上から校庭にいる者達を眺めているイリヤスフィールの傍に近寄る。

 

「・・・・ブラック。この結界張ったのって何処の陣営だと思う?」

 

「・・・この学園でサーヴァントを召喚出来る人間は、アーチャーのマスター以外に一人だ。だが、あの小娘が進んでコレを行なうとは考えられん。ほぼ間違いなくマスターの権利を委譲したんだろう」

 

「となると一人だね」

 

「俺はルインが戻ったら張り付く。先に城に戻っていろ」

 

「うん・・・早く帰って来てね」

 

「・・・あぁ」

 

 イリヤスフィールの何処か不安そうな声に、ブラックは何時に無く優しげな声でイリヤスフィールに返事を返したのだった。

 

 

 

 

 

 部活動を行なっている学生以外が帰る時間帯である放課後。

 此処最近の物騒な事件の影響で学校に居られる時間帯は短くなかったが、部活動を行なっている学生達はまだ学校に残っていた。そんな時間帯に怪しまれない為に制服を着た士郎と凛、そして私服姿であるセイバーが訪れていた。

 今日の昼間はこれから士郎の家に住むことになった凛の準備などで時間が潰れてしまったが、早急に結界の邪魔だけは行なうべきだと考えて穂群原学園に三人はやって来たのだ。

 

「・・・なるほど・・確かに悪質な違和感が漂っていますね」

 

「此処最近学校に入る度に違和感のようなモノを感じていたけれど・・・原因は遠坂が言っていた結界だったんだな」

 

 士郎とセイバーは正門から学園内に入る時に感じた違和感に対してそれぞれ感想を述べた。

 凛も明らかに昨夜よりも強まっている結界に顔を険しくしながら士郎とセイバーと共に学園内に足を踏み入れると、二人に自分達が行なうべき事を説明する。

 

「二人とも。先ずは結界の基点を探すのよ。これだけの大規模な結界なら、幾つもの基点となる場所があると思うの。それさえ破壊すれば少なくとも結界が発動した時に効果を弱める事ぐらいは出来るわ」

 

「結界自体を破壊するのはやっぱり無理なのか?」

 

「・・・無理ね。悔しいけれど、この結界に対して私が出来るのは基点を破壊して邪魔をするぐらいよ。それほどこの結界は高度なモノなの。アーチャーとセイバーにはそっち方面では期待出来ないし、そうでしょう?」

 

「はい・・・私は魔力は使えますが、魔術師では無いので結界の破壊は不可能です」

 

「そうか・・・やっぱり、遠坂の言った事しか出来ないってことか」

 

 自分達が結界に対して打てる手が少ないことに、士郎は悔しげに声を出した。

 自身よりも遥かに魔術師としての技量が高い凛が出来ない事を、自身が行なえない事を士郎は理解している。しかし、対処療法しか出来ない現状に悔しさを覚えているのも事実。

 何か自分に出来ることは無いのかと悔しさ塗れに校舎内を見回し、不意に廊下の壁の一角から強烈な違和感を感じることに気がつく。

 

「ん?・・・なぁ、遠坂?基点ってもしかして其処に無いか?」

 

「ハァッ?・・・あのねぇ・・そう簡単に見つかれば苦労しな・・・・これって!?」

 

 士郎が指差した廊下の壁に手を触れた凛は驚きながらも、左手の魔術刻印を光らせて小声で詠唱を行なう。

 それと共に壁が光を放ち、術式が幾重にも刻まれた刻印のようなモノが現れ、凛が詠唱を終えると共に甲高い音を立てながら消滅する。

 

「・・・間違いないわ。今のは基点の一つよ!良く見つけられたわね!?」

 

「いや・・・何となくだったんだけど・・・そう言えば俺は『強化』よりも『解析』の方の魔術が得意なんだ。それのおかげかもしれない」

 

「なるほどね・・・・私でも発見が難しい基点を見つけたのは凄いことよ。なら、衛宮君が感じる強い違和感の場所を重点的に調べましょう」

 

「あぁっ!」

 

 自分にでも出来ることが在ると分かった士郎は嬉しげに声を出して、セイバーと霊体化しているアーチャーに護衛されながら学校内に在る基点を破壊して行く。

 『解析』が得意だという士郎の言葉には嘘はなく、士郎が示す場所には基点が存在し、順調に学校内の基点を破壊する事が出来た。

 そして教室内の天井を破壊する為にセイバーに椅子を押さえて貰い、凛が天井に刻まれている基点を破壊し、士郎が他にも教室内に基点は無いか探していると、突然に教室の後ろの扉が開いて活発そうな雰囲気に美人というよりも男前な印象を受ける女性が弓道着姿で入って来る。

 

「いけない、いけない。ノートを忘れ・・・って!?衛宮に遠坂!?」

 

「あ、綾子!?」

 

「美綴っ!?」

 

 共通の友人である弓道部の部長で士郎と凛と同じ二年生の美綴綾子(みつづりあやこ)が教室に足を踏み入れた事に、士郎と凛は揃って驚きで声を上げた。

 それは綾子の方も同じだった。家の事情で休学中の筈の凛に、今日学校を休んだ筈の士郎が二人とも放課後の教室に居るばかりか、見たこともない凛々しい金髪美少女のセイバーまで居るのだから。

 

「一体何してるのよ?衛宮は今日学校を休んだし、遠坂は休学しているのに・・・そればかりか見たこともない金髪の女性まで」

 

「い、いや、これはな」

 

 一般人である綾子にどう説明すれば良いのかと士郎は視線を彷徨わせていると、溜め息を吐きながら椅子から降りた凛が綾子に説明する。

 

「久しぶりね、綾子」

 

「そうね・・・何時もの猫かぶりもしていないところを見ると衛宮にはアンタの本当の性格を知られたみたいね、遠坂?」

 

「まぁね」

 

 優等生として学校では通っている凛の本来の性格を知り、数少ない一般の友人である綾子に返事を返しながら凛は綾子に近寄ると、綾子が質問して来る。

 

「で、休学して居る筈のアンタがどうして学校に居るの?しかも、衛宮と金髪の女の子まで連れて?」

 

「彼女は家の知り合いなの。休学して居たのも彼女の家関係の件でね。日本の学校に興味が在るらしいから案内していたの?」

 

「椅子に昇ってたのは?」

 

「天井のシミのようなモノが在って気になったからよ?」

 

(もっともらしい理由が良く簡単に思い浮かぶな?)

 

 綾子に怪しまれない理由を平然と説明して行く凛の姿に士郎は戦慄し、余計なことを言って怪しまれる訳には行かないセイバーも凛と綾子のやり取りを僅かに感心したように見ていた。

 幾つかの質問を綾子は凛に行なうが、凛はノラリクラリと綾子の質問に対して答えて行き、口では勝てないと思った綾子は溜め息を吐く。

 

「ハァ~・・流石は学園一の猫かぶりね。口じゃやっぱり勝てないわ」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

「・・・・出来るなら今の私との会話みたいに慎二もフッて欲しかったよ。アンタにフラれたせいで慎二の奴、イラついて弓道部の新人にあたるんだもの。さっきも慎二は新人の男子を虐めていたんだから」

 

「ほんとか?美綴」

 

 元弓道部に所属し、中学時代からの友人である『間桐慎二』の行ないに思わず士郎は綾子に質問してしまった。

 その質問に対して綾子は溜め息を吐きながらも先ほどのやり取りを思い出しながら士郎に説明する。

 

「本当よ。最近のアイツの行動には我慢出来なかったら隠れて様子を覗っていたら、案の定弓を持ったばかりの子を女子の前で笑い者にしようとしていたのよ。で、今怒って大ゲンカして来たところ。部活は今日は中止になったぐらいよ」

 

「慎二の奴・・・一体何してんだよ?」

 

 余りの慎二の行ないに流石に士郎も不快感を感じ、セイバーも不愉快そうに顔を歪める。

 

「まぁ、結構キツく言ったから反省はしたと思うけど。それじゃ私は着替えが在るから失礼するわね。何しているか知らないけれど、変な事だけはやらないでよ。じゃ」

 

 忘れ物だったノートを自身の机から取ると共に、綾子は手を挙げながら教室を出て行った。

 教室に残された士郎、凛、セイバーは綾子が完全に居なくなったのを確認すると残りの学校内に在る基点の破壊を続けるのだった。

 そして校舎内部に在る基点を破壊し終え、今日は此処までにする事にした士郎達は学校から出て衛宮邸へと戻って行ったのだった。自分達の知らない場所で起きている出来事を知らずに。

 

 

 

 

 

 美綴綾子は人気の感じられなくなった街の中を必死に逃げていた。

 どれだけ走っても人に会えない事に違和感を感じる暇もなく必死に走っていた。手に持っていた鞄は何処かに放り捨ててしまっているが、それを気に留める事も綾子には出来なかった。ただ生物が持っている原初の恐怖に従って綾子は逃げていた。

 一目見ただけでアレはどうする事も出来ない者なのだと綾子の本能が叫んだ。もしかしたら逃げるのは無駄な行動なのかもしれない。だが、それでも綾子は自身に迫る危機に抗いたい気持ちで薄暗い狭い道を走っていく。

 しかし、狭い道を走ってしまったせいか置かれていたゴミ箱に足をぶつけて倒れてしまう。

 

「あっ!」

 

 地面に倒れてしまった綾子は足を擦りむいてしまう。

 しかし、傷口から血が出るのにも構わずに綾子は慌てて立ち上がり、再び走り出そうとする。だが、その動きは止まった。確かに自身の背後から追いかけて来たはずの異質な気配が、何時の間にか前の方に移動していることに気が付いてしまったからだった。

 恐怖に引き攣りながら綾子が前を見ていると、薄暗い路地裏の中に足音が響き、路地裏の奥から足元にまで届くほどの長い紫色の髪に女性にしては高い上背と、それに見合った女性らしい豊満な体躯を黒いボディコンシャスな衣装で包んだ女が暗がりから出て来た。

 スタイルだけでも充分に女性としての色気を発しているが、見え麗しいとしか思えない顔の部分は禍々しい眼帯に両目とも覆われていて顔を見ることは出来なかった。その姿を見た綾子が恐怖で震えあがっていると、綾子の前に立つ女性が状況に合わないほどの優しげな声を発する。

 

「思ったよりも遠くに逃げましたね。ですが、此処までです。マスターの命により貴女の血を頂かせて貰います」

 

「い・・・いや・・・・」

 

 目の前に立つ女の言葉の意味が分からないながらも、綾子は地面に座りながら後退さる。

 しかし、もはや逃がさないというように何処からともなく鎖が現れ、一瞬にして綾子の両手に巻きついて拘束すると無理やり綾子を立たせて壁に押し当てる。

 

ーーーギシャッ!!

 

「あ、あぁ・・・」

 

「怯えているのですね?しかし恥じることは在りません。貴女の反応は人間として正しい。いえ、例え逃げると言う行為だとしても抗った貴女は賞賛されるべき女性。きっと貴女の血は素晴らしい味をしているでしょうね。その血を頂かせて貰います」

 

 ゆっくりと女は口を開き、不自然に尖った八重歯を綾子の首筋に突き刺そうとする。

 絶望に染まった顔をしながら綾子は、遂に限界に達したのか絶望と恐怖に満ちた悲鳴を上げる。

 

「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

ーーービュッ!!

 

「ッ!クッ!!」

 

 綾子が悲鳴を上げると同時に薄暗い道の闇の先から赤いエネルギー球が女性に向かって放たれ、女性は慌てて綾子を鎖から離して飛び去った。

 もしも反応が一瞬でも遅れていれば、女性の頭はエネルギー球によって消滅していただろう。一体誰なのかと女性がエネルギー球の放たれた闇の方を見つめていると、闇の中からゆっくりと黒いロングコートで身を包んだ金色の目の男が歩いて来た。

 

「・・・何者ですか?」

 

「貴様らの敵だ。下らん事を」

 

 女性の質問に男性-ブラックはこれ以上に無いほどに不機嫌さに満ちた声を発しながら、恐怖で怯えて座り込んでいる綾子に視線を向ける。

 視線を向けられた綾子は助けてくれたにも関わらず、まるで心臓が鷲掴みにされたような感覚を味わった。目の前に立つ女性も、後から現れたブラックも普通では無い存在なのだと頭ではなく本能が理解したのだ。

 対して綾子を襲っていた女性はブラックの気配に訝しんでいた。サーヴァントにはやはり死者の存在だと言うように独特の違和感に満ちた気配を発している。一般人でさえもその気配を感知することが出来るほどの違和感に満ちた気配が。

 先ほどの攻撃は明らかに人の身で放てる攻撃ではない。だが、女性はブラックからはサーヴァントが発する独特の気配を感じられなかった。

 サーヴァントの中には確かに『マスター殺し』を主としているクラスのサーヴァント『暗殺者(アサシン)』が存在している。そのクラスは『マスター殺し』を主としているだけに、自らの気配を遮断するスキルが宿っている。だが、女性は既に今回のサーヴァントの内、七騎全てのサーヴァントの姿を目撃している。

 

「・・もう一度聞きます?貴方は何者ですか?」

 

「敵だと言った筈だが・・・騎兵(ライダー)のサーヴァント?」

 

「なるほど・・・確かにその通りですね!!」

 

 女性-『ライダーのサーヴァント』-は、もはや話す事は無いと言うように右手に握っていた長い鎖が付いている釘を思わせるような形をした短剣-『釘剣』-をブラックに向かって投げつけた。

 それに対してブラックは僅かに体を動かすことで避けようとするが、ライダーは釘剣を投げつける時に伸びた鎖を巧みに動かしてブラックに鎖を巻きつけようとする。だが、ライダーが鎖を動かす前にブラックは左手を鎖にぶつけて鎖を揺らす。

 

「クッ!」

 

「いきなりの揺れには対処は無理なようだな!」

 

 一瞬とは言え鎖が操作出来なかったライダーが悔しげに声を上げると同時に、ブラックはライダーに近寄る。

 だが、ブラックが近づく前にライダーは左手に投げつけた釘剣とは別の釘剣を取り出して再び近づいて来るブラックに投げつける。

 

「一本では在りませんよ!」

 

 二本目の釘剣は真っ直ぐにブラックへと突き進む。

 一本目よりも近い距離で二本目を投げつけた事によって、一本目の時よりも回避して反応する事も難しい。何よりも一本目と同じ行動を取れば、衝撃から立ち直った一本目の釘剣についている鎖を操作して今度こそブラックを捕らえられる。

 対処は不可能だとライダーが口元に笑みを浮かべようとした瞬間、ブラックが迫る二本目に対して低い声で呟く。

 

「ディストーションフィールド」

 

「なっ!?」

 

 ブラックに釘剣が突き刺さろうとした瞬間に、突然にブラックの前の空間が歪み、釘剣は在らぬ方向へと逸れた。

 同時に空間の歪みに鎖も巻き込まれたため、ライダーの操作も受けつけなくなり、完全にライダーは不意をつかれた。その隙をブラックは逃さずにライダーへと急接近して胴体に向かって蹴りを放つ。

 

「ムン!!」

 

「クッ!!」

 

 ブラックの蹴りが届く直前に我に立ち返ったライダーは慌てて飛び上がり、壁にまるでへばり付く様な形でブラックを信じられないと言うように見つめる。

 

「・・・八体目のサーヴァント?一体どう言うことですか?」

 

「考えごとをしている暇があるのか?」

 

「ッ!?」

 

 在り得ない状況にライダーが固まってしまった隙をブラックは逃すことなく、地面に落ちていた釘剣の鎖を掴み取った。

 不味いとライダーが感じた瞬間にブラックは現在の状態で発揮出来る全力でライダーを下に引き摺り落とす為に鎖を引っ張る。

 

「オォォォォォォッ!!」

 

「くっ!させません!!」

 

 流石に不利な体勢で力比べなど行なえないと判断したライダーは、即座に手元に戻した二本目の釘剣をブラックの傍に居る綾子に投げつけた。

 高速で迫る釘剣に綾子が思わず目を瞑ってしまう前に、握っていた鎖からブラックは左手を離し、綾子を護るが代わりにブラックの手にドスッと釘剣が突き刺さる。

 

「ぬぅ!」

 

「あぁ・・・」

 

 深々と腕に突き刺さった釘剣にブラックは僅かに眉を動かし、目の前で腕に釘剣が突き刺さる瞬間を見た綾子は恐怖に染まった声を上げた。

 その様子を見ていたライダーは、僅かに口元に笑みを浮かべながら力が弱まった隙にブラックが握っていた釘剣を手元に戻す。

 

「甘いですね。せっかくの機会を不意にするとは」

 

「俺は気に入らん事を目の前でされるのが何よりも嫌いなタチでな・・・・しかし、貴様はハズレだ。もはや楽しむ気にもなれん」

 

 不快感と怒りに満ちた声を出しながら、左腕に突き刺さっていた釘剣をブラックは抜き取って今だ壁にへばり付いているライダーを睨みつけた。

 その視線に対してライダーは口元を更に笑みで歪めるが、両目を封じている眼帯の奥ではこの場では自身が不利だと理解していた。自身の力を存分に発揮出来る場所は森などのある程度広さと障害物が在る空間。綾子を襲う為とは言え、狭い裏道のような場所では自身の力を発揮出来ない。

 何よりも相手は在り得ないはずの八体目のサーヴァント。得体の知れなさでは群を抜いている。或いはライダーの本能がブラックとこれ以上戦うのは不味いと訴えていた。

 

「(このサーヴァントは危険な感じを受けます・・・宝具も使えず、私の戦い方を行なえない現状で戦うのは得策ではない・・・・退くべきですね)・・・・今日は此処までにさして貰います」

 

「・・・・良いだろう。貴様の操り手に伝えておけ。貴様は自分のやっている事と入り込もうとしている世界を理解させた上で殺すとな」

 

「・・・・・伝えておきましょう」

 

 全身から殺気を滲ませているブラックに圧されながらも、ライダーは飛び上がり、路地裏の壁を蹴りながら上へと上がって行き、この場から去って行った。

 ライダーが去ったのを確認したブラックはゆっくりと背後に座り込んでいる綾子に目を向ける。立て続けで起きた出来事に理解出来る領域を超えたのか、呆然とブラックを見つめていた。

 

「・・あ・・アンタ達・・・一体?」

 

「ほう・・・恐怖を通り越して冷静になったか・・・普通其処に行き着く前に気絶するものだが、精神がそれだけ強かったという事か」

 

 僅かに感心した様子でブラックは綾子に視線を向けた。

 まるで値踏みしているかのような視線では在ったが、不思議と嫌な気持ちは抱かずに綾子は視線を彷徨わせると、ブラックの左手から血のような黒い液体が地面にポタポタと落ちているのに気が付く。

 

「そ、それって・・血?・・・私を庇ったから?」

 

「ん?・・・あぁ、そう言えば貫かれたんだったな。かすり傷だ。貴様が気にする事は無い」

 

(か、掠り傷って?・・腕に穴が開いている怪我が?)

 

 平然とし過ぎているブラックの言葉に、綾子は完全に言葉を失い呆然とブラックを見つめた。

 その視線に気が付きながらも、ブラックは綾子をどうするか考えていた。ライダーのマスターと思わしき人間に霊体化して張り付き、その人物と綾子のやり取りを見ていたブラックは、自身の『直感』に従い綾子に張りついていた。

 そして案の定ライダーは綾子を襲う為に現れた。自分よりも強いライダーを使って屈辱を与えた綾子に復讐しようとしたライダーのマスターの行動に、ブラックはもはや完全に正々堂々戦う気を失った。ライダーのマスターには絶望のどん底にまで落とした果てに殺す事を決めたのだ。

 

(しかし、如何したものか?やはり連れて帰るしかないか?)

 

 助けたは良いとしてもこの世界のルールでは裏を知った一般人は、『殺す』か『記憶を消失』させる事をしなければならない。

 だが、前者はブラックの信念で不可能であり、記憶消去を行なうにしてもソレが出来るのはイリヤスフィール達しか居ない。しかし、イリヤスフィール達は郊外の森のアインツベルン城に戻っている。教会を頼ると言う手もあるが、全く教会を信用していないブラックには頼ると言う考えさえも思い浮かばない。かと言って放置すればライダーが再び現れるかもしれない。

 結局取れる選択が一つしかないと理解したブラックは、ゆっくりと綾子を両手を体に回すように、俗に言う『お姫様抱っこ』を行なって抱える。

 

「なっ!?なっ!?ななななななっ!?」

 

 いきなり『お姫様抱っこ』された綾子は顔を赤くして目を剥きながらブラックを見つめるが、ブラックは構わずに空を見上げる。

 

「悪いがこっちの要件で一緒に来て貰うぞ」

 

「な、何を言って!?」

 

「黙っていろ、喋っていると舌を噛むかもしれんぞ」

 

「キャアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 一方的に言い捨てると共に空へと舞い上がったブラックの腕の中で、綾子は女性らしい悲鳴を上げるのだった。

 

 この後にブラックの帰りをアインツベルン城で待っていたイリヤスフィール達の前に、気絶した綾子をお姫様抱っこで抱えてブラックが戻って来たのでイリヤスフィールとルインが不機嫌になったのだが、それは別の話である。




勘の良い人は今回ブラックがライダーにした行為について分かると思います。

因みに綾子が聖杯戦争に参戦するとかは無いです。
巻き込まれた一般人ですので。

参戦したらその時点でブラックは助けなくなります。

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