運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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剣の騎士対破滅を呼ぶ風

 冬木にある『冬木教会』に繋がる道。

 夜遅く暗くなった道を三人の人影が歩いていた。一人は私服姿の少女-『遠坂凛』。同じように私服姿の少年-『衛宮士郎』。最後の一人は蒼いドレスに白銀の鎧を纏い、レインコートを上から被って姿を隠したセイバーのサーヴァントだった。

 衛宮邸での出来事の後、士郎が全く『聖杯戦争』に関する知識を持っていないことが分かった凛は、監督役のところに取り合えず士郎を連れて行って説明を受けさせることにしたのである。

 本来ならばサーヴァントは霊体化して姿を隠す事ができるのが当たり前である。事実、凛のサーヴァントであるアーチャーは、深手を負いながらも霊体化して凛に同行している。しかし、セイバーは不完全な召喚のせいか、それとも別の要因が原因なのかサーヴァントとしての基本である霊体化ができなかった。

 それに対して凛は士郎が『未熟なマスター』で在る事が原因だと考えていた。事実本来ならばサーヴァントに対して当然に行なえる魔力供給も士郎は行なえていないのだから。

 

「ハァ~、やっぱりアンタみたいな未熟すぎるマスターがセイバーを引き当てられたなんて信じられないわ」

 

「また、それかよ?」

 

「事実でしょう・・・アンタ。気がついていないでしょうけど・・・セイバーは明らかに並みのサーヴァントを超える英霊よ。そんな英霊を触媒も無しで召喚させた事態そのものが異常なの。英霊って言っても無数に居るわ。そんな中でもセイバーほどの英霊はそう居ないの。その証拠が私のアーチャーよ。不意打ちとは言え、セイバーは一撃で戦闘が難しいほどのダメージを負わせたんだから・・先ず間違いなくアンタは一生分の幸運を使い切ったわよ。じゃないと納得がいかないわ。主に私が」

 

「そ、其処まで言うか?」

 

「言うわ」

 

 口元を引き攣らせている士郎に、凛は慈悲一つ感じさせない声で断定した。

 実際のところは自分が召喚出来なかった『セイバー』をどんな形にしても引き当てた事や、実は士郎が魔術師だったと言う事実に凛は苛立っているので多分に八つ当たりも混じっている。何よりも士郎は気がついていないが、現状最も凛は危険な状態に在った。

 サーヴァントに対抗出来るのはサーヴァントだけ。士郎に抑えられているセイバーは別だとしても、他の陣営が今殆ど戦闘出来ない状態のアーチャーしかいない凛を見逃す理由が無い。何気に現状で一番脱落する可能性が高いのは凛とアーチャーだった。

 

(ハァ~、慌てて来たから切り札の宝石も家に置いて来ちゃったし・・・・本気で不味いわね。でも、何も知らずにコイツが死んだらそれこそ宝石の無駄ですもの・・・しかも)

 

 ゆっくりと凛は士郎とセイバーに気がつかれないように、自身の腕に在る『令呪』に目を向ける。

 家宝の宝石と言う切り札だけではなく、凛はもう一つの切り札である『令呪』も残り一画しか残っていなかった。『令呪』はただマスターの証と言う訳ではなく、サーヴァントに対して三回使用出来る絶対命令権。それを使用すればサーヴァントは絶対に命令を実行するばかりか、奇跡の所業さえも可能とする。

 だが、同時に『令呪』を失うと言う事は同時にサーヴァントを御する術を失うと言う事。凛はその『令呪』を二度も使用してしまった。一度目は先ほどの『アーチャーに消えろ』と言う指示で。

 もう一度は召喚を終えたさいの時。その時に自由落下させられて不機嫌だったアーチャーは、凛を挑発するように嫌味を言い、凛はそれにキレて思わず『令呪』を使い、『自分に絶対服従』と言う効果が薄い形で更に一画消費していた。凛の魔術師としての力量の高さのおかげでその命令はかなりの効果を発揮しているが、それでも『令呪』が残り一画と言う現状は不安が尽きなかった。

 その様子に三人がそれぞれ何かしら考え込みながら歩いていると、冬木にある教会が見えて来る。

 

「此処がそうよ」

 

「監督役って教会の関係者だったのか?」

 

「そうよ。さぁ、入りましょう」

 

「・・マスター。私は此処に残ります」

 

「えっ?」

 

 背後に居るセイバーの言葉に士郎が慌てて振り返ると、セイバーは教会を見ながら説明する。

 

「教会は『中立』だと言う事らしいので、恐らくは大丈夫でしょう。ならば、外敵に備えた方が良いと思いますので」

 

「そうか・・・・分かった。じゃあ頼むな」

 

「ええ、マスターも油断だけはしないように」

 

 士郎の言葉にセイバーは答え、凛と士郎は重く閉ざされる扉を開けて教会の中に入り込む。

 教会の中は薄暗く、人の気配が余り感じられない不気味な雰囲気に士郎は僅かに怯えを感じながら前に居る凛に質問する。

 

「監督役ってどんな奴なんだ?」

 

「私の後見人よ。いけ好かない奴だけどね。本当は知り合いたくも無かったけど」

 

「私も師を敬わない弟子など持ちたくは無かった」

 

 凛の言葉に続くように別の第三者の声が奥の方から響いた。

 その声に士郎が目を向けてみると、大柄なカソック服を着た男性-『言峰綺礼』が歩いて来た。

 

「七人目のマスターを連れて来たのよ」

 

「ほう・・・君の名は何と言うのかね?」

 

「衛宮・・・士郎」

 

「衛宮士郎・・・クッ、なるほど」

 

 士郎の名に綺礼は口元を皮肉げに歪めて、士郎を値踏みするように視線を向ける。

 その綺礼の様子に士郎は不満と不安を抱くが、すぐに綺礼は笑みを消して厳かに士郎に声を掛ける。

 

「君が最後のサーヴァント。『セイバー』のマスターで間違いないかね?」

 

「それは違う・・・俺はマスターとか『聖杯戦争』とかの事柄は全く分からないんだ」

 

「コイツ、素人同然なのよ。だから、説明を受けさせる為に此処に連れて来たって訳なの」

 

「なるほど・・確かに重傷のようだ。良かろう。では、聖杯戦争のルールを説明しよう。『聖杯戦争』とは七人の魔術師であるマスターと召喚された七騎のサーヴァントで行なわれる戦争。それらは全て『聖杯』と言う万能器を手に入れる為の争いだ」

 

「『聖杯』なんて伝説の代物じゃ!?」

 

「君は既に『伝説』と対面している。サーヴァントと言う英霊とな。英霊とは生前の偉業により英雄と認められた人物達。死後に『英霊の座』へと迎えられた正しく『伝説』の存在。それを一時的にしても復活させたこの地にある『聖杯』は本物だ。これだけの奇跡を引き起こした『聖杯』を手に入れれば持ち主に万能の力を与えるだろう」

 

「・・・分かった。だけど、だからって殺し合いなんてする必要は無いだろう?『聖杯』がそれほどの物だったら皆で分け与えれば?」

 

「分け与えるか?・・・なるほど確かにその考えは正しい側面もある。だが、その自由は我々には無い。『聖杯』が争いを起こすのは自らを所有する者を見定める為だ。更に言えば仮にだとしても分け与えた場合どうなると思うかね?」

 

「どうなるって?」

 

「参加している魔術師達全員が君のような考えと同じとは限らない。中には破滅を望むような者が居るかもしれない。その証拠が十年前の冬木の災害だ」

 

「十年前!?ど、どう言う事だ!?」

 

 聞き逃せない言葉に士郎は目を見開きながら、綺礼に向かって叫んだ。

 その様子を綺礼は冷静に眺めながら、士郎の質問に対して答える。

 

「この『聖杯戦争』は今回を含めれば五回目に当たる。過去に四回繰り返された」

 

「正気なのか!?こんな争いを四回も繰り返したって言うのか!?・・まさか!?今回終わった後も続くんじゃ!?」

 

「いや、それはない。この地で行なわれる『聖杯戦争』は今回で最後だ。これは断定出来る事柄だ」

 

「・・・・何でそう言い切れるんだ?」

 

「この『聖杯戦争』はそもそも『聖杯』を降臨させる為の儀式。それらを敷いた三つの魔術家系が存在している。つまり、その魔術家系が存在せねば『聖杯戦争』は存続出来ない。だが、その魔術師の家系の一つが一夜にして滅ぼされたのだ。一人の生き残りを残してな」

 

「な、何だって!?・・・・一夜にして魔術師の家が滅びたって?・・・一体誰がそんな事を!?」

 

「それは分からない。閉鎖的な魔術師の家系だったせいで滅びを目撃したのは生き残りの一人だけ。ただ滅びたと言う情報だけが私達に渡って来た。それ故にこの地の『聖杯戦争』は今回で最後なのだ。だからこそ、誰もが最後の機会を得ようとしている」

 

「だからって、殺し合いなんて!?」

 

「待って、何も絶対にマスターを殺す必要なんて無いわ。『聖杯』に干渉出来るのはサーヴァントだけなのよ。サーヴァントを倒せば、それでマスターだった魔術師は『聖杯』を得る資格を失うわ」

 

「そうか・・・・サーヴァントにしか触れられないんじゃ、サーヴァントを倒せば」

 

 見かねた凛の言葉に士郎は安堵の息を漏らすが、綺礼がその安堵を断ち切るように話を続ける。

 

「確かに凛の言うとおりサーヴァントだけを倒す『聖杯戦争』は理想的だろう。だが、君はサーヴァントを倒せると思うかね?」

 

「えっ?」

 

「サーヴァントは強力な存在だ。人間では余程の事がない限り勝つ事が出来ない。先ほど魔術師の家系が滅んだと言う話をしたが、私達はその原因は召喚されたサーヴァントでは無いかと考えている」

 

「どう言う事だ?サーヴァントを縛る為に『令呪』が在るんじゃ?」

 

「確かにその通りだ。しかし、召喚されたサーヴァントが『令呪』でさえも縛り切れない存在だった場合、平然とサーヴァントはその力を振るうだろう。少し話は戻るが、『英霊』とは何も善行でなった者だけが成る訳ではない。『反英霊』と言う『英霊』に倒された者達も存在している。歴史上に『悪』と称された存在が召喚された場合、現世に甦れば再び『悪』を行なうであろう。事実第四回の聖杯戦争では『悪』の側のサーヴァントが召喚された。それが十年前の最大の災害である火災の前に起きた『児童行方不明事件』を引き起こした犯人なのだよ」

 

「なっ!?・・・・じゃあ、十年前の災害の前に起きた事件も『聖杯戦争』絡みだったって言うのか!?」

 

「その通りだ・・・凛もその事件で友を失った」

 

「遠坂も!?」

 

 士郎は慌てて凛の方を振り向くと、凛は不機嫌さに満ちた顔をして綺礼を睨んでいた。

 

「余計な事を言わないで、綺礼」

 

「失礼。身近な例を出した方が彼には分かりやすいと考えたのだ・・・さて、衛宮士郎?君はこれだけの事実を知って戦う意思が在るかね?」

 

「・・・戦う。十年前の悲劇が再び繰り返されようとしているのを黙って見ていられるか!!」

 

「フッ・・・・喜べ少年。君の願いはようやく叶う。明確な悪の存在なくしては君の望みは成立しえない。だからこそ、君は望んでいたはずだ。人々の平和な生活を脅かす、悪の登場を」

 

「なっ!?俺は!?」

 

「取り繕う必要は無い。魔術師の家系を滅ぼしたサーヴァントは君が望む『悪』である可能性が高いのだから。少なくとも『聖杯戦争』を存続出来なくしたそのサーヴァントは、我々にとって間違いなく『悪』なのだよ」

 

 綺礼はそう告げるとゆっくりと士郎に背を向け、士郎は困惑しながらも凛と共に外へと出て行った。

 外へと出ると共に何処と無く意気消沈している士郎に気がついたセイバーは、慌てて駆け寄り士郎に声を掛ける。

 

「マスター、何かあったのですか?」

 

「・・・・・いや・・・・大丈夫だ。ちょっと気分が悪くなっただけだからさ」

 

 自身を心配してくれるセイバーを安心させるように士郎は声を出した。

 だが、その胸の内で士郎は綺礼の言葉が何度も反芻していた。自身はただ『聖杯戦争』に巻き込まれる人々の平和を護る為に参加する。しかし、それが誰かの危機を実は望んでいたのではないかと士郎は悩む。少なくとも人を護る事に間違いがないと思った士郎は、改めてセイバーと向き合う。

 

「セイバー。俺はこの戦いを見過ごせない。俺には、この戦いに巻き込まれる人を見捨てる事はできないんだ」

 

「では!?」

 

「ああ、頼りないマスターだけど、これからよろしく頼む」

 

「はい、マスター!」

 

 士郎の戦いに参加すると言う意志に、セイバーは喜びの声を上げて同意した。

 此処に剣の主従は互いの参加の意志を決めた。それによって別の一組も本格的に付け狙う事になるとも知らずに。

 

 そして凛、士郎、セイバーは互いに家に近い十字路の交差点まで一緒に歩き、凛は此処までだと言うように士郎と向き合う。

 

「それじゃ義理は果たしたからね」

 

「世話になったな、遠坂」

 

「義理を果たしただけよ。次に会う時は敵同士だからね?」

 

「やっぱ戦うのか?」

 

「当然でしょう。私も『聖杯』を求めているんだから、参加の意を示した貴方は敵だわ。今日はあくまで義理を果たす為の休戦よ」

 

「・・・・遠坂は良い奴だな。俺みたいな半端な奴を助けてくれて本当に助かった。感謝しているよ」

 

「なっ!?」

 

 心の底からの士郎の言葉に思わず凛は顔を赤らめる。

 すぐにその顔を見られたくないと顔を背け、士郎が疑問に首を傾げると、静かに話を聞いていたセイバーが突然に何かに気がついたかのように道路に視線を向ける。

 

「シロウ!!下がって!」

 

「セイバー?」

 

 セイバーの突然の様子に士郎は疑問の声を上げ、凛と共にセイバーが見ている方に視線を向けて、二十メートルぐらい先に立つ銀色の髪に蒼い瞳でロングコートを纏った女性-『ルイン』-と、その横に立つ雪の精を思わせるようなルインと同じ銀色の髪を帽子で隠している小柄な少女を見つける。

 その二人に見覚えがある凛は即座に持って来ていた宝石が入っているポケットに手を入れながら、少女の名を険しい声で呟く。

 

「・・・イリヤスフィール」

 

「こんばんはリン。それにお兄ちゃんにセイバー。セイバーは別だけど、お兄ちゃんに会うのは二度目だね?」

 

「君達は・・・・あの時の?」

 

 昨日の夜にすれ違ったルインとイリヤスフィールの事を思い出した士郎は、呆然と声を出しながら二人を見つめる。

 その様子が可笑しかったのかイリヤスフィールは口元を笑みで歪めると、スカートの両裾を握って僅かに頭を下げる。

 

「改めて名を名乗るね。私はイリヤ。『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』。今日はね。正式に参加する事になったお兄ちゃんとセイバーに挨拶に来たの。リンはついで」

 

「ついでですって!?」

 

「うん。だって、リンのアーチャー。セイバーにやられて満足に戦えないでしょう?」

 

「なっ!?」

 

 何故自身のサーヴァントの状態を知っているのかと凛は驚愕と困惑に満ち溢れた視線を、微笑んでいるイリヤスフィールとその横に立っているルインを見つめる。

 アーチャーがセイバーにやられた時に他のサーヴァントの気配や魔力は感じなかった。にも関わらずイリヤスフィールは平然と凛が隠しておきたかった情報を知っている。

 

(やっぱり、イリヤスフィールの横に居るサーヴァントのクラスは『キャスター』!?じゃなければ、遠距離からの監視なんて出来ない!?)

 

「リン」

 

「・・・・何?セイバー?」

 

 声を掛けられた凛は僅かに驚きながら、油断なくイリヤスフィールとルインを睨んでいるセイバーに質問した。

 

「貴女はあの少女の横に居るサーヴァントの情報を知っているようですね?なら、聞きますがクラスは分かりますか?教えて頂ければシロウと共にこの場では貴女を護ります」

 

「・・・・クラスは恐らく『キャスター』よ。残念だけど幻惑か魔術的防御のせいでステータスが見えないの」

 

「分かりました・・・相手が『キャスター』ならば勝算は在ります」

 

(セイバーのクラスの『対魔力』は一級品。確かにもしも本当に『キャスター』なら正面からならセイバーが勝つ。この場所だって陣地とは思えない・・・だけど、それはイリヤスフィールだって分かってる筈。セイバーのサーヴァントに正面から『キャスター』が挑むなんて無謀も良いところなのに!?)

 

 凛はイリヤスフィールが何故この場所にルインを伴って現れたのか分からなかった。

 昨日の夜の時は、自身とアーチャーを誘い込む行動だと考えていた。だが、今回は違う。明らかにイリヤスフィールは最高位の『対魔力』を持っているセイバーに正面から挑んで来ている。

 アーチャーが言っていた違和感が此処に来て凛も確かに強く感じていた。そのやり取りを静かに見ていたイリヤスフィールは僅かに目を細めると、セイバーにだけ強い視線を放つ。

 

「フゥ~ン、お兄ちゃんだけじゃなくてリンも護るんだ・・・・・『アイリスフィール・フォン・アインツベルンを護れなかったのに』」

 

「ッ!?」

 

「どうしたセイバー!?」

 

 イリヤスフィールの言葉に明らかに動揺した様子を見せたセイバーに士郎は疑問の声を上げ、凛も訝しげな視線をセイバーとイリヤスフィールに向ける。

 そしてイリヤスフィールはセイバーの反応にゆっくりと顔を下に俯けて、何処か暗さが混じった笑い声を漏らす。

 

「クスクス・・・やっぱり、そうだったんだ。もしかしてと思ってたけど、正解だったね。どうしてそうなのか分からないけれど・・・・・クスクス・・・・やっちゃって良いよ、ルインお姉ちゃん」

 

「封鎖結界展開」

 

ーーーキィィィィーーン!!

 

『なっ!?』

 

 突然に明らかに辺りの雰囲気が変わったのを感じた士郎、凛、セイバーは辺りを見回す。

 辺りの景色は全く変わっていない。だが、決定的に何かが変わった事だけは三人とも感じていた。

 それを成したルインはゆっくりとイリヤスフィールの前に立ち、今起きた現象を士郎、凛、セイバーに説明する。

 

「空間の位相をずらしました。この結界内に私たち以外の人は存在しません。そして出る為には私が解くか、倒されるかのどちらかしかないです」

 

「・・・・・嘘でしょう?・・・・任意の対象だけを取り込み、更に空間の位相をずらすなんて高度な魔術を一小節の詠唱で終えたと言うの!?」

 

「フフッ、ルインお姉ちゃんの事を常識で考えたら駄目だよ、リン。ルインお姉ちゃんは今までのサーヴァントの常識を凌駕する存在なんだからね」

 

「・・・・流石は自分の家系を滅ぼしてまで召喚したサーヴァントって事かしら?」

 

「ッ!?・・・遠坂?・・ま、まさか、あの子が?」

 

「そうよ。『聖杯戦争』を構築した魔術家系の一角にして、イリヤスフィールを除いて滅びた魔術師の家系。それが『アインツベルン』よ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら凛は声を出し、士郎は目の前に居るイリヤスフィールこそが自身の家系を失った者だと知って言葉を失う。

 しかし、もはや士郎と凛の葛藤にはルインは興味は無いと言う様に右腕を横に振るうと共に黒い魔力槍を複数作り上げて、士郎達に向かって撃ち出す。

 

「穿て。ミストルティン」

 

「クッ!!」

 

 言葉と共に急加速で撃ち出された複数の魔力槍に対して、セイバーは士郎と凛を護るように立つ。

 高速で迫る魔力槍は真っ直ぐに士郎と凛を護るセイバーに向かい、衛宮邸で起きた出来事と同じようにセイバーに触れかけた瞬間、音も立てずに魔力槍は霧散する。

 

「舐めるな、魔術師(メイガス)ッ!私の『対魔力』の前ではどれほどの魔術であろうと無意味だ!!」

 

 叫ぶと共にセイバーはルイン目掛けて疾走を開始した。

 不可視の剣を構えてセイバーはルインに近寄るが、ルインはセイバーが近づいてくる前に空へと飛び上がる。

 

「させるか!!」

 

 上空へと逃げようとしている、ルインに対してセイバーは瞬時に近くにある電柱を駆け上がり、風を巻き上げながらルインに急接近する。

 それに対してルインは右手をセイバーに向かって構え、黒く輝く防御魔法陣を展開する。

 

「プロテクション」

 

ーーーガキィィン!!

 

「クッ!!」

 

 セイバーの不可視の剣がルインに届く直前に、展開された防御魔法陣に剣は阻まれて甲高い音を立てるが、剣の刃はルインに届かなかった。

 

「攻撃は無効化出来ても、防御魔法は無効化出来ない。それとその剣。不可視と言うのではなく、纏っている風を利用して姿を隠していると言う事ですね」

 

(これだけ接近されても冷静に判断出来るとは!不気味なサーヴァントですね)

 

 ルインの余りの冷静な判断に、自身の剣とぶつかり合う防御魔法陣の衝撃を受けながら、セイバーは内心で呟き、右足を防御魔法陣に向かって繰り出す。

 

「ハァッ!!」

 

ーーーバッシュン!!

 

「直接触れた場合は防御魔法陣も消失。なるほど高濃度のAMFを纏っていると考えた方が良いですね」

 

 セイバーの右足が触れると共に消失した防御魔法陣をやはり冷静に見ながら、ルインは後方に体を傾ける事でセイバーが振り抜こうとしている不可視の刃を避ける。

 そのまま危なげなく地面に着地すると、同じように地面に着地したセイバーが一瞬の内にルインに接近し、渾身の力を込めた斬撃を繰り出す。

 

「ハァァァァァァーーー!!!!」

 

「ディストーションフィールド」

 

「なっ!?」

 

 ルインが低い声で呟くと共に空間が不自然に捻じ曲がり、セイバーの渾身の斬撃はルインの横を通過した。

 それを見ていた凛は今起きた現象に信じられないと言うように体を震わせながら、呆然と呟く。

 

「・・・冗談でしょう?・・・また、一小節だけで・・・しかも空間操作だなんて」

 

「クッ!!」

 

 自らの斬撃を防がれたセイバーは瞬時にルインから距離を取って不可視の剣を構え直す。

 ルインは歪ませた空間を戻しながら、今のでセイバーの『対魔力』の関する点について呟く。

 

「やはり現象は無効化出来ないみたいですね。あくまで魔力による攻撃か自身に掛かる不利な作用に関する点だけを『対魔力』は無効化する。魔力を用いて間接的に起きた現象は無効化出来ない。ならば、やりようは見えました」

 

『ッ!!』

 

 再びルインが右手を振るうと共に、今度は黒い魔力球が百個以上出現した。

 詠唱らしい詠唱も行なわずに魔力球を出現させたルインの姿を、士郎、凛、セイバーは目を見開きながら見つめると、ルインは右手を前に突き出す。

 

「貫け、アクセルシューターー」

 

「シロウ!!リン!!離れて下さい!!」

 

 保有するスキルの『直感』が危機を訴えたセイバーは、背後に居る士郎と凛に向かって叫びながら無数の魔力弾に向かって駆け出した。

 

「セイバーー!!」

 

「馬鹿!!離れるのよ!!」

 

 セイバーを追いかけようとする士郎を無理やり押さえ込みながら、凛は道路の脇に身を躍らせた。

 それを横目で確認したセイバーは少しでも魔力球を無効化させようと急ぐが、その前にルインがパチンと右手を鳴らすと共に全ての魔力球が一斉に大爆発を引き起こす。

 

「ブレイク」

 

 指を鳴らすと共に一斉に全ての魔力弾が魔力爆発を引き起こし、セイバーは爆発の中に飲み込まれた。

 倒せずともダメージは免れないと思いながらルインが爆発によって生じた煙を見つめていると、煙を吹き散らすように魔力を放出させて、更に手に握る不可視の剣から膨大な風を巻き起こしてセイバーが迫って来る。

 

「ハァァァァァァーーー!!!!!」

 

「ッ!?」

 

 暴風さらながらの勢いで迫って来ていたセイバーに流石に面を食らったルインは目を見開いて、慌てて防御魔法を発動させるが、発動させる前にセイバーが急接近し、ルインの身を真横に切り裂いた。

 セイバーの持つ宝具の一つ『風王結界(インビジブル・エア)』。台風を超えるほどの大気を圧縮し、剣を不可視にする効果を持つ宝具。セイバーはそれを応用し、魔力爆発が引き起こされる前に後方に大気を噴射し、前方に急加速する事で爆発によるダメージを最小限に抑えたのだ。更にその勢いを利用してルインを真横に真っ二つに切り裂いた。

 タイミングを一瞬でも間違えれば魔力爆発の餌食だったが、セイバーは保有しているスキルの『直感』を信じて成功させた。

 重い音を立てながら切り裂かれたルインの上半身と下半身は地面に倒れ伏し、それを目撃した凛と士郎は笑みを浮かべ合う。

 

「やった!!」

 

「セイバーの勝利よ!!」

 

 ルインを倒したと思った士郎と凛は立ち上がり、セイバーの視線の先で静かに戦いを見守っていたイリヤスフィールに声を掛ける。

 

「随分と自信満々だったけれど、最後は呆気なかったわね。貴女のサーヴァント・・・イリヤスフィール。令呪を破棄しなさい。そうすれば命までは取らないわ」

 

「・・・・・・プッ!!キャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

「何が可笑しいのよ!?」

 

「もう君のサーヴァントはいな…」

 

「勝手に死なされるのは嫌ですね」

 

『ッ!?』

 

 士郎の言葉を遮るように響いた声に士郎達が驚愕に目を見開いた瞬間、分かれたルインの下半身が起き上がり、セイバーに背後から蹴りを叩き込む。

 

「なっ!?」

 

 蹴られた事よりも下半身だけで動いた事実にセイバーは驚愕と困惑に満ちた声を上げながら、態勢を整え直す。

 すると、セイバー、士郎、凛の前で地面に倒れ伏していたルインの上半身が浮かび上がり、下半身と切り裂かれた部分が合わさって一瞬の内に再生する。

 

「な、何でだ!?確かに切り裂かれた筈なのに!?」

 

「・・・そうか!?そのサーヴァントは『不死』か『再生』の宝具かスキルを所持しているのね!?」

 

「そう。ルインお姉ちゃんには『無限再生』と言うスキルが在る。『再生殺し』。『不死殺し』の概念が宿る宝具でなければ傷は瞬時に修復され、その身を半分以上消滅させない限り復活するわ。セイバーの宝具じゃ倒し切れないよ」

 

「クッ!!・・・簡単に切り裂けたと思いましたが、そう言う事でしたか!?」

 

 ルインを睨みながらセイバーはイリヤスフィールの言葉に悔しげな声を出した。

 セイバーがその気になればルインを倒す手段は在る。だが、それを使用すれば現界が難しくなるどころか、消滅さえも考えられる。何よりもソレを使わせてくれる相手ではない故に、先ほどの爆発によって少なからずセイバーはダメージを負っている。

 状況が追い込まれて来た事実にセイバーと士郎が歯噛みを覚えた瞬間、遠く離れた場所から何かが飛来し、静かに戦いを見ていたイリヤスフィールの胸を貫く。

 

「・・・・・・えっ?」

 

「なっ!?」

 

 自身の胸が貫かれた事に呆然とするイリヤスフィールの姿を目にした士郎は、信じられないと言う声を出してイリヤスフィールを貫いた物を目にすると、ソレは矢のような形をした剣だった。

 まさかと思いながら凛に視線を向けると、冷酷さに満ちた視線で地面に倒れ伏したイリヤスフィールを見ていた。

 

「・・・サーヴァントが倒し難い相手なら、マスターを狙うのがセオリーよ。油断したわね、イリヤスフィール。アーチャーは一射ぐらいなら撃てたのよ」

 

「と、遠坂!?」

 

「やらなきゃ私達が殺されていたわ!この結界から脱出する為にはあのサーヴァントを倒すか、結界を解除させるしかないわ!!『無限再生』なんてスキルを持つ奴。不完全なセイバーとアーチャーじゃ倒せない!」

 

「うっ!」

 

「分かってくれたようね・・・さぁ!貴女のマスターは死んだわ!!結界を解きなさい!それとも主を失って魔力供給も無い状態のままセイバーとやる気かしら!?」

 

「・・・・・死んだ?一体誰がですか?」

 

「何を言っているの!?イリヤスフィールに決まって…」

 

「嫌だよね、勝手に死んだことにされるのって?」

 

『ッ!?』

 

 士郎と凛の居る背後から突然に声が響き、二人だけではなくセイバーも視線を向けて見ると、アーチャーに射抜かれた筈のイリヤスフィールが傷一つなく微笑みながら立っていた。

 

「酷いよ、リン。せっかくサーヴァントだけ狙うようにしていたのに、私に攻撃するなんて」

 

「・・・・イ、イリヤスフィール?何で、確かにアーチャーが倒したはずなのに?」

 

 ゆっくりと凛は射抜かれて倒れ伏したはずのイリヤスフィールに視線を向けると、凛の前で倒れ伏したイリヤスフィールの姿が消失する。

 

「幻影?・・・まさか、最初から!?」

 

「ピンポーン!やっぱり、リンは頭が良いね。私も幻影。本物の私は結界の外に居るよ。アーチャーが居るんだから遠距離からの狙撃を警戒するのは当然だからね。クスクス」

 

「サーヴァントの弱点の一つであるマスターの護りを万全にするのは当然の事。結界の中にはイリヤちゃんは取り込んでいなかったんですよ」

 

「クッ!!」

 

 最初から全て仕組まれていたことに凛は悔しげに声を上げた。

 切り札だったアーチャーの一撃は既に使用し、セイバーもダメージを受けている。このままでは自身も士郎もルインに倒されてしまうと焦りを凛は覚えるが、予想に反してイリヤが幻影を通しながら声を出す。

 

「今日はもう良いや。ルインお姉ちゃん」

 

「封鎖結界解除」

 

 イリヤスフィールの指示にルインは素直に従い、封鎖結界は解除された。

 勝てる可能性が高い現状をアッサリと捨てたルインを、凛、セイバー、士郎が呆然と見つめていると、ルインは後方へと飛び上がり現実世界で待っていた本物のイリヤスフィールの隣に着地する。

 

「今日は此処まで。アーチャーもセイバーも疲弊していたしね。元々挨拶だけだったから」

 

「・・・・・・また、見逃すって訳?」

 

「違うよ・・・こっちにも事情が在るの。それに私にとって『聖杯戦争』は本当はどうでも良いの。誰が『聖杯』を得ても構わないわ。だけど・・・・セイバーにだけは絶対に渡さないって決めた!!」

 

「ッ!?・・・・やはり、貴女は・・あの時の・・『アイリスフィール』の娘ですか!?」

 

「そうよ!私は『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』の娘!『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』!!どう言う訳だか分からないけれど・・『記憶』を持っているみたいだから、『聖杯』は絶対に渡さない!・・・・今日は本当に挨拶だけだったから帰るね。次に会う時は“私のサーヴァント”が貴女達を倒す!バイバイ」

 

 イリヤスフィールが別れの挨拶を告げると共にルインはイリヤスフィールを抱えて、空へと舞い上がった。

 遠く離れていくイリヤスフィールの姿をセイバーは苦悩するような顔をしながら見つめ、凛と士郎は訝しげな視線をセイバーに向けるのだった。


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