運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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赤の主従

 遠坂邸のリビング。

 両親と死別した凛は一人で広い遠坂邸で暮らしていた。昨夜夜遅くまで新都の方面で起きていたガス漏れ事故を自らが召喚したサーヴァントと捜査していたが、直接的にサーヴァントに繋がる手掛かりは見つからず家へと戻って来ていた。

 そして朝起きると共にリビングで自らが召喚したサーヴァントである浅黒い肌に白い髪で長身の男性-『アーチャーのサーヴァント』が入れてくれた紅茶を飲みながら話を進めていた。

 

「昨日遅くまで探索したけれど、見つけたのはイリヤスフィールとそのサーヴァントだけだったわね」

 

「あぁ、君の話からすればイリヤスフィールと言う少女が一番にサーヴァントを召喚したのは間違い在るまい。仮に予測どおり『キャスター』のサーヴァントだと仮定した場合、この街の何箇所かが陣地になっている可能性が高いだろう」

 

「そうね・・・・魔術師が自身の工房以外の場所に移動する場合、探索の中心となる場所でも工房を作るわ。今までの『聖杯戦争』の記録では『キャスター』のサーヴァントは一箇所でしかアジトを造らなかったらしいけれど、それはあくまで時間が無かったから。イリヤスフィールがサーヴァントを召喚したのは二ヶ月前近く・・・街の至るところに工房を造る時間は充分に在るわ。厄介ね」

 

「しかし、気になる事があるぞ?」

 

「何かしら?」

 

「イリヤスフィールと言う少女が余りにも手の内を見せ過ぎている事だ。宝具こそ明らかにしていないが、魔術師とは自らの事の秘匿を重視するはず。当然ながら魔術師のクラスである『キャスター』も出来るだけ自らの手の内を隠す筈だ。にも関わらず、イリヤスフィールと言う少女はサーヴァントを連れまわしている。まるで彼女こそが自らのサーヴァントだと他の陣営に知らしめているかのように」

 

「そう言えばそうね・・・だけど、彼女は間違いなくサーヴァントよ。貴方だって昨日の夜に見た時に感じたでしょう?」

 

「確かに・・・・・彼女は間違いなくサーヴァントだった」

 

 アーチャーは手に持っていた紅茶を置きながら、凛の言葉を肯定した。

 昨夜イリヤスフィールの傍に居たのは間違いなくサーヴァント。だが、僅かな違和感をアーチャーは感じていた。僅か過ぎて本来ならば気にしない程度だが、アーチャーはとある理由でその違和感を見過ごせなかった。

 しかしアーチャーはその理由を凛に語る訳には行かなかった。ソレが自らの“願い”に関係する故に。

 凛もアーチャーの言葉には確かに一理在ると考えながら紅茶をテーブルに置く。言われてみれば確かにイリヤスフィールは手の内を晒し過ぎている。『キャスター』のサーヴァントは他の『セイバー』、『アーチャー』、『ランサー』の三騎士のクラスが持つ『対魔力』のスキルのせいで最弱のクラスと言われている。

 その事を『聖杯戦争』を構築した御三家の一角である『アインツベルン』出身のイリヤスフィールが知らないはずが無い。

 

「・・・あのサーヴァントの宝具が姿を晒しても、問題が無いレベルの宝具なのかも知れないわね・・・・それに比べて私達は・・ハァ~」

 

「何か問題が在るのかね?」

 

「大有りでしょう?だって、貴方・・自分の素性も思い出せないんでしょう?」

 

「それに関しては君の不完全な召喚のツケが原因だ」

 

「うっ!・・・迂闊だったわ。時計を一時間進めていたのを忘れていたなんて」

 

 思い出すのはサーヴァント召喚の儀式を行なった時に起きた出来事。

 万全の魔力。万全な魔法陣の構築。そしてサーヴァントを召喚する為の詠唱。ありとあらゆるモノを万全にして凛はサーヴァント召喚の儀式に挑んだ。狙っていたサーヴァントのクラスは最優と称されている剣の騎士『セイバー』のクラス。

 問題なく儀式も進み、全ては万全だったはずだった。だが、ただ一つ。自らが時計を一時間進めていた事を忘れていた凛は、サーヴァントの召喚に失敗した。召喚されたサーヴァントは本来現れるはずの魔法陣ではなく、遠坂邸の上空に現れて落下してしまったのだ。そのせいで召喚された『アーチャー』は記憶が混乱し、自身の素性は愚か英霊にとっての最大の切り札である『宝具』に関する知識も失ってしまったのだ。唯一幸運だったのは『宝具』は忘れてしまっていても、戦い方の事に関する知識が残っていたのが幸いだった。もしも戦い方まで忘れてしまっていたら、凛はアーチャーの記憶が戻るまで家に引きこもっていなければならなかった。

 

「ハァ~、本当に不味いわよ。『宝具』はサーヴァントにとって最大の切り札でしょう?それが使えなくなったら、不味いどころの騒ぎじゃないでしょうが?」

 

「確かに切り札が使えない現状は不味いが、さしたる問題は在るまい?」

 

「何でよ?」

 

「凛。君は優秀な魔術師でありマスターとしての資質も充分だ。昨夜もイリヤスフィールに対して感情的になったとしても、冷静に君は判断を下せた。君は間違いなく優秀なマスターだ。その君に召喚された私が最強で無い訳が無い」

 

「・・・お、おだてても駄目だからね。とにかく、今日は新都じゃなくてこっち方面を昼間は探索するわ」

 

「了解した」

 

 僅かに顔を赤らめながら告げた凛の指示に、アーチャーは素直に返事を返した。

 

 二人はそのまま使ったカップを手早く片付けると、外へと出て他の魔術師のアジトかサーヴァントの探索に乗り出した。

 凛は道を歩きながら、霊体化してついて来ている自らのサーヴァントにラインを通じて会話を行なう。

 

(アーチャー?貴方はどの範囲までサーヴァントの気配を補足出来るの?)

 

(昨夜のように視認さえ出来れば正確に判断出来るが、生憎と遠くに離れた魔力を感知することは出来ない。相手が魔力を発して動くのならば別だがね)

 

(やっぱり、そうよね。貴方はアーチャー。弓兵なんだから当然といえば当然ね)

 

(そう言う技能に特化したサーヴァントはやはり『キャスター』だ)

 

(・・・・まぁ、良いわ。とにかく夜まで私はこっち側を歩き回るから、何か感じたら教えて)

 

(了解した)

 

 凛の指示にアーチャーは返事を返し、二人はそのまま街中を歩いて行く。

 そして二人は街中を歩きながら異様な魔力が無いか探索するが、それらしい気配は感じられず、日は沈んで行き夕暮れが見えるようになって来た。

 

「ハァ~・・・半日歩いたけれど何の収穫も無いなんて・・・こっちの方面にはサーヴァントは居ないって事かしら?・・・アーチャー、そっちは何か感じる?」

 

(・・・凛。僅かだが淀んだ魔力が感じられる場所が見える)

 

「ッ!?何処!?」

 

(『聖杯』から与えられた知識で、現代では学び舎とされる場所だ。同じ服を着た凛と同じ年ぐらいの者達が出て行くのが見える)

 

「うそっ!?・・・それじゃ、学校にマスターかサーヴァントが居るっての!?」

 

(分からない・・・だが、不気味な魔力が感知出来たのは事実だ)

 

「くっ!・・・アーチャー、行くわよ。とにかく魔力の正体を探らないとね」

 

 凛はそう告げると、自身の学び舎である穂群原学園へと向かい出す。

 休学している自身が学校に行くのは怪しまれるが、幸いと言うべきか既に学校には殆ど人が居らず、凛は気にせずに学園内部に足を踏み入れることが出来た。同時に魔術師としての特性のおかげで凛は学園に結界が張られていることに気がつき、顔を険しく歪める。

 

「・・・誰だか知らないけれど・・・明らかにこの結界は攻撃的だわ・・・下衆なことをしてくれる奴が居るわね」

 

(それでどうする?)

 

「とにかく調査するわ。誰が張ったにしても、その意味を理解しているとしていないのでは大きく違うんだから」

 

 霊体化しているアーチャーにそう凛は告げると、学園に張られた結界の調査に乗り出す。

 結界の基点と思われる場所に集まった魔力を散らしながら、凛は結界の調査を進め、予想通り学園に張られた結界が身を護る為のものでは無い事が判明した。正確な効果はまだ判明していないが、学園に張られた結界は、結界内に居る人間を対象にしたものなのは間違いなかった。

 一番魔力が高い屋上に立ちながら、凛は霊体化しているアーチャーに問いかける。

 

「アーチャー・・・貴方達ってそうなの?」

 

(君の推察どおりだ。我々は基本的に霊体だ。故に精神と魂を栄養とする。最も栄養を取ったところで能力に変わりはないが、魔力の貯蔵量は上がって行く・・・・だが、これを敷くように命じたマスターは昼間に使用する気なのは間違いないだろう)

 

「どう言うこと?」

 

(重要なのは此処が学園と言う場所だという事だ、凛)

 

「・・・そうか・・・『聖杯戦争』は夜が基本の筈。夜に学園に居るのなんて警備員か当直の先生ぐらい」

 

(そうだ。だが、昼間に此れほどの危険な結界を使用すれば流石に隠蔽などし切れない。使用したら最後、『聖杯戦争』のルールを破ったとしてそのサーヴァントとマスターは抹殺されるだろう。つまり、この結界を張るように指示を出したマスターは)

 

「なりふり構わない奴って事ね。とにかく邪魔だけでもするわ」

 

 凛は不機嫌そうにしながら声を出し、左腕の魔術刻印から結界消去の一節を読み込み発動させようとする。だが、凛が魔術刻印を発動させる前に背後から声が響く。

 

「消すのか?」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来た声に凛が振り向いてみると、フェンスの上に立つ青いボディースーツの男が立っていた。

 その男の正体を凛は瞬時に察して臨戦態勢を取る。即座に状況を把握した凛を男は感心したように見ながら、右手に禍々しい魔力を発する紅の槍を実体化させる。

 

「良いね。すぐに身構えられるなんて、並みの魔術師じゃ出来ないぜ」

 

「『ランサー』のサーヴァントね!?」

 

「ご名答・・・それが分かっている嬢ちゃんは敵って事で良いんだよな!!」

 

「アーチャーー!!着地をお願い!!」

 

 神速の速さで男-『ランサーのサーヴァント』-が突き出して来た槍を辛うじて回避し、凛はそのまま屋上から飛び降りた。

 屋上から飛び降りた事で凛は自由落下するが、途中で誰かに抱えられるような態勢になり、危なげなく地面に着地する。そのまま即座に校庭の方へと駆けて行く。遮蔽物など無い場所こそが自分とアーチャーが有利に戦える場所だと分かっているからこその行動だった。

 常人ならば見えない速度を駆けた凛は校庭へと辿り着くが、その速さも最速の異名を持つランサーのサーヴァントの前では無意味だった。

 

「良い脚だ。此処で仕留めるのは惜しいが・・その命貰うぜ!!」

 

「ッ!!」

 

 ほぼ一瞬で凛に追いついたランサーは、手に持つ真紅の槍を突き出す。

 しかし、凛に真紅の槍が届く前に素早くアーチャーが実体化し、手に持っていた武器で真紅の槍を弾く。

 

「何っ!?」

 

 ランサーは思わず疑問の声を上げてしまった。

 それは実体化したアーチャーが手にする武器を目撃したからだった。屋上での凛の言葉を霊体化して聴いていたランサーは、凛のサーヴァントがアーチャーのサーヴァントだと言う事が分かっていた。だからこそ、使用する武器は弓だと思っていた。

 だが、その予想を裏切るようにアーチャーの右手には黒い色合いの剣が握られ、ソレが槍を弾いた。思わずランサーは距離を取りながら、アーチャーを警戒するように見つめる。

 

「・・・弓兵が剣だと?・・貴様、まさか、アーチャーではなくセイバーか?」

 

「素直に答えると思うかね?」

 

「いや・・・戦いで聞かせて貰うぜ!!」

 

 ランサーは叫ぶと共に神速の速さで槍を連続で突き出した。

 凛には散弾銃が放たれたようにしか見えなかったが、アーチャーには見えているのか、瞬時に別の左手に今度は色違いの白い剣を出現させ、ランサーの猛攻を全て受け流して行く。

 

ーーーキィン!!ガキィン!!バキィン!!

 

 真紅の槍と黒と白の双剣はぶつかり合い、甲高い金属音が校庭に鳴り響き続ける。

 雨あられとランサーは槍を神速で突き出し、アーチャーを突き殺そうと猛攻を繰り出すが、今のところランサーの槍がアーチャーに届く事は無かった。既にアーチャーは幾度と無く手に持つ双剣が弾き飛ばされているが、どう言う原理なのか弾かれた双剣は地面に落下する前に消失し、再び手の中に舞い戻る。

 

「それが貴様の宝具か!?アーチャー!?」

 

「答えられんね!」

 

「チィッ!!貴様一体何処の英霊だ!?尽きない双剣を持つ弓兵など聞いたことが無いぞ!!」

 

「そういう君は判りやすいな!これほどの槍手に獣の如き敏捷さといえば恐らく一人!!」

 

「ハァッ!よく言った!!」

 

 アーチャーと会話しながらも槍を繰り出していたランサーだが、自身の真名に感づかれたと判断し、アーチャーと距離を取る。

 後方へと下がったランサーの様子に、もしや宝具を使う気なのかと察知したアーチャーはランサーと同様に距離を取って凛を護れるように立つ。

 

「はっ!良いね。双剣を使うアーチャーに、隙あらば俺に魔術を使おうとしていたマスター。今回の聖杯戦争はどいつもこいつも大当たりだ!!」

 

 そうランサーは獰猛さに満ちた笑みを浮かべ、槍に禍々しい魔力を込めようとする。

 凛とアーチャーはランサーが宝具を使用する気なのだと身構えるが、その前にランサーの耳に背後で小枝が踏み潰される音を耳にする。

 

「ッ!?誰だ!?」

 

 小枝を踏み潰す音が聞こえた方に振り向いてみると、校舎の方へと走り去る少年の姿をランサーは捉える。

 

「チッ!!目撃者か!勝負は預けるぜ!!」

 

「生徒!?まだ、学校に残っていたなんて!?アーチャー!!追って!!」

 

 目撃者を追いかけて行くランサーの姿を目にした凛は、ランサーが行なおうとしている事を察して後を追いかけるように自らのサーヴァントに指示を出した。

 主の指示にアーチャーは即座に応じて、ランサーの後を追いかけて行く。凛もその後を追いかけるが、内心では自身の判断の甘さに苛立っていた。

 

(迂闊だった!!学校に人が残っている事を考慮して、ランサーとアーチャーが戦っている間に人払いの結界を張ってさえいれば!)

 

 幻想的な戦いに魅入られてしまったとは言え、自らの判断の甘さを苛立ちながら凛は校舎の中へと入って行く。

 そしてラインを通じてアーチャーの後を追いかけるが、その先には既にランサーにやられたのか廊下に倒れ伏している学生と、その傍に立つアーチャーの姿が在った。

 

「・・・アーチャー?」

 

「心臓を一突きで突き殺されている」

 

「・・・・ランサーを追って頂戴。せめて相手のマスターの顔ぐらい把握しないと、割が合わないわ」

 

 凛の指示にアーチャーは無言で従い、ランサーの後を追いかけて行った。

 残された凛は自身の状況判断の甘さで死なせてしまった学生の顔だけでも確認しようと、廊下に倒れ伏している赤い髪の少年-『衛宮士郎』-の顔を確認して息を思わず呑み込む。

 

「そんな・・・・どうしてアンタが」

 

 死なせてしまった学生の事を凛はとある事情でよく知っていた。

 何かを苦悩するかのようにコートの中に手を入れると、持って来ていた父親が遺してくれていた家宝の紅い宝石を取り出す。

 

「・・・アンタが死んだら、“あの子”が悲しむわ・・だから・・ごめんなさい、お父さん。貴方の娘は親不孝者です」

 

 そう凛は告げると士郎の顔の前に宝石を掲げて詠唱を一小節だけ行なう。

 同時に膨大な魔力が発生し、赤い光が廊下に満ち溢れた。光が消えた後には安らかな息を漏らす士郎の姿が在った。

 凛が行なったのは心臓の修復と言う大魔術。本来ならば今の凛の魔術師の技量としては不可能に近い事だったが、家宝の宝石に宿る魔力を使用して凛は可能にしたのである。士郎が生き返った事に凛は安堵の息を漏らし、思わず手に持っていた宝石を床に落としてしまう。

 

「ハァ~・・・とんだ散財になっちゃたわね・・・家に帰ろう」

 

 凛は呟きながら士郎に背を向けて帰路へとついた。

 

 そして家へと辿り着くと、今日の成果と使用した切り札の宝石に関して考え込みながら凛はリビングに在るソファーに座り込み、アーチャーが帰って来るのを待つ。

 時刻が十一時頃になった時、アーチャーは帰宅し、凛の前で霊体化を解いて実体化した。

 

「それでランサーの方は?」

 

「・・・すまない。余程此方に場所を知られたくないのか、ランサーは直接帰還するよりも撹乱するように逃げたようだ。だが、少なくともこちら側の町には、ランサーのマスターはいなかった」

 

「そう・・・まぁ、最速のランサーが相手じゃしょうがないわね」

 

 予想はしていた事なので対して凛は落胆することも無く、再び考え込むように座る。

 今日の学校での件は明らかに自身のミスだと凛は思っていた。家宝の宝石は高い授業料だと思うことで取り合えず自身を納得させようとすると、アーチャーが声を掛けて来る。

 

「凛。先ほどの出来事は気に病むなとは言わんが、考えすぎるのは失敗を呼ぶ。私も民間人に対する配慮を考えていなかったのだから、君が一人で抱え込む事は無い」

 

「・・・ありがとう、アーチャー」

 

 アーチャーの気遣いに凛は素直に礼を告げると、アーチャーは僅かに口元に笑みを浮かべながら外套の中に手を入れて、凛が使用して学校に忘れて行った筈の宝石を取り出す。

 

「それともしかしたらランサーが学校に戻ったのでは無いかと考えて私が廊下で拾った物だ。君の持ち物だろう?」

 

「あっ・・・拾って来てくれたんだ、アーチャー」

 

「何、事のついでだ」

 

 アーチャーはそう告げながら、凛に宝石を手渡す。

 渡された凛は一応魔力が残っていないか確認するが、魔力は一切感じ取れなかった。アレだけの大魔術を使用したのだから当然だと凛は思いながら、宝石をポケットに戻そうとする。だが、戻す直前で自身がやり忘れていた事を思い出して目を見開く。

 

「しまった!?アイツの記憶を消すのを忘れていた!!アーチャー!!行くわよ!!」

 

 一番重要な記憶消去を行なわなかったことに気がついた凛は、慌ててコートを着るのも忘れて外へと飛び出す。

 既に士郎の治癒を終えてから三時間以上時間が経過しているので間に合わない可能性も在ったが、それでも僅かな可能性に賭けて凛はアーチャーを伴い、事情が在って知っている衛宮士郎の家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 衛宮邸の庭。

 その場所では士郎を殺そうとしたランサーのサーヴァントと、土倉の中で士郎の意思の強さで召喚された金髪の少女-『セイバーのサーヴァント』が互いの武器をぶつけ合っていた。

 ランサーは校庭でのアーチャーの戦いの時に繰り出した神速の槍捌きをセイバーに対して発揮するが、セイバーは手に握る“見えない剣”で全て受け流す。

 

「厄介な剣だな!?不可視の剣とは!?」

 

 ランサーがセイバーに対して攻め切れないのは、セイバーが持つ不可視の剣が原因だった。

 どんな戦いでも間合いと言うモノは何よりも重要になる。だが、セイバーの不可視の剣はその間合いを視認では測らせなかった。迂闊に攻めれば自身が手痛いダメージを負うと察したランサーは、一定の距離からセイバーには近づかないで自身の愛槍を繰り出す。

 それに対してセイバーは小柄な女性とは思えない力でランサーの槍を弾き、一瞬でもランサーの力が落ちれば切り裂くと言うように豪快な剣を振るう。

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

「オラアァァァァァァッ!!」

 

ーーーガキン!!キィン!!ガァン!!キィィーーン!!

 

 およそ剣と槍のぶつかり合いで出るとは思えない音を発生させながら、ランサーとセイバーの剣戟は続く。

 しかし、硬直状態に嫌気が差したのか、ランサーは突如としてセイバーと距離を取り、槍を油断なく構える。

 

「どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが?」

 

「ぬかせ・・・不可視の武器なんて厄介な物を使っていやがるくせに・・・一応聞くが、貴様の宝具?それは剣か?」

 

「さぁ、どうかな?戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓という可能性もあるかも知れんぞ、ランサー?」

 

「はっ!!ぬかしてくれるぜ、剣使い(セイバー)のサーヴァント!!しかし、今回の聖杯戦争は本当にどいつもこいつも楽しませてくれる!・・・どうだ?お互い初見だし、今日は分けにしないか?」

 

「・・・断る。貴方は此処で倒れろ」

 

「そうか・・・仕方がねぇか・・その心臓!貰い受ける!!」

 

 ランサーはセイバーの言葉に治めようとした殺気を全開にし、槍に禍々しい魔力を集めて行く。

 その魔力にセイバーはランサーが宝具を使う気なのだと察して使用される前に切り倒そうとするが、その前にランサーが神速の速さで膝ぐらいの辺りで槍を突き出し、宝具を開放する。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』ッ!!」

 

ーーーギュイン!ードスウゥゥゥーーーン!

 

「ッ!?」

 

 ランサーが宝具を開放すると共に突き出された槍は、まるで空間を捻じ曲げたかのように膝からセイバーの胸へと突き刺さった。

 ランサーの真名はアイルランドの光の御子。『クー・フーリン』。その宝具の名は『魔槍ゲイ・ボルグ』。『心臓を穿つ』という結果を『槍を放つ』という原因より先に生じさせる、因果の理を捻じ曲げる魔槍。開放すれば必ず敵の心臓を捉え、その心臓を貫く。槍の距離が届く範囲で使用されれば、避ける事は事実上不可能。

 こんな形で最優のサーヴァントを倒してしまった事を残念に思いながら、倒れるセイバーの姿を見ようと目をむけ、驚愕に目を見開いた。心臓を貫かれた筈のセイバーが倒れず、自分の足で確かに立っていたのだ。

 

「躱わしたというのか!?我が必殺の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』を!」

 

「ゲイ・ボルグ?御身は、まさかアイルランドの光の御子か!?」

 

(チィッ!!・・・そうか・・・契約で仕方が無いとは言え、『令呪』の縛りが原因か)

 

 ランサーにはとある事情で『令呪』が使用されていた。

 その『令呪』を使用されて命じられたのは、『全てのサーヴァントと戦い、最初は倒さずに引き上げて来い』と言う英霊を馬鹿にしているような命令だった。その縛りゆえに必殺の筈の宝具を使用したのにも関わらず、セイバーは心臓ではなく左脇を貫かれた。

 自身の必殺の一撃が予想外な点で邪魔された事に苛立ちながら、ランサーはセイバーに背を向ける。

 

「ドジったぜ。勝手に宝具を使用したばかりか仕留められないとは。これじゃ、マスターに怒られちまうな」

 

「逃げるのか!?」

 

「追って来たいんだったら、追って来るが良い。だが、その時は決死の覚悟で来るんだな!」

 

 ランサーは言い残すと共に飛び上がり、目にも止まらない速さで屋根を飛びながら衛宮邸から出て行った。

 その場に残されたセイバーは一先ず戦いが終わった事に安堵の息を漏らす。ランサーには強気に言葉を言ったが、ゲイ・ボルクで貫かれた傷は致命傷では無いとしても重傷だった。もしも戦いを続けていれば、自身は敗北していたとセイバーが歯噛みしていると、召喚者である士郎が慌てて駆け寄って来る。

 

「大丈夫か!?」

 

「えぇ・・・問題はありません」

 

 上辺だけでも自然治癒のおかげで治ったセイバーは立ち上がり、傷痕一つ見えない姿を士郎に見せた。

 とりあえず命の心配が無い事に安堵の息を士郎が吐くと、すぐに真剣な表情になってセイバーに質問する。

 

「一体何なんだ!?お前らは!?」

 

「貴方が『聖杯戦争』に参加する為に召喚したサーヴァントです」

 

「だから、『聖杯戦争』って一体何なんだよ!?」

 

「・・・・・なるほど、貴方は本当に何も知らないのですね。予想はしていましたが、私の召喚自体イレギュラーな事態だったようですね」

 

 一人で納得したようにセイバーは言葉を出し、そのまま真剣な雰囲気を放ちながら士郎と向き合う。

 その雰囲気に士郎は思わず唾を飲みながら背筋を伸ばすと、セイバーが自身が知っている範囲で説明を開始する。

 

「『聖杯戦争』とは、聖杯を求める7人のマスターと呼ばれる魔術師達による殺し合いの事です。聖杯とは、所有者の願いを叶える、『万能の願望器』。そしてサーヴァントとは、マスターの手足となって戦う僕の事です。貴方はその戦争に参加する資格を得られた。その証拠が私の召喚であり、手に現れている『令呪』なのです」

 

「殺し合いだって!?それに『令呪』って!?」

 

 セイバーの説明に士郎は息を呑みながら、左手に描かれている赤い紋様を見つめる。

 何時の間にかハッキリと『令呪』と思われる紋様が左腕の甲に現れていることに驚きながら、士郎が左手を見つめていると、突然にセイバーが屋敷を覆っている塀の外に目を向ける。

 

「マスター。他のサーヴァントの気配がします!治癒をお願いしたいのですが?」

 

「治癒って魔術でか?悪いけれど、俺はそんな高度な魔術は使えないんだ。それにもう治っているだろう?」

 

「・・・分かりました。ダメージはありますが、後一度の戦闘ぐらいは問題在りません。話の続きは後で」

 

 言葉と共にセイバーは屋敷の外の方へと走り出す。

 その姿に士郎は慌ててセイバーを追いかける。事情が分からないながらも、またセイバーが戦うのだと思い、士郎はそれを止めようと門の外へと走る。セイバーのように塀を飛び越えられない士郎は、家の門から慌てて飛び出し、学校の校庭で見た赤い外套の男を袈裟掛けに切り裂くセイバーを目にする。

 

「ッ!!アーチャー!!消えて!!」

 

 何処かで士郎が聞いた覚えのある声が響くと同時に、セイバーに切り裂かれたアーチャーの姿は消失した。

 ソレと共にセイバーが声の主に斬りかかるのを士郎は目にする。声の主はセイバーの攻撃を防ごうと何かを投げつけるが、セイバーに投げつけた物が触れかけた瞬間に何の効果も発揮出来ずに消失した。

 

「きゃっ!!」

 

「ッ!!止めろ!!セイバー!!」

 

 聞こえて来た悲鳴の主が女の子らしいと判断した士郎は、即座にセイバーに対して叫んだ。

 ただの叫びで斬りかかるセイバーが止まる筈が無いのだが、士郎が叫んだ瞬間に左手に刻まれている令呪の一角が消失し、セイバーは何かの重圧を感じたかのように女の子の前で止まった。

 令呪まで使用されて攻撃を止められた事実に驚きながら、セイバーは背後を振り向いて叫ぶ。

 

「何故止めるのです!?彼女はサーヴァントを連れていた!?敵なのですよ!?」

 

「『聖杯戦争』とか訳の分からない事に俺はまだ納得してない!本当に殺さないといけないのか!」

 

「サーヴァントを連れていた以上、彼女はマスターです!!倒すべき相手であることは間違いありません!」

 

「・・・・・・駄目だ。まず説明が先だ。俺がマスターだというのなら、納得のいく説明をしてくれ」

 

「クッ!!」

 

 自身の事情が分かっていない士郎の言葉に、絶好の機会を奪われたセイバーは歯がゆそうに声を出した。そのセイバーと士郎に声が掛けられる。

 

「敵を前にして言い争いなんて、随分と余裕なのね?」

 

 セイバーに斬りかかれた事で驚いて尻餅をついてしまった声の主は、汚れを叩きながら立ち上がる。

 その人物の姿を目にした士郎は目を見開きながら。声の主を見つめて叫ぶ。

 

「と、遠坂!?何でお前が!?」

 

 自身が通う学校のアイドルの姿に士郎は驚愕と困惑に満ちた声を上げ、不機嫌そうに顔を歪めている遠坂凛を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 アインツベルン城の一室。其処で衛宮邸で起きた出来事をサーチャーから見ていたイリヤスフィールは、サーチャーに映るセイバーの姿を真剣な眼差しで見つめていた。

 そのまま空間ディスプレィに映るセイバーを見ながら、背後に控える自身の侍女である『セラ』に質問する。

 

「セラ?どうなの?」

 

「集めた情報のサーヴァントの容姿と一致しています。恐らくは十年前にご両親が召喚したサーヴァントである可能性が高いと私は思いますが」

 

「そう」

 

 何処か冷たい雰囲気をイリヤスフィールは放ちながら、空間ディスプレイの中で衛宮邸の中に入って行く士郎、凛、セイバーの姿をジッと見つめる。

 

「・・・シロウは『聖杯戦争』の事を何も知らない。凛の性格だったら『教会』に案内する可能性が高い・・・ブラック!」

 

 イリヤスフィールは自身の横に座っているブラックに声を掛けるが、ブラックはつまらなそうな顔をしながらイリヤスフィールに答える。

 

「悪いがランサーの槍でセイバーは傷を負い、アーチャーはセイバーに重傷を負わされた。そんな二体と今は戦う気にはなれん」

 

「分かってるわ。だから、ルインお姉ちゃんと行かせて。確かめて来る」

 

「構わん。一応俺も近くには居るとする。ルイン」

 

「はい、ブラック様」

 

 ブラックの呼びかけに霊体化していたルインが出現した。

 それを確認するとブラックは座っていたソファーから立ち上がり、イリヤスフィールも真剣な顔をしながら立ち上がる。

 

「最高位の『対魔力』持ちのサーヴァントとどれだけ戦えるか試せ。イリヤスフィールの指示に従ってな」

 

「了解しました」

 

 ブラックの指示にルインは頷き、三人は冬木市へと向かい出す。

 その目的となる対象は今夜現れた七組目の主従。雪の精と見間違うような少女は、自身の意思で剣の主従に会いに向かうのだった。


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