運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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赤い髪の少年と蒼いドレスの少女

 冬木市の一角に在る古い歴史を感じさせるような佇まいを持った武家屋敷。

 衛宮切嗣と言う名の男が持ち主だったが、既に他界し、今は養子にした息子が受け継いでいた。その息子の名は衛宮士郎。穂群原学園に通う高校二年生。遺産関係の方は切嗣の知り合いだった藤村組の藤村雷画が行なってくれたので、問題なく士郎は切嗣が遺した家に住み続けていた。

 そんな士郎には一般の人間が持たないような異能を持っていた。その異能の名は『魔術』。養父で在った切嗣が『魔術使い』と言う人種だったので、士郎も『魔術』に憧れを抱いて切嗣に頼み込み『魔術』を習った。とは言っても、士郎の魔術の腕は半人前以下であり、毎日土倉で魔術の練習をして、途中で眠ってしまうことが多かった。

 昨夜もまた魔術の練習に夢中になってしまい、士郎は土倉の中で眠り続けていた。

 そんな士郎の傍に人の影が覆い被さり、優しく士郎に手を当てながら同じく優しげな声が掛けられる。

 

「先輩。朝ですよ。起きて下さい」

 

「・・・・う~ん・・・おはよう・・・桜」

 

 体を揺らされ声を掛けられた士郎が目を開けてみると、其処には穂群原学園の制服を着た紫色の髪と瞳の少女が優しげに士郎に微笑んでいた。

 士郎に優しく微笑んでいる少女の名は『間桐桜』。士郎と同じように穂群原学園に通っている高校一年生で弓道部に所属する女の子である。士郎が弓道部を辞めてから士郎の家に通うようになり、士郎にとってちょっとした家族のような女の子だった。

 起こされた士郎はゆっくりと起き上がり、自身を起こしてくれた桜に礼を告げる。

 

「起こしてくれてありがとな」

 

「いえ・・・でも、先輩が寝坊するなんて珍しいですね?」

 

「いや、コイツの修理に夢中になっていてな」

 

 士郎はそう言いながら、傍に置いてあった修理途中のビデオデッキに目を向けた。

 士郎は『魔術』の中で『解析』が得意分野に当たる為、昨夜も魔術の練習ついでにビデオデッキの修理を行なっており、その途中で眠ってしまったのである。

 固い床で眠ったせいなのか、僅かに違和感を感じる体を伸ばしながら士郎は立ち上がって桜に声を掛ける。

 

「それじゃ、朝の支度をするか」

 

「いえ、朝の支度は私がします。そんな格好じゃ藤村先生に怒られますから」

 

「・・・そうだな・・・悪いけど、桜。頼むよ」

 

「はい!」

 

 士郎の言葉に桜は嬉しそうに声を出して、土倉から出て行った。

 その後を士郎は付いて行き、作業着から制服に着替えようと屋敷の方へと歩いて行く。屋敷に戻った士郎は慣れた動きで手早く自身が着ていた作業着を洗濯機に入れる。

 養父で在った切嗣は家事など殆ど出来なかった為、士郎が代わりに家の家事をしているうちに家事が得意となってしまったのだ。洗濯の準備を終えると、士郎は自身の部屋で穂群原学園の制服に着替え出す。

 すると、家の扉を慌ただしく開けるような音が耳に届いてくる。もう一人の家族が来たのだろうと士郎が考えていると、案の定自身を呼ぶ声が聞こえて来る。

 

「し~ろう~!まだなのぉ~!!」

 

「今行くよ、藤ねぇ」

 

 苦笑しながら士郎は聞こえて来た声に答えて居間へと歩いて行く。

 障子を開けるとその先には二十代前半の女性が、手に箸を持ってテーブルに置いてある朝食を食べるのを今か今かと待っていた。彼女の名前は藤村大河。士郎の後見人となっている藤村雷画の孫娘だった。

 切嗣が死んでからは毎日朝食と夕食時にやって来て、食事を取るのが日課となっていた。

 

「遅いぞ、士郎。お姉さん待ちくたびれたよ?」

 

「ごめん、藤ねぇ」

 

 僅かに眉を寄せている大河に士郎は苦笑を浮かべながら謝り、自身の席へと座る。

 それが此処一年間の衛宮家の風景だった。騒がしい大河と物静かな桜と一緒に食事を取るのが、衛宮家での日常となっていた。三人はそれぞれ言い合いながらも朝食を終え、穂群原学園の教師である大河は先に、桜と士郎は朝食の片づけを行なってから学校へと向かい出す。

 二人が並んで歩いていると、士郎と桜の前を数台のパトカーが通り過ぎて行く。

 

ーーーピーポー!ピーポー!!

 

「また、パトカーか?」

 

「最近多いですね。新都の方でもガス漏れ事故が起こったらしいですから」

 

「そうだな。今朝のニュースでもやっていたし」

 

 士郎と桜はそう言いながら、パトカーが走り去っていた方向を見つめる。

 此処最近の冬木市は何処か物騒な雰囲気を纏っていた。新都の方ではガス漏れ事故が発生し、今のようにパトカーが街を掛けることが多くなったのだ。

 何処か険しい雰囲気を僅かに放ちながら、士郎と桜は自分達が通う学校へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 士郎と桜が見たパトカーの行く先、其処には一軒家が存在していた。

 立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、多数の警官達が家を取り囲んでいた。その周りには野次馬のような人々が沢山居て、一体何が在ったのかと家を見ていた。

 その中に銀色の髪の少女を肩車した長身で黒尽くめの男性が、不機嫌さが混じった険しい瞳で家を睨んでいた。

 

「・・・・・やったのはランサーか・・・フン、此方の世界の裏のルールは知っているが・・・気に入らんな」

 

「アサシンはあそこから動けないからね。ガス漏れ事故の犯人は多分キャスターだよ」

 

「逃がしたのは間違いだったな。まぁ、死者が出ていないだけマシか」

 

「それでブラック?どうするの?」

 

「・・・昨夜六騎目が召喚された。クラスは分からんが、七体目も近い内に召喚されるだろう。七体目が召喚されたら本格的に動く」

 

「うん、分かったよ。でもねぇ、凛の召喚は驚いちゃった。いきなり上空にサーヴァントが現れて家に落下したんだもの。フフッ、あの後何が起きたのか見られなかったのが残念」

 

「俺からすればどんな形であれ召喚されたのならば別に構わん・・・楽しめるか、そうでないかの違いだけだ」

 

「フフッ、ブラックらしいかな・・・それじゃ行こう?街を歩こうよ」

 

「フン」

 

 肩に乗る少女の言葉にブラックは見ていた一軒家に背を向け、新都の方へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 穂群原学園生徒会室。

 士郎はその場所で友人であり生徒会長の柳洞一成と食事を取っていた。一成の頼みで士郎は良く生徒会の手伝いや、学園のストーブなどの物品の修理を行なっているのだ。

 特に最近の一成は何処かご機嫌な様子であった。その理由は学園での天敵だった『遠坂凛』が一ヶ月以上前から家の事情で長期の休学届けを提出したからだった。

 

「フゥ~、今日もまた平和な学園生活を送れたな」

 

「また、遠坂が居ないからか?」

 

「あぁ、あの女狐が休学届けを出したと聞いた時は何かを企んでいるのでは無いかと疑ったがどうやら違ったようだ」

 

「企むってなぁ・・・遠坂の何処が悪いんだ?優等生だし、悪い噂なんて全く聞かないぞ?」

 

「確かにな・・容姿端麗で学園の男達の憧れの的なのは事実だ。だが、俺はどうにもいけ好かん」

 

 士郎の言葉に一成は自分でも何故凛を嫌っているのか説明出来なかった。

 学園での凛の行動には何の問題もない。だが、実際に一成は凛を好きにはなれなかった。会えば二人は皮肉を言い合う仲。言うなれば不倶戴天の仇敵と言う関係だった。

 ゆっくりと一成は手に持っていたお茶を飲みながら、話を変える意味もあって士郎に声を掛ける。

 

「そう言えば、お前は今日は新都の方でバイトだったか?」

 

「あぁ」

 

「出来るだけ早く帰る事を進めるぞ。最近は何かと物騒だ・・・今朝も事件が在ったらしい」

 

「事件だって?一体何が在ったんだ?」

 

「・・・・・“殺人”だ」

 

「ッ!!」

 

 一成の言葉に士郎は思わず座っていた椅子を倒しながら立ち上がった。

 その様子に一成は僅かに面食らいながらも、今朝発見された殺人事件の説明を続ける。

 

「押し入り強盗で凶器は鋭利な刃物らしい。一家全員が死んだそうだ」

 

「犯人は!?犯人は捕まったのか!?」

 

「いや、それどころか何の手がかりも無いらしい。最近は新都の方でのガス漏れ事故と言い、物騒な事が続いている・・・・そうだ。そう言えば妙な噂も流れている」

 

「妙な噂?」

 

「あぁ・・・・都市伝説の類か何かだろうが、郊外の森の方で竜を見たとか言う噂だ」

 

「竜だって?」

 

「そうだ。その森には昔から変な都市伝説も在った。森の奥深くに城のような洋館が在ると言う都市伝説だ。まぁ、噂は噂だ。気にする事はあるまい」

 

「そうか」

 

 何処か釈然としない様子ながらも士郎は取り合えず心を落ち着けて食事へと戻り、一成も昼休みが終わりに近いので自身の食事を終わらせようとするのだった。

 

 そして学校が終わった士郎は、自身が働いている先のバイトも終え、人が賑わう新都の街中を歩いて帰路へとついていた。

 賑わう人々の中を士郎はゆっくりと進んでいく。すると、その先から銀色の髪の女性と手を繋いだ同じように銀色の髪の少女が歩いて来る。二人ともそれぞれ何処か神秘的な様子を放ち、街行く人々の目が自然と集まる。士郎も思わず二人を見つめると、二人は士郎の横を自然に通り過ぎる。

 しかし、通り過ぎる瞬間に女性と手を繋いでいた女の子が士郎に呟く。

 

「参加するんだったら、早く呼んだ方が良いよ。出ないと死んじゃうから、お兄ちゃん」

 

「ハッ!!」

 

 聞こえて来た言葉に士郎は慌てて背後を振り返るが、既に二人の姿は人込みの中へと隠れ、探すことは不可能だった。

 不可思議としか言えない出会いと意味深な言葉に面食らいながら、士郎は家への帰路へとつくのだった。

 

 

 

 

 

 士郎が謎めいた女性と少女と出会った場所を見下ろせる新都のとあるビルの屋上。

 その場所から三人の姿を見ていた者が二人いた。一人は現在穂群原学園を休学して『聖杯戦争』への準備を進めていた赤いコートを羽織っている『遠坂凛』。もう一人は浅黒い肌に白い髪の長身で赤い外套と黒のボディアーマーを着込んだ男性だった。

 

「イリヤスフィール!!」

 

「随分とサーヴァントを連れた少女の事が嫌いなようだな?」

 

「当然でしょう・・・アイツは私を侮辱したのよ。絶対に屈辱は返してやるんだから!」

 

 そう凛は自身に屈辱を与えたイリヤスフィールと、その横に居るサーヴァントと思われる女性が街の中を歩いて行くのを見つめる。

 すると、突然に凛が見ていたイリヤスフィールが背後を振り向き、凛が立つビルの屋上の方へと視線を向けると、微笑みながら手を振る。明らかに凛が居る事を分かっての行動だった。

 

「・・・こっちに気がついているという訳か?」

 

 横で見ていた長身の男性-凛が召喚したサーヴァント-は、イリヤスフィールの行動に眉を僅かに動かした。

 

「『アーチャー』・・・貴方はイリヤスフィールの横に居るサーヴァントをどう見る?距離が在り過ぎるせいなのか、サーヴァントのステータスが良く見えないの?」

 

「それは可笑しいな。例えいかなる距離であろうと『聖杯』から与えられた知識では、使い魔を通した視界からでもサーヴァントのステータスが読み取れる。私と視覚共用すれば尚更だ。なのに見えないと言う事は何かに阻害されている可能性が高いな」

 

「そう・・・じゃ、幻惑のスキルか、魔術的な防御の可能性が高いわね・・可能性としては考えていたけれど、イリヤスフィールが召喚したサーヴァントのクラスが『キャスター』の可能性が深まったわ」

 

「その可能性は高いだろうな。見たところ、武器を持って戦う英霊には見えない」

 

 そうアーチャーのサーヴァントは、自身の視界の先で街の中を平然と歩いて行く女性とイリヤスフィールの姿を見つめる。その姿は完全に無防備で攻撃して来るならして来いと言う雰囲気だった。

 当然ながら凛とアーチャーがイリヤスフィールと女性に対して攻撃を放てる筈が無い。『聖杯戦争』は秘匿されて行なわれる。人目が付くような行動や目立つ行動は絶対にしてはならない。もしも行なえば、『魔術協会』を敵に回すどころか、『中立』である『聖堂教会』も動き出す事態になってしまうのだから。

 幾ら無防備な様子でも二人が女性とイリヤスフィールに攻撃を行なうのは不可能だった。

 

「・・・人目が付かない場所まで追いかけるかね?」

 

「・・・今日は止めておくわ。あっちは私達が追って来るのを待っている筈よ。もしも本当に『キャスター』のサーヴァントだったら、相手側の陣地に入るのは危険過ぎるわ」

 

「賢明な判断だ。『キャスター』が最弱のクラスと呼ばれているとはいえ、それはあくまで直接戦った場合だ。君の判断は間違っていないぞ、凛」

 

 アーチャーは僅かに頼もしげに凛に向かって微笑んだ。

 感情的にならず冷静な判断を行なった凛を更にアーチャーは認めた。召喚こそには問題も在ったが送られて来る魔力と、とある理由で付けられた『令呪』の件で魔術師としては認めていたが、今の判断でマスターとしてもアーチャーは凛を認めたのだ。

 試されたと分かった凛は僅かに不機嫌そうに顔を歪めるが、すぐに視線は何時の間にか消えていたイリヤスフィールと女性が居た人込みを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「フゥ~ン、凛は来なかったね、ルインお姉ちゃん」

 

「来ていたら、評価が下がっていましたけれど、逆に上がりましたね。ブラック様も喜ぶでしょう」

 

 新都のとあるレストランの中で頼んだ食事を待ちながら、ルインとイリヤスフィールは楽しげに会話していた。

 先ほどの挑発に凛は乗ってこなかった。もしも乗って来たら其処までだったが、感情的にならず冷静に判断を下した凛の評価はルインとイリヤスフィールの中で上がっていた。七騎のサーヴァントが出揃うまで昼はブラックが、夕方から夜はルインが行動するようにしていた。

 唯一ブラックの存在を知っているのは現状では一騎のサーヴァントだけ。他のサーヴァント達はルインこそがイリヤスフィールのサーヴァントだと思わせるように行動していた。

 

「それにしても・・・まさか、半人前のお兄ちゃんを『大聖杯』が選ぶなんてね」

 

「偶然かは分かりませんよ。イリヤちゃんは『聖杯』なんですから、もしかしたらその意思に『大聖杯』が応じたのかも知れません・・・・集めた情報で『大聖杯』は負の感情を求めているらしいんですから」

 

「かもね・・・・でも、何が召喚されるのかな?半人前以下の魔術師で『聖杯戦争』に関する知識も無いお兄ちゃんが、聖遺物なんて持っている筈が無いんだから」

 

「残された枠は剣の騎士『セイバー』。何が召喚されるにしても、ブラック様が楽しめる相手で在る事を祈ります。それじゃ、食べ終わったら『キャスター』の行動の妨害をしに行きましょうか」

 

「賛成!じゃ、早く食べよう」

 

 ルインの考えにイリヤは賛成の意を上げて、二人は運ばれて来た食事を仲良く取るのだった。

 

 

 

 

 

 翌日の穂群原学園の放課後。

 士郎は弓道部の部室の片付けと掃除を行なっていた。中学二年からの友人である『間桐慎二』に頼まれたからである。頼まれたら嫌だと言えないのが士郎の性格な為、辺りが真っ暗になっているにも関わらず士郎は一人で掃除を行なっていた

 すると、士郎の耳に校庭の方から何か金属が何度も打ち合うような甲高い金属音が届いて来る。

 

ーーーギン!!ガギィン!!ギィン!!バキィン!!

 

「何だ?・・・校庭の方からか?」

 

 聞こえて来た金属音に疑問を覚えた士郎は手早く掃除用具を片付けて外へと出て行く。

 其処で見たのは、広い校庭の中で黒と白の双剣を握った赤い外套を纏った長身の男性と、禍々しい魔力を放つ紅の槍を振るう青いボディースーツを着た男の幻想的な戦いだった。

 視認さえも不可能に近い青い男が振るう紅の槍を、赤い外套を纏った男が両手に持つ黒と白の双剣で殆ど無駄無く捌いて行く。一撃でも受ければ深手を負うかもしれない紅の閃光を、赤い外套の男は黒と白の閃光で無理なく冷静に対処し、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。

 時々赤い外套を羽織る男の手から双剣が飛ばされるが、どう言う原理なのか双剣は地に落ちる前に消えて手の中に再び出現する。

 余りにも非現実的な光景に士郎が言葉も失って魅入られたように戦いを見つめていると、戦っている二人以外にも人が居ることに気が付く。

 

(アレは?・・・遠坂!?何で居るんだ!?休学していた筈だろう!?)

 

 私服と思われる赤い服に赤いコートを着て二人の戦いを見ている凛の姿に、士郎は内心で驚愕に染まった声を上げた。その時に思わず足元に落ちていた小枝を踏み潰してしまう。

 

「誰だ!?」

 

 小さな音では在るが、それでもどう言う訳か耳に届いた青いボディースーツの男は振り返り、戦いを見ていた士郎の姿を捉える。

 自身に気がつかれた士郎は即座に背後を振り向いて駆け出した。この場に留まっていては死んでしまうと言う確信が何故か在ったからだ。赤い外套の男も。ボディースーツの男も危険だと生物としての本能が叫んでいた。

 だからこそ、一瞬たりとも立ち止まりたくないと言うように士郎は校舎の中へと駆けて行く。

 そして人の気配も感じられない校舎の中を駆け上がり、誰もついてきていないのを確認すると安堵の息を漏らしながら壁に背を預けて床に座り込む。

 

「ハァ、ハァ・・・何だったんだ今の?」

 

 訳の分からない出来事を目撃した事によって、士郎は荒い息を吐きながら声を出した。

 逃げ延びられたと安堵しながら息を整えようとすると、突然に士郎の体を影が覆い、殺気が篭もった声が掛けられる。

 

「よう?」

 

「ワァッ!!」

 

 目の前に立つ青いボディースーツの男の姿に、士郎は声を上げた。

 その様子を青いボディースーツの男は平然としながら見つめると、肩に担いでいた紅の槍を構える。

 

「割と遠くまで逃げたな。だが、運が無かった・・・わりぃが、死んでくれや」

 

ーーードスン!!

 

「グハッ!!」

 

 言い終えると共に突き出された槍を避けることも出来ず、士郎は自身の心臓に突き刺さった紅の槍を見つめながら苦痛の声を上げた。

 確実に心臓を貫いたと判断した青いボディースーツの男は槍を引き抜き、付いた血を振り払いながらその体を薄れさせる。

 

「いやな仕事だぜ。だが、“アイツ”ともう一度やりあうまでは生き残らねぇとな」

 

 青いボディスーツの男はそう言いながら消え去り、後に残された士郎は薄れ行く意識の中で誰かが駆けて来る足音と気配を感じ取りながら意識を失った。

 

「ハッ!!・・・・・」

 

 気が付けば士郎は仰向けにされて校舎の廊下に寝かされていた。

 夢だったのかと思いながら、紅の槍に刺された心臓の部分を見てみると、其処にはベットリと赤い血がついていた。

 

「夢じゃない?・・・俺は心臓を確かに貫かれた・・・・誰かが助けてくれたのか?」

 

 そう考えながら士郎は立ち上がろうとするが、その前に自身の膝元にペンダントに繋げられた紅い宝石が落ちていることに気が付く。

 助けてくれた人物の持ち物だと思いながら、士郎はそれを拾い上げて帰路につく。余りの出来事の数々に現実逃避も混じっていたのだろう。足早に士郎は家に帰り着き、力なく居間に座り込んでいた。

 テーブルには桜が作り置きして行ったと思われる食事が載っているが、とても食べようと言う気分にはなれなかった。

 

「・・・あいつ等・・一体何なんだ?人間じゃ無かったみたいだけど・・・それにどうして遠坂があの場所に居たんだ?クソッ!!訳が分からない!」

 

 立て続けに起きた不可思議な出来事の事を少しでも整理しようと士郎は考えるが、やはり訳が分からず混乱したように手で顔を押さえた。

 すると、家の中に何かが入って来るような気配を士郎は感じ取る。養父が残した家には魔術的防御などは何一つ敷かれて無かったが、ただ一つだけ殺気を持った外敵が来た時だけ反応する結界が張られているのだ。

 そして士郎はこの状況で来る敵など、自身の心臓を貫いた男以外に考えられなかった。

 

「アイツか!!何か武器になりそうな物は無いのか!?」

 

 少しでも対抗しようと士郎は武器になりそうな物を探すが、手近に武器になりそうな物が見つからず焦りを覚える。

 そして丸められたポスターに包まった鉄が在る事に気が付く。それは昨夜大河が遊びで持って来た物だが、無いよりはマシだと士郎は考えて握り締め、『魔術回路』を起動させる。

 

同調開始(トレース・オン)。構成材質。補強完了」

 

 滅多に旨くいかない『強化』の魔術が成功したことに内心で喜びながらも、すぐに『強化』したポスターを握り締めて辺りを警戒する。

 

「さぁ、来い!!」

 

 何時来てもいいように神経を尖らせながら士郎は『強化』したポスターを構える。

 それがこうを成したのか、背後に何かが現れる気配を感じ取ると、槍を振り被る学校で見た青いボディースーツの男を目にする。

 

「オラァァァッ!!」

 

「クゥッ!!」

 

 男が振り被った槍の一撃を後方に飛び去る事で士郎は避けるが、その先に在った机に足をぶつけてしまい倒れてしまう。

 

「わぁっ!」

 

「やれやれ・・・俺なりに苦しまないように気をつかったつもりなんだが・・・一日で同じ人間を二度殺す羽目になるとは思ってなかったぜ!」

 

 青いボディースーツの男は叫ぶと共に紅の槍を突き出す。

 それに対して士郎がポスターを構えるが、苦し紛れの行動だと男は考える。ただのポスターで自身の自慢の槍が防げる筈が無いと言う確信が在るからこそだった。だが、男の予想に反してポスターはガギンッと金属音のような音を発して槍を逸らす。

 

「このっ!!」

 

「ん!・・・・・なるほど、そう言う事か。微弱だが魔力を感じる。心臓を貫かれて生きている時点を考慮すべきだったぜ」

 

 士郎が『魔術』を使ってポスターを強化した事を察した男は、僅かに楽しそうな顔をしながら槍を持ち直す。

 その隙に士郎は立ち上がり、再びポスターを構えようとするが、その前に男は目にも止まらない速度で士郎に近寄り蹴りを叩き込んで窓を破りながら外へと吹き飛ばす。

 

「ハァッ!!」

 

「グアァァァッ!!」

 

 蹴り飛ばされた士郎は苦痛の声を上げて窓ガラスを破りながら、地面へと激突した。

 ゆっくりと男はその様子を見ながら窓に近寄り、一瞬その身を透明にさせると窓ガラスを擦り抜けて地面に着地する。

 

「受身を取ったか。反応は中々に良いな」

 

「クソッ!!」

 

 男の言葉に士郎は悔しげな声を上げながら立ち上がり、素早く立ち上がると土倉の方へと走り出す。

 広い場所では男の持つ紅の槍が充分に活用されてしまうから、少しでも狭い場所に行こうと言う判断だった。男はその判断を悪くないと言うように笑みを浮かべるが、再び神速の速さで士郎に接近する。

 士郎の判断は間違っていなかったが、一つだけ判断が甘かった。男の速さは士郎の常識を上回る速さだったのだ。案の定簡単に接近されて、後ろから士郎はドカッと高く蹴り上げられる。

 

「オラッ!!」

 

「ウワァァァァァァァァッ!!」

 

 蹴り上げられた士郎は二階分の高さに舞い上がり、そのまま土倉の入り口の前に落下する。

 その衝撃はかなりのものだったにも関わらず、士郎は立ち上がろうとする。予想以上の士郎の頑丈さに感心したように男は槍を肩に担ぎながら近寄る。

 

「頑丈だな。体の方も『強化』しているのか?・・・だが、悪いが鬼ごっこは終わりだ」

 

 そう告げると素早く男は槍を構えなおして士郎に向かって突き出す。

 これで終わったと男は思うが、再び士郎は男の予想を裏切るように吹き飛ばされながらも握っていたポスターを槍にぶつけ、その反動で土倉の中に入り込む。

 

「・・いい筋だ。もしかしたら、お前が七人目だったのかもな」

 

「し、七人目?一体何を?」

 

 土倉の中で立ち上がりながら、男の言葉に士郎は疑問を述べるが、男はもう話す事は無いと言うように槍を構えながら殺気を立ち上らせる。

 圧倒的な殺気に死を士郎は感じ取るが、それを受け入れないと言うように男を真正面から睨み返す。

 

(ふざけるな!!せっかく命を助けられたんだ!!意味も理由も分からず殺されてたまるか!!!)

 

ーーーキイィィーーーーン!!

 

「何ッ!?『令呪』だと!?」

 

 士郎の左手の甲から突然に赤い光が立ち昇り、その正体を察した男は思わず叫んだ。

 更に男の驚愕は続く。士郎の左手から発する赤い光に応じるように、士郎の背後から光が立ち昇り、同時にその光は土倉の床に描かれていた陣をなぞるように輝いていた。

 

「まさか!?本当に『七人目』だったのか!?」

 

 今目の前で起きている現象の正体を察した男は、驚愕を隠せないと言うように思わず叫んだ。

 その間に床に描かれていた陣から人のような者がゆっくりと現れ、瞬時に男の前に移動すると、手に持つ何かを振り抜く。

 

「クゥッ!!」

 

 強烈な一撃をギリギリのところで槍で男は防御したが、衝撃波で男は土倉の外へと吹き飛ばされた。

 男と同じように衝撃波を受けた士郎は思わず土倉の中で尻餅をついてしまうが、すぐに顔を上げて一生忘れないような光景を目にする。

 土倉の開いた入り口から入り込む風に金色の髪を揺らし、月明かりに照らされ、神秘的に輝く蒼いドレス。幻想的な美しさを感じさせる少女が纏う白銀の鎧も差し込む月の光を反射していた。

 まるで絶対に壊してはならない名画を見たような気持ちで士郎が魅入られながら少女を見つめていると、威風堂々とした佇む少女が問いかける。

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上しました。問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 衛宮士郎は殺されて甦ったその日、『運命』と出会ったのだった。




次回は休学しているはずの凛視点から話を始めます。

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