運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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破戒すべき全ての符

 アインツベルン城内部の一室。

 その部屋の中でブラック、ルイン、イリヤスフィールは今日の昼間明らかになった事をリズから聞き終えて三人とも険しい顔を浮かべていた。アーチャーの正体が予想通りだったのは別に問題は無いのだが、もう一つの『聖杯の器』に関する情報は見過ごせなかった。

 しかもその『聖杯の器』の状態はイリヤスフィールと違って最悪に近い事も明らかになった。

 

「やはり、俺の予感は間違っていなかったか・・・しかし、問題は其処ではなくもう一つの『聖杯の器』の状態か。『聖杯』の中身の“アレ”の力が発揮出来るとすれば、危険極まりない」

 

「まさか・・・壊れた『聖杯の器』を元にするなんて・・・正気なの?間桐は?」

 

 明らかになった事実にイリヤスフィールは険しい声を上げた。

 ただでさえ『聖杯の器』はアインツベルンの秘奥。それを門外漢の間桐が作り上げたばかりか、それに使われているのは前回の聖杯戦争で壊れた『聖杯の器』。壊れた物を基にした『聖杯の器』がまともな筈が無い。更に言えば壊れた『聖杯の器』は“アレ”の顕現に関わった。間違いなくイリヤスフィールの『聖杯の器』と違って、間桐の『聖杯の器』は染まっている。

 その証拠の一つが昨夜ブラックがギルガメッシュ戦の後に感じた危機感。サーヴァントとなったブラックにとって確かに『聖杯』そのものと呼んで言い“アレ”は天敵。

 

(でも、ブラックなら逆に“アレ”をギルガメッシュのように飲み干しそうな気がするのよね・・・それにブラックの持つ『オメガブレード』ならその『聖杯の器』だって初期化出来る。まぁ、桜は消えちゃうけどね)

 

 既にイリヤスフィールはもう一つの『聖杯の器』が間桐桜である事を理解していた。

 遠坂時臣が桜を間桐に養子に出した経緯も、雇った裏の情報屋から得た情報で大よそは推察出来ていた。流石にどのような条件が養子に出した中で決まっているのかや、桜の魔術師としての資質までは分からなかったが、仮に凛並だと考えれば養子に出すのも十分納得出来た。

 魔術師とは総じて自分の利益を追求する面が強い。もしも桜の魔術師としての資質が凛並だったと仮定した場合、裏の人間は魔術に対する抵抗力を持たない桜を実験材料か或いはホルマリン漬けにして保存する可能性が高い。かと言って魔術師の家系で、その家系の魔術を受け継げるのは一人だけ。凛が遠坂の跡を継いだと成れば、桜は遠坂の魔術を受け継げない。だから、遠坂時臣は桜を間桐の家に養子に出したのだろう。或いは『聖杯戦争』を継続させる為に、跡取りの心配があった間桐に桜を提供した可能性もイリヤスフィールとセラには考えられた。

 しかし、今回得られた情報でイリヤスフィールは桜は長く生きられない可能性が高い事に気がついていた。

 

(桜は私やお母様と違って後天的に『聖杯の器』に改造された可能性が高いわ。間桐の魔術で『人体改造』が可能だとしても、『聖杯の器』への改造なんて桜の身体に影響が出ない筈が無い。多分ライダーがキャスターと手を結んだのも、ソレが分かっていたから)

 

 この『聖杯戦争』に召喚されたサーヴァントの中で、『聖杯の器』に改造された桜を純粋な意味で救える可能性があるのはキャスターだけ。

 ブラックの持つ『オメガブレード』でもイリヤスフィールの協力があれば確かに桜を現在の状態から解放する事が出来る。だが、『オメガブレード』は本来ならば触れれば問答無用で全てを『初期化』してしまう剣。『令呪』の力で一定の制限は与えられるが、もしも桜を完全に間桐に渡る前の状態に戻すとすれば幼い頃まで戻さなければ成らない。つまり、『オメガブレード』では今の桜を殺し、嘗ての桜を蘇らせることしか出来ないのだ。

 『オメガブレード』では現在の桜を救うことは決して出来ない。もしも現在の桜を殺さずに救える可能性があるとすれば、神代時代の魔術師であるキャスターだけなのだ。

 

「ライダーの選択は正しいわね。セイバーやアーチャーに半人前の魔術師であるシロウ、それにリンじゃ難しいもの」

 

「だが、その行動も恐らくは間桐臓硯と言う妖怪の思惑通りだろうな」

 

「どう言う事ですか?ブラック様」

 

「考えても見ろ。『聖杯』の完成には最終的に七騎分のサーヴァントの吸収が必要だ。ギルガメッシュが二、三騎分に相当するならば最低でも残り五騎のサーヴァントの吸収が必要。だが、その為には派手に動く必要が必ず出て来る。しかし、そうなれば俺が間桐臓硯が造り上げた『聖杯の器』と接触する可能性が高い。今奴が最も警戒しているのは俺の持つ『オメガブレード』だろう」

 

「なるほど・・・・間桐臓硯にとって最も怖いのは『聖杯の器』の消失。だから、昨日の夜は近くに居ても、ギルガメッシュとの戦いで疲弊していたブラック様を襲わなかった。僅かでも『聖杯の器』が消失する可能性がある場合は危険を犯さないと言う方針と言う事ですね?」

 

「そうだ・・・其処まで考えている奴が、果たしてライダーの行動を容認すると思うか?」

 

 そのブラックの質問にイリヤスフィール、ルイン、そして黙って話を聞いていたリズは首を横に振るう。

 用意周到に準備を行ない、虎視眈々と勝利の機会を伺っている間桐臓硯が自分の企みを潰そうとしているライダーの行動を容認する筈が無い。それを認めているとすれば、ライダーの行動には臓硯が容認するだけのメリットが隠されているとしかイリヤスフィール達には考えられなかった。

 そのメリットを悟ったブラックはゆっくりとルインとイリヤスフィールに顔を向ける。

 

「恐らく奴は『オメガブレード』を警戒している。俺が近づけば隠れるだろう。ならば、打てる手は一つだ」

 

「そうだね。確かに打てる手は一つだね」

 

 ブラックの言いたい事を理解したイリヤスフィールは、ゆっくりと腕に宿っている『令呪』を輝かせるのだった。

 

 

 

 

 

 衛宮邸の居間。

 士郎はその場所に用意されているテーブルの上に、今日の夕食の食事を並べていた。毎日夕食も食べに来る藤村大河の分もテーブルに並べ終え、後はそれぞれが席につけば食事を取れる準備が出来た。

 

「よし、準備は終わったな。藤姉もそろそろ来るだろうし、セイバーと遠坂を呼んで来るか」

 

 そう士郎は呟きながら着けていた白いエプロンを外し、離れに居る凛と周囲を警戒しているだろうセイバーを呼びに行こうとする。

 すると、家の扉が開く音が響き、ソレと共に何時も聞こえて来る元気な声が聞こえて来る。

 

「ヤッホー!士郎!ご飯出来てる!?」

 

「あぁ、出来てるよ、藤姉。先に居間に居てくれ」

 

 居間から出ながら士郎は玄関の方に居るであろう大河に向かって声を掛け、先ずは離れに居るであろう凛を呼びに行く。

 しかし、移動して来る途中で向かおうとした離れから出て来る凛の姿を士郎は目にする。

 

「遠坂、夕食の用意が終わったぞ」

 

「えぇ、藤村先生の声が聞こえて来たから、多分セイバーも気がついている筈よ」

 

「なら、もう居間に居るか…」

 

「タイガ!!」

 

『ッ!?』

 

 突然居間の方から聞こえて来たセイバーの叫び声に、士郎と凛は慌てて居間の方に顔を向けて走り出す。

 そして開いている居間の襖から中を士郎と凛が覗いて見ると、武装化を終えて不可視の剣を構えているセイバーと、そのセイバーを楽しげに見つめながら気絶している大河を抱えているキャスターの姿を目にする。

 

「藤姉ッ!?」

 

「キャスター!?」

 

「フフッ、こんばんは。セイバーのマスターの坊やに、アーチャーのマスターのお嬢さん」

 

 キャスターはゆっくりと大河の顔に手を這わせながら、楽しげに士郎と凛、そして射殺さんばかりに自身を睨んでいるセイバーに視線を向ける。

 

「セイバー、少しでも動いて見なさい?このお嬢さんの命は無いわよ?」

 

「クッ!!キャスター!貴女は!?」

 

「藤姉を放せ!!」

 

「それは出来ないわ。其処のお嬢さんも『令呪』を使ってアーチャーを呼ぼうなんて考えない方が良いわよ。死にたくなければね」

 

「ハッ!?リン!!」

 

 キャスターの言葉の意味を理解したセイバーが慌てて背後を振り向いて見ると、凛の背後から迫って来る鎖を目にする。

 背後からの奇襲に『令呪』を使ってアーチャーを呼び出そうとした凛は動けず、鎖は凛の身体に巻きつこうとする。しかし、鎖が凛の身体に届く直前に瞬時に『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を『投影』した士郎が鎖を弾き飛ばす。

 

「ハァッ!!」

 

「・・・驚きました。本当に『宝具』を『投影』出来るのですね」

 

「・・・・ライダー」

 

 弾かれた鎖を手元に戻している士郎と凛が駆けて来た廊下の先に立っている眼帯を着けている女性-ライダーの姿に士郎は険しい声を出した。

 何時の間に潜入されたのかと凛が険しい顔を大河を人質に取っているキャスターに険しい瞳を向ける。

 

(不味いわね。アーチャーを呼ぼうにもライダーも居るんじゃ呼ぼうとしたところに攻撃が来る。かと言って衛宮君にライダーの相手なんて出来る筈が無い!どうしたら!?)

 

 自分達の状況が圧倒的に不味い事を理解した凛は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、何とか今の状況を打破しようと考えを巡らせる。

 士郎とセイバーも自分達が圧倒的に追い込まれた事実を理解して苦虫を噛み潰したような顔をしていると、キャスターが士郎とセイバーに向かって告げる。

 

「セイバー、そしてそのマスターの少年。武器を手放しなさい。そうしたら命の保障はするわ。この女性の安全もね。それともライダーが呼び出せる『天馬』の一撃でこの家ごと吹き飛ぶ?」

 

『クッ!!』

 

 ライダーの『天馬』の力を知っている士郎とセイバーは悔しげな声を上げ、士郎は『投影』した『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を消失させる。セイバーも自らの剣を消失させた。

 神代の魔術師であるキャスターには幾ら『宝具』の力で不可視に成っているとは言え、すぐに気づかれてしまうとセイバーが理解しているからだった。二人が武装を解除し、凛も動かない事を確認しながらキャスターはローブの中から刀身が変な形に捻じ曲がった禍々しく輝く装飾性の高い短剣を取り出す。

 そのままその短剣の切っ先を大河の首の横に翳しながら、キャスターはセイバーに近寄る。僅かでも不審な動きをすれば大河を殺すと言う意思表示にセイバーは怒りに満ちた顔をしながらキャスターを睨みつけるが、キャスターは構わずに短剣をセイバーの胸元に向かって突き刺す。

 

「『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』」

 

ーーードックン!!

 

『ガアッ!!』

 

「衛宮君!セイバー!!」

 

 キャスターが短剣をセイバーに突き刺した瞬間、セイバーの口から苦悶の叫びが漏れ、全身を激しく痙攣させると共に士郎は左手を押さえながら苦痛の声を上げた。

 一体何が起きたのかと凛は慌てて士郎が押さえている左手に目を向け、驚愕と困惑に包まれながら目を見開く。何故ならば士郎の左手からサーヴァントを従える為に刻まれていた筈の『令呪』が消え去っていたのだ。まさかと言う気持ちに包まれながら凛はキャスターに目を向けて見ると、キャスターはゆっくりと自らの手の甲に刻まれている『令呪』を凛に見せる。

 

「う、嘘・・・それは『令呪』?・・・何でサーヴァントの貴女が『令呪』を?」

 

「フフッ、良く考えて見なさい、お嬢さん。サーヴァントを召喚出来るのは魔術師の資質を持つ者。ならこの街で今最も優れた魔術師は誰かしら?お嬢さん?」

 

「ッ!?・・・・ま、まさか!?」

 

 キャスターの言葉の意味を理解した凛は信じられないと言うような声を上げた。

 その様子にキャスターは微笑みながら、ゆっくりとセイバーがふらつきながらも立ち上がり、キャスターを射殺さんばかりに睨みつける。

 

「キャスター!!貴様は!?」

 

「フフッ、『令呪』において告げるわ。“セイバー、私の命に従いなさい”」

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「セイバー!!」

 

 キャスターが『令呪』を使用すると同時にセイバーは悶え苦しみ出した。

 そのセイバーに士郎は駆け寄ろうとするが、その前に凛が士郎の左腕を掴んで引き止める。何故と言うように士郎は凛を睨むが、凛は苦虫を噛み潰したような顔をしながらユラリと幽鬼のようにふらつきながら立ち上がるセイバーを見つめる。

 同時にセイバーの手に再び不可視の剣が顕現するが、その切っ先はキャスターではなく士郎と凛に向いていた。

 

「フフッ、此れこそが私の『宝具・破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。効果はあらゆる魔術を初期化出来るというモノ。これでサーヴァントの契約を初期化させて貰ったわ。そして新たに私がセイバーのマスターとなった。さぁ、セイバー!其処のお嬢さんに剣を振るいなさい!!」

 

「グゥッ!!」

 

 キャスターの指示にセイバーの腕は自らの意思に反して凛に剣を向ける。

 このままでは凛がセイバーに斬られると思った士郎はセイバーから凛を護ろうとした瞬間、凛が突然に士郎の頭に手をやって叫ぶ。

 

「衛宮君!!伏せて!!」

 

「ッ!?」

 

 凛の突然の指示に驚きながらも士郎が凛と共に身体を下げた瞬間、キャスターの頭上の天井が砕け散る。

 

ーーードゴォン!!

 

「なっ!?」

 

 突然の出来事にキャスターは驚きながらも目を見開いて叫んだ瞬間、砕けた天井から赤い外套を纏った男-アーチャーが飛び込んで来てキャスターの胴体に蹴りを叩き込む。

 

「オォォォッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 蹴り飛ばされたキャスターは口から息を吐き出して、後方の壁へと叩きつけられた。

 同時にアーチャーはキャスターの腕から離れた大河を左手に抱えて凛と士郎の前に立ち、右手に『干将』を出現させながらライダーとセイバーを睨みつける。

 

「やれやれ・・・戻って来てみればこのような状況になっているとは・・・・迂闊だった」

 

 アーチャーはそう皮肉げに呟きながら立ち上がろうとしているキャスターを見つめると、キャスターは蹴られた箇所を手で押さえながら叫ぶ。

 

「セイバーー!!その男を殺しなさい!!」

 

「グゥッ!!」

 

「なっ!?」

 

 キャスターの指示にセイバーの身体は本人の意思を無視して動き出そうとしたが、アーチャーに剣が振られることは無かった。

 剣を振るう直前にセイバーは『令呪』に寄る指示に抗い、体中に襲い掛かって来る激痛に苦しみながらもキャスターの指示に従わなかった。その事実にキャスターは驚き、一瞬キャスターの意思が自分達から逸れたのを確信した凛は素早くポケットに手を入れて宝石を取り出す。

 

「逃げるわよ!!」

 

パキィン!―――カアッ!!

 

 凛はそう叫ぶと共に素早く宝石を床に向かって叩きつけ、宝石が床にぶつかると共に室内に閃光が走った。

 しかし、眼帯を着けているライダーは閃光に惑わされる事無く、閃光に紛れて逃げ出そうとしている凛に向かって釘剣を投げつける。

 

「逃しません!!」

 

 投げつけられた釘剣は真っ直ぐに凛へと向かうが、凛に届く前にアーチャーが右手に持っていた『干将』を釘剣に向かって投げつけて釘剣を弾く。

 

ーーーキィン!!

 

「クッ!!」

 

 自らの武器が弾かれた事実にライダーは悔しげに声を上げて、再度釘剣を投げつけようとするが、その前にアーチャーが低い声で呟く。

 

「『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」

 

ーーードゴォォン!!

 

 アーチャーが呟くと共に投げつけられた『干将』が大爆発を起こした。

 その爆発と凛が放った閃光に紛れて士郎達は衛宮邸から脱出した。それを確認したキャスターはゆっくりと、床に倒れ伏して『令呪』に寄って激痛が体中に走って苦しんでいるセイバーを見下ろす。

 

「予想はしていたけれど、貴女の『対魔力』は『令呪』に抗えるほどのようね・・・流石は彼の『騎士王』と言うべきかしら?」

 

「ッ!?・・・・な、何故?・・・私の正体を貴女が知っている!?」

 

「フフッ、教えて貰ったのよ。そうよね?ライダー」

 

「えぇ・・・しかし、これほど旨く行くとは思ってませんでした。後は予定通りに事が進めば」

 

「全ての駒が揃う。その為の駒は既に彼らの中に紛れているのだから」

 

「・・・ま、まさか!?」

 

「気がついたみたいね。でも、これ以上この場所で話をする訳には行かないの。眠りなさい」

 

「ガアッ!・・・グ・・・・」

 

 ゆっくりとキャスターが右手をセイバーに向けると共に、『令呪』の圧力が増してセイバーの意識は薄れて行き、気絶した。

 

「・・・これで連中が動くには充分な数のサーヴァントが揃ったわね」

 

「えぇ・・・・恐らくはその時で勝負は決まるでしょう。しかし、キャスター・・・この策を良く容認しましたね?」

 

「容認せざる得ないわ。相手側の戦力はサーヴァントが何体居たとしても無効化出来るほど。此方側が勝利出来る可能性は元々が低いのですもの・・・“あの男”が考え付いた策以外で勝利出来る可能性は無いに等しいのだから・・・最もアインツベルンの陣営が手を貸してくるなら別でしょうけど」

 

「貴女の持つ『宝具』の力を遥かに超える力を持つ『宝具』ですか」

 

「とは言っても、あの陣営が力を貸してくれる筈がないわ。寧ろ自分達の力で解決しようと動くでしょうね。その結果待っているのは、貴女が望まない形での救いでしょう」

 

「・・・・」

 

「セイバーを連れて戻りましょう。後はあちらが動いてくれるでしょうから」

 

「分かりました」

 

 そうライダーは頷くと共に床に倒れ伏していたセイバーを拾い上げて、自分達の陣地である『柳洞寺』へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・こりゃ、何か起きているな」

 

 衛宮邸を一望出来る位置から事の成り行きを見ていたランサーは、気絶したセイバーを抱えて『柳洞寺』へと転移して行ったキャスターとライダーの姿に険しい声を出した。

 教会での件の後、ランサーは『隠蔽』の『ルーン魔術』を使用して士郎達の監視を行なっていた。その気になれば先ほどの戦いの中でも介入する事は出来たが、一応アーチャーが凛と士郎を助ける行動を行なったので介入は控えた。しかし、そのおかげで確実に何かが起きている可能性が高いとランサーは悟った。

 既にキャスターの陣営にはサーヴァントがライダー、アサシン、キャスター自身、そして今新たにセイバーまでも加わった。これにアーチャーまで加われば全部で五騎のサーヴァントが一つの陣営に集まった事になる。過剰としか言えない戦力な筈なのだが、ランサーにはキャスターとライダーから余裕が感じられなかった。寧ろ今の戦力でも足りないと言うような焦りを感じていた。

 

「何が起きてやがる?急に失踪した連中と何か関係があるのか?」

 

 自らが知っている情報と照らし合わせてランサーは冬木で起きようとしている出来事に関して考える。

 

(何かが起きているのは間違いねぇ。だが、ソイツは一体何だ?碌な事じゃねぇのは確かだが、情報が足り無すぎるな・・・やっぱあのお嬢ちゃんと坊主を見張るのが状況を知る術だな)

 

 そうランサーは考えながら、素早く屋根を上を駆け抜けて、凛達が逃げた遠坂邸のある方向に向かい出すのだった。

 

 

 

 

 

 遠坂邸のリビング。

 衛宮邸から逃れた凛、士郎、アーチャーは本来の凛の工房である遠坂邸に避難していた。衛宮邸よりも遥かに魔術的な防衛が施されている遠坂邸ならば、簡単にはキャスターでも破れないだろうという凛の判断だった。気絶して連れて来た大河をソファーにアーチャーは横たえながら、険しい顔をしている凛と士郎に顔を向ける。

 

「凛。キャスターは恐らくセイバーを早急に支配下に置こうとするだろう。どう言う状況か分からないが、連中は過剰と呼べるほどの戦力を欲している。『令呪』を用いてセイバーを自害させなかったのが証拠だ」

 

「えぇ、私もそう思っていたわ。だけど、『対軍宝具』を所持しているライダーが居ながら、その上セイバーまで従えようとするなんて一体キャスター達は何を考えているの?」

 

「俺と遠坂が組んだように、もしかしてあの子の陣営が理由なんじゃないのか?アーチャーの話だと本気で戦わせたら不味い陣営なんだろう?」

 

「イリヤスフィールのサーヴァントね・・・・確かに可能性としてはありえるかも知れないけれど、絶対とは言い切れないわ・・・・・とにかく、先ずは情報を収集するしかないわね・・・・それと衛宮君?」

 

「何だ?」

 

「・・・・貴方は明日教会に行って保護して貰いなさい」

 

「なっ!?何を言っているんだよ!?遠坂!?セイバーを放っておけって言うのか!?」

 

「・・・・そうよ」

 

「ッ!?」

 

 凛の険しい言葉に士郎は言葉を失うが、今の状況は仕方が無かった。

 幾ら『宝具』を『投影』出来るとは言え、セイバーと言う護り手を失った士郎は生身の人間でしかない。英霊であるサーヴァントに対抗するのは難しいどころか無謀。更に言えばキャスター側には最低でも三騎のサーヴァントが居る。

 アーチャー一人しかサーヴァントに対抗出来る手札が無い今、士郎に気を配れる余裕は凛にも無かった。ゆっくりと凛はリビングの扉に手を掛けながら、士郎に声を掛ける。

 

「今日は藤村先生と一緒に家に泊めて上げる。明日はアーチャーに教会まで送らせるから」

 

「待てって!!」

 

 リビングから出て行こうとしている凛に士郎は手を伸ばすが、無情にも扉は閉まってしまう。

 士郎は扉を開けて凛を追い駆けようとするが、扉に手を掛ける前にアーチャーの手が士郎の手を掴む。

 

「なっ!?」

 

「・・・・・衛宮士郎・・・お前に話がある」

 

「な、何だよ?」

 

 何時に無く真剣なアーチャーの目と声に士郎は反論するのも忘れて、アーチャーに目を向ける。

 其処には何時もの皮肉げな様子は無かった。何か決意に満ちた覚悟をアーチャーは宿しているのだと士郎は感じ取り、思わず息を呑んでしまう。

 アーチャーは士郎が話をする気になったのだと理解し、ゆっくりと士郎に向かって話し出す。

 

「・・・・・嘗て私は寄り大勢の人々を救おうと行動していた。目に見える先で助けを求めている人々を救おうとした。だが、結局私は本当に助けるべきだった者を助けられなかった・・・・それを思い出した」

 

「何を言っているんだ?」

 

「・・・衛宮士郎。この先も『聖杯戦争』に関わるならば、お前は必ず選択する事になる。“受け継いだ理想”か“それとも己の想い”のどちらかをな。間桐慎二の時よりも遥かに厳しい選択を貴様はせねばならない」

 

「ど、どう言う事だよ!?それよりも何でお前が“受け継いだ理想”なんて知っているんだ!?」

 

 自らの根源に関わる事を他人の筈のアーチャーが知っている事に士郎は動揺しながらも、アーチャーに質問した。

 その質問にアーチャーは答える事無く、士郎に背を向けながら後悔と悲しみが篭もった声で呟く。

 

「私は・・・・『誰も危険な目に巻き込みたくなかった』。残された者達がどのような想いを抱くのかも顧みずに・・・・衛宮士郎。貴様が“受け継いだ理想”に突き進むならば覚悟しろ。それが出来なければ、私と同じ結末に至るだろう」

 

「ア、アーチャー?・・お、お前は一体?」

 

 まるで自分を知り尽くしているかのように語るアーチャーの背に、士郎は困惑に満ちた声を掛けるが、アーチャーは答える事無くその身を霊体化させて士郎の前から姿を消す。

 残された士郎は凛とアーチャーの言葉に思い悩むような顔をしながらソファーに座り、目の前で横になっている大河の顔を見つめるのだった。


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