運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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魔女の過去と蛇の行動

 ギルガメッシュを倒し終えた後、ブラックはアインツベルン城に戻り、部屋の一室でルインから治療魔法を受けて戦いで負った傷の治癒を急いで行なっていた。

 傷を負いながらも無事に戻って来たブラックにイリヤスフィールが抱きついて来たりしたが、優しく離した後にブラックは戦いの中で得た情報をセラに調べるように指示を出した後は、ルインの治療を早急に受ける事にしたのだ。何せギルガメッシュは倒したが、その後に声だけで危機感を与えた存在が居る。一刻も早く治療を終えなければ取り返しのつかないことが起きるとブラックの『直感』が告げている。

 イリヤスフィールとリーゼリットは心配そうにルインの治療を座りながら受けているブラックを見つめるが、ブラックは静かに目を閉じている。

 

「・・・やはり、『竜殺し』で受けた傷の完治は時間が掛かりそうです。イリヤちゃんの魔力と治療魔法で治療を急いだとしても、明日の夜までは掛かりそうです」

 

「そうか」

 

 ルインの報告にブラックは自らの右脇腹に深々と刻まれている傷口を見つめる。

 流石に『竜殺し』に関する中で最強の『グラムの原典』に当たる『原罪(メロダック)』による傷は、簡単に治癒出来る傷ではなかった。回復に専念したとしても一日は掛かる事実に、ブラックが僅かに苛立ちを覚えていると、イリヤスフィールとリーゼリットが心配そうに声を掛ける。

 

「ブラック、大丈夫?」

 

「怪我深そう」

 

「大丈夫だ。この程度の傷で俺はやられん」

 

「良かった・・・でも、前回のアーチャーが生き残っていたなんて」

 

「驚き」

 

「奴の話では『聖杯』から溢れ出たモノを浴びて『受肉』したらしい」

 

「だから、驚いているの。だって、『聖杯』の中身は“アレ”なんだよ?“アレ”はサーヴァントだって耐えられる代物じゃないのに」

 

 『聖杯戦争』で『聖杯』に関する面の部分を扱っているアインツベルンの関係者であるイリヤスフィールは、ブラックがアインツベルンを潰した時に『聖杯』に関する重大な情報を得ていた。

 その情報から『聖杯』が完成する寸前の時に、イリヤスフィールは『聖杯』が開けるモノをブラックに破壊して貰うつもりだった。ブラックならば『聖杯』が開けたモノを破壊する事が出来る。完全に『聖杯の器』と化す前に『令呪』の使用も考えていたのだから。だからこそ、『聖杯』の中身を浴びながらも耐え切り、『受肉』を果たしたギルガメッシュの存在はイリヤスフィールにとって驚くべき存在だった。

 そんな風にイリヤスフィールがギルガメッシュに関して考えていると、部屋の扉が開き、何らかの資料と思われる紙を数枚持ったセラが入って来る。

 

「失礼します、お嬢様。今夜現れたギルガメッシュに関する情報を見つけてきました」

 

「ご苦労様、セラ・・・で?前回のアーチャーを召喚したのは誰なの?『受肉』して留まっていたにしても、ギルガメッシュの場合は偶然みたいだから、もしかしたら今も自分を召喚したマスターと繋がりがあるかもしれないから」

 

 サーチャーを通してギルガメッシュの説明を聞いていたイリヤスフィールは、ギルガメッシュの背後には誰か自分達を襲うように指示した者が居る可能性が高いと感じていた。

 ブラックもルインもイリヤスフィールの考えには同意だった。ギルガメッシュはサーヴァントの数を減らす為だけではなく、『聖杯の器』を求めてアインツベルンの森に訪れて来た。ギルガメッシュ自身もセイバーの『受肉』の為に『聖杯』を求めていたようだが、背後に何者かの意図があると考えた方が良い。そしてブラックはその可能性が高いのはランサーかライダーのマスターのどちらかだと考えている。

 だからこそ、集めた前回の『聖杯戦争』に関する情報の中に何かギルガメッシュのマスターに関する情報が無いかとセラに調べるように指示を出したのだ。元々はイリヤスフィールが切嗣の行動に関する事を詳しく知る為だったが、セイバーの真名や所持している『宝具』などが戦う前から分かったりと思っていた以上に役に立ったのでそのまま残していた。そして再びその情報が役に立つ事になった。

 

「では、お伝えします。前回のアーチャー、ギルガメッシュを召喚したマスターの名前は『遠坂時臣』。『遠坂凛』と『間桐桜』の実の父親です」

 

「フゥ~ン、リンのお父さんが召喚したサーヴァントだったんだ」

 

「はい、ですが、『遠坂時臣』が『聖杯戦争』の最後まで生き残っていた可能性は低いと思われます。情報によれば彼の人物の姿は最後の戦いの舞台の時には見られなかったそうです・・・恐らくは謀殺されてギルガメッシュは別のマスターと契約した可能性が高いと思われます。その人物で可能性が高いのは、今回の『聖杯戦争』で教会の監督役であり、前回ではマスターとして参戦し、『遠坂時臣』の弟子であった『言峰綺礼』です」

 

「ほう・・・なるほど、やはり監督役は何かを企んでいると言う訳か。『間桐』の方も考えられるが、確か『遠坂』と『間桐』の間では何らかの取り決めがあったはずだ・・・・・『聖杯戦争』中に接触があった可能性もあるだろうが、その様な情報は無いのだろう?」

 

「はい。更に言えば前回の『間桐』のマスターは『遠坂時臣』に対して私怨を抱いていたらしいので、絶対とは言えませんがギルガメッシュが『間桐』の関係者と接触した可能性は低いと思われます」

 

「となれば、監督役が一番怪しいか」

 

 状況証拠を統合すればギルガメッシュに『聖杯の器』を手に入れるように指示を出したのは、ギルガメッシュと繋がりのある可能性が最も高い『言峰綺礼』だろう。

 『預託令呪』を所持しているならば本来の『令呪』を隠す事が綺礼には出来る。何よりも弟子だったならば遠坂時臣を闇討ちしてギルガメッシュと再契約出来る機会は充分にある。寧ろギルガメッシュが率先してマスターの交換を行なった可能性も否めない。

 直接対峙したブラックは其方の方が可能性が高いと考えていた。ギルガメッシュの性格は唯我独尊と言う言葉がこれ以上無いほどに相応しい。ギルガメッシュと主従関係を築くのは不可能に近い。余程相性が良くなければ、確実にギルガメッシュは自らのマスターであろうと謀殺するだろう。或いは趣味が合う性格破綻者ぐらい。いまだ綺礼と言う男の事は把握し切れていないが、ブラックは自身やルインのように世界を外れた形で見る同類なのではないかと考えていた。

 

「・・・・・奴が現在のランサーのマスターだという可能性は高いな。教会の人間ならば怪しまれずにマスターを闇討ち出来る機会はあるからな」

 

「そういえばそうだよね。私達は登録に行かなかったけど、シロウやリンのようにマスターになった事を言うマスターも居るからね」

 

 教会の言う『中立』は、あくまで『聖杯』を監視すると言う名目上のものでしかない。

 冬木の『聖杯』は『聖堂教会』が求めている物ではない。だが、それを求める者が教会内から現れないと限らない。冬木の『聖杯』の本来の役割は『根源』に関する事だが、副次として願いを叶える力も宿している。

 最も過去ならばともかく、現在の『聖杯』は願いを叶えるにしても限定的な一方向に沿った形でしか願いは叶わない。言峰綺礼は前回の『聖杯戦争』で最終戦まで生き残り、そして戦い抜いた者。つまり『聖杯』の中身を知っていても可笑しくない人物。にも関わらず『聖杯』を望んで行動していると考えた場合、ブラックの綺礼に対する推察が当たっている可能性が高かった。

 

「お嬢様。私とリズで教会を傀儡兵と共に襲いましょうか?明確な証拠は在りませんが、教会には不審な点が多過ぎます」

 

「う~ん・・・ブラックはどう思う?」

 

「駄目だ。もしもランサーのマスターが教会の監督役だとすれば、傀儡兵ではランサーの相手にもならん」

 

「それにギルガメッシュにかなりの傀儡兵が破壊されました。傀儡兵の数が少数になった今、無駄に傀儡兵を減らすのは得策ではありません」

 

 ブラックもルインも今回の戦いで自分達の手札が消費された事を理解していた。

 ルインが『道具召喚』のスキルで召喚した傀儡兵には替えが利かない。あくまでルインは道具を呼び出すスキルを持っているだけで、破壊された道具の修理などは出来ないのだ。それが出来るのは生前で仲間と呼べたマッドな研究者だけ。

 更に言えば三回しか使用出来ない『オメガブレード』の真名開放も一回使用してしまったので、残り二回しか使用出来ない。真の『宝具』こそ使っていないが、確実に自分達の手の内の幾つかが他陣営に知られた可能性は高かった。

 

「ギルガメッシュの行動で森を覆っていた結界も弱まりました。恐らくキャスター辺りには此方の手の内が知られたと考えるべきでしょう」

 

「だろうな・・・・となれば、やはり今は回復に専念すべきだ。結界が弱くなったとはいえ、この場所は俺が存分に力を振るえる場所だからな。他陣営の動きはサーチャーを使って監視を強める方向のままで良い。特に教会と間桐家の方の監視を強めろ」

 

「分かりました。其方は私とリズで行ないます。お嬢様とルイン様はブラックの回復に専念して下さい」

 

「お願いね、セラ」

 

 そうイリヤスフィールはセラに声を掛け、ブラックが完全に回復するまで城に引き篭もる事で方針が決まった。

 その後は一先ず今夜の治療はルインに任せる事に決まり、魔力回復の為にリーゼリットに連れられてイリヤスフィールは自身の寝室に戻って行く。その時に今夜はルインと一緒に眠れないことをイリヤスフィールは寂しがったが、代わりに今夜はリーゼリットが一緒に寝る事になって寝室へと戻って行った。

 ブラックとルインはイリヤスフィールがリーゼリットと共に寝室に戻って行ったのを確認すると、セラに険しい視線を向ける。

 

「・・・気になっていたがギルガメッシュを倒した後に、イリヤスフィールに異変はあったか?」

 

「いえ・・・ですが、同じ『聖杯の器』とは言え母親であるアイリスフィール様とお嬢様は違う点が在ります。それに倒れたサーヴァントはギルガメッシュだけですから、それほどお嬢様に異変が起きるとは思えませんが」

 

「・・・・・だと良いのだが」

 

「何か疑問でもあるのですか、ブラック様?」

 

「『聖杯』の中身を浴びても自我を保ち、『受肉』を果たしたギルガメッシュの器はサーヴァント数体分の価値が在る筈だ。それを受け入れて異変が起きないのはどう考えてもおかしい」

 

「・・まさか?お嬢様がギルガメッシュの魂の吸収に失敗したと言うのですか?在りえません。『聖杯の器』はお嬢様だけ。アインツベルンが最後に作り上げた『聖杯の器』はお嬢様だけです。もしも在ったとしても、貴方がアインツベルンを滅ぼした時に失われています・・・別の『聖杯の器』など存在している筈が在りません」

 

「・・・・だと良いのだが」

 

 セラの断言するような言葉にブラックは疑問を隠せないと言うような声を出し、ルインもイリヤスフィールに何の変化も起きていない事を疑問に思うのだった。

 

 

 

 

 

「まさか、更にサーヴァントが・・しかも古代ウルク王なんてとんでもない存在が」

 

 ブラック達の予想通り、キャスターはアインツベルンの森で起きていた戦いを水晶を通して見ていた。

 あらゆる『宝具』の『原典』を所持し、更には世界を作り上げた伝承を持つ『乖離剣(エア)』を所持していた古代ウルクの王であり『英雄王』と呼称されるギルガメッシュの存在は、キャスターにとって脅威どころの騒ぎでは無かった。ギルガメッシュの前には折角築き上げた『神殿』も役に立たない。

 言うなればギルガメッシュは単体で戦争が出来るサーヴァントの中でも異常と言う言葉が相応しい存在なのだから。そしてそのギルガメッシュにとって最悪の相性を持つ『宝具』を所持し、真っ向勝負で事実上討ち破ったブラックの存在も脅威どころの騒ぎでは無かった。

 

「疲弊したと思わせていたのも罠・・・・あの女性の方が竜人の主だと考えていたけれど、どうやら違った見たいね・・・まんまと罠に掛かりかけたわ」

 

 キャスターは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、自身の口元に手をやって長い紫色の手袋に覆われている親指の爪を思わず噛んでしまう。

 

「あの時に私を見逃したのも自分のサーヴァントの実力がこれほどだと分かっていたからね・・・可愛い顔をしてやってくれるわね。あの女の子」

 

 そうキャスターは苦虫を噛み潰したような声を出しながら、自身を召喚した魔術師がルインに殺された時の事を思い出す。

 

 最初にキャスターを召喚したマスターは魔術師としてのレベルが低い男だった。

 サーヴァントの召喚の殆どは『聖杯』が行なってくれるので、召喚する事自体は実を言えば『魔術回路』を持つ一般人でも行なえる。現にサーヴァントの召喚呪文も唱えなかった士郎がセイバーの召喚に成功しているのだから。

 故に魔術師としてレベルが低い者でもサーヴァントの召喚は可能だった。そしてキャスターを最初に召喚したマスターは魔術師としての技量が低く、臆病で無能にも関わらず自尊心だけは強い者だった。その男は召喚時に『アルゴー船』縁の品を用いてサーヴァントの召喚に挑んだ。

 多くの英雄が乗ったとされる『アルゴー船』縁の品で強力なサーヴァントを呼び出そうとしたのだが、召喚されたサーヴァントは『最弱』のクラスと称されるキャスターのサーヴァントだった。当然ながら強力なサーヴァントを呼び出そうとしていた男の落胆は酷いと言う言葉だけでは足りず、召喚されたキャスターの才能と魔術師としての技量に嫉妬までもし、魔力を極度に制限し、彼女を道具のように扱った。当然ながらキャスターは男をそうそう見限り、無駄に『令呪』を消費させて虎視眈々と命を奪う機会を伺っていた。

 だが、一応腐っても男は魔術師。契約破りなども警戒し『令呪』を使用して、キャスターに契約破りが出来ないようにした。

 おかげでキャスターは何とか『令呪』を使い切らせるか、或いは召喚した男を何処かのサーヴァントかマスターに殺して貰う以外に方法がなくなってしまった。後者の方法は作り上げた工房から男が出る気が無く、また魔術師の工房に進んで挑むような陣営は考えられなかったのでキャスターは前者の方法で男を殺そうと企んでいた。

 しかし、その時にキャスターに運が向く出来事が起きた。ありえないと思った工房への襲撃が起きたのだ。

 

『な、何だ!?』

 

 工房を築き上げた建物全体を揺るがすように響く破砕音や破壊音に、工房を築き上げた男は戸惑いに満ちた叫びを上げ、横に控えていたキャスターに向かって怒鳴りつける。

 

『キャスターー!!この音は何だ!?』

 

『恐らくは襲撃です、マスター。しかも建物を破壊すると言う強引な手段での』

 

『何を考えているんだ!?そのマスターとサーヴァントは!?今は夕方だぞ!?そんな時間に建物の破壊などすれば、人目がついて神秘の隠匿が出来ないでは無いか!?』

 

『・・・マスター、窓の外をご覧下さい。人の姿形は愚か、気配が一切ありません』

 

『何ッ!?』

 

 キャスターの報告に慌てて男が外を覗いて見ると、キャスターの報告どおりに人の姿が無く、代わりに鋼鉄の装甲で全身を覆い、剣や槍、砲身を構えた傀儡兵の軍勢が建物を取り囲んでいた。

 その異常な光景に男が言葉を失っていると、一際巨大な傀儡兵の右手に乗っている銀色の髪の女性-ルインフォースと、その横で興味深そうに傀儡兵を眺めている銀色の髪のルビーを思わせるような瞳を持った少女-イリヤスフィールの姿を目にする。

 

『あいつ等が!?あいつ等が俺の工房を襲ったのか!?』

 

『マスター!来ます!!』

 

ーーードオオォォン!!!――ガラガラガラ!!

 

 自身の工房を襲った二人の姿に男は我も忘れて叫んだ瞬間、男とキャスターが居る部屋の壁が粉砕され、自らの武器を構えた傀儡兵達が室内に無機質な瞳をキャスターと男に向けながら入って来る。

 

『キャ、キャスターー!!』

 

『・・・・マスター、失礼します』

 

 内心ではこのままこの場に捨てたい気持ちを抱きながらも、キャスターは出来るだけ魔力を消費しないようにしながら、ローブを翼のように広げて飛行魔術を使用し宙に男を抱えながら浮かび上がる。

 鋼鉄で作られている傀儡兵ならば空は飛べないとキャスターは判断したのだ、何よりもキャスターが現在保有している魔力では戦闘など出来ない。相手の軍勢の数を考えれば戦闘など行なえば、即座に魔力が尽きるだろう。

 足手纏いを護らなければならない我が身の不幸を内心で呪いながら、キャスターは傀儡兵達の攻撃が届く前に傀儡兵達が空けた穴から空へと逃げる。だが、キャスターの行動を嘲笑うかのように何体かの傀儡兵の足元に桜色の翼が現れて、空中に逃げるキャスターを追い駆け出す。

 

『なっ!?』

 

 さしものキャスターも『魔術』の発動も見せずに、しかも鋼鉄の傀儡兵が空を翔る姿に驚愕と困惑に満ちた叫びを上げる。

 その隙に傀儡兵の二機がキャスターの逃げようとした方向に回り込み、逃げ道を封鎖する。神代の魔術師のキャスターならば傀儡兵を破壊する事など容易い。しかも今はどう言う訳か人の気配が全く存在していない。本来ならば使用出来ない強力な魔術が存分に使える状況なのだが、魔力が制限されている状態では使用など出来ない。

 

『マスター、私の制限を解除して下さい。出なければこの状況から逃れられません』

 

『で、出来るのだろうな!制限を解除すれば!?』

 

『確実とは言えませんが、逃げられる可能性は増えます』

 

『ふざけるな!!クソ!!お前みたいな奴が召喚されたばかりに!!クソッ!!クソッ!!』

 

『随分と外れなマスターに召喚されたみたいですね、キャスターのサーヴァント』

 

 喚く男の姿を傀儡兵同様に空に浮かび上がって眺めていたルインは、キャスターに同情するような視線を向けながら声を出した。

 ルインとイリヤスフィールがキャスターと男の工房に襲撃を掛けたのは、本格的に『聖杯戦争』が始まる前にサーヴァントと魔術師を正確に封鎖結界に取り込めるかどうかの実験的な理由だった。結果から言えば問題なくキャスターと魔術師は封鎖結界に取り込めたのだが、どう言う訳だかキャスターのサーヴァントとしての威圧感と呼べるものが異様に薄いことにルインは途中で気がついていた。

 その理由が抱えているマスターと思われる男が原因なのだとルインは悟り、心の底から同情するような視線をキャスターに向けていた。敵である筈の別のサーヴァントに同情される我が身の不幸さに、キャスターはローブで隠れている目尻に涙が浮かびそうになるが、逆に馬鹿にされたと思った抱えている男がルインに向かって叫ぶ。

 

『サーヴァント風情がこの俺を馬鹿にするのか!?』

 

『自分の状況が分かってますか?『聖杯戦争』での最大の戦力であるサーヴァントの戦力を低下させている時点で、三流ですよ。その様子だと切り札の『令呪』も無駄に消費しているんでしょう?サーヴァントの戦力低下辺りとキャスターの行動を警戒して動きを封じる為に二画ぐらい使っていると思いますけど』

 

『う、うるさい!!』

 

 図星をつかれた男はルインに向かって真っ赤になって叫ぶが、ルインは呆れた様子で溜め息を吐く。

 

『ハァ~、サーヴァントが強力でもマスターがこれだと本気に不憫ですね』

 

『キャスター!!制限を解除する!!すぐに目の前のサーヴァントを殺せ!!』

 

 ルインの言いようにキレた男は抱えているキャスターに掛けていた制限を解除し、ルインを倒すように命じた。

 同時に今まで最低限にしか魔力が送られないように遮られていたマスターとのレイラインから、男の魔力がキャスターに流れ込んで行く。その魔力を用いて男はキャスターに戦わせようとするが、既に遅かった。今更キャスターに魔力が戻っても遅い。既にルインの包囲網は完成しているのだから。

 

『遅すぎです、『旅の鏡』』

 

ーーーバキッ!!

 

『ゲベッ!!』

 

 ルインが右手を横に発生させた丸い穴のようなモノの中に振り抜くと共に、男の顎の下に同様の空間の穴が開いてルインの右腕が飛び出し、男の顎を殴り飛ばした。

 平然と空間干渉を行なったルインにキャスターはローブに隠れている目を見開くが、すぐさまマスターを助けようと体を動かそうとするが、その前に周りに待機していた傀儡兵達の砲身が一斉にキャスターの傍から離れて落下して行く男に照準が合わされ、ルインの宣言と共に桜色の砲撃が砲身から一斉に撃ち出される。

 

『ディバインバスター』

 

『ウギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 

 撃ち出された桜色の砲撃を空を飛べない男は避ける事も出来ず、せめてもの抵抗と魔術的な防壁を発動させるが、四方から撃ち出されたディバインバスターの前には無意味となり、男はディバインバスターの中に飲み込まれて地上へと落下して行った。

 キャスターは即座に男を助けるために地上に降りようとするが、傀儡兵達がキャスターの進行を遮り、キャスターは空中で足止めされてしまう。その間にルインは地上に降りてディバインバスターの直撃を受けてボロボロになっている男の前に着地し、虫の息である男の両手足を躊躇うことなく斬り飛ばす。

 

『フッ!!』

 

『ギャアァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

『貴方見たいな人間はしぶといですからね。『令呪』を使用される前に・・・・・・ウワァ~、予想通り切り札の『令呪』が一画しか無いですね。この様子だと私達が来るまでもなく、『令呪』が全部消費し終わった時点でキャスターに殺されていたでしょうね』

 

 斬り飛ばした男の右腕に宿っていた『令呪』の数を確認したルインは、呆れたような目線で両手足を失って呼吸だけしか出来なくなったクレーターに伏している男を見下ろす。

 サーヴァントと言う規格外の存在を御す為には『令呪』の存在は何よりも必要不可欠。召喚されたサーヴァントの中には『令呪』が無くともマスターに忠誠を誓う者は居るが、そう言うサーヴァントの存在自体が稀でしかない。その気になれば自決さえもサーヴァントの意思を無視して行なわせる『令呪』は、サーヴァントにとって本能的に恐れるものなのだ。だからこそ、キャスターは『令呪』を使い切るまで男の言いなりになるしかなかったのだ。

 そのサーヴァントにとって絶対的な切り札を『聖杯戦争』が本格的に始まる前から二画も失っている事実に、ルインは呆れながら近寄って来たイリヤスフィールに男の腕を手渡す。

 

『これで『令呪』が一画増えるね』

 

 イリヤスフィールはそう言いながらセラから教わった『令呪』の移植を即座に行ない出す。

 ルインはその横に立ちながら虫の息の男が死なないようにギリギリのところでの治療魔法を発動させ、上空で傀儡兵に囲まれているキャスターを警戒するように見つめる。男とキャスターを殺さないで居るのは、『令呪』の移植の為だった。御三家の者はサーヴァントを失っても『令呪』を保持し続ける事が出来るが、外来の魔術師の場合はサーヴァントや召喚した魔術師が死んだ場合は『令呪』は『聖杯』に回収されて、新たな魔術師に移動される。だからこそ、御三家のイリヤスフィールが『令呪』の移植を終えるまではキャスターも魔術師の男も死んで貰う訳には行かなかった。

 男にとっては不幸な事だろう。死に掛けている状態なのに無理やり治療魔法で生かされているのだから。そして滞りなく『令呪』の移植が終わり、イリヤスフィールも自身の手の甲に宿った新たな『令呪』を楽しげに見つめる。

 

『フフ~ン、これで更に戦力が上がったよね・・・もう良いよ、ルインお姉ちゃん。キャスターは要らないし、其処の男も要らないから・・・消しちゃって』

 

『了解です』

 

 ルインはイリヤスフィールの指示に頷くと共に右手を振るい、イリヤスフィールを封鎖結界の外に出す。そのまま左手を上げてゆっくりとキャスターと虫の息の男にそれぞれ視線を向けると共に、傀儡兵達を下がらせる。

 自らを取り囲んでいた傀儡兵達が下がった事実にキャスターは訝しげな視線をルインに向けて、疑念と困惑に満ち溢れた声で質問する。

 

『どう言うつもりなのかしら?自分の使い魔を下がらせるなんて』

 

『無駄に駒を消費したくないんですよ。さて、キャスター。貴女には同情します。だから、チャンスをあげますよ。次の一撃に耐えられるか、逃げ切れたらこの場では見逃します』

 

『・・・随分な言葉ね・・・・(とは言っても、あの下衆から送られた魔力は微々たるもの。更に言えば下衆の『令呪』を得た女の子とはレイラインが結ばれていない・・・・弱い一撃ならば防げるけれど、強力な一撃では現界の支障が出る覚悟をしなければ防ぐ事は・・ッ!?)』

 

 何とか現状から抜け出す策が無いのかとキャスターが考えを巡らせていると、突如としてルインの体から強力な魔力の気配が発せられる。

 

『闇に染まれ、『デアボリック・エミッション』』

 

 ルインの詠唱が終わると同時にルインを中心に凄まじい勢いで黒い球体が広がり、建物や地面、クレーターに倒れ伏していた男も、そして空中に居たキャスターも飲み込み大爆発が起こった。

 そして爆発の影響が治まった後には建物も男の姿も存在せず、ルインを中心とした巨大なクレーターが結界内部に出来ていた。ゆっくりとルインは自らが発動させた『デアボリック・エミッション』によって出来たクレーターを見回す。

 

『・・・空間転移・・・確かこの世界では使用する事さえも難しいとされる力を使用するとは・・・・あのキャスターは間違いなく強力なサーヴァントのようですね。そんなサーヴァントの力を制限するなんて・・・馬鹿なマスターも居た者ですね』

 

 そう呟きながらルインは封鎖結界を解いて、本来の世界へと舞い戻るのだった。

 

 一方、ルインの『デアボリック・エミッション』をギリギリのところで避けたキャスターは、保有魔力さえも殆ど失い、更に現世との繋がりで重要だったマスターも失った事で、もはや『魔術』の使用も出来ず、フラフラと街の中を人目につかない様に歩いていた。

 目的の場所は『霊地』。其処ならば多少なりとも魔力の補填が行なえる。元々マスターを殺すつもりだったキャスターは、最初から『霊地』に移動する事を考えていた。制限されていた魔力も消費して冬木にある最大級の『霊地』をキャスターは見つけていたのだ。だが、其処に着くまでもはやキャスターの体は現界を保てるか分からない状態だった。

 保有魔力もルインの『デアボリック・エミッション』を避ける為に空間転移を発動させたので、殆ど残っていない。気が変わってルイン達が追ってこないように『宝具』を使用したので、自分の居所が知られる可能性は限りなく低いが、それでもキャスターは自分が『霊地』に辿り着ける可能性は低いと考えていた。

 案の定キャスターは人には見つからなかったが、『霊地』に辿り着く後一歩のところで地面に倒れ伏し、空から降り注ぐ冷たい雨を浴びることになった。

 

『・・・ぅぅ・・・・・此処まで・・・・・・・だと言うの・・・・・何も出来ず・・・・・此処で・・私は・・・』

 

 何も成し遂げられず、最低なマスターに召喚され消えようとしている我が身の運命をキャスターは呪いたくなった。

 彼女にも『聖杯』に対する願いがあって召喚に応じた者。だと言うのに、何も出来ずただ最低なマスターの道具だけで終わりそうになっている我が身を心の底からキャスターは惨めだと考えていた。だが、どうする事も出来ない。保有している魔力は既に底を着く寸前で動く事もままならない。

 冷たい雨に打たれながら我が身は消えるのだとキャスターが思った瞬間、その人物は現れた。

 

『・・このような所で死に掛けの者と出会うとはな』

 

 それがキャスターが出会った自身にとっての最高の主であり、最愛の者となる人間との邂逅だった。

 

 時は現在に戻り、キャスターは新たに得た情報を踏まえて戦略を練っていた。アインツベルン陣営が予想以上に強力な陣営だと明らかになった今、セイバーだけを戦力として増やすだけでは足りないと分かったのだ。

 

「やはりアーチャーも・・・いえ、どうにもあの男は信用なら無いわ・・・戦力としては欲しいけれど、寝首をかくような者は入らない・・・それにホテルの時にアーチャーが使った『魔術』・・・・信じられないけれど私の推測が間違っていないとなれば、危険過ぎるわね・・・でも、セイバーだけでは戦力として不安が・・・ッ!?」

 

 何かを感じたようにキャスターは一方向に顔を向けて、警戒しながら部屋から外に出る。

 キャスターが居る場所は壁に四方を取り囲まれた歴史を感じさせる寺。その寺をキャスターは『クラススキル・陣地作成』で自らの『神殿』に作り変えたのだ。『霊地』としても一級の場所であり、寺の周りには天然の結界さえも張られ、サーヴァントは山門からしか侵入する事が難しい場所。

 その事が分かっているキャスターは山門に強力な護り手を配置し、万全の防衛を整えていた。しかし、その万全な防衛の一役を担っている護り手である群青の着物を着た男が多少傷は負っているが、見覚えのある者を連れて来るのをキャスターは目にする。

 

「・・・・どう言うことかしら?私は貴方に山門の護りを命じた筈よ?なのに、敵を招き入れるなんて一体どう言うつもりなのかしら?」

 

「怒るのは最もだが、この者の話を聞いておくべきだと私は判断した。何せ我らの命運を握る重大な話らしいのでな」

 

「・・・・何ですって?私達の命運を握る話?・・・面白いわね・・・なら、少しでも怪しい動きをしたら、即座にその者の首を切り落としなさい、『アサシン』」

 

「御意」

 

 群青の着物を着た男-『最後のサーヴァント、アサシン』-は身の丈ほどある長物を手に具現化させながら頷いた。

 キャスターはそれを確認すると険しい瞳をアサシンの前に立つアサシンに付けられたであろう切傷から血を流している『ライダー』に向ける。

 

「少しでも変な行動をしたら、その首が無くなると思うのね。生前のように首を切り落とされたくないでしょう?」

 

「言われなくても何もする気はありません・・・私は貴女と手を結びに来たのですからね。調べたサーヴァントの中で“私の本当のマスターを救える”可能性が僅かでもあるのは、貴女だと考えました。もしも私の願いを叶えてくれるのならば、この命も差し上げましょう」

 

「・・・良いわ。話だけは聞きましょう。最も手を結ぶかどうかは貴女の話次第だけど」

 

 キャスターはそうライダーに告げると、ゆっくりと背を向け、アサシンに見張らせながらライダーと共に境内に入って行くのだった。




ライダーが臓硯の意思に反して動ける理由は次回の交渉で明らかになります。
分かる人にはその理由が分かると思います。

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