運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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王との邂逅

 衛宮邸の道場内。武家屋敷である衛宮邸の中でも一番の広さを持つ鍛錬を行なう場所で、何時もは響く事のない竹刀を打ち鳴らす音が鳴り響き続けていた。

 剣の鍛錬を行なっているのは家の主である士郎。その士郎を師事しているのはセイバーだった。

 

ーーーパシーーン!!

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 甲高い音と共に手の中に在った竹刀が弾かれながら、士郎は荒い息を吐いて涼しい顔をして竹刀を構えているセイバーを見つめる。

 

「まだ続けますか?」

 

「あぁ、頼む!」

 

「では、続けましょう」

 

 落ちていた竹刀を拾いながら叫んだ士郎に応じるように、セイバーも竹刀を構え直す。

 そのまま再び竹刀の打ち鳴らしが始まるが、気合の篭もった士郎の打ち込みに対してセイバーは冷静に対処を行ない、士郎の悪い部分を指摘しながら最小限の動きで鋭い一撃を士郎に叩き込んで行く。

 打ち合う度に士郎は目の前にいるセイバーとの実力差を痛感するが、諦めることなく、せめて一太刀だけでも入れて見せると言う気合を持って竹刀を振るって行く。しかし、剣の英霊として呼ばれたセイバーに一太刀を入れることが出来ずに道場に座り込んでセイバーがヤカンに入れて来てくれた水を飲む。

 

「プハァァァッ・・・まさか、一太刀も入れられないなんて」

 

「当然です。しかし、シロウの打ち込みには芯があります。私も鍛錬をしていて心地良かったです」

 

「そうか・・・・・なぁ、セイバー?」

 

「何でしょうか?」

 

「その・・・気になっていたんだけど、セイバーは爺さん、衛宮切嗣に十年前に召喚されたんだよな?」

 

「・・・・はい」

 

「・・・・爺さんはどんな願いを持って『聖杯戦争』に参加したのか知っているか?俺は『聖杯』に叶えて欲しい願いなんて無かったけれど、爺さんが望んで『聖杯戦争』に参加したんだったら願いが在ったって事だろう?それが何なのか気になるんだ」

 

「・・・・・・私にも彼の本当の願いが何だったのか分かりません。ですが、アイリスフィールが言っていました。切嗣が『聖杯』に対して願うのは『恒久的平和』の為だと」

 

「『恒久的平和』だって?」

 

 セイバーが告げた切嗣の願いに僅かに目を開きながら士郎はセイバーを見つめ、セイバーもその目を正面から見つめて頷く。

 

「彼は目的の為には手段は選びませんでした。私自身も彼の戦い方には共感出来なかったのは事実です。しかし、一度だけ彼と話す機会がありました。彼が自らの願いの為には手段を選ばなかったのも事実です」

 

「・・・それだけの事をしていた爺さんが最後の最後で自分の願いを叶えられる機会を放棄した・・・一体爺さんに何があったんだ?」

 

「分かりません。最後の戦いの時に私はアーチャーと、切嗣はそのマスターと交戦する為に離れ離れになっていましたので・・・・それでシロウ?貴方は何故切嗣の願いを知りたいと思ったのですか?」

 

「あぁ・・・・俺は爺さんの理想だった『正義の味方』を俺が叶えるって誓ったんだ・・・・だから、俺は出来るだけ犠牲を減らしたいと思っている・・・・・今回は駄目だったどころか、沢山の無関係な人達を巻き込んだけどな」

 

 慎二を助けたばかりの行動の結果を思い出し、士郎は顔を暗く俯かせる。

 その様子にセイバーも今回の件での犠牲者の事を思い出して顔を暗くしていると、道場内に教会から戻って来た凛が足を踏み入れる。

 

「あっ!いたいた・・・母屋の方に居なかったら探したわよ。二人して剣の鍛錬でもしていたの?」

 

「そんなところです、リン」

 

 凛の質問にセイバーが答えると、凛は士郎とセイバーの傍に近寄る。

 同時に凛の背後でアーチャーが実体化し、道場の壁に背を預けると共に床に凛は座り込んでセイバーと士郎と話し合える体勢を作る。

 

「教会から『令呪』は貰って来たわ。コレで戦力は僅かに上がったけれど、作戦会議は必要だからね」

 

「えぇ、昨日の乱戦で多くのサーヴァントの情報が得られました。今後の私達の行動を話し合うのは必要です」

 

「そう・・・先ずは私から気になった事を話すけれど、衛宮君にセイバー?貴方達二人とも『アサシン』のサーヴァントらしき奴は見た?」

 

「いや・・・俺が見たのは慎二とライダーが立て篭もっていたのとは別のビルの屋上で、学校で見た黒いサーヴァントとランサーのサーヴァントが戦っていたのだけだ」

 

「私もです。ビルの中に入ってから警戒を強めましたが、『アサシン』のサーヴァントは感知出来ませんでした」

 

「・・・私もアーチャーも『アサシン』のサーヴァントは見なかったわ。普通に考えれば必ず現れると思っていたんだけど」

 

「どう言う事だよ?」

 

「サーヴァントにはそれぞれのクラスに適した者が呼ばれるのは言ったわよね?『アサシン』のサーヴァントはその中でも『マスター殺し』。サーヴァント同士が直接戦うよりも『暗殺』に特化したクラスなの。だから、慎二を殺しに現れなかったのは不自然だと思ってね」

 

 昨夜の戦いでは『アサシン』のサーヴァントだけがその姿を見せなかった。

 姿を隠し続けてここぞと言う時に現れる可能性も考えられるが、『令呪』と言う切り札をみすみす他の陣営に渡らせるのも考え難い。アサシンを除いた他のサーヴァントが集結していただけに、『アサシン』のみが姿を現さなかったのは明らかに不自然だった。

 何せ他の陣営のマスターを殺すチャンスもあっただけに、その機会を逃したアサシンとそのマスターの行動が不可解だった。

 

「アーチャー?貴方は如何思う?」

 

「・・・考えられるとすればアサシンとそのマスターは、他のサーヴァントとマスターが潰しあって最後の二体のサーヴァントとなった時に動く為に姿を見せなかった。或いはアサシンのサーヴァント自体に動けない事情があるかのどちらかだろう・・・少なくともアサシンのサーヴァントとそのマスターは何かを企んでいる可能性は否めない。警戒だけはしておくべきだろう」

 

「そうね・・・確かにアサシンは警戒すべきね。それで次はキャスター・・・昨日の件で更に魔力がキャスターには集まったかもしれないわ」

 

「何だって!?」

 

「あのビル内の人達が倒れていたでしょう?アレは間違いなくキャスターが生気を奪ったからよ。慎二達に罪を着せるようにしてね」

 

「キャスターのサーヴァントがそんな事を」

 

 あの状況で慎二とライダーを倒す訳でもなく、更に魔力を得る事を重視していたキャスターの行動に士郎は苦虫を噛み潰したような声を出した。

 もしもキャスターが慎二達を早期に捕捉していたとなれば、犠牲者を減らせられたかもしれないだけにキャスターに対する苛立ちが士郎は募っていた。その士郎を横目で見つめながらアーチャーが自身の考えを告げる。

 

「キャスターの方は静観しておくべきだろう。奴が魔力を集めると言う事は、最終的に此方にとって優位に進む」

 

「・・・どう言う事だよ?」

 

「膨大な魔力を所持しているキャスターと、イリヤスフィールと言う限られた魔力の供給先しかない規格外の二体のサーヴァント。あの二体に勝つ為には相手の魔力切れで挑むのが最も勝算が高い。純粋な技量で戦うのは此方が不利なのは明白だ・・・それに・・・セイバー?私が見たところ、あの竜人のようなサーヴァントは君と相性が悪いのだろう?」

 

「ッ!?・・・・・気がついていましたか、アーチャー?」

 

「学校の戦いの後に君が左腕を庇うような動作をしていたのでね・・・・今も治っていないのだろう?」

 

 そうアーチャーは言葉を発しながら険しい視線でセイバーの左肩を見つめ、士郎と凛もどう言う事なのかと疑問に満ちたセイバーに向ける。

 三人の視線に観念したと言うようにセイバーは着ている服に手をかけようとする。その行動に士郎は慌ててセイバーを止めようとする。

 

「って!?セイバー!!何をしようとしているんだよ!?」

 

「?・・何を慌てているのです、シロウ?言葉で言うよりも見て貰った方が早いと思ったのですが?」

 

「見て貰うって、ウワッ!」

 

 セイバーの行動に士郎は顔を赤らめるが、セイバーは構わずに左側の服だけを肌蹴させる。

 それと共にセイバーの左肩を見た凛は顔を顰め、士郎も慌てるのを忘れてセイバーの左肩をジッと見つめる。綺麗な素肌をしているセイバーの左肩には、その素肌を無意味にするほどの深い裂傷が残ったままだった。

 血は流れていないが、その傷は全く癒える様子が無く、士郎は学校でセイバーがブラックに傷を負わされた事を思い出す。

 

「その傷!?まさか、あの時の!?」

 

「・・・えぇ・・・あの時に竜人に負わされた傷です。血こそ流れていませんが、治癒が殆ど進んでいません・・・・恐らくあの竜人の両篭手に『概念殺し』が宿っています」

 

「『概念殺し』?・・・何だそれ?」

 

「ハァ~・・・全くもう・・・伝説にも在るでしょう?『神殺し』の武器とか、『竜殺し』の武器とかが?あの黒い竜人の武器にはそう言う『概念』が宿っているのよ。どんな概念か分からないけれど、セイバーにとってあの武器に宿っている概念は不利に働く代物なんでしょう?」

 

「えぇ・・・もしやと思っていましたが、傷の治りが遅いことから考えて間違いないでしょう。あの黒い竜人は私にとって最悪の相性の武器を所持しています・・・・(信じられない事に、自らにさえも作用する武器を扱っているのですから)」

 

 ブラックが両腕に装備している『ドラモンキラー』に宿っている概念の正体は『竜殺し』。

 竜に関するモノに絶対的な威力を誇る概念。セイバーはその身に『竜の因子』を宿しているので、『ドラモンキラー』はセイバーにとって最悪の相性を誇る武装だった。

 それだけではなく『竜殺し』の概念を宿している武装を、平然と使っているブラックにセイバーは僅かに恐怖を感じていた。ブラックもまた『竜』に関する存在。それ故に『ドラモンキラー』はブラックに対しても絶大な威力を発揮する筈なのに、ソレに怯える様子も無くブラックは扱っている。

 

(恐らくあのサーヴァントには『竜殺し』の類は脅威とならない。アレは前回のアーチャーに匹敵する脅威)

 

 そうセイバーがブラックに対して考えていると、凛がイリヤスフィールの事に話題を変えた。

 

「イリヤスフィールのサーヴァント・・・どっちも本当にとんでもないわよね。片方は魔法クラスの力を一小節で発動させ、もう片方はとんでもない力を誇る竜人。しかも『バーサーカー』のサーヴァントだと思っていたのに、理性があるなんて最悪としか言えないわ」

 

「その『バーサーカー』クラスのサーヴァントは、理性が無いのか?」

 

「えぇ、そうよ。バーサーカークラスは他のクラスよりも力が上がるクラスなの。だけど、その代わりに理性が無くて暴れまわるクラスなのよ。衛宮君がセイバーに剣の鍛錬を受けられるのだって、私がアーチャーと相談出来るのも相手と話が通じるからでしょう?だけど、バーサーカーのサーヴァントはそう言うマスターを補助するような力を全て無くしてただ純粋に力だけで攻めるクラスのサーヴァントなの」

 

「力だけのクラスのサーヴァント・・・・他にも何かデメリットが在るのか?」

 

「えぇ・・・『バーサーカー』クラスの最大の弱点は魔力不足よ。セイバーやアーチャーは自分の保有魔力が分かっているから、現界ギリギリの魔力が見極められるわ。だけど、バーサーカーだけは理性が無いから魔力なんて構わずに暴れてしまう。実際に今までの『聖杯戦争』で召喚されたバーサーカーのサーヴァントは、全部自滅しているらしいの。強力な英雄となれば更に魔力も消費するしね。だから、『聖杯戦争』で召喚されるクラスの中でも、最も忌避されているクラスなの」

 

「なるほど」

 

 凛の説明に納得がいったと言うように、士郎は真剣な顔をして頷いた。

 『聖杯戦争』に於いて最も扱いが難しい『狂戦士(バーサーカー)』のクラス。ステータスが他のサーヴァントのクラスよりも上になる可能性が高いにも関わらず、マスターの殆どが『バーサーカー』クラスでサーヴァントを呼ばないのは、デメリットが余りにも多過ぎる故。

 理性が無い為にマスターが出せるのは大まかな指示だけで、細かな指示は受け付けず、マスターの魔力を常に大量に消費する。戦力は上がるがその分デメリットが多いクラスなのだと理解した士郎は、自分がセイバーを召喚出来たのは本当に運が良かったのだと理解する。

 

「だけど、あの竜人は口を利いたよな?」

 

「えぇ、だから分からないのよ。慎二の言うとおりイレギュラークラスのサーヴァントなのか?それとも『バーサーカー』クラスで召喚されたのにも関わらず理性を持っているとんでもないサーヴァントのどちらかなのか?」

 

「前者だとすればあのイリヤスフィールと常に行動を共にしている、ルインと言う女性が竜人を召喚した可能性が高い。後者だと更に厄介だ。後者の場合は、あの竜人がルインと言う女性を召喚したと言う事なのだから。この場合は竜人を倒さなければ、イリヤスフィールを敗北させることは出来ない」

 

「・・・アーチャー?貴方の言葉ではルインと言うサーヴァントに勝てる手段があるように聞こえますが?」

 

「あぁ・・・私の宝具を使用すれば、ルインと言うサーヴァントは倒せる可能性がある。しかし、もしも竜人がルインと言うサーヴァントを召喚していた場合は勝算は低くなるのは否めない。私から見てもあの竜人には隙らしい隙が見えないのだ」

 

「だけど、昨日の件で分かったけれど、イリヤスフィールでも同時に二体のサーヴァントを戦わせるのはキツイみたいよ。私と戦っている時にかなり辛そうな顔をしていたもの」

 

 昨夜『傀儡兵』を残して去る前のイリヤスフィールの顔色の悪さが演技だったとは、凛にはとても思えない。

 もしもあの時の様子が演技だったとすれば、それこそイリヤスフィールは世界中にその名を轟かせる名女優になれるほどだった。だからこそ、凛は同盟関係を結んでいる状況を考慮して、イリヤスフィールと戦う時はセイバーがブラックを、アーチャーがルインを同時に攻めると言う作戦を考えていた。

 アーチャーから教えられた宝具だと言う『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』。連発は出来ず、目にした訳でもないがアーチャーからの説明では空間さえも捻じ曲げるほどの高威力の一撃。

 それならば例えルインがセイバーと戦った時に見せた空間干渉さえも撃ち破れると凛は考えていた。

 

「やっぱり、連中と戦う時はセイバーが竜人を押さえて、アーチャーがその間にルインって言うサーヴァントを倒すべきね。貴方はどう思う、アーチャー?」

 

「布陣としては間違っていない。あの女性がイリヤスフィールが召喚したサーヴァントだった場合は、私が彼女を倒せばイリヤスフィールは敗退する。相性が悪いとは言え、セイバーもあの竜人に遅れを取る事はないだろう?」

 

「無論です」

 

 アーチャーの質問に対してセイバーは迷い無く頷いた。

 確かにブラックの力は凄まじいが、それでも白兵戦において遅れを取るつもりはセイバーには無い。アーチャーが援護に来るまでにブラックに手傷を負わせると言う気合を持っている。

 

「学校での出来事であの竜人の武装には深い傷があります。その傷を攻めれば、武装を破壊する事も出来るでしょう」

 

「なら、やっぱり布陣は決まりね。昨日でイリヤスフィールの魔力が減っている現状、攻めるのなら今日ね。回復される前にあの二体のサーヴァントを倒しに…」

 

「凛。それは止めておいた方が良いぞ」

 

「・・・どう言うこと、アーチャー?」

 

 突然の今までの話を無意味にするようなアーチャーの言葉に凛は疑念に満ちた視線を向け、士郎とセイバーもアーチャーに視線を向ける。

 

「確かに昨日の夜にイリヤスフィールが疲弊しているのを君が見たのは間違いないだろう。だが、私はあの連中が簡単に自分達の弱点を晒すような存在だとは思えない」

 

「・・・・もしかしたら罠の可能性も在るってこと?」

 

「そうだ。加えて言えば、攻め込むとなれば当然だが相手の陣地で戦う事になるのは間違いない。ただでさえ連中は強い。その連中が自分達の力を思う存分に戦える場所に居るとすれば、ソレだけでこっちが不利になるのは間違いないだろう。凛、あの竜人は恐らくだが手加減をしている可能性がある」

 

「手加減ですって!?」

 

「ちょっと待ってくれよ!?アイツは学校でライダーを圧倒したんだぞ!?それでも手加減していたって言うのかよ!?」

 

「その可能性が高いと私は考えている。奴の力は強大だ。しかし、その力が奴に全力を発揮出来ない状況を作っている」

 

「・・・・・確かにアーチャーの考えには一理あるかもしれませんね」

 

 アーチャーの考えに納得が行く部分があったセイバーは同意を示した。

 強大ゆえに本気で力をブラックが振るえば、確実に学校は崩壊していた。そうなれば『聖杯戦争』のルールに抵触する。市内でブラックが本気を発揮出来るようになる為には、自分達にルインが使用した結界が必要なのは間違いなかった。しかし、自らの陣地に居るとすればブラックは存分に力を発揮出来る。

 その可能性に行き着いた凛は、家にあった他の御三家の拠点に関する資料の内容を思い出す。

 

「そう言えばアインツベルンの陣地は郊外にある広大な森だったはず・・・其処ならどれだけ暴れても問題は無いわね・・・アーチャーの言うとおり、イリヤスフィール達の陣地で戦うのは不味いわ」

 

「そう言うことだ。連中も何時までも陣地に篭もっていることは無いだろう。寧ろ陣地から出て来た時に攻める方が良い」

 

「・・・そうね。疲弊していたとしてもアレだけの力を持っている連中なんだから、陣地に攻め込むのは愚策だったわ・・・まぁ、衛宮君も今日は鍛錬に励みたいでしょうし、今日は大人しくしていましょう」

 

「分かった」

 

 凛の言葉に士郎は応じ、セイバーとアーチャーも頷いて同意を示すのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れに照らされている郊外の森。『アインツベルンの森』と『聖杯戦争』に参加する魔術師の殆どがそう呼称する森の入り口に高級そうな黒い服で身を包んでいる金髪の青年が歩いて来た。

 結界で覆われているその森に何の不安さも感じられないどころか、傲慢さに満ち溢れた足取りで森の奥へと踏み込んで行く。それと同時に森の木々の中から何かが起動するような音が鳴り響き、青年の道を遮るように全長四、五メートルほどの大きさの『傀儡兵』が四機立ち塞がる。

 『傀儡兵』達は侵入者を排除する為にそれぞれが持つ剣や銃器などの武装を構えるが、青年は慌てるどころか『傀儡兵』達に燃えるような赤い双眸を向ける。

 次の瞬間、全ての『傀儡兵』達から破砕音が鳴り響き、金属で出来ていた四肢は消滅している者や、胴体に巨大な大穴が開いたり、『傀儡兵』達は全機何の行動も出来ずに機能を停止した。ソレを行なったであろう青年は自身の道を阻もうとした『傀儡兵』達を傲慢さに満ちた視線を向けながら呟く。

 

「人形風情が(オレ)の道を阻むなど、赦されると思っているのか?」

 

 そう青年が呟くと同時に青年の背後から無数の輝きが前方に向かって走り、『傀儡兵』の残骸どころか、その先にあった木々さえも消失した。

 青年は舞い上がった砂埃が治まると共に歩みを再開し、森の奥深くにあるアインツベルン城に向かって真っ直ぐに進んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 アインツベルン城の一室でイリヤスフィールはルインと共に、セラとリーズリットが用意した食事を取っていた。

 部屋の中にはブラックも居るが、用意された食事にブラックは手を付ける様子は無く、静かに水を飲みながら窓の外を見つめていた。その風景がブラックとルインが現れてからのイリヤスフィールが慣れ親しんだ食事の風景だった。ブラックは食事は取らないが、ルインが一緒に食事を取ってくれるのでイリヤスフィールは寂しいと言う感情を抱かずに済んでいた。セラとリーズリットは従者の自分達が、主と卓を同じくするのは不敬にあたると考えている為一緒に食事は取らないのでイリヤスフィールは密かに今の食事の風景が好きだった。ブラックは食事は取らないが、それでも食事の時は必ず居るので問題は無い。

 ゆっくりとルインと話をしながらイリヤスフィールが食事を取っていると、突然にルインが僅かに眉を顰めて顔を壁の方向に向ける。

 

「ムッ!?」

 

「?・・・どうしたのルインお姉ちゃん?」

 

「・・・・東側の森の付近に配置していた『傀儡兵』の反応が一瞬で消失しました。増援として向かった『傀儡兵』も次々と破壊されています。何者か分かりませんが侵入者のようです」

 

「そのようだな。しかし、随分と派手にやって来る奴だ。自分の気配も隠す様子も見せずに向かって来ている・・・・しかし、この気配・・・サーヴァントなのか?」

 

 ルインの報告に肯定しながら、ブラックは自分達が居る場所に隠す様子も見せずに向かって来る気配に眉を顰める。

 向かって来ている気配から巨大な力をブラックは感じていた。だが、その気配はサーヴァントが放っている特有の気配が無かった。配置していた『傀儡兵』は並みの魔術師達では一瞬で破壊出来るような代物ではない。一瞬で破壊出来るとすればサーヴァントだけ。しかし、向かって来ている気配からサーヴァントの気配は無い。

 どう言うことなのかと話を聞いていたイリヤスフィール、セラ、リーズリットが首を傾げていると、破壊されていく『傀儡兵』達が送って来た侵入者の姿をルインが空間ディスプレイに映す。

 

「ブラック様、侵入者の正体はコイツです」

 

 ルインがそう告げるとイリヤスフィール、セラ、リーズリットは空間ディスプレイを覗き、ブラックも視線を向けて、高貴さと傲慢さを全身から発している金髪の黒い服の青年の姿を見つめる。

 『傀儡兵』の殆どがその青年の前に立ち塞がると同時に一瞬にして破壊される。一体何で破壊されているのかとルインは破壊される直前の映像を限界までスロー映像にして、青年の背後から剣らしき物が現れるのを目撃する。

 

「コレです!この剣が『傀儡兵』達を破壊しています!しかも、他の『傀儡兵』達が破壊される直前に送って来る映像を良く見ると一つ一つが違うようです」

 

「・・・・何?コイツ?・・・こんな奴!私知らない!こんなサーヴァントが居るはずがない!?」

 

「イリヤ、落ち着く」

 

 謎のサーヴァントの出現にイリヤスフィールは困惑に満ち溢れた声で叫び、リーズリットはイリヤスフィールを落ち着かせようと肩に手を置く。

 その隣でセラは何処かで聞いたような容姿をしているサーヴァントと思われる青年の姿に顎に手をやりながら考え込む。

 

「・・・金髪に赤い瞳?・・・どこかで聞いたような?」

 

「・・・・・そう言うことか。何処のどいつか知らんが、コイツが居たから今のサーヴァントを犠牲に出来る行動が出来たわけだ」

 

 納得が行ったと言うように声を出したブラックに、イリヤスフィール達がどう言うことなのかと視線を向けると、ブラックは空間ディスプレイに映っている青年の映像を睨みながら説明する。

 

「ライダーとランサーの二つの陣営。この二つの陣営のどちらかの切り札がコイツだったんだ。連中がサーヴァントを無駄に消費するような使い方をしていたのが不可解だったが、コイツがどちらかに組していれば片方は納得出来る」

 

「ですが、どうして更にサーヴァントが?」

 

「さてな・・・どちらにしてもコイツが俺達の敵なのは間違いない。ならば、やる事は一つだ」

 

 ブラックはそう質問して来たセラに答えると共に、ゆっくりと部屋の入り口の扉に手を掛ける。

 

「お前達はルインと共に此処に居ろ。この隙に乗じて動く奴が居るとも限らんからな。それに奴には恐らく俺だけで充分だ」

 

「気をつけてね、ブラック」

 

 そうブラックの背にイリヤスフィールは声を掛け、ブラックはもはや立ち止まることなく部屋から出て向かって来ている侵入者の下へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 静寂に包まれている広大なアインツベルンの森を破壊するように、立て続けに破砕音が鳴り響き続けていた。

 それを行なっている金髪の青年は両手をズボンのポケットに入れながら、自身の行く先を阻むように現れる『傀儡兵』達を破壊し続けていた。森に配置されていた『傀儡兵』の殆どが破壊され、遠距離から攻撃しようとする『傀儡兵』も攻撃される前に青年の攻撃によって破壊されて行く。

 正に圧倒的だった。並みの魔術師では対抗するのも難しい力を持っている『傀儡兵』が、全て一瞬たりとも青年の行く道を阻む事も出来ずに『傀儡兵』は破壊されて行くのだから。

 

「つまらん。人形遊びでこの(オレ)の道を阻むとは・・・・いや、前回と同じように人形を用いているのだから、この場所にとっては当然の事か」

 

 何かに納得が行ったと言うように青年は呟きながら、森の木々の奥から更に現れる『傀儡兵』を燃えるような双眸で睨む。

 

「芸が無い。つまらぬ芸ばかりで見飽きた。失せるが良い」

 

 青年がそう呟くと共に、青年の背後の空間が陽炎のように歪み、忽然と眩い輝きを放つ刃が虚空に出現した。

 出現したのは二振りの抜き身の刃を晒している剣。どちらも目を奪われてしまうほどの装飾が施され、膨大な魔力を誇示するかのように放っていた。見る者が見れば、その剣の正体が『宝具』だと一瞬で理解するだろう。

 

「消え去れ」

 

 青年が宣言すると共に二本の剣は『傀儡兵』達に向かって飛び出した。

 狙いもまともに定まっていないはずの攻撃。しかし、その破壊力は凄まじかった。放たれると同時に剣は音速に近い速度にまで上がり、一瞬にして『傀儡兵』達を粉砕する。

 破砕音が鳴り響くと同時に『傀儡兵』は崩れ落ち、青年は歩みを再開しようとする。しかし、青年の歩みを止めるように『傀儡兵』達がいた後方から閃光が走り、青年の顔の横を通過する。

 

「ムッ!」

 

 自らの顔の傍を通過した閃光に眉を顰めて青年が振り返ってみると、一つの木に深々と先ほど青年が放った剣が突き刺さっていた。

 青年はその事実に僅かに苛立ちを込めながら前を見てみる。其処には『傀儡兵』の残骸の後方に青年が放ったもう一人の剣を左手に握っている漆黒の竜人-『ブラック』-が、険しい視線を青年に向けていた。自らの宝物を無造作に握っているブラックに青年は怒りに満ちた視線を向ける。

 

「・・貴様、我が宝物を汚らわしい手で触れるとは・・・・万死に値するぞ!!雑種!!」

 

 青年が叫ぶと共にその後方の空間が揺らぎ、青年の周囲を輝かせるように空間から多数の『宝具』が出現した。

 剣だけではなく、槍、矛、鎚、斧といった、用途も素性さえも分からない武具が青年の背後に現れた。その全てが強大な魔力を発し、一目見て『宝具』だと分かる代物ばかりだった。その数は凡そ二十挺。しかし、二十もの『宝具』を目にしてもブラックは動揺した様子を全く見せずに真っ直ぐに青年を睨み続ける。

 

「自らの手癖の悪さに後悔しながら消え去るが良い!!」

 

ーーーズガガガガガガガッ!!

 

 号令を青年が発すると共に背後に浮かんでいた『宝具』の群れが一斉に轟音を発しながら、夜の闇を払いながら先を争って、真っ直ぐにブラックに向かって直進する。

 それに対してブラックは僅かに身を下げると共にいの一番に飛来した槍を右手のドラモンキラーを下から上に向かって勢い良く上げる事で上に向かって弾き、二番目の剣を左手に握っていた剣で叩き落す。其処からは流れるような作業だった。次々と飛来する『宝具』を淀みも無く叩き落すか、上に向かって弾く。凄まじい威力を発揮するであろう『宝具』の絨毯爆撃も、ブラックは脅威と感じていないかのように両手に装備しているドラモンキラーか、或いは飛来する『宝具』を掴み取って地面に叩き落す。

 その技巧はもはや流れるような作業で、青年の攻撃を脅威とすら認識していないほどだった。更に信じられない事に、爆撃クラスの威力を持つ攻撃に対してブラックは殆ど足を動かす様子を見せなかった。最後に一際轟音が響くと同時に最後に飛来した矛も叩き落され、ブラックは叩き落した矛を拾い上げて刃先を青年に向ける。

 

「この程度の攻撃しか出来んのか?つまらん。ただ威力に任せた射撃など、俺に通じると思っているのか?」

 

「貴様!!我が宝物に薄汚い手で触れたばかりか、王に対する物言いと良い・・・もはや、肉片も一つ残ると思うな!!」

 

 青年が叫ぶと共に再び背後の空間が歪み、今度は先ほどの倍を超える四十以上の『宝具』が出現した。

 英霊の切り札である『宝具』を湯水のように出現させる青年に大抵の者は怯むだろう。だが、ブラックは怯むどころか前へと足を踏み出して青年とその背後にある『宝具』の数々を真っ直ぐに見つめる。

 

「面白い。少しは俺を楽しませてみろ!!!」

 

「ほざくな!雑種!!」

 

ーーーズガガガガガガガッ!!

 

 青年の号令と同時に『宝具』の数々は轟音と共に射出され、ブラックは射出された『宝具』の軍勢の中に飛び込み、夜のアインツベルンの森で戦いが始まったのだった。


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