衛宮邸の居間。
その場所は重い沈黙で包まれていた。凛が教会に送った使い魔から得た情報で、『聖杯戦争』のルールが一時的に、暴走したマスターである『間桐慎二』の抹殺に変わった事実に士郎、セイバー、アーチャー、凛は言葉が出せなかった。特に士郎は自らが慎二を護る行動をした為に出なくて良かった犠牲者が出てしまい、更に慎二はもはや教会で保護される事が無い事実に、話を聞き終えてからは暗く顔を俯かせたままだった。
「・・・慎二」
「・・・・綺礼の奴も思い切った事をするわね・・・それだけ前回の聖杯戦争で不味い事態になりかけたのかしら、セイバー?」
「・・・えぇ・・・前回の時に今回のようなルール変更が行なわれたのは事実です。その時は確かに神秘の秘匿が危ぶまれる事態になりました。恐らく今回の監督役は、あの時の出来事を繰り返さない為に早急にルールの変更を行なったのでしょう」
「そう・・・確かに前回でも同じ事があってミスを繰り返さない為って言われたら、納得するしかないわね」
「遠坂!?」
「事実だろう。もはや間桐慎二は狙われる立場となった。例えこの場で私と凛を説得したとしても、他の陣営は別だ。そしてその筆頭に立っているのはアインツベルン陣営だ。あの陣営は元々間桐慎二を殺す方針だった。『令呪』と言う報酬が付くならば尚更に止まる事は無いと見て間違いない。残りの陣営も『聖杯戦争』の継続と『令呪』と言う報酬を得られるならば動く。もはや我々とアインツベルンを説得して済む状況ではない」
アーチャーはそう士郎に向かって腕を組みながら告げ、士郎は言葉を完全に失った。
現状で慎二は完全に四面楚歌に追い込まれていた。どの陣営も『聖杯戦争』の継続を望み、更に切り札である『令呪』まで得られるとなれば、慎二とライダーを見逃すはずが無い。
学校で姿を見せなかったランサーやアサシンは別にしても、学校に現れたキャスターは間違いなくライダーの状態を分かっている。キャスターが今の状況でライダー達を見逃すとは全く思えない。残りのランサーとアサシンのマスターも『令呪』を得る為に動く可能性は高い。
そして凛も『令呪』を得られる機会を出来る事ならば見逃したくは無かった。
(『令呪』は確かに欲しいわね。残り一画しかない私としては何よりも『令呪』を得たいのは事実だけど・・・ライダーじゃなくて慎二を殺して得られるとはね)
倒して『令呪』を得られる相手がライダーの方ならば問題は無かった。マスターではなくサーヴァントを倒す方針を取っている士郎もライダーを倒す事ならば納得する。
だが、綺礼が『令呪』と言う報酬を支払う相手は間桐慎二を抹殺した者。前回の『聖杯戦争』のミスを繰り返さない為と言う理由だが、士郎には到底納得出来るものではなかった。
「・・・何とかライダーを倒して慎二を殺すのを止められないか?慎二が『魂食い』を行なえるのはライダーが居るからなんだし」
「無理だ、衛宮士郎。事はもはやそう言う段階を超えている。神秘の隠匿と言う裏の世界の最大のルールを間桐慎二は破った。例えお前が考えた方法が可能だったとしても、裏の世界が間桐慎二を見過ごさん。奴の命運は完全に尽きた。諦めるしかあるまい」
「せめて知り合いである私達の手で終わらしてあげるのが情けってものよ」
「なっ!?遠坂!?お前まさか!?」
「・・・・悪いけど、私は慎二を殺す方針で行くわ。『令呪』を他の陣営に渡すなんて見過ごせない。アーチャー、急いで新都に行くわよ」
「了解した、マスター」
凛の呼びかけにアーチャーは頷き、二人は立ち上がると共に居間から出ようとする。
二人が本当に慎二を殺しに行く気だと悟った士郎は慌てて立ち上がり、廊下を歩いていく二人の背に向かって叫ぶ。
「ちょっと待てよ!まだ、他に方法が在るかもしれな…」
「戯言は其処までだ」
「ッ!?」
「シロウ!!」
一瞬の内に首筋に黒い短剣をアーチャーに突きつけられた士郎を目撃したセイバーは立ち上がった。
しかし、アーチャーはセイバーの動きに気がついても慌てることなく真っ直ぐに士郎に短剣を突きつけながら見据える。
「衛宮士郎。今回の騒動が此処までに発展した一旦は貴様にある事を忘れるな。間桐慎二を救おうとした為に、関係ない人々に犠牲が出た」
「そ、それは・・・」
「認めろ。誰も彼もが救える結末など不可能だと言う事を・・・・何よりも貴様には何の力も無い。魔術が多少使える事以外は間桐慎二と変わらん。貴様には戦いとなれば何も出来ん」
「何だと!?」
「貴様が出来る事など、ただ頭の中で何かを考えるぐらいだ。このような状況を繰り返さない為にも考え続けるが良い。それが貴様が出来る事だ・・・今回の尻拭いは私と凛がしてやる・・・間桐慎二に対する行動が決まっていないのならば戦いの場にやって来るな。再び後悔を抱きたくないならばな」
アーチャーはそう言い捨てると共に士郎に突きつけていた短剣を下げて、準備を終えた凛と共に衛宮邸から出て行った。
残された士郎は悔しそうに顔を下に俯かせて両手を強く握り、セイバーはそんな士郎を心配そうに見つめるのだった。
新都にあるビルの内部。
そのビルの中に慎二とライダーは潜んでいた。沢山の人々から死に瀕するまでの『魂食い』を行なった結果、ライダーの宝具の一つである結界内の人間の生気を吸い取る『
傷の治癒の方もある程度は進んでいるが、一刻も早くライダーを万全にしたいと考えた慎二は不完全であろうと『
「急げよ!ライダーー!!早く『
「マスター・・・幾らなんでもこれ以上の目立つ行動は神秘の隠匿に影響を及ぼす可能性があります」
「うるさい!!口答えをするな!!隠匿なんて知ったことか!!早くお前が万全に戦えるようにならないと!僕の命が危ないんだよ!!だから、早くしろ!!」
「・・・分かりました」
既に何度も行なっている会話にライダーは渋々と了承して、『
人を襲う度に慎二には『魂食い』を止めるようにとライダーは進言しているのだが、恐怖心に支配された慎二は聞く耳を持たなかった。迫る死の恐怖から逃れようと慎二は『偽臣の書』を使用してライダーに神秘の隠匿に影響を及ぼすほどの『魂食い』を命じていた。
間違いなくこの行動は『聖杯戦争』の監督役が動く事態になるだろうとライダーは内心で考えながら『
「ヒッ!?な、何だ!?」
「落ち着いて下さい、マスター・・・敵襲のようです」
『フフフッ、魔術師でも無い素人だから容易く葬れると思っていたけれど、サーヴァントの方は違うわね。流石はギリシャ神話の中でも有名な女傑ね、『メドゥーサ』』
恐怖に震える慎二を護るようにライダーが身構えていると、ビルの中を反響するように女性の声が響いた。
その声の主に覚えがあるライダーが警戒しながら前を見つめていると、ゆっくりとまるで最初からその場にいたというようにローブで顔を隠している女性-『キャスター』-が音も無く姿を現した。
「フフッ、こんにちは。ルール違反者のお二方」
「キャスター・・・一体何の用でしょうか?」
「手っ取り早く言わせて貰うけれど、貴女の背後に居る今回の凶行の元凶であるその男の命が欲しいの。『聖杯戦争』の継続が危なくなる事は私としても困るの」
「ヒィッ!!ライダーー!!」
キャスターの視線が自分に向いたことを悟った慎二は、『偽臣の書』を強く握ってライダーに指示を出そうとする。
しかし、慎二が指示を出す前に素早くライダーは自分と慎二の周りに釘剣を動かし、潜んでいたキャスターの使い魔である竜牙兵達を破壊する。
「い、何時の間に!?早くキャスターを倒せ!」
「無駄です。目の前に居るキャスターは幻影なのですから」
「フフフッ、流石は『メドゥーサ』。魔術の心得もあるようね。惜しいわね。そんな魔術師でも無い子供に従えられている貴女は本当に不憫だわ。でも、逃さなくてよ!竜牙兵!!」
キャスターの指示に暗がりに潜んでいた竜牙兵達が一斉に飛び出し、ライダーと慎二に襲い掛かる。
万全な状態ならば敵ではない竜牙兵だが、現在の自分では慎二を護りながら戦うのは不利だとライダーは判断し、手傷を負う覚悟をして竜牙兵達の包囲網から逃れようとする。
しかし、ライダーが走り出そうとする直前、紅い閃光が幾重にも闇の中に走り、竜牙兵達をほぼ一瞬の内に粉砕する。
「これは!?」
「悪いがコイツは争奪戦だぜ。邪魔させて貰った」
「ランサー!」
聞こえて来た声にキャスターが振り向いてみると、愛槍である『ゲイ・ボルク』を肩に担いでいるランサーが立っていた。
キャスターだけではなくランサーまで現れた事にライダーは何か自分達に取って不味いことが起きている事を悟り、慎二を抱えると共にこの場から逃れる為に走り出す。だが、ライダーの前にランサーが瞬時に現れて紅の槍を構える。
「悪いが、テメエらを逃す訳には行かねぇんでな!死んで貰う!!」
ランサーはそう宣言すると共に自らが握る紅の槍を神速の速さでライダーが抱えている慎二に向かって突き出そうとする。
しかし、そのランサーの行動を阻むように複数の紫色の光弾が走り、ランサーのすぐ傍で互いにぶつかり合って爆発を引き起こす。
「チィッ!!」
「邪魔をしたのは其方が先なのだから、此方からもさせて貰ったわよ、ランサー」
自らの行動の邪魔をされたランサーは舌打ちして、悠然と微笑んでいるキャスターに体を向ける。
その隙を逃さずにライダーは慎二を抱えたまま、ビルの上階へと走り去っていった。ランサーとキャスターは自らの獲物が離れた事実に内心で歯噛みしながらも、油断無く相手を見つめる。
「あと少しだったと言うのに、余計な邪魔をしてくれたわね」
「ハッ!最初から殺す気がねぇくせによく言うぜ、女狐が・・・・ライダーが結界を張らなくても、このビルに居た連中はテメエに生気を奪われていただろうが?」
「酷いわね。私はライダーとそのマスターがこのビルに入ったから教会の頼みを叶えるチャンスだと思っただけよ。それに私は『聖杯戦争』の継続を望んでいるのだから、参加している者として当然の行動をとったまでよ」
「ケッ!口じゃどうとでも言えるが、テメエの目的は結局は連中を追う振りをして、自分が魔力を蓄える為だろうが?今なら派手に魔力を得ても、あいつ等が犯人になるからな」
「そう言う貴方こそ、何か別の目的があるのではなくて?最速のサーヴァントである貴方なら、先ほど竜牙兵を破壊する時に怯えていたライダーのマスターに攻撃は出来るでしょう?」
油断無く互いを見つめながらキャスターとランサーは言葉を交わしあう。
そのまま睨み合いを続けるが、二人はすぐに窓の外に同時に目を向ける。サーヴァントとしての鋭敏な感覚が、このビルに向かって来ている三体のサーヴァントの気配を捕捉したのだ。その三体の中から感じられる独特の気配にランサーは笑みを浮かべて、槍をキャスターから下げる。
「俺の目的が来たようだ。テメエも目的があるんだろう?」
「・・・そうね。貴方と戦っても益は無いから、勝手に行きなさい。私は私の目的の為に動かせて貰うわ」
キャスターはそう告げると共に空間に溶け込むようにランサーの前から姿を消失させた。
完全にキャスターが去ったのを確認したランサーは、槍を肩に担いでゆっくりと獰猛な笑みを口元に浮かべながら窓の傍に歩み寄り、窓の外を眺める。
「・・・悪いが、俺が戦える機会は少ねぇんだ・・・此処でやり合って貰うぜ」
そうランサーは呟くと、その身を霊体化させてビルの外へと飛び出し、目的の相手の下に全速力で駆け出したのだった。
新都の街中の上空。
ランサーとキャスターに遅れてライダーと慎二の位置を補足した人間体のブラックと、イリヤスフィールを抱えたルインは気配が感じられるビルに向かって急いでいた。本来ならば一番に見つけてもおかしくはなかったのだが、ライダーが襲った人々だけではなく他にも生命に支障は出ていないが『魂食い』を行なわれた人間達がいた為にライダーと慎二の補足が遅れてしまったのだ。
そしてブラック達はライダー達とは別で『魂食い』を行なっている犯人の予測がついていた。
「キャスターめ・・・奴は間違いなく今回の件を利用して何かを企んでいる」
「同感ですね。魔力を得るだけの為にキャスターが動くとは思えません」
「キャスターは権謀術数に長けているサーヴァントの筈だから・・・きっと不味い事を考えているよね」
「だろうな。だが、今優先するのはキャスターよりもライダーとあの下らん小僧だ。キャスターの策にも警戒すべきだが、奴はこの手で殺さんと気が済ま・・・・ムッ!」
「ブラック?」
「ブラック様?」
突然に空中に止まったブラックの姿にルインも止まり、その腕の中に抱えられているイリヤスフィールと疑問の声を上げた。
しかし、ブラックは気にすることなくライダーと慎二がいるビルではなく、そのすぐ傍のビルの屋上をジッと見つめる。誰も居ないはずのビルの屋上。だが、ブラックには其処に自分を待っている者が居ると『直感』した。
ゆっくりとブラックは目を細め、ビルの屋上を見つめながら自身を訝しげに見つめているルインとイリヤスフィールに声を掛ける。
「お前達は先に行け。どうやら俺に用がある奴が居るようだ」
「・・・分かりました」
「ブラック、早く来てね」
ブラックの行動に疑問を覚えることなくルインとイリヤスフィールは険しい声を出すと、二人は振り返ることなくライダーと慎二が居るビルへと急いで向かって行った。
それを確認するとブラックは自身の相手が居るビルの屋上にゆっくりと着地する。屋上の出入り口以外に余計な機材などは置かれておらず、広々とした場所だった。ブラックは戦うならば持って来いの場所だと考えていると、目の前の空間が歪み槍を担いだランサーが実体化して現れ、楽しげな笑みをブラックに向ける。
「よう・・・来てくれると思ったぜ?」
「よく言う・・・俺にだけ貴様は殺気を送って来たのだろうが?」
「まぁな・・・無視されたらどうしようかって悩んだぜ」
「貴様の伝承を知っているならば無視と言う選択はありえんな・・・その槍・・ただ心臓を貫くだけが力ではあるまい、『クー・フーリン』?」
「こっちの真名はバレバレか・・・・まぁ、派手に動きすぎたから仕方がねぇか・・・悪いが俺のマスターの指示でお前をライダー達のところには行かせるわけにはいかねぇんだ・・殺り合って貰うぜ?」
獰猛な笑みを口元に浮かべながらランサーは、自身の愛槍の矛先をブラックに向かって構える。
それに対してブラックは目を細める。ブラックが知るランサーのマスターは、魔術協会から派遣された相手だった。神秘の隠匿が危ぶまれている現状ならば、そのマスターは間違いなく神秘の隠匿の方を重要視するはず。
当然ブラックの邪魔などをする筈が無い。だが、現にランサーはブラックの行動を阻んで来た。
一番最初にランサーと邂逅してからのランサーの全陣営に対する行動と今の状況。それらの状況証拠からブラックは現在のランサーの状況が推察出来た。
「ランサー・・・貴様・・・・マスターが変わったな?」
「・・・・あぁ・・・油断してな・・・アイツはやられちまった。かなり癪だが今のマスターに従っているわけだ」
「そうか・・・出来る事ならばあの時のマスターと貴様で戦いたかったがな・・・だが、俺の邪魔をするなら容赦はせん!!ハイパーダークエヴォリューーーション!!!」
ーーーギュルルルルルルルッ!!
ブラックが叫ぶと共にその身を黒いバーコード状のようなモノ‐『デジコード』が覆い尽くし、デジコードが消え去った後には両手に装備しているドラモンキラーを構えて殺気を発している本来の姿に戻ったブラックが立っていた。
「貴様には俺の真名を教えてやるぞ、『ブラックウォーグレイモン』。それが俺の真名だ!」
「ブラックウォーグレイモンか・・・やっぱ、聞いた事はねぇな。まぁ、お前が真っ当な英霊じゃねぇのは構わねぇぜ!全力で殺し合えればな!!オラアァァァァァァッ!!」
「楽しませて貰うぞ!!オォォォォォォォーーーー!!!!」
ーーーガキイィィーーーーン!!
ランサーとブラックは互いに叫び合うと同時に己の武器を振るい、甲高い金属音を上げると共に戦いを開始したのだった。
一方、ブラックと分かれて先にビルの内部へと侵入したルインはイリヤスフィールを護りながら、ビルの内部に大量に犇いていたキャスターの使い魔である竜牙兵の大群を破壊しながらライダーと慎二が向かったと思われる屋上を目指していた。
手っ取り早く空から屋上へと向かう方法も在るのだが、現在のライダーの状態では慎二を護りながら屋上へと辿り着ける可能性も低いので一階ごとに探索をしながらルインとイリヤスフィールはビルを上っていた。
「切りが無いですね。ビル破壊を行なうのが一番手っ取り早いんですけど、それは不味いですからね」
「それをやったら私達もルール違反者になっちゃうもんね。封鎖結界は駄目なの?」
「やろうと思えば出来ますけど、それをやったらあの下衆がどんな事をするか分かりませんから無理です・・・ですけど、いい加減にキャスターの使い魔は邪魔です。気に入りませんが使うしかないですね!」
ルインがそう叫ぶと共に右手の先が光り、光が消えた後には鞘に包まれた機械的な片刃の長剣が出現した。
それを不愉快そうにルインは見ながらも、右手に握っている剣を鞘から引き抜き、竜牙兵達に向かって構えると共に睨みつけながら剣に向かって命じる。
「レヴァンティン!!カートリッジロード!!」
《
ーーーガッシャン!!
ルインの命に右手に握っている剣-『レヴァンティン』-は応じると共に、薬莢のような物が柄部分から飛び出し、剣の刀身が幾重にも分かれて蛇腹剣へと変形した。
レヴァンティンが変形を終えたのをルインは確認すると、自分達を囲むように陣形を取っていた竜牙兵達に向かって振り抜く。
「フッ!!」
ーーーガガガガガガガガガガガガガッ!!
ルインが振るったレヴァンティンの刀身はまるで意志を持っているかのように動き、ルインとイリヤスフィールの周りにいた竜牙兵達に襲い掛かり、数秒で全てを一掃し終える。
それと共にレヴァンティンの刀身は蛇腹剣から剣へと戻り、不機嫌さに満ち溢れた顔をしながらルインはレヴァンティンを鞘に納める。
《
ーーーチィン!!
「・・・・・凄いね。ルインお姉ちゃん、武器も使えたんだ?」
「非常に不愉快ですけど・・・このアームドデバイスと、残り二つのアームドデバイスはある程度使えるんです・・・使う度に不愉快になりますが」
「フ~ン?何かあるの?その武器、じゃなくてデバイスに?」
「・・・・・私が生前に嫌っていた連中のデバイスなんです。連中が消える時に私の前に現れて押し付けていったんですよ。捨てても良かったんですけど・・・・頼み込まれましたから所持しているんです。とは言っても『宝具』には分類されてないんですけど」
そうルインはイリヤスフィールに説明しながら上へと続く階段に向かって歩こうとするが、その足は止まり、階段近くにある暗闇に目を細める。
「・・・・こっちの手の内を見るのも策の一つですか?キャスター」
「フフッ、それもあるわ。おかげで貴女の力が異質だと確信出来たのだから」
ルインの声に応じるように音も無くキャスターが、暗がりの中から姿を現した。
現れたキャスターに対してルインはレヴァンティンを消して、油断なくキャスターを見つめながら何時でも『魔法』を発動出来るように身構える。
「一体何を企んでいるんですか?」
「教えて上げないわ。それよりも貴女の力・・・一見『魔術』に見えるけれど・・・全くの別物と見たわ?」
「さぁ、どうでしょうね」
「フフフッ、貴女の力に関しては興味深いけれど・・・盗み聞きはいけなくてよ!」
キャスターは叫ぶと同時にルインとイリヤスフィールの背後に向かって紫色の光弾を放った。
紫色の光弾は高速で動き、廊下の角に直撃しようとした直前に白い閃光が走って光弾を霧散させた。それを行なった凛と共に潜んでいたアーチャーが姿を現す。
しかし、ルインもイリヤスフィールもアーチャーと凛が現れた事に驚いた様子が見えず、アーチャーは自分達が付けていた事に二人が気づいていた事に苦笑を浮かべる。
「やれやれ、気がつかれていたようだな」
「そうみたいね」
「リンとアーチャーだけか・・・シロウとセイバーはどうしたの?」
「二人は来ないわよ。来てもまた同じ事をされたら困るからね」
「そうなんだ」
凛の言葉にイリヤスフィールは納得したように声を出し、ルインはイリヤスフィールの横に立つと共に口元を笑みで歪めているキャスターに視線を向ける。
「・・・・・やりますか?」
「えぇ、直に貴女の力を見るのは興味深いし、どうせライダー達ももうすぐ終わるわ。万全のライダーならばともかく、今のライダーならば竜牙兵達を大量に送れば倒せるのだからね」
(・・・・不味いわね。このままだと慎二はキャスターに殺される。そうなったら『令呪』がキャスターのマスターの手に渡ってしまう。それにアサシンも潜んでいるかもしれない)
このままではキャスターの手に討伐の報酬である『令呪』が渡ってしまう可能性に凛は眉を顰めながら、何とか自分達に有利になる方法はないかと考える。
(アーチャー、アンタはキャスターとイリヤスフィールのサーヴァントが戦いを始めたら、先に行って。ライダーと慎二の方に向かって)
(随分な博打だ・・・現状で私を傍から離すのは危険だぞ?アサシンが潜んでいる可能性も高いのだから)
(分かってるわ。だけど、このままだと報酬の『令呪』はキャスターの物になってしまう。私達としても『令呪』は欲しいんだから・・・それに旨くすれば此処でイリヤスフィールを倒せるかもしれないわ。学校に現れた二体目のサーヴァントは外でランサーと戦っているし、ルインって言うサーヴァントはキャスターと戦う気みたい・・マスターとしての技量はともかく魔術師の技量でなら私は負ける気はない!)
(・・・分かった・・・だが、気を付けるように・・相手は得体の知れない者を二体も従えているのだから)
(えぇ、最悪の場合は切り札の『宝石』を使うわ)
そう凛とアーチャーが相談を終えるのを待っていたかのようにルインがキャスターに向かって右手を突き出し、黒い魔力槍を複数一斉に撃ち出す。
「穿て!ミストルティン!!」
「この程度!避ける必要もッ!?」
ルインが放ったミストルティンに対してキャスターはローブを広げて対処しようとするが、何かに気が付いたように直前になって横に飛び去り、複数の魔力槍はその先にあった部屋の中にある物に直撃した。
同時にミストルティンの直撃を受けた物は色が石のように変わり、最終的に完全に石化してしまう。
「石化効果?・・・ただの魔力攻撃にしか見えなかったというのに・・・(この力は早急に調べるべきね)」
キャスターはそう考えながら背後に飛び去って、窓ガラスを割りながら外へと飛び出した。
その様子にルインは外からキャスターに魔術で攻撃されるのは不味いと判断し、イリヤスフィールに声を掛けようとするが、その前に凛がアーチャーに向かって叫ぶ。
「アーチャー!今よ!!」
凛の指示に即座にアーチャーは応じて階段を駆け上がって屋上へと向かって行った。
その様子にルインは内心で笑みを浮かべながら、キャスターの後を追いかける為に窓の外へと飛び出し、最後に“念話”でイリヤスフィールと会話する。
(そっちは頼みますね?)
(アレはあんまり使いたくなかったんだけど、しょうがないよね。こっちは大丈夫だから)
そうイリヤスフィールが“念話”をルインに返すと、ルインはそのままキャスターを追うために夜の空へと飛び出して行った。
それを確認したイリヤスフィールは溜め息を吐きながら後ろを振り返って、左手に宿る『魔術刻印』を輝かせている凛と相対する。
「今まで散々やってくれたけど、慎二と一緒に此処で貴女にも終わって貰うわよ、イリヤスフィール」
「フゥ~ン・・・出来るの、リンに?」
「アンタは確かにマスターとしての技量は高いけれど、魔術師としてはそれほどでもないわ。サーヴァントが居ないなら、魔術師同士の争いになるんだからね。今が一番アンタに勝てるチャンスなのよ。貴女のサーヴァントは二体とも離れているんだから」
「へぇ~・・・良く私のサーヴァントが二体って確信出来たね?何か根拠はあるの?」
「根拠は幾つもあるわ。学校で貴女達はライダーと慎二を標的にしていた。もしも他にもサーヴァントを従えているなら、確実性を増す為にも居るはずでしょう?それに貴女達が此処に到着したのは私とアーチャーが駆け付けたのと同じぐらい。これが二体しかサーヴァントが居ないって事を示す状況証拠よ。何か間違いがあるかしら?」
「無いよ。確かに私のサーヴァントはブラックとルインお姉ちゃんだけ」
「・・・随分とアッサリ認めたわね・・・まぁ、良いわ・・それよりもイリヤスフィール!貴女一体何を呼んだの!?『バーサーカー』クラスのサーヴァントだと思っていたけど・・・貴女の二体目のサーヴァントは理性を持っていた。本来ならあり得ない事をどうやってやったの!?」
「クスクス・・・ねぇ、リン・・・『バーサーカー』ってどう言う意味なのかな?」
「?・・・『狂戦士』って言う意味でしょう?」
イリヤスフィールの質問の意図が分からず、凛は疑問に思いながらも自身の考えを告げた。
その答えにイリヤスフィールは笑みを深めながら、ゆっくりと着ているコートのポケットに手を入れて指輪のような物を取り出して右手の中指に嵌めながら凛を見つめる。
「『バーサーカー』は『狂戦士』。それは合ってるよ。だけどね、リン。本当の『狂戦士』は獣の如く狂って暴れるのとは違う。本当の『狂戦士』はね。狂っていながらも理性的な存在のことなの」
「・・・・・そう言うこと・・・あのサーヴァントには『聖杯』から与えられるクラス別スキルなんて必要ないほどに最初から狂っている訳ね?」
「そうだよ・・・さて、そろそろお話は御終い。始めようか、リン・・・・・『グランギニュル』セット・アップ!」
《Yes.sir!》
「なっ!?」
イリヤスフィールの呼び声に応じるように機械的な音声がイリヤスフィールの右手の中指から響いた瞬間、イリヤスフィールの体を光が覆い尽くした。
いきなりの現象に凛は固まり、呆然とイリヤスフィールの体を覆っている光を見つめていると、光は徐々に治まって行く。そして光が消えた後に立っていたイリヤスフィールの姿に、凛は自分が戦いの場に居る事も思わず忘れて唖然とする。
光が消えた後には紫色のコートも、お嬢様も思わせるような服装も、そして頭に被っていた帽子もイリヤスフィールには無かった。代わりに白とピンクの色合いをしたフリルを多く備えた可愛らしい服を着て、足を覆っているストッキングもピンク色。背中の部分には白いマントのような物が真ん中から二つに分かれて、窓から入って来る風に煽られている。更に両耳のすぐ近くには羽を思わせるような飾りが装着され、伸びていた銀色の髪は後頭部で纏められていた。
イリヤスフィールが着ている服装が何であるのかを凛の頭は徐々に理解して行き、完全に理解が及んだ瞬間に大爆笑する。
「・・・・プッ!・・ププッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!な、何その恰好!?プハハハハハハハハッ!!まるでッ!プププッ!!アニメやマンガに出て来る『魔法少女』じゃないの!?しかも似合いすぎてるし!!も、もうダメ!!ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
「笑わないで!!好きでこんな恰好しているんじゃないんだからね!!」
大爆笑している凛に向かってイリヤスフィールは顔を真っ赤にし、怒りと羞恥心で肩を動かしながら叫び返した。
しかし、それでも凛の爆笑が止まる気配を全く見せずに、遂にイリヤスフィールは目を据わらせて、右手の指に全てに嵌まっている“五つ”の指輪を凛に向かって構える。
「・・・決めたわ、リン。殺す前に私と同じ目に合わせた上で、トオサカリンの魔法少女姿を大量の写真に取って、この街だけじゃなくて『魔術協会』にばら撒いて上げる。『グランギニュル』!!『傀儡兵』召喚!」
《Yes.sir!》
「ハハハハハハハハハハッ・・・・・ハァ?」
涙目になって爆笑していた凛だが、突然にイリヤスフィールの目の前に桃色の魔法陣が発生すると共に光が溢れ、其処から現れたモノを目にして笑い声は治まった。
魔法陣から現れたのは全身を黒い金属の鎧で覆い尽くしている二メートル以上の大きさの兵士。しかし、その兵士には意志の光は宿っていなかった。沈黙を保つように立ち続けるが、凛は笑うのも忘れて呆然と兵士-『傀儡兵』-が両手に握っている武器を見つめる。
右手には分厚い刃の巨大な剣が握られ、左手には機械で構成されているマシンガンを思わせる銃が握られていた。
「・・・イ、イリヤスフィール?・・・貴女・・・それは?」
「『傀儡兵』って言うの。ルインお姉ちゃんから『グランギニュル』と一緒に貰ったの」
「そ、そう・・・だけど、魔術師であるあなたが機械に頼っているのはどうしてかしら?」
「私の実の父親の衛宮切嗣はね。『魔術師殺し』って呼ばれていた異端の魔術師なの。魔術師が毛嫌いする現代の武装を好んで使ったんだって・・・だから、私も使うね!」
イリヤスフィールが叫ぶと共に右手に嵌まっている指輪型のデバイス-『グランギニュル』-が輝き、不動だった『傀儡兵』が前に踏み出した。
明らかに自身の知る魔術体系とは違う力を振るうイリヤスフィールの姿に、アーチャーを先に行かせた事とイリヤスフィールの服装を笑った事に凛は少し後悔するのだった。
今回登場デバイス。
名称:『レヴァンティン』
詳細:生前にルインが嫌っていた相手から相手が死ぬ前に受け取ったベルカ式の剣型アームドデバイス。『道具召喚』のスキルで呼び出す事は出来るが、『宝具』ではなくライダーの釘剣のような扱い。本来の使い手ならば『宝具』になる。
名称:『グランギニュル』
詳細:ミッドチルダ式の指輪型インテリジェントデバイス。待機状態の時は中指に嵌まるデバイスだが、起動状態は両手の指に全て同じ指輪が嵌まる。『傀儡兵』などに魔力を使って操ることに特化している。体力などに乏しいイリヤスフィールならば直接戦うよりも何かを操る方が良いとルインが判断して与えた。
イリヤスフィールの現在の技量では小型の傀儡兵ならば同時に五機操れ、大型は二機操れる。現在のイリヤスフィールの魔導師として使える魔法は、飛行と防御にバインド系の魔法が使用出来る。
某マッド製なので高性能なのだが、元々幼い子供用に作った代物なので女の子ならばその少女に適した可愛らしい服がバリアジャケットに、男の子ならば騎士のようなバリアジャケットを勝手に決めてしまうと言う無駄に高性能な機能が備わっている。因みにルインでは機能の解除は不可能。(イリヤスフィールのバリアジャケット形態はプリズマ☆イリヤでの服装)