運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

10 / 23
鮮血神殿 前編

 鬱蒼と茂った木々に包まれているアインツベルン城。

 夜と言うことで暗い雰囲気に包まれている城内に在る一室で、ブラックは今日感じた士郎とアーチャーに対する違和感に関してベットに座っているルインに、その膝の上に乗っているイリヤスフィールと話していた。

 

「お前がこの地に来るまで気になっていた小僧だが・・・・やはり何処か壊れているかもしれん。どうにも自分に対する配慮が欠けている印象を受けた」

 

「・・・確かにあの少年は変な部分が在りますね。私がセイバーと戦った時に大量のアクセルシューターを放った直後、セイバーを庇おうとするかのように走ろうとしていました。横に居た遠坂凛が押さえてなかったら、確実に走っていたかもしれません」

 

「う~ん・・・確かにお兄ちゃんって監視していた時も他の人に頼まれたことを嫌な顔一つしないで進んでやっていたよね」

 

「人間は、いや、生きている者ならば先ず第一に自分に関する事を考える筈だ・・・だが、奴の場合は他人に関して第一に動く・・・・そうだな。俺の受けた印象ではまるで誰かに対して贖罪を行なっているような印象だった」

 

「贖罪?・・・・・誰に?」

 

「分からん・・・・だが、少なくとも自分の事を蔑ろにする奴は長くは生きれんだろう。この『聖杯戦争』では死なずともな」

 

 ブラックが士郎に関して受けた印象は第一にソレだった。

 監視していた間も士郎に対しては歪な感覚を感じていた。それが『聖杯戦争』と言う異常事態に巻き込まれた事で徐々に表面化して来ていた。生前に似たような行動をしていた者に出会った事は在るが、その人物と士郎とでは決定的に違うところがある。

 自らの身を顧みないと言う一点だけは同じだが、士郎の場合は何かが違うのだ。

 

「・・・・分からん・・・・奴が歪なのは間違いないが・・・その歪さが分からん・・・・分からんといえばアーチャーの方もだ」

 

「アーチャーですか?」

 

「リンのサーヴァントだよね?それがどうして分からないの?」

 

「・・・今日の屋上で奴と例の小僧が話していた時の事だ。奴は小僧の言葉に怒りを覚えているようだった。だが、その怒りも変だ。奴の怒りは他者に対する怒りと言うよりも・・・まるで己の行動に怒りを覚えているような感じを受けた」

 

「アーチャーがお兄ちゃんに自分を重ねているって事?」

 

「それとも私が生前に生真面目に対して抱いていた憎しみのようなものですか?」

 

「・・イリヤスフィールの言った方が恐らく近いだろうな。ルインが己の半身に抱いていたのはあくまで他者に対する怒りだ・・・だが、アーチャーのアレは違う・・・奴は小僧の言葉に対して呆れよりも怒りが強くなっている」

 

「う~ん?・・・・まさか、アーチャーとお兄ちゃんが同一人物とか?」

 

「流石にそれは・・・イリヤちゃんがそう考える理由は分かりますけど、皮肉そうで現実主義者なアーチャーと、半人前以下の魔術師で理想主義者の衛宮士郎が同一人物とは思えませんが」

 

「・・・いや、在りえるかも知れん。理想を掲げて現実に打ちのめされる奴らは大勢居る。そんな奴らの中に衛宮士郎と言う一人の小僧がいたとすれば・・・『英霊の座』には時間軸は関係ないからな」

 

 この世の外側に位置している『英霊の座』には過去、現在、未来と言う時間軸は関係ない。

 『英霊』と言う超越した存在になった時点で世界の理から外れるのだから。故に『英霊の座』には過去の英雄だけではなく、今ブラック達が居る時代から未来の『英雄』も存在している。この地の『聖杯戦争』では本来は欧州系の英霊しか呼べないのだが、『大聖杯』に異常が起きているのでその前提も破壊されている。でなければ、世界にとって禁断の英霊であるブラックとルインを呼び出す事など出来ない。

 つまり、アーチャーが未来の英霊である可能性は充分にあり得るのだ。それならば縁が在る凛が呼び出す事も出来る。

 

「奴が未来の英霊だとすれば、俺達の戦略に違和感を抱いても可笑しくない。本来ならばイリヤスフィールが呼び出そうとしていた英霊は『ヘラクレス』なのだからな」

 

「つまり、アーチャーがお兄ちゃんだと仮定した場合、経験した『聖杯戦争』との違いで私達の戦略が分かっちゃうかもしれないの?」

 

「可能性としてはな。見たところ奴はかなりの戦いを繰り広げてきた経験を持っている。恐らく戦略と言う点でも厄介な存在だろう・・・・しかし、この推測があっているとすれば、あの小僧は英霊になるかも知れんと言うことか・・・面白い」

 

(ウワァ~・・・興味が出ていますね)

 

(お兄ちゃん・・・凄く運が悪いんだね)

 

 僅かに楽しげに笑みを浮かべているブラックを見たルインとイリヤは、士郎の運の無さを心の底から憐れに思う。

 ライダーがハズレだった為に不機嫌だったブラックだが、アーチャーが士郎の未来の姿だとした場合、士郎は英霊に至れる存在なのかもしれない。無論今のところは楽しめないだろうが、この『聖杯戦争』で急成長する可能性は高い。

 

「クククッ、漸く奴以外に楽しめそうな相手が出て来たな・・・・ルイン。ライダーの方は恐らく明日動くだろう。そろそろ終わらせに行くぞ」

 

「了解しました、ブラック様」

 

「フフッ、お兄ちゃんとリンが言葉を失う姿を見るの楽しみだな」

 

 沈黙を保っていた『最凶』がついに動き出す。

 その目標はただ一組。魔術師を名乗っている少年が従えている『騎兵』を滅ぼす為に、世界さえも恐れる『禁断の英霊』が動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 衛宮邸の一室。

 その場所で士郎は明日に備えるために凛から魔術の手解きを受けていた。しかし、その結果は余り芳しくなかった。『強化』が使えるという話だったが、その『強化』でさえも士郎は満足に扱えていなかった。

 今も凛が用意したランプに手を伸ばして『強化』に挑んでいるのだが、『強化』が成功することなくランプは砕け散る。

 

「クソッ!」

 

「これで十個目ね。十回中一回も成功しないなんて予想外だわ」

 

「・・すまない・・・・どうして旨く行かないんだ?」

 

「う~ん・・・『解析』に関しては問題は無いんだけど・・・そうね。最近『強化』に成功したのって何?」

 

「最近だと・・・そうだ。ランサーに襲われた時に棒のように丸めたポスターだ・・・そういえばあの時にランサーが『体の方も『強化』しているのか』って聞かれた」

 

「棒のように丸めたポスターね・・・・ちょっと道場の方に行って来るわ。戻って来るまではそのままランプの『強化』の練習よ」

 

「分かった」

 

 凛の言葉に頷き、士郎は絶対に一つは成功させるという意欲を抱きながら残っているランプに手を伸ばす。

 部屋から出た凛は真っ直ぐに道場の方へと進んで行くが、フッと家の離れに在る土蔵の前にアーチャーが立っている事に気がつく。

 

「アーチャー?・・何しているのかしら?」

 

 自らのサーヴァントの様子に疑問を覚えた凛は廊下から庭に降りて、土蔵を見つめているアーチャーに近寄る。

 

「何してるの、アーチャー?」

 

「・・・何・・・セイバーの真名に繋がる手掛かりがこの土蔵にないかと思ってな」

 

「どういう事?」

 

「セイバーは今回の『聖杯戦争』だけでなく、前回の『聖杯戦争』にも召喚された。しかも前回の召喚者の義理の息子にだ。偶然にしては出来過ぎている」

 

「・・・そうか・・確かにそうよね。セイバーのサーヴァントに選ばれる英雄は他にも居る。なのに、召喚されたセイバーは前回と同じ・・・偶然は在り得ないわ」

 

「そうだ・・・だが、その偶然を叶える手が在る」

 

「召喚の触媒に『聖遺物』が関わっていれば確かに可能ね・・・で、それらしいのは在ったの?」

 

「いや、中に在ったのはガラクタばかりだ。鍵は開いているから君も見てみると良い」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 言うだけ言って霊体化して消えたアーチャーに凛は文句を言おうとするが、アーチャーは姿を現さなかった。

 

「全く・・・一体どうしたのかしら?何か不機嫌なようだったけれど」

 

 アーチャーの様子に疑問を覚えながらも凛は土蔵に手をかけて扉を開ける。

 確かにアーチャーの言うとおり、セイバーの真名に関わる情報は凛も得ておきたかった。遠坂家の悲願である『聖杯』を手に入れられるチャンスは今回が最後。悲願を達成する為には凛としても、同盟関係が終わった後の事も考えて今の内に手に入れられる情報は少しでも得て於きたかった。

 特に既にセイバーの真名を確実に知っている主従が一組存在しているのだから。

 

「イリヤスフィールは絶対にセイバーの真名を知っているわよね・・・・アーチャーの宝具は分からないし、何とか少しでも戦える方策を考えないと・・・・・・何コレ?」

 

 土蔵の中に足を踏み入れた凛は、その場に落ちていたヤカンや金物類を見て、信じられないというように声を出した。

 一見普通の金物にしか見えないが、魔術師である凛にはそれがただの金物では無いことが理解出来た。恐る恐るヤカンを拾い上げて注意深く何度も見つめ、軽く叩いたりなど検証を進めて行く。

 

「・・・嘘でしょう?・・・こんなの在り得ない・・だけど・・これは間違いなく」

 

「リン、如何したのですか?」

 

 土蔵が開いていることを不審に思ったのか、土蔵へとやって来たセイバーが中で手に持っているヤカンを調べていた凛に質問した。

 

「・・・・セイバー・・・貴女このヤカンをどう思う?」

 

「?・・・ただのヤカンではないのですか?」

 

「そう見えるわよね・・・・でも、これは違うの。信じられないけれど・・・これは『魔術』で創られた代物なのよ。『投影』魔術って言うの」

 

「なるほど・・・ですが、それの何処が可笑しいのですか?『魔術』で創られた物ならば凛が驚くことでは無いと思いますが?」

 

「えぇ・・・これがずっと実体化していなければね。分類で言えば『投影魔術』って言うんだけど、普通の『投影』魔術はものの数分で消えるばかりか、実用なんて不可能よ。だけど、これは実体化し続けている・・・異常なんて代物じゃないよ」

 

 魔術師としての常識を打ち破る代物に、凛は自身が士郎に関してしていた認識が誤っていた事を自覚した。

 基本の魔術も士郎は満足に使えない。凛からすれば異常な事だったが、もしも士郎が自身と違う『魔術師』としての素養を持っているとすれば、手に持っているヤカンの事にも納得が出来る。

 

「多分アイツは特化型の魔術師よ。こう言う其処に無い物を創る事に特化しているのよ」

 

「では、シロウは戦力になると言う事ですか?」

 

「・・・分からないけれどね・・・でも、この事が魔術協会にでも知られたらアイツは間違いなく『封印指定』を受けるかもしれない・・・それだけ異常な事なのよ」

 

 『封印指定』とは魔術師にとって最高級の名誉であり、同時に最悪の指定だった。

 奇跡とも言える希少能力を永遠に保存すると言う名目で与えられる称号だが、実際のところは一生涯幽閉されるどころでは済まず、希少能力が維持された状態で保存すると言うホルマリン漬けと変わらない状態にされると言うことに他ならない。また、この『封印指定』は適用されるのが魔術師だけではなく、一般人の中で偶然にも特殊な技能や魔術の素養を持った者にも与えられる。

 そして士郎の内に眠っている力は、間違いなく『封印指定』級の力だと凛は手に持つヤカンから見抜いた。

 

「・・・このまま眠らせておいた方が良いかもしれないわね」

 

「しかし、リン?」

 

「分かってるわ・・・・今は『聖杯戦争』。戦力は少しでも欲しいからね・・・悪いけど目覚めて貰うわよ・・・だけど、『聖杯戦争』が終わった後は・・使わない方が良いと思うわ」

 

 凛はそう言いながらヤカンを床に置いて、当初の目的である道場の方へと向かって行く。

 その場に残されたセイバーは入口から入り込む月明かりを反射するヤカンや金物類を難しそうな表情で眺めるのだった。

 

 翌日の早朝。衛宮邸で恒例になってきた大河とセイバーのおかずの取り合いが起きる食事が終わった後、士朗は桜と共に朝食の片づけを行なっていた。

 慎二のことは気になるが、桜にそのことを聞く事が出来ずにいると、ゆっくりと落ち込んだ様子を見せながら桜が士郎に話しかける。

 

「先輩・・・その・・・・実は・・暫らくの間・・家の事情で・・此方には来れなくなりそうなんです」

 

「そうなのか?」

 

「はい・・・すいません。落ち着いたら必ずまた来ますので」

 

「そうか・・・寂しくなるけど、俺は何時でも来てくれて構わないぞ」

 

「はい!・・・必ずまた来ます」

 

 士郎の言葉に桜は嬉しそうに微笑み、それを居間に居ながら見ていた凛は何処となく安堵しながらも険しい視線を桜に向けていたのだった。

 

 

 

 

 

 穂群原学園の校舎内部。

 既に二限目を終えた時間帯で生徒達が、それぞれ休憩を取る為に廊下を歩いていた。その中で士郎は今日話し合う予定の慎二の姿を早朝と一限目が終わった後に探したが一向に慎二の姿は見えなかった。

 今士郎の傍に居るのは昨日と同じように凛の指示でアーチャーが護衛について、裏の雑木林には交渉が決裂した時の為に凛とセイバーが待機している。

 

「慎二の奴・・・一体何処に居るんだ?もうすぐ三限目が始ま・・・・ッ!!」

 

 突然に強力な重圧が士郎に圧し掛かり、慌てて『魔術回路』を起動させて周りを見回してみると、学校中が赤く染まっていた。

 一体何が起きたのかと士郎が辺りを見回していると、すぐそばでアーチャーが音もなく実体化して警戒しながら声を出す。

 

「結界が発動したようだな」

 

「何だって!?まさか、慎二が!?」

 

「今日は昨日よりも生徒が来ていないようだ。恐らく充分に戦えるほどに魔力が集まったから結界を発動させたのだろう」

 

 そうアーチャーは士郎に説明しながら、ゆっくりと廊下に在る窓に手を伸ばして窓ガラスを開ける。

 士郎がそのアーチャーの行動に疑問を覚えて窓の外に目を向けてみると、武装化を終えたセイバーが凛を抱えてアーチャーが開けた場所から飛び込んで来る。

 

「フゥ~、流石はセイバーね。裏の雑木林から此処まですぐに来れたわ」

 

「コレぐらいは苦では在りません。ソレよりもシロウ?ライダーのマスターとは交渉出来なかったのですか?」

 

「あぁ、慎二の奴を休み時間の間に探していたんだけど、アイツを見つけられ無かったんだ」

 

「そう・・・と言う事は最初から同盟なんて話は誘き出す為の方便だったのかもね・・・だけど、どうして今の状況で?」

 

 凛は慎二が今行動を起こした意味が分からなかった。

 余りにも慎二の行動は稚拙としか言えなかった。何せ慎二は既に凛と士郎が同盟を結んでいる事を知っているはず。今日行なわれるはずだった交渉が失敗すれば、セイバーとアーチャーが同時に敵に回り、士郎も慎二と戦う事に躊躇いが無くなる。

 慎二の行動は自らで敵を作る行為でしかないと凛が考え込んでいると、突然廊下に設置されている放送用スピーカーから慎二の声が響く。

 

『よぉ、衛宮。それに遠坂も居るんだろう?どうだい僕の趣向は?」

 

「慎二!!!」

 

『衛宮の事だから今頃怒っているだろうけどね・・・さて、無駄話をしている時間は無いから率直に言うけど、衛宮、今すぐに令呪を使用して自分のサーヴァントを自害させろ。そしたら結界を解いてやる』

 

「なっ!?」

 

 スピーカーから聞こえて来た慎二の要求に士郎は声を上げ、凛は何故今慎二が行動を起こしたのか理解して目を見開く。

 

(やられた!?慎二の狙いはコレだったんだわ!!)

 

 稚拙にしか見えなかった慎二の策略。しかし、その策略に衛宮士郎と言う自分よりも他者を優先する、簡単に言えばお人よしな性格の士郎が加わった場合、充分に成功する可能性が高い策略に変わる。

 慎二が今居る場所は間違いなく学校の放送室。その場所にアーチャーとセイバーを向かわせるのは簡単だが、慎二の傍にはライダーが付いている。セイバーとアーチャーが近づけば間違いなく放送室からライダーは慎二を連れて逃げ出す。そうなれば学園を覆っている結界を解く術が無くなってしまう。一番重要な結界の中心点は凛達では破壊出来ないのだから、ライダーが解くしか方法がない。

 士郎が慎二の要求に従わなければ学校に居る者達が犠牲になり、要求を呑めばセイバーが消えると言う直接戦うのではなく、間接的な戦略で慎二は士郎達に襲い掛かって来たのだ。

 

『お前らが結界の基点を破壊してくれたから、学校に居る奴らが死ぬまでまだ時間が在る。だけど、答えは急いだ方が良いと思うよ。幾ら結界の効果が本来の効果には及ばないと言っても、こうしている間にも生命力が奪われているんだからさ』

 

「慎二・・お前!!」

 

(伊達に衛宮君の友達だった訳じゃないわね・・・衛宮君にとってセイバーは失いたく無い存在だし、かと言って学校の皆も見捨てられない・・・私とアーチャーも動けない)

 

 アーチャーが放送室に向かって攻撃を行なうと言う手も在るが、それを行なう前に間違いなくライダーに気がつかれてしまう。

 更に言えば今凛達がいる位置から放送室がある場所までには幾つもの壁が存在している。幾ら弓使い(アーチャー)のサーヴァントとは言え、相手の姿も確認出来ない状況で攻撃を放って当てられる筈が無かった。

 自分達が打てる手が無い現状に凛は悔しげに唇を噛み、セイバーとアーチャーも自分達ではどうする事も出来ない状況に悔しげに顔を歪める。そして要求された士郎が一番悩んでいた。セイバーを自害させなければ学校に居る者達が犠牲になる。だが、セイバーを自害させる事も士郎には出来ない。どうすれば良いのかと悔しさに満ちた顔をして士郎が下を俯く。

 士郎達が自分達の力では危機を脱せない現状に動きが止まっていると、突然背後から幼い声が響く。

 

「何固まっているの、お兄ちゃん達?」

 

『ッ!?』

 

 聞き覚えの在る声に慌てて凛、士郎、セイバー、アーチャーが振り返ってみると、イリヤスフィールを腕の中に抱いている、ルインが立っていた。

 

「イリヤスフィール・・・どうして?」

 

「昼間は戦っちゃいけないって言うルールを破ったマスターとそのサーヴァントを倒しに来たの」

 

「ま、待ってくれ!慎二は近づけばライダーと逃げる気なんだ!だから、近づいたら結界を解けなくなって、学校の皆が危ないんだ!?」

 

「皆?・・・・それって誰の事ですか?この学校には今、『聖杯戦争』に参加しているマスターとサーヴァントしか居ませんよ」

 

「何ですって!?まさか!?」

 

 ルインが告げた事実に慌てて凛は近くの教室の扉を開ける。

 その先には本来なら生命力を結界に吸われる事で起こる激痛によって意識を失った学園の人々がいるはず。だが、凛が見た教室の中には生徒や先生の姿は影も形も存在しない無人の教室だった。

 アーチャーとセイバー、士郎も教室の中を覗き、すぐにイリヤスフィールを抱えているルインに目を向ける。

 

「貴女がコレを!?」

 

「えぇ、そうですよ。この前の時は貴女達を取り込むように封鎖結界を発動させましたが、今回はその逆で封鎖結界に貴女達、『聖杯戦争』の参加者を除くように結界を発動させました。学校に居た一般人達は今頃封鎖結界の中で普通に授業を受けていますよ」

 

「なるほど・・・確かにライダーの結界は内部に生命力を吸収出来る対象が居なければ意味を成さない。吸収対象が居なくなった今、ライダーが発動した結界は無駄な発動でしか無かったと言う事か」

 

 ルインの説明に状況を把握したアーチャーは、血のように紅く空間が染まっている無人の教室に目を向ける。

 ライダーが発動させた結界は生命力が奪える対象を失った今、無意味なものになっている。魔力を得る為に発動させたにも関わらず、魔力を得る対象が校舎内には居ない。寧ろ今の状況では発動させた分の魔力が無駄になったと言う事に他ならない。

 宝具級の結界が発動されると共に別の結界を発動させて対象を取り込むと言う荒業に近い事を成し遂げたルインに、凛はもはや言葉が出せずに呆然と見つめる。最もルインがその荒業を成功させる事が出来たのは、ライダーの結界とルインが使った封鎖結界の理論が根本から違っているおかげである。もしもライダーの結界が『魔法』で作られたモノだったら、ルインの封鎖結界と干渉しあって大変な事態になっていた。あくまでルインが封鎖結界を発動させる事が出来たのは、二つの結界の根本的な部分が違っていたおかげでしかない。

 そんな事を知らないアーチャー、凛、セイバー、士郎は宝具級の結界にまで干渉したルインの技量に声を失うが、呆然としている場合ではないとアーチャーが疑問に思った事を質問する。

 

「しかし、何故敵である我々を援護するように動いた?」

 

「勘違いをしないで下さい、アーチャー。別に貴方達を援護する気など少しも在りませんね。ただ昼間に戦うならソレ相応の準備が必要だっただけです」

 

「そうそう。だってね。大勢の一般人が居る場所で戦ったら・・・・“皆巻き添えで死んじゃうもの”」

 

「・・・な、何だって?」

 

「どう言う意味ですか、イリヤスフィール?一体貴女達は何をしよ…」

 

ーーードオォォォン!!

 

 セイバーがイリヤスフィールに質問の言葉を述べている最中に、突然に学校の一角の壁が大きく吹き飛んだ。

 ソレと共に舞い上がった粉塵を突き抜けて、恐怖に染まり切った顔をして必死に本を胸に抱えている慎二を抱えた所々に服が破れて傷を負っているライダーが校庭に着地する。

 一体何が起きているのかと士郎達が窓から粉塵が舞い上がった場所に目を向け、ソレを目にする。

 全身から禍々しいと言う言葉が相応しいと言うしかないほどの邪悪な魔力を迸らせているばかりではなく、闇が具現化したかのような漆黒の体に鈍く光る銀色の兜と胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に三本の鍵爪の様な刃を装備したサーヴァントがライダーと慎二に向かって殺気を発しながら歩いていた。

 その殺気を向けられている慎二は恐怖に体が動かず、自分の命を繋いでいる本を抱えて護る事しか出来ず、ライダーは既にボロボロになっている釘剣と鎖を構えて息を荒く吐きながら自分達に襲い掛かったサーヴァントを見つめていた。校舎内から見ていた士郎と凛でさえも、慎二達が対峙しているサーヴァントの殺気が自分に向けられている訳でもないのに体の震えが隠せなかった。

 アーチャーとセイバーは同じサーヴァントでありながら明らかに異端のサーヴァントだと一目見て分かる存在に言葉を発する事が出来ない。唯一その場で殺気に対して何も感じていないイリヤスフィールとルインは、言葉を失っている四人の姿に笑みを浮かべる。

 初めて見て、誰かに聞いた訳でもないのに、禍々しい気配を発しているサーヴァントのクラスが凛には理解出来た。いや、理解せざるを得なかった。そのクラス以外に自身が見ているサーヴァントのクラスは在り得ないと凛は本能で悟ったが故に。

 

「狂・・戦士・・・・『バーサーカー』」

 

 『聖杯戦争』に於いて最も鬼門とされるサーヴァントのクラス『バーサーカー』

 そのサーヴァントとして召喚されたブラックが、沈黙を破って遂に騎兵の主従にその牙を向けたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。