某日某所にて、イングラムが残したプロテクトを解除した後、アヤ大尉とマイ・コバヤシの関係性がおかしいと気づいたのち、もうひとつ残されたプロテクトの解除に取り掛かっていた。
「まるで解除されることを、前提としないプロテクトだな」
「イングラム少佐は、なぜこんなものを調べていたんでしょうか?」
「わからん。しかし、これがブルーバードのパイロットが何らかの意図を持ってイングラム本人にそれとなく渡した可能性はある」
「文字化けしている文章の中から、かろうじて読み取れるのは、『繰り糸』、『門番』、『思い出せ』この三つだけですね」
「いやむしろ逆か、このプロテクトを解除しようとするならば、嫌でも文字化けしていない単語が記憶に残る。問題なのは、それを使って何をしたかったかだな」
「残していったことにも意味があるんでしょうか?」
「なんとも言えん」
考えのまとまらないギリアムは気がつかなかった、これは彼に渡ることも前提としたものであることに。
ゆえに、よく見れば、文字化けの中に書いてあるのだ。
ヘリオスと。
そうして囮作戦は、四名で出撃することとなった。
「ねえ、トリトリ? どうして私が外されることを頑なに拒んだの?」
そう言ってエクセレンはトリエに絡んだ。
トリエはなんでもない風を装って、
「もともとこの作戦には、ベテランというか技量があって冷静に対処できる人がいたほうがいいんですよ」
「本当にそれだけかしら?」
「? ほかにどんな理由が?」
「それなら私じゃなくてもいいじゃない。それでもあなたは、頑なに私を外すことを拒否した――」
耳元まで来て囁く――
「本当は別の意味があるんじゃない?」
鋭い人だとは思っていたのだが、ここまでとは思わなかった。
ごまかしが効くとは思えないが、一言カン、とだけ言っておいた。
本来は知識によるものなのだが、それを言うと色々と面倒なことになりかねない。
トラウマシャドーがどういう原理なのか不明なため対策のしようがないのだ。
むしろ、私も囚われかねないというのが正しい。
実際に通用しないのは彼女だけだからだ。
おそらくではあるが。
ごまかしが効いたのは確かだが、疑惑は持たれたか?
なやましいけど出撃の時間だ。
その頃、リュウセイとラトの二人はイングラムのこと、そしてあの子のことについて話し合っていた。
「じゃあ、トリエの病状は、ああなる前から知っていたのかよ」
責めるではなく、どうしてと言うように言葉が漏れた。
「知ったのは偶然、でも止めたのはあの子自身」
「なんでだよ。知っても俺じゃどうしようもないからかよ?」
「それもだけど、きっと――」
「きっと?」
伏せていた顔を上げて、はっきりと――
「自分の状態が、つまらないことで。だからそんなつまらないことで、リュウセイを悩ませたくなかった。最期の時まで、あなたの笑った顔を見ていたかったから。言わなかったんだと思う」
「あんなにひどい状態で、笑って別れたかったって、そういうことなのか?」
「それにイングラム少佐のことも感づいてたかもしれない」
「なんだよそれ。俺、情けないじゃねぇか。自分よりも年下に気使われて、長生きできないことだって、知っていたのに」
「今は、下を向いててもいいと思う。でも、ちゃんと前をむいて、あの子が見たい顔は、決意したリュウセイ・ダテのその真剣で一途な顔だから」
「……」
言葉なく、涙も嗚咽もなく、静かに悲しみを表す。
しかし、少し経って伏せていた顔を上げた時には、その顔はあの子の見たかった。
真剣で一途な顔だった。
それは、絶望ではないのだから。