あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第九話

「へぇ~! いっぱい人いるじゃん! もっと寂れてるとかと思ってたけど」

「そうだなぁ。屋台も結構出てるし、思ったより楽しめそうだ」

 

 俺は今、桐乃と並んで神社を目指して歩いている。

 目的地はまだもう少し先だが、道路を挟むようにして幾つもの屋台が展開されている様はまさにお祭り。辺りからは威勢の良い掛け声や、はしゃぎ回る子供達の声が耳に飛び込んできていた。

 騒がしいのは苦手だが、こういう祭り特有の喧騒は嫌いじゃない。

 なんつーか、ここにいるだけで“イベント”に参加している気分になって心が躍るからだ。

 視線を飛ばせば、行き交う沢山の人々――家族連れやカップル、会社帰りなのかスーツ姿のリーマンなど、誰もが楽しそうに笑顔を浮かべている。

 きっと、みんな俺と“一緒”なのだろう。

 だから蒸し暑い中でも、こうして集まってきているに違いない。

 

「んー、良い匂い! もうね、夕飯食べてないからお腹ぺっこぺこっ。何から食べよっかなー? 定番の焼きそばは外せないとしても、せっかく来たんだしぃ、やっぱ色んなもの食べたいよねっ!」

 

 目を輝かせた桐乃が、屋台を迎え撃つべく臨戦態勢を整えていた。

 行く前は散々ごねていた癖に、本当に現金な奴である。

 ちなみに桐乃は、自分で言っていたように自前の浴衣を着て来ていた。兄である俺が言うのもなんだが、ピンクを基調とした花柄の浴衣がマジ似合っている。

 伊達に読モはやってねえってことだろうが、腹が立つくらい何を着ても似合う奴だよ。

 その辺りウソは吐けない性分なんで、浴衣似合ってるぜってな感じであいつに伝えたらさ、どうしやがったと思う? 

 何と急にそっぽを向くや、暫く目も合わせてくれなくなったんだ。

 信じられねえだろ? 折角俺が褒めてやったってのに。

 まあ、妹に何を期待してた訳じゃなし、この程度は慣れっこだけどよ。

 

「……桐乃。食べ歩くのは良いけどよ、あんま食うと太るぞ?」

「女の子に向かって太るとか言うなっ! これでも普段節制してるんだから……チョットくらい大丈夫……なハズ」

 

 僅かに視線を落とし、腰周りを気にする桐乃。

 今は浴衣の帯で隠れてるが、かなりスリムなウエストをしてるはずだ。

 モデル業の為に体型を維持しなきゃなんねーのか知らんけどさ、コイツは普段食わなさすぎんだよ。

 それなりに運動してるっつーのによ。

 だから、こんな日くらい羽目を外しても罰は当たらんと思う。

 それにさ、多少太ったところで俺は気にしねーし。例えばこいつが食いすぎて“キリノデラックス”になったとしても、本人が幸せなら良いとすら思うね。

 けど、桐乃に限ってはない話しだろうし、間違ってもそのことを口にしようとは思わねーがな。

 

「さぁって、何処から回ろうかなぁ~? クレープとかァ~、チョコバナナとかァ~、あっ、たこ焼きなんかもいいかもっ!」

「言っとくけど奢らねーからな。自分で食う分は自分で払えよ」

「ハァ? あんた何言ってんの? サイッテー! 女の子に払わせるとかマジありえないし」

「今月は色々と出費が重なって金がねーんだよ! つーかさ、何で俺が払わなきゃなんねーの? おかしいだろ!」

 

 この俺の台詞に対する桐乃の回答は盛大な舌打ちだった。 

 

「超ウザい。あんたさァ、さっき自分で言った台詞をもう忘れたわけ?」

「あぁ?」

「何でもしますから、お願いですから縁日に付いて来てくださいって言ったよね? ケチケチしてさぁ、誠意ってものが足んないわけよ」

「俺の台詞を勝手に脳内変換してんじゃねーよっ!」

 

 思わず張り上げた声に興味を引かれたのか、周りにいた人達がこっちに注目してきた。

 傍目に見ればカップルが痴話喧嘩している風に見えたのかもしれない。クスクスとした嘲笑が聞こえてくる。

 これは……ちょっと恥ずかしい。

 

「……フン。あんたのせいで笑われちゃったじゃん。セキニン、取りなさいよね」

 

 さすがに桐乃も恥ずかしかったのか、少し頬を赤くしながら唇を尖らせている。見てくれだけは可愛いので、まるで俺が苛めているような光景だ。

 懸命な人なら気付いてくれてると思うが、苛められてるの俺だからね?

 

「責任っつったってよぉ、具体的にどーすりゃいいの?」

「そんなのはあんたが考えなさいよ。それとも甲斐性だけじゃなく決断力もないわけェ? あー、最悪。マジダサい」

「お前な……」

「なに、文句あんの? あんならハッキリ言えば?」

 

 ぐ……ぐ、ぎぎぎ……ががががあああァァァ――――ッッッ!!!

 

 こ、このクソアマはよぉ、言うにことかいて甲斐性なしのダサオだとぉ? 

 ――ふっざけんじゃねえぞ! 

 好き勝手言いやがって、兄を何だと思ってやがる……って、実際は何とも思ってねえんだろうなぁ。きっとそこいらにある石ころ程度にしか認識してねーんだろう。

 俺もこいつのことは嫌いだが、桐乃には輪をかけて嫌われてる自信があるね。

 なら、何でこいつの我侭に付きあってやってるかって?

 そりゃやっぱ――桐乃が妹だからだろう。

 妹が泣いてたり、寂しそうにしてたら、黙って手を差し伸べてやるのが兄の役目だと思ってる。結果、ウザがられようが、押し付けがましいと罵られようが構やしない。

 だってさ、他の誰よりも俺がそうしてーんだからよ。

 だから俺は、爆発しかけた気持ちを押し殺し、少しだけ引いてやることにした。

 ここまで付きあってきた自分の頑張りを、無駄にしたくねえしな。

 

「……わあったよ。じゃあ縁日に出てる屋台ん中からお前が好きな物を一つ選んでくれ。それを買ってやる」

「一つ? 何でもいいの?」

「ああ。けど一個だけな。無い袖は振れねえし、俺も夕飯食ってねえんだ。時間も惜しいだろ?」

「……分かった。それでいい」

 

 俺の提案を受けて、コクンと頷く桐乃。正直もっとごねられると思ったが、意外に素直じゃねえか。

 その桐乃だが、急に首を振ってキョロキョロと辺りを見回し始めた。

 きっと俺に奢らせるブツを物色しているんだろうが、その視線が屋台の切れ目に来たところでピタっと止まった。

 

「あれ、あそこに見えるのって階段? 上にも何かあんの?」

 

 桐乃と同じところに目をやれば、なだらかな石段が高台へと続いてる様が見てとれた。

 そこも通路なのか、幾人もの人が行き来している。

 

「たぶん上に本殿があるんだろ。そこの境内とかにも屋台が出てんじゃねーの?」

「へえ。なら当然行くっきゃないっしょ! 十分吟味しないと良いもの買えないもんね!」

 

 にひひと極上の笑顔を浮かべる桐乃。

 どうやら十分に吟味した上で買わせるつもりのようです。本当にありがとうございました。

  

「じゃあさ、あんた――とりあえずソコの屋台で飲み物買ってきて」

「は?」

 

 桐乃が石段近くの屋台を指差している。

 どうやらその店では、キンキンに冷やされたペットボトルを売っているようで、幾人かの客の姿も見えた。

 

「飲み物って、そんなんでいーのかお前? えらい安いつーか……ま、俺は別に良いんだけどよ」

「ナニ言ってんの。こんなの利子でしょ利子。ブツクサ言ってないでさっさと買ってきてくんない? あたしィ~、さっきからメッチャ喉が渇いてんですけどぉ~?」

「……へいへい、言われた通り買ってくりゃいいんだろ。ちょっと待ってろ」

 

 ここで逆らったらまた喧嘩になっちまう。

 そう思った俺は、大人しく飲み物を買いに行ったのだった。

 

「ナニコレ?」

 

 で、買ってきての第一声がこれ。

 桐乃に手渡したのは、緑茶のペットボトルとうちわが一枚。うちわは店員さんがオマケでくれたものだ。

 何でこれで疑問系が返ってくんの?

 

「これだと両手が塞がンじゃん! ――サイアク。あんたさぁ、もうちょっと色々と考えられないワケ?」

「塞がったって別に問題ねえだろ? 邪魔になるつーんならバッグもあるしよ。それにうちわがあった方が何かと便利だと思うぜ」

「気配りが足んないっつってんの! フンッ! もういい。あたし――先に行くから」

「おい、桐乃ッ!」

 

 ズンズンといかり肩になって、石段へと向かっていく桐乃。

 これはさすがに、何で桐乃が怒り出したのか見当もつかねえ。けどほっぽり出すわけにもいかないので、俺は慌てて桐乃の背中を追いかけて行った。

 

「待てって、桐――――痛っええええぇぇッッ!!」

 

 横に並んだ俺を待っていたのは、妹の強烈な肘撃ちだった。

 

 

 

 石段を上りきった先は、予想通り境内になっていた。

 奥まったところにある本殿まで石畳が続き、そこまでの比較浅い部分に屋台と休憩スペースが設置されてある。ここも下に劣らず大勢の人で賑わっていて、屋台を物色するのにも苦労しそうだ。

 ちなみに謝り倒したおかげで桐乃の怒りは沈静化している。

 変わりに俺の心の中で何か大事なものが砕け散ったがな……。

 

「とりあえず一通り見て回ってから――って、あれぇ?」

「どうしたぁ桐乃?」

 

 桐乃の視線が境内の一角で止まっている。

 何故かと言うと、そこに見知った顔があったからだ。

 

「あれ、もしかして……黒猫か?」

 

 どうして疑問系だったかと言うと、黒猫の格好がいつもと全然違ったから。

 特徴的なゴスロリ姿でもなければ制服姿でもなく――縁日に相応しい浴衣姿だったからだ。

 

「……あ」

 

 彼女の名を表したような瑠璃色の浴衣。流れるような黒髪を風に靡かせ佇む一人の少女。

 時折、月明かりに照らされて彼女の横顔が浮かび上がる。その姿を見て、俺はおとぎ話に出てくるかぐや姫みたいだなぁなんて思っていた。

 

【挿絵表示】

 

「あら?」

 

 当の黒猫も俺達の存在に気付いたようだ。

 それからどちらからともなく歩み寄り、比較的人通りの少ない箇所で落ち合う。

 

「よお! 黒猫。おまえも来てたんだな」

「そういう先輩も来ていたのね。まあ、家が近所なのだから、あなたがこの場に居ても不思議はないけれど」

 

 そう言ってから、桐乃の方へと視線をやった黒猫は

 

「まさかこの女と一緒だなんて。可哀想な先輩。とうとうダークサイドに堕ちてしまったのね……」

 

 と述べ、盛大な溜息を吐いた。 

 

「は? ナニソレ? あたしがここにいちゃいけないっての?」

「なら逆に訊くわ。“兄さん”が大嫌いなはずのあなたが、どうして兄妹で縁日に来ているのかしら? ほら、説明できるものならしてごらんなさい」

「そッ……それは……」

「フッ。それは?」 

「そんなの……どーだっていいじゃんっ! つーか、こいつが泣いて頼むから仕方なく付いて来ただけだしぃ、特別な意味なんてあるわけないっしょっ?」

「ククク。その割には随分と気合の入った格好をしているようだけれど、それにも意味はないのかしら?」

「この浴衣はお母さんが用意してくれてたのっ! じゃなきゃあたしがこいつと出掛けるのに……わざわざ浴衣なんか着るわけないし……」

  

 出会いがしらの漫才――もとい、桐乃と黒猫が楽しそうにじゃれあっている。

 毎度お馴染みの光景だが、本当に仲が良いよなぁこいつらは。

 

「けどさァ、そういうあんたも浴衣着てんじゃん?」

 

 そう言った桐乃が、黒猫の浴衣姿をじーっと凝視している。

 しばらく眺めてから、桐乃は率直な感想を述べはじめた。

 

「へぇ? 結構似合ってンじゃん! あんたさぁ、みてくれだけは純和風だから、前々からそういうの似合うと思ってたんだよねぇ」

「い、いきなり何を……もしかして莫迦にしているのかしら?」

「違うって。普通に褒めてるだけじゃん。その色とかさァ、あんたに超似合ってるし」

「……あなたに褒められると、何か裏があるんじゃないかって勘ぐってしまうわ」

 

 照れたように頬を染めて、ついっとそっぽを向いてしまう黒猫。

 別に桐乃は、黒猫をからかおうと思って言ったわけじゃなく、素直な感想を述べただけなのだ。その辺りウソを吐けないのが、俺達が兄妹たる所以なのだろう。

 実際、黒猫の浴衣姿ってのは絵になってるしな。

 

「本当、本当。雰囲気といい、色合いといい、お前の名前にピッタリで似合ってるよ」

「そ、そう。……なら、ここは素直に礼を述べておくわ。――ありがとう、先輩」

 

 納得したのか、黒猫が嬉しそうな表情を浮かべる。

 その時の仕草とか声音が妙に女の子らしくて、心臓がドクンと高鳴った気がした。

 そう思ったのも束の間、今の言葉の中から“ある疑問”を見つけ出した桐乃が俺に噛み付いくる。

 

「チョト待って。ねえ、あんた今なんつったの?」

「あぁん? 別におかしなことは言ってねえだろうが。黒猫に浴衣が似合うって話で――」

「そこじゃない。今さ『お前の名前にピッタリ』って言ったよね? これってどういうこと?」

 

 ああ、そっか。

 こいつってまだ黒猫の本名を知らないんだった。あまりにナチュラルすぎてスルーしていたが、実際俺も、黒猫の本名を知ったのはつい最近なのだ。

 具体的に言うと、桐乃がアメリカに留学してから、黒猫が後輩として学園に入学して来たあたりなんだが……。

 俺は黒猫に伝えて良いかと視線で問う。だが黒猫は俺を手で制すると 

 

「そういえば、あなたには伝えていなかったわね。――五更瑠璃。これが私の人間としての仮初の名よ」

「……へえ。ふーん。ふーん。そうなんだ。で、何であんただけ知ってんの?」

「偶々そういう機会があったってだけだ。それに同じ学校に通ってる後輩で同じ部活の仲間だぞ? 名前くらい知ってても変じゃねえだろうが」

「後輩に仲間ぁ~! フーンッ。だからってさ、一緒に登下校したり、黒いのを自分の部屋にあげて“イチャイチャ”したりして良いと思ってるワケ?」

「ばッ――いつ俺が黒猫とイチャイチャなんかしたよ?」

「ついこの前、黒いの部屋に連れ込んでたじゃんっ! 惚けんな、むかつく、ばかじゃん?」 

「あれは誤解だったろ? てかさ、お前はいちいち話しが飛躍しすぎなんだよ。ちっとは冷静になれや」

 

 もう滅茶苦茶だな、こいつ。どんだけ黒猫のこと好きなんだつーのね。

 本当に俺は黒猫とイチャイチャなんかしてねーし。

 ……そりゃ、ほっぺにキスはされたけどさ。

 あれは俺もよく分からんつーか、こっちが理由を教えて欲しいくらいで……。

 そんなことを考えていたからだろうか、自然と視線が黒猫の方を向いてしまう。そしたら、黒猫が桐乃に向かってぺこっと頭を下げる光景が飛び込んできた。

 

「ごめんさい。名前――隠していたわけじゃないのだけれど、結果的にあなたには嫌な思いをさせてしまったようね。悪かったわ」

「なっ!?」 

「許してくれるかしら?」 

「……べ、別に気にしてないし。それに名前を訊かなかったあたしも悪いんだしぃ……って、ああ、もう! この話しは終わりっ! 終了!」

 

 素直に黒猫に謝られるとは思ってなかったのだろう。

 桐乃は照れた自分を誤魔化すように、腕をぶんぶん振りながら話しを切った。

 けれど最後に一言だけ、黒猫に向かって

 

「――ふん。五更瑠璃ね。いい名前じゃん」

 

 笑顔を沿えて、そう付け加えていた。

 

 

 

「で、あんた一人で来てんの? ぼっち?」

 

 また訊きにくい事柄を平気で聞いてくれる奴だ。

 桐乃が黒猫に「仕方ないから一緒に遊んであげよっか?」と詰め寄っている。しかし、黒猫には別の意味で断られてしまった。

 

「あなた達と同じよ。――ほら」

 

 そう言って黒猫が通り向こうを指差す。

 そこに設置されていたのは公衆トイレだった。

 祭りという特性上多くの人が利用しているようで、順番待ちしている人の姿が見える。そんな人ごみを縫うようにして、女の子が二人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「……もしかして、お前の妹たちか!?」

「ええ、そうよ」

 

 肯定の意味を示し、こくんと頷く黒猫。

 初見で推察できるくらい、その女の子たちは黒猫にそっくりだった。

 

「あの大きい方が日向(ひなた)で小さい方が珠希(たまき)。縁日に行きたいってせがむものだから、仕方なく連れてきてあげたのよ」

 

 黒猫の言う上の妹――日向ちゃんは、見た目は小学校高学年くらいで、後ろ髪をうなじの辺りでお下げにしていた。髪の色は黒猫よりも少し明るめだろうか。

 姉と違ってとても活発な印象を受ける。

 下の妹――珠希ちゃんは、幼稚園の年長組みか、小学校にあがり立てくらいの小さな女の子だった。

 こっちは前髪ぱっつんのおかっぱ頭で、黒猫をそのままミニサイズにしたような感じである。

 一見して分かるくらい、二人は桐乃の好みドストライクに見えた。

 だが、当の桐乃の反応は大人しいもので、突っ立ったまま小さく震えるのみである。

 もしかしてトイレでも我慢してんのか?

 そう考えるくらい、俺はまだ自分の妹を甘くみていた。

 加えて、黒猫の妹という新たな登場人物を向かえ、桐乃の態度を鑑みる心の余裕が無かった。

 だから『い、妹……! 妹……っ! ひなちゃん……たまちゃん……ッッ!』という桐乃の呟きを拾えず、あの惨劇を向かえることになる。

 

「お待たせ、ルリ姉ぇ~って、あれ?」

 

 到着するや。ロリ猫……じゃなかった。日向ちゃんが目をくりくりさせながら、俺と桐乃を交互に見つめてくる。

 あっちも予想外の人物の登場に面食らってるってところか。

 とりあえず自己紹介でもするかと口を開きかけた時、事件が起こった。

 

「い――妹っ! あぁぁぁっっ! か、可愛いよぅぅぅ~~~~~~~~~~~~!!」

「ひ、ひゃあっ!?」

 

 あろうことか、獲物を見つけた肉食獣の如き俊敏さで、桐乃が日向ちゃんと珠希ちゃんに跳びかかったのだ。

 哀れ、黒猫シスターズ。

 二人は桐乃の両腕に組敷かれ、そのまま“ぎゅうっ”と抱きしめられる格好になった。

 もう満面の笑みを浮かべながら、きゃーきゃーと声を出しながら頬ずりしまくる桐乃。

 その姿は、とても人様にお見せできるようなものじゃない。

 ――クッ! 俺としたことが失念していたぜ。

 桐乃が、並みのオタクなら裸足で逃げ出すくらいの、重度の『妹』オタクであることを! 

 

「わ……ぷ……」

 

 手をバタバタとはためかせ、猛獣の手から逃げようと試みる珠希ちゃん。

 しかし桐乃は逃がすまいと全身を使って相手を拘束する。すりすりすりと頬ずりをかまし、ほっといたら舐めかねない勢いである。

 もうね、猫可愛がりとかそんなレベルじゃないよね。

 最悪、トラウマになるレベルだよこれ。

 

「………………な、なにをしているのあなたは!? 妹たちを……離しなさいっ!」

 

 あまりのことに茫然自失していた黒猫が復活した。

 素早く桐乃達に近寄ると、無理やり引き剥がそうとする。

 

「ちょ、邪魔すんなっ!」

「当然邪魔するわよっ! 私の妹よ? 早く……離・れ・な・さ・いっ!」

 

 桐乃の腕を掴み、力づくで引き剥がす。

 何とか妹を救い出した黒猫は、猛獣が再び襲いかからないように素早く身体を滑り込ませ、桐乃との間に壁を作った。

 

「小癪なっ!」 

 

 その壁を越えようと、桐乃が軽いフットワークを活かし左右から身体を割り込ませようとする。しかし、黒猫も必死の形相を浮かべながら身体をずらし、桐乃の行く手を遮っていく。

 

 ――アタック! アタックッ! アタァァァァックッ!

 ――ブッロク! ブロックッ! ブロォォォォックッ!

 

 桐乃の攻め手を、あらゆる手段を講じて跳ね返す黒猫。

 ああぁ、もう。

 二人とも浴衣を着てきたっていうのに、本気の取っ組み合いなんて演じやがってよぉ。もう色々と残念なことになってんじゃねーか。

 黒猫なんか普段の飄々とした態度はドコへやら。すっかり“お姉ちゃん”の顔になってやがるし。

 

「……ぜえ、ぜえ。はあ……はあ。い、いい加減諦めなさい。特別な力を持たないあなたでは、夜の眷属である私を倒すことなど叶わないのだから」

「この引きこもりオタクがぁ……! 火事場の馬鹿力ってわけ? や、やるじゃん……!」

 

 掴み合った姿勢のまま睨み合う桐乃と黒猫。

 結局この痴話喧嘩は、あと五分ほど続くのであった。

 

 

「……まさかこんな酷い目に遭うなんて、予想もしていなかったわ」

「悪ぃな、黒猫。あいつにもよく言って聞かせておくからさ。勘弁してくれ」

 

 結局、最後まで傍観してた俺だったがそれには理由がある。

 どうせ俺が言ったところで聞きゃしねーし、被害がこっちに飛び火するだけだ。

 俺だって学習するんだぜ。 

 

「別に先輩が謝ることではないわ。ただ、あの女の危険性を再認識させられただけよ」

「はぁ? チョット撫でてただけじゃん! 減るもんじゃないんだから、ケチケチすんなっつうの」

「魂の尊厳が減っていくのよ。あなたの邪悪なオーラに当てられたら心に傷を負うことになるわ。迷惑だから、もう妹たちに近寄らないで頂戴」

「人を害虫みたく言うなっ!」 

 

 再び桐黒戦争が勃発しようとした矢先、傍から眺めていた日向ちゃんが輪の中に入ってきた。

 

「ねぇねぇ、ルリ姉ぇ。もしかしてぇ、この人がいつも電話で喧嘩してる“ビッチさん”?」

『なっ!?』

 

 俺と桐乃の声が綺麗にハモった。

 今なんつったこの娘?

 ビッチ――だと?

 

「わぁ! 写真で見たことあったけど実物は初めて見たよ~。さっきはいきなりで驚いたけど、よく見ると綺麗な人だねぇ。で、こっちが“ビッチお兄さん”なわけだ。けど……平凡っていうか、あんま似てないね」

「悪かったな、平凡でよ! つーか、俺には高坂京介って名前がある。頼むから“ビッチお兄さん”はやめてくれ」

「あっ! その名前知ってるっ! 確かこの前ルリ姉が言ってた運命の相手で、契りを結――――」

 

 ガシッ! っと黒猫が日向ちゃんの頭を鷲づかみにする。

 まるで、最後まで言わせてなるものかと。

 

「――フッ。……クックック。それ以上無駄に囀るようだと、徹底的に教育を施すことになるけれど、良いのかしら?」

「え? な、なんかルリ姉……めっちゃ怒ってる?」

「そう見えるなら、それは誰の所為かしらね?」

「だってルリ姉“……ふっ。莫迦にしないで頂戴。現世における彼の名前は京介。契りを……”ててて、痛いってルリ姉っ!?」 

 

 うわー。

 日向ちゃんの物真似、黒猫にそっくりじゃねーか。一瞬、黒猫が喋ってるのかと思ったぜ。 

 

「どうやら何を言っても無駄のようね。どうしたら口を閉じてもらえるのかしら?」 

「に……にゃああぁぁ――っっ!!」

 

 冷笑を浮かべながら、日向ちゃんに“教育”を施す黒猫。

 ギリギリと音が鳴るくらい、掴んだ手に力を込めているのが傍目に見ても分かった。

 やっぱこいつんとこも“姉妹”なんだな。

 

 結局その後は、俺と桐乃に黒猫シスターズを加えた五人で縁日を回ることになった。

 道中色々あったが、結果だけを言えば楽しかったと断言できる。

 桐乃も珠希ちゃんに「おねぇちゃん」なんて呼ばれて機嫌直してたしな。ちなみに珠希ちゃんは、俺のことも「おにぃちゃん」と呼んで慕ってくれる。

 その姿が、もうめっちゃかわいくてさ、桐乃の気持ちが少しだけ理解出来た瞬間だったよ。

 あ、念の為に言っとくが、俺はロリコンでもシスコンでもねーから。

 そこんとこは誤解しないように。

  

  

 


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