あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三十二話

 ★☆★ 酩酊レベル 2 ★☆★  

 

「え? これって本当にお前が作ったの?」

「そうですよ。こう見えて僕の本職はアクセサリーデザイナーですからね」

 

 テーブル上に酒……じゃなかった。川神水(繰り返すがノンアルコールの水だ!)とおつまみと一緒に、光り輝くシルバーアクセが収められた箱が鎮座なされていた。

 見るからに高そうなクオリティを誇っているそのアクセは、どれも女の子が好みそうな意匠が施されている。その中から無造作に一つだけアクセを取り出した御鏡は、楽しそうに目を細めながらそれを眺めていた。

 

「でもさ、お前ってモデルじゃなかったっけ? それがなんでアクセ?」

 

 当然の疑問が口を吐く。だがその質問に対する答えは、御鏡のいる対面からじゃなく俺の右隣から発せられた。

 ラブリーマイエンジェルことあやせたんである。

 

「お兄さん。そこの御鏡さんは美咲さんお抱えのファッションモデルでありながら、エタナーの別ブランドを任されているデザイナーでもあるんですよ」

「……え? マジで?」

「はい。有名な賞なんかも取っちゃってる本物さんです。個人的な付き合いは“皆無”なので全て見聞きした程度の話ですけど」

「ほらほら京介くん。そこに“EBS”ってエンブレムがあるでしょう? それはエターナルブルー・シスターの略称で、御鏡くん個人のブランド名でもあるの」 

 

 あやせの説明を美咲さんが引き継ぐ形で補足した。

 ちなみにテーブル上に並んでいる料理は美咲さんが用意したもので、彼女が戻ってくると同時に御鏡が二階から箱を持参して降りてきたという訳だ。

 俺達にアクセを披露する為に部屋まで取りに戻ってたんだろうが――御鏡の奴、趣味でファッションモデルをやりながら本職としてアクセサリーデザイナーを営んでるだって?

 しかも俺と同い年の高校生の身でだ。

 正直信じられんねえ。

 別にあやせや美咲さんの話を疑ってる訳じゃねえんだが、全く現実感の沸かない話に脳の処理が追いついていかないのだ。

 つーか、何てファンタジーだよ。

 

「どうしたんですか京介くん? 僕の顔に何かついてます?」

「……いや」 

 

 全く気負うことなく朗らかな笑顔を浮かべる御鏡。そんなこいつを見ていると、心の奥に小さな針で刺したような痛みが拡がってくのを感じた。

 俺達は同じ高校生なのに、こいつはもう働いていて社会的にも認められている。

 雑誌を飾るファッションモデルでありながら、個人ブランドを持つデザイナーでもある爽やかなイケメン野郎。しかもそれを笠に着ることなく自然に振舞いやがるのだ。

 ああそうか。この痛み、認めたくねえがハッキリ分かる。

 ――これは劣等感だ。

 ちょい前まで、こんな感覚を嫌というほど味わっていた俺だからこそ即座にそれが理解できた。

 一番身近に御鏡にも劣らないすげえ奴がいたからな。

 凡庸な俺とは違って“そいつ”は何でもそつなくこなしやがる。

 勉強だってスポーツだって、その他のなんだって、俺がいくら頑張っても絶対に勝てないくらいの高みに行きやがるのだ。しかも俺のすぐ隣に存在しているので嫌でも周りから比較され続けるオマケつきだ。

 それも、来る日も来る日も――毎日毎日な。

 正直言えば悔しかったし、惨めだったし、滅茶苦茶腹も立った。

 なんで“妹”ばっかり、なんて思ったことも一度や二度じゃない。

 自分で言うのもなんだが理不尽な憤りだろう。けど、そう感じる原因の一つに“壁”の存在があったんだと思う。俺とあいつとの間に聳え立ってたでっけえ壁だ。

 ソイツがあったからお互いの姿が満足に見えなかったし、声も遮られてうまく相手に届かない。

 だから、すれ違う。

 けれどひょんなことからその壁にも綻びが出来始め、少しづつ崩れてきて、気が付けば向こう側が覗けるくらいには風通しが良くなっていた。

 不思議なことに相手の姿が見えるようになってくると、この変な感覚も薄れてくるんだよ。

 もちろん全くなくなる訳じゃねえけど、嫌で雑な感覚ともうまく付き合えるようになってくる。

 ……って、何が言いてえかというとだな、昔の俺なら御鏡との間に自分から壁を作って距離を取ってっただろうが、今なら仲良くなれるっつうか、うまく付き合えていけそうな気がするっていうか――

 

「ねえ、先輩」 

 

 そんなことを考えていたら、くいくいっと左手の袖口を引っ張られた。

 首を動かすと、真摯にこちらを見上げている漆黒の瞳と目があう。

 黒猫である。

 

「……本当に居るところには居るのよね。完璧超人みたいな人間が。私の身近にも似たような女が存在しているから、あなたの気持ちは良く理解できるわ」

 

 そう言ってから、黒猫はゆっくりとした動作で対面へと視線を滑らせていく。

 そこに居るのは有名デザイナーである御鏡。

 エターナルブルーの取締役である美咲さん。

 そしてコスプレアイドルとしてブレイク中の加奈子だ。

 

「あの女だけじゃないわね。この場にいる人間達は私から見れば手の届かないような凄い肩書きを持っている人物ばかりよ。そんな中にちっぽけな自分が存在してるなんて、考えるだけでも狂おしくて、切なくて……少しだけ心が痛くなるの」

「……おまえ」 

「っふふ。あまり言いたくないけれど、暗い負の感情が沸き上がるのが抑えられないのよね。嫉妬心に身が焼かれる思いがするわ」

 

 マイナスの感情である嫉妬という言葉を吐く割りに、黒猫の表情は何処か吹っ切れたような穏やかさがあった。

 

「“昔”の私ならそれこそ“リア充は死ね!”なんて呪いの言葉を臆面もなく吐いたのでしょうけれど――今は“それはそれ”と思えるようになった」

 

 みんなの視線が黒猫に集中している。

 誰も口を差し挟もうとしないのは黒猫の台詞に興味を示しているからか。

 

「成長……したのでしょうね。私は――――わたしは、自分がこうも変われるなんて思いもしなかった。想像すらしていなかった」

「黒猫」 

「……まあ、自分自身の成果というよりも、誰かさんの影響を受けた感は否めないけれど」

 

 そう述べた黒猫は、両手で握ったグラスに視線を落としつつ自嘲気味な笑みを浮かべていた。しかし、周囲の視線が自分に集中していることに気付いたのだろう。慌てて顔をあげると、何かを誤魔化すようにぐいっとグラスの中身を煽っていく。

 コク、コクと小さな喉が鳴るのに合わせてグラスの中身が減っていく。そして黒猫が飲み終えるのを待っていたかのようなタイミングで、美咲さんが声をかけてきた。

 

「ねえ、黒猫ちゃん。一つだけいいかしら?」

「なに……かしら?」 

「あなたは私達を特別な人間だと思っているようだけど、それは違う。もし違って見えるとしたら、それは立っている場所が違うだけのことなのよ」 

「……立場が違うと言いたいのかしら? けれどそれは“既に持っている”人間だから吐ける言葉ね。どう足掻いたって、逆立ちしたって私達凡人はあなた達には敵わないのよ」

「敵うとか敵わないとかの話じゃないの。いいかしら。立っている場所が違うということはね、見える景色も違うということよ。――そうね。例えばここにいるあやせちゃんや加奈子ちゃん。それに私だって黒猫ちゃんのことを羨ましいと思うことがあるかもしれないわ」

「わ……私を羨むなんて……」

 

 そんなことありえないわ、と言わんばかりに黒猫が目を見開く。それから罰が悪そうに目線を美咲さんから逸らした。

 今の話の流れ、何となくだが美咲さんの言いたいことは伝わってきた。けれどそれより黒猫の言動に微かな違和感を感じたというほうが大きい。

 なんていうか、妙に自己評価が低くなっているというか、厨二病感が薄まっているというか。

 らしくねえっつうのが本音だけど――どうやらこの場でそう感じたのは俺だけじゃなかったようだ。あやせがテーブルに身を乗り出しながら(間に俺を挟んでいるが)黒猫に詰め寄って行く。

 

「ふうん。随分と殊勝なことを口にするじゃないですか、黒猫さん。ですがそんな負け惜しみみたいな言い方、あなたに似合いませんよ」

「事実負け惜しみだもの。なんとでも仰いな。けれどさっき言ったようにそんな感情ともうまく付き合えるようになってきたところよ」

「……うまくつきあうとか“らしく”ないんじゃないですか、黒猫さん」

「どういう意味かしら」 

「そのままの意味ですよ。ほら、いつもの邪気眼……でしたっけ? そういうの発祥したらどうです?」

「言うわね、あやせさん。けれどそういうあなたはいつも以上に攻撃的じゃないの。それにあなた“ああいうノリ”嫌いなんじゃなかったの?」 

「ハッキリ言って張り合いがないんですよ。それとももう酔っちゃいましたか?」

「……酔ってないわよぉ。酔うわけないじゃない。だって私達が飲んでいるのはただのお水なのだし……」

 

 とか言いながらも若干呂律が妖しくなっているのは気のせいなのだろうか。心なしか頬も紅く染まって見えるし。

 もしかしてマジで酔っ払ってんのかもしれない。

 普段のこいつなら自分のことを凡人だとか言い切るはずねーしな。堕天聖とかノリノリで言っちゃう奴だぞ。

 

「はいはーい! こっち注目~!」

 

 そんな折、ぱんぱんと拍手を打つ軽快な音が耳に飛び込んできた。

 首を巡らせれば陽気な笑顔が飛び込んでくる。

 美咲さんである。

 

「折角の親睦会なのだからもっと楽しいお話をしましょうよ。ねえ御鏡くん」

「はい?」

「うふふ。景気付けも兼ねてアクセサリーの一つでもバーンと女の子にプレゼントしちゃいなさいな」

 

 軽くウインク一つ。美咲さんが御鏡に無茶振りをする。

 だが当の御鏡は

 

「プレゼントですか? はい、勿論いいですよ。実は僕もそのつもりで持ってきたんです」

 

 そう言って御鏡がアクセの詰まった箱に手を翳した。 

 

「是非お好きなのを貰ってあげてください」

「え!? マジで? アクセくれんの!?」

 

 やはりというか、こういう話に一番に興味を示したのは加奈子だった。

 コイツにしてはやけに大人しいというか静かだと思っていたが、どうやら今まで料理を貪り食うのに夢中だったらしい。

 

「ええ、どれでも一つだけプレゼントします。――新垣さんもどうぞ。自分で言うのもなんですが、それなりに価値のある品ばかりですよ」

「…………ありがとうございます。そうですね。とても良い品のようですし、遠慮せず頂くことにします」

 

 こうしていきなり変なイベントが勃発した。

 けどそこはやっぱり女の子というべきか。

 加奈子もあやせも目を輝かせながら身を乗り出していく。運ばれてきた当初から興味もあったのだろう。クラスメイト同士、アクセを選びつつ息を合わせて談笑しだした。

 ありていに言って実に楽しそうである。

 と、そこで黒猫がその輪に加わっていかないのに気付いた。何をしているのかといえば、チラチラとアクセに視線をやりつつも、縮こまったまま動こうとしない。

 けど興味がないって様子にも見えないのだ。

 

「何してんだ黒猫? おまえも選べよ。いいんだよな御鏡?」

「もちろん」

「ほら、いいってよ。折角の機会だ。遠慮すんなって」

「……でも、こういうのはきっと私には似合わないわ……」

「そんなことねえだろ。例えば――」

 

 腕を伸ばし箱の中から一つのアクセを取り上げる。

 掴み上げたのはロザリオの意匠が施されたネックレス。チェーンが通常の物とは逆に付いていて、厨二心をくすぐる作りになっていた。

 

「ほら、こういうのとかおまえ好きじゃね?」

「え? そうね。どちらかと言えば……嫌いじゃないわ」

「よし。じゃあ貰っとけ」

「あ……」

 

 未だ迷いを見せる黒猫に半ば強引にアクセを握らせる。

 こうでもしないと自分から動かないと思ったからだ。

 黒猫は俺の顔を眺めつつ逡巡する様子を見せたものの、小さくコクリと頷くと大事そうにアクセを両手で受け取ってくれた。

 

「ありがとう先輩。大切に……するわ」

「馬鹿。礼を言う相手が違うだろ」

 

 黒猫の笑顔が眩しくて、半ば照れ隠しに御鏡に視線をやったら――何故か、他の箇所から絶対零度クラスの冷たい視線に貫かれることになる。

 

「え?」

 

 グサっと突き刺さったのは二組の視線。

 そう。何故かあやせと加奈子にキっと睨まれていたのだ。

 

「…………えと」 

「ふん」

 

 視線をあやせに向けるも、可愛く鼻を鳴らした彼女はぷいっとそっぽを向いてしまう。

 その姿勢に無言の圧力というか、怒気を感じたのは気のせいだろうか。

 

「もしかして怒ってんのか……?」

「怒ってません! 怒ってませんよ!」 

 

 えええええ!? めっちゃ怒ってんじゃん!

 それを裏付けるように、あやせは少し乱暴な仕草で手にしていたアクセを元の位置に戻した。

 

「あのぅ……どうして一度手にしたアクセを箱に戻すんスか……あやせさん?」

「さあ、どうしてでしょうね。ところでお兄さん。一つお願いがあるんですけど」

「はいぃッ! なんでしょう!?」

 

 何故か身体が勝手に直立不動の姿勢を取り、敬礼のポーズを決めていた。

 これが防衛本能の成せる業か。

 上官に逆らえば鉄拳制裁が飛んでくる。それと同質のものを今のあやせに感じたんだが――あやせはちょっとムっとした表情を維持しつつも、上目遣いに俺を見て(←めちゃ可愛い)

 

「私にも一つアクセサリーを見繕って欲しいんです。……駄目、ですか?」

「へ? それって俺にお前用のアクセ選べってこと?」

「はい。たった今黒猫さんには選んであげましたよね? なら当然私にもその権利があるはずです」

「権利ってほど大層なもんじゃねえだろ」 

「いいえ。じゃないと不公平です。ねえ黒猫さん?」

「それは……」

 

 黒猫が言葉に詰まっている。だが実際俺もどう不公平なのか理解できんのだから無理もない。

 

「両手に花ってかっ! なーんか京介モテモテみたいじゃん。けど実際は違うんだかんな。調子に乗って勘違いすんなヨ」

「茶化すなよ加奈子。それくらい分かってるっつうの」

「よしよし。んじゃさぁ加奈子の分も任せちゃおうかな~アクセサリー」

「はぁ!? おまえの分も俺が選ぶのかよ」

「ったりめーじゃん! にひひ。超似合うやつ期待してっかんな!」

 

 ……全く訳が分からん。

 何であやせも加奈子も俺に自分用のアクセの選定を頼むんだ? 

 こういうのに疎い(自覚がない訳じゃない)俺に頼むよりさ、欲しいもん自分で選んだ方がよくね? 

 もしくは美咲さんか御鏡に頼んだ方が確実だろう。

 

「ほらほら京介くん。女の子をあまり待たせるものじゃないわよ。男ならビシッっと決めちゃいなさい!」

「……なんで煽ってくるんスかねぇ……」 

 

 全く持ってひとごとである。

 結局あやせと加奈子の分までアクセを選ぶ羽目になったのだが、その最中、美咲さんは酒を片手に、ニヤニヤニヤニヤと目を細めて楽しそうに俺を見つめていたのだった。

 

 ★☆★ 酩酊レベル 3 ★☆★

 

「って、それマジもんの酒じゃないっすかあああああああっっ!!」

 

 そうなのだ。

 美咲さんは“アルコール”を片手に談笑に興じていたのである。

 

「ノープロブレムでしょ? だって私大人だもん」

「だもんって……」

 

 アルコールは二十歳になってから。

 そういう面で言えば問題ないっちゃ問題ないんスけど……言動の方は要審議っすね。

 

「フフフ。じゃあ良い感じで場も盛り上がってきたことだし、そろそろ本題に入りましょうか!」

「本題……だと!?」

 

 まさかこの姉ちゃん。場がこなれるのを待っていつぞやのスカウトの話を蒸し返すつもりなんじゃねえだろうな?

 こっちが正確な判断が出来ないのをいいことに、押し込もうって魂胆じゃ!?

 だがこの懸念はあさっての方向へとすっ飛んでいくことにある。幸か不幸か美咲さんの話題は俺の想像と全然違っていたからだ。

 

「ねえみんな。ぶっちゃけ御鏡くんと京介くんだったらどちらが好み?」

「………………は?」

「いやねえ京介くん。女性陣に聞いてるのよぉ。兄妹だとか恋人関係だとかはこの際抜きにして、率直なところを聞いてみたいわね」

「あ、アンタ酔ってんですか!? 正気ッスか!? つーかこれってイジメにしかなんないよね!?」

 

 世の女性達はホモとイケメンが大好物。

 ……いや、これが真実かどうかはさておき、爽やかイケメン野郎の御鏡(肩書きも凄い)と比べられるなんて新手の拷問にしか感じねーわ!

 

「さあレッツパーティッ! 今夜は無礼講でいきましょう! 大丈夫大丈夫。結果は内緒にしておくから」

「内緒ってモロバレの全部筒抜けじゃないっスかッ!?」

「黙らっしゃい! 私の見立てだと京介くん結構好い線を行くと思うわよぉ。じゃあ……あやせちゃんから」

「はいっ?」

 

 名指しされるもお目目をぱちくり。あやせはきょとんとしている。しかし次第に事の重大さに気付いていったのか、一瞬後には頬を真っ赤に紅潮させることになった。

 

「わ、わたしですか?」

「そうよ。あやせちゃんは京介くんの彼女なんだから結果は分かりきってるんだけど……取りあえず100点満点で採点してみましょうか」

「採点って……」

 

 俺をチラ見、御鏡をチラ見、二人を見比べた後であやせが沈黙してしまう。

 俺としてはこのまま黙りこくってもらって、この話をうやむやにして欲しかったのだが、どうやらあやせさん。美咲さんの話に乗る事にしたようだ。

 

「……そうですね。御鏡さんは至って普通の好青年ですから……平均点の50点くらいでしょうか。お兄さんは……その、わたし的にですけど……」

 

 もしかしてあやせさん、酔ってらっしゃるのか。

 潔癖だからこういう話題には大反対しそうなもんなのに、意外にもスラスラと答えている。 

 

「点数。点数ですよね。100点満点なら…………きゅうじ……」

 

 御鏡が50点なら俺は一体何点になるのか。

 一度気になってしまうともう好奇心は押さえられない。自然と視線があやせの仕草を追っていた。すると丁度点数を言いかけたあやせとバッチリ目線が合ってしまう。

 途端まるで自らの失言に気付いたとでもいうように、慌てて両手で口元を覆ってしまうあやせ。

 迷った時間は一秒弱か。

 彼女が出した答えとは――

 

「きゅ、9点です! 9点!」

「9点だぁ!?」

「お兄さんみたいな変態には9点でも十分過ぎますっ! というか、どうしてそんな子犬が何かを期待するような目でわたしを見るんですかぁ!」

「み、見てねーよ!」

「いいえ。見てました。舐め回すようにわたしのことを……! お、おぞましい! どうせ高得点とか期待してたんでしょう? バカ! エッチ! ド変態!」

「酷くね!? 俺まだなにもしてねーのに、これって酷くね!?」

 

 つーか9点ってなんだよ9点って! 

 そりゃちょっとくらい期待しちゃったけどよ、こういう場合男なら仕方ねえだろ!?

 それが悪口雑言の罵倒が返ってくるなんて……あやせの奴、設定忘れて素に戻ってやがんな!? 

 

「いいえ。むしろ酷いのはお兄さんの方ですっ! セクハラまがいのことばかりしてると通報しますから!」

「こ、今回はまだなにもしてねーだろうが!」

「まだってことはやっぱりセクハラするつもりだったんだ……! この超弩級のへんた――」

「とか言いながら猛烈な勢いで俺から距離を取るんじゃねーよ!」

「あらら。成程ねぇ。あやせちゃんはアレね? 所謂ツンデレっていうやつなのよね?」

「仮にそうだったとしてもツン100%のデレ0%です!」

「それってもうただ嫌われてるだけじゃねーかっ!?」

 

 ナニコレ!? 訳分からん。

 あやせとは恋人同士って設定なのに……やっぱ俺を苛める儀式か何かなのか!?

 

「あやせちゃんの京介くんへの評価は超弩級変態ということね。――ふむふむOKOK。じゃあ次は加奈子ちゃんいってみましょうか」

「アンタもさらりとOK出してんじゃねーよ!」 

「お姉さん、次も期待してるから」

「もうやめてえぇぇl! 京介(俺)のライフはゼロだから!」

 

 俺の魂の叫びが室内に木霊する。

 だが嘆願も空しく、この流れを止めるには至らない。

 

「ひひ。率直な感想だけ言うから覚悟しろヨ」

「な、なんだよその笑みは……。まさかおまえこの機会に日頃の恨みを晴らそうと――」

「恨みってナニ? なんか加奈子に恨まれるようなことでもしたのかよ?」

「し、してねーけどよ、その笑顔見てたら何か企んでんじゃねーかなって……」 

「うっせ。腹黒のあやせみたく言うな。こう見えて加奈子様は超純粋なんだから…………ぐへえっ!!」

 

 ぐへえ! などと女の子らしくない悲鳴を上げて加奈子が椅子から転げ落ちた。円盤よろしく、巨大な皿がブーメランのように飛んできて加奈子のこめかみに直撃したのだ。

 幸い紙タイプの物なので致命傷には至らなかったようだが……。

 

「あーやーせええええっっ!!!」

「あら、いやだ。窓でも空いてたのかな? お皿が飛んでくるなんて物騒。加奈子大丈夫? 生きてる?」

「何が物騒だよ! 物騒なのはテメエだよ! 生きてるっつうの!」

「………………雹でも使えば良かったかな?」

「このアマ微塵も悪いと思ってねー! チクショー! 後で覚えてろよぉ!」

 

 こめかみを摩りながら何とか椅子に座りなおす加奈子。取りあえずこの場は話を進めることにしてあやせへの追求は後に回すことにしたらしい。

 実に大人な対応である。。

 

「……まあいいや。んじゃぱぱっと点数だけ言うけどさぁ、外見だけで見れば御鏡が40点、京介が75点くらいかなぁ」

「ん?」

 

 きっと心を抉りにくるだろうと更なる口撃に身構えていた俺は、思わぬ高評価に目を丸くする。

 御鏡よりも点数が高い? もしかして加奈子って俺LOVEなのか?

 

「あら。外見だけってことは内面は考慮してないの?」

「だって御鏡の兄ちゃんのことはあんま知らねーし。こういう場合公平じゃねーべ?」

「律儀なのねぇ。ということは京介くんに対する本当の点数は75点じゃないわけだ」

「……う。べ、別にいいじゃん! ちゃんと答えたんだからさー。じゃあ次そこの電波な!」

 

 追求を逃れる為か、話を黒猫の方へと持っていく加奈子。

 何のことはない。今の話の流れからすると本来の点数はもっと低いんだろう。きっとこいつのことだ。形だけでも高得点にして後で俺に何か奢らせようって魂胆に違いない。

 残念だがその手には乗らねえぞ。

 御鏡より高得点を付けてくれたからって、俺はケーキセット以上のものは奢ってやらんからな。

 あと黒猫のこと電波って呼ぶのはやめてやれ。結構傷つきやすい奴なんだ。

 

「…………」

 

 その黒猫さんだが、グラスを握った状態で固まっていた。

 言うべき言葉は決まっているが、言い出す勇気が出ないといった風情である。話の流れは分かっているはずなので、自分が何を名指しされたか把握してるはずだが。

 

「黒猫?」

 

 先を促す形になったのは、心の何処かで期待する部分があったからだろう。

 三人の中じゃ黒猫との付き合いが一番長いし、一緒に遊んだ回数も一番多い。学校でも先輩後輩の間柄だし、そうそう悪い評価はされねえはずだ。

 まあ、こいつが“素直”にその点を評価に加味してくれるかは未知数なんだけどな。

 

「トリ、期待してるわよ、黒猫ちゃん」

「…………フン。掌で踊らされている感じがして癪だけれど、この場は舞台に上がることにしましょうか」

 

 軽く咳払いをして、黒猫が俺を見つめた。 

 

「そうね。両者に敢えて点数を付けるとしたら――20点と100点という数値になるのかしら」

「へぇ。100点、ね。これまた極端な評価になったものね。けれど肝心な部分が抜け落ちているわよ。どちらが黒猫ちゃんにとっての満点を得たのかしら?」

「……内緒よ。というより今はまだそれを口にすることが出来ないの。呪縛されているから」

「呪縛?」

 

 美咲さんの追及を曖昧な言葉でかわす黒猫。その表情から冗談の類でぼかしてるわけではなさそうだ。

 だが思わぬ人物が追求の手を伸ばした。

 あやせである。 

 

「今はということは、何れその機会が訪れるということですか、黒猫さん?」

「興味あるの?」

「大いにあります」

「そうね。ならYESと答えておくわ。……悔しいけれど、あなたには知る権利があるでしょうから」

「…………わかりました」

 

 よく分からん会話を交わしながら目線を交錯させる黒猫とあやせ。だがいつものように喧嘩に発展することなく、どちらからともなく視線を外していく。

 後に残ったのは各自の手の中にある空になったグラスのみ。けれどそれにもすぐに中身が注がれていく。

 どうやら宴はまだもう少しだけ続くようだ。

 

 


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