それぞれの目線   作:ルーラー

4 / 6
【陽慈 いつかお前がうたう歌】

 今日は学校が休みの日――『休日』だった。

 

 『休日』というのは言うまでもなく『休む日』のことだ。

 それは小学四年生である僕にも――というより、平日は学校に行かざるを得ない僕たちにこそ当てはまると言っていいだろう。

 そして当然、いま隣を歩いている友人、星川陽慈(ほしかわようじ)にも、だ。

 

 僕は基本、休日は家でゲームをしたり、マンガを読んだりして過ごしている。

 でもたまにはこうして外に出ることもあったりして。いや、もちろん携帯ゲーム機を持ってはいるのだけれど。

 

 では陽慈はというと、彼は基本、外で過ごしている。今日みたく休日に僕がゲームやら本やらを買いに出かけたりすると、ほぼ100%の確率で遭遇することから、それは疑いようがない。まあ、もちろん家が近くであるということも彼と会いやすい理由のひとつではあると思うけど。

 

 で、ここで繰り返すけれど、今日は休日だ。『休む日』なのだ。だから僕は今日、携帯ゲーム機を持参して新作ソフトを買いに出かけたのだ。買ってからいつも行っている公園でまったりプレイしようか、それとも家に帰って腰を落ち着けてプレイしようか、と幸せな悩みを抱えていたのだ。

 

 それなのに、なぜ僕はいま、陽慈とゲームショップに向かっているのだろう。

 これだと買ったあと、すぐにプレイなんて出来ないのではないだろうか。下手すると『休む日』であるにもかかわらず、あちこち歩き回るハメになるんじゃないだろうか。

 

 ……イヤすぎる。

 

 だからといってすぐ家に帰るというのも、また、なしだな。陽慈はこう見えて、あんまり外に出ない僕のことを考えてあちこち行こうとしているフシがあるから。それが分かってて家に帰るっていうのは、ちょっとな……。

 

 そういえば陽慈、今日はほとんど待ち伏せていたかのように現れたよな。ちょっとストーカー入ってないか?

 まあ、その辺りは深く考えたくなかったから、サラッと流しちゃったけどさ。なんか、深く考えるとイヤなことに気づいちゃいそうな予感がするものだから。いや、もちろんなんとなくそう思っただけだけどさ。

 

 ともあれ、それで「じゃあ一緒にゲームショップに行こう」って感じの話になって、いまのこの状況になっているのだけれど。

 

「ねえ、陽慈。ずっとアニメの主題歌口ずさんでるの、やめない?」

 

「ん? お前嫌いだったっけ? この歌」

 

 陽慈がさっきからずっと歌っているのはいま有名なアニメの主題歌だ。確かタイトルは『ビック○マン2000』。しかも聴いている限りもうすぐ歌い終わりそうなところだった。つまり、陽慈はフルコーラス歌えるってことだ。一体どこで覚えたのやら。僕は一番しか知らないぞ。そもそも陽慈がCD買ってるところも見たことないし。

 

「別に嫌いじゃないけどさ。でも街中で歌ってるのはどうかと……」

 

「じゃあ店入ってから歌えばいいのか」

 

「いや、確かに曲がかかってはいるけど、だからこそダメだと思う」

 

 そういうところでかかってる音楽に耳を傾けている人って、割と居ると思うのだ。そんな人が近くで別の歌を歌っているのを聞いたら、やっぱり不快にはなるだろう。さすがに小学生相手に怒ったりはしないだろうけど。

 

「だったらどこで歌えというんだ? (けい)

 

「いやだから、僕は『歌うな』って言っているんだよ……」

 

 それがなぜ分からないのか、この男は……。

 ああ、そうだ。陽慈は細かいことを気にしない男だったな。ボケボケの男だったな。だから分からないのか……。

 

 ちなみに僕は、あのアニメがたいして好きじゃなかったりする。もちろん嫌いってわけじゃないし、ヒーロー的存在に憧れることがないって言ったらやっぱり嘘になるけど、あれの場合、悪役が悪いことをするために悪いことをしている、というか。しかし、ゲームとかで『悪』にも『悪』なりの正義があると知った僕からすると、なんとなく、戦って勝つことイコール正しいという考え方には賛同しかねるものがあった。

 まあ、普通なら『勧善懲悪(かんぜんちょうあく)』は分かりやすくていい、という結論に落ち着くのだろうけど。ヒーロー好きな陽慈みたいに。

 

 それから僕たちはなんとなく無言になって、ゲームショップへと向かったのだった。

 

 

 

 

 店内ではやたらとテンション高めの音楽がかかっていた。しかしそれは決して気分を害する類のものではなく、むしろ気持ちを高揚させる効果のある音楽だった。

 

 僕は携帯ゲーム機のソフトが置いてある場所に一直線に向かうと、目的のソフトを手に取り、それが最後の一本であったことに安堵する。よかった。もう少しで売り切れるところだったかもしれない。

 

 買いたいものは確保したので、すぐにレジには向かわずに他の作品も少しチェックすることにした。

 チェックするとはいえ、今日買うソフトはもう決まっていたので、今度お金を貯めたときにはどれを買おうかという思考に没頭する。

 

 ふむ、以前いま買おうとしているソフトとどっちにしようかと迷ったソフトは割と売れてないんだな。とすると、こっちを選んだ僕の見る目は間違っていなかった、ということか。

 

「なあ、蛍。それ買うんなら買って、さっさとレジ行かないか?」

 

 いくつかのソフトのパッケージを手に取り、次回買うものを検討している僕を、陽慈がせっついてきた。

 

「ん~。もうちょっと」

 

 言って僕は目的のソフトは手にしたままで、適当に手に取ったソフトを戻し、別のパッケージを見てみる。裏返しにして、実際のゲーム画面の写真を見ることも忘れない。

 あ、これもなかなかいいかも……。

 

「なあ、蛍~」

 

 いい加減、陽慈がうるさくなってきたので、見ていたパッケージを棚に戻し、レジに向かうことにする。実際、買う気もないソフトをいつまでも見ているのは少々問題だろう。周囲に何人かソフトを物色している人たちもいることだし。

 そして僕がレジに着くかどうかといった辺りで、その声は聞こえてきた。

 

「ああ~! 売り切れてる~!!」

 

 まるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのような声だった。絶望感にあふれる声というのはこういうのをいうのだろう。

 振り向いてみると、たったいままで僕がソフトを物色していた場所に、小学二年生くらいの男の子が立っていた。隣には二十代後半くらいだろうか、母親と思われる女性がいる。

 

「しょうがないわよ。今度買ってあげるから、今日は諦めましょう」

 

 涙目になってしまっている男の子をなぐさめるその母親には、しかし、どこか安堵したような雰囲気がうかがえた。

 

「やだやだ~! やっと買ってもらえると思ったのに~! 大体ママ、前にも『今度』って言ってたじゃん! 今度っていつなのさ!?」

 

 両腕を振り回して駄々をこねる男の子。母親は少し怒った表情をして、

 

「今度は今度よ。いい加減にしないとママ、怒るわよ?」

 

それに男の子はとうとう泣きだしてしまった。

 

「ちょっ、ちょっと! 静かにしなさい! 他の人の迷惑になるでしょ!?」

 

 母親はそう怒鳴りつけて、周囲の人たちに「すみません、すみません」と頭を下げる。しかし、男の子にはいっこうに泣きやむ気配はなくて。

 やがて母親は困りかねたのか、泣きじゃくる男の子の手を引いて別の場所へと移動していった。

 

 そんな光景を見ていたら、僕はなんとはなしにいたたまれなくなって、さっきまでソフトを物色していたところに足を向けていた。陽慈に文句を言われるかと思ったのだけれど、彼は「やれやれ」といった感じに嘆息して僕の後ろを黙ってついてくる。

 

 ふと思った。

 ああ、こんなことなら陽慈が言ったようにさっさとレジ行っとくんだったな、と。

 

 手にしていたソフトを棚に戻し、以前『これもいいな』と思っていたソフトを手に取る。割と売れていない、まだ五・六本残っているソフトを、だ。

 

「蛍。ホントにそれでいいのか?」

 

「いいんだよ。これだって前から『欲しいな~』って思ってたやつなんだから」

 

 これは嘘じゃない。実際、つい最近までどちらを買うか迷っていたのだから。うん。嘘じゃあ、ない。

 僕は急にこっちが欲しくなったのだ。あのソフトも面白そうではあるけれど、このソフトほどじゃないだろう。きっと。

 

 レジで会計を済ませてソフトの入った袋を受け取る。それから出口のほうへと足を向けた。しかし、陽慈はレジの近くから動こうとしない。

 

「どうしたんだよ、陽慈。ほら、早く行こう」

 

「ん。ああ、ちょっと待っててくれ」

 

 なんだというのだろう。さっきまで店を早く出たがっていたのは陽慈だっただろうに。

 陽慈はその場から動かずに、じっと僕たちがさっきまでいたところを――携帯ゲーム機のソフトが置いてあるところを見ている。

 

 ……そりゃ、陽慈がなにを確かめたいのかなんて、もちろん僕にも分かってたけどさ。

 でもなんか、イヤじゃないか。そういうの。はっきり言って僕はそういう偽善的な行為が嫌いだから、あまり『そういうところ』は見たくなかった。陽慈は見せたいようだけど。

 

 きっと彼のことだから、『そういうところ』を僕が見ないのは、僕が報われないと思っているのだろう。僕はただ気が変わってこっちのソフトのほうが魅力的に感じられただけだったんだけどな……。

 

 ……いや、嘘はよそう。本音を言えば正直、あっちのソフトが欲しくはあった。でもなんとなく、あの状況であれを買えても僕はあのソフトを心から楽しめる気がしなかった。だからこれは、僕の心の問題なのだ。心にしこりを残したくないという僕の、心の問題。

 

 しばしして、さっきの親子が戻ってきた。男の子はまだ少し涙目だ。落ち込んだ表情になっている。しかしその表情は、棚に置いてある一本のソフトを見つけた途端、ぱあっと輝いた。

 少し後ろを歩く母親を振り返って、袖をつかむ。

 

「ママ! あったよ! ほら、これ!」

 

 ソフトのパッケージを手にとって母親に見せる男の子。

 ああもう。このシーンはあまり見たくなかったんだよなぁ。なんか、自分がとんでもない偽善者になったように思えてくる。いや、実際そうなのだろう。

 

 しかし次の瞬間、そのシーンはもっと見たくなかった光景に様変わりした。誰にも――少なくとも僕には予想できなかったシーンになってしまった。

 

「無かったと思いなさい。最初見たときには無かったんだから」

 

「えっ……!?」

 

 男の子の表情が再び歪む。

 

「なっ、なんで……?」

 

 しゃくりあげながら問う男の子。母親はその問いにある意味で教育上自然な、けれどだからこそ、子供にとってあまりにも無慈悲な答えを返す。

 

「駄々こねてママに迷惑かけたバツです」

 

 どうやらあの母親、見た目から推し量れる以上に怒っているようだった。怒り心頭なようだった。

 

 なるほど。言っていることは分からなくもない。確かに悪いことをしたら罰が必要だろう。

 僕にだってそういう経験がないといえば嘘になる。

 

 でも――でも、だ。

 

 求めていたものをようやく見つけたときの男の子のあの表情。あの表情をあの母親は見ていなかったのだろうか。

 

 ようやく見つけたときの嬉しさを、喜びを、踏みにじられるほどに『悪いこと』をあの男の子はしたのだろうか。

 

 彼の罪と、彼に与えられた罰は果たして、釣り合っているのだろうか。

 

 僕には――そうは思えなかった。

 

 そして、僕があのソフトを戻したこと。僕にそんなつもりは微塵もなかったけれど、あれはあの男の子にさらなる絶望感を与えることになってしまった。だって、目の前に希望がちらついたというのに、結局その希望をつかむことが出来なかったのだから。

 

 絶望感なんておおげさな、と思う人もいるだろうけど、彼が絶望を覚えたのなら、それはやはり、絶望感を与えたことに他ならないだろう。

 

 男の子はまた駄々をこねたが、母親が店から出ようとすると慌ててその背中を追って走っていった。

 

 親子が店から去ってから、僕は一言呟いた。口に出さずにはいられなかった。

 

「……理不尽だ……」

 

 うつむくと、どこか僕を哀れむように見ている陽慈が視界の端に映った。

 

 

 

 

 暗い気持ちで帰路につく。手に提げた袋はこれ以上ないってくらいに軽いはずなのに、いまはどうしようもなく重く感じた。

 ふと、呟くように訊いてくる陽慈。

 

「『今度っていつ?』、か。今度っていうのはいつのことなんだろうな……」

 

 あいにく、僕は答えられる気分じゃなかった。陽慈も返答を期待していたわけじゃなかったらしく、

 

「ホント、理不尽だよな……」

 

 僕はそれに無言でうなずく。

 行きと同じく無言になって歩くことしばし。家の近くにある公園が見えてきた。

 

「……よってくか?」

 

「そうだね」

 

 公園でゲームをする気はあまり起きなかったけれど、とりあえずうなずく。気のせいかもしれないけれど、陽慈が僕に気を使ってくれたように感じたから。

 

 しかし、そこではまたも気が滅入りそうな光景が繰り広げられていた。

 

「返してよ~!」

 

 涙目になってそう叫んでいるのは、これまた小学二年生くらいの男の子だった。

 今日は『小学二年生くらいの男の子』とよく遭遇する日だな……。

 

 そして、小学五年生くらいの――陽慈と同年齢くらいの男子三人が、彼を中心にしてちょうど三角形の頂点の位置にそれぞれ立っており、なにかをキャッチボールのように投げ回している。

 それは――靴だった。そして男の子の足元を見てみると、靴を片方履いていない。そちらのほうの靴下は泥だらけになっている。

 

 イジメ、あるいはイタズラ。つまり、そういうことらしかった。「取り返してみろよ~」なんてニヤニヤ笑いを浮かべている三人を見ていると、きっとさっきの親子の件のこともあるのだろう、なんだか無性にムカッときた。

 

 しかし、だからといって助けに入るのは容易ではない。相手の三人はおそらく陽慈と同年齢。僕のひとつ上だ。いまイジメられている男の子を含めれば三対三だけど、僕は決してケンカが強いほうじゃないし、あの男の子だって年上三人とケンカできるような度胸はないだろう。もしあるなら勝機がなくたって殴りかかっているに違いない。

 

 それに、だ。この年代の男子の力というのは、一歳違いで大違いだったりする。四年生の僕と五年生の陽慈がケンカをしたとしても、まず勝つのは陽慈だ。そう断言できるほど、この年代の男子の腕力はひとつ歳をとるごとにグンと上がる。まあ、もちろん例外はあるだろうけど。

 

 ここはひとつ、イジメッ子の心理的な弱点を突くしかないだろう。つまり――。

 などと考えていると、腹に据えかねたのだろう、陽慈がイジメッ子のひとりにつっかかる。

 

「おい、やめろよお前! 人を困らせて楽しむなんて、最低な人間のすることだぞ!」

 

 はやくも怒鳴る陽慈。なんか、彼の沸点がいつもより低い。どうやらあの親子の一件でイライラしているようだった。まあ、気持ちはおおいに分かるけど。

 そのイジメッ子はしかし、陽慈がいつもより怒りっぽいことなんて気づくはずもなく。

 

「うるせえよ! お前にはどうでもいいことだろ!」

 

 その言葉であっさりキレる陽慈。イジメッ子にいきなりボディーブローをかます。持っていた靴を地面に落とし、あっさりとその場に崩れ落ちるイジメッ子。はっきり言って、弱い。

 

「ふう。すっきりした」

 

 陽慈、その発言はどうかと思う。いや、僕だって少しすっきりしてるけど。

 

「で、お前たちもやるか?」

 

 他の二人を挑発するかのように陽慈は言う。……おいおい。二対一は不利だって。

 しかし、僕がどうしたものかと頭を抱えるより早く。

 

「ひえぇぇぇぇ~っ!!」

 

「かんべ~んっ!!」

 

 あっさり逃げ出す二人。

 

「おっ、おい! ちょっと待てよ、お前ら! ……くそっ! 覚えてろ!!」

 

 月並みすぎる捨てゼリフを残してよろよろと走っていく、陽慈に殴られたイジメッ子。思っていた以上に意気地がない。

 

 イジメッ子は心理的・身体能力的に優位に立てるヤツしか相手にしない。いや、出来ない。それがイジメッ子の心理的な弱点だ。身体能力のほうはともかく、心理的に優位に立つことでなんとかしようと僕は考えていたのだけれど、キレた陽慈を相手にしたのがあの三人の不幸だった。もちろん、あいつらの自業自得なわけなんだけど。

 

 それにしても、『勧善懲悪』の物語のワンシーンを唐突に見せられた気がするな。まあ、こういうことが現実にあるならいいと思うけどね、『勧善懲悪』の物語も。

 

「あ、あの……」

 

 靴を拾った男の子が、手で涙を拭って陽慈に話しかける。

 

「あり……、ありがと……」

 

 陽慈はその子の頭にポンと優しく手を置いて、

 

「靴、戻ってきてよかったな」

 

 男の子は嬉しそうにうなずくと、もう一度「ありがとう、お兄ちゃん!」と言って公園から走って出て行った。

 僕は幾分晴れた心持ちでその後ろ姿を見送ると、公園にある木のベンチに腰かけて携帯ゲーム機を取り出す。

 

「まるでアニメのヒーローみたいだったね。陽慈」

 

「あー……、意識してやってたからな……。けど、格好よかっただろ?」

 

 確かに僕にも格好よく見えたので、それに関しては素直にそうと言うことにした。

 

「まあね。けどなんでヒーローにそこまで憧れるのさ?」

 

「格好いいから、だろうな」

 

 単純明快な答えだった。しかしそれだけでは終わらずに、陽慈は続ける。

 

「男なら、好きな娘の前で格好よくありたいって思うのは自然だろ?」

 

「まあ、そうだね」

 

 そう答えたものの、仮に僕が好きな娘の前で格好よく振る舞ったところで、好意を持ってもらえるとはどうしても思えなかった。というか、そもそも僕に好意を持ってくれる女の子なんているわけがない。アヤだって『幼馴染み』ってだけだし。

 さすがの僕も妹にまで嫌われているとは思わないけど、その感情は『家族愛』と呼ぶべきものだし。

 

 そんなことを考えつつポケットから電池を取り出し、袋の中のソフトのパッケージからカートリッジを出した。

 ゲーム機に電池を入れてカートリッジを差し込むため、少し前屈みになる。すると切るのを不精していた髪が目に入った。

 

 う~ん、そろそろ切ったほうがいいかな……。

 そんなことをボンヤリと思いつつ、目元にかかった髪を払う。

 

 と、隣に座った陽慈が僕のそんな動作を見て、口を開いた。

 

「そういえば蛍って、髪、伸ばさないんだな。伸ばしたらけっこう似合うと思うんだけど」

 

「はあ? 似合わないよ。絶対」

 

 僕は苦笑しつつ電源を入れた。

 

「そうかなぁ。絶対似合うと思うけどなぁ」

 

 陽慈は本気でそう思っているらしい。僕が髪を伸ばしたところを想像しているのだろう。腕組みをして目をつむり、しきりにうなずいていた。

 

 髪を伸ばすって、女の子じゃあるまいし……。

 

 ゲーム機にタイトル画面が表示され、音楽が流れ始めた。

 

 

 『男なら、好きな娘の前で格好よくありたいって思うのは自然だろ?』

 

 『そういえば蛍、髪伸ばさないんだな。伸ばしたらけっこう似合うと思うんだけど』

 

 この数ヶ月後に彼から手紙をもらったとき、陽慈が発したそれらのセリフの真意を僕は知ることになるのだけれど……。

 

 それはまた、別のお話。




時系列的には、『マテリアルゴースト2』のエピソード、【手紙】の数ヶ月前を意識して書きました。
微妙に欝展開ですが、まあ、気にしない気にしない(苦笑)。
それと、サブタイトルに『陽慈』とあるのに、全編通して蛍の一人称というのも、気にしない……でいただけるとありがたいなあ、なんて(汗)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。