それぞれの目線   作:ルーラー

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【ユウ マジカルアワー】

 ――それは、そうそう存在しない部活動、『帰宅部』の帰りのこと。

 

 

 真っ暗な道を私と、ケイと、鈴音(りんね)さんの三人で歩く。

 ケイはボンヤリと、ときどきあくびを洩らしながら。

 鈴音さんは、いつもよりも少しゆっくりと、やっぱりケイ同様にあくびを洩らし――と思ったら、カバンを持っていない左手で口元を押さえながら。

 そして私、ユウはいつもと変わらない歩調で、ケイの『霊体物質化能力』の範囲内――2メートル以内を、いつもより気分を高揚させながら。

 

「……ふわぁ……まったく、あの先輩は……」

 

 少しどんよりした目でケイがぼやいた。

 

「……たまにとはいえ、ホントに唐突にああいうことを思いついて、即実行に移すんだもんなぁ……。……ふわぁ……」

 

「ホント……ふわぅ……こんな時間まで付き合わせること……」

 

「別に鈴音が待ってる必要なかったんだぞ? ふわぁ……、先輩もそう言ってたし。別にお前、帰宅部じゃないだろう?」

 

「なっ……なに言ってるのよ! それ真に受けて帰ってたら、こんな時間まで蛍と真儀瑠(まぎる)先輩が……ふわぅ……」

 

「……ふわぁ……僕と先輩が……?」

 

「え? いやえっと……ふわぅ……な、なんでもないわよ!」

 

「なんでもないって……ふわぁ……なんだよ……」

 

「なんでも……ふわぅ……なんでもないんだってば!」

 

「ケイ、鈴音さん。二人とも、あくびすごいね……」

 

 なにしろ、一度口を開く度に必ずあくびが飛び出している。

 鈴音さんは毎回毎回手で口を押さえるから、少し音がくぐもってるし。

 

「え? ええ……そうね……ふゎ……」

 

 ほら、また。まあ、ケイの前で大口開けてあくびしたくないっていう心情は理解できるけど。

 鈴音さんは『話逸らしてくれてありがと』と私に目で言うと、更に話題を逸らしにかかった。

 

「で、蛍。いくら部長命令って言ったって、さすがに今回の『会議』は……ふゎ……やりすぎなんじゃない?」

 

「それは……ふわぁ……否定できないけどさ。先輩は中学時代からあんな感じだったし……。……ふわぁ……大体、そんなに嫌なら、なんで学校に残ったりするんだよ……。お前、部員じゃないんだし、あともう一人の部員だって、さすがに欠席してたし……」

 

「だ、だから余計に帰るわけには行かなくなったんでしょ!!」

 

「はぁ……? なんだよ、それ……」

 

 目をごしごしこすりながら返すケイ。鈴音さん、話題転換失敗。更にドツボにはまっている。

 

 ちなみに、今の時刻は午前4時。もうすぐ夜明けの時間だ。

 鈴音さんはあくびを洩らすことさえ忘れたかのように「あうあう」言い続けていた。それを見てケイが不思議そうに首をかしげる。

 ……なんかよく分からないけど、面白くなかった。なのでちょっと二人の会話に割り込んでみる。

 

「ねぇねぇ、ケイ。このまま鈴音さんの家まで行くの?」

 

 帰宅部が今後、より効率のいい帰宅をするにはどうするべきか、という趣旨の会議を真儀瑠先輩といやいやながら話していたケイは、その先輩さんから「巫女娘をキチンと家まで送り届けるように。この時間帯、女子高生が一人で帰るには少々危険だろう。――ん? 私か?  私は大丈夫だ。なにせ帰宅部の部長だからな。そしてお前は副部長。私の代わりにしっかり巫女娘を帰宅させるように」と命じられていたのだ。

 まあ、もう草木も眠る丑三つ時も過ぎて、いっそ早朝とすらいえるこの時間。果たして女子高生の一人歩きが危険かどうかは今ひとつ判断つかないけど。

 

 私が質問するとケイは真っ赤になっている鈴音さんの顔をしばし見て、やがて首を横に振った。

 

「いや、駅まででいいだろ。そこまでしてたら、僕の睡眠時間がゼロになる」

 

「もうゼロになってるんじゃない?」

 

「……言うな、ユウ。というか、日頃僕の睡眠を邪魔してるお前が言っていいセリフじゃない」

 

 ……返す言葉がなかった。

 ちなみに鈴音さんはホッとしているような、けれどどこか残念そうな表情をしていた。

 むぅ。やっぱりなんだか面白くない……。

 

 ――私たち三人は、それから無言で駅まで歩いていった。

 

 

 

 

 駅の改札を通り、ホームに降りる。

 私は当然タダだ。『幽霊だと気楽』と感じるのは、大抵がこういう状況下で、だった。

 

 駅のホームでしばし三人、ボンヤリと暗い空を見上げる。

 そういえば――もうすぐアレが見られる時間だ。暗いだけの空に美しさが混じる、あの時間。あの瞬間。

 ケイはいつだったか、この世界は汚れていると――キレイじゃないと言っていた。でも、アレを見れば少しはその言葉を撤回する気になるだろう。アレはそれほどまでにキレイだから。

 

 ――もうすぐ。あと少し。もうちょっと――。

 

 空が――光った。

 

 いや、もちろん光ってはいないのだけど、そう感じられるほどに空がキレイに彩られた。

 

 それは、例えるなら――薄紫色のカーテンが瞬間、空いっぱいに広がったかのよう。

 私が世界でキレイな景色ベスト5を選ぶなら、確実にランクインする美しい景色。空が――世界が、どんな瞬間よりも美しく彩られる、一日に20分ほどの――ささやかな、けれど、だからこそかけがえのない奇跡。

 あいにくと、なんと呼ぶのか、私は知らないけれど――

 

「あ、マジカルアワーだね」

 

『マジカルアワー?』

 

 私とケイが声をハモらせてオウム返しに鈴音さんに尋ねる。

 

「そう、マジカルアワー。日の入りから20分間と、日の出前のわずかな時間に起こる現象でね。空に薄紫のフィルターがかかったようになるんだよ。日の入りのほうならともかく、日の出前のマジカルアワーを見られるのは本当にわずかな時間でね。『夜と朝の入り混じる時間』とも呼ばれてるんだって。ちなみになんで薄紫のフィルターがかかってるように見えるかというと、光の量と屈折率が――」

 

「えーと……、それはそれとして、キレイだよね、ホントに」

 

「……そうね」

 

 鈴音さんは少しだけむくれながら返してきた。

 危なかった。また説明が脱線し始めていたよ。

 ふと、ケイはなんで鈴音さんを止めないかなぁ、と隣のケイに視線をやると――。

 

「……キレイだなぁ……」

 

 と。あのケイがそう呟いていた。キレイな世界に見とれているかのような声と眼差しで。

 

 ――ほら。やっぱり私の思ったとおり。世界はケイの思っているよりも、ずっとキレイなものであふれているんだ。

 私がケイを見つめたままニッコリと微笑んでいると。

 

「な、なんだよ。ユウ」

 

 ケイは顔を赤くして、キレイな世界からプイっと目をそむけてしまう。

 

 せっかくのキレイな世界なんだから、もっと目に焼きつけておけばいいのに。

 

 ケイはまるで、キレイな世界を否定するかのように自ら目をそむけてしまう。

 

 あーあ。キレイな世界はほんのわずかな間しか見られないのに。

 そんなことを考えて空に視線を戻すと、もう空は少しずつ――けれど、確実に白いような、青いような、いつもの空の色に戻っていた。

 

 世界の――夜明けだ。キレイな世界はもう消えてなくなってしまった。

 だからこそ。消えてしまうからこそ。私はその瞳に――心に焼きつけておこうとしているのに。なんでケイは……。

 

 ――ガタ……ゴトン……ガタ……ゴトン……

 

 電車がホームに入って来た。

 『マジカルアワー』が邪魔されなかったのは本当に幸いだった。

 

 やがて、静寂に包まれた朝のホームに電車の停車音が大きく響き渡る。

 そして、ケイがその音にまぎれて消えてしまうくらいの声で小さく――本当に小さく呟いた。

 

 「……キレイだったな……」

 

 瞬間――なぜか私の目じりに、かすかに涙がたまっていた。

 

 ――ああ。やっぱりケイもキレイな世界をその心に焼きつけていたんだね。目は逸らしても、心は逸らしてなかったんだね。――私と同じように、『キレイな世界』を見ていたんだね。

 

 私は心の中でケイにそう語りかけ、電車に足を踏み入れた。

 そう。いつものように『三人』で――。




かなり前――まだ『マテリアルゴースト2』が発売されるよりも前に書いた作品です。
拙いところが多々ありますが、読んでくださってありがとうございました。

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