魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

9 / 37
それは小さな思いでした。

晴れ渡る空の色が少しわたしを憂鬱にさせる。

そんなわたしの想いとは裏腹に、桜は待ってましたとばかりに花を吹雪かせる。

一瞬の、華やかでそれでいて切ない。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


009話

 士郎さんは黙って車椅子を押してくれる。

 

 こちらの心情を知ってか知らずか、いいんや、きっと士郎さんなりの気遣いなのだろう。そう思いたい。

 

 強い風がふき、桜の花びらが舞う。桜吹雪というやつや。

 わたしのモヤモヤした感情も一緒に吹き飛ばしてくれたらいいのに。

 

「はやて」

 

「うん?」

 

「これからはやては」

 

 真剣な声が届き、士郎さんを見上げる。

 

「立派なニートだな。その歳で」

 

 にやっと口角が上がり、いじのわるそうな笑顔を浮かべていた。

 

「だいなしやー!!」

 

 ほんと、―――

 

「いろいろだいなしやないかー!!」

 

 くよくよしてもしょうがない、よわかったわたしとはおさらばや。

 これからはポジティブ思考や!

 すぐに変われるなんて思っていない。

 それでも少しずつ少しずつ。

 士郎さんに見ていてほしい。

 

 本当にそう思えた。

 でも、今は恥ずかしくて士郎さんの顔が見れなかった。

 

 

 士郎さんと会話をしているといつの間にか喫茶店、『くろーばー』の前まで来ていた。

 

 そのまま中に入り、マスターの森口さんに声をかける。

 

「突然すみません、森口さん」

 

「おや、珍しいですね。

はやてちゃんと士郎君ならいつでも歓迎ですよ」

 

 わたしと士郎さんが一緒に来るというのは初めてだろうか。森口さんは珍しいものを見た、という顔をしたが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻った。

 あまり目立たないシワを顔につけている森口さんは飾り気のない黒を基調とした服の上にエプロンをつけている。

 

 屋内ではレコード盤が回転し、クラッシックが流れている。わたしはこの曲がだれのものなのか知らなかったが、学校でも流れているくらいだからきっと有名な人の作品や。

 

 喫茶店内は少し高い天上で扇風機の羽のようなものが上でくるくる回っている。壁には本棚が何個かおいてあり、森口さんが集めたもの、お客からの寄贈品が森口さんの趣味で並べてある。わたしも何回かここの本を借りてみたけど、なかなか興味深いラインナップをしていた。壁はクリーム色に少し臙脂色を混ぜたような感じで、置いてある雑貨はほとんどがブラウン。床は茶色の木製で鈍い輝きを放っている。窓は4箇所で奥のテーブルの近くには窓がない。狭いお店で15人入ればいっぱいいっぱいになってしまうんじゃないかと思う。

 

「そういえば、今日ははやてちゃんの学校の終業式でしたね。

今までかかっていたんですか?」

 

「いえ。少し寄り道をしていたらこんな時間までご飯を食べていなかったんですよ。それで少しキッチンをお借りしたくて」

 

「そういうことでしたか。

幸いお客様も少ないですし、奥のテーブル、ということであればいいですよ」

 

 ありがとうございます、と言ってわたしは奥のテーブルに向かう。

 

 

 

 士郎さんは店のエプロンをつけて、料理を始めた。

 

 と、すぐにこちらへやってきて、カップを置いていく。

 

「はやても少し、大人になったことだし。

珈琲でもどうかな、って」

 

 入れてくれた珈琲から湯気が立ち上っている。同時にコーヒー独特の香りが当たり一面に充満する。

 

 カチャリとカップを持ち上げ、フーフーって息を吹いて少し冷ましてからコーヒーを口に含んでみる。

 あっつ。

 

 もう少しフーフーと冷ましてから今度は更に慎重にコーヒーをカップを口に近づける。

 

「にがっ」

 

「大人になるってことはいいことばかりじゃないからな。

苦しいこととかもたくさんあるんだぞ」

 

「いいこと言ってるみたいだけど、士郎さんがそれを言う?

まあええけど。あんまり説得力ないで」

 

 ショックを受けているらしい士郎さんは目の前に無言で砂糖とミルクを置いてくれた。

 

「それでも、だな。だれかといっしょにいたりすることで辛さなんかが和らいだりすることも事実なんだよ」

 

 それはつまり

 

「経験談?」

 

「どうだろうな、俺も若輩の身。そんなことはもっと年をとって振り返ってみるよ」

 

 笑いながら答えてくれた。

 

「それはそうと、ちょっと待ってろ。

夕飯が近いから軽めのものにしておくから」

 

 士郎さんが今度こそ本当に調理にとりかかった。

 

 わたしは近くの本棚から本を取り出しぱらぱらとめくる。

 出版年数を見てみると今から15年も前に世に出されたものだった。

 ある都市で起きた出来事。三件の失踪事件が続き、不思議なことにひょっこり戻ってきた、記憶をなくして。

 

 読もうかと思っていた矢先に士郎さんが二つの皿をもってこちらへやってきた。

 

「はい、おまたせ」

 

 出てきた料理は海鮮クリームパスタといったところやろか。

 

「それじゃ」

 

「「いただきます」」

 

 おいしい。

 チーズ、それもかなり独特の癖のあるチーズが使われているように思う。強い魚介に負けないくらいには主張していて程よく、クリームソースとの相性も抜群や。

 驚いたのは、表面だけ熱の通った甘エビ?やろか。ぷりぷりとした食感の海老とはまた違う食感の海老が入っている。アレだけ短時間のわりにこの完成度、本当にびっくりや。

 

「調理する時間なんてほとんどなかった用に思うんやけど、どないして作ったん?」

 

「下ごしらえなんて簡単なもんだよ。普段店で出してるものを流用して、茹で時間はおしゃべり中に。あとはちょちょっとやってあげればハイおしまい、というわけさ」

 

「流用って、森口さんにはちゃんと許可取ったんか?」

 

「もちろん。

味見してもらったら、もうちょっとアレンジしてお店に出すって言ってたな」

 

 まさにチーズの癖が曲者なんやな。

 

「全然上手いこと言ってないからな」

 

「え?

声に出てた?」

 

「いや」

 

 ちょ、心の声を読まんといてや。

 

 

「随分と話が弾んでいますね」

 

 声の主のほうを見ると手に何かを持ってこちらへむかってくる森口さんの姿が見て取れた。

 

「これは私からです」

 

 差し出される皿の上にはチーズケーキが乗っていた。あと、香りの薄いコーヒーが差し出された。

 士郎さんの方を見ると、笑顔で小さくこくんと頷いてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「これくらいのことならお安いことですよ。今日はゆっくりしていってください。

士郎君にはこっちでいいかな」

 

 士郎さんのいれたコーヒーよりも芳醇な香りが立ち上る。

 

「ありがとうございます」

 

 コーヒーとチーズケーキを持ってきた森口さんも席に座り、自分のコーヒーをすする。

 

「マスター、店はいいんですか?」

 

「お客様も少ないですし、これくらいならバイトの子でも大丈夫でしょう。

私も休憩です」

 

 ほんと、だいじょうぶなんやろか?

 

「何かあれば私もでますし、ここなら奥の休憩所よりも店内の把握ができますからね」

 

 なるほど。

 

「そうそう、この前読んだ本でな、―――」

 

 わたしが話してばっかりということもあるのだろうけど、士郎さんも森口さんも聞き上手すぎると思うのは思い違いやろか。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「―――でね、士郎さんのつくる料理はすっごいんや」

 

 なんで俺のつくる料理の話になってるんだか。

 

「士郎君のいる日のランチは特に人気ですからね。

お客様の中でも、いつ士郎君がシフトに入っているか聞いてこられる方もいるくらいですから」

 

 やたら料理を作らされると思ったら、こういう理由があったんだな。

 

「マスター、いつまで休憩しているんですかー?

手伝ってくださいよー」

 

 カウンターの方から元気で可愛らしい声が聞こえた。

 

「と言われていますが」

 

「仕方がないですね、もう少しこうしていたいのですが、そろそろ時間もいい頃合ですし戻りますね。

あなた方はまだゆっくりしていってください」

 

「がんばってなー」

 

「はい」

 

 はやての無邪気な言葉に律儀に応える森口さんは人間ができていると思う。

 あんまりここにいてもお店の邪魔になるだけだろう。

 

「じゃ、士郎さん。わたしたちもここらへんで出ようか?」

 

 はやても察してくれたみたいだ。

 

「そうだな。

時間的にそろそろ混みだすしな」

 

 立ち上がり、はやての車椅子を押していく。

 

 会計を済まそうと思ったら、森口さんにとめられた。

 

「いいからいいから。

それに、士郎君の作ってくれたまかないがありますから」

 

「本当にいいんですか?」

 

「もちろんですよ」

 

 ならば、お言葉に甘えるとしよう。

 

「だってさ、はやてからもありがとう言うんだぞー」

 

「ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「今回はありがとうございました。

また次のバイトの日にはいろいろ手伝わせてください」

 

「そうするよ」

 

「では」

 

 くろーばーを後にしたところで、はやてが

 

「やってしもうた」

 

 なんてのたまった。

 

「どうしたんだ?」

 

「本忘れてきたわ」

 

 ああ、今日はばたばたしてたもんな。

 くろーばーに寄る予定もなかったし、はやて的には一旦帰宅してそれから図書館に行く予定だったのだろう。

 

「俺がひとっ走りとってこようか?」

 

「ええよ。士郎さんにも悪いし」

 

 ほらまた遠慮する。

 

「それに今日は家でごろごろしたい気分なんや」

 

 なるほどな、でもごろごろって

 

「なら商店街に寄っていこうか」

 

「そうやね」

 

 

「士郎君、今日はいいのが入ってるよ!」

 

 声をかけてきたのは魚屋の親父さんだ。

 とおるような声じゃないんだけど、親しみがわくようながらがら声をしている。格好は当に魚屋!というようなゴム製の長靴、腕まくりされたシャツ。紺の生地に白で魚、と描かれたエプロン。残念ながら鉢巻はしていない。

 

「今日も、だろ」

 

「おっわかってるじゃないか!」

 

 ガハハハと笑っている。

 

「調子がいいんだから。

それで今日のおすすめは?」

 

 親父さんに聞いたものの、応えを聞く前に俺はある魚を見ていた。

 

「おっ、カサゴかい?

こいつもうまいからなー。煮付けなんかが俺は好きなんだけどな」

 

 視線の先の魚を見て応えていた。

 

「たしかになー」

 

 どうしようか?と視線ではやてを見ると、

 

「さっき食べたのはなんやったかな?」

 

 さっき?

 あっ

 

 海鮮クリームパスタだったか。

 

「いや、今日は魚はやめとくよ」

 

「そうか、残念だな!」

 

 ガハハハ

 

 元気のいいおっさんだ。

 

 適当に野菜や肉を買って帰宅することになった。

 

 

「「ただいまー」」

 

 もちろん、応える者はいないが、

 

「おかえり、士郎さん」

「おかえり、はやて」

 

 いつからか一緒に帰ったときは二人でおかえりを言うようになっていた。

 

 でも、これをすると、少々恥ずかしいのか二人で笑いあってしまう。

 

 

 いや、本当にごろごろするとは思わなかった。

 

 はやては帰るなりリビングの絨毯の上に大の字になってしまった。

 

「はーやーてー」

 

「ゆうげんじっこうしとるだけや」

 

 おっ難しい言葉知っているな。ではなく

 

「ごろごろするのはいいけど、大の字って、パンツ見えんぞ」

 

「士郎さんのえっち」

 

 是正する気なしね。

 

 さっき腹にいれたので空腹ではないし、そもそも夕飯にはまだ早い時間。

 

 で、俺がとった行動というのは

 

「なんや、士郎さんも大の字になっとるやんか」

 

「いいだろ、外からの日でぽかぽかして暖かいんだから」

 

 そう、この絨毯の上はいま、太陽光が降り注ぎとても暖かいのだ。

 

「ふふふ」

 

 横を向くとはやてが笑っていた。

 しかもこちらを向いて。

 

「何だよ」

 

「士郎さんもなんかかわいいところあるんやね」

 

「仮にも男に向かってかわいいというのは感心しないな」

 

「かわいいものはかわいいんや。

しょうがない」

 

「むっ、そういうものか」

 

「そうそう」

 

 納得いかないが、それよりもこのあたたかさはとても、

 

「眠くなるなー」

 

 欠伸を一つする。

 

 つられてはやても欠伸をした。

 

「気持ちええなー」

 

 こう、すーっと意識が沈んでいくような、

 

 少しぼーっとしていて、気がつくと隣から可愛い寝息が聞こえている。

 

 すー、すー、

 

 こちらを向いて幸せそうに。

 

 タオルケットを4枚とりに行って、一枚はたたんではやての頭の下に入れて、もう一枚は上からかけてあげる。

 同じように俺自身にもして、それからの記憶はない。

 

 

 目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。

 

 はやてを起こそうかと思ったが、幸せそうにむにゃむにゃしているので、もう少しこうしておこうと思う。

 

 寝言を言っている。どんな楽しい夢を見ているんだろう。

 

「士郎さん、鼻からきゅうりをだしちゃだめやで。ふふふ。

だから頭からたけのこが生えるんやでー」

 

 どんな夢を見てるのか少し心配になった。

 

 




はやてはお酒に強いイメージがあるのは私だけでしょうか


20120813  改訂

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。