魔法少女リリカルなのはFはじまります
早く早く、とヴィータは体で表現をしていた。
ヴィータを先頭にわたし達は電車に乗り込んだ。
先日の事だった。士郎さんが3日間ほど隣町のプールでバイトをすることになったと言ったのは。やんごとなき理由によってそのバイトを受けたとか。
かなり大きなプールらしく、バイトの特典として割引券を5人分貰えるそうだ。初日のバイトの終わりにもらえるらしい。
「なら皆でプール行こうよ」
「そうしたいのはやまやまだけどな、それよりも先に先生にプールで泳いでいいか聞かないとだめだぞ」
そうだった。
許可を取らないといけないのはしょうがないよねー。
思ったが吉日。その日のうちに許可を頂き、晴れてわたし達はプールへと行くことができる。
さて、何時プールに行くかという話になったとき、ザフィーラが家に残ると言ってきた。
「なんでなん?」
主の不在の家を守ることも、我等に課せられた使命であるとかなんとか言っていた。いやいや、むしろ私を未来進行形で守っていけばいいじゃないかな。頑固なザフィーラは折れずに居残りとなった。
「ザフィーラはしょうがねーなー。はやてはあたしが守ってやるよ」
「ザフィーラはわたしがどうなってもええんやな、ヴィータだけがたよりや」
「はやて!」
「ヴィータ!」
ガシッという効果音が似合う抱擁をわたし達はした。
「はいはい漫才はそこまでね、はやてちゃんはあまりはしゃぎすぎてもいけませんから。遊ぶのは半日くらいにしましょうね」
漫才とはなんや、わたし達の美しい友情を称して漫才とは!
でも、シャマルの言う通りあまり長く遊ぶのはあまり良くない気がするしなー。
「ということで、プールに行くのは士郎さんのバイト3日目となりました」
ドンドンパフパフー
……なんで静になるんや、ここは盛り上がるところやろ!わたしが静かに憤慨してると、天の助けとばかりに士郎さんの声がかかった。
「バイト終わりは12時だけど、おそらく抜けられるのが12時30分位になると思う。お昼をどうするかわからないけど、一緒に弁当食べるなら席をとっておいてもらえると嬉しいかな」
「ほなその日のお弁当はわたしがつくるんでええな。
偶にはわたしのお弁当でぎゃふんと言わせなあかんからな」
「はやてのご飯はギガうまだから、士郎は首洗って待ってろよ!」
「ヴィータがいばることじゃないだろ。あと、首を洗って待ってろとかおかしいだろ。この首切られるのか? でも、はやてのお弁当は楽しみにしておくよ」
ヴィータが無い胸を強調しているのには微笑ましさしかない。わたしの胸のことは言ったらあかん。大きくなったら大きくなるはずや。あと士郎さん、その笑顔はとてもいいと思うんや。
当日の朝は士郎さんがお弁当の準備を手伝ってくれた。と言っても、今回のお昼ご飯はわたしが作るわけだから下拵えのみ。
それであっという間に時間はすぎて、士郎さんは朝ごはんを食べていってしまった。
わたしはのんびりと料理を再開する。
「ほら、電車着ちゃうよ!?」
「そんな急がんでも電車は逃げたりせんから大丈夫や」
「逃げるというか、置いて行かれるという表現が正しいですね」
一本遅れたといっても10分後にはまた電車が来るから、と言ってもヴィータはそわそわしている。ザフィーラはお留守番してるけど、こうしてみんなで遊びに行くってことはほとんどしていないからはしゃぎたくなる気持ちもわかる。
「ヴィータ、切符買わな入れへんよ」
「シャマルー」
「はいはい、人数分買うからちょっと待ってね」
お財布はシャマルに預けてある。
抜けているようで実は計算が得意らしく、お財布の中はもとより家計を掌握している。その点だけを観れば士郎さんを凌駕すると言ってもいいかもしれない。
もちろん、食材の見極めなんかはわたしよりも苦手っぽいけど。賞味期限とかの管理は一番や。
「ちょっヴィータ! 切符とるの忘れとる!」
お約束みたいなことをしながら、わたし達は電車に乗り込んだ。
タンタンと揺れる電車にいつしかウトウトしていたようで、シャマルの声によっておこされた。
私もちょっとは今日のことを楽しみにしていたみたいで、すこーし寝不足なのがここにきてでてしまったみたいや。
バスに乗り換えてそこから少し行けばあっという間に到着した。
「大きいねぇ」
「そうですね、あちらが受付のようです」
シグナムの指さす方には人が並んでいた。
「はやてちゃん、私が入場券を買ってきますからヴィータちゃん達と待っていてくださいね」
パタパタと駆けていく姿を見ながら、そんなに急がんでもええんやけどなと思う。
私もお財布は持っているが、騎士たちの金銭を管理しているのはシャマルだったりする。金銭と言っても、衣食住に必要なお金はわたしが出しているので、お小遣いのことだ。私もグレアムおじさんから援助してもらっている立場だからあまり無駄遣いできないのがわかっているためか、ヴィータたちはお小遣いに関して言ってくることはない。むしろ、美味しいケーキを売っていると評判の店に行ってきました、とか言ってわたしに買ってきたりしてくれる。うれしいんやけど、そういうのは自分の為に使ってほしいと思う。
士郎さんの割引券だと入場料が半額になるらしい。
シャマルにわたされた入場券を手に、いそいそと邁進していく。
入り口でお姉さんに半券をわたして中に入れば、雰囲気からして南国をイメージしているということが分かった。
と、入り口を通過したくらいでわたしに声が掛けられた。
あぁ、もしかして車いすはダメやったんか。なんていう考えが一瞬かすめたけどそうじゃなかった。
「車椅子はこちらで預かります。代わりの車椅子を用意します。問題がありましたら申しつけください」
車椅子のの乗り換えてシャマルに押してもらう。車椅子のはわたしのものよりもだいぶ簡素化されたもので、かつ張ってある生地がそもそも違った。
乗り心地がいいとはお世辞にも言えないことだけど我慢できないほどじゃない。
ひんやりとして涼しい通路を少し進めば水着の貸し出しコーナーがある。
わたしたちは一日の為にたっかい水着を買うのもどうかということで、貸し出しの水着を使うことにしていた。その方が荷物も増えんしな。
「シグナムとヴィータは好きなの選んでな。
シャマルは残念やけど、わたしと一緒におってなー」
「まさか、はやてちゃんの水着を一緒に選べるんですから願ってもいないことです」
うん、その発言は変に取られかねないから気を付けよーな。
ついでにと、ヴィータに声をかけようと思ったらこちらから見えるようなところにはいなかった。シグナムもついとるし、大丈夫やろ。
時間に余裕があるとはいえ、思った以上の品揃えなのであちらこちらの水着に目移りしてしまう。
水色のワンピースみたいなのもええなぁ。
あ、すこーし派手だけど、オレンジのセパレートなのもなぁ。
下を向いて実に慎ましやかな自分の胸を見て、シャマルの胸を見る。そして脳裏に浮かぶのは腰に手をやり胸を張っているシグナム。
なんでこんなボインボインさんたちがまわりにいるんや! 外国人だからって言っても限度っちゅうもんがあるんやで!
その点、ヴィータはとてもいい。ヴィータの胸はいつまでたってもちっぱいのままや。
ってこんなくだらないこと考えとる場合やなかった。
シャマルはどれがいいと思う? という言葉は半ばで閉ざしてしまっていた。
シャマルの目線の先には雨上がりの新緑を思わせるような、ハッとさせるような鮮やかな緑と透明な湖面を思わせる涼やかな浅緑が絶妙な具合にグラデーションをかけている水着を眺めていた。
クスリと自然と笑みがこぼれる。
湖の騎士かぁ。シャマルに似合ってると伝えると、嬉しそうにしていた。
私もシャマルに習って涼しげな水色のストライプの水着を選ぶことにした。
お揃いですね、というシャマルのはにかんだ顔は嬉しいような恥ずかしいようなといった感情が見え隠れしているように感じた。
わたしの水着も決まったので、ヴィータとシグナムを見つけに行かないといけない。あの二人は元から目立っているから見つけるのも簡単だった。
「二人はどないな水着を選んだん?」
シグナムが、我らはと言いかけたところでヴィータが言葉を遮った。
「ここで言ったら面白くないじゃんか。こういうのは着てみてからのお楽しみって言うんだよな」
なるほど、一理ある。
どんな水着を選んだか正直興味が尽きないけど、この後すぐに着替えるわけだしこの場で見る必要はないかな。
後払いのシステムなので、ここはシャマルがすべての会計を請け負ってくれる。シャマルは手首につけたタグの様なものを差し出していた。
わたしたちにはそれを配っていないことからも、全てをシャマルに任せることになる。
わたしのとヴィータの浮き輪も忘れずに貸し出しを行う。これを忘れちゃお話にならないってもんです。
水着に着替えると、サイズもぴったり。シグナムはなんか水泳の選手の様な水着、なんでも強い水着はどれかと店員に聞いたらしい。強いってなんやねん、どうせなら刺激の強い水着とかあるやん。あ、やっぱなしで。ヴィータはスクール水着だった。小学校で着る水着と言えばそうやけど。
ま、本人たちがいいならそれでええか。
しばらく園内を歩いてから、フードコーナーへと行った。
まだまだお昼には早い時間だけども、だいたいこういう施設のお昼時はすごいことになるんや。テレビでもそういうのがよく中継しとるし。
余裕をもって行ったこともあり、6人掛けの席を見つけることができた。
お水もらってきますね、とシャマルがお冷を取りに行った。
「はやてー、士郎はいつになったら来るか知ってる?」
「どうやろうなぁ。お仕事自体はお昼までやろうけど。そのあとでなんやかんやあったらちょっとは遅くなるかもなぁ」
ええー、とヴィータはかわいらしく口を尖らした。
「士郎さんも好きで遅れるわけじゃないし、そこは大目に見たらなぁ、な」
ヴィータはしばらく、うーんうーんとうなっていた。
「はい、お待たせしました」
テーブルに置かれる4つの透明なガラスのようなコップ。ガラスにしては氷の浮いた水の冷たさがあまり手に伝わってこないから、プラスチックなんやろうか。
爪で叩いてみてもガラス特有の硬質な音がしなかった。
こういう場所やし、割れたガラスの破片で怪我しないようにという配慮なんやろうな。
天井が空いていて風も通っているけども、やっぱり夏らしい厚さっていう者は感じる。若干の渇きを覚えるのどにコップの中の液体を流し込めば、ひんやりとしたモノがくだっていくのがわかる。
ほてった体にすっとすいこまれていくような、そんな感覚。
「シャマル、おかわり!」
「ヴィータ、そういうのは自分でとってこなあかんよ」
「ウォーターサーバーも遠くにあるわけではありませんから大丈夫ですよ」
と、ヴィータのコップをお盆に乗せて行ってしまった。
わたしは士郎さんに今いる場所をメールで送った。これなら士郎さんだって一発で分かるだろう。
パンフレットを広げてみんながどこに行きたいのか聞いた。
シグナムは50 mプール、シャマルは流れるプール、ヴィータはウォータースライダー。うん、みんな見事にバラバラだ。
わたしは流れるプールと波のあるプールに興味があるな。波のあるプールと言っても、砂浜のように砂が敷いてあって浅瀬のようになっているみたい。
「このウォータースライダーなら浮き輪っぽいのに乗って2人で行くやつだから大丈夫だって。それとも、あたしたちがいるだけじゃ、はやてに危険な目に合わせてしまうって?」
「いや、そういう心配はしていない。我々であれば問題はないだろうが、主はきっと士郎と楽しみたいと思っているはず。士郎を信用していないわけではないが、万が一があっては困ると思ってな。
主がウォータースライダーに乗りたいというのであれば、体格的に私かシャマルが一緒に行くことになるだろう。果たしてそれが主の為なのか」
「なんや、2人ともわたしが士郎さんとウォータースライダーに乗れないから拗ねるって? そんなお子様とちゃうからな。それにお遊びなんやからそこまで深く考えんでええんとちゃう?」
「おーい、士郎! こっちこっち!」
わたしから見て左側、ヴィータの正面方向に目をやると、オレンジ色の海水パンツを履いた士郎さんが歩いてこっちに向かってきていた。
「士郎、遅いぞ」
はやてを待たせるなんて、って言ってる。
「んで、食べたら泳ぎに行く!」
「そんなに急いでもプールは逃げてかないぞ」
「時間が逃げていくからな!」
すまんなぁヴィータ、わたしがこんな体たらくだから。よよよ、とからかうと途端に言い訳しながらうろたえるヴィータはかわいい。
「主、お戯れが過ぎますよ。ヴィータも主が本気でないことくらいわかってるだろう」
「えっ、はやて怒ったり悲しんだりしてないの?」
よかったと言うヴィータは本当にかわいい。ついついかまってあげたくなー。
ヴィータの見えないところで手をワキワキと動かしてみる。うん、もうちょっとかまってもええやろ。
「はいはい。はやてちゃんもそこまで、ね」
命拾いしたなヴィータ、と口には出さない。
ともあれ、全員が揃ったのでお昼ご飯を食べましょう。
水着が似合ってるって言われてうれしかった。
とても美味しいお昼ご飯で、準備をしたかいがあったというもんや。
ヴィータは唐揚げと焼きそばをみんな以上に食べていた。唐揚げ美味しいのは同意や。
士郎さんには渾身のいなり寿司を美味しいと言って貰えてよかった。
士郎さんがお弁当とかをロッカーに仕舞に行っている間に作戦会議を再開する。
「食べたばかりだから激しいのは禁止ですよ」
「シャマル! 裏切ったな!」
はじめは無難に50 mプールということになった。
みんながどのくらい泳げるかわからない、とは士郎さんの言葉。
どうやら守護騎士は泳法などというものは知らないようだった。そもそも水に潜ることが少ないらしい。仮に水の中でも、魔力を後方にぶわーっと出せば前に進むみたいだ。
って空も飛べるんかい!
士郎さんが簡単にレクチャーをしてる。
みんな覚えがいいらしくあっという間にそれなりに泳いでいるように見えた。
わたしは浮き輪でぷかぷか浮いていて、ヴィータはその近くで犬かきをしている。
シャマルはプールの縁に座ってにこにこ見ている。
「大体わかった。
では、士郎。ここで一つ勝負といこうではないか」
ニヤリという擬音がつきそうな顔で士郎さんを見ている。溜息を一つ吐いた後、士郎さんは了承した。
往復100 mの一本勝負。
二人に準備はいい? と聞くと、どちらも頷いた。
じゃぁいこか。
「よーい、ドン」
わたしの手がぱちゃんと水を跳ねさせた。
って二人とも早いなぁ。
士郎さんの方が早くターンに入った。
結果。
ゴホッゴホッと全身に空気を行き渡せる勢いでせき込んでる。
士郎さんは落ち着くとシグナムを見た。
「さすがに勝てないか。まだ慣れていなかったらいけると思ったんだけどな」
「そういう士郎は素晴らしかったです。半分の距離であればわかりませんでしたが、これ以降も遅れはとらないでしょう」
士郎さんは悔しそうにしていたが、シグナムが手を出したので笑って握手していた。
青春やなスポコンやな、とどうでもいい思いが渦巻いている。シャマルはにこにこしているし、ヴィータは興味なさそうに犬かきをしている。犬かきの魔力にでもあてられたんやろか。
そうこうしているうちに、ヴィータがウォータースライダーに乗りたいとぐずりだしたので、シグナムと一緒にいくことになった。どうやら、身長の関係で保護者と乗らないといけないらしい。
「シャマルも行ってもよかったのに」
「そんなに興味がありませんでしたから。
あ、それとも私がいないほうが良かったかしら?」
しゃーまーるー!
はやてちゃんって本当にかわいいわね、ってなんやねん!
ちょっと納得いかない。
まーあ、行かないっていうのはいいけど。なら、どこに行こか?
「そうねー。流れるプール、なんてどうですか」
シャマルの笑顔が眩しい!
こんなのされたら、他のに行こうなんて言えないんやけど。
士郎さん! 手を離したらダメなんだから!
流れるプールは人のごった煮みたいで、はぐれてしまいそうになる。
ああ、シャマルが彼方へ!
シャマルのことは忘れへん。
って、シャマルなんかわろてなかった?
そんな感じで流れるプールに身を任せていたら、士郎さんとの手が離れてしまった。
びっくりして士郎さんのいた方を見ると、すでに士郎さんはいなかった。
士郎さんが迷子になった!
うーんって悩んでいると、ほっぺに刺さる何か。
人差し指がほっぺに! そして士郎さんはずぶ濡れに、頭から。
もう!
士郎さん!
流れるプールの端によけて、士郎さんをぽかぽか叩く。
「士郎、あまり主をいじめてやるな」
と優しい声が頭上から降ってきた。
「はやてー、シャマルは?」
「シャマルはプールのもずくとなったんや」
涙をぬぐう真似は忘れない。
「はやても変なこと言うな。ほら、あそこ。
でかいサングラスかけた人が、首から上だけを水面から出してるだろ」
士郎さんが指さす方向を見ても、そのような人はいない。
ヴィータの潜った、という言葉はもちろん聞こえている。
「陰ながら主を見守るか。
バックアップの要だけある。やるな、シャマル」
いやいや、何それ。
褒めるところちゃうやろ。
「さすが士郎君、私の変装を見抜きますか」
わたしがシグナムの言葉っておかしいよね、って考えているうちにシャマルが近くにいた。
サングラスは外され、豊かな胸元に。
おのれ、シャマル。
士郎さんを見れば、ふいと顔を逸らした。
おのれ、シャマル。
「次は波のあるプールでしょ」
「はやてはやてー!」
次から次へといろいろなアトラクションを楽しんでるヴィータ。
今はプールの上に浮かべられたマットみたいなのを、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらわたっている。
またこっち見て手を振ってる。
あ、落ちた。
なんとなくシグナムもやりたそうな雰囲気を醸し出しているけど、やっているのが中学生以下くらいの子供ばかりなのでさすがに参加を躊躇っているみたい。
プールからあがったヴィータはまた最後尾に並んでいた。
結局ヴィータが渡り切ったのはそこから2回目だった。
「主にいいところを見せようとするのはいいが、こちらを意識しすぎだ。
足元がおろそかになっていたではないか」
はいはい、とヴィータはあしらうと
「はやて、どうだった!?」
と、目をキラキラさせながら聞いてきた。
「うんうん、すごいすごい」
「だろー!」
ヴィータは元気が一番や。
「それじゃ、渡り切った記念にみんなでソフトクリームでも食べるか」
「え、士郎いいの?」
「まかせとけ!
今年の限定は夏ミカンソフトクリームだ。濃厚なミルクと夏ミカンの相性は抜群でな、濃厚なのに後味がさっぱりしているっていう話だ。もちろん、バニラだって美味しい。
さて、一人一つだが、みんなはどうする?」
歩きながら士郎さんはチョコレートや抹茶のソフトクリームについて説明してくれてる。
ここはやはり王道のバニラやろか。
いや、夏ミカンも捨てがたい。
もちろんミックスもあるぞ、と士郎さんが言う。答えたのは、なん……だと……! というヴィータのうめき声であった。
その感じは、わたしも以前経験した。しかし、やはりここは単一の!
あれやこれやとみんなで話していたら売り場についてしまった。
購入したのはバニラ一つ、苺一つ、夏ミカン二つ、抹茶一つ。
「はやて! おいしいな!」
思わず笑顔になる。
体動かして、アイスを食べる。
最高や!
「こらこら。ヴィータ口の周りがべとべとだぞ」
士郎さんはヴィータの口周りを拭っていた。
わたしは手元にある夏ミカンソフトクリームに刺さっている透明なスプーンを見た。ヴィータはスプーンを使わずに食べてあの有様。いやいや、さすがにあれはあかんやろ。
「なんだ、ヴィータほしいのか?」
「みどりってあんまり美味しそうじゃないけど、気になるというか」
「ひどい言われようだな。好き嫌いはわかれるだろうけど。
一口だけだぞ。あと、その茶色の豆も一緒に食べると美味しいと思うが」
「本当か、士郎!」
士郎さんは苦笑しつつヴィータにソフトクリームをわたしていた。
手元のソフトクリームを見る。
「士郎ありがとう。シグナム、はもう食べ終わってるか。シャマルも一口ちょーだい」
手元のソフトクリームを見る。
よし。
「どうした? はやてはいらないか?」
いやいや、そうじゃなくて。
「ああ、はやてのと交換して食べるってことか。
実は夏ミカンソフトクリームが気になっていたんだよ。ありがとうな、はやて」
うん、抹茶ソフトクリームもおいしい。
「あー、今日は遊んだなー」
「誰かさんはエンジョイしすぎだろ」
「いーじゃん! たまには!」
「そーや、言ってやヴィータ。士郎さんにもっと遊びに連れてけって言うんや」
「主もたきつけるようなことは言わないでください。
ヴィータが調子に乗ります」
これくらいええやんええやん。
士郎さんとシャマルは苦笑してる。
帰りはいつものスーパーに寄って帰宅。
はぁ、疲れた。
でも、楽しかった。
「士郎さん、夕食お願いしてもええ?
さすがにちょっと疲れてもうてな。夕飯ができるまで寝ててええ?」
両手をぱんと合わせて頼み込む。
「あまり寝るといつもの夜更かしが捗るだろうから、少しの間だけだぞ。
その時になったら呼びに行くから。
シャマル、頼む」
シャマルに手伝ってもらってベッドに横になる。
途端に襲ってくる眠気。
今日は楽しかった。
「それじゃ、またあとでね。はやてちゃん」
シャマルは静かに戸を閉めると、わずかな音しかしなくなる。
今日は本当に楽しかった。
こんなの初めてかも。
ズキリと胸というか、お腹が痛む感覚。
まだ待って。
ズキズキ。
眠気が吹き飛ぶ。
少しして、痛みも和らいでくる。
これなら大丈夫。
「はやて」
士郎さんが立っていた。
手に持ったタオルが私の顔を覆う。
汗をかいていたようだ。
「ヴィータたちには内緒な」
わたしのお願を溜息で返された。
「心配かけたくないのはわかるけどな、それでもはやてあってこそだ。
だからあんまり無茶とかするなよ、苦しくなったらちゃんと言うこと」
「それはどうやろな」
そう返すと、調子に乗りすぎ、と額をつつかれた。
「それだけ言えれば大丈夫だろう。
まだ時間がかかるから。また呼びに来る」
士郎さんが出ていくときに起こした体を、たおす。
ふぅ、と息を吐けば苦しかったのがだいぶ改善されていた。
このまま寝てしまおう。
夕飯をみんなで食べて、お風呂に入って、テレビを見て、布団の中に入って、やはり夜更かしして。
ああ、今日は本当に楽しかった。
20161107 改訂