士郎さんって料理できたんですね。
それに士郎さんはとても優しい。
魔法少女リリカルなのはFはじまります。
目が覚める。
布団をどけると温かかった体の表面が急速に冷やされていくのを感じる。赤い半纏をを羽織り、スリッパを履く。思いのほか早く起きてしまった。
どんどん悪くなる足。そのうち杖、松葉杖が必要になるかもしれないし、もしかしたら動かなくなるかもしれない……。ブンブンと頭を振って、イヤな感情を追い出す。新年の始まりだっていうのに何くらい雰囲気をつくりだしてんだか。いつも一人の正月を迎えるのに、今では士郎さんがいるやないか。
「よし!」
士郎さんにいやな顔は見せれへん。気合いれて朝食をつくりますか。
廊下を歩いていると規則的な包丁の音がした。
トントンッ。
士郎さん、どんだけ早起きなんや。まだ5時やで……。
扉を開けると士郎さんが料理をしていた。
「おはよう、はやて」
「おはよう、士郎さん。―――って起きるの早すぎんか?」
士郎さんは驚いた顔をする。
「そうだな。いつもはこんな時間に料理はしないけど、今日は元旦だからな。多少張り切ったところで罰は当たらないだろ。そう言うはやてだってそうなんだろ」
うっ、完全にわたしの心を見透かしてる。
御節料理はとにかく時間がかかる。去年初めて作ったときは一人の量ながらやたらと時間がかかったことを思い出す。
「御節料理は時間がかかるもんな。手伝うで」
「そうか?ありがたい。一人でやるにも限界があるからな。ではまず鰊昆布巻きを作ってももらおうか、下拵えはあらかた済んでるし」
士郎さんに言われた鰊昆布巻きの製作に取り掛かるとしますか。
士朗さんの作ってくれた朝食を食べながら御節料理の話を進めていく。この分だとあと3時間くらいでおせち料理も完成するやろ。
「で、完成したら初詣に行かないか?」
わたしとしては願ったりかなったりやけど、
「初詣とかそんな子供でもないし」
なんて思ってもないことを言ってしまう。私の足が不自由なのは士朗さんも知っていることだし、あの人ごみの中を車椅子でずうずうしく通るなんてわたしにはできない。
「勘違いしないで欲しいんだが、はやてが拒否しようがしまいがあまり関係ないのだよ、なぜなら、俺がはやてと初詣に行きたいのだからな」
「士朗さんって案外強引なんやね」
「知らなかったのか?」
すました顔でこちらを見ずに言ってくる。
「少なくともこんないたいけな少女を歩かせるようなことはないと思っとったで」
士朗さんはくっくっく、と笑った。
士郎さんにぱっぱって着替えさせられて靴を履いて外に出る。
外は寒い。
とて。とて。
私の歩調はとても遅い。
この足のおかげで満足に行きたいところにもいけない。
士朗さんはわたしの右手をもって歩いてくれる。わたしは両手に毛糸のもこもこした手袋をはめていたが、士朗さんが手袋をしていなかったから右手の手袋をはずした。はじめて士朗さんの手を握ったときの感覚がよみがえる。わたしの体温より高い士朗さんの手を強く握った。
士朗さんはそのあとも私の歩調に合わせて歩みを進めてくれた。それも何の気概もなく。わたしはそれが楽しくて、うれしくて、雪の踏みしめる音をただただ聞いていた。ググッ、ググッ。薄く積もった雪が踏み固められて鳴らす音をわたしは甘受していた。
近くの神社に着くと、そこはお祭り騒ぎやった。
神社への長い階段の下から人は長い列を作り、わたしらはそれの邪魔にならないように端っこで一段一段階段を上っていった。士朗さんがこちらを気にしながら、私を導いてくれる。
境内はまるで世界すべての人をひっくり返したかのような込みようやった。世界の人口なんてわからないから感覚でしか言えない。そんな私の表情を見て士朗さんは言った。
「世界にはもっとすごいお祭りがあるぞ」
まったく士朗さんにはかなわない。表情だけでわたしの気持ちを汲み取るなんて。
できることなら士朗さんに散々我侭言って世界のお祭りとやらに連れて行ってもらおう。
「どこかへ行きたいというのなら、まずは足をなおすことだな」
いつもの皮肉気な笑いが今は心地いい。
「ほなその一歩としてここの売店でも制覇しよか」
「おいおい、あまりいじめてくれるな」
士郎さんは一文無しやもんな。
こういうやりとりができるのももうあと少しかもしれないから思いっきり甘えてやるんだ。
「ニートは肩身が狭いなー」
「言えるのも今のうちだけだぞ」
全く悔しくなさそうに言ってくれた。
人ごみを士郎さんが掻き分けて進んでいく。わたしの手にあるぬくもりがうれしかった。
パンパン、と手を叩いて神頼みをする。
私の願いは一つだけ。どうかこの時間が終わりませんように。
隣をみると士郎さんは何もせずにじっと奥を見とった。
「士郎さんはどんな願い事したん」
正直、士郎さんの願い事には興味がある
「俺にかなえてもらいたい願いなんてないさ。―――いや、強いて言うなら世界平和、かな」
ほへー、士郎さんは大人やなー。わたしにはそんな考えなんてうかばない。
唐突に頭をガシガシ乱暴に撫でられる。今まで経験したことがない行為だけど、不思議と嫌な気持ちはしない。むしろくすぐったくて気持ちがいい。
「ほら、そろそろ迷惑になるからどけるぞ」
「う、うん」
もうちょっとだけしてほしかった。お兄ちゃんがいたらこんな感じなんやろか。
人が多くて少し疲れた。
そんなことを考えていると士郎さんがおんぶしてくれた。
恥ずかしかったけど、規則正しく運動する温かい背中でいつの間にか寝てしまった。
◇◇◇◇◇
背中ですーすー、と寝息が聞こえてきた。
そりゃ昨日は遅くまで起きてて、今日は朝早くから料理してたもんな。眠くもなるさ。
参拝者の数はどんどん増えてきている。参拝者とは反対の方向へ歩いていく。
ほどなくしてはやての家に着いた。
はやては起きる気配がないので、部屋まで連れて行ってもこもこしていた上着を脱がす。汚れていないだろうからこのまま寝かせてあげよう。幸せそうな顔をしてむにゃむにゃ言っている。
そしてカーテンを閉めて部屋を出て行く。
とはいえ元旦。
正直なところすることもない。図書館は開いていないだろうし、買い物はこの前行って冷蔵庫のなかがすごいことになっている。
時計を見てお昼になったらはやてを起こそうと決める。
昼まで新聞を読んで過ごした。
やはりこの世界は俺のいた世界とは違う。ここが日本だというのはまず間違いがない。言語、文字、通貨などが全く同じだからだ。しかし明らかに大気中の魔力素が多いし、何よりも俺の記憶にある日本の都道府県名が少し違ったりしていた。考えてどうにかなるわけでもないので思考を切り替えた。
「はやてー、起きろー」
部屋に入るなり、言葉を発してみた。
もぞもぞ動いてこちらとは反対のほうへ向いてしまった。それならばこちらにも考えがある。もう一度呼んで起きなければ、な。
「はーやーてー」
起きる気配が、お?
目をこすって大きく伸びをして焦点の合わない目ここちらにむけてきた。
目が合った瞬間、頭の上にはてなマークが見えたのはきっと幻覚じゃない。
あわあわ言ってるが、もうお昼だ。
「もうお昼だからそろそろおき」
「な、なんで士郎さんがここにいるんや!」
言葉をかぶらされた。
「何でと言われれば、はやてを起こしにくる以外にないわけだが」
「って、あれ?初詣に行ってなかったっけ?」
「おう、気持ちよさそうに寝てたからな。そのままベットまで運んだんだ」
どうやら思い出してきてくれたらしい。
「というわけで、お昼にしよう。準備して待ってるから。それともお姫様抱っこでもしようか?」
「もう、士郎さん!」
「冗談冗談。先に行ってるぞ」
あんまりからかうと枕が飛んできそうな勢いだったので慌てて部屋を後にした。
二人で仲良く御節料理をつついた。
まったりした空気が流れる。
脳みそがとろけてしまいそうだ。
はやては正月番組を見るのを早々に切り上げ、図書館から借りてきたという本を読み始めた。
「そういや、宿題は終わったのかー?」
なんて唐突にはやてが小学生だということを思い出した。
「うん、まだー」
本を読みながら答えてくれた。
しかし、こういう暇な時間を使って宿題をするべきなのではないだろうか。俺も優等生ではなかったが、それなりに勉学に励んでいた、はず、だよな?
「よし、手っ取り早くやっちまおう」
「えー」
ぶーぶーとこちらに視線をあげてきた。
ぶーぶーとか子豚か。
「士郎さん、今何か失礼なこと考えんかった?」
はやての目が細くなる。エスパーか。
「そんなことないぞ」
「そう?」
「なんだ、宿題やってしまおうではないか」
不承不承と立ち上がりながら部屋へ行こうとする。
「手伝おうか?」
「あんなん手伝ってもらうこともないわ」
はやてさんは優秀なようだ。
さて、することのなくなった俺はちょっと出かけてこようと思う。
「はやてー、ちょっと出かけてくる」
「はいはい、夕飯までには戻ってくるんやでー」
なんてくだらないやり取りをして、外に出た。
いい天気でこれなら近日中に雪はとけてなくなってしまうだろう。
行くあてもなくぶらぶらとしてもよかったが、どこかに鍛錬できそうなところがないか探すことにした。目星はついている。今朝参拝した神社は広大な敷地を誇っていて、裏手のほうは手前に針葉樹が奥のほうには広葉樹が生い茂っていた。
昼をまわって参拝者の数はさらに増えているようだった。
三が日の間は人目につく可能性があるので鍛錬は行わず、それ以降に鍛錬を行うとしよう。
ふらふらと歩いていたらいつの間にか日が傾きかけていた。
ここからは寄り道をせずにまっすぐに家を目指した。
はやてはずいぶん前に寝て時計は午前二時を示している。
「そろそろ行くか」
つぶやいて家を出る。合鍵はもらっているのでちゃんと戸締りをしておく。
さあ魔術師が活動するのに申し分ない時間だ。
ビールのおいしい季節になりました。
20130103 改訂