それは小さな願いでした。
きっと誰かが傷ついて、誰にも知られなくて。
それでも世界はまわって。
泣いている人もいるだろう。
そんな可哀想な人に、誰かひとりでもいいから気づいてほしい。
それはわたしと重ねているのかもしれない。
魔法少女リリカルなのはFはじまります
「ちょっと聞いてる?」
「ん? 聴いてるぞ」
「もう。でね。最近まで夜遅く帰ってこなかった妹も落ち着いたみたいで―――」
高町さんはいつもにましてテンションが高い。そして、たぶん、というかきっと高町なのはという魔法少女のお姉さんである。似てはいない。そして、自身が魔法少女であるということも言っていないのであろう。
先日の接触からおよそ2週間。
魔術を使用していない。
時折不自然な飛行体を発見していた。
あの場で見た機械と同じであったので、管理局と称する組織のものだと考えられる。そこからは全くジュエルシードや彼女たちと関わっていなかった。
ほんの四日前、突如として大きな竜巻に見舞われた。
竜巻と称したのは、それ以外に言葉が見つからなかったからである。海上に竜巻が出現したかと思えば、すぐに海上沿岸を含めて大規模な結界が張られた。俺以外にそれがジュエルシードの為に行われたものだと気がついた人はいないだろう。そもそも感知できない。
そんなことをつらつら考えていたら、高町さんがこちらを見ていた。
「衛宮君、私の話が面白くないなら面白くないって言ってほしいな」
なんて然も落ち込んでいる風を装って言ってくる。
「そんなことないぞ。うん。それで、なのはちゃん? だっけ。何事もなくてよかったよかった」
「全然話聞いてないよね。
そりゃまあ、なのはの自主性に任せるけどさ。小学生だからね。心配したんだから」
小学生、あの魔法少女の姿を見せられて普通の小学生と思うことなんてできないと思う。そう喉まででかかった言葉をなんとか飲み込んでほかの言葉を探す。
「多感な時期だから。そういうこともあるだろう。
はやてだってな、それはそれは――」
高町さんと話していて、その合間にマスターから声をかけられた。
「士郎君、手紙だよ」
手渡されたのは可愛らしい黄色の便箋だった。
たどたどしい文字でここの住所が書かれていた。
すでに中身を確認していたようだったが、森口さんに一言いって中身を取り出した。
『くろーばーのみなさんへ
先日はとてもおいしい料理をありがとうございました。
とてもうれしかったです。
お礼に行くことができず、このような形で感謝を示すことになりもうしわけありません。
またおいしい紅茶をいただきに行きたいと思います。今度はちゃんとお金をもって。
それでは失礼します。
ふぇいと』
とても拙い字であった。それこそ日本語なんて書いたことがないかのように曲線がかけていない。
でも、綺麗に書こうとした形跡も見受けられた。とても心が温かくなる。そんな文だった。
「ニヤニヤしちゃっていいことでもあったの?」
「とても可愛いガールフレンドさんからの手紙ですよ」
「ちょっと、マスター!?」
「へー、衛宮君にガールフレンドねぇ……」
「いや、違うからな。
にやけてないからな」
と言いつつも、顔が緩んでいないかどうか確かめてしまうのはしょうがないと思うんだ。それをみて、むしろ高町さんがにやにやしている。
「いや、だって小学生くらいだよ。それに俺に宛てた手紙というわけではないし」
「そうですか? 士郎君がそう言うのであればそうかもしれませんが」と一旦口を止めた。「でも、見る限りでは士郎君へ宛てた手紙でしょうね」
と余計な口をはさんでくれた。
「小学生って……犯罪じゃないの?」
高町さんはそんなことをおっしゃる。この狭い店内だ。声を潜めたってある程度は聞こえると思うんだよ。それこそ今みたいに音楽が流れてるけど、時間が止まってるじゃないか。
「いやいや、犯罪まがいのことなんてしてないですよ」言って、よく考えたら違法行為なんてものはたくさんしてきているような気がした。「犯罪だなんて、俺は善良な一般市民ですから」嘘は塗り固めてこそ。
「一瞬声が詰まったように感じたけど?
でもそうだよね、衛宮君が悪いことしているなんて姿は想像できないかな。ドがつくほどのお人好しだもんね」
「そうだよ。それっきりだったし。向こうが俺のことを覚えていたことも驚きだ。
ちょっとした迷子だったんだと思うよ。あの後も走ってどこかに行ってしまって心配していたんだけど、どうやら落ち着いたみたいだな」
いろいろあったけど、最近は感じるような大きな魔力の発露はない。きっと落ち着くべきところに落ち着いたのだろう。でなければ、このような手紙は送られてくることはあるまい。個人でもこのような手紙を書く事は出来るだろうが、……まぁあの時空管理局というところに今はいるのだろう。大きな組織だろうから個人で動いている者は数で押し切られるだろう。
なのはという少女と対等、少なくとも圧倒はしていなかった。それにクロノという少年だ。ユーノと3人でかかればフェイトを捉えることも難しくないはずだ。それに管理局はどう考えてもクロノ一人ではないはずだ。指揮していた女性もいることから小隊規模で動いているのかもしれない。単独で現れたという意味でならクロノはその中でもある程度力があるということだろうか。
あんな魔法をバカスカ撃つような連中とはあまり関わりに会いたくないな。
「なーんか、衛宮君の顔。私嫌いだな」
「えっ?」
「なんだかお父さんみたいだもん。こういかにも心配していましたよーっていうか少しの慈愛が見て取れるところとか」
「えっとそれは喜んでいいところなのか?」
「親父臭いんじゃないかな?」
いい笑顔をしていますね、高町さん。はっきり言わなくても嬉しくはない。
「それよりも、その子、可愛かったの?」
「うーん」考えてみればそのへんを歩いている女の子よりも可愛かったようには思える。しかし、小学生特有の可愛さ、というものなのかもしれない。ちゃんと見ているのがはやてだけだったから。はやてと比較して、……相手が金髪の外国人だからな。外国人補正というものもあるだろう。うん。「たぶん、可愛かったと思う」
「たぶん、って何よ。たぶんって」
「いやー、私から見ても十分に可愛らしいお嬢さんでしたよ。日本語は上手そうでしたが、手紙を見る限りそうでもないようですね」ガラスコップを丁寧に拭きながら朗らかに笑った。「外国の方だったんでしょうかね。こちらの地理には疎いようでしたし、オムライスだって知らないみたいでしたね。それでも魅力的な砂金のようにさらさらとした髪でしたよ。着ているものは有名なブランドのものでしたね。ちょっと痩せ過ぎなところがありましたけど、ちゃんとお礼も言える育ちの良さそうな子でした」
「すごく詳細に語ってくれましたね」
「そのほうが面白そうですから」
主に森口さんと高町さんが、ですよね。
「ふーん、そんなに綺麗な子だったんだ。
これはアレですね」
「はい、これはアレですよ」
「アレってなにさー!?」
「うふふ。あれー? 何もやましいところがないんだったらそんなに狼狽える事もないんじゃないかな? ねー、マスター」
「そうですよね。
彼が彼女を見守る姿は、そう、ロミオとジュリエット。許されざ」
「はいはい、そこまでそこまで。
マスターもちゃんと仕事してくださいよ」
「少なくとも私は士郎君よりも仕事をしているように思うのですが」
ぐっ。本当のことだから何も言い返すことはできない。そう、森口さんはゆっくり仕事をしているように見えてその実多大な量の仕事をこなしていた。
武道の達人などは行動がゆっくりに見えるが避けることができないとかいう。そういうことなのだろうか。
「あまりからかはないでください。奥で休憩してきますから」
「ええー、ちょっとそれは。うー。ごめんななさい。
だからね、もう少しお話しても」
高町さんが両手を合わせてちらりとこちらを見てきた。
後ろ髪引かれる思いだったが、ここで甘やかしてはいけない。
「士郎君、高町さんもそう言ってますし、何よりも私が休憩を許可しませんよ」
からからと笑っておられた。
観念してその場にとどまったが、高町さんが帰るまでいじられ続けた。面白おかしいことにはすぐに食いつくというのはあまりいい趣味だとは言えないぞ。
「なんかいいことあったん?」
「いや、いつもよりもバイト先でいじられたくらいだよ」
「だとしたら、それはとっても面白いことだったんやね。
そのへんくわーしく聞きたいなぁ」
なんだか高町さんとおんなじような笑い方をしているように見えるのは気のせいだろうか。
そうだな、この夕日がいけないんだ。きっと。光の散乱のおかげではやてが歪んで見えるのか。それならば仕方がない。
「もう、無視はひどいんとちゃう?」
「いやー、都合の悪いことは聞こえない都合のいい耳をしているからな」
「都合がいいのか悪いのかわかんないんやけど」
夕日に燃えるはやての後ろ髪をみながら家路を急ぐ。
買い物袋が手に食い込む。はやては時々こちらを振り返りながら先へ進む。車椅子も慣れたものだ。
ちらちらとこちらを見てくるはやてに思わず苦笑してしまう。
「おもしろいことでもあった?」
「ああ、はやてはいつみても面白いな」
「それってどういう意味か一辺詳しく聞く必要がありそうや」
「まあまあ。とりあえず今日は激辛麻婆豆腐な」
「ゲッ!」
「げ、なんて女の子が使っていい言葉じゃないぞ」
お尻が大変なことになるから、というはやての言葉を流しつつこの日常を考えてみた。
きっとこれからもこんな日常が続くのだろう。
この前のような魔法少女たちと会うこともないだろう。彼女らは別次元の魔法使い、なんて言っていた。
このゆっくりした時間がいつまでもいつまでも続けばいい。
きっと続かない。
先を行くはやてを見た。
それは着実にはやてを蝕んでいる。
摩耗してなお鮮明な残滓。
窶れた養父との最後。
それが。
重なる。
日常などというものは誰かがいてはじめて日常他る。
最初に見たときにそうだったのかもしれない。
記憶の片隅に残る物静かな女の子。
重なる。
ひたひたと忍び寄る足音。
今動けば、出会って直ぐに立ち去れば、こんな俺でも救えた命というものがあったかもしれない。
それをしなかった。
その意味は。
選択した。
八神はやてという少女といることを。
とるに足らない命なんてのはない。
命はきっと誰にも平等に一つだけ。
貴賎なんてものはない。
でも、仮に。
たった一つの命を大事に思ってしまったら。
それは、
正義の味方。
矜持。
願い。
逃げているのだろうか。
その為に、一緒にいるのか。
彼女の命が尽きるのをこの目で見ようというのか。
答えは、でない。
きっとでない。
彼女が養父のように目の間で物言わぬ存在となってしまったら。
それは心に響くのだろうか。
色褪せたこの心に。
私は誰にも思われずにひっそりと鼓動をとめる様を哀れに思ったのだろうか。
そんなのは彼女に対して失礼極まりない。
いったい、私は何がしたいのだろうか。
私は。
私は、
私は
わたしは
えみやしろう
「士郎さん、難しい顔をしてどうしたん」
「ん、明日も晴れそうだと思ってね」
「そうやなー。雲もあんまりないし、その動きものろのろしとるから晴れるんとちゃうんかなー」
「雨が降ると雑草が元気になるからな。
毟るのが大変なんだ」
「でもさー、わたしは雨上がりも好きやで。
雨が振って気分が沈んでも、晴れないことはないもん。晴れが続くのはいいけど、雨が降ったあとに晴れがこないなんてことはないから。だから雨も好き」
ころころと笑った後に少し頬を染めた。きっと自分でも恥ずかしいことを行ったと思っているのだろう。
そんなはやての言葉に心が少し暖かくなった気がした。
これにて無印は終わりです。
久しぶりの更新となります。
お久しぶりです。
士郎君はこんな感じであんまり活躍しないということが当初からありました。
なのは2nd見ました。
色々テレビ版と異なっているなーと思いました。