わたしはもっと寝ていたい。
眠いからや。
魔法少女リリカルなのはFはじまります
「やだ、士郎さんのえっち」
うん、起こすとしよう、速やかに。
それからの俺の行動は早かった。まず、タオルケットを綺麗さっぱりはやての上からどかして、文字通り叩き起こしてやりましたとも。
「あん?
士郎さん?」
遅いお目覚めのようで。
「もう外は真っ暗だぞ」
そう、外は既に日は落ち、暗闇が支配している。夜、とはいえそれほど遅い時間でもないので、遠くでは空が明るく見える。
「寝すぎ」
「なんか面白い夢見とった気がするんやけどなー」
それは思い出さなくてもいいことですよ。
「まあええわ」
ふっとはやては時計を見る。
時間は19時を少しまわったところ。
「今から晩飯の用意をするから。
その間待てるか?」
「えー、作ってから起こしてくれたらよかったのに」
「おい」
はじめてあった頃の、あの優しいはやてはどこにいったんだろう。
俺は悲しくて涙が出ちゃうぞ。
「失礼なこと考えてるやろ」
「もちろん!」
とびっきりの笑顔で答えてやったよ。
なんでやー、って叫んでるけど無視するのが一番なのは経験上わかっている。
「はやて、今君にはいくつかの選択肢がある。
一緒に料理するか、風呂にさっさと入っちまうか、ごろ」
「ごろごろする」
「ごろごろするのはなしだからな」
抗議の声を上げてもダメなものはダメ。
「さて、どうする?俺の案以上のものが出ればそれでもいいぞ」
悩んでいる様子だが、時間は待ってくれないぞ。
「時間切れで、一緒に料理だな」
「そやなー。
あんまり遅くに食事っていうのも問題やしなー」
「そういうこと。ぱぱっと作れば時間もかからないし。
それから風呂でも問題ないだろ」
言ってはやてを車椅子に座らせてキッチンへ向かう。
そうは言っても、風呂に入ろうと思ったらお湯を張ったりしないといけないわけで、結構時間がかかる。作業効率を上げるためにも、一旦俺が風呂掃除をしてお湯を出してから料理に参加するという流れとなった。本日二度目の風呂だけど、一日の終わりには風呂に入らないとな。
風呂掃除なんて実際そんなに時間がかかるわけでもなく、それほどの時を置かずして調理へとなった。
「「いただきます」」
圧力鍋って素晴らしい。
素直にそう思える。
肉じゃがや煮物なんかも通常の時間の半分以下の煮込み時間でできてしまう。それにその分だけガス代が節約できて家計にとても優しい。
しかし、圧力鍋を使うときって今日みたいな時間がない時が多い気がするのはなんでなんだろうな。
「「ご馳走様でした」」
「片付けはやっておくから風呂の準備をしといてくれ」
お湯は既に張ってあるので、着替えとタオルの準備をすればいつでも風呂に入れるという状態になっている。
「了解や」
はやては自分の部屋に行ったようだ。
カチャカチャと食器を洗う音だけがしばらくその場を支配した。
「おまたせー」
元気なのはいいんだけどな。
「もうちょっと待っててくれ」
「士郎さん、おーそーいー」
おいおい。
確かにまだ着替えなんかもってきてないけどさ。これには理由があると思うんだ、俺の手元に。
しかし、はやてをあんまり待たすのもわるいので、鍋などは漬け置きにして風呂の準備を始める。
最近、はやては風呂場でシャボン玉をするのがお気に入りのようで、毎回作って遊んでいる。
シャボン玉の液なんかは簡単に作れるもので、食器用洗剤を水で薄めて一晩経てば出来上がり。この一晩というのがミソで、できれば一日置いとけば尚いい。どういう原理かは知らないけど、そういうものなのだ。魔術を使って解析してもいいのだが、そこまでするのも考え物である。たぶん、水と洗剤が時間を置くことで馴染むのだろう、別の言い方をすれば、均一に分散されるのがよいのではないかと思っているが、あくまでも推測だ。
そのシャボン液を使ってはやてはシャボン玉を作る。
そのシャボン玉を一つ一つ丁寧に水鉄砲で壊していく。
はじめこそはやては文句を言っていたが、風呂場がシャボン玉でいっぱいになってしまうので、俺が壊し続けたら文句を言わなくなった。仕舞いには俺がシャボン玉を作ってはやてが水鉄砲で壊すなんてこともしている。
一つ言わせてもらえば、俺が体を洗っている時に冷水を水鉄砲に入れて撃つのは止めて貰いたいんだが。いや、結構冷たい。
いつも通り、はやてを泡だらけにした後、100数えるまで湯船に浸からせるのもいつもの事。
リビングでこれまたいつも通り軽いストレッチという名のマッサージをしながらテレビをダラダラ見る。
「士郎さん、海鳴市に美味しいケーキを出す喫茶店があるんだって」
「美味しいケーキね」
正直興味がある。
はやての話では、雑誌やテレビで何回か紹介されたことがあるらしい。
「それはすごいな」
「うん。でね、明日行かないかなーって」
「明日かー」
公立の学校は明日から春休み。ということは必然的に人も多くなりそうではある。人気の店ならなおさら。
「でもでも、すっごく美味しいらしいで」
手元の「ららぶ 海鳴」なんていう観光ガイドを見ながら言ってくれる。どうやら図書館で借りてきている本の中の一冊らしい。
物語ばかり読んでいると思ったけど、違うんだな。
「で、そのお店はなんていうんだ?」
「うん、えっと。
喫茶『翠屋』」
◇◇◇◇◇
「で、その店はなんていうんだ?」
手元の雑誌を再度見返す。
「うん、えっと。
喫茶『翠屋』」
この雑誌によると女性に人気らしい。洋菓子を主に扱っており、雰囲気も良いと。
私が気になるのは売り上げNo.1のシュークリームと、人気すぎてお店に出ると同時売り切れになってしまうという嘘か真かわからない、いや煙のないところに火はたたない言うし、誇張表現の可能性もあるんやけど、それでもそこまで言わしめるショートケーキ、それや。
「ショートケーキとシュークリームがオススメらしいんよ」
士郎さんが僅かに反応する。
「シュークリームか」
「シュークリームがどうしたん?」
「洋菓子としてのシュークリームもショートケーキも基本的なものなんだが。
それが美味しいということはそこの店のレベルは相当高い」
うれしそうに反応してくれた。
確かに、シュークリームもショートケーキもだいたいどこのお店にもあるもんや。それをここまでプッシュするなにかがあるっちゅーことなんやね。
「士郎さんがそういうくらいなんやから期待もてそうやね」
「まあその雑誌を信用するなら、ってことだけどな」
「開店と同時に行くのがいいんやろうけど」
「それでも並んでいるだろうなー」
そこが問題や。
行列ができる、というのは待ち時間が長い、ということでもある。
「それでもええんとちゃう?お昼を食べてから。
そうやね、2時とかどうやろ」
「2時か、昼食を軽めにしてから行けばいいか。
でも、並ぶと思うから、その辺は覚悟しておけよ」
「うん。あー、シュークリーム楽しみやー」
ちょっとそこ。呆れた顔せんといてや。
「よだれでてるぞ」
でてへんって。
ぐしぐし。
「冗談だよ」
「なんやそれ」
「まあまあ」
「まあまあちゃうし」
「まあまあまあ」
「まあまあまあちゃうし」
「まあまあまあまあ」
うがー。
「はやてはかわいいなー」
かわいい、という言葉の前にからかうと、って聞こえた気がするんやけど。
「気のせいだ」
「そうですか」
お馬鹿なやり取りをしている間に10時になってしまっていた。
「今日くらい夜更かしするか」
「ええんか?」
「ダメって言ってもはやては部屋で遅くまで本を読んでるだろ」
ばれてるんか。
「うっ」
「良いとは言わないけど、ほどほどにな」
「はぁーい」
頭を乱暴になでられる。
うれしいけど、もっと丁寧に撫でてほしい。
雑誌には海鳴市だけでなく、隣の市の高見市のことも書いてある。動物園や水族館もあるらしいし、時間があれば士郎さんと一緒に行きたいな。
テレビは少々うるさい、ということでラジオを聴きながら本を読んでいる。
クラッシック曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲をやっている。
士郎さんは今日の新聞を読み返しているし、わたしはわたしで推理小説を読んでいる。
士郎さんが思い出したように緑茶を出してくれる。
夜ということもあり、お茶請けはなし、と言われてしまった。
「そろそろ12時だから歯磨きしろよー」
「はーい」
わたしが車椅子に乗ると、士郎さんが後ろから押してくれた。
洗面所に行って、二人で並んで仲良く歯磨きをする。
「ふぃほうはん、あひぃふぁたおひぃいはえ」
士郎さんは一旦口をゆすいで、
「何言ってるかわからないぞ。
歯磨きし終わって話すように」
「ふぁい」
「おい」
シャコシャコ
がらがら
ぺっ
「士郎さん、明日楽しみやね」
「今日何回目だ?
楽しみなのは良いけど、はしゃぎすぎるなよ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
士郎さんにお休みを言って部屋に行く。
士郎さんはもう少ししたら寝るそうや。
部屋の窓からのぞく空は雲ひとつなく、星が煌いている。
明日もイイコトがありそうな気がする。
カーテンをさっと閉めて布団に入る。熱った体にひんやりした布団が気持ちいい。
明日のことを考えているうちにわたしは夢の中に入ってしまった。夕方から寝ていたにもかかわらず。疲れていたのだろうか、と思ってもわたしは夢の中で、そんな些細なことは関係なかった。
はっとして目が覚めた。
一人で暮らしているときの夢。
だれもいない家で本を読むだけの毎日。
もういやだ。
そうや、リビングに行けば士郎さんがいるはず。
そう思って歩き出そうとして、足が動かなくて、つんのめってベッドから落ちた。
一回転しておしりから落ちてよかった。でも、おしりがいたい。
わたしは車椅子に這い上がり、リビングを目指す。
リビングの前に着たけど、人のいる気配、士郎さんのいる気配がしない。そもそも電気すらついていない。
ドアをゆっくり開くと、ギギギと大きな不吉な音が鳴った。
士郎さんの姿、はない。
時計を見ると、まだ4時にもなっていない。
わたしの心臓は早鐘のように鳴っている。ドキドキがとまらない。
冷たいものが背中を駆け抜ける。
春とはいえ、早朝は冷える。だけど、それだけが原因じゃない。
今すぐ士郎さんに会いたい。
いや、きっと士郎さんのことだからひょっこり顔を出すだろう。
エアコンの静かな音とともにぬるい風がこちらへ来る。
あれから30分はたったのに士郎さんはまだ起きてこない。
嫌な予感がする。
嫌な予感がする。
イヤな予感がする。
イヤなヨカンがする
イヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなヨカンが
気がつくと階段の前まで来ていた。
見上げると吸い込まれそうなほどの暗闇が存在している。
たったこれだけの距離、でもわたしにとっては大きな壁。
車椅子から降りて一段目に手をかける。体ごと上げるように全身を一段目に乗せる。
繰り返すこと三度。すでに息が上がっている。
わたしの荒い息使いが暗闇からあがってくる。
それに気をとられた瞬間、四段目に乗せようとしていた体が反転した。
「ぁ」
紡がれた声は到底わたしの声とは思えないほどか細いものだった。
この高さや、落ちてもほとんど怪我をすることはないやろうけど。
なんて冷静に考えていた。
三段目に背中から落ちる。
肺から空気が漏れ、くぐもった声が出る。
もう一度くるであろう衝撃に目を瞑る。
しかし、衝撃は来なかった。それどころかわたしは今誰かに抱かれている。
目を開けると、そこには士郎さんがいた。
「 」
声にならない。
何をしているんだ?という瞳でわたしを見てくる。
きっとわたしの不安な気持ちなどわからないのだろう。
「ばか」
「士郎さんの馬鹿!!」
「ばかばかばか」
「さみしかったんだから」
そうただの八つ当たり。
士郎さんは困った顔をして頭をそっと撫でてくれた。