三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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9話:決戦(前半)

 7月7日、現実世界では夕方に当たる時刻。

 私たちは樹海化した世界に来ていた。制服姿で私、友奈、樹、東郷でじっとしていた所、先に勇者化して偵察を行った風が跳んできて私たちに呼びかける。

 

「敵さん、壁のところからまだ動く気がないみたーい!」

「そう……」

 

 私だけでなくみんな軽く返事をしつつも、目の前の光景から目を離せないままだった。何故なら視線の先には『牡羊座・牡牛座・天秤座・水瓶座・双子座・魚座・獅子座』と七体、残り全てのバーテックスがいるからだ。つまり、あいつらさえ倒せば勇者の役目も終わる。

 

「私たちだけで勝てるんでしょうか……」

「私たち、だからこそ大丈夫だよ!」

「まぁ、こういう時に言うんでしょ? なせば大抵なんとかなるって」

「ほぉう、夏凜もすっかりわかってるじゃない。そう、アタシ達勇者部に敗北の文字はないのよ!」

 

 不安を隠しきれない樹を皆で元気づける。すると樹も「そうですよね!」といつもの明るさを取り戻す。この行為で樹が元気になることは、自分たちの自信にも繋がる。

 

「さーて、ここはいっちょアレやるわよ!」

 

 風の一声で友奈たちが「あっ、いいですねー」と反応する。『アレ』と言われてもよく分からないが多分……。

 

「アレってもしかして円陣のこと?」

「もしかしなくてもそうに決まってるでしょ! ほらほら集まって」

 

 私は友奈と樹の間に入り、五人で円陣を組む。隣どおしの肩に腕を回したまま話を行う。

 

「この戦いが終わったらアタシが何でも奢ってやるから、全員死ぬんじゃないわよ!」

「よーし、おいしいもの一杯食べよう! 肉ぶっかけウドンとか!」

「ウドンならいつも食べてるでしょうが。私はそうね……思いつかないからウドンでいいわ」

「夏凜ちゃんも結局一緒じゃない……。みんなと国を守るために、戦いはここで終わらせる」

「叶えたい夢があるから……頑張ります!」

「よぉおしそれじゃ、勇者部ファイトー!」

『おー!』

 

 

 円陣で喝を入れてからそう時間が経たないうちにバーテックスが行動を開始。全部が、ではなく牡羊座だけがこちらへ動き始めた。風以外の私たち四人も変身を行い、勇者へと姿を変える。東郷は後方から狙撃による支援を担当、残る四人が前線に向かう。

 

 紫色の蛇のような見た目をした牡羊座が空中を泳ぐように接近。あいつも前回倒したのと同じく、過去に一度襲来したバーテックス。攻撃能力、耐久力、共に他のバーテックスより比較的低く単体での脅威は薄い。単体ならいいのだが、大きく切り分けたり、損傷すると分裂する固有能力がやっかいだ。

 

「一番槍は私がするから、みんなは封印の準備してなさい!」

 

 みんなの返事を聞くよりも早くに移動速度を上げて牡羊座へ接敵。跳躍して頭と思われる部分を、両手の二刀を振り下ろして分裂しない程度に斬り開く。この攻撃で牡羊座は地面に落ち、重たそうな落下音が辺りに響く。

 

「やるわね夏凜。じゃあみんな、いくわよ!」

 

 風の掛け声で四人による封印の儀を開始。地面に輝く陣と残り時間が表示されると共に牡羊座から御霊が排出される。御霊は無抵抗、ではなくブレて見える程に高速回転を行う。

 

「ハッ!」

 

 試しに一本小刀を投擲して当ててみるも弾かれただけであった。どうするべきかと対応策を考えようとしたのだが……。

 

「勇者パァァァンチ!」

 

 それより先に友奈が拳をぶつけることで回転を止めて、支援を要請。

 

「東郷さん、お願い!」

 

 要請を受けた東郷の狙撃により、御霊は破壊され牡羊座の撃破に成功する。これで、残りのバーテックスは六体。

 

 突如、不快な音が脳内に響く。私たちは耳を抑えるがあまり意味をなさず、頭痛のような痛みで膝を着く。

 

「がっ、あぁ……なに、これぇ……うぅ」

 

 顔を上げると牡牛座が頭上を浮遊してベルを鳴らしていた。私たちは牡羊座を封印していた間に、牡牛座の接近を許してしまっていたらしい。

 しかも、牡牛座だけでなく天秤座と水瓶座までも接近してきている。あとは確認できないが東郷の支援が来ないことからして、あちらにも何かしらの敵が向かっていて妨害されてるのかもしれない。まずはコイツをどうにかしないと。

 

 気合いで立ち上がり、手に小刀を携える。投擲しようにも手の感覚と敵との距離感がハッキリしない。音で脳が揺さぶられていることで感覚がおかしくなっている。狙いを定めるのに苦労していると、樹がワイヤーを使い、鳴り響いていた牡牛座のベルを縛り上げた。

 

「ナイス、樹!」

 

 音が止まったことで感覚を取り戻す。小刀を二本投げ当ててベルを破壊。これでもう完全に再生するまではあの音色に悩まされることはない。それと同時に、私と同じく調子を取り戻した風が天秤座と水瓶座の前に飛び出して叫ぶ。

 

「女子力解放っ!」

 

 ただでさえデカイ大剣の刃を大きく伸ばして天秤座、水瓶座をまとめて上下に両断。出遅れた友奈が私たちを賞賛する。

 

「三人とも凄い!」

「あ、ありがとうございます」

「ざっとこんなもんよ」

「よし、三体纏めて封印するわよ!」

 

 ダメージを与えた今の間に封印の儀を開始しようとバーテックス達を囲もうとしたのだが、

 

「あれ? でもバーテックスが……」

 

 友奈の声に連れられて視線を上げると三体が再生しながら浮遊して、獅子座の方へと引き下がりつつあった。

 

 マズイ──。

 

 予感、ではなく確実だとしか思えない嫌な感覚。それを感じ取り、獅子座の方へと下がって行く三組の化物に向かって飛び出す。その勢いのままに斬りこみにかかったが、攻撃を当てるより先に水瓶座が放出した水球により私は捕縛される。

 すぐさま脱出するために両手の刀を振るう。しかし、その行為は水球内をかき混ぜるだけでしかなかった。

 

 こんなことで手間取っている場合ではないというのに。こうなったら、こんなもの私ごと爆破し──!?

 爆発する小刀を手に出すよりも早くに身体に何かが巻きつく。それが何なのか知覚する間も無く身体が引っ張られることで水球から抜け出した。

 

「夏凜さん! 大丈夫ですか!?」

 

 どうやら樹がワイヤーで助けてくれたらしい。しっかり着地をして、咳込みながらも「ありがとう」と感謝の言葉を声に出す。

 

「それよりも……」

 

 呼吸が落ち着いたところで先程のバーテックス達へと顔を向ける。四体の化物は消え、新たな一体の化物がそこにいた。

 

「そんな……」

「どうなってんのよ」

「合体した!?」

 

 樹は怯え、風は困惑し、友奈は声に出して驚く。私は内心、焦りながらも敵を睨みつけながら観察を行う。姿は禍々しく変わってるけど全長自体は獅子座のまま……合体が獅子座の固有能力? 過去の来襲での獅子座の記録にはそんな記述はない。まさか敵がこんな切り札を残していたとは。

 

 合体して間も無く、今まで静止していた獅子座が行動する。獅子座の周囲に、円を描くように十数程の火のような大きな光弾が出現。それが私たちに向けて射出。咄嗟に私たちはその場から跳ぶことでバラバラに離れたが、光弾は進路を捻じ曲げて追いかけてきた。

 

「追尾してくるの!?」

 

 上ではなく前に、踏み込むことで地面を滑るように跳ぶ。神の力により何十倍にも強化された脚力で四つの光弾を引き離しにかかる。が、振り切れないっ!

 

 勇者システムによる能力はある程度は調整が効く。前任勇者では防御力が高められていたらしいが、私の要望で防御力を落とした代わりに瞬発力が高められており、他の勇者では実現不可能な速さで移動することができるようになっている。

 それだというのに完全に振り切ることができていない。ならば……。

 

 追尾してくる光弾を撹乱させる為に右へ左へとジグザグに動いた後に跳躍、そこから更に壁を蹴るように飛びついた巨大な根の横側で跳躍することで三次元機動を行う。

 その結果として四つの光弾のうち、先頭の一つは根にぶつかり爆発したようだが、残り三つは大きく曲がりながらも相変わらずこちらを捉えつづけている。どうやら時間経過で消えるのは期待できそうにない。

 

 地面に着地して再び走り、脚だけではなく思考も回転させる。

 解決方法は二つ。誘導して何処かにぶつけるか強い力で相殺するかだ。しかし、前者を選ぶわけにいかない。樹海化した世界が傷付くと現実世界に悪影響が出てしまう。先の一発くらいならまだ大丈夫だろうけど、これ以上は場合によっては死者が出る可能性がある。だから必然的に後者の方法を取るしかないのだが、今の力ではそれは不可能だろう。

 

「でも、満開機能を使えば」

 

 通常の勇者状態から、神の力を更に纏い絶大な力を得ることができる満開状態なら相殺するだけじゃなく、あの獅子座にも対抗出来るはず。

 今すぐに使ってもいいがそれは得策ではない。満開状態はずっと維持することはできない、持続時間には限りがある。その上、満開には満開ゲージが必要だから連続では使えないはず。それを考慮すると、獅子座まで近づいてから使うのがベストだろう。

 

「そういえば友奈たちは?」

 

 スマホを出現させて位置情報を確認。少し画面を眺めてみたが四人の位置は動かない。反応が消失してないことから、少なくとも生きていることはわかった。状況的に考えて攻撃により気絶しているのかもしれない。

 どうやら、悠長に獅子座に向かう時間はないみたいね。

 

 いつ第二弾が飛来するのかわからないのだ。少し無理をしてでも、急いでどうにかしないと友奈たちが危ない。左手に刀を呼び出し、逆手持ちに柄を握りしめる。そして、走り跳ぶ速度を少し緩めて光弾との距離を調整。

 

 ──いまだ!

 

 刀を地面に突き刺して支柱にすることで、強引に180度ターンを行いにかかる。

 

「ぐっ……」

 

 強化されているとはいえ、左腕に負担がかかり激痛が走る。歯を食いしばりながらもターンを終えて走り跳ぶ。光弾の追尾も急な反転には対応できずに私とすれ違うように通り抜けていった。とはいってもまた大回り気味な機動をした後に追尾を再開してくるだろう。

 そのまま走り抜け、獅子座の近くに来たところで大きく地面を蹴り出して敵正面へと飛び込む。

 

「見てなさい! これが私の満開──」

 

 

 力の解放をしようとした直前、体の芯から冷たくなるような悪寒が襲う。謎の恐怖心と不安により、身体が何かで縛られたかのように動かなくなる。ただの案山子と化した私に、後ろから追尾して来た光弾が衝突。凄まじい爆発音と衝撃を受ける。

 どうして、と疑問を抱きながら意識は暗い闇の中へと落ちていった。

 

 

【Flashback(3)】

 精霊によるバリアは絶対無敵の物ではない。許容量を超える攻撃には貫かれるうえに防いでも衝撃を消すことはできない。それに多方面からの攻撃には対応できないことに加え、バリアが機能しないタイプの攻撃だって存在する。

 だから、誰もがお互いを庇い合って戦った。どんなに傷ついても、失わないように、みんながみんなでいられるように必死だった。

 それでも……犠牲者は発生した。

 


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