7月1日の放課後、勇者部室。
「つまり、人前で上手く歌えるようになりたいの?」
私の確認に対して樹が「はい」と返答する。なんでも、樹が今度にある音楽のテストで上手く歌える自信がない、と勇者部のみんなに相談してきたのだ。風によると、一人の時は問題なく歌えるのだが、人前になると途端にダメになるらしい。
「私に考えがあるわ」
さっそく東郷が手を挙げる。
「喉からα波を出せるようになればいいのよ。歌が上手い人のことは、全てα波で説明できるの」
両手で円を描くような怪しげな動きをして、α波を表現しながらアドバイスを行う。それに対して、私はすかさず口を挟む。
「今の樹が知りたいのは、上手く歌える方法じゃなくて緊張しない方法でしょ」
ていうか、α波って何? という疑問は声に出さないでおく。もし声に出してツッコミを入れると、α波について長々と解説されそうな気がしたからだ。
「それもそうね。なら、人前に立った時はみんなのことをカボチャだと思うの。大事なのはイメージよ、樹ちゃん」
「カボチャですか。うーん……」
東郷の言葉を聞き、イメージしているようだが……この様子だと、どうもしっくり来ていないらしい。私も何か考えてはみるけれど、良い案はそう簡単には思いつかない。樹の頼れる姉である風も考えてはいるようだが、「サッパリ思いつかない」というのが表情から伺える。そもそも風がすぐに思いつくのなら、樹が私たちに相談などしなかっただろう。なので、期待はあまりしていない。
そうして、案が出ずに話は停滞する。そんな中、友奈が「あっ、そうだ」と口からこぼした後に発案する。
「みんなでカラオケ行こうよ! 習うより慣れよ、ってね!」
私たちは友奈の提案によって、カラオケ店に来ていた。
風がマイクを握って立ち上がり、高らかに宣言する。
「トップバッターはアタシ! 勇者部の紅頂点であるこの犬吠埼風が、麗しき歌声をお披露目してやるわよ!」
「いや、紅頂点って何よ」
「だって、紅一点だとおかしいでしょ。女の子は五人もいるんだし」
ツッコミを入れたがそう返され、そういうものかな? と釈然としないまま納得しておく。そうして、風がノリノリで『soda pops』を歌い始める。正直に言うと、上手い。歌い終わり、採点結果である『92点』が表示された。
「どんなもんよー!」
「お姉ちゃん凄い」
感心する樹に続いて、友奈、東郷、私が賞賛を送る。
「風先輩、輝いてましたよ!」
「流石です」
「ホントに上手いのね」
「な、なんか照れちゃうなー。それじゃ、次は誰が歌う?」
風がそう聞くと、友奈が私に曲を入れる端末の画面を見せてきた。
「ねぇねぇ、夏凜ちゃん、この曲知ってる?」
画面には『○△□』という曲名が映し出されていた。
「一応は」
これは流行りの曲らしく、商店街や行きつけのコンビニでよく流されていた。テンポも記憶に残りやすいものだったので、歌詞も覚えている。
「なら、一緒に歌おうよ」
「そうね、いいわよ」
「やったぁ!」
二人で歌うことを決めると、風がからかってくる。
「フッ……あんた達でアタシを超えられるかしら」
「上等、私たちを舐めたことを後悔させてやるわよ!」
風の歌唱力は高かった。確かに上手かった、だが負けるとは思ってはいない。友奈が曲名を見せてきた時点で、「これなら二人で歌える」と、確信めいたものを感じていたからだ。なんでそう思えたのかは分からないけど。
友奈と私で、並び立って歌い出した。
歌い終えて表示された結果は──『94点』だった。2点だけだが、風よりは高い結果である。
「くっ、アタシの女子力を上回るとは……!」
「女子力じゃなくて点数でしょうが」
大袈裟なショックを受けている風には触れずに、友奈が私へと嬉しそうに話しかける。
「楽しかったね、夏凜ちゃん」
「そうね、良い感じだったわ」
「前よりも上手く歌えたもんね」
「え? 今までに私と友奈で歌ったことあった?」
「あれ? だって前にも五人で……歌いに……んん?」
私がその言葉を否定することはなかった。それを聞いて、自分の中でモヤモヤした気持ちが湧き上がっていたからだ。私は前にもこの光景を──。
「なーに、言ってんのよ。五人でカラオケなら今日が初めてでしょうが」
風の声で意識が戻る。そうね、今日が初めてなはず。
「そっか……そうですよね」
「よーし、ということでお次は東郷! しっかりやりなさい」
東郷の手へとマイクと入力端末が渡される。受け取ると、迷いのない速さで端末に入力を行う。前奏が流れ出したタイミングで友奈、風、樹が立ち上がりビシッと右手敬礼の体勢になる。
「何この状況」
「東郷さんが歌う時は、いつもこうなんだー」
「そ、そう」
友奈が答えてくれた直後に軍歌のような歌唱が始まった。そのまま東郷が歌い終えると三人はサッと着席する。
それにしても、軍歌みたいな曲を歌うとは予想外だった。普通の子、というのはよく分かってないけど、こういう曲を歌う女子中学生は珍しいと思う。多分。
遂に樹が歌う番になる。みんなが樹より先に歌ったのも、少しでも歌いやすい雰囲気にするためだ。樹が音楽テストの課題曲である『早春賦』を入れ、皆の前に立つ。胸に手を当て、何度か深呼吸した後に歌い出す。
……結論から言うと、上手くいかなかった。それからも樹は、みんなが歌った後に何度か挑戦した。だが、結局一度もちゃんと歌うことはできなかったのである。
相談を受けた次の日、7月2日。
勇者部室内では再び、樹の問題を解決する方法を模索していた。しかし、相変わらず良い案は出てこない。そんな時、募っていた子猫の里親希望のメールが届いた。しかも二組。樹の問題はひとまず置いておき、まずはそちらから取り掛かることになった(勿論、それについては樹も了承済みだ)。
「アタシと樹の二人、友奈と夏凜と東郷の三人で、それぞれ向かうってことでいいわよね?」
風の組分けにみんなが同意し、さっそく貰い手と細かい話をしに向かった。
東郷の車椅子を友奈が押し、私が住所を元にメール差出人への道を確認しながら歩く。東郷が「そういえば」という様に口を開く。
「夏凜ちゃんは他所から引越して来たのに、道が分かるのね」
「この辺は知らないけど、地図アプリがあるから迷ったりしないわよ」
この答えは、少し嘘。地図を使い確認をしてはいるが……なんとなく、この辺のことは知っている様な感覚がある。自信を持って歩けているのも、そのせいかもしれない。
「東郷さん、夏凜ちゃん」
友奈が立ち止まって呼んできたので、私も歩みを止める。私たちが友奈へ顔を向けると、カバンから一つの便箋を取り出した。それを開き、私たちに見せる。
見ると、可愛らしい桜模様の便箋で、真ん中には『樹ちゃんへ』と書かれている。その左上には、『テストが終わったら打ち上げでケーキを食べに行こう 友奈』の文字。
「みんなで寄せ書きして樹ちゃんに渡してみたら良いかなって考えたんだけど、どうかな?」
「良い考えだと思うわ、友奈ちゃん」
「まぁ、やる気はでるかもしれないわね」
先に東郷が便箋、下敷き、ペンを友奈から受け取り、書き付ける。次に私が、書き終えた東郷からそれらを受け取る。何て、書こうか。便箋を見ると東郷は『周りの人はみんなカボチャ』と書いていた。うん、あまり参考にはならない。
ただ友奈と東郷のを見るに、深い考えは要らないというのは理解できる。私もシンプルでわかりやすいのにしよう。『気合と根性よ』とだけ書く。便箋を折りたたみ友奈に返す。
「後は風先輩が書けばバッチリだね」
「ところでそれ、友奈が渡すの?」
「んー、そのつもりだったんだけど……どうせなら、サプライズっぽくしたいな」
「なら、風にこっそり樹の教科書に挟むよう頼んでみたらいいんじゃないの」
「あ! それいいね!」
友奈がニシシと楽しそうな表情を作る。そこで、東郷が「そろそろ行かないと……」と促す。
「おっとと、そうだった。メールくれた人と風先輩たちを待たせたら悪いもんね」
その後、貰い手希望の人とのやり取りを終え部室に戻り、風に寄せ書きのことを伝えた。それを聞き、自分のことように喜んでいた辺り、本当に樹の事を愛していることがよくわかる。
そして、翌日の勇者部室。
「皆さん、ありがとうございました!」
樹がみんなにお礼を言う。寄せ書きの効果はあったらしく、テストでしっかり歌うことができたとのことだった。
「樹、せっかくだから皆に歌声を聴かせてあげなさいよ」
「私も聴いてみたいなー。カラオケでは聴けなかったから気になる」
風の提案と友奈の希望を聞き、樹が「わかりました」とみんなの前に立ち上がる。
「ええっと、じゃあ……私が好きな『祈りの歌』を歌います」
【Flashback(2)】
◯は■■により、残っていた片目の視力も失った。そして部室にいる時は必ず、□を膝に座らせ片腕でしっかりと抱きしめて過ごしている。そうすることで見えなくても、妹はここにいるという安心感があるのだろう。
◯が明るく話しかけると、□は◯の空いている腕を取る。そして、手のひらに指で文字を書くことで答える。だが内容は伝わっても、妹の笑顔が姉に届くことはない。