三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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23話:勇者と魔王

 瞳を閉じている中で感じたのは自分を支えている力が無い浮遊感。目を覚ますと、そこは暗闇だった。しかし、幾つもの光が輝いているので真っ暗ということはない。ここで私は宇宙に来ていることを認識する。

 

 もう私の傍に友奈はいない。

 

 名残惜しさから、瞳を閉じて唇を指先でなぞる。ほんのりと、彼女の熱を帯びているように思えた。想い人と初めて行った先程の行為を振り返って、つい口元が緩んでしまいそうになるのを口に手を当てて抑える。

 

 落ち着き、改めて眼を開けて動かす。すると眼下には、蒼色に煌々と輝く惑星が存在していた。

 

「これが本当の地球……すごく綺麗」

 

 私たちの時代の地球とは大違い。あの星には沢山の命と失われていない未来がある。そう思えばより一層、輝かしく見えてくる。いつまでも眺めていたくなる美しさ。でも、今は鑑賞に浸っている暇はない。

 

 私はバーテックスの力を全て取り込み、それと同じ存在となった。今の私が持つ神樹様の力と天照の力、二つの力を使うことで強引に肉体ごと過去に遡ってきた。過去への移動形式自体は園子の時と同じく勇者同士の肉体的接触による力の譲渡と縁結びの力によるもの。故に、何かしらの繋がりがないと移動はできない。

 

 私が利用した繋がり、それは私の中にある天照。この日に天照が現れて、バーテックスの元である星屑を生み出した。つまり、この蒼き星が襲われる時間軸に来ている。何時迄もこうしているわけにはいかない。

 

「そういえば」

 

 スマホを呼び出してNARUKOを起動。画面には『霊的回路が接続されていません』というエラーメッセージ。

 

「まっ、そうよね」

 

 神樹様が人類の前に現れて味方となったのは、天照が人類を攻撃してきた後のこと。襲われていない今は存在しない。存在しないものと接続ができないのは当たり前の話。

 今、私が勇者姿なのは私自身が持っている神樹様の力によるもの。受信機でしかないスマホを持つ必要性はもはやない。

 

「あまり時間はないけど、ちょっとだけ」

 

 NARUKOを閉じて、アルバムを開く。そこに保存されているのは友奈やみんなとの写真。一番古い保存写真は私の誕生会の時に撮ったもの。そこからは他愛のない日常や部活動の写真に溢れている。どれも楽しくて、明るくて、幸せな記憶。見ているだけで表情が和らぐ。

 

 未来を変えれば、これらは全てなかったことになる。それは残念に思う。でも、他に方法も可能性もなかった。これ以外の手なんてなかった。

 

「だからこそ、負けられない」

 

 アルバムを閉じてホーム画面にする。それから──スマホを力に任せて砕くことで破壊した。

 

 昔、死地に向かう兵士は決意を示すために酒を飲みその時に使った盃を割ったという。この行為はその代わり。

 

 私はもう生き返れない。

 

 いや、そもそも正確には生き返っていたわけじゃない。肉体を失うたびに、魂が神世紀300年6月7日にある私の肉体に戻るように設定されていただけ。その設定は今回の時間逆行で上書きされている。

 当たり前だが、この日、この時代に私の肉体は存在していない。無理やり持ってきた今の肉体が無くなったらそれで終わり。更に言うと、神樹様と霊的回路で繋がっていないと縁結びの力は使えない。

 

 これら二つの要因が無い以上、二度目は無い。

 

 

「敵は……むこうね」

 

 私は相手の力と同じものを持っている。それにより、感覚で相手との距離とその方向も探ることができる。だから、NARUKOの地図が使えないことは問題にはならない。

 と、ここで義輝が現れる。

 

「シュツジンー」

 

 そう言って軍配を敵がいる方向へと向ける。呼んでいないのにどうしたのかと思いきや、義輝なりに景気づけをしてくれた、といったところか。

 

「えぇ出陣よ、満開っ!」

 

 これが最後の満開。この時代に神樹様は存在しないので、供物を捧げて力を借りた満開は使えない。だから自分の中に残る神樹様の力を使って自力で満開するしかない。だが大半を肉体ごとの時間逆行に使ったから私に残っている力は満開一回分。

 皐月躑躅(サツキツツジ)の花弁が吹き現れて、身に纏っていた勇者服は巫女服のようなデザインに変わり、背中から大太刀を一本ずつ握りしめた四つの巨腕が出現。

 大気が無い分、いつも以上の移動速度を出しながら敵へと向かう。敵との距離は約二十キロ。

 

 

 流星のように宇宙空間を進み続けて、残りの距離は約九キロ。遠めなので小さく、形はわからないが天照だと思われる点を視認。

 

 それから、天照の方向から光がこちらに向かってきているのが分かった。段々その光が近づき、大きく見えてくることで、それが射手座と同じ光の矢による天照からの攻撃だと気付く。射手座による攻撃との違いは、避ける隙間が見当たらない密度、回避させる気のない範囲、というあまりにも圧倒的すぎる物量であること。もはや光の矢ではなく光の壁が迫ってきていた。

 

 飛来速度と範囲からして避けるのは今からでは間に合わない。かといってこのままだと、精霊によるバリアなんて一瞬で砕かれて全身を貫かれるに違いない。

 

「大丈夫、私ならできる」

 

 慌てることはない、私はこの攻撃を凌げる力を持っている。落ち着いて、その力を使うだけでいい。強く、強くイメージして必要な力を呼び出す。選んで呼び出すのは──天秤座の能力。

 

 ガラスが割れるような音と共に天秤座が持っていた四つの分銅が顕現。

 一つは六メートル程の大きさ、残り三つは三メートル程の大きさだ。上部からは鎖が付いて伸びており、そこが持ち手になっている。

 

 大太刀を一旦消して、それぞれの巨腕に分銅を持たせる。このまま持ち続けていても意味はない。すぐに右側の腕に持たせたのは右に、左側の腕に持たせたのは左にそれらを投げ飛ばす。

 すると、どうだろう。飛んでいった分銅に吸い寄せられるように、光の壁は二つに別れて向きを変えてしまう。それにより、通り道となる空間ができる。

 

「上手くいったわね」

 

 かつて、弓矢を扱う勇者が同じ様に分銅によって攻撃を完封されたことがある。それと同じことをやることで攻撃を凌げれた。天照の力を持っている、それはつまり天照の力で生み出されていたバーテックスの能力を持っていることでもある。本当に使えるかどうかはぶっつけ本番だったけれど、上手くいって良かった。

 

 

 残り距離は約七キロ。より近づいたことで、点として見えなかったのがある程度シルエットとして認識できる程にはなっていた。細かい部分は未だよくは見えないが、灰色で球体であることが判明する。

 

 また天照からの攻撃が飛来する。次は水瓶座と同じ液体による攻撃、違うのは水球ではなく波となっていること。宇宙空間で津波が出現するという冗談のような光景。

 

 その攻撃に対して呼び出すは魚座の能力。巫女服のような勇者服の白色の部分が、薄い水色へと変色していく。力の呼び出しが一度成功した以上、失敗を怖れたりはしない。

 間もなく津波に呑み込まれる。津波の中は荒れ狂うような水流が発生していたが、水中を自由に動ける魚座の能力により難なく突き進んで突破。

 

 

 更に距離を詰めにかかるところで、天照がキラリと光る。次の瞬間には、山羊座が放っていたよりも太い光線が放たれていた。

 

 光線により消し炭にされるよりも先に、魚座から蟹座へと能力を切り替えて六枚のシールドを呼び出す。蟹座のように単純に重ねて攻撃を正直に受け止めるのではなく、傘の形になるように並べて正面に配置。

 完全に受け止めるのではなく、受け流すようにすることで、シールドが破壊されにくいように工夫する。防御態勢を取り終えるとほぼ同時に光線がシールドに接触。思惑通り、光線を後方へと受け流す形になり、直撃を免れる。

 

 攻撃を受けてからも速度を落とすことなく飛行していると、徐々に光線が集束していくように細くなり、遂には消えてなくなった。光線により削られて、すっかり薄くなってしまった六枚のシールドを消す。

 

 

 この時点で残りは二キロ、ここまで近づいたことにより全容をハッキリと捉える。大きさは百メートル程だった獅子座の約四倍。表面はバーテックスの御霊のような紋様があり、その紋様部分は虹色に薄く発光していた。

 灰色の表面と合わさり、神様らしい神々しさと不気味さを感じ取らせる見た目となっていた。

 

 意識を集中して、バーテックスでいう御霊に当たる心臓(コア)の位置を探る。探り始めてすぐにそれは球体の中心部分であることが分かった。

 

「だったら、外から削って破壊してやる!」

 

 接近しながらも無数の小刀を放って天照の表面を爆発させる。このまま外層を削りきってしまえば倒せる、かと思いきや割れるように破壊された表面が瞬く間に再生。時間が巻き戻ったかのような早さだった。

 

 あの様子だと、生半可な攻撃は無駄。倒すには一撃で決めれるような破壊力がないと……でもどうやって?

 

 思考していると、天照が表面から蠍座と同じ尾をグチュグチュと生やして伸ばし、私の体を貫こうとしてきた。一本だけだった蠍座と違って、その数は七本。

 

 対抗するために、天秤座の力を使う際に消していた大太刀を呼び出して巨腕で握りこむ。一本目は、全ての巨腕を右下から左上に振るい上方向へと弾き飛ばす。続いて二本目は上げていた巨腕を下ろすことで叩きつけて粉砕。

 

 相手の突刺す攻撃は防ぎやすいけれど、当たった場合は一撃で殺されかねない。尾を繰り出しているのが天照の時点で蠍座よりは威力があるのは間違いない上に、一点に力をかけているから精霊や蟹座のシールドなんて容易に貫通されるに違いない。

 この突破力は危険──って突破力? 私も同じように一点に力を集中させれば、もしかしたら……表面から貫いてコアを破壊することができるかもしれない。

 

 思考がそこまでいったところで、三本目が襲いかかる。対して私は体を回転させることで回転切りを行い、それを折る形で破壊。

 そのまま回転の勢いを利用して、天照の中心に向けて大太刀を一本投げつけた。大太刀は天照の表面に刃半ば程まで突き刺さり、刺さった衝撃で周りには亀裂が走った。

 

 生じた亀裂は瞬時に再生して、結果としては中途半端に刺さった大太刀が表面に残される。布石は整った。

 

「これで後は──」

 

 投げた大太刀から視線を戻すと、残っていた四本の尾が目の前まで迫ってきていた。落ち着いて三本の尾を大太刀で、残りの一本を蠍座の力を呼び出して出現させた一本の尾で受け止める。

 

 受け止めて抑えたまま、背中の巨腕と尾を外した(パージ)。勇者服をはためかしながら飛び出す。彼我との距離を完全に詰める。目標は目の前、ここまで接近してしまえば距離という名の盾はない。

 

 

「私は勇者になる。友奈の勇者になってみせる!」

 

 右腕に力と意識を集中させる。

 すると、山桜色に輝きだして──光が収まると友奈と同じ手甲が顕現していた。

 

「覚悟しなさい、天照! これが私たちの実力だぁぁぁっ!!」

 

 天照は今まで戦ったどのバーテックスよりも強い。単体でみるなら最強の敵。その最強の敵を超える。

 私たちなら超えられる。最強よりも最高になれる。

 

 

 

「勇者ァァァァッ!」

 

 

 力の限り叫び、拳を固め、右腕を後ろへと引き絞る。同時に獅子座の力を右腕に込める。

 狙うは天照の表面に刺さっている、大太刀の柄の先端。

 

 

「パァァァァァンチ!!」

 

 

 

 渾身の力で拳を先端に打ち付けると同時に、獅子座の能力による爆発を起こす。拳による衝撃と爆発、この二つの力が一点に集中して打ち込まれたことで、大太刀は弾丸のように射出される。堅く深い外層を突き破り、中心にあるコアを貫いた。

 

 それでも勢いは衰えず、反対側の表面から突き出たところで大太刀は自壊。

 

 天照を形成していたコアを失ったことで紋様の輝きは消え失せ、大太刀によって開けられた風穴から亀裂が走る。

 やがて亀裂が全体に及んだところで天照はバラバラに砕け散り、破片は砂のように崩れて完全に消え去った。

 

 初めから天照なんていなかったかのような静寂が訪れる。

 

 

 

「や、やった」

 

 この手で魔王()を殺した。いや、破壊した? どっちにしても人類を襲う敵はいなくなった。これで、友奈が戦いで傷ついてしまう未来は消え失せた。戦いのない世界で、きっと友奈は幸せに生きることができるはず。もう友奈の笑顔が曇ることはない。私の願いは叶った。

 

 興奮覚めやらぬままに神を葬った右手を見ると、色が薄くなっており手の向こう側が見えた。この現象は手だけじゃない。体全体がそうなっており、今にも消えて無くなりそうな様子だった。

 

「私は消えてしまう、か」

 

 未来を変える選択を取った以上、覚悟していたこと。

 消えるのは怖くない……ううん、やっぱりちょっと怖い。だけど、後悔はない。

 

 消え行く覚悟を改めて固めていると、私の目の前に義輝が現れた。

 

「そういえば長いこと世話になったわね。今までありがとう」

「ショギョウムジョー」

 

 私の礼に対して義輝は小さく頷き、最期にそう言って消えていった。これでもう、ここにいるのは本当に私一人だけ。

 

 私は感覚が無くなりかけている体を動かして振り返り、地球が見えるようにした。どうせ消えるなら、この目に焼き付けておきたかったから。

 

 私の友奈を助けたいという願いが最終的に地球自体を救うことになるなんて……園子と初めて話をしていた時には予想もつかなかった。

 

 ここまで来るまでに全てを諦めてしまいそうになったこともあった。こんな事を続けても意味がないんじゃないかって。できることなんてなくて、抗いようもなくて、私一人では何も変えられないのかなって。

 事実、そうだった。私一人の力ならこの結末は迎えれていない。園子や友奈やみんなのお陰。

 ……私は世界を救った。とは言っても、私が今ここにこうしているのは友奈が一人だった私を救ってくれたから。友奈を好きになったから。

 

 一人は嫌。

 友奈に会いたい。

 一緒にいたい。話をしたい。

 抱き締めて、友奈を感じたい。

 もっと友奈のことを知りたい。

 

 でも、その願いは叶わない。

 

 だから私は、友奈と唇を重ねる前でさえも口に出さなかった別れの言葉を呟いた。

 

「さようなら、友奈……」

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 西暦2015年、7月30日。

 この日、勇者と魔王は世界から消え去った。

 


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