三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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20話:過去と現在

 失っていた意識を取り戻して、閉じていた瞼を開く。意識を失うまで私がいた結界の外、ではなく私の部屋。手と脚の感覚は失われておらず、不自由なく動かすことができる。起き上がり、スマホを手に取ってベッドに腰掛ける。スマホを見ると日付は6月7日で、時刻は前回に起きた時と同じ。

 

「戻ってきたから当たり前、か」

 

 私は記憶を取り戻した直後、天照に殺された。死んだからまたこの日付、この時刻に戻ってきた。全て思い出せたとは言っても、落ち着いていると言えるかは微妙。

 深いため息を一度ついて、腰かけていたベッドに背中から倒れる。私は頭の中を整理するために、今までのことを振り返り始める。

 

 

 

 友奈がこの世を去り、勇者が私一人になった後の話だ。私と同じ様に端末を使いまわしたのか、新たな勇者たちが投入されて一人から複数人になった。その時の私は目と耳が使い物にならなくなっていたので、そいつらが誰なのかはわからないまま一緒にバーテックスと戦った。

 でも、そんなことはどうでも良かった。誰であろうと友奈たちの代わりにはならないのだから。

 

 そして友奈たちを守ることができなかった私が戦い続けた理由。友奈たちが護ろうとした世界を、生き残ってしまった私が代わりに護るため、という理由もあったが一番の理由ではなかった。

 

 私が戦う一番の理由は怒りだった。

 愛する人を、愛する仲間を奪っていった敵を、失うことを防げなかった自分を許せなかったから。

 怒りという名の内なる炎は燃えあがり情熱と化していた。

 

 そうして幾度も満開をして供物を捧げながら戦い続けた。

 

 満開を使用すれば、供物として身体機能が無くなっていく。捧げれる身体機能が無くなった後の供物は、肉体が取り上げられて肉体欠損という形に変わる。

 

 私はバーテックスとの戦いの中で何度も満開した結果、最終的には人間の体という器を完全に失い、神となった。……魂だけの存在になり、神樹様を構成する一部となれる。それが神樹様の考える勇者に対する褒美。

 

 

 どこまで見渡しても何もなく、上も下も前も後ろも全てが白い空間。気がついたらそこに勇者服を着たまま立っていた。そんな神樹様の中には先客が居た……というより私が来るのを待っていた。

 名は乃木園子、勇者が私だけになってから投入された勇者の一人。私よりも満開回数が多かったので、私よりも先にそこに来ていたのだ。

 

 その時になって初めて園子を認識したのだが、言葉を交わさずとも名前や私よりも先に勇者になっていたこと等を知った。

 神樹様の一部として同化するということは、先に来ていた者と同化することことでもある。私は神樹様の中に来た時点で、園子が勇者になった以降の記憶を手に入れていた。

 園子の記憶を見て私は世界の真実などのことを知った。結界の外など知らなかったこと知り、困惑している私が落ち着くまで園子は黙って待っていてくれた。園子の方にも私の記憶が流れ込んで、私が知らなかったことを理解していたからだ。

 

 記憶が流れ込んだからといって相手の思考までが分かるわけじゃない。お互いの記憶を持っていることを踏まえた上で私たちは会話した。その会話の中で──。

 

「みよっしーは最初からやり直したいって思う?」

 

 みよっしーというのは園子が私につけたあだ名。最初の会話で「三好夏凜だからみよっしーでいいよね」と名づけられてしまった。そこはまぁ、別になんでもいいけど。

 

「……急になによ?」

 

 園子が言いたいことが分からないので、質問に質問で返した。

 

「実はね──」

 

 園子が言うには、神様が集まって出来ている神樹様の中には縁結びにゆかりのある神様が存在している。

 その力は同化状態にある私たちにもある程度ではあるが備わっている状態にあり、それや他の神様の力を利用することで、記憶を完全に保ったたまま魂を過去に飛ばすことができるかもしれないとのことだった。

 

「そんな凄いことができるのなら早速するべきじゃない! やり直せるなら未来のことを知っている私たち二人で過去に戻ってこんな、こんな結末なんて変えて──」

「それは無理だよ。二人も送る程の力は私たちにはなくて、二人で協力してやっと一人にかけることが呪いでしかないから」

「呪い……?」

「そう、呪いだよ~」

 

 自由に過去に行けるわけではなく、自分と、自分の魂の中にある神樹様の力に関係する日付に魂を結びつける。私の場合、勇者に変身して初めてバーテックスと戦う日付が呪いが上手くいくと思われる範囲の中で最も過去らしい。

 

 そして発動条件は肉体を失い魂だけになる、つまり死ぬことで発動する。死ぬ度に自分の意志とは関係なしに決められた日付に戻ることになるのだ。

 呪いを解くには、かけた時のように力を持つ二人で協力するか完全に神樹様との接続をなくす……要するに平和になって勇者システムが不必要になり、存在が無くなることで解呪となる。

 

「ところでどうしてそんなことが分かるの?」

「私はみよっしーより先に来て、ここで過ごしていたからね~。時間が経つにつれて神樹様との同調が進んで色んなことが分かってくるんだよ。神様のことや世界のことや昔あったこととか沢山のことがね。みよっしーもここに居たらその内分かってくるよ」

 

 調子よく聴こえる声色とは対照的に、顔の方は笑ってはいなかった。

 

「このままここに居る気はないわ」

「なら過去に行きたいの?」

「友奈たちを護れなかった結果を変えることができる可能性があるならすぐにでもいきたい。園子は……変えたいとは思わないの?」

 

 園子は目を逸らして、答えなかった。ただ私に聞いてきた。

 

「本当に行くの? みよっしー」

「もちろんよ。だからお願い」

 

 

 

 結果、私は6月7日に戻ることになった。最初は、白い化物こと星屑を間引くことでバーテックスが発生しないようとした。しかしいくら倒しても減らない上に天照に殺されたことで失敗。

 

 次は友奈たちと一切関わらずに、力を上げようと一人で鍛え続けてみたが、関わらなかった故に連携が取れず、むしろ死ぬのが早くなっただけだった。

 その次はやはり元から断つべきだと思い、少しでもダメージを与えればと満開して天照に向けて光波剣や大量の小刀を放ってみたが手応えはなく、結界内に引き返す前に殺されて終わった。

 

 何度目か時に、友奈たちを結界の外に多少無理に連れていき世界の真実を見せて、戦い続けても終わりがこないことを教えてみたが、「それでも私たちが戦わないとみんなが死んじゃうから」と友奈は勇者であることを止めようとしなかった。

 風と樹は大赦から勇者となる代わりに生活費などを工面してもらっている以上、勇者をやめることができなくて、東郷も「私だけ戦いから逃げるわけにはいかない」と、戦うことを選んだ。

 

 結局、良い結末は迎えれなかった。

 

 

 6月7日から繰り返す内にある変化が現れた。先にあることや、あったことを覚えているのは私だけな筈なのに友奈たちが微妙にそれらの記憶を持っていると思われるような言葉を漏らすことが出てきた。ただし、自覚はイマイチないような感じに。友奈たちも神樹様の力を扱う勇者であることから出てきた影響と思われた。

 

 それにより、友奈たちと私はすぐに仲が良くなるというか、私に対する友奈たちの距離が初めから近くなっていった。

 例えば、東郷は私と最初に出逢った時は『三好さん』と呼ぶはずだったのに、いつの間にか最初から『夏凜ちゃん』呼びに変わり、友奈は私の家に泊まる頻度が上がっていった。風と樹もそれとなく分かる程度には影響が出ていた。

 

 

 そしてある時、私は友奈たちを傷つけてしまった。無自覚でも記憶が残ってきているのなら、敵や散華に対する恐怖心なども残っている筈だと考えてそれを利用した。7月7日、バーテックスが纏めて攻めて来て友奈たちが初めて満開を使用する日。

 その日になって私は満開のリスクを教えた……東郷の脚が動かないのは事故ではなく満開が原因であり、それ故に精霊が多いことも含めて。

 効果はあり、満開できたのは私だけで散華したのも私一人で済んだ。そこだけ見れば上手くいったが、良かったのはそれだけだった。

 

 私一人で戦闘はなんとかなったものの、獅子座の攻撃で樹海が傷つけられることまでは防げなかったのだ。

 

 樹海から学校の屋上へと移った私たちには、建造物がいくつも崩れているのが見えた。するとその光景を見た友奈が急に駈け出した。私たちは戸惑いながらも友奈を追いかけた。なんだか友奈を追いかける途中で嫌な予感がして、それは当たってしまう。

 

 友奈が目指して辿り着いた場所は──崩れてしまった幼稚園。

 

 友奈たちが人形劇を見せてあげたり、私もみんなと一緒に折り紙の折り方を教えてあげたりした園児たちは瓦礫に潰されていた……。それを見た友奈はフッと力が抜けたように両膝をついて、泣きながら謝っていた。

 

 散華のことを教えた私が悪いのに、「自分が恐怖心に負けて満開できなかったから、護れなかったから」と友奈は、友奈たちは自分を攻め続けることになってしまった。

 見ていられなくなった私は結界の外に行きワザと命を落として時間を6月7日に戻した。幸いにもその時の記憶も友奈たちはまだ自覚していない。

 ただ、その時のことを夢で見ることがあるのか友奈が寝言で謝っているのを何度か見ることはあった……。

 

 繰り返す内に、記憶の残留は友奈が一番多いことも分かった。園子の記憶によると、友奈は勇者適正値が四国内で最も高いらしいので、多分その影響と思われた。

 東郷は既に満開を二回しているのが関係しているのか、友奈の次に残留が多い様子だった。風と樹に関しては……友奈と東郷ほどに記憶は残留してはいない。

 

 失敗してはワザと死んで戻り、殺されては戻る。同じ授業、同じやり取り、同じイベント、同じ様な日々を繰り返すうちに私はすっかり疲れてしまった。

 

 そして、前回の前回の前回。三回前で死ぬ前に、私は自分の精霊である卑弥呼の力を自分の使い、記憶が一番最初の頃の私と同じ状態になるよう暗示をかけた。

 ……二回死ぬと戻るという条件付けだったのに三回目の直前に全てを思い出したり、一番最初の頃から神樹様と同化するまでの記憶等が浮かび上がってきたりと不完全だったが。

 

 

「情けない」

 

 友奈を、友奈たちを救いたいとか思っていたくせに、記憶を無かったことにして現実から逃げ出した。一度だけとはいえ、やっていいことではない。そんな心の強さではできることだってできないに違いない。

 

「私はもう逃げない」

 

 二度と心を折らない。なんとしてでもバーテックスや星屑や天照をどうにかするしかない。まず、今日するべきことをしっかりやろう。

 

 

 

 山羊座が結界を抜けて襲来したことで樹海化した世界を駆ける。そろそろ山羊座が見える距離まで着く。後はいつも通りに倒せばいい。

 

 山羊座の姿を視認できる地点まで来たので、攻撃を仕掛けようと大きく跳躍──すると山羊座の射出口が光輝いていた。太い光線が私に向けられて照射される。

 空中では避けようもなく身を固める。直撃前に義輝が現れてある程度防いでくれたが、衝撃を受けて頭から落下していく。

 

 なんとか体を回転させて脚を下にやり、地面を蹴るくらいのつもりで着地。脚から脳天まで痺れが駆け上って行ったが膝をつく程ではなかった。

 

「まさか、この日のバーテックスにまで影響が出ているなんて」

 

 友奈たちの記憶の残留と同じ様なものなのかどうかよく分からないが、私が時間を繰り返す内にバーテックスは少しずつではあるけれど対処が難しくなってきていた。二回前の双子座が友奈と私の攻撃を知っていたかのように避けたような感じに。

 

 一番最初だと、文化祭の日に全員が死んだわけじゃなかった。なのに繰り返す内に敵は強くなり、今では文化祭の日に私たちが全滅するように未来は変化している。

 

 また空中で光線を当てられないよう、走って敵に向かう。私がある程度まで近づくと山羊座が真下に衝撃波を放ち、地面を割りながら大きく揺らした。バランスを崩しそうになるも、とっさに体勢を整える。

 敵が再び光線を照射しようと射出口を輝かせていると、どこからか放たれた蒼い光弾がそこに着弾して破壊された。

 

「誰だか知らないけどアタシたちも加勢するわ!」

 

 そんな声が聞こえると同時に樹海の森から風が飛び出して敵を斬りつけた。

 

「うぉぉぉ、勇者ァパァァァンチッ!」

 

 続いて友奈が強く握りこんだ拳を全力でぶつける。このまま眺めて任せっぱなしにするわけにもいかないので小刀を二本投擲、そして刀を一本呼び出して敵の真下に投擲して地面に突き刺す。小刀が二本とも当たり爆発して、地面に刺した刀により封印の儀が開始される。それにより御霊が現れる。

 

「ここは私が抑えますっ」

 

 御霊が毒煙を出すより早く、樹が縛り止める。

 

「後は任せなさい!」

 

 刀を一本だけ出して両手で握り、跳躍。袈裟斬りを繰り出して御霊を消失させた。そして、戦闘が終わり友奈たちと合流。いの一番に友奈が私に話しかけてきた。

 

「えっと……だれぇ?」

「私は三好夏凜。アンタたちの新しい仲間よ」

 

 私は出来得る限りの笑顔でみんなにそう告げた。

 




 最初に考えていた予定案ですと、幼稚園の下りは会話文でそれなりの長さで描写をすることになっていましたが、ブラック要素が強すぎるというか可愛そう過ぎるというかちょっとなんだかな、と思い無くそうとしました。しかし、8話でそれが原因で泣いている様子を書いていた故に無くす訳にもいかず、地文で軽く流す形になりました。
 東郷の呼びですが、アニメ3話の最初は『三好さん呼び&敬語』ですが、この作品でそこにあたる3話4話だと『夏凜ちゃん呼び&ため口』になっているという感じです。

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