三好夏凜は勇者である   作:シャリ

2 / 25
2話:初陣

 マンションから少し離れた所にある有明浜という浜辺。そこで、私は木刀を用いて二刀流の特訓を行っていた。

 

「せい! やぁ!」

 

 足をとられる砂浜で踏み込むことで足腰の強さとバランスを鍛え、腕は力ではなく流れを使った斬りこみを行う。バーテックスは人間ではなく、大きさは30メートル程の規格外の存在。対人間用である剣の型を適用出来る相手ではない。

 しかし、勇者システムは神の力を人間が纏うもの。つまり勇者システムを扱う人間が強ければ強いほど、勇者としての能力も上がるのだ。だからこそ今日も特訓に励む。ただ強くなるために。

 そうやって過ごしていたところ、波の音しかないこの場所で突然不快な音が響き渡る。

 

 ハッとしたようにスマホを取り出すと、その画面には『樹海化警報』の文字が表示されていた。周りに目を向けると、波がカメラで撮られた写真のようにピタリと静止していた。

 バーテックスが襲来する前に勇者以外の人と物は時間が止まり、世界は樹海と呼ばれる結界へと切り替わる。これはバーテックスや勇者の存在が大赦以外の人間に目撃されることを防ぎ、またバーテックスから人々が攻撃を受けないように配慮された結果だ。

 

「ついに来たわね」

 

 スマホを取り出しNARUKO(勇者専用アプリ)を起動。表示された皐月躑躅(サツキツツジ)のアイコンをタップすると身体が光に包まれ紅を基調とした勇者姿へと変身。

 

 

 

 NARUKO機能の一つであるバーテックスと勇者の現在地とその名前を示すレーダー。それを元に跳躍による移動で敵がいる方へと向かう。

 

 今回襲ってきた敵は山羊座がモチーフになっているバーテックス。過去に一度、攻め込んできて撃退されたバーテックスだ。なので、その記録から分析されたデータが存在している。能力としては地震を引き起こす力を持ち、光線や光弾を放つことも可能。当然ながら油断はできない相手。

 

 移動しながらもう一度スマホを見ると、自分以外の四人の勇者もバーテックスに向かって移動していることが分かった。

 戦力的にはまずは合流し、それからバーテックスと戦う方がいいかもしれないが……。

 

「こんな相手なら一人で充分」

 

 小さく呟き、移動速度を上げる。まもなく敵の姿が見えてくる。山羊座の名前を冠しているが、実際の見た目は山羊には程遠い。白と黒の巨体には四つの角を逆さにしたような大きな足がついており、神秘性と不気味さが混じり合った現実味のない化け物。

 同時に、他の勇者たちの姿も見えたがまだ戦闘を始めてはいないようだ。敵はこちらにはまだ気付いておらず、彼女達の方へと巨体を浮遊させ移動している。

 つまり、先手を打つなら今が好機!

 

 まずは地震攻撃を受けないために大きく跳躍。そしてレーザーを放つ射出口に爆発する小刀を三本投擲。それらは一つも外れずに突き刺さり爆発。その衝撃で敵の動きが止まる。

 

「隙だらけね」

 

 敵の足部分へ向けて二本、追加で投擲して損傷させる。

 

「封印開始!」

 

 着地すると間髪入れずに右手に新たな刀を呼び出して、封印の儀を開始する為に投擲、バーテックスの真下に当たる地面へ突き刺す。刺さった刀の柄からは花びらが舞い出て、渦巻くようにバーテックスを囲む。

 

「思いしれ、私の力!」

 

 封印の儀によってバーテックスの中から御霊(みたま)が出現。せめてもの抵抗なのか、御霊は毒煙をこちらへ向かって放つ。

 だがそれは精霊のバリアにより防がれる。しかし毒は防げても煙を消せる訳ではないので御霊がどこに潜んでいるのかわからない……ということはなく。

 

「見えなくたって、やりようはある」

 

 視界のきかない中、気配を頼りに両手で握りしめた刀で御霊を一刀両断。

 

「ショギョウムジョー」

 

 精霊が呟いたところで、バーテックスが七色に輝く光となって消失したことで戦闘は終了した。

 

 バーテックスを討ち取った後、私以外の勇者である四人と合流した。ピンクが基調色である一人の勇者が、聴くと力が抜けそうな間の抜けた声で話しかけてくる。

 

「えっと……だれぇ?」

「私は三好夏凜。大赦から派遣された正式な勇者よ」

「そうなんだー。それにしても一人でやっつけちゃうなんてすっごいね!」

「当然よ。あんた達とは実力ってものが違うんだから」

 

 私はそう答えながら、大赦から貰った現勇者に関する資料レポートを思い出しつつ四人に視線を向ける。

 話しかけてきたのが結城友奈。他の三人が東郷三森、犬吠埼風、犬吠埼樹。彼女たち四人が、今回『当たり』だった讃州中学の勇者部部員だ。

 

 勇者は神樹様の力で、人間とは思えない驚異的な能力を得る。しかし神樹様の力を多く使うため、量産することはできない。リソースには限りがある。

 さらに勇者は神樹様が選ぶため、誰がなるのかはわからない。なので、この勇者部のように様々な場所で何かしらの形で、選ばれ安いと思われる勇者適正値が高いものが集められていた。

 その中で風が部長として率いる讃州中学勇者部が選ばれて、何も知らなかった他の三人に説明をしてバーテックスと戦闘を行った。

 彼女たちの二度に渡る戦闘記録を元にシステムを改良された勇者が私。当たりだった彼女たちの監視、また協力して敵を討ち滅ぼすために大赦から正式に派遣されてここにいる。

 たまたま選ばれた彼女たちとは違う。

 

「私が来た以上、バーテックスに後れをとることはないわ」

 

 こうして私は四人と出会った。

 

 

 初戦闘を終えた日の夜。私はベッドに寝転びながら今日の出来事を振り返っていた。

 

 初陣だったが勇者として問題なく戦うことができた。これも特訓していたからだろう。実際に敵の姿を見るのは初めてなので、少しは緊張するものと思っていた。

 だが自分で予想していたよりも心はざわつかず、冷静な対処が行えた。我ながら初陣とは思えないくらいに。

 

 とにかく今日ハッキリした大事なことは私の力は通用するということ。負けたりなんてしない。討伐数はあの四人が倒した乙女座、魚座、蠍座、射手座に私が倒した山羊座を合わせて五体。残りの七体なんてすぐに片付くだろう。あの四人がとんでもないミスでもしない限りは。

 

 ……だんだん眠気が襲ってくる。

 明日は念のためということで検査があり、その次の日である6月9日に讃州中学に編入生として入り込むことになっている。あまり夜更かしをしても仕方がない、と考えて瞳を閉じた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。